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映画評論家町山智浩アメリカ日記

町山智浩の映画解説リストです。
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ロフトプラスワンでタランティーノと公開飲み会(無修正)

2004-02-26

TomoMachi2004-02-26

(昨日の続き)『パッション』The Passion of The Christという映画は何かに似ている。


まず似ているのは『スナッフ』だ。それとか『ジャンク』とか『人間解剖』とか。

つまり、ろくにストーリーがなくて、ただ残酷シーンのディテールだけをひたすら見せるのが売りの映画。

『パッション』を劇場で見ていた老婦人が心臓麻痺で亡くなったが、それもありうるだろう。

キリストの思想とか、理想はまるで描かれないまま、

とにかく、これでもか、これでもか、と残虐行為のモロ直接的なディテールが延々と続くのだ。

ここが今までのキリスト映画と決定的に違う要素だ。

つまり「今まで見せることのできなかったものをお見せしましょう」というわけだ。


だから、ハードコア・ポルノにも似ている。

それもストーリーも何もなくてひたすらセックスのディテールだけを見せるポルノ。

熱心なキリスト教徒はキリストの受難シーンを見ながら、それに一体化し、痛みを感じるだろう。

それは宗教的エクスタシーとして彼らに至上の快楽を与えるだろう。

実際、世界中にキリストの痛みを知るために自分を鞭打ったり傷つける祭りはあるが、

それに参加する連中は血まみれになって「いって」しまうのだ。


さらに似ているのは『時計じかけのオレンジ』でアレックスが矯正所で見せられる残酷映画だ。

レイプやナチの強制収容所でのユダヤ人虐殺を嫌になるまで無理やり見せられる「洗脳」だが、

それほど狂信的でない人には『パッション』はあれに近い効果がある。

これほどユダヤ人の悪どさを見せられれば、本人がユダヤ人であっても、ユダヤ人が嫌になる。

というか、この映画にはそれ以外の場面がほとんどないのだ。

とにかくひたすらユダヤ人がキリストを責め殺すだけの映画なのである。


「ユダヤ人がキリストを殺した」というのはナチがユダヤ人虐殺の口実にしたわけだが、

『パッション』はそれと同じであると批判されている。

メル・ギブソンはユダヤ批判が目的ではないと否定していたが、

NYのラジオ局が直接、メル・ギブソンの父親に電話インタビューをし、それを生放送した。

そのラジオでメルギブの父は堂々と語った。

「ナチがユダヤ人を虐殺したというのはユダヤ人のウソで、彼らはみんなアメリカに移住した」

「ユダヤ人は世界を征服しようとしている」

メルギブは「父親は父親で僕とは関係ない」と言っているが、彼が原理主義的なカトリックなのは父の教育による。


しかし、『パッション』はプロパガンダというよりもエクスプロイテーションである。

要するに、この映画の本質はキリスト教徒にとってのポルノなのだ。

ポルノでは実際には許されないレイプが商品になるように、この映画は「ユダヤ差別」というタブーが売りになっている。

『パッション』のプロモーションにはNASCARまで使われ(レースカーにデッカく『キリストの受難』と書かれている)、公式のキャラクター・グッズも山ほど発売された。

Tシャツから磔に使われた釘のペンダント(写真)やイヤリングまで売っているが、その売り上げはメルギブのところに行く。

あのさ、キリストはお前の商標登録じゃないだろ?

でも、宗教エクスプロイテーション映画というのは昔からある。


50年代、エロ映画を見るのが難しかった時代に性教育映画『Mom and Dad』で大儲けしたクローガー・バブという男がいる。

彼はこの映画を全米の公民館を巡回して上映した。観客の多くは性の乱れを嘆く善男善女だったが、彼らの本音はエロなものが見られると期待していたのだ。もちろんバブは彼らの罪悪感を和らげるため、上映前に国家を斉唱して、その上映が何か公益事業であるかのように演出した。

バブはその次にキリストの受難を描いた映画を作った。オクラホマの信心深い金持ちから制作費を出させて、バイブル・ベルトの教会で巡回上映をしようと企んだのだ。

ところがこのオクラホマ製キリスト映画は失敗した。

オクラホマ訛りで「なんずの罪は」としゃべるキリストはいくらなんでもギャグだったからだ。

あとは「人間革命」とか「太陽の法」とかいっぱいあるけど、やっぱりキリスト映画は人口が多いから儲かるよ。ちなみにマホメットは人間として画面に出してはいけない決まりなので映画は作れません。作れたらもっと儲かるのに!


それはいいとして、次の問題は、「史上最高のリアルさ」「真実」で売ってる『パッション』が

本当はまったくリアルでもなければ真実でもない、ウソだらけの映画だということだ。(次回に続く)

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