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呟きさえも詩篇のように

2012-01-19

人間の悪の性根

| 21:43

主日と共に始まり主日と共に終えられた栄光週間を通して何が残ったのか。

栄光を帰す根本は、まず三位の心を満たすこと。

それは、人間自らを満たそうとする心。あるいは満たしたいと願う心。既に地獄が決定したサタンもやはり自分を慰め、「補償」を求めて人間を陥れようとして、自分が満足するようにだけする。

今年の初めての聖霊運動でなぜあのような新婦教育があったのか。深く深い、また今年に相応しい教育だった。全て繋がっていることだ。

2011-09-14

 価値を見失うときに

| 11:57

「先生の路程」(全70p)を半分読み終えた。WMDの田舎で、何もない中、空を仰ぐようにただイエス様だけにすがって生きてこられたんだなぁと、その人生を思い描くと、その人生の香りに何とも言えない苦い感覚を覚える。

このような人生の中で、自分自身の人生の価値を尊く思って生きるということ自体が本当に奇跡的なことだ。先生よりも遥かに恵まれた環境で生きてきた自分でも、生活の中で自分の価値を見失って、人生の虚しさや不安、漠然とした時間に忍耐する苦しさに押しつぶされそうになることがあるのに、どうやって先生が自分の価値と自分の生の価値を信じることができたのか、本当に不思議だ。これを神秘的というのだろうか。

虚しさと失望を積み重ねて来られて、今なおあのように力強く生きていらっしゃる先生がいる現実が幸いだ。信仰がなくても、現実に成されてきたしるしの象徴として自然聖殿を見ることができるから、遥かに信仰を強くしやすい現実が幸いだ。

まさに、この時代の問題の答えとなってくださる先生。そのような方を生み、育て、生かし、導いて来て下さった主に感謝が溢れる。

2011-09-13

 先生抱きしめる

| 07:33

今日夢を見た。二つ見た。

一つ目は、自分が何か力がなく、疲れていて、流れのまま罪に向かっていく夢だった。一度目が覚めた。気が滅入った。

二つ目。流れを忘れてしまったが、とにかく先生が現れた(!)。先生が自分の部屋を訪れてくださり、ハングルをいくつか教えてくださった。(何の単語かは分からなかった)その時、部屋に来てくださった先生が愛しくて、思わず抱きしめてしまった。

先生の夢を見る時は、大体、ある種の困難に面している時が多い。今日は、徹夜中でふらふらしている時だった。考えが定まらず、祈りたいという思いもあるが、朦朧としているような状態。この辺が一つ目の夢に現れていたと思う。思いだけでは救われないということを改めて認識した。先生がそんな状況を哀れんでくださったのかもしれない。夢では、ただ先生が自分によくして下さろうとしていらっしゃったのがはっきり感じられた。会い慣れた、という感じではなかった。自分の中にも、少し距離感もあった。文字を教えてくださったというのは、天の心情を教えてくださっていたことかもしれない。最近の御言葉で出たし。

現実は現実だ。やっておいたことだけが認められる。永遠な生を左右する肉の人生、どれほど尊いか。主と共に最後まで。この精神が本当に大切だと感じられること自体が、恵みだ。

2011-09-06

 最後まで完全でこそ

| 09:20

「真実に愛するなら、私と共に行なう」

そうおっしゃった。がしかし、今朝は三度怠った・・・。

一度目は、3:03に目覚めた時、肉体の疲れに負けて再び眠りに。後でこそ「私が起こしたのだから私と対話しよう」という言葉が浮かんできたが、その時は思い出せず、主の愛を奪われた。

二度目。霊界の狭間をさ迷うこと半時、再び4時を目指して肉体を準備。そして聖殿に辿り着き、祈り始めた。しかし、祈りに集中力がなかった。疲れているからこそ、十分に祈りと対話の手順に気を配るべきだったが、雑だった。ほとんど祈れず・・・。

二つとも、Wを離れた行いだった。肉性と自分の考えを中心に判断したことだった。

三度目。朝会後に講師訓練があったが、最後の最後まで集中力が高まらなかった。最後まで共にして聞くべきだったかと思いつつ、途中で仕事に向かう決断をした。「イエス様論」だっただけに余計、それが心にひっかかることになった。

そうして、仕事に行く道は、悔改める思いで充満することになった。おかげで心が緊張して一日を始められることに感謝だが、求められている基準に対しての考えをはっきりと変化させる必要がある><、、

あなたたちは使命の仕事をする時も、信仰生活をする時も、私イエスと共に行なっているかどうかをはっきり確認して行ないなさい。「主の仕事だから、主が当然共になさるだろう。主が私を呼んでこられたから、主が当然共になさるだろう」と漠然と考えてはいけない。

新婦にこそ話すことができる御言葉です・・・。

2011-09-04

 聖霊留まる日々

| 22:55

最近仕事が忙しい。これを書いている今もまだ会社にいるという、この異常な主日。(仕事しろよ)

しかし、隠密で愛に満ちた主の計画があり、衣食住の場所を少し変化させ、また祈りの勇士に名乗りを上げる感動を与え、実際に明け方に日々祈るようにさせて下さり、そのおかげで仕事によるストレスはほとんどなくて済んでいる。なんというか、力が抜ける感覚がなくなって、むしろ踏ん張りどころで必ず力が出てくるような・・・。

もちろん、忙しくなければもっとこんなことがしたい、あれこれ計画はあるけれども、それができないことで苦しくなるということがない。今は今で、最大限主に向かう愛を満たせておくことが全ての資本だというのをつくづく感じる。

イエス様、深い愛によって個性的に人生を導いてくださり感謝します。今日も一日お疲れ様でした。また明日も共に御心を成しましょう☆