登美彦氏、絶不調


 近頃、森見登美彦氏は不機嫌である。
 「表には偏屈を装い、内では明朗愉快」が信条の登美彦氏も、ここのところ付きまとう「ふわふわ太郎」(不運の神)や己の事務能力のなさにほとほと嫌気がさして、内面まで偏屈になってきた。


 本日も登美彦氏は、新しく始める連作の全貌が掴めず、ほとんど半狂乱になって地下室をうろうろしたが、事態はいっこうに好転しなかった。「えらいこっちゃ!」と登美彦氏は叫び、哀れなもちぐまたちを蹴散らした。「なけなしの才能が枯渇した!」
 一日を棒に振った登美彦氏は途方に暮れて部屋の隅にうずくまり、もう社会とよけいなかかわりを持たず、締め切りなども意に介することなく生きていくことを考えた。竹林経営者としてタケノコや竹とんぼを売って生計を立てようと計画を練った。
 登美彦氏がカリスマ竹林経営者としてのビジョンを思い浮かべていると、チャイムが鳴って宅配便が届いた。
 中には角川書店より送られてきた、『夜は短し歩けよ乙女』の見本が入っていた。
 にわかに不機嫌も締め切りも才能の枯渇への不安も忘れ、登美彦氏はニヤニヤした。そしてたいへんイヤラシイ手つきで、中村佑介氏の手になる絵で飾られた可愛い本を撫で回した。


 「それにしても、あまりにも可愛くて綺麗な本である。美しすぎるのではないか。オシャレすぎるのではないか。帯の文句も、『純情』『キュート』だのとあって、『男汁』などかけらもない。古囃子氏はいささか若い女性読者の方々に媚びすぎではないのか!はっきり言って、詐欺ではないのか!」
 登美彦氏はそんなことを言った。
 「しかし、それもまた悪くない!」