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恵みのしずく

2006-01-15

ルカによる福音書19章5節

「イエスはその場所に来ると、上を見上げて言われた。 『ザアカイ、

急いで降りて来なさい。 今日は、ぜひあなたの家に泊まりたい。』」 (新共同訳)

ルカ19章のザアカイの物語は何度も読んだり、話を聞いたりしてよく知っている個所ですが、今回ディボーションで読んでいて、心に留まったのは5節の言葉でした。

イエス様は初対面のザアカイに対して、「今日はあなたの家に是非泊まりたい」と言っています。

この言葉にイエス様の価値観がよく現れていると思います。

7節でも人々が「あの方は罪人のところに行って客となられた」とつぶやいた言葉が出てきます。

当時の宗教家たちは、取税人や罪人、遊女たちと話さない、食事をしない、かかわらない事などを自慢していました。

それによって自分の宗教的立派さを自慢していました。

そのような時代に、イエス様は話をするだけでなく、食事をし、ここでは彼の家にまで泊まってしまうというのです。

今までの自分は、自分が天のお父様に対して誠実に、従順に歩む事に関心が向いていた事を思います。

でもそのような生き方はパリサイ人的生き方であったと感じています。

イエス様はそうではなく、人々を父の心と価値観で愛し接していく事に関心をもって生きておられた方だと感じています。

まず自分自身がそのような心で接してもらっている事を感謝しつつ、他の人々に対してもそのような心で接する事が出来るようにと祈りつつ歩んで生きたいと思っています。

2005-10-04

創世記1章27節〜28節

「 神はこのように、人をご自身のかたちに創造された。 神のかたちに彼を創造し、男と女とに彼らを創造された。 神はまた、彼らを祝福し、このように神は彼らに仰せられた。 『生めよ。 ふえよ。 地を満たせ。 地を従えよ。 海の魚、空の鳥、地をはうすべての生き物を支配せよ。』 」

創世記1:27には、人が神のかたちに創造された事が書かれています。 そして1:28では、そのような 人間が増えていくようにと言われています。 

イエス様は罪を犯した人間を回復する為に、十字架に架かってくれました。 その犠牲を通して天の父は、私たちが神のかたちに造られた者として生きる事と、そのように生きる人々が増えていく事を願っている事を思います。 

そのような生き方をしていく時に、結果としてホーリスティック(包括的)な祝福を体験でき、周りにもその祝福が及んでいく事を今回のホーリスティックセミナーで学びました。 

自分の中で方法論としての愛の実践に目が向き過ぎていた事に気づかされ、本質にもう一度戻る事を教えられた貴重なセミナーでした。 

また神のかたちに造られた者として生きる為に、み言葉を心を開いて聞くだけではなく、深く思い巡らす事が大切であり、更にみ言葉を実践し、それを分かち合う事を学びました。 

帰って来てから、この方法でディボーションをし、家内と分かち合う事をしています。 またセミナーに来ていた人々とホームページブログを用いても分かち合い励まし合っています。 

これらによって「キリストのことばを豊かに住まわせ」(コロサイ3:16)ることを体験しています。

2005-08-08

ヨハネの福音書8章44節

「あなたがたの父は悪魔です。 悪魔の子が、悪魔の悪い行ないを喜んでまねても、不思議ではありません。 悪魔は初めから人殺しで、真理をきらっています。 悪魔のうちには真理の一かけらもありません。 悪魔がうそをつくのは、しごく当然です。 そもそも、うそつきの元祖なのですから。」 ( リビングバイブル訳 )

ヨハネ8:32で「真理はあなたがたを自由にします。」とあるように、天のお父さんから来る真理は人間を様々な束縛から自由にします。 

しかし、悪魔は偽りの情報を家庭内でのしつけや学校や会社での教育などを通して人間にもたらし、キリストを信じている者さえもその生き方が多くの面で束縛されている現実を思います。 

偽りの情報に騙されている時に、この世の価値観で生き続ける為の力を主に求める生き方になってしまいます。

しかし、真理のみ言葉をコツコツと学び、実践して行く事を通して、偽りの価値観を明らかにしていただき、神の価値観に一つ一つ変えられて生きて行く事を求め続けていきたいと思っています。

2005-07-07

ルカの福音書15章32節

「だがおまえの弟は、死んでいたのが生き返って来たのだ。 いなくなっていたのが見つかったのだから、楽しんで喜ぶのは当然ではないか。」

ルカ15:32には放蕩息子が帰って来た時に、その父親がどんな気もちで宴会を開いたのかが表現されています。

その父の心は「喜びと楽しみ」でした。

帰って来た息子の慰めや励ましなどの為に宴会をしているというよりも、父にとって息子が帰って来たその事が嬉しくてしかたがなく宴会をしているのです。

同じように天の父も私たちに対して、

「わたしはあなたと交わる事が喜びだよ。

わたしにとってそれは楽しみなのだ。

そのわたしの心をあなたにもっと知って欲しいのだ。」

と言って下さっているように思います。

そのような天のお父さんと更に交わり、生活の中で父の心を求めて行動して生きたいと祈っています。

2005-06-15

エペソ人への手紙 5:18

「酒を飲みすぎてはいけません。 そこには多くの悪が潜んでいるからです。

むしろ、聖霊様に満たされ、支配していただきなさい。」  ( リビングバイブル訳 )

聖霊様に満たされるとは、私たちの意志によって支配(コントロ−ル)していただく事を学びました。 

また聖霊様に満たされる事自体が目的ではなく、満たされて5章、6章にあるように、

夫に従い(22節)、妻を愛し(25節)、両親に従い(1節)、敬い(2節)、子どもをおこらせず(4節)、主人に従い(5節)、奴隷に対しておどさない(9節)生活。 

すなわち隣人を愛する生活をしていくいのちを天のお父さんから受け取る為である事を学びました。