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この門をくぐる者は一切の高望みを捨てよ

森見登美彦日誌RSS

2016年01月05日

[] 年頭之感




謹賀新年




 実りの少ない一年の「年越し」は切ない。

 自分には年を越す資格がないように感じられ、できることならば2015年の大晦日に立て籠もりたくなる。しかし紅白歌合戦と「ゆく年くる年」の残酷なリレーは、実りない一年を過ごした小人の背を容赦なく小突き、眩しすぎる新年へと押しやってしまう。嗚呼。

 ここに恥ずかしそうにコッソリと年を越した男ありけり。

 名をば、森見登美彦となむいひける。


 登美彦氏の2015年の働きぶりを見れば、その年越しの切なさについては読者諸賢も容易に想像がつくことであろう。

 しかし年末のサヨナラを言いにきた2015年氏はじつにやさしかった。

 「まあ、『有頂天家族 二代目の帰朝』も出たことですしね」

 「しかしそれもずいぶん前の話で」

 「あと、竹取物語の現代語訳もされましたよ」

 そうはいうものの、2015年氏は少し淋しげな顔をしていた。

 彼は登美彦氏が呪われた十周年に終止符を打つことを期待していた。

 しかしその夢は果たされなかったのである。


 昨今の登美彦氏は十周年を延長することに生き甲斐を見いだしたかのごとくだ。あたかも留年と休学を繰り返して「もらとりやむ」を延長し、大いなる助走をつづける偏屈学生のごとし。十周年企画から抜け出すことあたわぬまま、万葉の地で朽ち果てようというのか。ひんやりとした墓石には「十周年から抜け出せず冥途へ転居したる可哀想なヒト」と刻まれるのであろうか。

 そもそも気になることとして、十周年から抜け出せぬうちに十五周年が迫ってくるという「周年挟み撃ち」なる時空のねじれ的現象は、これまでの出版界で観測されたことはあるのか。かくのごとき不名誉な伝説をヒッソリ作ったとて国語便覧に載るでなし、喜ぶ人間はひとりもいない。

 登美彦氏は2015年氏に申し訳なかった。


 「すぎたことですよ」

 2015年氏は鷹揚に笑った。

 「あとは2016年氏に任せましょう。楽しくやってください」

 そう言って2015年氏は去っていった。

 代わりにやってきた2016年氏は筋骨隆々であった。

 「よろしく」と言い、両の拳をごちんごちんとぶつけた。

 腕力にものを言わせて十周年の幕を引くつもりらしかった。

 「明けましておめでとうございます」

 登美彦氏はそう言いながら、

 「そうは問屋がおろさんぞ」

 と腹の中で思ったのである。


 ところで一月には森見登美彦氏が現代語訳をした竹取物語が出る。

 

 

 それにともなって、下記のようなイベントがあるという。

 登美彦氏も万葉の地からもぞもぞ這い出していく。

 「池澤夏樹=個人編集 日本文学全集」第?期刊行開始記念イベント

 森見登美彦×川上弘美×中島京子×堀江敏幸×江國香織

 http://www.kawade.co.jp/news/2015/12/116.html


 あと、下記では登美彦氏の短い小説がちびちびと掲載されるらしい。

 題して「或る『四畳半日記』伝」

 お時間のある方はぜひどうぞ。

 コフレ祥伝社WEBマガジン

 http://www.coffret-web.jp/


 本年も宜しくお願いいたします。

2015年12月18日

[] 青春音楽活劇 『詭弁走れメロス


 あの舞台が復活するそうである。

 このメロスの途方もないテンションと馬鹿馬鹿しさたるや!その舞台上で炸裂する過剰なエネルギーゆえに、当時弱り切っていた登美彦氏の自律神経がひどく痛めつけられたことを記しておかねばならぬ。

 その自律神経によくない舞台の先行予約が始まったらしい。

 「また自律神経がおかしくなるぞ」

 登美彦氏は戦々恐々としている。


 お知らせのページ

 http://papageno-net.com/melos/index.html

2015年11月26日

[] フジモトマサル


 聖なる怠け者の冒険 挿絵集


 フジモトマサル氏が亡くなった。

 かつて森見登美彦氏が雑誌で「有頂天家族」を連載したとき、初回の挿絵を担当したのがフジモトマサル氏だった。

 狸小説がきっかけで出会ったのだから、数年後に「聖なる怠け者の冒険」というぽんぽこ小説を朝日新聞夕刊に連載するにあたって、氏に挿絵をお願いしたのは当然のなりゆきであろう。しかし予想外だったのは、原稿が凄まじく難航したことである。無謀な綱渡り新聞連載にフジモト氏を巻きこんだことを幾度も申し訳なく思ってきたし、このたびの訃報に接して登美彦氏はまた同じことを思う。

 悪戦苦闘の末、ようやく『聖なる怠け者の冒険』が出版されたとき、フジモト氏の『聖なる怠け者の冒険 挿絵集』もまた一緒に出版された。それが登美彦氏は本当に嬉しかった。『挿絵集』は凝りに凝った作りのオモシロ美しい本で、挿絵の一点一点にフジモト氏のコメントがついている。昨夜、登美彦氏はもう一度その挿絵集を読み返し、フジモト氏のクールなコメントの数々に「ご迷惑をおかけしました」と謝った。迷走する連載を最後まで支えてくれたのはフジモトマサル氏の挿絵だった。

 ご冥福をお祈りいたします。


 終電車ならとっくに行ってしまった

2015年09月06日

[] GINGERL. 2015 AUTUMN 20 (幻冬舎) 


 森見登美彦氏の「カレーの魔物」という文章が掲載される。

 カレーの底知れぬパワーについて、登美彦氏があれこれ妄想をたくましくしている。

 9月10日頃から書店にならぶ予定である。

 http://www.gentosha.co.jp/gingerl/index.html

2015年09月05日

[] 人形芝居 有頂天家族

 

 人形劇団クラルテ(チケットなど)

 http://www.clarte-net.co.jp/

 

 「人形芝居 有頂天家族」の紹介はこちら

 http://uchoten-kazoku.tumblr.com/


 先日、森見登美彦氏は大阪住之江の人形劇団「クラルテ」を訪ねた。


 少しだけ練習風景を見せてもらうはずだったが、ふと気がつくと登美彦氏は通し稽古を最後まで観ていた。それぐらい面白かったということである。登美彦氏が見たのはあくまで通し稽古なので、本番はいっそう面白くなるはずだ。

 「これは期待せざるを得ない」

 と、登美彦氏は述べている。

 登美彦氏の毛玉小説『有頂天家族』は、これまでにラジオドラマアニメ、舞台というように、さまざまなものに化けてきた。いかにもタヌキ小説らしく変幻自在、こんどは人形芝居に化けるのである。


 登美彦氏は人形芝居をほとんど観た記憶がなく、親指人形的なものがもぞもぞする「ちんまりしたもの」を想像していたが、当然のことながらそんな親指スケールではなかった。天狗が飛び上がったりタヌキが転がったりするたびに、劇団の方々は舞台を右から左へ、上から下へ、前から後ろへ、あっちこっちへ飛びまわる。たいへんダイナミックであった。人形たちにインパクトがあるので、はじめは「コワッ」と思うが、見ているうちに表情が見えてきてかわいくなる。ちんちくりんの怪獣チックな矢二郎カエルが登美彦氏の気に入った。

 「人形芝居って、ちんまりしてるんじゃないの?」

 そう思う人にこそ見てほしい、と登美彦氏は述べている。

 「全然ちんまりしていない。大活劇」

 「矢一郎が熱い。泣ける」

 「弁天と矢三郎の間柄がアニメよりもみずみずしい」

 「金閣銀閣は表現のジャンルを越えて安定している。安定して阿呆だ」

 「叡山電車、すごいですなあ」

 というようなことが登美彦氏の呟きであった。 

 ほかのオモチロイ点はぜひとも自分の目で確かめていただければ幸いである。


 登美彦氏は劇団の人たちとお喋りしてから、食べるのが可哀想になるようなタヌキケーキを一刀両断して食べ、クラルテをあとにすると、ニュートラム南港ポートタウン線)に乗った。これは登美彦氏が「子どもの頃に夢見た未来がもはや古びた」みたいな味わいのある乗り物である。

 やがてコスモスクウェアにつき、登美彦氏は満足して奈良へ帰った。

[] 本のご紹介

 

 


 登美彦氏が帯にコメントを寄せている。

 読み終わったあとは得体の知れない感動っぽいものに襲われ、

 「ようこんな阿呆な小説書かはるわ……」

 と茫然と呟くしかない。

 こういうとき登美彦氏は、

 自分の阿呆がいかにチッポケであるかということを思い知らされるのである。


 

厭世マニュアル

厭世マニュアル

 

 こちらも登美彦氏が帯にコメントを寄せている。

 野生時代フロンティア文学賞受賞作品であり、登美彦氏が人生で初めて世に送り出すお手伝いをした。

 マスクをつけることによって周囲を拒絶する乙女の地獄めぐりであり、妙にリズミカル慇懃過剰な乙女の語りが立て板に水のウザったさである。ひょっとすると登美彦氏は、この小説に自身の『太陽の塔』を重ねたのかもしれない。

 「阿川さんの今後の活躍を祈るものです」

 登美彦氏はそんなことを言っている。

 人の活躍を祈るまえに自分をなんとかしろ、という意見も当然あり得る。