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この門をくぐる者は一切の高望みを捨てよ

森見登美彦日誌RSS

2011年12月15日

[] 登美彦氏、静けさを味わう。


 森見登美彦氏はのんびり暮らしている。

 奈良というところはたいへん静かである。


 学生時代、登美彦氏は北白川バプテスト病院のそばに住んでいた。

 四畳半の内も外も、たいていひっそりとしていた。

 しかし卒業後は賑やかな方へ出てきた。

 京都の四条烏丸であるとか、東京であるとか。

 そして、いつの間にか、登美彦氏は賑やかさに馴染んでいたようである。

 奈良に帰ってきた当初は、その静けさにびっくりしたという。


 登美彦氏は自転車でふらふらと走っていき、 

 ふと貯水池の土手で止まる。 

 遠くには奈良の盆地を囲む山並みが見え、

 天空は、叩けばカンと鳴りそうなぐらい澄んでいる。

 耳を澄ましてもシンとしている。

 あたりに充ちた静けさが、

 まるで高級化粧水のように登美彦氏の魂に浸透してくる。


 「これは奈良的静けさだ」

 登美彦氏は主張する。

 静けさに「奈良的」などというものがあるのだろうか。

 その点、やや疑問である。

 しかし「奈良的静けさ」が浸透したおかげで、

 登美彦氏の魂は潤いを取り戻してきた。

 ときどき苦しくなるが、なんとか誤魔化せる。

 「だましだまし行こう」

 登美彦氏は呟く。

 そのかわり、奈良的静けさは麻薬のように登美彦氏を酔わせる。

 登美彦氏は一週間に二日、京都の仕事場で仕事をする。

 しかし奈良的静けさに慣れると、

 京都的賑わいですら登美彦氏を疲れさせるのである。

 

 奈良的静けさの中では、一日一日がまるで流れるように過ぎる。

 遠く奈良時代までさかのぼってみれば、今日という一日は一瞬である。

 雄大なリズムで、太陽は昇り、また沈む。

 山々は朝陽に染まり、夕陽に染まる。

 繰り返し、繰り返し。

 妻が珈琲をいれながら「やうやう白くなりゆく山ぎはー」とぷつぷつ言う。

 のんびりするなというほうが無理な話である。 


 登美彦氏は少しずつ仕事をする。

 なにしろ登美彦氏はこの不調から抜け出さなくてはならぬ。

 ときどき、登美彦氏はベランダで日向ぼっこをしながら、

 「まるで隠居したかのようだ」

 と思うことがある。

 しかし、まさか。

 隠居している場合ではない。