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2010-04-27  水の新素材・アクアマテリアル誕生 〜相田研究室〜 このエントリーを含むブックマーク

 「優れた研究」の基準というのは人によっていろいろであると思いますが、科学関係の物書きをしている身の筆者には、ひとつ明快な定義があります。「専門家以外の人にも、ひとことで説明できる研究であること」です。実際ノーベル賞級の仕事というのは、「電気を通すプラスチックができた」「分子の左右を作り分けた」「細胞を光らせて生命現象を目に見えるようにした」など、たいていの場合一言ですぱっと説明ができるものです。

 今回紹介する「アクアマテリアル」(論文Nature 2010, 463, 339–343)はこの定義にまさに当てはまる、というよりそれを越えてしまったものです。何しろ「水からプラスチックを作った」という、まるで夢物語のような話なのですから。この驚くべき新素材は、水にごく微量の粉末3種類を加え、かき混ぜるとものの3秒でできあがります。95%以上が水分から成るにもかかわらず、20倍の長さに引き延ばしても切れないほど丈夫で、70度まで加熱しても変質せず、もちろん不燃性です。製造には化石燃料をほとんど消費しませんし、用いている材料も生体に対して安全で、環境への負荷も極めて低いという素晴らしい特長を持ち合わせます。いったいどのような発想からこの不思議な新素材が生まれたのか、生みの親の相田卓三教授に話を伺いました。

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水から作るプラスチック、アクアマテリアル

 ・分子をつなぐデンドリマー

 このアクアマテリアルは、クレイナノシート(2〜5%)、ポリアクリルナトリウムASAP)、カチオン性デンドリマー(合計0.4%程度)、そして水という4種類の素材から成ります。クレイナノシートは要するに粘土の細かい粉で、ASAPは紙おむつなどに使われる吸収剤ですから、どちらも安価で身近なものです。

成分の中でカギを握っているのは、相田教授が長らく研究してきた樹状高分子「デンドリマー」です。通常の高分子が直線にただ伸びた構造であるのに対し、デンドリマーは枝分かれを繰り返した樹木のような形の分子です(デンドリマーの名は、ギリシャ語で「樹木」を意味する「dendron」からとられています)。以前加藤研究室の項で紹介した液晶材料も、デンドリマーの一種です。

 今回用いたデンドリマーは、全ての枝の先端にグアニジンと呼ばれるユニットが結びつけられています。グアニジンは塩基性が強く、通常水素イオンを引きつけてプラスに帯電した形で存在します。

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グアニジン(正確にはグアニジウムイオン

 このグアニジンをたくさん結合させたデンドリマーを合成し、分析しようとしたところ、なぜかどんどん濃度が下がっていくように見えるという不思議な現象が見つかりました。調べたところ、このグアニジンデンドリマーがガラス容器の壁に吸着し、離れなくなっていることがわかったのです。

ここで「何だ、厄介なものができちゃったな」といって終わりにせず、その理由をしっかり考えたことが、第一の飛躍を生みました。

正に帯電したグアニジンは、カルボン酸と出会うと図のような環状の「塩橋」を作り、しっかり結合することが知られています。

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グアニジンとカルボン酸の「塩橋」

ガラスの成分であるケイ酸塩もカルボン酸と性質が似ていますから、同じように強い塩橋を形成するはずです。合成されたデンドリマーにはそのグアニジンが8つもついていますから、まるで8本足の吸盤でしっかりと吸いつくタコのように、ガラスに吸着してはがれなくなったものと考えられます。

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デンドリマー。中央部は、実際には(OCH2CH2)単位が243回つながっている。

そこで相田グループは、発想を一歩進めました。ガラスではなく、同じくケイ酸塩を主成分とする粘土の細粒(クレイナノシート)と混ぜてやれば、デンドリマーが粒子同士をつなぎ合わせ、丈夫なネットワークを作るのではないか、と考えたのです。分子同士を貼り合わせるこのデンドリマーを、相田教授は「モレキュラーグルー」(分子糊)と命名しました。


 ・第二のブレイクスルー

さっそく両者を水中で混合する実験を行ったところ、一応不透明なゲル状にはなりましたがあまり丈夫ではなく、面白い素材とはいえないものでした。これを強化するため試行錯誤が続きましたが、あまりうまくいかない日々が続きます。議論の結果、これはクレイナノシートがうまく分散していないからではないかという意見が出されました。実際、クレイナノシートを水と混ぜただけでは透明にならず、濁った液になってしまいます。

クレイナノシートは直径25nm、厚さが0.5nmほどの円盤状であり、面がマイナス、ふちがプラスに帯電しています。このためシート同士が少しずれながら積み重なり、なかなかはがれないのだと考えられました。

このとき、実験を担当していたWang博士が、「ポリアクリル酸ナトリウム(ASAP)を使ってみたらどうだろうか」と提案したのです。ASAPは紙おむつの吸収剤などに使われる高分子で、負に帯電したカルボキシ基を多数持っています。これがクレイナノシートのふちに巻きつくように付着し、電荷を中和してシートをばらけさせるのでは、というアイディアです。

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積み重なったクレイナノシートを、ASAPによって引きはがし、分散させる。

実際にクレイナノシートとASAPを水中で混ぜてみたところ、きれいに分散して透明の液ができました。ここに先ほどのグアニジンデンドリマーを加えてみたところ、ナノクレイシートのマイナスとデンドリマーのプラスが引きつけ合い、見事にシリコンゴムほどの強度を持った透明なゲルが出来上がったのです。デンドリマーの部分構造は水となじみがよいものを採用していますから、網目構造のすきまにたっぷりと水分を取り込みます。最大98%もの水分を含みながら極めて丈夫というアクアマテリアルの秘密は、この点にあります。

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分散したナノクレイシートをデンドリマーがつなぎ合わせ、アクアマテリアル(右)ができる

できあがったアクアマテリアルに筆者も触れさせていただきましたが、濡れた感触でありながら水が滴るわけでもない実に不思議な物体で、何だか「未来」を感じた体験でした。

アクアマテリアルは染色も容易で、切ってすぐならまたくっつけることもできます。何ヶ月放置しても水分がほとんど逃げないほど保水性が良く、pH4から10程度の広い範囲で安定です。水の代わりに食塩水などを使うとイオン結合を邪魔して崩れやすくなりそうな感じがしますが、まったく問題なく構造を保つといいますから驚きです。

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不思議な手触りのアクアマテリアル

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染色・接合も可能(透明と青く染めたものを交互にくっつけたもの)

こうなると、実にいろいろな応用が浮かんできます。固体でありながら内部に取り込ませたタンパク質が活動可能とのことですので、医用材料や生化学研究などの応用も考えられそうです。またその保水力を生かせば園芸用や、砂漠緑化にだって使えないだろうか?など、アイディアはいくらでも出てきそうです。実際、早くもおもちゃや化粧品のメーカー、消防庁などから問い合わせが相次いでいるとのことです(ただし日本企業の反応は鈍く、海外からの反響の方が大きく、素早かったというのはやや残念ですが……)。

しかしさらに驚くのは、このアクアマテリアルでさえも、「モレキュラーグルー」の単なる一応用でしかないという点です。他の応用については、また次回に。