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映画評論家町山智浩アメリカ日記


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2004-03-13 天安門広場での死者はなかった

インチキというものは、放っておくと、トンデモないことになるという話。


 天安門事件を覚えているだろうか。1989年、北京の天安門広場に集まった民主化を求める学生たちを人民解放軍が虐殺した、とされる事件だ。

「とされる」としたのはウソだからだ。当時、現場に最後まで残った朝日新聞の記者と、スペインの国営TV局の記者が後に「学生たちは安全に広場から退去し、一人の死傷者も出なかった」と証拠のビデオを提出し、世界のマスコミは天安門広場の虐殺は誤報だったと撤回修正した(死傷者が出たのは広場の外である)。

詳しい資料です。

http://sng.edhs.ynu.ac.jp/lab/murata/murata-tian’anmen2.html

これも追加。この記事がとてもわかりやすいのでぜひ読んでください。

http://gregoryclark.net/jt/page42/page42.html


ここが重要なので繰り返す。

天安門[広場内]では一人の負傷者も出ていない。

NHK、朝日新聞その他、世界のマスコミは後に誤りを認めた。

「天安門広場で虐殺はなかった」


しかし、虐殺という誤報はどこから発生したのか?


 カメラマン今枝弘一(当時27歳)が撮った写真のせいだ。米TIME誌にも掲載されたこの写真は学生を踏み潰す装甲車と「説明」された。実際には犠牲者らしきものは見えないが、世界中がその「説明」に飛びついた。今枝は「日本のキャパ」と呼ばれ、一躍スターになった。

 天安門虐殺が否定された頃、『宝島30』という雑誌をやっていたオイラは、今枝弘一に直接電話して真偽を追求した。すると彼は装甲車のキャタピラあたりに「テントに包まれた人間らしきものが」踏み潰されているように見えると言っただけだ、と弁明した。

 で、オイラは尋ねた。

「今枝さんは、それが人間かどうか確認したんですか?」

「いいえ」

 なんだそりゃ?!

 そんないいかげんなことで世界は「天安門広場の虐殺」を信じ、人によっては今だに信じているのだ。


で、恐ろしいのは、後世には「天安門広場で虐殺があった」ということが歴史的事実として残るだろうということだ。

「天安門広場虐殺」と書かれた新聞雑誌が圧倒的に多く、その後の事実修正はひっそりと行われ、テレビや雑誌などではほとんど報道されなかったからだ。

特にひどいのは、現場に最後までいて死傷者なしで撤収する一部始終を一緒に体験した朝日新聞の記者が(つまり彼は今枝よりも長く深く学生側に入り込んでいた)「死傷者はいない」と社内で主張したにも関わらず、朝日新聞はなかなかそれを記事にせず、世間と同じように「虐殺報道」に乗り続けた。その記者が個人的に集会を開くなどで証拠を見せたりして苦労した末に、朝日新聞はやっと虐殺報道を修正した。


しかも、今枝の天才的なところが、彼自身は虐殺があった「ような」ことしか言っていないという点だ。

彼の曖昧だがサジェスティブなコメントに勝手に発情した世界のマスコミが、ただ装甲車が佇んでいるだけの写真を指して「民衆を戦車が蹂躙した衝撃の瞬間!」と叫び狂っただけだったのだ。


以上のような事実関係を『宝島30』に書いたら、当時はまだあった『マルコポーロ』という雑誌に「今枝弘一氏は“虐殺があった”とは言ってない。あの誤報道の責任を彼に負わせるのはよくない」というような反論記事が出た。


そりゃ、あんたのいうとおり、たしかに今枝は「虐殺があった」とは言ってないよ。けど、明らかに世間とマスコミを「虐殺」の方向に意図的に誘導したじゃん!

いまだに、天安門広場で学生が死んだと信じている人のほうが、後の「死傷者ゼロ」という報道修正を知っている人よりも圧倒的に多いが、信じてる人に「なんで信じてるんですか?」とアンケートしてみればいい。

6割以上が今枝の写真を理由に挙げるはずだ。責任あるよ。

それをかばうなんて、あんたもジャーナリストとしてどうよ?


その奇妙な今枝擁護記事を書いたのはたしか勝谷ナントカとか言う男だった。

マルコポーロ」は、後に例のホロコースト否定トンデモ記事がきっかけでつぶれた(笑)。


現場の目撃者(しかも身内)を信じず、虐殺という「物語」を信じようとしたのは朝日新聞だけではない。

広場から最後の学生が安全に撤収するまでビデオカメラを回し続けたスペインのTVマンたちも「けが人ひとつなかった」と言ってもテレビ局は信じてくれず、彼らの映像を放送してくれなかった。彼らは今枝よりも長く現場にいて、証拠のビデオ映像があるのにだ!


人は証拠よりも自分の信じたいものを信じる。


だからスペインのTVマンたちは自分たちが体験した事実を証明するために一年近くかけてさらに証拠や証人を集めなければならなかった。

その証拠映像はドキュメンタリーとして編集され、NHKで放送されたが、日本のマスコミはそれをほとんど黙殺した。

「虐殺!」ということでさんざん盛り上がった手前、引っ込みがつかなくなったのだ。


しかも、今枝の写真に始まる「虐殺のイメージ」は単に誤報というだけでなく、その後の世界の中国に対する政策にまで影響を与えた。

やっぱり、どう考えても彼には大変な責任あるよ。


<追補しました>

「天安門広場の外では300人死んだのだから事件の本質自体は変わらない」と言ってる人もいるので、ついでながら言っておく。

それもまた「証拠や証言よりも、自分の信じたいものを信じる」ことなのだ。


この事件の本質は、世界が当時信じた「善意の学生運動を政府が軍で弾圧した」という単純な話ではなかったのだ。

死者300人について最も責任を負うべき者は、学生のリーダーだったのだ。


なぜなら、彼らは意図的に、軍の介入と「虐殺」を引き起こそうとしたと、アメリカの映画やテレビのインタビューなどですでに告白しているからだ。


そもそも政府にとって、北京に解放軍を入れるのは内外ともに悪い効果しかないことが明らかなので、絶対にやりたくない最後の手段だった。そのため政府は最後まで無血で学生を排除しようと説得していた。

しかし、学生側のリーダーたちは説得を拒み続けた。なぜなら彼らは「虐殺が必要だ」ったからだ。

1995年製作のアメリカ製ドキュメンタリー映画「天安門THE GATE OF HEAVENLY PEACE」(日本でもちゃんと公開済)で、学生リーダーの柴玲(チャイ・リン)が無責任にも、カメラの前ではっきりとこう言っているのだ。


「政府を追い詰めて人民を虐殺させなければ、民衆は目覚めない。だけれど、私は殺されたくないので逃げます」


彼女らは、政府と学生を煽って、なんとかして虐殺を起こそうとしたのである。そして、いざ軍が来るという情報を得ると、自分たちだけCIAの手引きでこっそり海外に脱出したのだ。

軍が入ってきた時、広場に残った学生たちは柴玲たちがいなくなっていることに気づいて呆然とした。

いつの間にか中国を脱出していた柴玲たちは見てもいない「天安門の虐殺」を世界のマスコミに向けてアピールした。


要するに今枝の写真は彼らの企みに利用されたのだ。


真実はそういうことだったのである。

はっきり本人が「虐殺させなければ」と言っている映像が残っている以上、

学生たちを踏みにじったのは軍の戦車ではなく、柴玲たちなのである。


柴玲が亡命後に最初にしたことは美容整形だった。

現在、アメリカやヨーロッパのTVドキュメンタリーでも、亡命した学生リーダーたちは「学生を利用し、事件の責任を負うべき者」として批判されている。そのうちのいくつかは日本のテレビでも放送されている。

また柴玲たちのその後を追ったノンフィクションも出版されている。


この事件で評価すべきは、柴玲たちの冷酷な企みにも負けずに無血撤収を成功させた学生たちと、柴玲たちが期待していたような最悪の事態を食い止めた軍側の指揮者たちである。