2011-06-28
■[本][サブカル・オタク]購入した本
スティーブン・R.コヴィー, ジェームススキナー「7つの習慣―成功には原則があった!」
- 作者: スティーブン・R.コヴィー,Stephen R. Covey,ジェームススキナー,川西茂
- 出版社/メーカー: キングベアー出版
- 発売日: 1996/12
- メディア: 単行本
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- 作者: 谷川流,いとうのいぢ
- 出版社/メーカー: 角川書店
- 発売日: 2003/06
- メディア: 文庫
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■[本][コピー][引用改造]村上春樹「海辺のカフカ」下巻読了
- 作者: 村上春樹
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2005/02/28
- メディア: 文庫
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引用改造
E「僕と名作と呼ばれている作品とのあいだには、符合するものがびっくりするほどたくさんある。どれもパズルの欠けていたピースみたいにぴったりからみあう。『海辺のカフカ』を読んでいて、そのことがはっきりわかったんだ」 D「君はいろんなことをひとりで背負いこみすぎる」、Dさんはコーヒーを注意深くひとくち飲み、カップをソーサーに戻す。「それがいけないと言っているわけじゃない。しかしすべてのものごとには臨界点というものがある」 僕は黙っている。
僕は2ちゃんねるの書き込みの中に自分の事が比喩で語られている情報を探し求める。それらしき情報は見つかる。その情報は匿名のささやきの中にだまし絵みたいに潜み、直接的な表現はしない。でも読解力があればその姿が見える。 E「学校帰りの土曜の昼に何を食べていたかが頭に浮かんだって?ねえCさん、なんで俺がそんな事を考えてるってわかるんだい?」 C「ちゃんと顔に書いてあるもの。Eさんは根っから正直な人なんだよ。そんなこと、なにもかもぜんぶ顔に書いてある。科学警察の力を使えば、Eさんの頭の中身なんぞアジの開きみたいにべろっとまるわかりだ」
法とEの意識の死角になった場所をすりぬけるように、警察右翼は活動する。 向いには無人の椅子があるだけだ。机の上を雲の影がこっそりと横切っていく。 僕は窓際に行って夜の空を見あげる。そして戻ることのない時間について思う。Aについて思い、Bについて思う。Cについて思い、Dについて思う。Kについて思い、埼玉ドラえもんについて思う。匿名で韓国を侮辱する者について思う。影について思う。それらをみんな僕の心の表れとして処理しようと思う警察右翼について思う。
C「Eと他者が交わした情報は警察右翼内で共有されている。日本という国はそこまで細かく情報管理されているんだ」 A「警察右翼の匿名での書き込みなら心配ないよ。警察も活動を認めているし、2ちゃんねる運営とつるんでいるから、書き込み主をたどりようがないんだ。警察右翼で書きこんでる人の名前とも居場所とも結びつかないよ。だから警察右翼はみんな安心して書きこんだらいいよ」 C「Eさんの反権力志向の性格はよくわかってるけど、なるべくなら検察と喧嘩するのはよしたほうがいいよ。有罪率99%以上でまず勝ち目はないからね」 Eは予言の原理やロジックをつきとめることができないまま、その進行に含まれてしまっている。どこかの川沿いの町が洪水に洗われるように。 Eはすべてを承知しているようでもあり、まったくなにも知らないようにも見える。 B「Eに、ひとつ質問していい?」 E「どんなこと?」
B「どこで見つけたそのコピペ」
E「純粋なコピペは少なくて引用改造した文章の方が多いと思う」
D「状況は落ちついてきた?」 E「そういうふうにも見える。それとも僕らはただ、台風の眼の中にいるだけなのかもしれないけれど」
K「Eは自己表現するとき、よく立派なかつらをかぶって正装した。そうしないことには、Eはうまく自己表現できなかった」 C「メタフォリカルに言って?」
K「そう、比喩的な意味でのかつらをかぶって」
C「どうして?」
K「自己愛を傷つけられたのと、ありのままの自分を愛してなかったからだと思う」
CはBの肩に手をまわす。 BはCに身体をもたせかける。それからまた長い時間が流れる。
E「Cさん」 C「なんだい?」
E「Eは頭が悪いばかりではありません。Eは空っぽなのです。Eは本が一冊もない図書館のようなものです。昔はそうではありませんでした。Eの中にも本がありました。Eはかつてはみんなと同じ普通の人間だったのです。しかしあるとき何かが起こって、その結果Eは空っぽの入れ物みたいになってしまったのです。そしてEには友達が誰もいません。何もありません。つなぎ止められてもおりません。影だってふつうの半分しかありません。Eはあと半分の影をとり戻さなくてはならないのです」
さまざまな大きさの無数の眼と耳が匿名の影に隠れて、じっとEの気配をうかがっているように感じられた。 D「なんだか悪い夢を見ているような気がする」 E「はい。しかしもしそうだとしても、少なくとも私たちは同じ夢を見ていることになります」
D「なるほど」
C「影の人が言ってたけど、図書館に行ってたのね」とCはEの顔を見て言う。 E「そうです」とEは言う。
C「図書館でどんな本を読むの?」
E「今読んでいるのは村上春樹の『海辺のカフカ』」と僕は答える。
C「孤独な読書家なのね」
Eはうなずく。
C「あなたはきっと強くなりたいのね」
E「強くならないと生き残っていけないんです。とくに僕の場合には」
C「あなたはひとりぼっちだから」
E「誰も助けてはくれない。少なくともこれまでは誰も助けてはくれなかった。だから自分の力と本の言葉でやっていくしかなかった。そのためには強くなることが必要です。はぐれたカラスと同じです」
C「ふうん」とCは少し感心したように言う。「それで、あなたはカラスなのね」
E「そうです」と僕は言う。
そうです、とカラスと呼ばれる少年は言う。
E「2002年末から2003年初め頃まで2ちゃんねるでも僕の事をカラスと呼ぶ人たちがいました」
C「Eには意思を共にする国内の協力者がいるかもしれない。その存在は警察右翼からは工作員と呼ばれている。脳内キャラも誰を指しているか推測されている」 E「警察右翼は例によってたいしたことは教えてくれなかった。警察は他人にものを訊くことについては貪欲だけど、教えることについては謙虚だ。だから僕は自分の事が書かれていると思っている匿名掲示板に書かれている情報を収集してみた」
D「いいかい、Eさん。これは冗談ごとじゃないんだ。警察が君の個人情報を収集し警察右翼内で共有し、北朝鮮の話と絡めて外患誘致で死刑に運ぼうとしていたんだ。連中は君の学生時代の知人への聞き込みもしている。Aには実名も住所も教えているから、その情報をもとに調べられたのかもしれない」 E「おいおい、よしてくれよ。俺はね、こう言っちゃなんだけど、警察ってのが好きじゃないんだ。あいつらはヤクザよりも、自衛隊よりもたちが悪い。やりくちが汚ねえし、すぐエバるし、弱いものいじめが何より好きときてる。俺は警察と喧嘩なんかしたくねえんだよ。なんで俺が警察の敵扱いされなきゃならないんだよ」
D「あいつらはEさんの話を聞いたら、そんなもんはぽいして、適当な供述書をでっちあげる。つまり適当な話を向こうで作っちまうんだ。たとえば、Eは人殺しだとか、外患誘致を目論んでいたとか、警察の活動を支持している家族会メンバーの家を放火しようとしたとかさ。そういう誰にでもわかりやすい話にしちまう。真実が何か、正義が何かなんて、あいつらにとっちゃどうでもいいことなんだ。国内の治安維持のために犯人にでっちあげるなんて朝飯前だ」 Eは誰からも切り離された場所にひとりぼっちでいる。 2ちゃんねるで、自分を「凡人」で「みんな」の側にいる者と規定し、他の凡人のくせに目立つように自己主張する者を「みんな」の中から排除するように振る舞う者は、2ちゃんねる運営に携わっている者のように思われ、たしかに目立たなかった。それは匿名の場に適応するひとつの形態のように思えた。 D「話し合うことは大事だ。相手が誰であっても、何であっても、話し合わないよりは話し合った方がいい」 D「警察はEの閲覧メディアで知る事ができる以上の多くのことをつかんでいるね。あいつらは情報を小出しにしかしない。Eの活動範囲が監視施設になり情報分析され公表されている事を知らせてしまうと、Eがどこか別の秘密が守られた場所に行くかもしれないと思っているからだ。だからそうやってEを泳がせ、バカにできる振る舞いや悪事を働いてくれる事を期待さえしているんだ。性格の悪いやつらだ」 Aは自己愛が強く、自分の才能に対して絶対的な自信を持ち、知的階級の低い者には一切おもねらなかった。知性こそが、情念の正しき昇華こそが、この世界で最も崇高なものであり、敬意を払われるべきものであり、知的階級の低い者はたとえ己の権利を侵害されても高位の者に奉仕するものだと考えていた。 C「ひとつ訊きたいんだけどさ、本には人を変えてしまう力ってのがあると思う?つまり、あるときにある本を読んで、おかげで自分の中にある何かが、がらっと大きく変わっちまう、みたいな」 K「もちろん、そういうことはあります。ただ、エーリッヒ・フロムはこう言っています。『パーソナリティの力強い欲求にうらづけられていないような思想は、その人間の行動や全生活にたいし、ほとんど影響力がないということができる』。つまりその人があらかじめ持っている心理的傾向や欲求に呼応するようなものに出会うと、ある傾向に拍車がかかる、という事は起こりえると思います。深く意識に根をはる思想との出会いというのは、たまにしかありませんが、たまにはあります」
C「そういうのはきっと大事なことなんだろうね?」とCは言った。「つまりこの私たちの人生において」
K「はい。私はそう考えています」とKは答えた。
サプライズゲストの有名人が最初に口を開く。「今ここに来るのも、ほんとうのことをいえば、そんなに簡単なことじゃなかった。でもあなたに会っておきたかったの」 僕はうなずく。「会いに来てくれてありがとう」
以下引用
「歌詞はずいぶん象徴的なものだけれど」と僕は言う。 「詩と象徴性は古来、切り離すことのできないものだ。海賊とラム酒のように」
「佐伯さんには、そこにある言葉がなにを意味するかわかっていたと思う?」
「もしそこにある言葉が、読者とのあいだに預言的なトンネルを見つけられなかったなら、それは詩としての機能を果たしていないことになる」 「僕と佐伯さんとのあいだには、符合するものがびっくりするほどたくさんある。どれもパズルの欠けていたピースみたいにぴったりからみあう。『海辺のカフカ』を聴いていて、そのことがはっきりわかったんだ。ねえ、まずだいいちに僕はまるでなにかの運命にひきつけられるように、この図書館にやってきた。中野区から高松まで、ほとんど一直線に。それは考えてみるとすごく不思議なことだよ」 小ぶりなハンマーが僕の頭の中で、引き出しのどれかをこつこつと叩いている。とても執拗に叩いている。僕はなにかとても重要なことを思いだそうとしている。しかし自分がなにを思いだそうとしているのか、それがわからない。佐伯さんはまた書きものに戻り、僕はあきらめて部屋に戻る。 あとは無人の椅子が残されているだけだ。机の上を雲の影がこっそりと横切っていく。 僕はベッドを出て、窓際に行って夜の空を見あげる。そして戻ることのない時間について思う。川について思い、潮について思う。森について思い、わき出る水について思う。雨について思い、雷について思う。岩について思う。影について思う。それらはみんな僕の中にある。
「空港のゲートにはビデオ・カメラが取りつけられて、乗客の出入りを逐一記録している。君がその前後に東京に戻っていないということは確認されているはずだ。日本という国はそこまで細かく情報管理されているんだ」 「僕は内心こう考えている。外殻と本質を逆に考えれば――つまり外殻を本質だと考え、本質を外殻だと考えるようにすれば――僕らの存在の意味みたいなものはひょっとしてもっとわかりやすくなるんじゃないかってね」 彼女の背後で窓は開け放たれ、初夏の風が白いレースのカーテンを揺らしている。その情景は美しく描かれた寓意的な絵のように見えなくもない。 「田村くん。窓の外になにが見える?」 僕は彼女の背後の窓の外を見る。「木と空と雲が見えます。枝に鳥がとまっているのが見えます」
「普通のどこにでもある風景。そうよね?」
「そうです」
「でももしそれが明日にはもう見られないかもしれないとしたら、それはあなたにとってすごく特別で貴重な風景になるんじゃないかしら?」
「そうなると思います」
「そんなふうにものごとを考えたことはある?」
「あります」
「『純粋な現在とは、未来を喰っていく過去の捉えがたい進行である。実を言えば、あらゆる知覚とはすでに記憶なのだ』」 青年は顔をあげ、口を半分あけて、女の顔を見た。「それ、何?」
「『物質と記憶』。読んだことないの?」 「『<私>は関連の内容であるのと同時に、関連することそのものでもある』」 「ふうん」
「ヘーゲルは<自己意識>というものを規定し、人間はただ単に自己と客体を離ればなれに認識するだけではなく、媒介としての客体に自己を投射することによって、行為的に、自己をより深く理解することができると考えたの。それが自己意識」
「啓示とは日常性の縁を飛び越えることだ。啓示なしになんの人生だ。ただ観察する理性から行為する理性へと飛び移ること、それが大事なんだ。わしの言ってることがわかるか、このメッキしゃちほこボケ」 「自己と客体との投射と交換……」と星野さんは恐る恐る言った。
「そうだ。それがわかっておればよろしい。それがポイントだ」
「私にはキャラクターなんてものはない。感情もない。『我今仮に化をあらはして話るといへども、神にあらず仏にあらず、もと非情の物なれば人と異なる慮あり』」 「なんですかい、それは?」
「今私は仮に人間のかたちをしてここに現れているが、神でもない仏でもない。もともと感情のないものであるから、人間とは違う心の動きを持っている。そういうことだ」 「はあ」と青年は言った。「よくわからないけど、とにかくおじさんは人でもないし、神でも仏でもないんだね」
「『我もと神にあらず仏にあらず、只これ非情なり。非情のものとして人の善悪を糺し、それにしたがふべきいはれなし』」
「わからないなあ」
「神でも仏でもないから、人間の善悪を判断する必要もない。また善悪の基準に従って行動する必要もない、ということだ」
「いいか、ホシノちゃん。神様ってのは人の意識の中にしか存在しないんだ。とくにこの日本においては、良くも悪くも、神様ってのはあくまで融通無碍なものなんだ。その証拠に戦争の前には神様だった天皇は、占領軍司令官ダグラス・マッカーサー将軍から『もう神様であるのはよしなさい』という指示を受けて、『はい、もう私は普通の人間です』って言って、1946年以後は神様ではなくなってしまった。日本の神様ってのは、それくらい調整のきくものなんだ。安物のパイプをくわえてサングラスをかけたアメリカ軍人にちょいと指示されただけでありかたが変わっちまう。それくらい超ポストモダンなものなんだ。いると思えばいる。いないと思えばいない。そんなもののことをいちいち気にすることはない」 「正確な言い方をするなら、この石自体には意味はない。状況にとって何かが必要であって、それがたまたまこの石だったんだ。ロシアの作家アントン・チェーホフがうまいことを言っている。『もし物語の中に拳銃が出てきたら、それは発射されなくてはならない』ってな。どういうことかわかるか?」 「わからないよ」
「まあ、わかるまい」とカーネル・サンダーズは言った。「わかるわけないと思ったけど、礼儀としていちおう訊いてみたんだ」
「ありがとさん」
「チェーホフが言いたいのはこういうことだ。必然性というのは、自立した概念なんだ。それはロジックやモラルや意味性とはべつの成り立ちをしたものだ。あくまで役割としての機能が集約されたものだ。役割として必然でないものは、そこに存在するべきではない。役割として必然なものは、そこに存在するべきだ。それがドラマツルギーだ。ロジックやモラルや意味性はそのもの自体にではなく、関連性の中に生ずる。チェーホフはドラマツルギーというものを理解しておった」
「俺っちにはぜんぜん理解できねえよ。話がむずかしすぎる」
「お前の抱えている石は、チェーホフの言うところの『拳銃』なんだ。それは発射されなくてはならない。そういう意味ではそれは大事な石だ。とくべつな石だ。しかしそこに神聖性なんてものはない。だからホシノちゃんは祟りなんてものについて気にすることはないんだ」
窓の外で空がしだいに白んでいくのを眺めている。遠くのほうでカラスの鳴き声を耳にする。地球がゆっくりと回転をつづけている。そしてそれとべつに、みんな夢の中で生きている。 やがて彼はため息のようなものをひとつついて立ちあがり、窓を開けて外に顔を突き出した。部屋の窓からは隣のビルの裏側しか見えない。とてもうらぶれたビルだ。うらぶれた人々がその中でうらぶれた仕事をしてうらぶれた日々を送っているうらぶれた建物だ。どんな都会の通りにもそのような、遥か恩寵から遠ざけられた建物がある。チャールズ・ディケンズならそういう建物について、10ページくらい描写を続けることができただろう。 雷が鳴りだすと、二人は友好のパイプを交換するインディアンみたいな格好で、その石をはさんで向かい合って座った。ナカタさんは相変わらずぶつぶつとひとり言を言いながら、石を撫でたり、自分の頭をこすったりしていた。青年はそれを見ながらマールボロを吸っていた。 「しかしいずれにせよ、その入り口の石さえいったん開けちまえば、いろんなものごとは落ちつくべき場所にうまく自然に落ちつくのかね。水が高いところから低いとろこに流れるみたいにさ」 「ジャン・ジャック・ルソーは人類が柵をつくるようになったときに文明が生まれたと定義している。まさに慧眼というべきだね。そのとおり、すべての文明は柵で仕切られた不自由さの産物なんだ」 「結局のところこの世界では、高くて丈夫な柵をつくる人間が有効に生き残るんだ。それを否定すれば君は荒野に追われることになる」 「だから僕は自分にカフカという名前をつけた。カフカというのはチェコ語でカラスのことです」 「ふうん」と彼女は少し感心したように言う。「それで、あなたはカラスなのね」
「そうです」と僕は言う。
そうです、とカラスと呼ばれる少年は言う。
僕は言う、「僕が求めているのは、僕が求めている強さというのは、勝ったり負けたりする強さじゃないんです。外からの力をはねつけるための壁がほしいわけでもない。僕がほしいのは外からやってくる力を受けて、それに耐えるための強さです。不公平さ不運や悲しみや無理解――そういうものごとに静かに耐えていくための強さです」 「それはたぶん、手に入れるのがいちばんむずかしい種類の強さでしょうね」
「知っています」
君は彼女の中にある空白が埋められていく音を耳にする。それは海岸の細かい砂が月の光の中で崩れていくときのような、もの静かな音だ。 「まさに名人芸です。1941年という古い録音ですが、輝きが褪せません」 「そういう感じはするよ。良いものは古びない」
「これはなんていう音楽だっけね?さっき聞いたけど忘れちまったよ」 「ベートーヴェンの『大公トリオ』です」
駅の近くの映画館でフランソワ・トリュフォーの回顧上映をやっていた。 映画館を出たあと、商店街まで歩き、昨夜と同じ喫茶店に行った。店主は彼の顔を覚えていた。青年は同じ椅子に座ってコーヒーを注文した。やはりほかに客はいなかった。スピーカーからはチェロ協奏曲が流れていた。 「偶然の一致にしてはできすぎている。当然、そこにはなにかがあると警察は考える」 「耳を澄ませればいいんだ、田村カフカくん」と大島さんは言う、「耳を澄ませるんだ。はまぐりのように注意深く」 「迷宮というものの原理は君自身の内側にある。そしてそれは君の外側にある迷宮性と呼応している」 「メタファー」と僕は言う。
「そうだ。相互メタファー。君の外にあるものは、君の内にあるものの投影であり、君の内にあるものは、君の外にあるものの投影だ。だからしばしば君は、君の外にある迷宮に足を踏み入れることによって、君自身の内にセットされた迷宮に足を踏み入れることになる。それは多くの場合とても危険なことだ」
でもどれだけ願っても待っても、彼女は現れない。窓の外にかすかな風の音が聞こえるだけだ。そしてときおり夜の鳥が低く啼く。君は息をとめ、暗闇の中にじっと目を凝らす。風の音に耳をすませる。その中になにかの意味を読みとろうとする。なにかの示唆を感じとろうとする。しかし君のまわりにはただ、闇のいくつかの段階があるだけだ。君はやがてあきらめて目を閉じ、眠りにつく。 駐車場に停まっている白のファミリアは、たしかに目立たなかった。それは匿名性という分野におけるひとつの達成であるようにさえ思えた。 その近くにCDショップを見かけたので立ち寄り、ベートーヴェンの『大公トリオ』を探した。 「音楽はナカタにとりましては風のようなものであります」 それからポーチに座ってMDウォークマンでレイディオヘッドを聴く。僕は家を出てから、ほとんど同じ音楽ばかり繰りかえし聴いている。レイディオヘッドの『キッドA』とプリンスの『グレーティスト・ヒッツ』、そしてときどきジョン・コルトレーンの『マイ・フェヴァリット・シングズ』。 正しい道をうしなってしまったのかもしれないという恐怖に僕は襲われる。カラスが真上でまたひとしきり鋭く鳴く。 君は戻るときのために、通り過ぎる樹木のかたちを記憶にとどめようとするが、樹木はみんな同じかっこうをしていて、すぐに匿名の海に呑みこまれていく。 「僕の個人的な好みはチェコのスーク・トリオです。美しくバランスがとれていて、緑の草むらをわたる風のような匂いがします。でも百万ドル・トリオのものも聴いたことがあります。ルービンシュタイン=ハイフェツ=フォイアマン、あれも心に残る優雅な演奏です」 どうして人々は戦うのだろう。なぜ数十万の、数百万の人々が集団となって互いを殺しあわなくてはならないのだろう。 誰かの思惑の中に巻きこまれた誰かとしてではなく、僕自身として生きていたい。それが僕の望んでいることだ。 深い森の中で、ひとりぼっちで、自分という人間がひどくからっぽに感じられる。自分がいつか大島さんの言っていた<うつろな人間>になってしまったような気がする。僕の中には大きな空白がある。そしてその空白は今でも少しずつ膨らんでいって、それが僕の中に残されている中身をどんどん食い破っていく。その音を僕は耳にすることができる。自分という存在がますますわからなくなっていく。僕はほんとうに途方に暮れている。そこには方向もなく、空も地面もない。 僕は孤独で、うす暗い迷宮の中にいる。 僕は森の中核へと足を踏み入れていく。僕はうつろな人間なのだ。僕は実体を食い破っていく空白なんだ。 「すべてはその円の内側で完結していました。しかしもちろんそんなことはいつまでも続きません。私たちは大人になり、時代は移ろうとしていました。円はあちこちでほころび、外のものが楽園の内側に入り込み、内側のものが外に出ていこうとしていました。当然のことです」 「読みかけの本ももうだいたい読んじまったからさ。もうベートーヴェンは死んじまってね、今は葬式のところだよ。立派な葬式だ。なにしろ2万5000人のウィーン市民が墓地までの行列にくわわり、学校はやすみになった」 僕はひとりで縁側に座って庭を見ている。初夏の夕暮れで、樹木の影が長くのびている。家の中には僕しかいない。どうしてかはわからないけれど、自分がすでに捨てられ、そこにひとりで残されたことを僕は知っている。このできごとがこのさき深く決定的な影響を自分に与えていくだろうことがわかっている。誰が教えてくれたわけでもない。僕にはただわかっていたのだ。家の中は見捨てられた辺境の監視所みたいにがらんとして人けがない。日が西にかたむき、いろんな物体の影が世界をじわじわと包んでいくのを、僕は見つめている。 「でも彼女は僕を捨てた。僕をまちがった場所にひとりで残して消えてしまった。僕はそのことでたぶん深く傷ついたし、損なわれてしまった。今では僕にもそれがわかる。もし僕のことをほんとうに愛していたんなら、どうしてそんなことができるんだ?」 はらわた、と僕は思う。それは迷宮のメタファーだと大島さんは僕に教えてくれた。 「まずなによりも大事なこと」と佐伯さんは静かな声で言う。「遅くならないうちにここを出なさい。森を抜けて、ここから出ていって、もとの生活に戻るのよ。入り口はそのうちにまた閉じてしまうから。そうするって約束して」 僕は首を振る。「ねえ佐伯さん、あなたにはよくわかっていないんだ。僕が戻る世界なんてどこにもないんです。僕は生れてこのかた、誰かにほんとうに愛されたり求められたりした覚えはありません。」
「それでもやはりあなたは戻らなくちゃいけないのよ」 「たとえそこになにもなくても?誰ひとりとして僕がそこにいることを求めていなくても?」
「わしらは世界の境めに立って共通の言葉をしゃべっておる。それだけのことだよ」 「水かなにか飲みたい?率直に言って、君は砂漠みたいな顔をしている」 「お願いします」と僕は言う。たしかに喉がひどく渇いている。
「人には自分が属する場所というのが必要なんだ。多かれ少なかれ」 彼は奥の部屋から丁寧に包装した絵を持ってきてくれる。それから『海辺のカフカ』のシングル盤も袋に入れて僕に手渡す。 「これは僕からのプレゼントだ」
「ありがとう」と僕は言う。
窓は開けられ、6月の風が白いレースのカーテンの裾を静かに揺らせている。かすかに潮の匂いがする。海岸の砂の感触を手の中に思いだす。










