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この門をくぐる者は一切の高望みを捨てよ

森見登美彦日誌RSS

2017年11月23日

[] エッセイ集『太陽と乙女』発売されました。


 太陽と乙女


 新刊『太陽と乙女』が書店にならび始めた。

 夜眠る前にでも、ぽつぽつ読んでいただければ幸い。

 以下はこの本の「まえがき」である。


 ひとつ考えてみていただきたい。

 眠る前に読むのはどんな本がふさわしいだろうか。

 たとえば「ムツカシイ哲学書を読めば眠くなる」という意見がある。しかしこれを毎晩の習慣にするのはどう考えても無理がある。たとえばアンリベルクソンの『意識に直接与えられているものについての試論』がここにあるとして、こんなものは脳天が五月の青空のごとくクリアな千載一遇の好機を掴み、机に向かって修行僧のように読まなければ一頁たりとも理解できない。そんな凄まじい本を毎晩寝る前に読むのは苦行以外のなにものでもなく、すぐに放りだすのは明らかである。

 それならば面白い小説はどうだろう。しかしこれは誰にでも経験があると思うが、ひとたび面白い小説を読みだしたら中断するのが難しい。推理小説などは特にそうである。明日は早く起きなければならないのに犯人が気になって止められず、それなのに夜更かしの背徳感がいよいよ読書の楽しさに拍車をかけるから、もう止められない止まらない。

 それなら面白くない小説ならいいのかといえば、そんな本を読むのはやっぱり苦痛だから、先ほどの哲学書と同じ結論になる。

 そういうふうに考えていくと、これは意外に厄介な問題なのだ。

 私が枕元に置く本は長い歳月の間に移り変わってきた。高校生ぐらいの頃は星新一のエッセイ集『進化した猿たち』の文庫本全三巻が長く君臨していた。ここ数年の例を挙げるなら、岡本綺堂『半七捕物帳』やコナン・ドイル『シャーロック・ホームズの冒険』、柴田宵曲編『奇談異聞辞典』、薄田泣菫『茶話』、吉田健一『私の食物誌』、興津要編『古典落語』……。しかし心にピッタリ合う本が思いつかない場合、寝床へ行く前に本棚の前でシロクマみたいにうろうろする。

 「眠る前に読むべき本」

 そんな本を一度作ってみたいとつねづね思ってきた。

 哲学書のように難しすぎず、小説のようにワクワクしない。面白くないわけではないが、読むのが止められないほど面白いわけでもない。実益のあることは書いていないが、読むのがムナしくなるほど無益でもない。とはいえ毒にも薬にもならないことだけは間違いない。どこから読んでもよいし、読みたいものだけ読めばいい。長いもの、短いもの、濃いもの、薄いもの、ふざけたもの、それなりにマジメなもの、いろいろな文章がならんでいて、そのファジーな揺らぎは南洋の島の浜辺に寄せては返す波のごとく、やがて読者をやすらかな眠りの国へと誘うであろう。

 あなたがいま手に取っているのはそういう本である。