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2005-09-13

[]悲しきさだまさし 16:35 悲しきさだまさしを含むブックマーク

多くのブログで取り上げられていることであるが、昨年の紅白でのさだまさしには感動した。「遥かなるクリスマス」。その歌詞を一部挙げておこう。

メリークリスマス

二人のためのワインと それから君への贈り物を抱えて駅を出る

外は雪模様 気づけば ふと見知らぬ誰かが僕にそっと声をかけて来る

振り向けば小さな箱を差し出す 助け合いの子供達に僕はポケットを探る

携帯電話で君の弾む声に もうすぐ帰るよと告げた時のこと

ふいに誰かの悲鳴が聞こえた 正面のスクリーン激しい爆撃を繰り返すニュース

僕には何にも関係ないことだと 言い聞かせながら無言でひたすら歩いた

メリークリスマス

僕達のための平和と 世の中の平和とが少しずつずれ始めている

誰もが正義を口にするけど 二束三文正義 十把一絡げの幸せ つまり嘘

僕はぬくぬくと君への 愛だけで本当は十分なんだけど

本当は気づいている今のこの時も 誰かがどこかで静かに命を奪われている

独裁者が倒されたというのに 民衆が傷つけ合う平和とは一体何だろう

人々はもう気づいている 裸の王様大人達は本当の事が言えない

いつの間にか大人達と子供達とは 平和戦場で殺しあうようになってしまった

尤も僕らはやがて自分の子供を 戦場に送る契約をしたのだから同じこと

子供達の瞳は大人の胸の底を 探りながらじわりじわりと壊れていく

本当に君を愛している 永遠に君が幸せであれと叫ぶ

その隣で自分幸せばかりを 求め続けている卑劣な僕がいる

世界中幸せにと願う君と いえいっそ世界中が不幸ならと願う僕がいる

これほど強烈なメッセージ誤読することはありえない。誤読する人がいれば、恐らく日本語理解力に大きな欠陥を抱えている可能性がある。さだまさしのこのメッセージ賛同するのも、反発するのも有り得べき主張だ。明らかにイラク派兵憲法改正への動き*1に反発した、政治性の強い楽曲を歌い上げるさだまさしに感動する人はいていい。またそのようなさだの「政治的偏向」に嫌悪感を催すのもいい。しか誤読をするのはさだまさしに対する最大限の冒涜だろう。

しかし現にそういう人々がいるから始末が悪い。例えば「戦場というのは世間一般のことで」など。あり得ない。はっきりと「激しい爆撃を繰り返すニュース」「独裁者が倒されたというのに民衆が傷つけ合う平和」これがイラクのことでなくて何なのか。岩崎宏美の「聖女たちのララバイ」における「この街戦場から 男はみんな傷を負った戦士」とは違うのだ。さだにおける「戦場」とは、そういう比喩ではない。具体的な「戦場」だ。「僕らはやがて自分の子供を戦場におくる契約をした」というのは憲法第9条の改正海外派兵のことだろう(この部分、ご指摘を受けて修正)。このさだのメッセージに対し、反対するのもいい。賛成するのもいい。しかしわい曲して読み込むという、表現者に対する最大限の侮辱は止めて欲しい。

現にさだファン右翼に変なことをいっている人がいるのだ。自分が好きだったさだが自分政治信条と違うことをいってとまどう気持ちはわかる。それならば、さだを批判すべきだろう。それができないならば、困惑したまま沈黙するのもありだろう。しか自分政治信条にあうようにわい曲するのは、さだに対する最大級侮辱である、ということに本人が気付いていないのが、おかしい。さだがもしそのブログを見たら怒り狂うだろうな。

もうひとつさだまさし表現を。

・・・戦いになれば力の強いものが弱いものを押しつけていったんは決着するように見えるけれども、押さえつけられた側の怨嗟は伏流となって決して涸れず、いつの日か必ず地表に吹き出すときが来る。そしてまたその時代の力関係で、同じ戦いが繰り返される。負の連鎖はしかも残虐に加速する。チェチェンヨルダン西岸コンゴもシェラレオネもアフガニスタンイラクも全部そうだ。

無念にも人は強者に屈する。正論であっても無視されるか口を封じられ、強者は結局自分の思い通りを貫く。近年、僕は大統領選挙の度にアメリカが嫌いになる。あれほど差別の酷い国に正義などあるはずがない。最も強いアメリカがどこまでも強者論理を押し通す強弁体質を貫く限り、いつか誰も信用しなくなる。力で押し通す奴は悪い奴だ。その悪者に対し、いい大人代表が、「正論」すら言えず、揉み手をしてへつらう姿を見ていたら、子供大人軽蔑するし、社会卑劣になる。いつになれば日本属国文化を恥だと気づくのか。心の独立運動を起こそう!

こういうさだ応援するのか、しないのか、であって、またはこういうさだの主張は嫌いだが、音楽好きだ、とか、さだの音楽は嫌いだが、主張は好きだ、かいろいろあってもいい。しかしさだの主張をねじまげることはやめよう。

しかさだまさしといえば、80年代は保守的と思われていた人なんだけどな。坂本龍一もね。五百旗部真が言っていたな。80年代左翼は五百旗部たちを「保守反動」と呼んで非難してきた。しかし今の日本の流れに抗しているのは我々であって、左翼は何もしていないじゃない、と。

といいつつ今とある右翼系のさだまさしファンサイトを見てきたら、結構いいことが書いてあったりしたことも書き添えておく。

*1:ご指摘を受けて訂正します。

gassyugassyu 2005/09/13 22:09 うちのまみぃがさだまさしのCDたくさん持ってます。この歌もあるかな?探してみます。

WallersteinWallerstein 2005/09/13 23:02 「恋文」というアルバムに入っていたのではないかな?と思います。

通りすがりのさだまさしファン通りすがりのさだまさしファン 2017/12/21 09:54 12年も前の記事に失礼。
その通り、「誤読」はいけません。
さだまさしは改憲論者(特に9条)です。それは著書を読めばわかります。
さだまさしは、改憲論者であって、その一方で海外派兵(あるいは集団的自衛権)には反対という立場です。
「憲法改正への動きに反発」とか、文字通り、さだの主張をねじまげることはやめましょう。

WallersteinWallerstein 2017/12/30 07:11 おっしゃる通り、さだは改憲論者です。知ってたつもりだったので最初コメント見たときに「そんなこと書いてたかな」と思いましたが書いてありました。ご指摘感謝します。

通りすがりのさだまさしファン通りすがりのさだまさしファン 2018/01/06 15:05 古い記事への指摘への対応、感謝します。
もう一つ、「『僕らはやがて自分の子供を戦場におくる契約をした』というのは憲法第9条の改正のことだ」も修正していただけると。これも海外派兵への疑義を表明しているのであり、9条改正のことではありません。
繰り返しになりますが、さだまさしは自衛隊の必要性を理解した上で「ダブルスタンダード」と明言する憲法改正論者ですから。
「国を語ればleftからブーイング 平和を歌えばrightからクレーム」(神の恵み)
「清いだけの無力ではなく けれど力づくの正義でもない」(君は歌うことが出来る)
従来型の単純な右翼・左翼、保守・革新の枠組みでさだまさしを語って欲しくはないのです。
さだまさしは、愛国者です。そしてさだまさしは平和主義者なのですから。

WallersteinWallerstein 2018/01/11 00:02 ご指摘の「単純な右翼・左翼・保守・革新の枠組み」で語るべきでないのは全く同意です。ご指摘の点、全く同意ですので、対応します。重ね重ねご教示ありがとうございます。

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