Hatena::ブログ(Diary)

~ Life goes on~  Taiki Namiki’s Blog

2018-03-07

「普通」の定義 

さて、例えば今、職場や学校に、足が4本ある人が現れたとします。


そうすると、たぶんその人は「普通じゃない!」と周りから思われるでしょう。このご時世なので、あからさまに言われなくても、皆、「あの人は普通じゃない」と思うでしょう。



さて、今、足が4本になるウイルスがはやったとしましょう。そうして、日本の人口の過半数が足が4本ある人になったとします。



その瞬間、足が4本ある人が「普通」になり、足が2本ある人が「普通じゃない」となるでしょう。




足が4本ある人にも当然選挙権は与えられるでしょう。足が4本ある人は「普通じゃない」と幼い頃から言われて育ったので、同じ境遇の人(足が4本ある人)と仲良くなる傾向にあり、政党を結成し、足が4本ある人からの支持を集め、第一党になるかもしれません。





そうすると、足が4本ある人のライフスタイルにあわせた社会インフラが整っていくかもしれません。

足が4本ある人はその分脚力があるので足が早く、ジャンプ力もあります。

駅から徒歩30分だった場所は徒歩5分圏内になり地価が高騰するかもしれません。家の入り口は地上2階部分に設置される様になるかもしれません。



そうすると足が2本しかない人は困ってしまいます。



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と、こんなことは現実におきないと思いますが、同じ様なことはおきる可能性があります。

もしくは起きています。


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今、Brain Computer Interfaceという技術が進歩をしていますが、これは脳の電気信号を解読して実際にモノを動かしたりする技術です。

手を失った人が義手をつけ、その義手が脳からの電気信号を受け取れる様にすると、義手を思った様に動かすことができる、というような技術です。





これを応用すれば、タイピングしなくても頭の中で文章を思い浮かべるだけでメールが書けたり、さらには、離れた所にあるものを念じるだけで動かしたりする様にすることもできる様になるかもしれません。(電気信号Wifiに変換して離れた所にある義手に飛ばして、その義手を操作することも理論的には可能に思われます。)





そうすると、上で使った4本足の人の様なことがおきるかもしれません。

Brain Computer Interfaceを使っている人は能力が上がり、そういう人々が大多数になれば、そう出ない人は「普通でない」人になって憂き目に遭う、ということです。




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今の社会で「普通でない」(と考えられている)人(例えば、精神障害がある方とか)は、そういう憂き目にあっている、ということです。








でも、「普通」の定義は時代によって変わるので、今「普通」の人が将来「普通でない」人になるなんてことは、歴史的に日常茶飯事的におこります。






どれが良いとか悪いとか、そういう価値判断は別の問題として取り上げるのが良いと思います。







が、一つ言えるのは、今、「普通でない人」を虐げている人は、将来自分が「普通でなく」なった時に、その時の「普通」の人が自分を虐げることを正当化している、ということでしょう。

2017-12-10

知らない事すら知らない事はどれくらいあるのか。 〜哲学とマネジメント〜

僕はずーっと自分は社会不適合者だと思ってきましたが(”社会不適合者”の定義はさておき)、どんな風の吹き回しか、今、とあるベンチャー企業で経営に携わっています。

そしてそれが意外と楽しい。





自分が社会不適合者だと思っていた理由は、哲学について考えるのが好きだからです。

エビデンスが大事、なんてよく言われるけど、じゃあ1+1は2だというエビデンスはどこにあるの?
バリューを出せとよく言われるけど、バリュー(価値)の定義はなんなの?
多様性を認めろと言われた場合に、多様性を認めない人は認めるべきなの?
能動的に動け、って言うけど、能動的に動けって言われて能動的に動いてる時点で受動的なんじゃないの?
イノベーションが大事だと言われるけど、金髪で会社に行くことはイノベーティブな考え方じゃないの?
そもそもイノベーションの定義は?
ってかなんでそもそも働くことがそんなに良いことなの?

etc etc.

こんなことをいつも考えている人は、まあ、働くのに向いていないんだろう、とか思っていました。




でも、少しだけ経営に携わってみて、意外と経営と哲学は相性が良いのではないかと思い始めました。

特に、哲学の一分野である、「認識論」という分野と経営は相性が良い気がしています。




なので、ちょっとこの「認識論」と「経営」の関係について簡単にまとめようと思います。

(別に僕は認識論専門家でも経営の専門家でもありませんが。。。)







さて、認識論は一言で言うと、我々の「知」とか「認識」に関する学問らしいです。

知っているとはどういうことなのか?
認識しているとはどういうことなのか?

を考えたりします。哲学っぽいでしょ?こんなの仕事に役立たなそうでしょ?



さて、ここで我々の「認識」を4つのカテゴリーに分けてみたいと思います。世の中にある「知」は以下4つのどれかに大別できる気がします。
(前にも似た様なの書いてた:http://d.hatena.ne.jp/Vivalavida0423/20170415/1492214606



 知っているということを知っている事柄(Known Knowns)

我々は、光のスピードがどれくらいかや、パソコンがどういうふうに作られているかということを知っています。これが知っているということを知っている事柄。仕事では、例えば、会計に携わる人達は、どうやって従業員の給与を会計処理するかを知っています。


◆知らないということを知っている事柄(Known Unknowns)

我々は、宇宙がどれくらいの広さかや、円周率の30兆桁目が何かを知りません。(2016年時点では22兆桁目くらいまでは分かってるらしい。。。)これが、知らないということを知っている事柄。仕事で言うと、明日グーグル株価がどうなるかは正確には誰もわからない、ということを我々は知っています。


:知らないけど知っていること事柄(Unknown Knowns)

日本語おかしいけど、ちょっと英語にして、Things that we don't know that we knowと言えば少しイメージしやすいでしょうか。
例えば、一流のテニス選手に、どうしたら良いショットがうてるかを解説してもらったところ、彼が言っていることと、ビデオを撮って細かくコマ送りして観察した実際の動きとが違った、という話。彼は実際にはできることを誤って認識していたということです。彼は、どうやったら上手いショットがうてるかを体では知っていたのに認識できていなかった、という例。(ここでは、「認識」の定義を考える必要があって、言葉で説明できないことは認識できていない、と定義するのか、実際に行うことができれば認識していると定義するのかによって話は変わってきますが。。。)
仕事で言うと、、、言えません。なぜなら、言えたら知ってることになっちゃって、このカテゴリにおさまらないから。無意識のうちに周囲に及ぼしている影響とかがこの部類でしょう。


ぁ知らないということを知らない事柄(Unknown Unknowns)
これについては、何も書くことができません。知らないことすら知らないんだから、それがどんなもんか、説明しようがないのです。知らないことすら知らない事柄。それだけ。





さてさて、これが仕事にどう関係あるんじゃ、という話ですが、こと会社の戦略とかを考える時にとても示唆に富むなあ、と思うのです。



たとえば、よくある、戦略立案の3C(Customer=顧客, Competitor=競合, Company=自社)のフレームワークみたいなのを使うことを考えてみます。


まず、顧客はどんな属性で、何を欲していて、人数規模はどれくらいで、みたいなことを考えます。

次に、競合はどんな会社で、彼等はどんな特徴をもっていて、どんな顧客層をもっている、みたいなことを考えます。

そして、自社の強みや弱みを洗い出します。




さて、考えられる限りのことを洗い出したとしましょう。
そうすると、洗い出されたことは上の,△砲△燭襪呂困任后


「顧客は20代の女性メインで、年収300〜800万くらいで、一人暮らし率が高い」

みたいな情報(知)は,砲△燭襪任靴腓Α


「競合はA社で、かれらの製品はクオリティが高いことで有名だが、どうやって高いクオリティを出しているかは先方の企業秘密なので分からない」という情報は△砲△燭襪もしれません。

「自社の弱みは従業員の定着率が低い点だが、その理由は分からない」という情報も△任靴腓Α



フレームワークで洗い出せるのは、この,鉢△良分です。

(はちょっと扱いが難しいですが、フレームワークで洗い出せなくても自然と実践できていること、感覚的に分かってること、とかでしょうか。)




面白いのは、´↓い比率をどう考えるかです。

ここで問題になるのは、「っ里蕕覆い海箸垢蘆里蕕覆い海函廚世の中のどれくらいを占めているのか、ということです。
どれくらいだと思いますか?


それは「分かりません」。


知らないんだから。知らないことすら。

知らないことすら知らない事柄については、その具体例を挙げることもできませんし、それがどれくらいの量あるのかを推察することもできません。あたりまえだけど。



だから、´↓い比率は、適当に予想するしかない。

もしかしたら人類はもうほとんど全てのことを知ってしまっていて、い領琉茲紡阿垢襦崔痢廚覆鵑討曚箸鵑瓢弔気譴討い覆い里もしれません。以下の様な世界観。
f:id:Vivalavida0423:20171210210440p:image

そう思っていれば、この世にある知を(グーグルとかで)全部かき集めてきて、それを全て綿密に分析すればほぼほぼベストな意思決定ができる、というマネジメントスタイルになるんでしょう。「お前らよく考えろおらー!頭つかえー!考えれば分かるんだよー!」ってやつ。




でも、もしかしたら人類が知っていることなんてほとんどなくて、世界の「知」はい99%なのかもしれません。以下の様な世界観。
f:id:Vivalavida0423:20171210210634p:image

そう思っていれば、ハチャメチャで、論理が破綻しまくっていて、サイコロ振りまくって決める様な経営戦略がサイコーだぜぐはははっははああああああ、みたいなマネジメントスタイルになるのかもしれません。

だって論理的に考えて(言語を使って)分析できるのは,鉢△世韻覆里如△修海鬚いら頑張っても世界の1%をカバーできるだけだから。




もし世界が後者の方だとしたら、今まで僕らが習ってきた論理的思考や、分析手法、リサーチ能力はなんなんだったんだ、ということになります。


が、こっちの方が僕はわくわくします。




そんなことを考えながらやる経営は、めちゃ楽しいです。




(次回はについて考えてみます。この記事ではの取り扱いが乱暴だった気がしますが、を考える為には「言語」について考える必要があるからです。は厳密に定義すると「言語を使って表現することはできないが、実践できる知」となるでしょう。
,鉢△浪罅垢「言語」を使って考えられる範囲ですが、「言語」はどれほど大事なのでしょう?また、「言語」が経営の中で果たす役割はどのようなものなのでしょう?)

2017-09-02

What "Overfitting" implies for our own learning practices.

I'm not a specialist in Machine Learning at all but interested in it and have read books about it.




What interests me is the concept of "Overfitting."


Overfitting:https://en.wikipedia.org/wiki/Overfitting




When machine learning learns too much, it fails in predicting the future.

Machine learning is too good at memorizing the detail of everything that it fails in generalizing. Therefore, deep learning engineers intentionally cut some connections between layers that connect networks.
f:id:Vivalavida0423:20170902105530p:image






I think this has a great implication for our (human's) own learning practices.





Sometimes, we experience that hard working does not necessarily bring about good results.



Studying hard sometimes does not come along with good test results.

Working hard sometimes lowers productivity.








As I wrote before, machine learning is not only about machine but also about learning.


We don't normally question what learning is but in this age of machine learning, it's time to think about it.

Also, it's time to think about what it is that only humans can learn.

2017-06-22

To think deeply; How, Why and What

I feel like many people are good at asking HOW questions.


How to make money?

How to learn a new language?

How to get married?






Then, we ask WHY?


Why do I need money?

Why do I have to learn a new language?

Why marry?






But to think deeply, I think we need more WHAT questions.



What is money?

What is language?

What is marriage?

2017-06-01

Machine Learning is not about Machine but about Learning

It seems like many people think that machine learning is about machine.


But this book changed my view; machine learning is about learning.



To make machines learn new things, first we need to unpack the concept of learning.


What is learning? How do we learn?


We do not think about these questions often.




But it seems like these are the key questions to machine learning.