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映画評論家町山智浩アメリカ日記

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2014-01-30 町山智浩「ザ・イースト」論

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今週末から公開される映画『ザ・イースト』のパンフに長い解説を書きましたので、是非、お読みください。

先日行われた『ザ・イースト』試写会での町山のトークのビデオ

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『ザ・イースト』は現実である。 町山智浩

 今から10年前、筆者は、サンフランシスコからベイブリッジを渡った対岸にあるエミリーヴィルという街に住んでいた。CGアニメで有名なピクサー・スタジオの裏のコンドミニアムを買ったのだ。2003年10月、うちのすぐ近くにカイロンという製薬会社が爆破された。爆音は家にも響いた。死者は出なかったが、消防車やヘリが集まって大変な騒ぎになった。

 カイロンはアメリカ政府の発注を受けて、インフルエンザのワクチンを作っていた。映画『コンテイジョン』などを観ればわかるように、インフルエンザのワクチンは人間にDNAの近いチンパンジーなどの類人猿で生体実験される。それに抗議する動物保護主義者が爆弾を仕掛けたのだろうと報道された。

 爆弾事件の犯人としてダニエル・アンドレアス・サンディエゴ(1978年生まれ)が指名手配された。サンディエゴは、レボリューショナリー・セルズ/アニマル・リベレイション・ブリゲイド(RCALB、革命細胞/動物解放旅団)の一員だという。RCALBは「虐待される動物の代理人として防衛する」との理念のもとに動物実験やサーカスなどに反対する国際的ネットワーク。2003年9月にも、日本の山之内製薬の子会社シャクリーの本社を爆破している。

 このような動物愛護や環境保護の立場からの破壊行為はエコ・テロリズムと呼ばれる。日本にも知られている例では、捕鯨船を妨害するシー・シェパードがある。

映画『ジ・イースト』はエコ・テロリスト・グループ「ジ・イースト」を描くフィクションだが、現在、世界で起っている事実の数々を実に巧妙に物語に織り込んでいる。

 冒頭、ヒロインのサラ(ブリット・マーリング)は、走る貨物列車に飛び乗る。先客が彼女を引き揚げる。貨物列車に無賃乗車して全米を旅する人々をかつては「ホーボー」、最近では「トレイン・サーファー」などと呼ぶ。『野生の呼び声』の作家ジャック・ロンドンの昔から、自由と冒険を求めて貨車に飛び乗る若者たちは絶えない。

 サラは無賃乗車を鉄道員に見つかって酷い目にあうが、ホーボー仲間に助けられる。彼はダンプスター(大型ごみコンテナー)を漁って拾ったピザをサラに食べさせる。これは単に食費の節約ではない。「ダンプスター・ダイビング」という「政治運動」なのだ。

 現在、欧米や日本などの先進国では、食料全体のうち約半分がゴミとして捨てられている。その一方で世界には10億人のこどもたちが飢えて死んでいく。この不条理を告発し、少しでも食糧の無駄をなくそうと考える人々はゴミ箱を漁り、どんなに無駄に食べ物が捨てられているかを調査し、ネットなどで発表し、さらにそれを食べて生活している。

 食べられるものが棄てられる原因は食品産業の巨大企業化だ。欧米のスーパーに行くと、毎日新しい野菜や果物が山のように積まれているが、全部食べられているわけではない。多くは賞味期限を過ぎて捨てられるのだ。

 食物廃棄は消費の段階だけでなく、流通や産地でも起っている。輸送の過程で外側が汚れたり痛んだ食品は中身に問題がなくても店頭から排除されて捨てられる。また、産地では、野菜や果物は小さすぎても大きすぎても弾かれる。味や栄養には問題なくてもだ。たとえばキュウリは全体の半分は曲がっているが、まっすぐなものしか出荷されずに捨てられる。店に並べやすい、パックに入りやすい、それだけの理由で。巨大な食品産業にとって、効率だけがすべてだからだ。

 この許しがたい無駄への抗議として、正価の食品を買わず、賞味期限切れやキズモノを安く買ったり、農地で捨てられる野菜などを食べることをフード・レスキュー(食糧救済)と呼び、そうした活動をする人々をFreeganフリーガンと呼ぶ。語源はFree(自由)とVagan(菜食主義者)だが、フリーガンは必ずしも菜食主義ではない。

『ジ・イースト』でサラを演じるブリット・マーリングは監督のザル・バトマングリと共に実際にフリーガンの活動に身を投じた体験を基に脚本を共同執筆した。

 マーリングとバトマングリはアメリカでは異色の映画作家コンビだ。マーリングはやはり自ら脚本を書いた『アナザー・プラネット』(2011年)に主演して注目された。太陽を挟んで地球の反対側にある地球そっくりの惑星、アナザー・アースをめぐる物語。題材そのものはSFとしては珍しくない。ところが、マーリングの脚本は、女性ならではのメロドラマを絡めていく。マーリング扮するヒロインは交通事故で母子を死なせてしまう。交通刑務所で刑期を終えたものの、罪の意識は消えない。そこで、身元を隠して、妻子を失った夫の家事手伝いをするのだが、そのうちに彼と恋に落ちて関係を持ってしまう。その後、夫は彼女が自分の妻子を死なせた加害者だと知り、彼女を責める。絶望のどん底でマーリングはアナザー・アース行き探査船に乗るくじに当たり……。

 続いてマーリングは『サウンド・オブ・マイ・ボイス』でバトマングリ監督と組み、二人で脚本を共同執筆した。ここでのマーリングは反社会的カルト宗教の教祖。主人公は男女のジャーナリストで、ノンフィクションを書くために、その宗教に潜入する。教祖は未来世界からタイムスリップしてきたと称するが、彼女の言うことはクランベリーズのヒット曲の歌詞のパクリだったりして失笑もの。主人公たちは最初、教祖をバカにしていたが、いつの間にか彼女に洗脳され……。

 潜入と洗脳というテーマは、この『ジ・イースト』でさらに深く掘り下げられる。ダンプスター・ダイビングは実はエコ・テロリスト・グループ「ジ・イーストに入るためのイニシエーション(通過儀礼)で、そこに潜入することが、ヒロインのサラの目的だった。

 ジ・イーストのモデルになっているのは、ELF(地球解放戦線)という実在のグループだ。1996年、オレゴン州のスキー・リゾート開発地で、建設施設や車両、送電線が次々と破壊され、ELFが、ヤマネコの生息する原生林を守るためだと犯行声明を出した。ELFは2003年、サンディエゴの建設中のコンドミニアムに放火して2千万ドルの被害を出した。犯行声明は「貴様らが(建物を)建てるなら、我々は焼き払う」。

 この言葉は「ジ・イースト」がインターネットで発表する、企業へのテロ予告の原型になっている。

「貴様らがどれだけ強大でも関係ない。我々は『目には目を』の方法で報復する。貴様らが我々を騙すなら、我々も貴様らを騙す。貴様らが我々を監視するなら我々も監視する。貴様らが毒をばら撒くなら、我々も貴様らに毒を飲ませる」

 ジ・イーストはその言葉通り、工場廃液で河川を汚染する企業の社長を誘拐して、汚濁した川に放り込む。

「ジ・イースト(東方)」という名前について、バトマングリは複数の意味を重ねたと言っている。まず、首都ワシントンがあるアメリカの中央政府としての「東部」という意味、そして『オズの魔法使い』の「東の魔女」。飛んできたドロシーの家に潰される悪い魔女だ。また逆に、アジアや中東なども意味しているとバトマングリは言う。またEastの語源は「日出る処(ところ)」という意味で、聖書の「東方の三賢人」で知られるように、ヨーロッパやアフリカにとって東方は知恵の象徴でもある。

 その「ジ・イースト」に潜入するサラは秘密諜報員、つまりスパイだった。民間諜報組織「ヒラー・ブロッド」の。

 これにも「ストラトフォー」というモデルがある。ストラトフォーは「影のCIA」と呼ばれる民間諜報企業。1996年に創業され、CIAの元職員などを雇い入れて、世界各地で起こる戦争や紛争を予測し、国際戦略を必要とする企業に売るのを仕事としている。

 ストラトフォーの創業社長であるジョージ・フリードマンは『100年予測』などの著書が邦訳されているが、その内容は「2050年までにロシアは崩壊し、中国やインドも衰退、日本は軍事大国化してトルコと手を結び、アメリカを奇襲攻撃。宇宙戦争が勃発する」という、根拠薄弱で荒唐無稽でいかがわしいものだ。こんな情報に金を払っているのはどんな企業なのか?

 2012年2月27日、内部告発サイト「ウィキリークス」に、ストラトフォーが顧客と交わした大量のメールが漏洩した。それによるとメリル・リンチ、ゴールドマン・サックス、バンク・オブ・アメリカ、コカ・コーラなどの大企業がストラトフォーのクライアントになっていた。

 このリークでは、環境破壊などで批難を浴びる企業が環境保護団体の調査をストラトフォーに依頼していることが明らかになった。たとえば世界最大の化学工業会社ダウ・ケミカルは、世界史上でも最悪の化学物質事故の補償問題を抱えている。1984年、ユニオン・カーバイト社がインドのボパールに持つ殺虫剤工場から出た有毒ガスが住宅密集地に流れ、事故直後だけで2000人、その後の死者も含めると2万人、さらにその何倍もの人々が今も後遺症に苦しんでいる。ユニオン・カーバイト社は莫大な賠償金を払えずに崩壊し、2001年にダウ・ケミカルに合併吸収された。しかしダウは賠償を拒否し続け、世界中の環境団体から責任を追及されていた。そのダウがストラトフォーに、自分を批判する市民団体の監視を依頼していたのだ。ストラトフォーは『ジ・イースト』のサラのようなスパイを実際に潜入させているのかもしれない。

 さて、ジ・イーストのメンバーとして迎えられたサラは、彼らと共に「ジャム」に参加する。「ジャム」は「邪魔」の意味で、敵の無線に妨害電波をぶつけることを「ジャミング」と呼ぶ。それは冷戦時代に国家規模で激しく行われた。南北朝鮮や南北ベトナムが相手国を攻撃するプロパガンダ放送を同じ周波数でぶつけあったのだ。80年代半ばから、戦争や環境破壊、消費主義などに反対する活動家が権力や大企業に対して、物理的でなく文化的なイタズラを仕掛けることを「カルチャー・ジャム」と呼ぶようになった。

 カルチャー・ジャマーで最も有名なのは「ジ・イエスメン」を自称する二人組だ。ボパール化学工場事故から20年目の2005年12月、英国国営放送BBCにダウ・ケミカルのスポークスマンが出演し、拒否し続けて来たボパール事故の賠償を決定したと発表した。後遺症に苦しむ被害者への医療費は12億ドルを超えるといわれる。営利目的の企業にも良心があった! この素晴らしいニュースはたちまち世界を駆け抜けた。このTV放送から23分でダウ・ケミカルの株価は4.24%下落した。その損失額は20億ドルと算定される。

「あれは当社のスポークスマンではない!」

 ダウ・ケミカルはBBCに抗議した。それはイエスメンのアンディ・ビックルバウムだった。

ビックルバウムとマイク・ボナーノの二人が自分たちを「イエスメン」と名乗る理由は、04年に彼らがやったジャミングを見ればわかる。当時はブッシュ大統領がイラク戦争を起こし、世論は二つに割れていた。ボナーノとビックルバウムは大型バスに「イエス、ブッシュ・キャン」と書いて全米を回った。ブッシュ支援のキャンペーンだと思って集まった人々からイエスメンは署名を集めた。

「あなたはブッシュ支持ですか? それはよかった。じゃあ、ここに署名してください。ブッシュが始めた戦争にあなたのお子さんを兵隊として送り、ブッシュが戦費と金持ちへの減税で増やした財政赤字を負担するため、あなたの年金を放棄する誓約書です」

 ジ・イーストがサラに初めてやらせるジャミングはもっと過激だ。標的は製薬会社。その会社は開発中の新薬をアフリカの貧しい人たちに飲ませて生体実験をしていた。その新薬には神経系に障害を残す副作用があり、多くのアフリカ人が犠牲になった。ジ・イーストのメンバー「ドク」もその被害者だった。

 これもまた事実に基づいている。90年代、国際的製薬会社ファイザーは、抗菌薬トロバフロキサシンの実験として、それをナイジェリアの子どもたちに投与したが、肝臓に強い毒性があったため11人が死亡。200人が重い障害を負った。

 ヨーロッパやアメリカの製薬会社は、アフリカで貧しい人々に無料で医薬品を提供する慈善活動の裏で、このような生体実験を繰り返している。この事実は2001年に英国の作家ジョン・ルカレによって小説『ナイロビの蜂』に描かれ、2005年に映画化された。

 当然、トロバフキサシンは認可されなかったが、『ジ・イースト』の新薬は製薬会社とFDA(食品医薬品局。薬に認可を与える政府機関)の癒着のために認可され、発売が決まる。その新薬発表パーティにジ・イーストは紛れ込み、経営者とFDA役員にその新薬を飲ませようとする。計画を知ったサラがヒラー・ブロッドの上司に報告すると、「放っておけ」と言われる。

「その製薬会社はわが社のクライアントではないから、彼らを救う義務はない」

 むしろ、これが惨事になれば、エコ・テロリズムを恐れた大企業が、さらにヒラー・ブロッドの顧客になるだろう。実際、その通りになる。

 サラは、ジ・イーストの一員として彼らと生活を共にするうちに、彼らの思想に共感し、自分の仕事に幻滅する。そればかりかサラは、ジ・イーストのカリスマ的リーダー、ベンジー(アレクサンダー・スカルスガルト)に女性として惹かれてしまう。しかし、動機が正義とはいえテロはテロである。『ジ・イースト』はその悲惨な結果も見せて、観客をサラと同じ板挟みに追い込む。

 最終的にサラが選んだ行動は、先述した2012年2月のストラトフォー社メール漏洩事件を思わせる。あのデータはジェレミー・ハモンドという1985年生まれのハッカーがストラトフォーのシステムに侵入して盗みだしたものだ。

 ハモンドのように、政府や企業の横暴と闘うためにハッキングする活動家(アクティヴィスト)たちをハックティヴィストと呼ぶ。ハモンドは、世界的なハックティヴィスト・ネットワーク「アノニマス(匿名)」の一員だった。アノニマスは、1605年に英国議事堂を爆破しようとして逮捕された反逆者ガイ・フォークスの仮面で知られている。ジ・イーストのメンバーがつける不気味な仮面はそれにヒントを得たのだろう。

 ハモンドは2011年12月24日には、ストラトフォーのコンピュータから盗んだクライアントのクレジットカードのデータから赤十字などの慈善団体に70万ドルも寄付した。なんと素敵なサンタクロース! と、FBIは思わなかった。2012年3月にハモンドは逮捕され、2013年11月になんと懲役10年の判決が下された。見せしめとはいえ重すぎる。

アメリカの司法と政府のハックティヴィストやエコ・テロリストに対する締め付けや処罰は年々厳しさを増している。2013年1月にはハックティヴィストのアーロン・シュワルツが懲役35年、罰金100万ドルという重すぎる判決を苦に自殺した。また、2013年末、FBIは、冒頭に挙げたカイロン爆破犯人のダニエル・アンドレアス・サンディエゴを凶悪なテロリストのリストに入れた。まだ誰一人として傷つけてさえいないのに!

 このようにしてアメリカ政府が大企業の利益を守るのは、資本主義において企業の利益は国家の利益だからである。このような政府と企業の融合を「コーポラティズム」と呼ぶ。ストラトフォーは世界の地政学的予測を企業に売るだけでなく、アメリカ政府機関にも売っている。同じように財界の資金で運営されるヘリテージ財団などのシンクタンクが、アメリカの経済を守るための軍事も含めた国際戦略を立案し、政治家に提供している。企業と政治はドロドロと一体化し、アメリカは国家というより、ひとつの企業体と化している。これを揶揄して「コーポレイト・アメリカ」と呼ぶ。

 昔、『ローラーボール』(75年)という映画があった。そこで描かれる未来の地球では、巨大化した企業が国家を呑み込んでいる。自由市場競争の結果、勝ち抜いた企業は他の企業を吸収してさらに巨大化して、国家そのものになる。それが資本主義の行き着く先であり、結果として共産主義とまったく変わらない。国が一丸となって経済を推し進める中国が成功しているのも不思議ではない。

 こんな弱肉強食の世界で我々はどう生きるべきか。まず、自分が、巨大化しすぎた資本主義システムの囚人であると気づくため、サラの言う通り、日々の食事から見直してみるべきかもしれない。