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成り歩ごのみ

2018-02-24

先に見えるもの


曇りときどき雨。
八時に起きる。
朝餉は、カボチャとキャベツ、シメジ、モヤシ、竹輪の卵とじ、味噌汁(大根、人参、豆腐、油揚げ、エノキ)、天然酵母のトースト、きな粉入りヨーグルト、杜仲茶。食後にドーナッツ。
それに気づいた時、すぐにはピンとこなかった。僕らにとって明日を想うことは息を吸うようなものだ。どこかで、そう決めてかかっていたからだ。将来とか未来といった時間に自分が興味を持っていないらしいと今さらながらに気づいてちょっとしたショックを味わっている。いつからかそうだったのだろう。そんなことが果たしてあるのだろうか。ほんとのところはどうなのだろう。面倒くさい話しだが、自分を見詰めなおす時間が必要かもしれない。
昼餉は、味噌汁の残り、スパゲッティ・ナポリタン、杜仲茶。食後にチョコレート。
雨が降るスーパー屋上の駐車場で駐車のやり方を女房に教える。ベンツを苦手にしていた女房もすこしは馴れたよう。でもわかっている。女房は錆びてやっとこさ走っているような自分の軽自動車がとても気に入っている。
ベンツだって僕にとっては同じようなものだ。
僕らは滅び行くモノの憐れに気持ちを被せている。
夕餉は、卵とじの残り、ゴボウ入りメンチカツ、クリームシチュー、玄米ご飯、杜仲茶、清酒五勺。食後にドーナッツとチョコレート、珈琲。

2018-02-23

自分たちを映すもの


おおむね晴れ、夕方から雨。
朝三時に起きる。
片付けて、荷造りをして家を出る。
新東名をクルマで米原へ。
薄明の富士山を見つつ走る。新東名は速度制限が一部で110キロになっている。わずか十キロだが、心的には広がったように感じる。
朝餉は、足柄でパンとお茶。遠州森町と養老で休む。立ち寄るたびにパンを囓ったり、お握りを頬張ったり、お茶屋やラテを飲んだり。
一年以上も長い距離を走っていなかったクルマは、何事もなく僕らを運んでくれた。掃除して、リペアして、できるところは自分で手を加えてみようと思っている。古いモノと付き合うのは、自分との付き合いと同じかもしれない。
米原には昼前に着いた。雪はおおかた消えている。家は寒々としていたが、雨戸を開けて日射しを招き入れる。
遅い昼餉はファミレスで。女房はハンバーグステーキ、僕はペンネ・アラビアータ。野菜ジュース、エスプレッソ。
食べながら家のことを話し合う。女房は先々につながる前向きな計画を欲しがっている。張り合いが得られるような、他人様のために少しでもなるようなこと。巡り巡って己を鼓舞してくれるようなこと。

2018-02-22

少しずつ答えを


曇り、ときどき雨。
七時過ぎに起きる。
朝餉は、カボチャとキャベツ、玉葱、竹輪、かまぼこの卵とじ、味噌汁(大根、人参、エノキ、油揚げ、ジャガイモ、玉葱)、トースト、バナナミルク。食後に花林糖と珈琲。
昼餉は、カレーライスとお茶。食後に花林糖。
AppleはOS群のパブリックベータ・プログラムを更新してβ3をリリースした。
夕餉は、卵とじの残り、鯖の味噌煮、蓮根チップス、味噌汁、カレーライス、お茶。食後に花林糖。
諸事はだいたい片付いた。いちばん大きな事は次回に。
女房はお茶席の友人の家で積もる話。
自宅をどうするか、米原の家をどうするか。どちらかを選んで住むことになりそうだが。

2018-02-21

許さないワケ


曇り。冬に戻る。
七時に起きる。
朝餉は、カボチャとキャベツ、人参、エノキ、かまぼこ、竹輪の卵とじ、味噌汁の残り、トースト、アップルサイダーティ、アールグレイ。食後に珈琲。
オリンピックを浴びるように見続ける。
昼餉は、いなり寿司、あんかけ豆腐、キノコと栗のおこわ、お茶。
女房はクワイヤの練習へ。友人たちと食事も。
一人の夕餉は、卵とじの残り、挽き肉とカボチャのカレーライス。食後に花林糖とお茶。
夜の街をクルマで流す。
友と唄い、語らって、女房の顔が心なし柔らかく。
LINNのアンプのファームウェア・アップデートとともに、スピーカー・プロファイルのコンフィギュレーションが進んでいる。Revoxはいまだにアップロードされない。スイスの老舗メーカーよりはるかに若いメーカーのプロファイルでさえ用意されているのを見ると、要らぬ邪推をしたくなる。
LINNでRevoxを鳴らすなんて、そんな人間はヨーロッパにもいないというのだろうか。世界はそれほど広くはないと思うが。

2018-02-20

話し残し


晴れ。暖かな日射し。
七時に起きる。
朝餉は、キャベツの千切りとスクランブルエッグ、味噌汁の残り、トースト、バナナミルク、アールグレイ。
女房と昨日の続きを。銀行で時間がかかる。
遅い昼餉は、かき揚げと温玉肉うどん、お茶。
やり残しもあるのだが目処は立った。
夕餉は、女房の作った肉野菜炒め、味噌汁(大根、人参、豆腐、油揚げ、ジャガイモ)、玄米ご飯。食後にどら焼きと珈琲。
ソファに寄り添って、二人してこれからのことを話し合った。死んだら残された方はどうするといったようなことだが、それを話したからといってなにかが変わるわけではない。女房はだが気に病みがちだ。義母が亡くなってから過ぎ去ったことをあれこれ思い起しては悔いている。両親を亡くしたら僕がどうなってしまうかと、そんなことまで心配している。
それは心配していないことと同じだと思うが、それは言わなかった。
夜半を過ぎて話し疲れて寝た。

2018-02-19

心象の音


晴れのち曇り。
七時に起きる。
朝餉は、キャベツと人参、竹輪の卵とじ、味噌汁の残り、ライ麦パンのトースト、バナナミルク、珈琲。
馬鹿みたいにあっけらかんとした青空が広がっている。米原の陰影に富んだ空は見慣れてしまうと鬱陶しいが、あれはあれでいいものだと離れてから思う。
女房と諸事をこなす。郵便局、市役所、銀行へ。それぞれの場所で、相応しい時間を使う。
昼餉はモスバーガーで。チーズバーガーとフレンチフライ、ジンジャエール。
ドーナッツ屋で休憩を挟みつつ、諸事の続きを。中身のすかすかなハニーディップやらオールドファッションドを囓り、煮詰まったような珈琲を飲みつつ、それでも僕らはどこかで救われている。混じり気のない日射しが、手元のコーヒーカップや食べかけのドーナッツを照らす。
夕餉は、切り干し大根煮、味噌汁(大根、人参、ワカメ、豆腐)、野菜卵丼。食後にチョコレートとアールグレイ。
ボボ・ステンソンのトリオアルバム『Contra la Indecision』。ECMレーベルにおける白眉かもしれない。演奏も録音も。ステンソンもマンフレート・アイヒャーもずっとこうした音を求め続けてきたのだと。一つ事を追ってきた人に特有の枯淡に満ちている。北欧の音はどこか冬枯れているのだが、それが貧相にならないのは不思議なことだ。
ちょっとした言葉が残っている。一人のお年寄りが妙齢の女の子に言った。
後悔せんようにせなあかんで。ほんまやで。
傍らで聞いていたもう一人のお年寄りが言った。
後悔のない人生なんて、ないのとちゃいますか。
二人はそのまま黙り込んだ。運転席で僕は息を吐く。巨大な煙突から白煙がまっすぐに昇っている。
ECMの音がなぜかその会話を思い出させる。

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2018-02-18

無口になる会話


晴れ。風が吹く。
八時に起きる。三時間ほどの睡眠。
朝餉は、菓子パン、食パン、トマトスープ、珈琲。
JAFを呼ぶ。バッテリーのあがったクルマに充電してもらう。完全放電だったのでちょっと不安だったのだが、二時間ほど運転してさらに充電。洗車して給油も。カブリオレのバッテリーは幌の開閉も担う大容量だが、さすがにこの冬は持ち堪えられなかった。一カ月以上乗らないのならバッテリーケーブルを外した方がいいと言われる。的確なアドバイス。そんなことにも僕は頭が回っていなかった。今は回っているのか、と問われてなんと答えよう。
昼餉は、コンビニのパンと珈琲。
そのあと買い物、不動産屋と回る。
夕餉は、ポテトサラダ、豚バラの野菜炒め、味噌汁(大根、人参、エノキ、油揚げ、豆腐)、赤飯のお握り。食後に珈琲とチョコレート。
米原で女房の軽自動車を乗りまわしているうち、ベンツのハンドリングをすっかり忘れていた。挙動から伝わってくる精密な機械の確かな動き。日本のメーカーがどう転んでも真似のできない節度あるマナーが駆動部のすべての入力から必要にして十分に伝わる。ははあ、こういうことだったか。ベンツを運転していると思考が広がる。気持ちが良いので、無口になる。クルマとの会話に忙しくなるのだ。
レシプロエンジンの時代が終わりを告げようとしている。いつかは追いつけるだろうかと思っていたのに、どうやら無理らしい。
夏に代えたタイヤのおかげでロードノイズがまったく聞こえない。ずいぶん上品な乗り心地になっている。逆の見方に気づかされる。部品の状態が手に取るようにわかる。かっちり組み上げることで、すべての機関を五感で感じ取れる。その機能をほかの機能で補うのではなく、ある機能はその機能に語らせる。コンピューティングによってセッティングはずいぶん変貌してしまった。今やエグゾーストノイズもドアの開閉音も作曲(?)される。そこまでやるのは、ドライビングを五感の律動に結びつけると愉しいからだが、そこまでやってしまうと逆にスポイルされてしまう六感があることをエンジニアはなぜ気づかないのだろう。
機能は、それのみによって語らせよだと思う。

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2018-02-17

自宅へ


雨のち晴れ。
六時過ぎに起きる。
朝餉は、カボチャとキャベツ、シメジ、魚ソーセージの卵とじ、味噌汁の残り、トースト、きな粉入りヨーグルト。
雨戸を閉め、支度をして自宅へ。昼の長距離バスに名古屋駅前から乗る。
JRバスは二階建てで三列シートと眺めは良さそうなのだが、実際には前後のシート間隔が狭いうえに天井が低かった。女房も僕も静岡を過ぎたあたりから閉塞感に苛まれて絶叫しそうになる。我慢したが。
昼餉は、遠州森町PAでハムレタスサンドとお茶。
富士山がくっきりと青空に浮かぶ。東名の出口手前で渋滞に遭う。東京駅に着いたのは六時過ぎだった。丸ノ内線に乗り換えて家路につく。
夕餉は、駅前の店で中華丼と餃子の定食。
郵便受けがチラシで満杯になっていたが、家の様子は変わらず。敷地のプールの修理が終わったらしく水を湛えていた。
録り溜めたテレビ番組を観ながら、ソファに二人して身を寄せ合っていた。女房はそのまま寝入り、僕は明け方近くまで所ジョージさんの『世田谷ベース』を延々と再生しては消去する。頭がぼーっとして半ば眠っていると女房が起き出して、それから二人して寝室へ。
長距離バスの旅は肉体的というよりも精神的ダメージが大きくなりつつある。やがて、肉体的にも適応できない日が来るのだろうが、今はまだなんとかなっている。
こちらの夜風は滋賀より冷たく感じる。関東平野の大きさが容赦ない風となって身を切る。

2018-02-16

試されるように


晴れのち曇り。
六時に起きる。
朝餉は、カボチャとキャベツ、シメジ、ハム、薩摩揚げの卵とじ、味噌汁の残り、トースト、バナナミルク、杜仲茶。
出社して仕事。
薄日が春の予感を湛えている。西南西の微風。
昼餉は、卵とじうどん、チョコレート、杜仲茶。
若者の人生相談に乗って、でも言うべきことは昔から変わらない。年を取ったって分からないことは分からないし、いやいやそれどころか悩むことは増えた。セコイし、下らないことにこだわるし、それに偏狭だ。年寄りとは、柔軟性を欠いた肉体と頭脳の総称でもある。
真っ正面から悩むのはそれだけ体力が要る。若者こそ相応しいのかもしれない。これだけは言える。正面から悩むことは誰にでもできることではない。酒を喰らったりして、多くは逃げる。後回しにする。辛いとは思うが、悩むことを悩むことはない。眠れない夜を厭うことなかれ。そんなことを訥々と。
夕餉は、卵とじの残り、女房の作った豚肉の野菜炒め、味噌汁(大根、人参、シメジ、豆腐、長葱)、白米ご飯、杜仲茶。

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2018-02-15

中継からこぼれてしまうもの


曇り。
六時に起きる。
朝餉は、カボチャとキャベツ、シメジ、ハム、薩摩揚げの卵とじ、切り干し大根煮、味噌汁の残り、トースト、バナナミルク、杜仲茶。
女房の出勤日でお弁当を。
僕は一足先に家を出る。
社内のお嬢さんたちからバレンタインのチョコレートをいただく。
昼餉は、お弁当おかずの残り、玄米ご飯。
冬期オリンピックを観ていて思う。ワールドカップとは違う世界がそこにはある。才能豊かな人だけが技や時間を競っているわけではない。国の代表として最後までやり遂げることが目標という人々もたくさん出ている。諦めず、恥じることなく、なし得ることの最善を求めて参加している。その国に雪は降るのか。彼らを見ていると、そんなことさえ思う。
夕餉は、鯖の味噌煮、卵とじの残り、椎茸の揚げ物、味噌汁(大根、人参、油揚げ、豆腐、葱)、玄米ご飯、杜仲茶。
下位の選手たちをじっくり見てみたい。どれほど劣っていようとも誇り高く闘うことができる人々。そこに集い、そこで闘うことの意義を体現できる人々。互いにそういう人間であることを認め合える場。
上位の選手を見ていても決して伝わってこない価値の在処。それがオリンピックなのだと思う。

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2018-02-14

懐の深さ


晴れ。
七時に起きる。
朝餉は、卵とじと味噌汁の残り、フレンチトースト、バナナミルク、杜仲茶。食後にチョコレート。
昼前にクルマで女房と東近江へ。
昼餉はマクドナルドでチーズバーガーとフレンチフライ、珈琲。
五個荘の商人屋敷に伝わるひな人形めぐりが行われている。三方良しの近江商人といえば近江八幡と五個荘らしい。街並みも素晴らしいのだが、家の構えが大きくてゆったりしている。大伽藍の寺が、往時の商人の威勢を伝えている。その良さを知るには、時間をかけなければと痛感しつつ帰ってきた。
夕餉は、コロッケ、切り干し大根煮、豚肉の生姜焼き、味噌汁(大根、人参、油揚げ、豆腐、葱)、納豆、玄米ご飯、杜仲茶。

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2018-02-13

片付け


晴れのちときどき曇り。予報の雪は降らず。
六時に起きる。
朝餉は、キャベツとジャガイモ、シメジ、玉葱、竹輪、ハムの卵とじ、味噌汁(大根、人参、ネギ、油揚げ、豆腐)、トースト、バナナミルク、杜仲茶。
出社して仕事を。
不吉な色の雲が足早に通り過ぎて行くのに、日射しが遮られることはほとんどなかった。
昼餉は、トーストの残り、菓子パン、ココア、クラッカーのクリームチーズ乗せ、カップ麺とサバ缶。
義母の月命日。女房は仏間で正信偈を唱えていた。
仏間の床の間にしつらえた祭壇を片付ける。義兄から借りた掛け軸も下ろした。遺骨は仏壇へ。いつまで飾っておく気だったんや。遺影の義母があきれている。
夕方、女房が会社まで来てくれて、クルマで南彦根へ。夕餉は、温玉肉うどん、ドーナッツ。チョコレートを選べというので、ベルギーのとシャンパン入りを買ってもらう。明日はそういう日なのだった。
萎えるような寒風が止まず。
九時のNHKニュースでもっとも時間を割いたのは、マクドナルドの業績と注目のメニューだった。三分以上やっていたと思う。この国にとってそれがどんな価値を持っているのかなんて知りたくもないが、わかりきったグラフをクソ丁寧に説明する彼らだって、その真意を測りかねているんじゃないだろうか。それが誰の意思にせよ、ジャーナリズムとしての務めを果たしているのか自問したほうがいいと思う。
仏間が普段に戻って、そこに縁側から薄日が射している。梅の花が咲くのはもうじきだ。

2018-02-12

そば屋の出前


曇りのち雪。
六時に起きる。
朝餉は、ジャガイモとキャベツ、椎茸、玉葱、竹輪、ハムの卵とじ、味噌汁(大根、人参、葱、豆腐、油揚げ)、トースト、バナナミルク、杜仲茶。
女房の出勤日でお弁当を。
一足先に家を出て会社へ。連休で彦根の街は眠っているようだが、空だけはフル稼働している。雲間から日射しがこぼれたかと思えば粉雪が舞う。金沢行きの特急はすべて運休している。レールのはるか先には真っ白い世界が口を開けている。そこへ突っ込んでいく勇気など誰も持ち合わせていないようだが、誰もが米原発敦賀行きに乗り換えて向かう。勇気とか向こう見ずとか、そういうことではもちろんない。乗らざるを得ないだけだ。すべての人生がそうであるように。
昼餉は、彦根のパン屋で求めた菓子パン、お弁当おかずの残り、ココア、杜仲茶。
降る降ると言われ続けてまったく降っていない。それがこの先の保証になっているわけではない。スマホのYahoo!天気によれば、この地は朝から降り続けている。この先も降り続けるという。現実はまったく違う。ピンポイントがウリの最新の予報システムが現実を受け入れる日はいつなのだろう。
夕餉は、卵とじの残り、卯の花煮、味噌汁の残り、女房の作った豆腐キーマカレー、杜仲茶。食後に和菓子。
ドラマ『Damnation』がどこへ向かおうとしているのか最初の三話くらいを観てもわからない。異母兄弟の近親憎悪かと最初は思ったが、それほど単純でもないらしい。

2018-02-11

妖精と狂気


曇りときどき雨。
六時に起きる。
朝餉は、ジャガイモ、キャベツ、椎茸、ネギ、薩摩揚げ、ハムの卵とじ、味噌汁(大根、人参、葱、ジャガイモ、油揚げ、エノキ)、トースト、バナナミルク、杜仲茶。
会社へ。日曜というだけなのに、ゆったりした空気が流れている。お年寄りもどこか違う。
昼餉は、クリームシチューの残り、ホットケーキ、林檎、杜仲茶。
女房は山東町の盆梅展へ。会場でお琴を披露した姪っ子を観に。
僕はNHKの将棋と囲碁のトーナメントを。芝野虎丸七段が負けてしまった。
夕餉は、卵とじの残り、卯の花煮、味噌汁の残り、おでん鍋、玄米ご飯、清酒五勺、杜仲茶。食後にクッキーとチョコレート。
OARで女子フィギュアに出ているアリーナ・ザギトワが妖精のようだ。十五歳とは思えない風貌と、基礎のクラシック・バレエを身に着けた演技が華麗だ。ロシアの女の子がバレエ曲にのって舞うと他を寄せつけない凄みのようなものが漂う。
ロシア人の奥底のさらに深い底には狂気が潜んでいる。白くて凍てついた大地に縛られ続ける冬の向こうに、それは隠れ潜んでいる。男はウォツカに逃げるが、女は向き合って狂気を育む。それがバレエを舞うと解き放たれていく。華麗であるほど、その狂気は鮮やかな色をまとっている。ザギトワの深紅のドレスのように。見事というほかはない。妖精は、狂気の正体をまだ知らないかのように弄び、爛漫でさえある。

2018-02-10

文学の支柱


曇りのち雨。春の雨。
六時に起きる。
朝餉は、卯の花煮、キャベツとシメジ、サツマイモ、小松菜、薩摩揚げの卵とじ、味噌汁(大根、人参、油揚げ、豆腐、エノキ、小松菜)、トースト、きな粉入りヨーグルト、杜仲茶。
女房の出勤日でお弁当を。
映画を観る。ジュリアス・オナー監督『クローバーフィールド・パラドックス』、マット・リーヴス監督『クローバーフィールド/HAKAISHA』。シリーズ物と思いがちだが、三作目にあたる『パラドックス』の最後の最後にそれなりの関連性を示唆して終わる。
三作目が劇場公開とならなかったのは、それなりのわけがあった。そして、観ればわけはわかろうというものだ。
連続ドラマは、トニー・トースト原作の『ダムネーション(Damnation)』。これは二十世紀初頭の米国の物語だが、骨格がしっかりしていて見応えがある。
昼餉は、トーストの残り、お弁当おかずの残り、肉ジャガの残り。
バーボンを求める。『Bulleit Burbon』はスモールバッチ・バーボンの今の流れを作ったと言われているらしいが、香りはとてもいい。味は甘辛いような中立地帯がボディにあって、それが僕の体調によるものなのかこの酒の本来の味わいなのかわからない。
これでもかと降りつづく中、女房を迎えに行く。
夕餉は、卯の花煮、卵とじの残り、クリームシチュー、味噌汁の残り、玄米ご飯、杜仲茶。食後にチョコレート、ケーキ、ミカン。
石牟礼道子さんが亡くなられた。日本の文学に彼女が打ち込んだ楔はほかの誰よりも深部まで刺さり、その切っ先から流れ出ている血は今も枯れることがない。業の痛みは、冒す者にとっても冒される者にとっても分かちがたく襲いかかる。その意味では被害者も加害者もない。それでもなお、こうまで哀しいのは生そのものが決して謳歌できるものではないからだ。喰うものは喰われ、どこまでいってもその連鎖の中で活ける者は悶え苦しむ。生きることは悶え苦しむことだ。
石牟礼さんは、そんな身も蓋もないことは思われなかったと思うが、僕が彼女の文学から掬い取ったのはそんなことどもだった。

2018-02-09

期間はひとつき


晴れ。
六時に起きる。
朝餉は、カボチャ、キャベツ、小松菜、エリンギ、ニンジン、ハム、竹輪の卵とじ、味噌汁(大根、人参、サツマイモ、油揚げ、とうふ、エノキ)、トースト、バナナミルク、杜仲茶。食後にクッキー。
出社して仕事。
昼前に帰宅して、女房とクルマで長浜へ。慶雲館の盆梅展を観る。館内が梅の香りに包まれており、それはそれは香しい。白梅の楚々とした佇まい。紅梅が好ましいと思っていた若い頃から僕のなにが変わったのだろう。岳父の庭の古木の梅もいつのまにか蕾が枝の先に揺れている。去年は十四日にほころびはじめた。昨年秋、適当に剪定しておいたおかげでもなかろうが、蕾の数が心なし多く見えたり見えなかったり。
昼餉は、カフェでおにぎりプレートと珈琲。大きなスクリーンでウィリアム・ワイラー監督の『ローマの休日』を上映しており、食べながら見入る。最後の謁見のシーンで胸が熱くなる。思っているよりグレゴリー・ペックがはるかに中年然としていたことに気づく。オードリー・ヘップバーンはその逆で、まさにほころびはじめた白梅のよう。
僕はそのまま彦根まで送ってもらい会社へ。
夕餉は、肉ジャガ、高野豆腐、卯の花煮、卵とじの残り、小豆入り玄米ご飯、即席味噌汁、杜仲茶。食後に五個荘の叔父夫婦が作った干し柿(絶品だ)、クッキー。
彦根も米原も雪はあらかた消えるも、二月ははじまったばかりだ。
AppleはmacOSのパブリックベータ・プログラムHigh Sierra10.13.4のβ2をリリースした。
慶雲館では身の丈を超える梅の木の鉢植えをこの時期に公開している。樹齢三百五十年なんていうのも中にはあって、さすがに鉢植えの姿が見られるのは今年が最後だという。

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2018-02-08

豪雪


雪のち晴れ、夕方に吹雪く。
六時に起きる。
朝餉は、ポテトサラダ、切り干し大根煮、キャベツと白菜、エリンギ、ニンジン、小松菜、パプリカ、ハム、竹輪の卵とじ、味噌汁(大根、ニンジン、サツマイモ、油揚げ、エノキ)、トースト、バナナミルク、杜仲茶。
湖西線は長浜止まりになり、その先へ向かう列車は運休している。
彦根はまったく積もっていない。
昼餉は、ポテトサラダ、切り干し大根煮、味噌汁の残り、スパゲッティ・ナポリタン、杜仲茶。食後に小豆最中。
女房の運転で彦根の本屋へ。店内は暖房が入っていない。あれでは本も風邪を引く。吹雪き始めた中を会社まで送ってもらう。
AppleはiOSのパブリックベータをバージョンアップして11.3のβ2をリリースした。設定でバッテリーの状態を確認できる機能が追加されているものの、それが役立つという印象はない。
夕餉は、女房の肉ジャガ、卵とじの残り、炒飯、清酒、杜仲茶。食後に和菓子。
大雪で救出を待つ国道八号線では運送中のパンをまわりに振る舞うトラックもあるという。家のすぐ先を走っている八号線のずっと先でそういう事態が待っている。

2018-02-07

雪見風呂


晴れのち雪。
七時過ぎに起きる。
女房は事務所の健康診断に。帰ってから朝食。
朝餉は、卵とじの残り、味噌汁(大根、人参、油揚げ、豆腐、シメジ、ネギ)、トースト、バナナミルク、杜仲茶。
予報では夜半から降っているはずなのに、昼前まで空は明るい。
女房とあねがわ温泉へ。一年ぶりくらいか。湯疲れして横になっていると雪が激しくなった。
遅い昼餉は、マクドナルドで珈琲と三角チョコパイ、それに新しくなったというラテ、家から持って来たレーズン・ロールパン。ラテはさる高名なバリスタの監修という。触れ込むだけのことはある。
家に帰ったのは夕方で、雪はほとんど降っていなかった。長浜の余呉から北は北陸と同じ大雪になっている。湖西線は長浜駅どまりらしい。
二人して手分けした夕餉は、ポテトサラダ、切り干し大根煮、キュウリと竹輪の酢の物、味噌汁の残り、鯖のトマトカレー、杜仲茶。食後に小豆最中。
例年よりずいぶん寒いし雪もそれなりという。ありがたいことに僕はずいぶん鈍感になったようだ。仕事のおかげかと思う。
女房は肩の凝りと痺れが少しよくなったというが、夜にはもう顔を歪めている。本人は走る気になっているが、いかんせん窓の外はまだ真っ白だ。義母が死んでから僕もまったく走っていない。

2018-02-06

そういうこともある


晴れ。
六時に起きる。
朝餉は、白菜、キャベツ、エリンギ、人参、カボチャ、ハム、薩摩揚げの卵とじ、味噌汁の残り、レーズン入りロールパン、バナナミルク、杜仲茶。
出社。昼になっても気温が上がらず。氷が溶けない。
一方で咳がとれた。
昼餉は、卵とじをベースに女房が作った親子丼、味噌汁(大根、人参、カボチャ、麩、油揚げ、豆腐)、杜仲茶。
北陸の大雪の猛威が湖西線へ降りてくる来る電車のダイヤグラムに見てとれる。ただ事ではない。
女房と彦根へ。ウォッシャー液や灯油を求める。クルマにウォッシャー液を足してからマクドナルドで珈琲を飲んだ。ずっと日射しがあるのに、気温は零度近い。会社に送ってもらう。
夕餉は、豚ロースの生姜焼き、女房の作ったトマトと鯖のカレー、味噌汁の残り、杜仲茶。
誰かが殺してやると言いながら殴りかかってくる。咄嗟のことで、体を返し暴漢の躰を押しやると彼はそのまま宙に躍り出た。そして一気に堕ちていく。僕が座っていたのは数百メートルはあろうかという絶壁の際で、暴漢は真っ逆さまに堕ちて地面に叩きつけられた。躰がグニャッと波打って、次の瞬間に絶壁が動いて彼を飲み込んでいった。絶壁だと思っていたのは巨大なクルマかなにかで、僕はその最前列に乗っている。すぐに思ったのは、暴漢がこれからずっと僕をつけ狙うに違いないということだった。どんな非があるのかわからない。理不尽はことになってしまった。さまざまなことを考えるうち、目が覚めた。

2018-02-05

ならわし


雪のち曇り。晴れ間。
六時に起きる。
朝餉は、キャベツと白菜、ジャガイモ、ネギ、シメジ、人参、ハム、薩摩揚げの卵とじ、クリームシチュー、オールドファッションとフレンチクルーラー、バナナミルク、杜仲茶。
彦根もこちらと同じくらいの降雪。道は昼頃に顔を出した。
昼餉は、卵とじの残り、お花足を入れた味噌汁、杜仲茶。仏壇に供える小さな餅を花足と呼ぶことも知らずにきた。五十個を注文しておいて、それを等分にして仏壇の左右に盛る。法事が終わったら、それを出席した家で分けるのだ。焼いて味噌汁に入れてちょっと煮る。お雑煮として食すのだが、この餅がのびてなかなか旨い。
しきたりはいつか廃れる。こうしているあいだにも廃れていく。だから詰まらぬと捨て去るのは簡単だが、世の常識はすべてしきたりである。自分に都合のいいところだけ大事にして、他は知らぬ存ぜぬを決め込んで生きる。しきたりはその程度の物事でしかないが、かならず廃れるものだ。それに加担して生きることもあるまいと思ったりもする。
夕餉は、焼売、味噌汁の残り、かき揚げをのせたうどん、清酒、杜仲茶。

2018-02-04

神隠し


晴れのち雪。
六時に起きる。
朝餉は、キャベツと白菜、ネギ、ジャガイモ、カボチャ、シメジ、ハム、薩摩揚げの卵とじ、味噌汁の残り、菓子パン、バナナミルク、杜仲茶。
女房も出勤。僕は一足先に家を出る。
昼前から寒風が吹き始める。今冬いちばんの寒気だと予報士が言っているものの日中は日射しがあった。
昼餉は、キャベツたっぷりの味噌ラーメン、お菓子、杜仲茶。
降るぞ降るぞと身構えていたのだが、一向に。
誰もが雪はもう勘弁だと言う。僕も笑って首を縦に振る。だが、実は違うのだ。どこかで願っている。絞られて筋肉がギシギシと音をたてるような、そんな雪よ、と。
夕餉は、卵とじの残り、クリームシチュー、玄米ご飯、杜仲茶。食後にお菓子とドーナッツ。
昨日から顕著になっている現象がある。さっきまでそこにあったモノが、気づくと消えている。女房の物忘れとか、僕の勘違いとか。当初はそんなものだと思っていた。死にきれなったネズミかもしれないとも。
それにしても摩訶不思議なことが立て続けに起きて、冗談半分に言ったのは、義母がいたずらをしているんじゃないかと。それならそれで、そうあってくれよと僕らは思った。そこに居るのなら、義母よどこかにモノを消し去ってくれてかまわないと。
今さっきまで使っていた女房の印鑑が見当たらない。女房が間に合わせで作ってくれた法事のYシャツ用のフレンチカフが、そこの棚から消え失せている。そんなことがこれからも続くのだとしたら、それでもいいと僕らは逆に期待しはじめている。
夜も深くなってから降る。

2018-02-03

切ない話


曇りときどき雨。
六時に起きる。
朝餉は、キャベツ、ニンジン、サツマイモ、シメジ、ネギ、ハム、竹輪の卵とじ、味噌汁の残り、トースト、バナナミルク、杜仲茶。
義母の四十九日の法要。五個荘や名古屋、長浜、野洲から親戚が集まった。昼前に御縁さんがいらっしゃる。
昼過ぎに終わって、マイクロバスで料理屋へ。握り寿司のコース料理を食しながら歓談。
家に戻ってひと息入れ、お開きは夕方だった。
女房はこの日のために用意をし続けてきた。
五個荘の本家の叔父夫婦が来ると場がパッと華やぐ。二人の周囲に清々しい風が吹いている。そんなふうにはっきりわかる夫婦を他に知らない。叔母さんが女房に話してくれた義母のエピソードを女房が夜になって話してくれた。女房は話しながら、僕はそれを聞きながら、向かい合って泣いた。義母と叔父夫婦の数年にわたる物語が切なくて、言葉が出なかった。
ああ、法事ってそういう話を聞くためにあるのだとつくづく思う。僕らは、その話を忘れることはないだろう。
iPhoneの交換したバッテリーは半日使って六割近くが残っている。ちょっと安心。

2018-02-02

なぜ?


晴れのち曇り。雪が溶ける。
六時に起きる。
朝餉は、白菜、サツマイモ、ネギ、椎茸、人参、ハム、薩摩揚げの卵とじ、味噌汁の残り、菓子パン、バナナミルク、杜仲茶。
出社して仕事。
昼餉は、女房の作ったフレンチトースト、コロッケ、卵とじの残り、珈琲。
ATOK Passportがアップデートされて、ここしばらく悩まされていた誤入力が収まる。もうちょっとアップデートを素早くできないものだろうか、と思ったり思わなかったり。サービスを支えているユーザー数が心配になる。
夕餉は、女房が作ったマッシュポテトサラダ、コロッケ、鶏の唐揚げ、味噌汁(大根、人参、豆腐、油揚げ)、玄米ご飯、杜仲茶。食後に饅頭。
何も迷わずに、という心境はどこから来るのだろう。
忘我というとき、自我はどこへ飛んでいるのだろう。
今を今だけで考えられないのは、なぜだろう。
――そういう若者のような言葉に巡り会っている。

2018-02-01

伸びるのか


雪のち曇り。
六時に起きる。
朝餉は、白菜とカボチャ、シメジ、葱、ハム、竹輪の卵とじ、ブロッコリーのマヨネーズ和え、味噌汁(大根、人参、油揚げ、豆腐、葱、エノキ)、卵入りロールパン、杜仲茶。
出社して仕事。若い人たちの抱えるジレンマはそれ自体が社会の抱えるジレンマで、個人では如何ともしがたいように思える。それが構造的な問題であればあるほど、だがしかしそれは一人ひとりの問題である。
物事が変わるとき、そこには最初の一人が必ずいる。世慣れた人は構造は如何ともしがたいとなだめる。構造とは、暗黙知のようなものだ。
昼餉は、コロッケ、味噌ラーメン。
iPhoneのバッテリーを交換した。Appleの修理プログラムは直すのに数日かかるが、街の修理屋は数十分で終わる。それにAppleよりわずかに安い。直す前はフル充電しても半日ともたなくなっていた。さて、どれくらい改善するものだろう。
夕餉は、菓子パン、穴子天とかき揚げの蕎麦、杜仲茶。
先月のアクティビティはなし。雪と格闘していた。スクワットとプッシュアップはそれぞれ三十回。気管支炎も走れば治りそうなものだ。

2018-01-31

科学に非ず


晴れときどき曇り。
七時過ぎに起きる。
朝餉は、卵とじの残り、味噌汁(大根、人参、シメジ、エノキ、豆腐、葱、油揚げ)、コロッケ、イングリッシュマフィン、杜仲茶。
昼餉は、アジフライ、卵とじ、味噌汁の残り、炒飯、杜仲茶。
警察署に寄ってから買い出しなど。
夕餉の前にフレンチフライとエスプレッソをがぶがぶと。
夕餉は、コロッケの盛り合わせ、味噌汁の残り、納豆、玄米ご飯。
皆既月食でもって、そのうえスーパーうんちゃらムーンとかで。三日月くらいに欠けたところまでは外に出て女房と見たが。いにしえの人は薄気味悪がったというが、それは今でもひょっとしたら同じじゃなかろうか。
忌み嫌うのは、どこかで躰の周期と月がシンクロしているからで、根拠のまったくない話ではない。ほうき星を凶事と見なしたのも、ずっと遠い昔に地球や月に衝突した際の天変地異を細胞のレベルに刻んでいるからだと思う。科学的に説明できないからといって、それがすなわち非科学的というわけではない。科学的とは、今のところ撞着していないというくらいの意味でしかない。僕らが過不足なしに説明できるのは、すべての事象の何パーセントくらいなのだろう。全体を知らずにその割合を推測するのはあまりに愚かだが、科学的というのはひょっとしたらそういう愚かさへのアプローチの総称のことなのかもしれない。
火星が薄気味悪いと思うのと同じくらい赤くただれた月に言い知れぬ気持ちを抱くのは、ある意味では撞着からの脱出を示唆していると言えなくもない。ロジカルでないことは、ロジカルであることより劣っているわけではない。ロジカルであることは、ちょっと前までロジカルでなかったことを思い起こすきっかけくらいの意味しかない。
遺伝子を組み換えて食物を生産するうち、その生態系はヒトにも及ぶ。僕らは言い知れぬ不安を抱きながら、躰が少しずつ壊れていく様を見詰めている。食物の死は、僕らの死につながっている。その死に方は、僕らの死に方でもある。すべての死のうちに、僕らの死が存在している。

2018-01-30

手つかずの心


雪、ときどき晴れ間。
六時に起きる。
朝餉は、白菜とキャベツ、シメジ、ほうれん草、人参、ハム、竹輪の卵とじ、味噌汁(大根、人参、豆腐、油揚、エノキ、とろろ昆布)、イングリッシュマフィン、杜仲茶。
雪掻きで時間が過ぎる。こちらが汗をかきかきしているのを、お年寄りたちがぼーっと眺めている。こっちだって年寄りだぜ、とか思いながら躰を動かす。疲れてはいるものの、躰の調子はまずまずだ。
昼餉は、女房の作った焼きそば。
仕事が終わって女房と待ち合わせて買い出しに。
夕餉は、ハンバーグステーキを食べに。良い店に出会った。野菜も肉も旨い。押し入れの奥から普段使いの陶磁器が次から次へと出てくる。どれもそれほどの価値はないモノばかりに見える。暖かくなったら時代屋を呼ぼうと思う。そうした家族の歴史を見ると処分することのむずかしさを改めて感じる。
時間はまだまだかかりそうだが、女房はすこしずつ仕分けをし続けている。曰く言いがたい気持ちが湧きあがるのをそのたびに堪えているようにも見える。義母は、どこか深いところで諦めていたと思う。そうでなければ、これほど手つかずにはなっていなかっただろう。
なにかを処分したり仕分けするのは、その先にあるものを掴み取ろうという意思でもある。

2018-01-29

まさに瀬川瑛子


日射しのち雨と雪。
六時に起きる。
朝餉は、キャベツ、ほうれん草、カボチャ、葱、ハム、竹輪の卵とじ、味噌汁(大根、人参、ジャガイモ、エノキ、葱、油揚げ、豆腐)、トースト、きな粉入りヨーグルト、杜仲茶。
女房の出勤日で弁当を。
住宅街の道は溶けて凍った雪の盛大な凸凹に。クルマが飛び跳ねる。
昼餉は、卵とじ、味噌汁、弁当おかずの残り、トースト。
庭の灯籠がいつの間にか姿を消している。積もった雪が消えるのはいつのことだろう。
夕餉は、カニコロッケ、厚揚げ焼き、味噌汁とポークカレーの残り、杜仲茶。
書き忘れていたが、NHK囲碁トーナメントで芝野虎丸七段が張栩九段を後手番で退けた一局がもの凄かった。コウ名人と呼ばれる張栩さんと最後の最後までコウ争いを繰り広げて緩まなかった。その前に張栩さんの大石を召し捕るにあたって顔色ひとつ変えなかった。張栩さんはコウでもやられるとは思ってもいなかっただろう。
十八才になったばかりの虎丸七段のずぶずぶの話し声が僕はかなり気に入っている。岸壁のような大局観で緩まず打ち続ける姿とは対極にあるから面白い。なんにせよ指し筋の厳しさは見ていて清々しく、井山裕太七冠の十代の頃が蘇る。厳しさという点で、二人はつながっている。

2018-01-28

できる、できないの差


晴れときどき雪。
六時に起きる。
朝餉は、キャベツと葱、ほうれん草、カボチャ、ハム、竹輪の卵とじ、ブロッコリーのマヨネーズ和え、味噌汁(大根、人参、ジャガイモ、油揚げ、豆腐、エノキ)、トースト、ヨーグルト、杜仲茶。
女房の出勤日だが、日曜で弁当はナシ。なんとカレーだったそうで。
一足先に出社。雪もだいぶ解けて、今日からいつもどおりの営業。とはいっても、住宅街の雪はまだ深い。
ずっと雪掻きをしている。筋トレをしているようなもので躰にとってはかっこうのトレーニングだが。調子に乗ってやっていると腰に来そうだ。
昼餉は、卵とじ、カレーの残り、杜仲茶。
気管支炎を罹っていると思う。咳が止まらない。咳き込んで痰を切る。目の前の雪に黄色い痰を飛ばしながら、スコップを止めてしばし休む。
ホースが凍って洗濯機が使えない。これまでになかったことで、女房が寒いと言い募るだけのことはある。
夕餉は、ポテトコロッケ、ブロッコリー、味噌汁の残り、ポークカレー、杜仲茶、林檎。
仮想通貨に兌換できる人とできない人。それは株式投資できる人とできない人のようなものだろうか。底無しという点では同じかもしれないが、ちょっと違う気がする。
仮想通貨が流失するというが、その具体的なイメージがわかない。通貨データにはヘッダーとしてなにがしかのマーキングが施されているはずだし、兌換スイッチのオンオフが実装されていて当たり前という気もする。
デジタルデータの信頼性はそれくらい施して当然だと思っていたが、どうやら違うらしい。セーフティの技術的優位性のない仮想通貨を百万円単位で兌換するのは単なる無知ではなかろうかと思う。ネットワークはなんの保証もない無法地帯だという認識さえないないらしい。

2018-01-27

一世紀を経て


雪のち曇り。
六時に起きる。
朝餉は、白菜とキャベツ、葱、カボチャ、シメジ、ハム、竹輪の卵とじ、ブロッコリーのマヨネーズ和え、味噌汁(大根、人参、サツマイモ、油揚げ、豆腐、葱)、クロワッサン、バナナミルク、杜仲茶。
女房の出勤日でお弁当を。
雪掻き。女房を送り届ける。
録り溜めた囲碁トーナメントを観たり。
昼餉は、卵とじと弁当おかずの残り、玄米ご飯、杜仲茶。
西部劇『Godless』に続いて『Hatfields & McCoys』を観続ける。犬猿の仲となった二つのファミリーの物語。これが西部劇でなければ面白みは半減していたことだろう。数多ある相克劇は創作だと思うがこれは実話をもとにしている。でもって、二十一世紀になって両家が和解したと報じられて米国では話題になった。教科書に載るくらい知らぬ者はいない話らしい。僕は知らなかった。二大ファミリーの物語ならこの国では平家と源氏だが、これほど均衡が取れた抗争の歴史ではない。
夕餉は、味噌汁の残り、ポークカレー、清酒、杜仲茶。
静かに過ごしていたら、咳がまた出はじめた。

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2018-01-26

雪、雪、雪


雪。激しく降る。
六時に起きる。
朝餉は、白菜、カボチャ、ネギ、シメジ、ハム、竹輪の卵とじ、味噌汁の残り、トースト、バナナミルク、杜仲茶。
女房の出勤日で弁当を。卵焼きを作る。
一足先に出社。雪を掻いて、迎えに行けるお年寄りをキャラバンでピックアップする。
帰宅して雪掻き、午後に出社してさらに雪掻き。雪は間断なく降り続け、この世の色という色が失われていく。
掻きおわって最初の場所に戻るとまた積もっている。その繰り返しが続く。風邪が小康状態でまだ救われている。雪を掻いて、汗をかく。
夕方になり、道は融雪と新雪でぐちゃぐちゃになった。クルマが凸凹道を跳ねるように走る。
夕餉は、おでんの残り、女房の作ったニンニクたっぷりの味噌ラーメン。
AppleはHighSierraのパブリックベータ・プログラムを10.13.4にアップデートしてリリースした。HighSierraの10.13.4がβ0と表記されている。

2018-01-25

喉のち鼻


雪。
六時に起きる。鼻水がとまらず。
朝餉は、白菜、ジャガイモ、玉葱、シメジ、ほうれん草、竹輪の卵とじ、味噌汁(人参、蕪、ほうれん草、エノキ、油揚げ、豆腐)、トースト、バナナミルク、杜仲茶。
五十分遅れの電車で出社。他の所員が集まらず、デイサービスは休みになってしまった。彦根は三十センチくらい積もっており、平常どおりだったとしても送迎はままならなかったと思う。雪掻きをして今日は終わる。
帰宅後、女房とクルマで彦根から長浜へとまわって雑事をこなす。
昼餉は、フードコートの菓子パンと珈琲、回転寿司屋で二人して八皿。
吹雪いたり晴れ間がのぞいたり、空模様はめまぐるしく変わる。
頭を下げるだけで鼻水がツツーッと流れる。右の鼻の奥になにか異物が挟まっているような。
その代わり、咳は止んだ。部位を変えて風邪菌が暴れている。
夕餉は、おでん、玄米ご飯、清酒。
気配が消えて数日だが、どうやらネズミはいなくなった。とりあえず、安息の日々が続きますように。
夜になって雪が激しくなる。女房と雪掻き。
お年寄りは雪が積もろうが来たがっている。雪道の運転が苦手な所員が意外にもネックになっている。