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うさ道

2006-04-06

[]ツンデレあれこれ

 前回の記事に対するいくつかの反応に返答。

 普段はツンツンだけどベッドの上ではデレ、とかならツンデレ少女とのお付き合いが成り立ちそうじゃないだろうか。

 もしかしてそういう話じゃないのか。つかここで指すツンデレが原理主義者のいうツンデレなのか、俺のいう広義のツンデレなのか分からねえ。

 「ベッドの上では」、つまり相手の好意を確認し、付き合っているという前提でなおツンデレが成り立つか、というのは微妙なところで、付き合ってる以上ツン的アクションもデレのいち形態と捉えることもでき、とするとその時点でツンデレではなく単なるデレということになります。この辺はツンデレをどう定義するかによるかと。

 私は寡聞にして「原理主義者のいうツンデレ」「俺のいう広義のツンデレ」ともにどういうものを指すのかは知らないのですが、先の記事においては基本的に例として挙げた「べ、別にあんたのことなんて何とも思ってないんだからね!」の示すものを「ツンデレ的である」と定義しているつもりです(わかりにくいなあ)。

 そもそもツンデレが流行った背景としては「ツンデレ」という名称ができたというのが大きいかと。ツンデレの概念自体は昔からあり、ツンデレという名前がつく以前においても、皆それとは知らずに萌えたりしてたわけです。それがここに来て「ツンデレ」というこれ以上ないほど適切な名称がついたことにより、「それだ!」とばかりに皆がこぞって飛びついたことによって、爆発的にブームになったのではないかと。基本にあるのが「ツン(表向きの拒絶)とデレ(隠された好意)の対比」なので、「○○はツンデレ」のように女性キャラクター以外にも適用しやすい。さらにその性質を示すものが「べ、別にあんたのことなんて何とも思ってないんだからね!」のようにわかりやすくテンプレート化されたというのも大きいでしょう。*1

 名前を与えられ、記号化されることはそれが広く一般に認知される上で重要な要素ですが、ことツンデレにおいてはいい面ばかりではありません。今後*2漫画やゲームの中で少しでも照れ隠し的なアクションを見せたキャラクターには、すぐさま「ツンデレ」というレッテルが貼られるようになるでしょう。その果てにあるのは、キャラクターの真の記号化(詳しくは後述します)です。ツンデレという名称の誕生は、ツンデレとそれを取り巻く環境にとって幸福なことであり、同時に不幸でもあったというのが私の見解です。



 この際なのでツンデレについてもう少し書いておきますが、ツンデレはほかの萌え属性とは決定的に異なる点があります。それはツンデレという記号が、キャラクターの性格を直接的に表わすものだということです。

 たとえば「メイド」というのは職業に基づく記号ですし、「妹」というのはそもそも血縁関係からくるものです。それらはもともとそれ単体で「ドジっ娘」や「お兄ちゃん大好き」という性質・性格を持っているわけではありません。前例*3や適正*4、見る側の願望などによって、その属性に様々な性質や性格が付加されることによって、我々は萌えたり萌えなかったりするわけです。メイドであれば、妹であれば何でもいい、という人はあまりいないでしょう。我々は記号に萌えているようでいて、その実「属性と性質・性格の組み合わせの妙」に萌えているわけです。

 ここで重要なのは、性質はともかく、性格は記号化されないということです。もちろん「優しい」「内気だ」という風に性格を端的な言葉で表現することは可能ですが、実際にどう優しいのか、どう内気なのかを表現する言葉は、どこまでもアナログなものです。少なくとも「優しい子萌え」「内気な子萌え」といったような言葉は(存在はするでしょうが)あまり聞きません。つまりキャラクターというのは、「記号化されたもの=属性」と「記号化されないもの=性質・性格」の組み合わせであると言えます。

 さてここでツンデレですが、これは性格を示すものでありながら記号化されているという、非常に特殊な萌え属性です。先ほどの「キャラクター=記号+非記号」という式で言うなら、非記号の項に代入されるべきものであるにもかかわらず、記号としての性質を備えていることになります。つまり、ツンデレ属性を持つキャラクターは、記号+記号で成り立った、完全に記号的なキャラクターとなる恐れがある、ということです。

 とはいえツンデレにもいろいろなパターンがあり、また本質的にはアナログなものですから、作り手の側としてはどのようにツンデレを演出するかが今後の腕の見せ所となるでしょう。*5ただ、少なくとも見ている側では、一度あるキャラクターを「ツンデレ」として認識してしまったら、その言葉を脳裏から払拭することは非常に困難なものとなるでしょう。

 ツンデレがただ「ツンデレ」として記号的に認識され、消費されていく。それは一種の不幸であると同時に、ツンデレという名称が誕生したことによるある種の必然だと思います。何が悪かったわけではありません。ただ、概念を広めた「名前の誕生」によって、その概念の可能性が狭められるとは、つくづく皮肉なことだと思うのです。


 話は少し変わりますが、私は「ツンデレ萌え」という態度について、あまりいい印象を感じません。

 先日の記事に書いたように、ツンデレを認識し、萌えるためには、表向きの拒絶が照れ隠しの表れであることを知っている必要があります。しかし当のツンデレキャラにしてみれば、隠している好意が表に出ないように必死になっているわけで、そうした相手を萌え対象として愛でることは、自分としては「女心を弄んでいる」ようであまりいい気分にはなりません。

 これも同じく先の記事に書いたことですが、本来ツンデレか否かの判定は後付けでしかできないことです。しかし、ツンデレという概念が記号的に確立したことで、いまやツンデレだと判定することは非常に容易になりました。デレる前からツンデレだと知ることができ、萌えることが可能になったのです。

 しかし繰り返しになりますが、本来ツンデレは後付けでしか認識できません。それを、可能だからということで無邪気に萌えることに対して、私は「そもそも萌えキャラなんて男にとって都合の良い存在だ」というのとはまた違ったレベルでの、醜さ、みたいなものを感じます。ツンデレを否定するわけでも、ツンデレに萌えるのはいけないと言っているわけでもありません。ただ、ツンデレキャラに、ただ「ツンデレだから」という理由で萌えることには、そのような側面があるということを認識してもらえたら、と思うのです。*6

*1:いまになってツンデレという名称が生まれた理由についての推測は、先のエントリの末尾に記したとおりです(美少女ゲームを通して、ツンデレを記号的に捉えることが容易になった)。ちなみにさらにその背景にあるものとして、萌え文化の中でキャラクターの性質を記号的に捉えることが一般化したことが挙げられます。

*2:というかいまもうすでに割とそんな感じだったりしますが。

*3:それまで先達たるキャラクターによって作り上げられてきた、「メイドキャラ」「妹キャラ」のパターン。

*4:イメージ的にその記号にどんな性質・性格が合っているか、ということ。

*5:もっとも実際のところ、ツンデレブーム前後での様々な作品の傾向を見るに、作り手は受け手ほどツンデレという言葉に引きずられてはいないように思います。

*6:その意味で『つよきす』の霧夜エリカルートはなかなか興味深いです。主人公が惚れたのは、付き合ったところでデレるかどうかもわからない、ツン状態のお嬢様だったわけですから。

スルースルー 2006/04/07 13:21 デレに移行することを知っているからこその萌えってのは他の萌えキャラでも言えるんじゃなかろうか。
どうも自分に好意を寄せているらしい妹キャラにせよ、その内心はエスパーでもない限り確かには分からない。しかし、それが紛れもない好意なのだと分かるのは物語上のお約束が組み込まれているためだと思うわけで。
受け手はこのキャラがヒロインですと規定された時点で「あぁなるほどこのキャラは自分に好意を持ってるんだな、あるいはこれから持つようになるんだな」という共通の認識を得る。なぜなら、萌えキャラが笑いながら、その実「こいつ気持ち悪い」と思ってる、なんて展開を望まないから。妄想を顕現した類の物語ではヒロインが自分に好意を持ってくれるという期待があり、作者がその期待を裏切ることはまずない。
つまり、ツンデレに限らず萌えキャラである時点で形と過程は様々にせよデレに移行するということは不文律として決まっている。ツンデレが特にキャラを弄んでいるように感じるのは、ツンデレという言葉が客観的に見てあまり美しくない不文律を思い起こさせるからじゃあるまいか。

USA3USA3 2006/04/07 22:56 「デレに移行することを知っているからこその萌えってのは他の萌えキャラでも言えるんじゃなかろうか」というのはまったくその通りで、私も本文中に書いたように「そもそも萌えキャラなんて男にとって都合の良い存在」であるわけです。
 ただ他の萌えキャラの場合、デレる前でも単純なキャラの仕草などに対して萌えることが可能です。それに対してツンデレというのは、ツンからデレへの移行というものが必要不可欠なわけです。
(そもそも「デレる」というのは美少女ゲームならではの概念であり、漫画やアニメなどのメディアでは必ずしも「デレる」ことが前提としてあるわけではありません。)
 そうした移行過程で、我々は主としてキャラが「相手への行為を自覚していながら、それを上手く表現できない」様に対して萌えるわけです。それはともすれば、5日の記事で「ただの危ない人」として批判した、「なるほど、この台詞は照れ隠しなんだなふふふかわいい奴め」というのと同じ考え方であり、個人的には好ましいとは言い難いものです。
 このあたりは、私が何度も例として挙げている「別にあんたのことなんてなんとも思ってないんだからね!」というのを想定してもらえればわかりやすいのではないかと。

RISRIS 2006/04/08 08:38 「これは照れ隠しなんだな、かわいいな」と読者or視聴者に思わせる人物演出というのは今に始まった手法では無いし、書かれている通り「ツンデレ」という名前が出来たことでハンドリングし易くなっただけ、と思っていた自分としては「ツンデレを好ましく思うのは好ましくない」という意見はなかなか面白かったです。
もしかしてドジ娘萌えについても「本人は一生懸命なのに萌えるのはケシカラン」って感じですか?

USA3USA3 2006/04/08 10:17 誤解のないように念のため書いておきますと、私は「ツンデレ好き」そのものを否定するつもりはありません。前のエントリに書いたとおり、後付け的にはいくらでもツンデレは存在しますので、たとえばゲームであるキャラクターをクリアして、その時点でああ、ツンデレだったなあと気づき、改めて萌えるというのは一向に構いません。私が批判的なのは、最初から「こいつツンデレなんだな」という認識の下、狙ってそのキャラクターを攻略するような、いわば「ツンデレ『だから』好き」という態度です。

 ドジっ娘については同じように感じたことはあまりないですね。というのは恐らく、ドジっ娘の一生懸命さというのは本人が隠そうとしているわけではないからだと思います。ツンデレに萌えることができるのは、本来知ることができないはずの隠された好意を知っているからですが、ドジっ娘の場合は基本的に一生懸命であることが隠されているわけではありません(もちろん例外はあると思いますが)。そうしてみると、ドジっ娘萌えというのは「単なる仕草に萌える」ことと性質的には同じなのではないかと。
 とはいえ、ドジっ娘も現実には存在しない(いたらただ迷惑なだけ=萌えの対象にならない)という部分は共通してますね。そのあたりや、意志と実際の行動の乖離といった点は結構ツンデレと近いのかもしれません。