2011年12月15日
■[日々] 登美彦氏、静けさを味わう。
森見登美彦氏はのんびり暮らしている。
奈良というところはたいへん静かである。
学生時代、登美彦氏は北白川バプテスト病院のそばに住んでいた。
四畳半の内も外も、たいていひっそりとしていた。
しかし卒業後は賑やかな方へ出てきた。
京都の四条烏丸であるとか、東京であるとか。
そして、いつの間にか、登美彦氏は賑やかさに馴染んでいたようである。
奈良に帰ってきた当初は、その静けさにびっくりしたという。
登美彦氏は自転車でふらふらと走っていき、
ふと貯水池の土手で止まる。
遠くには奈良の盆地を囲む山並みが見え、
天空は、叩けばカンと鳴りそうなぐらい澄んでいる。
耳を澄ましてもシンとしている。
あたりに充ちた静けさが、
まるで高級化粧水のように登美彦氏の魂に浸透してくる。
「これは奈良的静けさだ」
登美彦氏は主張する。
静けさに「奈良的」などというものがあるのだろうか。
その点、やや疑問である。
しかし「奈良的静けさ」が浸透したおかげで、
登美彦氏の魂は潤いを取り戻してきた。
ときどき苦しくなるが、なんとか誤魔化せる。
「だましだまし行こう」
登美彦氏は呟く。
そのかわり、奈良的静けさは麻薬のように登美彦氏を酔わせる。
登美彦氏は一週間に二日、京都の仕事場で仕事をする。
しかし奈良的静けさに慣れると、
京都的賑わいですら登美彦氏を疲れさせるのである。
奈良的静けさの中では、一日一日がまるで流れるように過ぎる。
遠く奈良時代までさかのぼってみれば、今日という一日は一瞬である。
雄大なリズムで、太陽は昇り、また沈む。
山々は朝陽に染まり、夕陽に染まる。
繰り返し、繰り返し。
妻が珈琲をいれながら「やうやう白くなりゆく山ぎはー」とぷつぷつ言う。
のんびりするなというほうが無理な話である。
登美彦氏は少しずつ仕事をする。
なにしろ登美彦氏はこの不調から抜け出さなくてはならぬ。
ときどき、登美彦氏はベランダで日向ぼっこをしながら、
「まるで隠居したかのようだ」
と思うことがある。
しかし、まさか。
隠居している場合ではない。
2011年11月26日
■[日々] 登美彦氏、更新にそなえる。
森見登美彦氏には、色々あった。
登美彦氏は日誌を更新できずにいる。
間を空ければ空けるほど、更新のしにくさは指数関数的に増える。
書かないから、書けない。
書けないから、書かない。
日誌も小説も同じことである。
その膠着状態の中では、「更新しにくさ」のみが高値を更新し続ける。
つい先ほどまで、この「更新しにくさ」が天文学的な数値を示していた。
この「更新しにくさ」を換金して、一生遊んで暮らせぬものか。
登美彦氏は東京を去って奈良に暮らしている。
ときに具合が悪かったりするものの、おおむね元気になってきた。
それでも仕事は進まぬ。
泉は枯れた。また枯れた。
だが待て。
実はたいてい枯れている。
もともとそんなに湧いてない。
何を慌てることがあるのか。
そうとも。
登美彦氏はそんなことを呟いている。
登美彦氏が本日読んだ素晴らしいマンガをここに掲げ、
この傑作への無言の賛辞を電子的空白に込めて弾丸となし、
更新されぬままに膠着した日誌の再開を図る。
2011年08月23日
■[日々] 登美彦氏、締切太郎を召還する
八月の頭のことである。
不安感、胃痛、頭痛、倦怠感、手の痺れ、身体のこわばり、めまい等々、色とりどりの症状が一斉に登美彦氏を襲ってきた。かつて美女たちに「軟弱そうに見えて意外に頑丈なのネ」と囁かれがちだった机上の鉄人も、今度ばかりは耐え抜くことができなかった。
現在、登美彦氏は静養中である。
ゆるやかな回復傾向にある(と筆者は祈るものである)。
一時、登美彦氏は奈良に戻り、かつて祖父母が暮らした四畳半で寝込んでいた。
簾の外からは蝉の声が聞こえ、庭の木立の向こうには青い夏空が広がっていた。
布団にころがって、登美彦氏は翻訳物の推理小説や児童書を何年ぶりかに読み、胃の痛みに呻き、そして世の中にあるもの一切を「胃に良いもの」と「胃に悪いもの」に分類した。
胃に良いものは以下の通りである。
・ローカル線の小さな駅
・生駒山
・風にのってくる夏草の匂い
・入道雲
・簾を揺らす夕風
・高校生の頃に読んだ海外ミステリ...等々たくさん
そして胃に悪いものは以下の通りである。
・締切
最近、増えすぎた締切と締切がたがいを妨害し合い、来るべき破局を先延ばしするだけで登美彦氏は息も絶え絶えという状況であった。手に負えない混雑ぶりに、やがて登美彦氏は事態を改善しようという気力さえ失った。
一切は、登美彦氏の計画性のなさと己への過信が原因である。今回、登美彦氏は当然の報いを受けたのだと言える。
締切を守るのは作家として大切なことである。
守れないのであれば締切を作る資格はない。
「締切をなくすほかない」
そう登美彦氏は決意した。
そして編集者の皆さんと会合を持ち、締切太郎を召還した。
締切太郎とは、現時点で存在する締切次郎たちをすべて反故にする存在である。
かくして、現在の定期連載と不定期連載は、すでに書き上がっている原稿の掲載が終わった時点で一時的に中断されることになった。
「読者の方々、そして担当の編集者の方々に、深くお詫びいたします」
と、登美彦氏は言っている。
登美彦氏は体調の回復を待ち、仕事を少しずつ再開するという。
しかし、それがいつ頃になるか、今の時点では分からない。あまり早急に仕事を片付けようとすれば、同じ過ちを繰り返すことになる。
二度と締切太郎を召還する羽目にならないように、登美彦氏は仕事の流儀を見直すべきである。
締切とは賢く付き合うべきである。
己の力量のほどを知るべきである。
2011年06月28日
■[日々] 登美彦氏、手ぬぐいを愛用する
森見登美彦氏は手ぬぐいを使う。
手ぬぐいというものはスバラシイものである。
一時、登美彦氏は「手ぬぐいが好きだ」と不用意に発言したために、やってくる編集者の人たちがことごとく手ぬぐいをもたらし、瞬く間に手ぬぐいコレクションができてしまった。
しかし手ぬぐいというものはいくらあっても困らないものである。
登美彦氏はつねに執筆に向かうとき、二枚の手ぬぐいを使う。
一枚は頭に巻くためである。執筆に行き詰まって髪をむしるのを阻止するためである。
もう一枚は濡らして首に巻くためである。電力不足の昨今、濡れ手ぬぐい冷房にまさるものはない。
外へ散歩に行くときも手ぬぐいをひらひらさせていれば、なんとなく地元の人間っぽく(地元の人間ではないくせに)、他の通行人たちに対して心の余裕を示すことができ、不審者と見られるのを避けることができる。金魚やら狸やら竹林やらの手ぬぐいをひらひらさせてノンキに歩いている人間が、危険に見えるはずがない。
汗をぬぐって汚れたら、適当なところで洗って絞る。ひらひらさせておけばすぐ乾く。こんなにも便利な布きれが存在してよいのだろうか。
いよいよ本当の手ぬぐいの時代が来た。
昨今、登美彦氏の作品の舞台をめぐるために京都に来る人もいるという。
ここだけの話であるが、登美彦氏の小説は妄想の産物であるために、そこに描かれる京都もまた妄想である。もし作品の舞台を見たいとすれば、妄想を駆使しなければならない。
その妄想の土台として、この手ぬぐいを活用することが可能である。
濡れ手ぬぐいとして京都の地獄の暑さをやわらげ、なおかつ無目的にひらひらさせることによってワンランク上の旅行者として心の余裕を見せつけることができ、さらには作品の舞台をめぐる地図として活用できる、一石三鳥の手ぬぐいである。
くれぐれも真夏の京都では、暑さ対策を怠りなく。
2011年06月25日
■[日々] 登美彦氏、反省する
森見登美彦氏がぼんやりしていると、手紙が届いた。
先日、登美彦氏が名古屋に出かけたときに、その会に参加してくれた人からの手紙であった(その手紙の内容については筆者は何も述べる権利はない)。
しかし登美彦氏が一つだけドキリとした一節があったという。
「『粘膜人間』は心が折れそうです」
そう彼女は書いていた。
そんなに無理して読まんでも!
そう筆者は考えるものである。
どんなに他人がスバラシイと言おうとも、読みたくないところを無理して読むべきではない。登美彦氏が名古屋で大学生の人たちに話をしたときに、ついウッカリ名前を出したので、他にもこの小説を読もうとする人があるかもしれない(すでに読んでいた人たちのことは知らない)。
そういう人たちは用心すべきである。
そして、あんまり身体に悪いと思ったらスミヤカに止めるべきである。
誰も責めないのである。
ちなみに登美彦氏はこれらの作品を読んだとき、開口一番「最低だ!ひどすぎる!」と叫んだ。
しかるのち、「しかし最高だ!なんちゅうこっちゃ!」と叫んだ。









