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映画評論家町山智浩アメリカ日記

町山智浩の映画解説リストです。
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ロフトプラスワンでタランティーノと公開飲み会(無修正)

2004-08-04 現代のマリー・セレスト号事件

TomoMachi2004-08-04

映画オープン・ウォーターの監督にハリウッドでインタビューした。

南洋のリゾート、観光客向けのスキューバ・ダイビング船。

レンタルの装備で海に入った夫婦が海底の美しさに夢中になって水面に上がってみたら船がどこにもない。

彼らを置き去りにして帰ってしまったのだ。

見渡す限り水平線で、どっちが岸かもわからない。

つかまる板切れすらない!

他の船が通りかかるのを待つが、水も食料もない。

海水を飲むと下痢を起こして脱水症状はさらにひどくなる。

日が暮れて水温が下がる。

しかし眠ることはできない。

サメが二人の周りを泳ぎ始めたからだ。

想像するだけで息苦しくなる話だ。

クリス・ケンティスとローラ・ラウという20代後半の若い夫婦が脚本・監督・撮影・編集のすべてを二人でこなし、製作費まで自己調達した。

しかしサンダンス映画祭で初公開されるや、「『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』ミーツ『ジョーズ』」と絶賛されて世界中の配給会社から引っ張りだこ。

もうすでに億万長者になってるはずだ。

まさに「アイデアの勝利」。


実はこの『オープン・ウォーター』、スキューバ・ダイバーの間であまりにも有名な実話をヒントにしている。

1998年、オーストラリアのポート・ダグラスで、観光船の従業員が船を掃除していて座席の下にバッグを見つけた。

中にはアメリカ人トム・ロネガン(34歳)と妻アイリーン(29歳)のパスポートと財布が入っていた。あわててレンタル用のダイビング装備を調べると二つ足りない。

しかし搭乗員名簿には二人の名前はなかった。二人はなぜか記名しなかったのだ。

だから、一昨日のダイビングが終わって点呼した時、二人が船に帰っていないことを気づかずに港に帰ってしまったのだ。

 二人はもう40時間以上、岸から40マイルも離れた沖に取り残されている!

 

 大捜索が始まった。20機の航空機が一週間にわたってグレート・バリア・リーフを探し回った。しかし、見つかったのは、ダイビング地点の海底に沈んだウェイト・ベルトと遠く離れた砂浜に漂着したタンクだけだった。

結局、死体は発見されなかったが、遭難地点には大量のサメがいる。二人はきっと跡形もなく食べられてしまったのだろう、と誰もが思った。

観光船の船長は業務上過失致死で逮捕された。この事件でグレート・バリア・リーフの観光客は激減した。


オープン・ウォーター』は、舞台をバハマに変え、海に残された二人だけに視点を絞り、彼らが海上で体験しただろう地獄をシミュレーションして描いている。

撮影では実際に海上で二人の俳優の周りにマグロを撒き餌して野生のサメを集めた。

餌が充分あれば人間に噛み付いたりしないそうだが、ハリウッド製のSFX映画にはない本物の迫力だ。しかし、実際の事件はもっと複雑怪奇だった。


ロネガン夫妻はフィジー諸島で四年間の平和部隊ボランティアとしての任務を果たし、第二の人生を始めようとしていた。

しかし残されたトムの日記は「今が僕の人生のピークだ。これからは下り坂だ。もう死ぬ準備はできている」と遺書めいた言葉で終わっていた。

さらに奇妙な噂が出てきた。


ロネガン夫妻は生きているというのだ。


二人が行方不明になった翌日、近くを通りかかったダイビング船の客が、行きよりも帰りのほうが三人増えていたというのだ。

その船はイタリアの観光ツアーに貸し切られていたが、帰りにはなぜか英語が聞こえたと乗組員は証言した。

ロネガン夫婦と何者かが遭難を偽装して、一日海上で過ごしてから、その船に紛れ込んで岸に帰ったのだろうか?

それを聞いて地元の人々は1985年に南オーストラリアで起こった事件を思い出した。

フェリーからアメリカ人観光客ミルトン・ハリスが海に転落した事件だ。

しかし海難救助隊のダイバーは海底に隠れていたハリスを発見した。

彼は自分に3億円の生命保険をかけ、エアタンクを持って海に落ちて事故死を偽装したのだ。

ハリスとトム・ロネガンは同じルイジアナ州バトン・ルージュの出身で、所属する教会も同じだった。

二人の関係は不明だが、逮捕されていた船長は死亡が確認されないので釈放された。


この事件は「マリー・セレスト号」と並ぶ未解決のミステリーとして永遠に語り継がれるだろう。

ロネガンが『オープン・ウォーター』のモデル料を寄こせと訴え出ない限りは。

 映画『オープン・ウォーター』はムービーアイ配給で来年日本公開予定。