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2014-06-04 『グランド・ブダペスト・ホテル』とツヴァイク

6月6日発売の季刊KOTOBA7月号(集英社)にウェス・アンダーソン監督の『グランド・ブダペスト・ホテル』とシュテファン・ツヴァイクについて書きました。

グランド・ブダペスト・ホテル』を観ている感覚は、まるで飛び出す絵本を読んでいるようだ。可愛くて楽しくて軽くておかしい。

 でも、このピンクのドタバタの裏には闇がある。

 このズブロフカ共和国はファシストの手に落ちて消滅してしまう。陽気なグスタヴにも最後に唐突な悲劇が訪れる。そして最後にこんな字幕が出る。

シュテファン・ツヴァイクの著作にインスパイアされた」

 1969年テキサス生まれのアンダーソン監督はツヴァイクを知らなかった。アメリカでは絶版になって長かったからだ。数年前、アンダーソンはパリの古本屋でツヴァイクの小説『心の焦燥』(39年)を偶然手に取った。

『心の焦燥』は第一次大戦で戦功を上げた士官の告白。戦前、彼はウィーンの伯爵の一人娘と恋に落ちるが、娘は脚に重い障害を持ち、さらにユダヤ系だった。それが原因で士官は結婚に躊躇し、彼女は自殺してしまう……。

 アンダーソンは最初、『心の焦燥』を映画化しようと考えた。だが、もっと心惹かれるものがあった。ツヴァイクの自伝『昨日の世界』(42年)である。

「じゃあ、両方やってみようと思った」アンダーソンは言う。すなわち、ツヴァイクの小説の世界にツヴァイクの自伝的要素を盛り込んだオリジナルの物語を作ろうと。

まず、映画は現在から始まり、少女が愛読する「グランド・ブダペスト・ホテル」という本の著者が1960年代にそのホテルを訪れてオーナーから1930年代の話を聞く、という入れ子構造になっているが、これはツヴァイクが好んで使った手法だ。

 主人公のグスタヴが世界中から訪れる御夫人方のお相手をするのは、ツヴァイクの『燃える秘密』(13年)という小説の主人公の少年の母親を籠絡する伯爵などのキャラクターが原型かもしれない。また、グスタヴにはメロドラマ小説で世界中の女性読者を喜ばせて来たツヴァイク自身も重ねられているだろう。

 ウェス・アンダーソンによると、舞台となるグランド・ブダペスト・ホテルは、『郵便局の娘(邦訳題『変身の魅惑』)』(ツヴァイクの死後出版)に登場するホテルにヒントを得たという。『変身の魅惑』のヒロインは、オーストリアの田舎町の郵便局で働きながら、独身のまま30歳を迎えようとしていた。その彼女が、伯母が滞在するスイスの高級ホテルに招かれる。そこで彼女は伯母によって良家の令嬢のように変身し、夢のような時を過ごす。しかし、それはまさに儚い夢だった……。

 グランド・ブダペスト・ホテルという名前はもちろん、ハンガリーの首都からとっている。そして、消えてしまうズブロフカ共和国は、ツヴァイクの故郷オーストリア=ハンガリー帝国を象徴している。

 同国は当時、ゲルマン、マジャール、スラヴ、ラテンなど10以上の民族を内包する多民族国家だった。さらにユダヤ人に対する差別が撤廃されていたので、ヨーロッパ各国からユダヤ系が集まり、首都ウィーンは現在のニューヨークのような「世界都市」になり、様々な文化が花開いた。いわゆる世紀末ウィーンである。

 絵画ではクリムトエゴン・シーレ、オスカー・ココシュカ、音楽ではシュトラウスブラームスブルックナーマーラーシェーンベルク、文学ではシュニッツラー、カフカ、精神分析のフロイト、哲学のウィトゲンシュタインなどが活躍した当時のウィーンで、ツヴァイクは裕福なユダヤ人家庭に育った。

 ツヴァイクは『昨日の世界』で、2千年もの間、迫害されてきたユダヤ人がようやくウィーンに安息の地を得たと書いている。ユダヤ人は議会に議員も送り出し、貴族の地位を得る者もいた。

「この都市の市民の一人一人が、超国民的なもの、コスモポリタンなもの、世界市民へと育てあげられていった」とツヴァイクは『昨日の世界』に書いている。

 民族や宗教、国家を克服した、差別や戦争のない世界に向けて、ウィーンは最先端を走っているように見えた。しかし1924年、皇帝の後継者フランツ・フェルディナント大公が帝国内のサラエヴォでセルビア民族主義者に暗殺され、第一次世界大戦が勃発した。

 ツヴァイクは戦争に対して「良心的傍観者」であろうとしたが、友人たちは次々に愛国者に変貌していった。ひ弱な詩人リルケまでが軍服を着たのを見て、ツヴァイクは戦慄する。

 第一次世界大戦は人類が初めて体験した近代兵器による国民総力戦で、史上最大の犠牲者を出して終わった。オーストリア=ハンガリー帝国はバラバラになった。

「われわれは信じた」ツヴァイクは書く。「この戦争をもって戦争というもの一般が永久に終わったのであり、われわれの世界を荒廃に帰する野獣は馴致されたか、あるいは全く殺されたのだ、と」

 それはジャン・ルノワールの言葉を借りれば、「大いなる幻影」だったが、戦後のツヴァイクはもう二度と戦争が起こらないよう、いわば世界大使として尽力した。彼の著作はあらゆる国で読まれ、彼はスター作家として世界中を旅した。ムッソリーニですらツヴァイクの愛読者で、彼の頼みで政治犯を釈放した。

グランド・ブダペスト・ホテル』では「クロスト・キーズ協会」というコンシェルジェたちの超国家的な秘密結社がグスタヴを助けるが、ツヴァイクもフランスのロマン・ロランやドイツのアインシュタイン、ソ連のゴーリキーなどと親交を深め、戦争や国家主義に反対する文化人の国際的ネットワークを築こうとした。

 しかし1933年、ドイツでヒットラーが政権を握り、38年に不況にあえぐオーストリアを併合した。仕事がなく将来に希望が持てない若者たちの鬱憤をユダヤ人に向けさせ、民族主義でまとめていった。

 当時ロンドンにいたツヴァイクの祖国オーストリア=ハンガリー帝国は消滅した。

 ツヴァイクが消えつつあると信じていた反ユダヤ主義が再燃し、ツヴァイクの本は禁書となり、焚書された。ユダヤ人の人権は奪われ、ホロコーストが始まる。ツヴァイクはユダヤ人としてではなく「ヨーロッパ人」として生きようとしたが、その理想は消えた。その思いを綴った『昨日の世界』を亡命先のブラジルで書いたツヴァイクは、1942年2月22日に妻と共に服毒自殺した。

 同じくナチからの亡命者だったトーマス・マンハンナ・アーレントツヴァイクの弱さを批判した。彼は国境も民族もない夢の国に殉じた。だからアンダーソンはグランド・ブダペスト・ホテルを砂糖菓子のような夢の城として描いたのだろう。

(全文はKOTOBA7月号でご覧ください)

kotoba (コトバ) 2014年 07月号 [雑誌]

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