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TBSラジオ「たまむすび」、今回は、カンヌ映画祭グランプリ、アカデミー外国語映画賞確実の傑作『サウルの息子』について話しました。

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『サウルの息子』の監督ネメシュ・ラースローの短編『With A Little Patience(ちょっとの我慢)』。

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息子とラストについて

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サウルがあの少年を息子だと言って、必死に埋葬しようとしたのは象徴的なことです。

同僚は「サウルには息子がいないはずだ」と言いますが、

サウルにとって、あの子は救えなかった子どもたちすべての象徴なのでしょう。

監督は、『アウシュヴィッツの巻物』という本を見つけて、この映画を企画したと語っています。

それは、ゾンダーコマンドたちが死の前に遺した、アウシュヴィツの記録でした。

ナチはユダヤ人を絶滅させた後、アウシュヴィッツをはじめ、すべての証拠を隠滅して、ホロコーストの事実そのものを歴史から隠蔽するつもりでした。

だから、ゾンダーコマンドたちは密かに紙に事実を記録し、瓶に入れて、あちこちに埋めたのです。

ゾンダーコマンドたちはわずか数名を残して殺されましたが、その記録を入れた瓶は戦後、発掘され、出版され、こうして映画になりました。

ユダヤ教やキリスト教では、正しい者は未来に墓から蘇って幸福に暮らせると信じているので、遺体を焼いて消滅させると復活できなくなると嫌がります。

だからサウルは、ユダヤ人が歴史から消滅させられる瀬戸際で、一人だけでも埋葬しようと必死になったのですが、

それは、記録を残せばいつか掘り起こされ人々に伝えられると願ったゾンダーコマンドたちと同じ思いなのです。

だから、彼自身の息子というより、すべてのユダヤ人の未来を意味しているのでしょう。


最後に、サウルは地元ポーランドの少年を見て微笑みます。

それは、あの「息子」が蘇ったように見えただけでなく、

その少年がサウルたちを目撃すれば、彼が後世に伝えてくれるだろうと安心したからでもあるでしょうし、

我々、観客に向かって、「これを見てくれたよね? なら、もう二度とこんなことをしないよね」と希望を託した微笑みでもあるでしょう。

サウルの微笑と「息子」の意味について監督はアメリカの公共放送ラジオのインタビューでこう答えています。

http://www.npr.org/2015/10/07/446586530/son-of-saul-brings-viewers-to-the-heart-of-the-nazi-death-machine-at-auschwitz

NEMES: And you have to bring the message to the future. That's the idea. So the question is whether there's hope that can still exist in the midst of utter loss of humanity and death.

メッセージを未来に伝えていかねばならない。そういうことなんです。人間性が失われ、死んでいく最中でもそれでもなお希望は存在しうるのかどうか、という問いかけです。

未来と希望――それを「サウルの息子」が意味していたのです。

ユダヤ人とはそもそも難民です。

西暦135年、ローマ帝国に反乱したユダヤ王国は解体され、国を失ったユダヤ人はヨーロッパ全体に離散しました。

現在、内戦によって住む場所を失い、ヨーロッパに逃れたシリア難民と同じです。

難民排除の行きつく先はホロコーストなのです。

だから、今、すでに難民排除の声があがっている日本でも、この映画を観る意味があると思います。

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