フリットに人生を狂わされた人々。ジラード・スプリガンはそれを象徴する一人だったのか

半世紀以上にも及ぶ戦乱は世界に不幸をもたらし続けた。ルナベース陥落
に合わせて発覚したジラード・スプリガンの裏切り。彼女は過去の事件から
連邦への復讐を望み、ヴェイガンへ寝返った。それと合わせキオ編の連邦軍
将兵から見るお話。

キオ編に登場する連邦側の人物と言えばアルグレアス総司令、アクト3の
ドレイムス司令やアビス隊、ディーヴァ組のナトーラ艦長達だろう。登場
人物達の年齢(余り公表されていないので外観から判断するしかない)に
注目してもらうと分かる事だが、一つ大きな壁が生まれている。それは
生まれた時代だ。

厳密に言えばフリットのクーデター以前を知る者と知らない者である。
である。ドレイムス司令やロディなど極一部を除けば、彼らはクーデター
当時に子供であったか、もしくはまだ生まれていないだろう。
AG142年に起きた出来事は一つの境目として、地球連邦という巨大な国家を
変化させるきっかけになった。これ以降の政府はフリットを筆頭とする
軍部の強い影響力下に置かれる事になる。そこで起きた事は内通者、売国奴
狩りであり、銃によって国家を支配した今となっては政府(軍部)への公然たる
批判は不可能な状態に陥っていた。

世間を見張る秘密警察とも言える粛清委員会の誕生は、国民世論の弾圧という
形に繋がる。例え実行者達が国民に審判を問うと言っても一度は銃を向けた。
暴力を振るい、法秩序を踏み倒した事実は揺るぎようのない事だ。そのような
者達に対して非力な一般市民がどう対応できるのだろうか。彼らの意にそぐ
わない結果を出せばこれも武力でひっくり返すのではないか?そういう不信感、
危険性がある。国家の安全保障上、内通者の摘発は重大な問題だが、そのため
文民統制の破壊が肯定されるかどうかはまた別の問題である。

独裁者が支配する国で、国民を弾圧する政府に軍部が反旗を翻すという行為は
民衆からの期待、待ち望んだ圧制からの解放を期待するものなのでこれは支持
を得やすい。しかし内通者の一斉摘発のために正当な手順を踏んで告発するの
ではなく。ある日、突然軍を動員して国家転覆を図るというのは支持されるだ
ろうか?この時点で国民が望んだ事と言えば戦争の早期終結だ。しかしクーデ
ターの首謀者は戦争の継続を公言し、どちらかが滅びるまで続くとまで断言
している。会場でのオルフェノア首相とのやり取りを見れば、反乱軍が決して
民衆の味方ではない事が明確に分る。首謀者が政敵を排除するために相手の
不正行為を利用して正義を騙り、政府を乗っ取ったに過ぎない。

この日を境に、連邦は同じ国名を有しながら別の存在へと変わった。国軍の
反乱と軍政の始まり、粛清委員会設立に始まる売国奴狩り。明確に和平の道を
閉ざし、軍拡路線へと舵を切った。そんな時代を過ごした者達は世界をどの
ように見ていただろうか。クーデター以前を旧連邦とするなら、AG142年以降
は新連邦と言える。旧連邦時代を知る人々、新連邦時代しか知らない人々。
その差は大きい。

それだけにキオ編に登場する登場する人物達はフリットへの対応に苦慮した
だろう。彼の行動を見れば権力闘争で表舞台から排除されたわけではない。
過去にクーデターを主導した人物であり、そのような者にうかつに異を唱える
事はヴェイガンへの利敵行為と見なされかねない。だから彼らは真正面から
対立せず、出来る限り波風が立たないよう軍規やルールなどを盾に抵抗して
いたのだろう。
(それだけに彼が溺愛する孫のキオに喧嘩を売ったウットビットは危ない)

ジラード(レイナ)はその容姿から新連邦時代を生きた世代だろう。戦争
が激化する中、徴兵か志願だったのかは不明だが彼女も軍に入隊していた。
そんな彼女は普通の、平穏な生活に憧れている事を示唆していたが、実験
の失敗によって適わない夢となった。さらに彼女へ追い討ちを掛けるように
実験事故の隠蔽が行われた。その時に国民の意思を無視して終わりの見え
ない戦争を続ける地球連邦や、保身に走る連中の存在に怒りを覚え。
彼女は復讐心を抱いたのだろう。

その正当性は別として、実現に程遠いヴェイガン殲滅を掲げるよりかは、
和平に向けて真摯に取り組んでいれば戦争が早く終わったのではないか?
そうであったなら彼女の婚約者は軍の実験事故で死なずに済んだのでは
ないか。ジラードにとってもはや連邦は人々の人生を歪め、狂わす存在
に見えたのだろう。そして彼女と婚約者は狂わされた。

復讐を望んだ彼女はアローン・シモンズの誘いに乗り、決して報われる事
の無い連邦との敵対へと突き進んだのだろう。復讐の対象は実験部隊で
事実隠蔽を図った軍人であるが、そのような軍人達を野放しにした軍組織
そのものも憎悪していたのかもしれない。そして自分達を戦争に放り込んだ
連邦政府。今の新連邦を形作った原点はフリットだ。そして彼が心血を
注いでいたのはガンダムである。他の物に比べるとこのMSは特別な存在
であり、彼女の復讐としては十分破壊対象になっただろう。

フリットによって敷かれた戦争というレールに乗せられ、希望無き戦乱に
巻き込まれた末に大切な者を失ったジラード・スプリガンフリット
作り上げた連邦との敵対を選んだ彼女の最後は、Xラウンダー能力の暴走で
自制を失い、ろくに身動きが取れないところをフリットのグランサに
撃たれるという最後であった。果たして彼女の人生とは一体なんだった
のだろうか。それを知る手がかりは少ない。

フリットの敷いた戦争というレールだが、元はイゼルカントの作った
 ものであり。厳密にはよりそれを確固たる存在に強化したというべきか。
※ジラードにしてみればフリットは連邦の綱紀粛正を謳い、戦争継続を
 推し進めたが途中で仕事を放り出しどこかへ消えた無責任な人物に
 しか見えないだろう。彼の残した組織や支持者によって戦争は果てし
 なく続き、改革も動きが鈍ったのか腐敗体質はより一層悪化している。
 そのような状況も絡んでガンダムタイプを執拗に狙ったと考えられる。
※便宜上、クーデター以前を旧連邦、それ以降を新連邦と記述しているが、
 アニメ内でこの行為がどう定義されているかは不明。一応、新生地球
 連邦政府という名称はあるが
※クーデターは政府への反乱行為である。ゆえに現政府を断罪してその
 正当性は否定し、逆にクーデター側の正当性を訴えるのが普通である。
 それだけに軍政は旧政府の否定、自身の正当性を固定化しようとする。
 旧政府関係者の追放もあるし、軍政が不当であると裁判に訴えられない
 よう、その可能性は潰しに動くだろう。
 (通信の制限・検閲、軍政の合法化を明文化した法の制定など) 
※どこの国でもだが、ある歴史上の事象は人々の考え方や生活などに
 大きな影響を与える。日本であれば第二次世界大戦が一つの転換期で
 あり、戦前と戦後。戦争に参加した人と戦争を過去の歴史でしか知らない
 人々には明確な違いがある。とある国であれば独裁政権時代を過ごし、
 抑圧された社会に閉じ込められた人々と、民主化し安定した後の世界
 しか知らない人々も違いは生まれるだろう。外国への渡航が活発化する
 前と後。インターネットの普及前後。このような観点からクーデター
 を見ることもできる。

【関連記事】
 フリット率いるクーデター軍がするべきこと
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 http://d.hatena.ne.jp/UN64_RGB/20121118/1353245994

 ドレイムスの苦悩とオリバーノーツ全滅の可能性
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