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映画評論家町山智浩アメリカ日記

町山智浩の映画解説リストです。
現在約800本の映画が50音順に整理され、解説へのリンクが貼られています。
お探しの映画解説はたいていここで見つかると思います。


週刊文春の連載「言霊USA」はオンラインで読めます。


町山智浩のWOWOW映画塾、YouTubeで観られます!

町山智浩の映画塾2(101〜200)

町山智浩の映画塾3(201〜)


TBSラジオ『たまむすび』に毎週火曜日午後3時から出演中です。


過去のたまむすび

「キラ☆キラ」はYouTubeに残ってます

ロフトプラスワンでタランティーノと公開飲み会(無修正)

2004-03-31

日本に帰ったせいで日記がぐちゃぐちゃになってもう一ヶ月経った。

このままフェイドアウトするとヤバイので、少しづつでも思い出せる限り書き散らしておく。

えーと、この日は映画秘宝編集部に行って『キル・ビル2』ムックの原稿を書いていた…と思う。

日本に帰っても毎日原稿。

2004-03-30

日本到着。

空港のホテルで寝る。

2004-03-27 1980年、最初の仕事

アニメのことを書いたのでいろいろ思い出したので忘れないうちに書いておこう。

オイラが生まれて初めてプロとして仕事をしたのは、たしかマンガ雑誌の欄外一行知識だった。

1980年、『ガンダム』の一年戦争が終わった年、大学一年生で当時18歳のオイラは、早大の漫研の先輩だった吉岡平氏に、編プロのスタジオ・ハードに推薦してもらったのだ。スタジオ・ハードは当時、マンションの一室だけだった。

創刊したばかりの「ヤンマガ」、それに白泉社の「少年ジェッツ」なんかの欄外をしばらく書いていた(「ラブシンクロイド」連載中)。もちろん原稿用紙に鉛筆で。

しかし、何を書いたかまるで思い出せない。

誰か持ってる人いませんか?

(当時のバイクはスタジオ・ハードに借りたCB50)。


その後、学研の「アニメディア」という雑誌で毎月、特集記事のアンカーをやることになった。

ちなみにその仕事を紹介してくれた池野氏はその後、小川範子のマネージャーだか何にかになった。

毎月「ロボット」とか「魔女っ子」というお題で、4ページくらい、いろんなアニメの分析・研究をするというページだ。

これは、入稿日の前日に呼び出されて学研に行き、他の人が集めたデータ原稿を渡されて、それをレイアウトに入るように、起承転結のある文章に書き直す作業。

だいたい夕方呼ばれて朝までに終わらせる。

それまで何を書くのか知らされていない。

編集部の人に何度も何度もリテイクを食らった。

これでかなり、雑誌的原稿の基本を叩き込まれた。

でも、何を書いたのかまるで覚えていない。

誰か当時の「アニメディア」持ってる人いませんか?

この仕事は82年にバイクで事故って入院するまで続けた。


その後、秋田書店の渡辺さんから、『マイ・アニメ』で毎月2ページ、映画コーナーを任された。

取材・構成・執筆・イラストまで一人でやったが、これが最初の映画の仕事だと思う。

(この頃、ホンダVT250Fを新車で購入。事故ですぐ廃車)。

アニメ誌なのに『スカーフェイス』とか『逆噴射家族』とか、

まあ、今も好きな映画ばかりイラスト付で紹介していた。

これは大学4年までやっていた。

ピンク・フロイドの『ザ・ウォール』を見開き大特集したので覚えている人もいるかも。


それと並行して、双葉社の100てんランドアニメコレクション「ルパン三世」上下巻の編集と執筆を一人でほとんどやって、

http://www.cnet-ga.ne.jp/oumi-ya/Lupin/Book/67633-33.html

ケイブンシャの大百科シリーズを6冊くらい作るのだが、そのへんは別の機会に。

とにかく80年というのはオタク・カルチャーの節目で、その後アニメ雑誌やマンガ雑誌が大量に創刊され、オタクな仕事の場がいっぱい生まれたというわけだ。

2004-03-26

TomoMachi2004-03-26

TBSラジオの「ストリーム」という番組にレギュラー出演することになった。

週一回、国際電話でアメリカの事情を話すのだが、午後2時の放送なので会社勤めの人は聴きにくい時間帯。

生放送なのが心配だが。

ラジオといえば、去年、アメリカのNHKにあたるNPR(公共放送)に出演した。

http://www.animenewsnetwork.com/article.php?id=3809

番組のトピックはANIME(日本のアニメのこと)。筆者は日本のアニメ・ブームをリアルタイムで見てきた世代としてスタジオに呼ばれて、英米のアニメ評論家と討論した。参加者は“Anime Explosion”の著者でシカゴ在住のパトリック・ドレイゼン、“Hayao Miyazaki”の著者でロンドン在住のヘレン・マッカーシー。それにリスナーの電話にも答えた。


話が始まってすぐ、彼らとの間に深いギャップがあるのに気づいた。たとえばアナウンサーに「日本のアニメはセックスとバイオレンス描写が強烈ですが」と質問をふられると『AKIRA』や『パーフェクト・ブルー』それにHentai(エロ・アニメ)の話にいってしまう。

そして「こういうセックスや暴力描写が多いのは、日本でのアニメのファンの年齢が高いからですね」とか「これは最近の傾向ですね」みたいなことを言われた。

それは違う。今から30年も前、小学一年生のオイラたちは家族で晩御飯食べながら手塚治虫の性教育アニメ『ふしぎなメルモ』を観て、『どろろ』や『ルパン三世』や『海のトリトン』にトラウマを受けて育ったんだ!


でも、たった一時間の番組ではとても説明しきれなかった。

なにしろ70年代のアニメはほとんどアメリカでは見られていないからだ。

わずかに“Starblazer(宇宙戦艦ヤマト)”と“Battle of the Planets(科学忍者隊ガッチャマン)”が日本製であることを隠して放送されただけで、85年の“Robotech(超時空要塞マクロス)”のブームまでアメリカ人はAnimeを知らなかった。


しかし「作品としてのアニメ」の黄金時代は70年代だと思う。

当時の作家たちがセックスと暴力を描いたのは客が喜ぶからじゃない。

それが作り手がつきつめて論じたい、訴えたいテーマだったからだ。

アニメや特撮番組を見るのは子供だけだった時代に、彼らは大人の映画やドラマより凄まじいリアリティをブラウン管に叩きつけていたのだ。

しかし80年代に入り、「おたく」と総称される青年市場が発見されると、アニメは「作品」から「製品」へと産業化され、セックスも暴力もエンターテインメント、ただのサービスになった(同じことは映画やマンガにも言える)……。

てな話は日本のオタクにとっては耳タコだろうが、アメリカ人はまるで知らない。なにしろ『ガンダム』といえば『W』だと思ってる連中だから。

こりゃ、何とか伝道してやらねばなるまい。

『ヤマト』劇場版の初日に徹夜で並んだ中学生としては。


とりあえずアメリカのアニメ雑誌の老舗“Animerica”に『海のトリトン』『ザンボット3』について書いた。

以降、『空飛ぶゆうれい船』『ガイスラッガー』などアメリカでまったく知られていない作品について書いていく予定。


オイラが『どろろ』と『ふしぎなメルモ』について英語で書いた文章はWebでも読めます。

http://www.pulp-mag.com/archives/6.02/sexandviolence.shtml

2004-03-25 昨日の続き

TomoMachi2004-03-25

2001年9月11日、世界貿易センタービル他への同時多発テロが起こるとアメリカのメディアから笑いが消えた。

いつも時事ネタのギャグを飛ばしている夜のトーク・ショーも、全米最高の人気お笑い番組「サタデー・ナイト・ライブ」も放送を自粛。全米のコメディクラブも営業を中止した。

新聞は毎日10本以上の4コマ漫画を並べているのだが、そちらのほうはテロを一切無視した。まるで何事もなかったように、お魚くわえたドラネコ追いかけて、とか、買い物に出かけて財布を忘れて、とか、あたりさわりのない日常ほのぼのギャグを続けたのだ。

ただ、『ブーンドックス』だけは違った。

テロの当日入稿の分から徹底してテロをギャグにしていったのだ。

それも、テロでブッシュ大統領の支持率が急上昇し、国民の大半が報復攻撃を求めている体制翼賛ムードの真っ只中で、それに真っ向から逆らってブッシュ批判をやり続けたのだ。

主人公の黒人小学生ヒューイは、FBIのテロリスト情報ホットラインに電話して、「アフガンの手助けをした悪党を知ってます」と通報する。

「奴は今年5月にアフガン政府に60億円もの援助をしたんですよ。この5月に! 今すぐ奴を逮捕してください! ホワイトハウスにいますから! きつーい手錠を用意してください!」

 テロ以降、ナショナリズムは高まる一方で、アメリカ中の建物に星条旗が掲げられ、道行く車にも小さな旗がはためき、胸に星条旗を意味する三色リボンを飾って愛国者を気取る人々が増えた。その星条旗ブームもヒューイは信じない。

「政府はテロリストの資金源を封鎖しようとしてるが、もし自分がテロリストだとしたら、今、何がいちばん儲かると思う? 星条旗こそがテロの資金源だ!」

見かねた親友のシーザーが忠告する。

「ヒューイ、もうテロの話題はやめようよ。大統領はアメリカ国民に平時に戻るよう呼びかけ続けているんだし」

「平時だって? オイラが平時にやってることは何?」

「……ブッシュ叩き」

「じゃあ、オイラがブッシュ叩きを自粛したらテロに屈することになるじゃん!」

「……君とつきあってるとキューバに亡命するハメになるかもな」

『ブーンドックス』の作者、アーロン・マグルーダーは言う。「他の4コマ漫画みたいに、何事もなかったようにいつものギャグを続けてもいいさ。パフ・ダディをからかったりね。でも、そんな場合じゃないだろ」

 案の定、「『ブーンドックス』は非国民マンガだ!」という抗議が各新聞社に殺到し、ニューヨークとテキサスの新聞は掲載を取り止め、クロスワード・パズルに差し替えた。

 テロから一ヶ月目の10月17日、ついに全米の新聞が一斉に『ブーンドックス』の掲載を中止した。

「編集部からお知らせです。このマンガは政治的に不適切なため、連載を中止し、今回から愛国マンガ『星条旗クンと三色リボンちゃん』を始めます」

もちろんこれは全部アーロンのジョーク。やるねえ!

幻冬舎から出る単行本には連載開始から2003年のイラク攻撃直前までの『ブーンドクッス』のベスト作品が集められてますので、是非、読んでください。

現在、『ブーンドックス』はTVアニメ化が進行中だそうです。

2004-03-24 このマンガを翻訳してました

TomoMachi2004-03-24

えー、二月に翻訳していた本というのは、これです。

「ブーンドックス」Boondocks(田舎者)というアメリカの新聞の4コマ・マンガの連載4年分のベスト集成本。

もう原稿は全部入れてあるので、もうすぐ幻冬舎から発売されるはずです。

『ブーンドックス』の主人公は白人ばかりの郊外住宅地で暮らす黒人の小学生ヒューイ。

可愛いアニメ顔にもかかわらず、ヒューイは決して笑わない。

その仏頂面には黒人として生きる苦悩が滲み出ている。

学校に行けば「黒人の歴史」の授業で白人教師が「ピーナツバターはアフリカ系の人が発明したんですよ」と毎年同じネタをふってくる。

隣の席の白人少年はヒューイがちょっと睨んだだけで「お金ならあげるから命だけは助けて」と勝手にビビる。

後の席のヒップホップかぶれの白人少女シンディはインチキな黒人なまりで「拳銃不法所持で逮捕されたパフ・ダディのために署名してよ、メーン」とつついてくる(パフダディがジェニロペとつきあっていた頃の話)。

「白人だましの音楽でアブク銭稼いだパフィにはいいお仕置きさ」と答えると「あんた、それでもブラザーなの?」お前に言われたかない。

「オイラも黒人だけど、パフ・ダディのム所行きには賛成だ」と言うラスタな美少年シーザーとは気の合う仲間だ。

でもシーザーの本音は「そしたらジェニロペが僕に回ってくるかもしれないじゃん」

シーザーはいつもこの調子。最近のサンフランシスコ市がゲイのカップルに結婚証明書を発行したという時事ネタでもそう。

http://us.news1.yimg.com/us.yimg.com/p/uc/20040313/lbo040313.gif

ヒューイ「今朝、うちのじいちゃんが僕らにゲイ結婚のことを説明しようとしたんだけど、うまくいかなかったよ」

シーザー「ゲイ結婚の何が問題なのかわからないね。僕は全面的に賛成だよ」

ヒューイ「ほんとに?」

シーザー「もちろん!」

シーザー「だってそのぶん、僕に女の子が回ってくるじゃん!」


ヒューイのGFのジャスミンは可愛くて優しい女の子だけどママが白人で、自分は黒人じゃないと信じていて、アフロヘアを「くせっ毛よ!」と言い張る。

弟はギャングスタ・ラップに洗脳されたライリー。「将来、ラッパーか麻薬の売人として成功したら車はベンツとベントレーのどっちがいい?」とネボケたことばかりぬかしてる。

世間を見渡してもヒューイをイラつかせることばかり。たとえばアメコミ『Xメン』の黒人ヒロイン、ストームのストレートな銀髪に我慢ならない。

「それは白人コンプレックスか? アフロにしろ!」

スター・ウォーズ/エピソード1』は当然許せない。「ジャージャー・ビンクスは露骨に黒人をバカにしたキャラだ。ルーカスを断罪せよ!」ヒューイがネットで煽ったら、それを読んだバカが本当にルーカスを蹴っ飛ばして大騒ぎ。


アフリカ系の尊厳のために孤独な闘いを続けるヒューイだが、作者のアーロン・マッグルーダーがアニオタなので絵柄はキュート。

「可愛いキャラだからキツイこと言っても許されるのさ」というのがアーロンの戦略だが、同時多発テロ以降、大変なことになっていくのである(続く)。

2004-03-23

また『キル・ビル』ネタ。


キル・ビル』は以下の三人の三つ巴の戦いである。

ブライド(ユマ・サーマン

ビル(デヴィッド・キャラダイン)

服部半蔵(千葉真一


そして前の日記にも書いたがブライドは拝一刀であり、ビルは柳生烈堂であった。


するとこの三人は、こういう関係になる。

公儀介錯人

柳生一族

お庭番


なんだこりゃ!

小池一夫の歴史観じゃないか!

小池一夫によれば、江戸幕府には三つの殺しのプロ一族がいた。

一つは幕府の警護を司るお庭番で、服部半蔵率いる伊賀者の仕事。

これは公表された仕事で、いわばFBIである。

もう一つは諸国の大名の情報を集める江戸のCIA、お目付け役の柳生但馬守。

その下で暗殺などの非合法工作をするのが十兵衛もしくは烈堂が率いる裏柳生と根来忍者。

そして、幕府に逆らった大名を処刑する公儀介錯人、拝一族である。


キル・ビルVol.1』では『柳生一族の陰謀』から「仏と会うては仏を斬り」という極意とテーマ音楽を引用していたが、

『柳生一族の陰謀』は柳生但馬守が我が息子十兵衛を使って政治暗殺をする話で、最後に十兵衛は父・柳生但馬守に反逆する。

それを『子連れ狼』の拝一刀と柳生烈堂の関係にミックスした話が、『キル・ビル』だったのだ。

(ちなみに烈堂は但馬守の末息子で、十兵衛の弟にあたる)。

DIVASは柳生一族プラス根来忍者で、ダリル・ハンナが片目なのは柳生十兵衛からいただいたイメージだったんだ。

これ、完全な時代劇だったんだよ。

ラブストーリーじゃないよ。

2004-03-22

TomoMachi2004-03-22

 19日のテレビで、ブッシュ政権のサイバー・テロ対策担当だったリチャード・クラーク氏が、こう証言した。

 同時多発テロの翌日、ブッシュ大統領を囲む会議で、大統領とラムズフェルド国防長官がイラク攻撃を主張した。

 クラーク氏は「ちょっと待ってください。テロの首謀者はアフガンにいるんですよ。イラクとの関係は何も出てきていません」と聞き返すと、ラムズフェルドは言った。

「アフガンにはロクな標的がいないけど、イラクにはフセインがいるからな」


 

強盗に入られたから、普段から気に食わなかった奴をいきなりブン殴る、みたいなムチャクチャな話だ。

 つまりテロがあろうとなかろうとブッシュ政権がイラク攻撃を企んでいたことが明らかになったのだ。

 つまり大量破壊兵器云々は後からデッチ上げた口実だったわけだ。

それにしても、あの惨劇の翌日に、すぐにそれを自分たちの企みに利用しようとしていた不謹慎さに呆れる。


 このニュースを観て、『戦争の霧』The Fog of War: Eleven Lessons from the Life of Robert S. McNamaraという映画を思い出した。副題は「ローバト・S・マクナマラの生涯に学ぶ11の教訓」。60年代の国防長官だったマクナマラ氏(85歳)へのインタビュー映画で、」今年のアカデミー賞で最優秀ドキュメンタリーに選ばれた。監督は『死神博士の栄光と没落』のエロール・モリス。

 マクナマラは、第二次世界大戦でル・メイ将軍の下、東京大空襲に参加した。一晩で女子供老人など10万人を焼き尽くしたこの空襲をマクナマラは深く後悔した。

ル・メイは「もしアメリカが戦争に負けたら、俺たちは戦争犯罪人として死刑だな」と言っていたというから、確信犯である。


 マクナマラは戦後、フォード自動車に入り、経営者に出世した。そして世界で初めてシートベルトを標準装備して、人々の命を救った。その経営手腕を買われて、マクナマラはケネディ大統領の国防長官に抜擢された。62年、キューバにソ連の核ミサイルが運び込まれ、ル・メイ将軍はキューバを核攻撃しようとしたが、マクナマラはそれを阻止し、世界核戦争を食い止めた。


 63年、ケネディは暗殺され、ジョンソン大統領が後を継ぎ、トンキン湾事件が起こった。ベトナム沖に停泊中の米軍艦が何者かに魚雷攻撃され、マクナマラと大統領はこれを北ベトナムからの攻撃と断定し、報復爆撃を実行した。これがベトナム戦争の始まりである。アメリカは東京大空襲の何倍もの爆弾を落とし続けてベトナム人75万人を殺した。

 ところが、本当はトンキン湾での魚雷攻撃など存在しなかったのだ。マクナマラは「非常に情報が錯綜していたので間違えた」と弁解するが、実際はアメリカは以前から爆撃を計画していた。とにかく何でもいいからきっかけが欲しかったのだ。

 真珠湾攻撃はアメリカの意図的な誘導によって「奇襲」になった。日本の中国侵略の口実に使われた盧溝橋事件も日本軍のデッチ上げだった。でも、いったん戦争が始まるときっかけのディテールは省みられなくなくなってしまうのだ。




 ちなみに、この映画の中では描かれないが、ル・メイは原爆一発でキューバを消して終わりだとは思っていなかった。世界全面核戦争が起こることを望んでいたのだ。「すべての核弾頭でソ連を消滅させてやる」と言ったこともある。しかも、その際に地球もほとんど全滅するだろうことも知らないわけじゃなかった。ル・メイには一種の破滅願望があったのだ。こんな男が戦略空軍を仕切っていたのだから恐ろしい話である。

 ちなみに佐藤栄作は日本人を何十万人も殺したル・メイに勲章を授けた。その佐藤栄作はノーベル平和賞を受けた。もうこの世には正義なんてないよ。

 ジョン・ミリアスはル・メイの生涯を描いた脚本を書き上げ、ロバート・ゼメキス監督で映画化することになていたが、あの企画はどうなったんだろう?

2004-03-21

TomoMachi2004-03-21

高橋ヨシキ君の『キル・ビルVol.2』非公式チラシ。

70年代香港クンフー映画バージョン。

This is a '70s Hong Kong Kung Fu taste flyer of KILL BILL Vol.2 designed by Yoshiki "Genius" Takahashi.

こういう映画は地球座とかロキシーとか東映パラス公開でしたな。



だからさ、ラブストーリーじゃなくて、

こういう映画なんだってば。


どんな映画にでも愛の描写はある。

親子愛、動物への愛、仕事への愛、メカやモノへの愛、国や仲間や一族への愛、自分への愛……。なきゃ話が作れない。

それをみんなラブストーリーって呼ぶのか?

何でも「愛」で売るのは昔から日本の宣伝の常套手段だけど、

ラブストーリーって書いておけば女が来ると思われてることに、女性は問題ないのか?

女性ってのは年がら年中愛を求めて発情してるメス犬だと思われてるんだぞ。

2004-03-20 『キル・ビル』はラブ・ストーリーではない

TomoMachi2004-03-20

GAGAには悪いけど、『キル・ビルVol.2』はラブ・ストーリーではない。


なぜなら、これがラブ・ストーリーとなると、『子連れ狼』Shogun Assassinも『ロード・トゥ・パーディション』もラブ・ストーリーになってしまうからだ。


この三つは同じ物語である。

主人公は殺しの達人。

ある事件をきっかけに、殺しの達人は、愛する配偶者を殺され、自分も子供も殺されそうになるが、運よく生き延びる。

かつてのボスを敵に回して復讐の旅が始まる。

しかし、彼を追うボスは、実は彼を誰よりも、我が子のように愛していた。

そして……。


去年の8月、タランティーノに会った時、彼が『ロード・トゥ・パーディション』をボロカスに言っていた理由が遅まきながらわかった。

要するに「『子連れ狼』はオレにやらせろ!」という意味だったのだ。


ロード・トゥ・パーディション』Road to Perdition(地獄への道)という題名は「冥府魔道」の英訳である。

原作者マックス・アラン・コリンズはある日、DCコミックスの編集者アンディ・ヘルファーから『子連れ狼』の英訳(ダークホース刊)を手渡され、いっきに読み通すと、すぐにそれを禁酒法時代のギャングの殺し屋の物語に書き換えて劇画にした。

ちゃんと巻頭には小池一夫の名前が入り、アンディ・ヘルファーもちゃんと小池一夫の元に献本した。

しかし映画化にあたっては小池氏には何の挨拶もなかったそうだ。

しかし、トム・ハンクスのガン・アクションは日本刀の居合いにヒントを得ているし、

ポール・ニューマン演じるアイリッシュ・マフィアのボスが

トム・ハンクス演じる殺し屋を実の息子以上に愛し、またハンクスの息子を孫のように愛し、

結局は自分から殺されていく結末は、『子連れ狼』の最終回の柳生烈堂そのものなのだ。


キル・ビル』の場合、ブライドとビルの間に男女の関係があって、自分の子供を生ませているのでややこしいが、ビルにとってブライドは「女」というより、精根込めて育てた大事な娘なのだ。

ちなみにデヴィッド・キャラダインはヒッピーとして有名だが、

ユマ・サーマンの両親もヒッピーである。


そう考えると『キル・ビル』がなぜ現代なのにみんな日本刀を持っている世界なのかがわかる。『子連れ狼』だからだ。


キル・ビル』にはちょっと『柳生一族の陰謀』も入っていて、柳生但馬守と十兵衛の親子関係もビルとブライドに影響している。

ダリル・ハンナが眼帯して日本刀構えるのは十兵衛がヒントなんだな。


とにかく、父と子、孫の愛憎を描くドラマなのだ。

それをラブ・ストーリーと呼ぶと、『柳生一族の陰謀』も父子のラブストーリーになっちまう。

千葉ちゃんと錦ちゃんの親子ラブなんて!

2004-03-19 天安門広場の記事に追補

天安門事件の日記に追補したけど、見てない人もいるかもしれないので、ここに上げておくよ。


「たしかに天安門広場の中では死傷者はなかったかもしれないが、広場の外では300人死んだのだから事件の本質自体は変わらない」と言ってる人がいる。

それもまた「証拠や証言よりも、自分の信じたいものを信じる」ことなのだ。


この事件の本質は、世界が当時信じたものとは違っていたことがすでに判明している。

つまり「善意の学生運動を政府が軍で弾圧した」という単純な話ではなかったのだ。

死者300人について最も責任を負うべき者は、学生のリーダーだったのだ。


なぜなら、彼らは意図的に、軍の介入と「虐殺」を引き起こそうとしたと、アメリカの映画やテレビのインタビューなどですでに告白しているからだ。


そもそも政府にとって、北京に解放軍を入れるのは内外ともに悪い効果しかないことが明らかなので、絶対に避けたい最後の手段だった。そのため政府は最後まで無血で学生を排除しようと説得していた。


しかし、学生側のリーダーたちは説得を拒み続けた。なぜなら彼らは「虐殺が必要だ」ったからだ。


1995年製作のアメリカ製ドキュメンタリー映画「天安門THE GATE OF HEAVENLY PEACE」(日本でもDVD発売済)で、学生リーダーの柴玲(チャイ・リン)が無責任にも、カメラの前ではっきりとこう言っている。

http://www.tamaeiga.org/festival/program/7th/films/7-26.html


「政府を追い詰めて人民を虐殺させなければ、民衆は目覚めない。だけれど、私は殺されたくないので逃げます」


彼女らは、政府と学生を煽って、無理やりに虐殺を起こそうとした。

そして、いざ軍が来るという情報を得ると、自分たちだけアメリカ政府の手引きでこっそり海外に脱出したのだ。


軍が入ってきた時、広場に残った学生たちは柴玲たちがいなくなっていることに気づいて呆然とした。


いつの間にか中国を脱出していた柴玲たちは見てもいない「天安門の虐殺」を世界のマスコミに向けてアピールした。


要するに今枝の写真は彼らの企みに利用されたのだ。


真実はそういうことだったのである。


はっきり本人が「虐殺させなければ」と言っている映像が残っている以上、

学生たちを踏みにじったのは軍の戦車ではなく、柴玲たちなのである。


現在、アメリカやヨーロッパのTVドキュメンタリーでも、亡命した学生リーダーたちは「学生を利用し、事件の責任を負うべき者」「英雄になろうと企んだが敵前逃亡し、資本主義を享受している者」として、批判されている。そのうちのいくつかは日本のテレビでも放送されている。


また柴玲たちのその後を追ったノンフィクションも出版されている。

柴玲が亡命後に最初にしたことは美容整形だった。


柴玲たちに見捨てられた学生たちは、無傷で広場から撤収したものの、その後、逮捕されたり、ひどい目にあった。柴玲たちが英雄として西側生活を享受している間、残された学生たちは苦しんだ。彼らは柴玲たちの無責任さに今も怒っている。

だから柴玲たちが仕組んだ「天安門広場虐殺」という物語は否定しなければならない。

そして無血撤収を奇跡的に成し遂げた学生たちこそを評価すべきなのだ。

2004-03-18 映画秘宝は3月19日(金)発売です

TomoMachi2004-03-18

新しい映画秘宝、今月は3月19日(金)発売です。


オイラは『ドーン・オブ・ザ・デッド』とザ・ロックの『ランダウン』という二本の映画のロケ現場訪問記事を書いてます。


柳下毅一郎との連載対談では『ロスト・イン・トランスレーション』について徹底討論しています。柳下、ソフィア・コッポラが死ぬほど嫌いなの。


あと、この号から映画秘宝小池一夫プロジェクトが始まります。

子連れ狼」「修羅雪姫」でハリウッドに絶大な影響を与え、

「I餓男」「青春の尻尾」「ダミーオスカー」「花平バズーカ」で60年代生まれの青春チンポジウムに絶大な影響を与えた小池先生への連続インタビューなンだ!

そして、今、本人に問われる謎の数々!

なぜ、ハリウッド版『子連れ狼』は中断したのか?

なぜ、原作本には小池一夫の『子連れ狼』が原作と書いてある『ロード・トゥ・パーディション』の映画版にカズオ・コイケのクレジットがないのか?

なぜ、『マジンガーZ』の主題歌を作詞したのか?

なぜ、『ザ・テロル』の主人公のレイプ魔はゴルゴ13なのか?

なぜ、『I餓男』に登場するザ・フーの連中はハリウッド産業へのウンチクをたれるのか?

なぜ、ザ・フーが歩くとファンからジョン・エントウィッスルにまで「ジョーン! 素敵!」と声が掛かるのか? ジョン・エントウィッスルのファンなんかいたのか?

なぜ、タイトルがいつもダジャレなのか?

なぜ、いつも「ン」がカタカナなンだ?

なぜ、いつも「おれ」や「おまえ」に傍点がつくのか?

なぜ、いつも大風呂敷を広げるだけ広げて収拾しないのか?

なぜ? なぜ? なぜ?

以上のようなことを本人に聞いて欲しいなあ。

2004-03-17 「ドーン・オブ・ザ・デッド」観た!

TomoMachi2004-03-17

ドーン・オブ・ザ・デッド』の死者、じゃなかった試写を今、観てきた。


オリジナルの『ゾンビ』のフランス映画風の静かで空虚な場面と

燃え燃えのゴブリンのビートとの緩急や、

消費社会による人間性の疎外をショッピングモールとゾンビに象徴させた深み、

そういうロメロの芸術性や哲学は残念ながら、このリメイクにはない。


でも、それ以外は全部ある!

ショットガンで上顎から上を吹き飛ばされるゾンビ! チェインソーでゾンビまとめてぶった切り! 車のバックで粉みじん! それにオリジナルになかったセックスまであるぞ!

ああ、面白かった!


ゾンビが走ることで映画全体のテンポも良くなりすぎて、オリジナルの基調だった冷たい終末観がなくなっているのが最大の違いだ。

ショッピング・モールでの生活もオリジナルはじっくりゆっくり描いていたが、今回は短いカットでポンポンポンと見せてしまう。

しかし、世界の終わりの始まりの朝を映し出す、開巻5分はオリジナル以上の仕上がりだ!

この部分にはロメロが提出した終末観(TSエリオットの詩のように、“世界の終わりは爆音ではなく、メソメソとやって来る”)、それにインスパイアされて後に黒沢清井口昇が映像化した静かな人類の終わりが、絶妙の演出で描かれている。


トロマ映画の元社員ジェームズ・ガンのシナリオは徹底的にトロマ風味を爆発させている(実はジェームズ・ガンとは友達の友達で、オイラのDVD「ウェイン町山のLA秘宝」に出てもらって、このリメイクについて語ってもらっているので、興味のある人は観てやってください)。

彼らしい凶悪なアイデアが満載で、特にモールの駐車場に群がるゾンビをモールの屋上から見下ろして「ロジー・オドネル」とか嫌いな芸能人の名前を言って、それに一番似ているゾンビの頭を撃ち抜いて暇つぶしする場面は秀逸。


その他、臨月の妻がゾンビに噛まれるという最悪の事態(ゾンビは唾液で感染する)や、あれやこれやアイデア満載で一瞬も飽きさせない。


試写会の客はハガキで応募したファンなので、全員筋金入りのGOTHとオタクだったが、

サービス満点の内容に全員拍手喝采で大満足。

最近のリメイク・ブームにがっかりしてきたファンもこれならOKでしょ!


エンドタイトルになってもゾンビとの戦いは終わらない。

『ドクターブッチャー人間解剖島』ファンは必見の快作!

2004-03-16 『マッスル・モンク』は「幻の湖」香港版

TomoMachi2004-03-16

チャイナタウンでメシ食いついでに、『無間道』でハリウッドからも注目されているアンディ・ラウ主演、ジョニー・トー監督の『マッスル・モンク』Running On KarmaのVCDを買った。

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ご覧のようにアンディ・ラウは別人のように鍛え上げている。

わけがなくて、これはすごくよくできたボディスーツである。


たぶん『ハルク』と『スパイダーマン』の香港製バッタモンとして企画されたのだろう。

アンディ・ラウはハルクみたいなパワーで、どんな小さなカバンにでも入ってしまうヨガ行者やヤモリ男などの怪人を次々に退治する。

しかし、どこかが狂っている。


ラウは金持ち女相手に男娼をして暮らしている真夜中のカウボーイである。

冒頭いきなり筋肉ラウがストリップ・バーで特出しして逮捕されそうになり、チェイスが始まる。

そして、手足の関節が自由にはずせるヨガ行者と戦う警察の特殊部隊に巻き込まれる。

ラウはこの間、ずっとフルチンで、このへん、完全にドタバタ・コメディである。

ラウをわいせつ物陳列罪で逮捕する女刑事は声が久本雅美のセシリア・チャン。

ラウは彼女に恋心を抱くのだが、セシリアを見るたびになぜか中国人を虐殺する日本兵の姿がオーバーラップする。

その後も、ラウがセシリアに見とれるたびに、ソフトフォーカスで、モヤモヤ〜っと、鬼畜日本兵が笑いながら日本刀で女の首を切り落としたり、赤ん坊を銃剣で刺し殺す姿が浮かぶ。


何? これ?

日帝萌え?


ではなくて、日本兵はセシリアの前世だという。

なぜ、ラウにそれが見えるかというと、本当は少林寺の仏僧だからだという。

このへんから何の映画だかわからなくなってくる。


この映画は最初に、インドのヨガ行者が殺人事件を起こして、警察に連行される場面がある。

ヨガ行者はパトカーから逃亡しようと暴れた時に刑事部長の可愛がっている部下を車からはじき出してしまう。その部下はなぜか猛スピードで路上を滑走して別の車に突っ込んで意味なくすさまじい死を遂げる。

復讐に燃える刑事部長はヨガ行者を殺そうとしてショットガンを乱射し、

なぜかヨガ行者をかくまっていた女性の腕を散弾で撃ちちぎってしまう。

腕がもげた女性にセシリアが「なぜ、あの男をかくまってたの?」と聞く。

女性は応える。「わからないけど、なぜか昔から知っていたような気がして」

ところが、その後、女性も刑事部長も、ヨガ行者も一切画面に出てこない!

ヨガ行者の最初の殺人の動機も、こいつが何者なのかも最後までわからない!


事件の行方を追わないまま、ラウとセシリアのラブコメディが展開する。

ラウはボディビル大会に優勝したりする。

セシリアにラウは告げる。

「君の前世は残虐な日本兵だったんだ」

セシリアは尋ねる。

「その日本兵、カッコいいの?」


セシリアは前世を克服しようと山に入る。

しかし行方不明になり、持っていたビデオカメラだけが発見される。

それを再生すると、山に潜んでいるうちに野生化した連続殺人犯(!)にセシリアが襲われて生首を切断される現場が映っていた!


……すいません、このVCD、壊れてるみたいなんですけど。

いきなり『食人族』か『ブレア・ウィッチ』が入ってるんですけど……。


で、ラウはセシリアの生首を拾って号泣(さっきまでラブコメだったのに…)

そして殺人犯を求めて山に入る。

そして字幕。

「5年後」

山で5年間、殺人犯を探すうちに自らも野生化したラウ。

おいおい!

で、クライマックスは観客をおいてきぼりにしたまま、「因果」をめぐる仏教的考察が延々と駆け巡る。

あのさー、最初はフルチン・コメディだったじゃん!

とか言いながら見てると、今度はいきなり近未来SFになりやがんの。

見てるこっちの脳みそが破裂して片付けるのが大変だった。


これはナガブチの『ウォータームーン』、橋本忍の『幻の湖』と並ぶトンデモ仏教映画!


『ハイランダー2』が好きな人にお勧め。

2004-03-15

TomoMachi2004-03-15

わっ、これはスゴい!

あの東映版『ビルを殺れ!』ポスターでタランティーノを狂喜させた

映画秘宝が誇る狂気のデザイナー、高橋ヨシキの『キル・ビルVol.2』用ポスターだ!

もちろんマカロニ風!

This is a Japanese UNofficial KILL BILL Vol.2 Poster!

It is designed by Yoshiki Takahashi, who made the crazy Japanese KILL BILL Vol.1 poster which Quentine Tarantino gave THUMBS UP!

キル・ビル2」を見る前に、「子連れ狼」のテレビか原作の最終回だけは見ておくことをお勧めします。

それを見ておくと、「キル・ビル」という映画が何の物語なのか、よーくわかります。


ていうか、柳生烈堂のこと知らないと、ビルの行動って理解不能なんだよ!


前にタランティーノに会った時、彼は『ロード・トゥ・パーディション』にムチャクチャ怒っていて「どうして『子連れ狼』が原作で、あんなにゲージツぶった映画になるんだよ! 気取りやがって! ふざけんな!」とカンカンになっていたタランティーノだが、要するに「オレにやらせてみな!」ってことだったのね。

2004-03-14 「千と千尋」はなぜ「湯女」なのか

人は証拠や論理よりも、自分の信じたいことだけ信じる、という話の別例。


宮崎駿の『千と千尋の神隠し』に関しては柳下毅一郎の対談本『映画欠席裁判』その他で書いてきたとおり、娼館を舞台にした物語である。

しかし、そう指摘されると怒る人が多いんだ、これがまた。

 主人公は「湯女」として働かされるのだが、国語辞典でも百科事典でも何でもいい。「湯女」という言葉を引いて欲しい。

たとえば『日本大百科全書』にはこうある。

「温泉場や風呂屋にいて浴客の世話をした女性のこと。一部は私娼(ししよう)化して売春した」

大辞林』にはこうある。

「江戸時代、市中の湯屋にいた遊女」、

『岩波古語辞典』だと「風呂屋に奉公し、客の身体を洗い、また色を売った女」。

「そういう見方もある」だの「そういう解釈もある」だのというレベルではなく、「湯女」とは「娼婦」を意味する名詞なのだ。

ただし、昔から風俗においては初潮前の少女は見習い(半玉という)として下働きをさせられる。千尋の場合はまだ、その段階だ。公衆浴場には銭湯と湯女風呂の二種類があり、銭湯の客は男女両方で、背中を流すのは三助という男だが、湯女のいる湯女風呂の客は男だけである。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B9%AF%E5%A5%B3

「湯女」で検索すれば、いろいろと湯女風呂の解説や図版が出てくる。

 これで明らかなように、湯女は基本的に娼婦である。

http://www.wind.ne.jp/asakusau/asakusa/ukiyoe/ukiyoe7.htm

http://www5.ocn.ne.jp/~ukiyo26/yuya11.html

http://www.c-c.co.jp/huzokusi4.htm

http://homepage1.nifty.com/shincoo/m124-2furo-nihon.html

http://www.1010.or.jp/menu/history/rekishi04.html

http://1010.or.jp/sento/history/04.php

 ダメ押しで言っておくと、トルコ風呂がトルコ人からの抗議でソープランドに改名された時、最後まで残った有力候補は「湯女風呂」だった。もし、湯女風呂になっていればソープ嬢は「湯女」と呼ばれていたはずだ。


『千と千尋』ほど数多くの映画評や新聞記事で取り上げられた映画はなかった。なにしろ「国民的大ヒット」だから。

 ところが何一つ「なぜ湯女なのか」ということに触れはしなかった。

 たとえば渋谷陽一宮崎駿に何時間もインタビューしながら一度も湯女の意味に触れなかった。まあ、彼は単に知らないだけだろうが、『ユリイカ』の「千と千尋特集」では何十人もの学者や「インテリ」に論じさせながら、「なぜ湯女なのか」誰も触れていない。売春の「ば」の字も出てこない。

 かくしてオイラと柳下だけが「国民的名作をいやらしい目で観るヒネクレ者」ということにされてしまった。

なかには「風俗と結び付けるいやらしい見方は許さない」と怒る連中も多かった。


実は風俗うんぬんはオイラたちが最初に指摘したわけではない。

最初に言ったのは、宮崎監督本人である。

日本版『プレミア』の2001年6月21日号での『千と千尋』についてのインタビューで、どうして今回はこういう話にしたのかと質問された監督はこう答えている。

「今の世界として描くには何がいちばんふさわしいかと言えば、それは風俗産業だと思うんですよ。日本はすべて風俗産業みたいな社会になってるじゃないですか

 以下、宮崎監督はえんえんと日本の性風俗について語るのだが、要約すると、『千と千尋』は、現代の少女をとりまく現実をアニメで象徴させようとしたので、性風俗産業の話になった、と監督は言っている。



風俗産業で働く少女を主人公にするというアイデアを出したのは鈴木敏夫プロデューサーで、「人とちゃんと挨拶ができないような女の子がキャバクラで働くことで、心を開く訓練になることがあるそうですよ」というようなことを宮崎監督に話したら、「それだ!」とアニメの発想がひらめいたそうだ。

ちなみに「プレミア」誌のインタビューで鈴木プロデューサーは「カオナシは宮崎監督だ」と言っている。



奇妙なのは、この『プレミア』の聞き手は、宮崎監督が性風俗について熱心に説明しているというのに、それを『千と千尋』と一切結びつけずに聞き流してしまうのだ。子供向けアニメが性風俗を扱うはずがない、と思って監督の一生懸命な説明も理解できなかったようである。


人は、たとえ監督本人が作品のテーマを説明しても、それが自分の考えていたものと違っていれば、受け入れないものなのだ。


 湯女風呂の歴史的事実と『千と千尋』をしっかり結びつけた評論は日本では見当たらない。恥ずかしいことにアメリカにはちゃんとある。

 ウィスコンシン大学のボブ(18)とUSCのミンク(20)という日本語を学ぶ学生が運営するサイトだ。

http://www.bobmink.com

『千と千尋』に関するQ&Aで「湯女」の語義を解説したり『プレミア』の宮崎駿インタビューを引用して、湯屋は娼館であることを説明している。まあ、アメリカ人でも見ればわかるのだ。だって湯婆々の服装は19世紀欧米の娼館の女主人(マダム)そのものだから。


ちなみに、少女が娼婦に身を落として、自分や親の罪を贖うという物語は実は世界中のあちこちにある。お姫様や絶世の美女が苦界に落ち、我が身を男たちに与えていくが、本当の優しさにめぐり合った時、天女になって天に召されるという草紙だ。

この映画の場合、両親が犯したのは飽食の罪だ。オイラはこれは、89年まで続いた戦後日本の高度経済成長と飽食、享楽主義のツケが、90年代から続く底なしの不況として返ってきたこと、それが女性の就職難につながり、風俗産業という苦界に身を投じる必要性が増している状況を象徴していると思う。「プレミア」のインタビューで宮崎監督は現代日本の女の子が性風俗のあふれる社会で生きていかねばならない現状を語っている。

また千と千尋の客が神様(全員男)なのは、古来、神に仕えるものと娼婦は同一視されていたからだ。

古代から、世界各地の神殿の巫女は売春もしていた。

最も聖なる者と最も下賎なる者は同じと考えられていた。

日本に限らず、世界中で神に仕える女性は同時に娼婦でもあった。


神に身を捧げることと、誰にも分け隔てなく我が身を与えることは、同じことだからだ。

タルコフスキーの『サクリファイス』に、主人公が世界への祈りとして魔女と性交するシーンがあるが、

キリスト教以前の社会では、巫女との性行為を通じて人は神と対話した(ギリシアの巫女の例がよく知られている)。

民俗社会においては、巫女は、神の妻であり、人間にとっては処女であり(誰の妻でもなく)、、同時に娼婦でもある(誰の妻でもある)。

だから湯女たちは巫女の衣装を着ている。

性職者は聖職者だった。古今東西。


また、中世のキリスト教教会は娼館を認可し、必要なものとしていた。

http://www.medievalsociety.org/2008/02/21/brothels-and-prostitutes/

中世の「聖なる娼婦」の伝説。

http://www.jstor.org/discover/10.2307/3704459?uid=3739256&uid=2129&uid=2&uid=70&uid=4&sid=47699119792967



性風俗と国民的アニメを結びつけるなんて!

と怒った宮崎ファンはもういちど『プレミア』の監督インタビューを読むべきだろう。

そこで宮崎監督は、性風俗を悪いことと決め付けるのは、キリスト教的倫理の押し付けのせいだ、と怒っていらっしゃいます。


結論

宮崎駿先生には、堂々とポルノを作って欲しいです。

手塚治虫先生は、三本も作りましたよ。

『クレオパトラ』『千夜一夜物語』『哀しみのベラドンナ』…

2004-03-13 天安門広場での死者はなかった

インチキというものは、放っておくと、トンデモないことになるという話。


 天安門事件を覚えているだろうか。1989年、北京の天安門広場に集まった民主化を求める学生たちを人民解放軍が虐殺した、とされる事件だ。

「とされる」としたのはウソだからだ。当時、現場に最後まで残った朝日新聞の記者と、スペインの国営TV局の記者が後に「学生たちは安全に広場から退去し、一人の死傷者も出なかった」と証拠のビデオを提出し、世界のマスコミは天安門広場の虐殺は誤報だったと撤回修正した(死傷者が出たのは広場の外である)。

詳しい資料です。

http://sng.edhs.ynu.ac.jp/lab/murata/murata-tian’anmen2.html

これも追加。この記事がとてもわかりやすいのでぜひ読んでください。

http://gregoryclark.net/jt/page42/page42.html


ここが重要なので繰り返す。

天安門[広場内]では一人の負傷者も出ていない。

NHK、朝日新聞その他、世界のマスコミは後に誤りを認めた。

「天安門広場で虐殺はなかった」


しかし、虐殺という誤報はどこから発生したのか?


 カメラマン今枝弘一(当時27歳)が撮った写真のせいだ。米TIME誌にも掲載されたこの写真は学生を踏み潰す装甲車と「説明」された。実際には犠牲者らしきものは見えないが、世界中がその「説明」に飛びついた。今枝は「日本のキャパ」と呼ばれ、一躍スターになった。

 天安門虐殺が否定された頃、『宝島30』という雑誌をやっていたオイラは、今枝弘一に直接電話して真偽を追求した。すると彼は装甲車のキャタピラあたりに「テントに包まれた人間らしきものが」踏み潰されているように見えると言っただけだ、と弁明した。

 で、オイラは尋ねた。

「今枝さんは、それが人間かどうか確認したんですか?」

「いいえ」

 なんだそりゃ?!

 そんないいかげんなことで世界は「天安門広場の虐殺」を信じ、人によっては今だに信じているのだ。


で、恐ろしいのは、後世には「天安門広場で虐殺があった」ということが歴史的事実として残るだろうということだ。

「天安門広場虐殺」と書かれた新聞雑誌が圧倒的に多く、その後の事実修正はひっそりと行われ、テレビや雑誌などではほとんど報道されなかったからだ。

特にひどいのは、現場に最後までいて死傷者なしで撤収する一部始終を一緒に体験した朝日新聞の記者が(つまり彼は今枝よりも長く深く学生側に入り込んでいた)「死傷者はいない」と社内で主張したにも関わらず、朝日新聞はなかなかそれを記事にせず、世間と同じように「虐殺報道」に乗り続けた。その記者が個人的に集会を開くなどで証拠を見せたりして苦労した末に、朝日新聞はやっと虐殺報道を修正した。


しかも、今枝の天才的なところが、彼自身は虐殺があった「ような」ことしか言っていないという点だ。

彼の曖昧だがサジェスティブなコメントに勝手に発情した世界のマスコミが、ただ装甲車が佇んでいるだけの写真を指して「民衆を戦車が蹂躙した衝撃の瞬間!」と叫び狂っただけだったのだ。


以上のような事実関係を『宝島30』に書いたら、当時はまだあった『マルコポーロ』という雑誌に「今枝弘一氏は“虐殺があった”とは言ってない。あの誤報道の責任を彼に負わせるのはよくない」というような反論記事が出た。


そりゃ、あんたのいうとおり、たしかに今枝は「虐殺があった」とは言ってないよ。けど、明らかに世間とマスコミを「虐殺」の方向に意図的に誘導したじゃん!

いまだに、天安門広場で学生が死んだと信じている人のほうが、後の「死傷者ゼロ」という報道修正を知っている人よりも圧倒的に多いが、信じてる人に「なんで信じてるんですか?」とアンケートしてみればいい。

6割以上が今枝の写真を理由に挙げるはずだ。責任あるよ。

それをかばうなんて、あんたもジャーナリストとしてどうよ?


その奇妙な今枝擁護記事を書いたのはたしか勝谷ナントカとか言う男だった。

マルコポーロ」は、後に例のホロコースト否定トンデモ記事がきっかけでつぶれた(笑)。


現場の目撃者(しかも身内)を信じず、虐殺という「物語」を信じようとしたのは朝日新聞だけではない。

広場から最後の学生が安全に撤収するまでビデオカメラを回し続けたスペインのTVマンたちも「けが人ひとつなかった」と言ってもテレビ局は信じてくれず、彼らの映像を放送してくれなかった。彼らは今枝よりも長く現場にいて、証拠のビデオ映像があるのにだ!


人は証拠よりも自分の信じたいものを信じる。


だからスペインのTVマンたちは自分たちが体験した事実を証明するために一年近くかけてさらに証拠や証人を集めなければならなかった。

その証拠映像はドキュメンタリーとして編集され、NHKで放送されたが、日本のマスコミはそれをほとんど黙殺した。

「虐殺!」ということでさんざん盛り上がった手前、引っ込みがつかなくなったのだ。


しかも、今枝の写真に始まる「虐殺のイメージ」は単に誤報というだけでなく、その後の世界の中国に対する政策にまで影響を与えた。

やっぱり、どう考えても彼には大変な責任あるよ。


<追補しました>

「天安門広場の外では300人死んだのだから事件の本質自体は変わらない」と言ってる人もいるので、ついでながら言っておく。

それもまた「証拠や証言よりも、自分の信じたいものを信じる」ことなのだ。


この事件の本質は、世界が当時信じた「善意の学生運動を政府が軍で弾圧した」という単純な話ではなかったのだ。

死者300人について最も責任を負うべき者は、学生のリーダーだったのだ。


なぜなら、彼らは意図的に、軍の介入と「虐殺」を引き起こそうとしたと、アメリカの映画やテレビのインタビューなどですでに告白しているからだ。


そもそも政府にとって、北京に解放軍を入れるのは内外ともに悪い効果しかないことが明らかなので、絶対にやりたくない最後の手段だった。そのため政府は最後まで無血で学生を排除しようと説得していた。

しかし、学生側のリーダーたちは説得を拒み続けた。なぜなら彼らは「虐殺が必要だ」ったからだ。

1995年製作のアメリカ製ドキュメンタリー映画「天安門THE GATE OF HEAVENLY PEACE」(日本でもちゃんと公開済)で、学生リーダーの柴玲(チャイ・リン)が無責任にも、カメラの前ではっきりとこう言っているのだ。


「政府を追い詰めて人民を虐殺させなければ、民衆は目覚めない。だけれど、私は殺されたくないので逃げます」


彼女らは、政府と学生を煽って、なんとかして虐殺を起こそうとしたのである。そして、いざ軍が来るという情報を得ると、自分たちだけCIAの手引きでこっそり海外に脱出したのだ。

軍が入ってきた時、広場に残った学生たちは柴玲たちがいなくなっていることに気づいて呆然とした。

いつの間にか中国を脱出していた柴玲たちは見てもいない「天安門の虐殺」を世界のマスコミに向けてアピールした。


要するに今枝の写真は彼らの企みに利用されたのだ。


真実はそういうことだったのである。

はっきり本人が「虐殺させなければ」と言っている映像が残っている以上、

学生たちを踏みにじったのは軍の戦車ではなく、柴玲たちなのである。


柴玲が亡命後に最初にしたことは美容整形だった。

現在、アメリカやヨーロッパのTVドキュメンタリーでも、亡命した学生リーダーたちは「学生を利用し、事件の責任を負うべき者」として批判されている。そのうちのいくつかは日本のテレビでも放送されている。

また柴玲たちのその後を追ったノンフィクションも出版されている。


この事件で評価すべきは、柴玲たちの冷酷な企みにも負けずに無血撤収を成功させた学生たちと、柴玲たちが期待していたような最悪の事態を食い止めた軍側の指揮者たちである。

2004-03-12 「キル・ビルVol.2」観た!

TomoMachi2004-03-12

先週のテキサスでのテスト試写に続いて世界で二番目の『キル・ビルVol.2』試写

以下にネタバレはナシ。


ブライドことユマ・サーマンがテキサスの教会で結婚式を挙げている。

ビル(デヴィッド・キャラディン)は大きなフルートを吹いている。ブルース・リー原案の映画『サイレント・フルート』でキャラディンが吹いてたのと同じフルートである。

ブライドは、ストリップ小屋で用心棒をやっているビルの弟バド(マイケル・マドセン)を訪ねる。

『レザボア』のミスター・ブロンドがらみの小道具あり。


ブライドの修行時代の回想。

ビルは「Once Upon A Time In China(昔むかし中国で…)とブライドに白蓮教徒のパイメイというクンフーの達人の話をする。

ビルが語るのは、ロー・リエがパイメイを演じたショウ・ブラザーズ映画の要約。

ビルの命令でブライドはパイメイ(リュウ・チャーフィー)に弟子入りする。

毎日毎日、ワンインチ・パンチの特訓。


ライバルの女殺し屋エル・ドライバー(ダリル・ハンナ)との決闘。

狭いトレイラーの中で家財用具を駆使して“jackass”なバトル。

身長170センチ級の巨大女同士の延々と続く格闘はタラいわく『サンダ対ガイラ』。

ご丁寧にエル・ドライバーは「ガルガンチュアって言葉が好きよ」と言う。

『サンダ対ガイラ』の英語タイトルが「ガルガンチュアの戦争」だから。


ブライドに「お前はナチュラル・ボーン・キラーだ」と言うビル。


『Vol.2』はマカロニ・ウェスタンとショウ・ブラ製クンフー映画の合体。

でも、結局はタランティーノの大好きな『子連れ狼』だ。

ビルは柳生烈堂だ。


ラブ・ストーリーかって?

うーん。


でも、クエンティン・タランティーノの母への想いを込めた映画ではある。

15歳で彼を生み、16歳で大学を卒業し、20歳でビジネス・ウーマンとして成功した天才少女で、

女手ひとつでタランティーノを育て、幼い頃からゲテモノ映画を観せてくれた母についての映画である。

2004-03-11

TomoMachi2004-03-11

いよいよ明日、『キル・ビルVol.2』の試写が観られる。

翌日にデヴィッド・キャラディンのインタビューがあるから。


本当に「ラブ・ストーリー」か確かめに行こうっと。


しかし、頭を撃たれたとはいえ、

たった5人の仇の名前も覚えられないとは

なんとアホなヒロインだろう。


字もなぜかヘタな男字で

さわやかなマヌケ感の伝わるポスターである。

2004-03-09 藤原章監督『ラッパー慕情』

TomoMachi2004-03-09

チンプイこと藤原章監督の映画『ラッパー慕情』をビデオで観た。


2004年度のベストに入るだろう傑作だった。


室内シーンの撮影に失敗しているので、映画の前半は真っ暗で何が画面に映っているのかわからない。しかも編集が舌足らずなので、シーンのつなぎを想像で補わないとならない。最初の数分を観ただけで99.9999パーセントの人は見続ける気をなくすだろう。オイラもそうだった。


でも、それを乗り越えると、あとはぐいぐい映画に引きずり込まれていく。


どういう映画なのか、わかりやすく説明すれば、

古谷実の『僕といっしょ』の世界である。

藤原監督は「オレは『僕といっしょ』が書かれる十年も前からこれやってきた」と怒るだろうけど。


主人公のケンはマンガ家志望の男。30過ぎて無職で、親が経営するアパートの家賃を取り立てるだけが仕事だが、その家賃も踏み倒されている。

兄もいい年こいて老いた母親から「まーくん」と呼ばれている。

まーくんの夢は草野球でホームランを打つこと。

草野球以外に何もしていない。

父はそれが原因で自殺したらしい。

まーくんはコーラと脂っこいものばかり食べるデブで、いい年こいて冷蔵庫を開けてコーラがないと老いた母親を「コーラ切らしてるじゃん!」と怒鳴りつける。

自分が野球がヘタなのまで「母さんのせいだ」とかんしゃくを起こす。

いちばん上の兄吉男はラッパー志願で家を出ているが、無職なので時々母親に金を無心に来る。

実際にラップをやらせてみるとYO、YOと言うだけで、ヘタクソ以前の問題である。

そこにブンちゃん(井口昇)という元アイドル歌手(?)がやって来る。


脚本は別の人になっているが、これはいつもの藤原ワールドである。

吉男は、『101ドラゴン大行進』の巻頭エッセイ「空手使いと少年」に出てきたブルース・リーおたくの工員である。

「おれは○○を研究してるんだ」とか言いながら、いい年こいて無職で、世話になっている母親に当り散らす三兄弟のような人は、引きこもりやおたくをこじらせた人によくいます。

「タモリ倶楽部」見た人ならわかるだろうけど、プラモデル・コレクターの血祭くんなんかそうですね。


で、他の藤原監督の映画と同じく、70年代クンフー映画が軸になっていて、最後は火山の上でケンとまーくんがブンちゃんと対決。これは「片腕ドラゴン」のラマ僧兄弟とジミー・ウォングの対決の再現。

なぜ、70年代当時クンフー映画なのか?

あの頃の香港台湾製クンフー映画の主人公は、「おれはクンフーで強くなるんだ」というだけで、30近くになるのに定職もなくフラフラしていた。

大会に出るわけでも、道場を開くわけでもない。

毎日、修行しているけど、目的はない。

メシ屋でたまたま地元のゴロツキとケンカになり、いろいろあってそいつを倒すが、倒した瞬間にTHE ENDと出て映画は唐突に終わる。

そいつの人生、どうにもならないのに。

でも、それを見ていた中学生の僕らは、何の疑問も持たなかった。

そして、主人公たちが無意味な修行をするのと同じように、

生きるために必要な勉強はほったらかしで、好きな映画やマンガやアニメの「研究」に没頭する。

そしたらいつのまにか、大人になっていた。

で、生活が圧し掛かってきて、しまった! と気づいた時にはもう遅い。

程度の差こそあれ、オイラもその一人だ。たまたま好きな映画について書いて食えているだけの話だ。

『タクシードライバー』のトラビスと自分の間にあまり差はないと思っている。


『ラッパー慕情』で家賃を払わない男は「オレは飛行機の研究をしているんだ!」と言いながら、毎日部屋に引きこもって飛行機のプラモデルを作っているだけ。

しかし…。

このエンディングは実に泣けた。


とにかく撮影と編集に観客にわかってもらおうという思いやりが欠けているので、見づらい映画だ。もし、藤原君ではなくプロのカメラマンの手で撮影されていたら、何百倍も観客は広がることだろう。

しかし、見やすいか見易くないかという作品の完成度と、

魂とはまた別の問題だ。

これほど心をつかまれた映画は最近ない。


百円で何でも教えてくれるホームレスを演じる田野辺尚人氏のキャラクターだけは誰にでも楽しめるだろう。

田野辺氏は現在『映画秘宝』編集部の重鎮だが、そもそも『映画秘宝』という雑誌は、彼が藤原監督と中原昌也くんと作った『悪趣味洋画劇場』というムックを定期化するという企画だった。

「ミスター映画秘宝」である田野辺氏は、この『ラッパー慕情』で、ジョー・パントリアーノをしのぐメフィスト的演技を見せる。個人的には笑い死ぬかと思った。

2004-03-08

TomoMachi2004-03-08

アメリカで最もリスナーが多く、最もエロで過激で、最も保守的な連中から嫌われているラジオ・パーソナリティ、ハワード・スターンの番組が終わろうとしている。

先週から毎日、番組でハワードは「明日にも終わるかもしれない」と絶望的な口調で話し、リスナーからの応援の電話が殺到している。


ハワードの番組は月曜から金曜の毎朝6時から10時までの放送で、

通勤途中の車の中で最も聴かれている生放送だ。

スタジオでは全裸のポルノ女優や知恵遅れのコビトさんが駆け回り、

ハワードは電話で人妻とテレフォンSEXしたりKKKと口喧嘩したりする。あらゆる放送禁止用語が飛び交う素晴らしい生放送だ。

毎日のように南部のキリスト教右翼から「放送やめろ」と抗議の電話が入り、

実際にコロラドなどいくつかのラジオ局はキリスト右翼のボイコットでハワードの放送を中止していた。

しかし、それでも聴取率は圧倒的だったのだが…。


2月25日、全米のラジオ局の6割以上を独占するクリア・チャンネルが、フロリダ他6つのラジオ局でハワードの番組を中止したのだ。直接の理由は、不適切な放送が行われた時に放送局がFCC(TVやラジオを管理する連邦政府機関)に支払う罰金が莫大になってきたこと。クリア・チャンネル(以下CC)は「改善がなければしかるべき措置をとる」とコメント。これは要するにCC所有のラジオ局すべてで放送を中止するという脅しである。

 そんな脅しに屈するハワードではない。彼は「これは保守的政治家や宗教家との戦争だ」と宣言し、スタジオから恋人に電話して昨晩のSEXについてモロに話し合った。さらに自分の番組を放送するCCの正体を暴露し始めたのだ。

 CCは1996年の通信法改正によって、わずか6年間に千二百ものラジオ局を買収した「怪物」だ。CCは同時に全米のコンサート会場の7割をも買収した。ミュージシャンはCCに金を積まないとラジオでもかけてもらえないし、ツアーもできないのだ。つまり現在、アメリカの音楽業界はCCに支配されている。

 そんなことをしても独占禁止法違反に問われないのは、CCがテキサスの会社で、ブッシュ政権とべったりだからだ。CCはブッシュの戦争を支持し、ディキシー・チックスがブッシュを批判した時も全米で彼女らの歌を放送禁止にした。

 イラクと戦争するか賛否が分かれている時には一切の反戦歌の放送を中止したので、ビースティボーイズやREMは自分たちの反イラク戦争の歌をインターネットで流すしかなかった。レイジ・アゲンスト・ザ・マシーンの曲は特に反戦を歌ってはいないが、反体制的なので全曲が放送中止の対象になった。


そして、クリア・チャンネルはハワードがブッシュをファシスト呼ばわりした4日後に放送を中止した。


ハワード以外のクリアチャンネルのパーソナリティはほとんど右翼で、

イラク開戦を求める集会を開いたり、ディキシー・チックスのCD焼き捨てキャンペーンを行ったりしている。

また、「黒人なんて人口の二割もいないんだから相手にするな」と言ったり、黒人からの抗議に「鼻の骨をとってから出直せ」と言った右翼政治DJラッシュ・リンボーや、ゲイからの電話に「ケツマンコしてエイズで死にやがれ」と言った右翼DJのマイケル・サヴェージはなぜかクリア・チャンネルから何のお咎めも受けずに放送中だ。


クリア・チャンネルの拡大は続き、数年後にはアメリカのラジオ局のすべてがこのテキサスのブッシュべったり企業に乗っ取られ、たとえばキリスト教右翼とブッシュを徹底批判したインキュバスの「メガロマニアック」みたいな曲はラジオから流れなくなってしまうのだ。


ハワード自身は実はただの下品な男ではない。

この日記にも書いたが本当は優しいヒューマニストで、自由主義者だ。

同時多発テロの起こったNYから唯一通常通り放送を続けた番組でもある。

その後、二ヶ月間、アメリカのTVやラジオが笑いを自粛している最中も

NYから笑いとエロでアメリカを鼓舞し続けた。

その時は、毎日「ユダヤ野郎のハワードを殺す」と脅迫電話してくるKKK団員のダニエルという男が「ハワード、大丈夫か?」と電話してきた。

「あんた、心配してくれるのか?」

「俺たちKKKが殺す前にテロなんかで死んで欲しくないだけさ」

なかなか泣ける瞬間だった。


ちなみにラジオに罰金を科する政府機関FCCの会長はコリン・パウエルの息子だ。当然、ブッシュ支持を表明しているラッシュ・リンボーやマイケル・サヴェージは何を言ってもお咎めなし。

2004-03-07

村上隆についていろんな反応をもらったが、

いちばん多いのは「もう名前も聞きたくない」「あいつは本当のオタクからはすでに相手にされていないのだからどうでもいいじゃないか」という感じのものだった。

でもさ、奴のHPを教えてくれた人がいて、それを見たらすごいことになってるぞ。

http://www.kaikaikiki.co.jp

BBSなんだが、たとえば、こんな投稿がある。

>かつてこれほどまでに多くの人に愛されたアーティストはいなかったのではないのでしょうか?(中略)

>そして経営者としてもすごい。今年はきっと経済界からも注目されるんでしょうね〜。なんか経済界の賞もとる勢いですね。


どうも、これが一般の人々の認識のようだ。


かつてヒットラーが出てきた時、ドイツは民主的なワイマール共和国で、

最初はかなりの人がヒットラーを見て「あんなものにダマされるのはよほどのバカだけだ」と、たかをくくっていた。

そしたら、いつの間にか国民に圧倒的に支持され、

ヒットラーを批判する人は少数者として封殺されてしまう事態になった。


ヒットラーを例に挙げるのは大げさに聞こえるかもしれないが、

こういったことは会社の内部でもあるでしょう?

口がうまくて立ち回りのうまいだけの奴が同じ会社にいて、

「あいつは実力もないし、本当は思いやりもないから、どうせみんないつか気づいてくれるさ」とたかをくくっていると、

そいつがどんどん出世して、

マジメに働いてた方はバカを見るわけですよ。

人を見る目がある人というのは、実際はそんなに多くない。


インチキをインチキだとすぐにわかるカンのいい人はたいていシニカルで現実にあまり期待していないので、

「ほうっておこう」「無視しよう」「自分の仕事に専念しよう」ということになりがちだ。自分も含めて。

しかしインチキに気づかない人々はすぐにノせられてしまうし、そちらのほうが圧倒的に人数が多いので、

あっという間にヒットラーに政権取らせたり、村上が「これほどまでに多くの人に愛されたアーティストはいなかった」なんて大物になってしまうのだ。


だから、こういうインチキな連中が出てきた時は、インチキを感じた人々はシニカルにならず、面倒くさいしお金にならないけれども頑張って、一般の人がダマされる前に共闘し、全力をあげて徹底的に叩き潰しておかないとならない。大変だけど。

そうしておかないと、インチキがわからない圧倒的多数の人たちが彼らを認めたときには、

我々は少数派として発言力を失い、

彼らがほしいままに文化や政治や経済を搾取するのを見ているしかなくなってしまう。そうなってからでは遅いのだ。

2004-03-06

TomoMachi2004-03-06

メル・ギブソンマイケル・ムーアと決別していた。

お互い熱心なカソリックで、

ローマ法王がブッシュの戦争を否定したことで結びついていたはずだが。


原因はメルギブの父親だろう。

メルギブの父は、ローマン・カソリックが60年代に改革された時、

それに反発した原理主義カソリックの一派に属する。

この一派は、現ローマ法王がホロコーストやアメリカ原住民の虐殺に対するカソリック教会の責任を認め、謝罪したことにも不満で、

メルギブの親父はラジオでローマ法王を「ユダヤの足舐め野郎め」と呼んだ。


『パッション』の反ユダヤ描写はキリスト教研究家からも激しく批判されている。


『パッション』では、キリストを殺したがったのはユダヤ教徒たちで、当時イスラエルを支配していたローマの総督ピラトーはキリストに同情的な優しい男で、ユダヤ人からの圧力で嫌々キリストを処刑すると描かれている。

これは新約聖書の描写に忠実だが、

しかし『誰がキリストを殺したか?』の著者ジョン・ドミニク・クロッサンは、これは歴史的事実ではない、と断言する。

カソリック神父ジョン・ドミニク・クロッサンは徹底的な調査で、キリスト処刑の実態をつきとめようとした。

キリストに関する当時の歴史的記録は皆無だが、当時イスラエルを支配していたローマの総督ピラトの記録はかなり残っていた。

当時の記録によれば、ピラトは残虐な男で、現地のユダヤ人を片っ端から処刑しまくっていた。だから刑場には髑髏の山、ゴルゴダが築かれたわけだ。

だから新約聖書におけるローマ擁護、ユダヤ批判的記述は事実を歪曲しているとクロッサンは言う。

しかし、メルギブはこの批判を「どんな記録も聖書より正しいわけがない」と突っぱねている。


メルギブは公開前に『パッション』を宗教関係者にテスト試写したが、その時、あるセリフが問題視された。

ユダヤ人が「キリスト殺害の罪は(ローマ人ではなく)ユダヤ人の血が負う」と言うセリフである。新約聖書に書かれたこの言葉が後のユダヤ弾圧の口実に使われたからだ。

高まる批判を見て、メルギブは公開直前に、このセリフの英語字幕を削除した(セリフ自体は残った)。


この言葉はたしかに新約聖書に書かれているが、その歴史的真実性はゼロに近い(ましてや一人のユダヤ人が二千年前にそんなことを言ったとしても、後のユダヤ人がそれで差別される謂れはない)。

そもそも、この言葉はローマの罪をユダヤに押し付けるために造られたものであるという説もあるのだ。

宗教改革の頃からずっと、ローマン・カソリック欽定の新約聖書のテキスト(ギリシャ語)は、どの程度、事実ないし原典に忠実なのか、キリスト教徒からも常に問われてきたのだ。

ローマ帝国内で書かれたそのテキストがローマ側の歴史改竄だという説も当然ある。

母国オランダでカソリックと政治的闘争を続けている映画監督ポール・バーホーベンは、新約聖書はローマン・カソリックが自らの罪をユダヤに押し付けるために捻じ曲げたものだと主張し、何年も前から、その説を映画化しようとしている。


『パッション』の大ヒットで、南部や中西部の教会では実際に反ユダヤ的説教が行われている。インターネットでも反ユダヤ・サイトがいくつか立ち上がり、映画関係のBBSではユダヤへの憎しみを撒き散らす書き込みが増えている。

当たり前だ。

『パッション』に登場するユダヤ人はキリストの眷属を除いてすべて醜い悪魔のような顔をしている。ボッシュが描いた『十字架を背負うキリスト』がヒントになっているのだろう。スコセッシもボッシュの絵にインスパイアされて『最後の誘惑』ではハーベイ・カイテル、ジョン・ルーリーなどヤクザ顔の俳優ばかり集めたが、みんな使徒の役だったし、いちばんの悪魔顔のウィリアム・デフォーをキリストにしたので問題はなかった。

ところが、『パッション』でキリストをなじるユダヤ人はもうぐちゃぐちゃのメイクで、『指輪物語』のオークにしか見えない。これじゃ、バカや子供が見れば「ユダヤ人って人間じゃないんだね」と思ってしまう。

それにユダヤ人の服も顔も髪も歯もドロドロに汚れてて、なんかホームレスみたいなの。はっきり言って土人か、『スター・ウォーズ』のタスケンレイダーズだよ、これじゃ。イスラエルは当時の文明国なのに。あと、歯が乱食いだったり、片目だったり、身体的な欠陥でユダヤ系の邪悪さを強調してるのも、いろんな意味で差別的。

それに、他のユダヤ人は中東顔ないしラテン顔なのに、同じユダヤ人であるキリストの一族だけが白人顔なんだよね。

まるで古事記をハリウッドが日本ロケで映画化したら天皇だけトム・クルーズだったみたいな感じだよ。


ということで『パッション』に感化されたバカどもの反ユダヤ熱が高まるなか、アメリカでユダヤ系の人々が恐れているのは、4月9日の「聖金曜日」だ。

キリストが十字架に架けられたとされるこの日、ヨーロッパでポグロム(ユダヤ弾圧)が始まったからだ。

2004-03-05

TomoMachi2004-03-05

アメリカで出る本のために「萌え」という言葉の起源、正確な語義、歴史について書いて欲しいと依頼された。


思えばオイラが1989年に『おたくの本』を作ってからもう15年。

あの時、オイラはまだ26歳で、別冊宝島に配属されたばかりで、

部署では一番年下で発言力がなくて、企画を通すまでが大変だった。

まず「おたく」という言葉を誰も知らなかった。

編集長も営業部もタイトルを変えろと迫った。

「マニア」とか「コレクター」にしろというのだ。

それは違う! といくら説明しても通じない。

「いい年こいてアニメを見ている奴? そんなのいるのか?」

先輩の梨本さんの支援で最後までタイトルを守りとおして発売された『おたくの本』はオイラの作った本で最初に15万部を超えたベストセラーになった。


あの本で「おたく」という言葉を知った新聞やテレビからインタビューされて「おたくとは」を説明させられたが、あまりにもわかってくれないので(宮崎勤事件があったのでロリコンと完全に同一視する人も多かった)、面倒くさくなって、命名者の中森明夫氏のところに行って下さい、と言ったり、こう言ったりもした。

「要するに僕のような人ですよ」


つまり89年の「おたく」は当事者だったから何でも知っていたがのだが、今回の「萌え」の場合は違う。

まず「萌え」という言葉が日本で出てきたのはオイラがアメリカに来た後なので、状況がわからない。

それに、年のせいか、オイラはもう30歳以上の女性にしか性的な魅力を感じず、20代以下は娘と同じようにしか思えないのだ。

それを柳下くんに言ったら、こう言われた。

「それ、“萌え”ですよ。性欲なしに女の子が可愛いと思うってのは」

えー、そうなの? 

まあ、「萌え」についてはもっと研究してみなきゃ。

2004-03-04

TomoMachi2004-03-04

ビヴァリーヒルズのフォーシーズンズ・ホテルで『エターナル・サンシャイン』の主演ジム・キャリーにインタビュー。

現在撮影中の映画『レモニー・スニケットの世にも不幸なできごと』で執事を演じるため頭はつるつるのスキンヘッドにしていた。

この『エターナル・サンシャイン』では、監督がシナリオの代わりに脳内の記憶マップを書いて、今、主人公の意識がどこにあるかを確認しながら撮影したという。

次回作はリー・メジャーズの『600万ドルの男』だというけど?

と聞くと

「あのタイトルはダメだ! いまどき600万ドルじゃ何もできない! だからタイトルを『60億ドルの男』に値上げしたところだよ」とのこと。

2004-03-03

TomoMachi2004-03-03

マルコヴィッチの穴』『アダプテーション』の脚本家チャーリー・カウフマンのインタビューのため、新作『エターナル・サンシャイン』を観る。

監督は『ヒューマン・ネイチャー』のミシェル・ゴンドリーだが、彼のアイデアによる映画。

イラストレーターのジム・キャリーは、パンクな女ケイト・ウィンズレットと恋に落ちるが、ケイトはキャリーを冗談のわからないマジメで退屈な男と思っていた。実際ジム・キャリーがマジメで退屈な男を演じるのだ。

で、ケイトは記憶消去クリニックを訪ね、キャリーの記憶を完全に消してもらう。

それほどまでに嫌われていたと知って傷ついたキャリーは、自分も記憶消去してもらいに行く。

記憶消去サービスというアイデアは『トータル・リコール』や『ペイチェック』ですっかり聞きなれたものだが、

この映画では記憶は一瞬で消されるわけではなく、だんだんと消えていくので、その過程を見せていく。

それに記憶消去マシンは単なる小道具でディックのようなアイデンティティに関する問いかけはされない。この映画のテーマは恋愛なのだ。

2004-03-02

TomoMachi2004-03-02

去年のベストに入るラリラリ映画『SPUN』の監督ヨナス・アカーランドJonas Akerlundにインタビューした。

ヨナスはスウェーデンのバンド、カーディガンズのビデオ「マイ・フェヴァリット・ゲーム」で注目された。

www.cardifans.com/gameban.html

それまでカワイコちゃんのキャンディポップだと思われていたカーディガンズだが、このビデオではニナ・パーソンが砂漠のハイウェイの対向車線を延々と爆走し、周りの車を次々に巻き込む3分間のバニシングポイントで、各国で放送禁止になった。特にオチはアイドル・ポップ・バンドのタブーを破っている。

またプロディジーの「スマック・ザ・ビッチ・アップ」は「そのうるさい女を殴り飛ばせ」という女性差別的歌詞に加え、コカインをキメた主人公がバーでケンカし、女を連れ帰ってバイオレントなセックスに及ぶまでをコカインでトンだ一人称視点で描いて、やはり放送禁止になった。このオチもまた強烈だ。

www.sputnik7.com/servlet/asxplaylist/1/100/smbu/file.asx

そしてスマッシング・パンプキンズの「トライ、トライ、トライ」はやはり揺れ動く手持ちカメラで、ヤク中のカップルが犯罪に走る姿を陰惨に描き、ラストでは人類のうち誰一人として見たくないものを無理やり見せて放送禁止になった。

で、『SPUN』は上記三本のビデオを一時間半にしたような映画だが、

監督本人はさわやかな青年で、ドラッグの経験もないそうだ。

ちなみに『SPUN』で彼がいちばんうれしかったのは、

ジューダス・プリーストのロブ・ハルフォードに出演してもらえたこと、

それに『ランブル・フィッシュ』以来あこがれだったミッキー・ロークを復活させたことだそうな。

ビデオの過激さのわりに趣味はいいボンクラかげん。

彼の出世作マドンナの『レイ・オブ・ライツ』の超微速度撮影のネタ元は

『ランブルフィッシュ』の流れる雲だそうだ。

2004-03-01

昨日の続きだが、『裸の自衛隊!』が復刻されるとのこと。

オイラが企画編集をした別冊宝島はベストセラーになったが、

その年のボーナスでオイラがもらったのは規定どおりの2・5ヶ月。

ヒラだったので、50万円くらいだった。

ベストセラーになったことで一万円もらっただけ。

ヒデエなあと思ったけど、青色ダイオードみたいなもんだ。


この本はとにかく準備が大変だった。

取材許可を取るため六本木の防衛庁の広報課に何度も何度も通った。

というのも、当時の自衛隊は外部に対してまったく閉じていて、

やっと『ベストガイ』に協力し始めたところだったからだ。

で、防衛庁参りの末、やっと取材許可を取ったものの、

広報立会いの取材は使わなかった。

そこで知り合った自衛官を、勤務時間外に飲み屋に連れ出して煽りまくって

本音を言わせたのだ。

だから『裸の自衛隊』ができた後、海上自衛隊の幕僚本部ほかから大変な抗議があったが、オイラはつっぱねた。

「この本は結果的に自衛隊にとっていい結果になるはずですよ」と言って。

その後、この『裸の自衛隊』をマネした「自衛官の本音」本や雑誌記事、テレビ番組が次々に生まれ、結果的に自衛隊のイメージは明るく身近になった。


この『裸の自衛隊』は「兵隊になりたい!」というオイラのガキの頃からの夢を実現させるために無理やり通してもらった企画だった。

とにかく軍服着たり、鉄砲撃ったりするのが大好きだったが、在日韓国人だから自衛隊には入れない。というか政治的には日本も当時の韓国の軍事政権も北朝鮮も大嫌いなのだ。

要するに政治的には反戦的なんだけど、オタク的には戦争が好きで好きでしょうがない。

兵隊として戦争に行きたくてしょうがないんだけど、何のために戦うか、とりあえず理由がない。それになまじ戦争の本ばかり読んでるので戦争の愚かさもわかっている。でも頭ではなくて「男の子」の部分でやりたくてしょうがない。

こういう人は他にもいっぱいいると思うのだが、で、自分は「何が何でも自衛隊に体験入隊したい!」と思って、その欲望を仕事に無理やり結びつけた結果が『裸の自衛隊』なわけだ。

で、どうせ入隊するなら「最強精鋭」と言われる空挺師団を選んだ。

でも、自分は会社員で編集者で、しかもペーペーだから、

原稿を書くのは名のある書き手でなければならなかった。

そこで大月隆寛さんに頼んで、一緒に習志野の空挺師団に入ったのだが、

これがもう実に楽しかったね。

空挺体操とか、落下傘の訓練とか、キツければキツいほど楽しい。

師団の隊員全員が入った風呂がドロドロで文字通り真っ黒だったり、

保護観察を免れるために入隊したヤク中やシンナー中毒の隊員とか、

あと夜中に叩き起こされて行軍訓練されるのも楽しかった。

で、うきうきしながら岐路についたのだが、

大月さんは楽しくなかったらしく、

帰りの電車で、「なんでこんなつらい思いさせられなきゃいけないんだ」と怒り出した。こっちも必死に説得したのだが、最後にはつい逆ギレして、

「いいよ! オレが書くから!」と怒鳴ってケンカ別れ。

その後、頭を下げて大月さんには素晴らしい原稿を書いてもらったけど、

自分が楽しいものは他の人も楽しいはすだと思うのはよくないと反省しました。

その『裸の自衛隊』では別に大泉実成さんを誘って、元フランス外人部隊の毛利元貞くんが主催する傭兵学校に入って、一週間飲まず食わず眠らずの地獄の訓練をやったら、大泉さんは途中で脱落して、「町山君がやりたかっただけだろ! 他の人を巻き込むなよ!」ってやっぱり怒られた。

でも楽しかったなあ。

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