2008-05-24 インターネットと人を信じることの関係について
■[IT/Web]インターネットと人を信じることの関係について
もう一段階大きくインターネットが世界を変えるためには、一つ考えておかなければならないことがあります。
それは、「インターネットと人を信じることの関係について」。
どれだけ人を信頼するか、それに応じてどれだけ自分の人生を預けられるか、それはその人の住むコミュニティの文化と、生きてきた人生に大きく拠ると思います。
今のインターネットの文化(特に先端部分)は、徹底的に「人は信頼できる」という前提に拠って立ち、また、その前提を受け入れられない人はその恩恵に必ずしも預かれない方向に動いています。
…本当にそう思いますか?そんな恩恵も、そんな前提も、非常に中途半端で、まるで、風が吹けば飛んでいってしまいそうな、弱い弱い事柄だと思いませんか?
さてさて。
人を信じるとは 〜賭け〜
「人を信じられる」とは、一体どのようなことを指しているのでしょうか。私は答えを持っていますが、Do you have one?あなたは持っていますか。
「あいつに仕事を任せる」という時、恐らくその人を少なからず「信じて」仕事を託しているはずです。「銀行にお金を預ける」という時、恐らくあなたは銀行を「信じて」お金を託しているはずです。「友達と待ち合わせ」をした時、恐らくその友人を「信じて」大体の時間にそこに向かうはずです。
何をどこまで信じられるか。それはその人が通過してきた文化と、人生によります。
裏切られても別にかまわない程度の「信じる」はここでは一度忘れましょう。裏切られたら被害を被る「信じる」を思い浮かべてください。
これを徹底的に突き詰めると「命を託せる」かどうか、が「信じる」ことにつながります。しかし、これはあまり現実的ではありません。一つしかない命は、基本的に自分にしか託せませんから*1。
では現実的には何か。それは非常にシンプル。それは「お金を託せる」かどうか。
お金を託す行為とは
「お金を託した経験なんてないよ」と言っている人、それは大いなる勘違いです。
- 銀行にお金を預ける行為
- 友人にお金を貸す行為
- ウェブ上でモノを買う行為
が分かりやすい例ですが、この他に、
- 出された食事を食べる行為
- 誰かに仕事を教える行為
- 誰かに仕事を依頼する行為
- 誰かのために仕事をしてあげる行為
これらも十分に「お金を託す」行為です。
あなたが社会人であれば、「時間単価」という意識はあるはずです(職種にもよりけりでしょうが)。つまり、他人のために時間を使ったり、自分の時間が失われる可能性に直面したり(出された食事に「当たった」ら、時間をかなり失うはずです)することは、イコール「お金を託す」行為に他なりません。
そこでハッと気が付きます。インターネットで自分を開示するということは、インターネットを「信じ」て「お金を託している」行為そのものであると。(ちなみに繰り返しになりますが、ここで言う「信じる」とは、裏切られたら被害を被る「信じる」を指します。)
Open Or Die
もういっそのこと、一気にオープンにしてみませんか?
http://d.hatena.ne.jp/takuya514/20080501
僕はこのメッセージは大好きです。
ところで、あなたは不思議に思ったことはありませんか?いわゆる「お金持ち・大金持ち」はあまりインターネットの世界に足を踏み入れていないことに。それだけではなく、インターネットの世界の先端で動いている人たちも、必ずしもオープンではありません。芸能人も、政治家も、めったにしない。
その答えは、非常にEASY。即ち、彼ら・彼女らエリートは、インターネットを信じていない。「お金を託せる」ほど、「信頼できる」代物ではないと思っているということです。
信じない理由「階層構造」について
「階層構造」の存在。これが、彼ら・彼女らエリートがインターネットを信頼しない理由です。
階層構造は、既得権益を守る構造です。なぜそのような特徴を持つのかと言うと、「階層の上」にいる人たちの既得権益の源泉は「情報」であるからです。階層構造には階層間の移動が「あり」の場合と「なし」の場合がありますが、総じて大きな違いはありません。どちらの場合も同じです。会社にいると、偉い人ほど情報を見る権限が大きいでしょう?お金持ちほど、世の中が動く仕組みについてよく知っているでしょう?偉い人の子どもほど、簡単に偉くなるでしょう?そして逆も然りです。
こんな世界で、「もういっそのこと、一気にオープンにしてみませんか?」というのは、非常に難しいです。なぜなら、情報を握っていて、オープンにすることで世界を変えることができるやつらは、その性質上、絶対に情報をオープンにしないからです。
そんな世界は嫌いだね
そんな「階層構造」のある世界をどう思うか、これは人によりけりだと思います。聞いた話ですが、絶対に階層が覆らないコミュニティに属する人々は、中途半端に覆るコミュニティに属する人々よりも、伸び伸びとして生きているといいます。それは、無理に階層に挑むことをせず、自分の地位の中で粛々と幸せをはぐくもうとするからだそうです。階層が絶対だからこそ、階層にコンプレックスを持たないのでしょう。
私の立場は、「階層?Fuck!」とやら、です。なぜか。それは、階層構造のある世界は、ない世界よりも明確に「変化が遅い」から。それは、既得権益者が持っている情報が価値を保ち続けるためには、世の中の変化が小さい必要があるからです。変化が遅ければ、情報をメンテナンスし続けることで、既得権益を守れる。必然的に変化の速度は遅くなります。日本の政治なんて典型例だと思いますね。
だから、僕は今の状況が嫌。変化が遅いなんて、つまらない。でも、オープンにすることで世界を変えることができるやつらは、その性質上、絶対に情報をオープンにしない、というのも僕の結論です。
でも、僕は諦めないけどね
この戦いは、今のオープンな若者が、社会の中枢に上り詰めた時にどんな態度をとるか、その1点で決まると思っています。インターネットの発達度合いから考えて、オープンにしようと思えば何でもすぐにオープンにできます。場は十分に整っています。
今、権力を持っている年配の方々には、直接の期待はできません。なぜなら、あまりにも年配の方々の世界では、「オープン派」の戦力が低すぎるからです。でも、そんな中、少しずつオープンにする幅を広げている年配の方々の背中を、若手はしっかりと見ています。
この記事は、「インターネットと人を信じることの関係について」。
今の世界の構造をぶち壊すには、インターネットを「裏切られたら被害を被る」というレベルで「信じて」オープンに情報を発信していくことが求められます。「匿名」「実名」なんて大同小異。物事を変えるには、多くの人間が、自分が生涯に稼ぐ「お金を託す」覚悟でオープンになることが必要です。
さてさて、面白くなってきた。
P.S.
オマケ。
世の中には、法律の外の世界があります。僕は一般市民なので、よく分かりませんが、法律の及ばない世界は、ここ日本にだって当然あるでしょう。その世界についても、インターネットは取り込めない。なぜなら、この世界の人間がオープンになるということは、そのまま直接逮捕されることだから。インターネットに「お金を託し」たら、100%「裏切られる」世界。そりゃーオープンにならないよね。
僕はそういう世界の力学は全く分からないのでなんともいえません。が、そんな世界について語れない時点で、この記事の「主張」は片手落ち。「かわいい理想論」に過ぎないんだろうなぁ、と思います。
