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映画評論家町山智浩アメリカ日記


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2004-08-14 「華氏911」は「チャップリンの独裁者」である

TomoMachi2004-08-14

華氏911」に対する(特に日本での)批判を見ていると、それは「チャップリンの独裁者」に対する当時のアメリカでの批判とよく似ていると思う。


チャップリンの『独裁者』もプロパガンダ映画だ。

当時アメリカとまだ敵対していなかったヒットラーをはっきり「人類の敵だ!」と指弾ししてユダヤ人虐待を一刻も早く止めさせることを目的に作られた映画なのだ。


この映画が公開された1940年、ヒットラーはすでにポーランドを侵攻していたにもかかわらず、

アメリカ人はまだヒットラーの危険性を身近に感じていなかった。

ケネディの親父やリンドバーグ、ディズニーなど、ヒットラーを擁護する者も多かった。

だからチャップリンが『独裁者』でヒットラーを誇張し、おちょくり、しつこいまでに笑い飛ばそうとするのを見て、「何をこの男はそんなに怒ってるんだ?」と冷たく反応した。

チャップリンはニュース映画でヒットラーを研究して細かい動作や癖を徹底的にマネしているが、これは『華氏911』でムーアがフッテージを使ってブッシュをおちょくったのと似ている)。


そして『独裁者』のラストで、チャップリンはヒットラーのプロパガンダ演説の手法をパロって、

延々と6分間も反ファシズムのプロパガンダ大演説をする。


これを見たとき、多くの批評家やインテリが拒否反応を示し、こう批判した。


「ヒットラーが悪い奴だってことくらい知ってるよ。何を今さら」

「この映画は故意に事実を誇張して、一方的な政治的主張を押し付けるものだ」

「これはもはやコメディにもなっていない。プロパガンダ映画だ」

「安易に客を泣かせようとして、陳腐だ」

「こんなものにはダマされない」

「メッセージが直接的過ぎる」

「何、熱くなってんだ。必死でカッコ悪い」

正確ではないが、まあ、こんな感じだ。


もちろん、チャップリンはそんなことは全部承知で、あえて直接的なプロパガンダを選んだのだ。

それほどに彼は切迫した危機感を抱いていた。

しかし、アメリカはチャップリンの情熱をただ冷ややかに笑い、無視した。


翌年、ヒットラーはユダヤ人に対する「最終的解決」を始めた。


戦争が終わり、ヒットラーのために何千万人という犠牲者が出たことを知った時、「独裁者」を「陳腐だ」「プロパガンダだ」と批判した連中は何を思っただろうか?


チャップリンは、たとえ映画としての完成度やギャグを放棄し、陳腐な「俗情」をあえて刺激してでも、

どんな手段を使ってでも、ヒットラーの悪に世間を気づかせなければならなかったのだ。

(この映画がきっかけでチャップリンはアカ呼ばわりされ、ついにはアメリカを追い出される)


「独裁者」も「華氏911」もインテリに向けて作られた映画ではない。

アメリカの大半を占める、新聞や本なんか読まない人々のために作られた映画だ。

残念なことにその人口比は60年経ってもあまり変わっていない。


アメリカにはもう大都市にしか書店はないが、そこに行けば大量のブッシュ批判の本が並んでいる。

いや、政治に関する本の8割がブッシュ叩きだと言ってもそんなに誇張ではない。

でも、これを読むのはインテリだけ。

普通の人はテレビとラジオでしか政治を知らない。

それは何度も書いたように共和党を支持するコングロマリットに寡占支配されている。

だから、ムーアも言っているように、アメリカの人口の4割がいまだに「イラクが911テロの犯人」「イラクは大量破壊兵器を持っていた」と信じている。


そんな人々に見せるために作られたのが「華氏911」なのだ。

だから、「『華氏911』はムーアの著作と内容が同じだ」と批判してもまったく無意味だ。

この映画は、ムーアの本どころか新聞すら読まないアメリカ人をどれだけ動かすかで価値が計られる映画だからだ。


現在、ハリス・ポール社の調査によるデータを元に「『華氏911』を共和党員は観ないから選挙には影響はない」と日本のマスコミも言っているが、

アメリカにおける「大統領選に関する世論調査」は「有権者登録した人だけ」を対象にしていることを忘れてはならない。

有権者登録率は全米の成人男女の人口の半分に過ぎないのだ。

そしてムーアはインタビューでも言っているように、その未登録者たち(もちろん未婚の若者に多い)を有権者登録させるのが目的なのだ。

彼らの動きは選挙当日まで調査結果には現れてこない。


ブッシュがたとえ再選されたとしても、いつか彼が何をやったか真実は暴かれるだろう。

その時が、「華氏911」という映画の評価が確定する時だ。


利口ぶってチャップリンの「独裁者」を陳腐だと嘲笑ったのと同じ種類の人間は、いつの世にもいる。


でも、歴史に残るのはチャップリンのほうなのだ。