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映画評論家町山智浩アメリカ日記


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ロフトプラスワンでタランティーノと公開飲み会(無修正)

2005-09-09 ディープスロートの男

TomoMachi2005-09-09

サンダンス映画祭が開かれるユタ州パークシティに行って、

そこに住むハリー・リームスの自宅を訪ねてきた。

ハリー・リームスはハードコア・ポルノ解禁のきっかけを作った『ディープスロート』の主演男優で、

東映で山本晋也監督の『生贄の女たち』という映画にも出ている。

今年の秋に日本で公開されるドキュメンタリー映画『インサイド・ディープスロート』の取材だ。

リームスは80年代にポルノが嫌になってクスリと酒に溺れ、体がボロボロになって死ぬ寸前だったが、パークシティで救われて何年もかかってアルコールを抜き、キリスト教徒として再誕し、

アル中更生施設で働く女性と結婚し、今は不動産業で成功し、

1億円の豪邸に住んでいる。


インタビューを終えるとすぐにソルトレイク空港からラスヴェガスに飛んで、

そこからカナダのトロント映画祭に向けて夜間飛行。

2005-02-14 ディープスロートの奥深く

TomoMachi2005-02-14

ドキュメンタリー映画『インサイド・ディープスロート』を観る。


ハードコア・ポルノ映画の突破口になった『ディープストロート』(72年)をめぐる騒動を、

関係者へのインタビューを中心にまとめたもの。

ディープスロート』は、喉の奥にクリトリスがあることを発見したヒロインが喉の奥まで迎え入れることで初めての快感を得るというコメディ。


『グリーンドア』と並んで、男女の性器やその結合が始めてスクリーンで描かれた歴史的映画(それまでのポルノはすべて擬似だった)。

ニクソン政権とFBIはポルノ解禁を阻止しようとあの手この手で上映を禁止し、関係者を逮捕しようとする。

なかでも笑うのはNY市警が『ディプスロート』を起訴した理由が、

「クリトリスを女性の一番の性感帯とすることは反社会的である」というもの。

オナニーやレズビアンを規制し、性の目的を子作りに限定する見地から

クリトリスでの快感はヴァギナ挿入の快感よりも下位で低劣なものとされていたんだと。


FBIはなぜか監督や製作者ではなく主演男優ハリー・リームズを逮捕した。

懲役五年が決まる直前にニクソンがウォーターゲートで失脚して、リームズは救われた。

しかし、パラマウント映画の『グリース』に出演する話が直前でポシャって

失意の果てにアル中になり、克服後はキリスト教に目覚め、現在は不動産屋。


ヒロインのリンダ・ラブレースはその後大統領に立候補したこともあったが、

突然フェミニストに転向して反ポルノ運動のシンボルになった。

でも、破産して50歳過ぎてエロ雑誌のモデルをやったりもしたが、

2002年に交通事故で亡くなった。


この映画、内容的には真正面からはっきりと名指しで共和党を批判しているが、

なぜかナレーションは現在共和党支持のデニス・ホッパー叔父貴だったりして。


日本で『ディープスロート』を積極的に紹介したのは淀川長治先生だったが、

そりゃ、もちろん、チンチンが思う存分見られたからだろうなあ。

2004-05-27 チャップリン フェラチオ ロリータ

TomoMachi2004-05-27

チャップリンは生涯4回結婚した。

29歳の時、16歳のミルドレッド・ハリスと最初の結婚をした。

35歳の時、16歳のリータ・グレイと二回目の結婚をした。

47歳の時、25歳のポーレット・ゴダードと三回目の結婚をしたので、ちょっと病気が治ったかと思ったら、

54歳の時、17歳のウーナ・オニールと4回目の結婚をした。

年の差、実に37歳。


アメリカでフェラチオという行為に市民権を与えたのはチャップリンだ。

二番目の妻リタとの離婚裁判で、リタは法廷で、まだ16歳の彼女に「おぞましい行為」を強要したと訴えた。

それがフェラチオだった。

ピューリタンの伝統を守るアメリカはヨーロッパ以上に保守的で、

表向きにはフェラチオなんて行為は存在しないふりをしていた。

しかし、チャップリンのおかげで初めてその存在が公になったのだ。

そして裁判では、その行為自体の違法性は認められなかった。

よかったよかった。

チャップリンがいなければ『ディープスロート』なんてなかったかもしれないのだ。


リタが初めてチャップリンと性的関係を持ったのは、結婚よりも前だったと言われている。

それはチャップリンの『キッド』に13歳の彼女が子役で出演した時らしい。

『キッド』にリタは「リリータ」という愛称でクレジットされており、

チャップリンは彼女をいつも「リリータ」と呼んでいた。


リタの裁判はアメリカ全土を揺るがす大スキャンダルになった。

幼い少女に欲望を抱く男の存在が初めて公になったからだ。

『ハリウッド・バビロン』の著者ケネス・アンガーによれば、

リリータ騒動を楽しむ人々のなかにロシア生まれの作家ナボコフもいたという。

そしてナボコフは幼い少女に狂恋する中年男を描いた小説のヒロインの名前を、リリータからとってロリータとした。

だからチャップリンがいなければロリという言葉もなかったのだ。