暗之云の云之庵

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2012-01-11

[] 自殺はするが自決はしない日本人  自殺はするが自決はしない日本人を含むブックマーク  自殺はするが自決はしない日本人のブックマークコメント

松井「死傷者不明、被害総額はどれくらいか見当もつかん。一つ教えてくれんか。これだけの事件を起こしながら、何故自決しなかった?」

柘植「もう少し、見ていたかったのかもしれんな」

松井「見たいって何を?」

柘植「この街の、未来を」

(『機動警察パトレイバー THE MOVIE 2』)

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東武百貨店宇都宮店の古書市で買った『週刊現代増刊 連合赤軍事件緊急特集号』(1972年3月21日号増刊)を読んでいる。ぶっちゃけ、いちばん腑に落ちるのが真鍋博のコメントだった。

連合赤軍と連合国民

山荘の出来事にふさわしく、この事件は"村の事件"であったはずだ。季節はずれの避暑地に、銃をもった学生が逃げこんできて、管理人の女房を人質にしたので、おらが村の駐在と青年団がおっとり刀で出動し、クマ狩りでもするように大騒ぎをし、それでもなんとか犯人を取りおさえればよかったのだ。

しかし、山の事件に機動隊が出動し、ニクソン訪中もすっとぶ国家的大事件になった。大事件になったというより、大事件にしたのである。大事件にしたのは報道軍団であった。テレビから女性週刊誌までの連合マスコミ軍である。

(略)

つくられた事件だけにアクションいっぱいの劇画調だった。

もし機動隊員の犠牲が出なかったら事件は国家的規模のショーで終わったかもしれない。

こういう言い方をするとひんしゅくをかうかもしれないが、機動隊の二人の犠牲者が出なかったら、全く誰にも被害を及ぼさなかったからである。

(略)

(注・このコメントの時点では田中保彦氏は重体ながら存命だった模様)

なので私の興味は、あさま山荘で起きたこと自体や、連合赤軍の面々がそもそも何を目指していたかではなく、「この事件を『週刊現代』誌はどう伝えているか」「当時の人々は事件をどうみたか」のほうに向く。

興味深いのは、「なぜ彼らは自決しなかったのか」というコメントの多さだ。

赤軍派も、滅亡的人生論からいうと、人質をとったのなら、その人質を犠牲にして、自分も死んだらいいんだ。

(深沢七郎・作家)

三名の殺害という途方もない事態をひき起こしておいて、しかも、その見通しどおり(注・警察の見通しどおり)、最後に手をあげて出てくるところは、とても、戦中派であるわたしなどの理解できる結末ではなかった。

(城山三郎・作家)

それと同時に、追いつめられ、まったく逃げ場のない赤軍五名は、なぜ、泰子さんと最年少の十六歳の加藤君を決戦前に送り返し、最後には、四人が、相互に自決しあわなかったのかと、私は非常ないきどおりを感じた。

(田中清玄・田中技術開発KK社長)

ところが犯人は、あれだけ銃撃戦を展開していながら、それでいて最後には逮捕されてしまった。これはわれわれ戦中派には理解できないことです。

われわれ戦中派なら、最後は人質を放し、自分たちは自決する。

(寺沢一・東大教授)

革命に自分の命を尊重していては何もできないはず。なのに連中は生きていて親が自殺してしまった、いやはや何ともいいようがありません。

(笹沢左保・作家)

また、あれだけの抵抗をみせたのだから、持っていた手製爆弾で自爆するのかと思っていたら、そうでもない。逆に捕まったときは、うずくまってブルブル震えていたというから、まったくの拍子抜けだ。

(大藪春彦・作家)

あの事件をみていて、従来の日本人とは、違っているように思いましたね。玉砕するかと思ったら、あっさり捕まってしまった。昔の人間だったら自爆するか、突撃していたでしょうがね。

(斎藤茂太・医博)

部下達は全員治安部隊に投降したそうだ 。これだけの事件を起こしながら、何故自決しなかった?

(松井孝弘・警視庁警部補)

自決するのが当然だったのに、という論調である。

そこにひとつ、無関係なものを忍び込ませても違和感が無い。柘植の口を借りて「もう少し、見ていたかったのかもしれんな」と言ったのは監督押井守か脚本伊藤和典かは知らないが、あの事件をリアルタイムで知っているクリエイターは何かしら「自決しない理由」を言わずにはいられないのだろう。

♪都会では自殺する若者が増えている と井上陽水が歌ったのも1972年。ただし、自殺者が増えているというのは歌の文句の話で、実際には「1953〜1959年のピーク(人口10万人あたり31.5人)、1983〜1986年のピーク(同28.9人)、1998年以降現在まで」が日本の自殺率のピークなんだという。2011年の自殺者は3万513人で、14年連続3万人超だというニュースも聞こえてきた。いずれにせよ、大ざっぱに言って日本人は「自殺」に対する抵抗感は比較的薄いといえそうだ。

なのに、世を揺るがすほどの事を起こした締めくくりとしての「自決」はなかなか見られない。思想を持たない、破滅的な通り魔殺人などの場合でも、衆人環視の自殺を締めくくりとする者がいそうなものだ。現に海外ではそうしたケースがあるけれど、何故か日本には少ない。

テロリストやクーデター犯は失敗したら自殺するべきである、などとは言わないけれど、どうも「スタンダード」からズレている感じがする。そこに何か、日本人の国民性みたいなものがあるのだろうか。

そうりゅう あすかそうりゅう あすか 2012/01/12 22:45 >自決
パトレイバー旧OVAを〆る「2課の一番長い日」の犯人の甲斐は、アレだけのことをしておきながら、逮捕される直前「生きてりゃ、もう1回ぐらいやれるさ」と嘯いて自決なんぞする気はなくリベンジまで考えていたようですね。

また、「相棒」劇場版1作のフェイクの犯人は、無理やり「自決」させられ、死真犯人は病で死ぬ寸前に右京さんに「生きて罪を償うべきだ」と言われてましたっけ。

首謀者は、反乱が失敗した時に「自決」って言うパターンは、大塩平八郎さんとか西郷隆盛さんが、潔く「自決」をしているところが大きいのかも。

では

UnKnownUnKnown 2012/01/13 00:24 アニメだと「ガサラキ」の西田先生が、自決でクーデターに幕を引きましたね。
ただしこれ、完全に計画通りに事が運んだ上での自決だったので、逆にシラっとした気分になってしまいましたが。

>首謀者は、反乱が失敗した時に「自決」って言うパターン

そこで忘れちゃいけない三島由紀夫。あの割腹自殺をみた赤軍派の面々は「潔い」とは思わずに、「ただの自己陶酔だ」とシラケていたか、さらし首も同然の亡骸をみっともないと思ったか……。

「戦中派」を自称している面々は、つまり「戦後教育のせいで潔さをなくしたのだ」と言いたいのでしょうが、そんな長いスパンの話はひとまず置いて、二年前の事件の影響を考えに置くべきでしょう。

UnKnownUnKnown 2012/01/13 20:04 そうそう、「パトレイバー」に関しては、映画1作目の帆場が最初から自殺しているのに対して、2作目は柘植も荒川も往生際悪く生き残る、なんて対照もありました。

帆場は捉えどころがない人で、潔さとかそういう価値観とは無縁の死に方でしたが、何かしらの信念があったテロリストには違いない。

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