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この門をくぐる者は一切の高望みを捨てよ

森見登美彦日誌RSS

2018年06月15日

 

 ペンギン・ハイウェイ (角川文庫)

 

 映画「ペンギン・ハイウェイ」が完成した。

 これまでにも経験のあることだが、森見登美彦氏は自作の映像化に馴染むまで時間がかかる。現在、登美彦氏は映画「ペンギン・ハイウェイ」を繰り返し見て、自分を馴染ませている最中である。詳細な感想を述べるのは慎むべきであろう。

 とにかく登美彦氏は呆れた。

 「よくこんなガムシャラな映画を実現したなあ!」

 原作への愛が眩しかった。

 あまりの眩しさに灰になりそうだった。

 そして予想どおり登美彦氏はひとり涙したのである。

 映画「ペンギン・ハイウェイ」は今夏八月十七日全国ロードショーである。

 なにとぞ宜しくお願いいたします。


 公式サイト http://penguin-highway.com/


 この機会に『ペンギン・ハイウェイ』が角川つばさ文庫にも入るという。コミック版も七月に刊行される模様である。

 こちらも宜しくお願いいたします。


 


 

2018年06月11日

 六月八日の記述についての反省文。


 筆者があんなふうに無用の反論を書いてしまったのは、学生時代の登美彦氏のみっともなさや情けなさ、哀しみや煩悶、それらの陰影と切り離せない愛すべき事柄の一切が、「モテモテであった」という一言のもとに切って捨てられるように思われたからである。

 登美彦氏は自身の学生時代の実感に対して、過剰な「愛憎の念」を抱いている。無闇に四畳半小説を書いてしまったことへの当然の報いであろう。だからこそ「自分の青春はそんなものではなかった」とうるさく言いたくなるのだ。

 しかし、登美彦氏の個人的事情や感慨、拘泥するその微妙なニュアンスなんぞ、他人にはなんの意味も持たない。

 あのように衝動的な文章を書くことは、当日誌の運用方針に反している。そういうわけで六月八日の記述は削除させていただきたいと思う。できるだけ努力しているのだが、それでも数年に一度、筆者はかくのごとき恥ずべき失敗を執りおこなう。

 読者の皆様のお許しを願うものである。

 

 というようなことを、連載小説「シャーロック・ホームズの凱旋」最終回をようやく書き上げ、憎むべき締切地獄から解放された今日、登美彦氏はじっくりと考えたわけである。

 中央公論新社「小説BOC」は次号をもっていったん終了となる。デビュー以来十五年、登美彦氏がその背中を追いかけてきた(つもりの)伊坂幸太郎氏との初対談も収録される。

 手に取っていただければ幸甚である。

 何卒よろしくお願いします。

 https://www.amazon.co.jp/dp/4120051021/

2018年05月30日

  D




 映画「ペンギン・ハイウェイ」の新しい予告ができた。

 主題歌は宇多田ヒカルさん。いくらボンヤリ生きているとはいえ、森見登美彦氏も宇多田ヒカルさんの名前は知っている。まさか自分の作品と宇多田ヒカルさんがつながりを持つとは、一〇年前には考えもしなかった。不思議なことである。

 映画は八月十七日公開なのでヨロシクお願いします。

 かつて富山PAワークスへ遊びに出かけたとき、ちょうど完成したアニメ有頂天家族」の第八話を見る羽目になった。登美彦氏は原作者であるにもかかわらず号泣、その後にひかえていた吉原監督との対談にも支障が出たのである。そういうのはまことに原作者の沽券にかかわる。そして映画「ペンギン・ハイウェイ」でも同様の現象が登美彦氏をもみくちゃにするであろうことは想像に難くない。それゆえに登美彦氏は試写会へ行くことを渋りに渋っている。


 「有頂天家族」といえば、今週末は下鴨神社でイベントが行われる。登美彦氏もフラリと現れる予定で、妙な緊張感が漂うことになるのも気まずいので前もって白状しておくが、まだ第三部の原稿は登美彦氏の胸の内にだけ存在している。まことに申し訳ないと思いつつ、「どうしようもないのだ」と言わざるを得ない。なぜなら登美彦氏は他にもいろいろなものを書く約束があり、しかもそれらをバンバン片付けていけるような小説家的膂力がないからである。

 もどかしいもどかしい。ひとやすみひとやすみ。


 また、月刊モーニングモーニング・ツー」において来月から『太陽の塔』のマンガ連載が始まる。十五年越し「まさか」のマンガ化、2003年の出版当時腐れ大学生だったという担当編集者執念の結実である。作者のかしのこおりさんは、寒々しい四畳半にムニムニと奇怪な妄想が入りこんでくる感触を、マンガならではというべき面白さで描きだしている。登美彦氏も連載をたいへん楽しみにしている。

 月刊モーニングモーニング・ツー」をヨロシクお願いします。

 (追記:雑誌名を間違っておりました)


 f:id:Tomio:20180515145343j:image


 映画化やイベントやマンガ化はありがたいことである。

 それがたいへん幸福なことであることは登美彦氏も分かっている。しかし結局のところ、それは過去の登美彦氏の遺産というべきであり、もはや過ぎたことなのである。現在の登美彦氏は何ひとつ威張れない。小説家は新作を書かなければしょうがない。

 というわけで、登美彦氏は早く次作『熱帯』の世界から脱出したいと願っているのだが、なかなか出口が見えないのだ。

 『熱帯』は「『熱帯』という小説についての小説」である。同じような構造を持つ作品としてミヒャエル・エンデの『はてしない物語』が思い浮かぶ。登美彦氏は油断していた。まさか本当に「はてしない」(=書き終わらない)物語になってしまうとは……。そもそもこういう呪われた手法に手を出すべきではなかったのではないか。しかしここまで沖に船出して、今さら引き返すわけにもいかない。もはや陸地は見えない。行きつくところまで行くしかないのである。

2018年04月17日

[] 今日マチ子さんの10周年


 

センネン画報 +10 years

センネン画報 +10 years


 今日マチ子さんが10周年を迎えたそうである。

 じつは森見登美彦氏はデビュー作の帯にコメントを書いた。

 新刊の特設ページにも言葉を寄せた。

 http://www.ohtabooks.com/sp/sennen/


 一足先に10周年(実質3年間の)を通過した人間として、

 働き者にちがいない今日マチ子さんのことを心配し、

 「ほどよく怠けましょう」

 と書いたものの、

 もちろん登美彦氏ほど怠ける必要はないのである。

 「なんだか全方位的にゴメンナサイ」

 あいかわらず登美彦氏は暗礁に乗り上げてヲリマス。

2018年04月04日

[] 日本ファンタジーノベル大賞太陽の塔


 

隣のずこずこ

隣のずこずこ


 日本ファンタジーノベル大賞が復活した。

 その記念すべき最初の受賞作がこちらである。

 「火炎を噴く巨大な信楽焼きの狸を連れた女性が山奥の町を滅ぼしにやってくる」という冒頭はワケのわからないものであり、登美彦氏は選考委員として応募原稿を読み始めたとき「これは本当に面白くなるのだろうか?」と不安に思ったのであるが、読み進めるうちにそんな不安は生駒山の彼方へ飛んでいった。

 ワケのわからぬ話がワケのわからぬままにリアルに感じられてきて、読み終えたあとは切ないような哀しいような不気味なような、なんともいえない気持ちになってしまう。選考委員全員一致で決まった受賞作である。どうか読んでいただきたい。

 そして日本ファンタジーノベル大賞を今後もよろしく。

 「今年も作品をお待ちしております」


 日本ファンタジーノベル大賞2018

 http://www.shinchosha.co.jp/prizes/fantasy/


 


 あの岡本太郎の「太陽の塔」についての大百科。インタビューや写真、製作過程など盛りだくさんの内容である。森見登美彦氏のエッセイ「太陽の塔は『宇宙遺産』」が再録されている。

 太陽の塔が地上へ降り立ってから約半世紀。

 内部公開の一般予約も始まったようである。

 http://taiyounotou-expo70.jp/


 ついでに。

 太陽の塔が「なんとなく好きだ」という理由だけで、勝手に京都へ持ってきた登美彦氏の第十五回日本ファンタジーノベル大賞受賞作も読んでいただければ幸い(京都太陽の塔はありません)。

 

 

太陽の塔 (新潮文庫)

太陽の塔 (新潮文庫)