『聖なる怠け者の冒険』の復活

 
 


 三月十六日、森見登美彦氏は生駒市図書館で講演的なものをした。
 生駒市は登美彦氏がこの世に生をうけた地であり、大学に入学して奈良をはなれるまで暮らした街でもある。
 登美彦氏は幼少の頃、今は亡き祖父といっしょに生駒市図書館へ行った記憶がある。
 「ひとりで講演なんて恐ろしいことはできかねる」
 と登美彦氏がワガママを言ったため、
 角川書店の担当編集者である小林川頁氏がいっしょに喋ってくれた。
 当日にはたいへん大勢の方々が、奈良のみならず、県外の遠方からもやってきてくださり、「生駒市図書館の熱い期待に反して会場ガラガラ」という哀れむべき事態を避けることができた。ありがたいことである。会場は生駒市の誇るらしいスウィーツ「たけひめプリン」や高山の茶筅などのお土産販売会場になり、副市長さんもやってきて、なにやらお祭りめいていた。登美彦氏は自分がちんちくりんの神様にでもなったかのような、妙にくすぐったい気持ちになったという。
 頁氏のたくみな誘導によって、登美彦氏はひとまず喋ることができたようである。
 イベントは楽しく始まり楽しく終わった。
 参加してくださった方々、そして図書館の方々に、登美彦氏は深く感謝している。


 なお、その会場で登美彦氏が述べたように、『聖なる怠け者の冒険』が復活する。


 この小説は、かつて朝日新聞の夕刊において連載され、情け容赦ない締切の重圧によって、登美彦氏を、そして挿絵を描いてくださったフジモトマサル氏を徹底的に苦しめ抜いた作品である。(フジモト氏の苦しみの大半は、登美彦氏に責任がある)。
 2011年の夏に始まる長い沈黙の前半、登美彦氏は神経が衰弱して闇の国々を放浪するほかなかったが、2012年の初夏になると衰弱した精神にも僅かながら光明が見え、長いトンネルを抜けるべく、『怠け者』の大幅な改稿を始めた。しかし、この小説はそのタイトルどおりの怠け者であり、ボンレスハムのようにふてぶてしく机上に寝転がって、なかなか自らを完成にいたらしめようとしなかった。「おまえには完成してやろうという気概はないのか?」と登美彦氏は嘆いたものである。登美彦氏とその怠け者小説の暗闘は世間に知られず、この半年以上、「どうせ登美彦氏は奈良公園で鹿といっしょにノンビリ日向ぼっこでもしてんだろ?」という心ない人々からの誹謗に甘んじるほかなかったのである。
 しかし今、無数の暗礁をくぐり抜け、ひとまず小説が完成したので、「登美彦氏は働いていた」と主張することが許される。
 

 現在、登美彦氏と関係者の方々が、仕上げに向かって努力している。
 『聖なる怠け者の冒険』(朝日新聞出版)は、今年の五月二十一日発売予定である。
 筋金入りの怠け者は、はたして冒険者となり得るか?