不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

Self-Reference ENGINE/円城塔

Self‐Reference ENGINE (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

Self‐Reference ENGINE (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

 巨大知性体*1の織り成す、様々な《世界》におけるお馬鹿なエピソードを20個を連ねた作品。全体的なヴィジョンが壮大過ぎ、全貌の把握はかなり難しいものの、個別のエピソードの楽しさは紛れもなく本物だ。ユーモラスな語り口も素晴らしいが、折々に挟まる、晴朗な感傷の絶妙さも読みどころ。読者は、ゲラゲラ笑っていたら、いつの間にかしんみりしていたり、心温まったりしていることだろう。この作品は、極端にペダンティック、極度に緻密である一方、非常に健康的でもあるのだ。まさに傑作。
 以下、冒頭部分を引用する。最初から実に振るっている。

 全ての可能な文字列。全ての本はその中に含まれている。
 しかし、とても残念なことながら、あなたの望む本がその中に見つかるという保証は全くのところ全然存在しない。これがあなたの望んだ本です、という活字の並びは存在しうる。今こうして存在するように。そして勿論、それはあなたの望んだ本ではない。

 程度の差は当然あるだろうが、上記引用部分に何らかの《楽しさ》または《興味深さ》を感じる読み手は、『Self-Reference ENGINE』を必ず読まねばならない。先述のように、作品世界の全体像を掴めるか否かは保証の限りではないが、目の前にある文章と挿話を十全に楽しむことができよう。読解に読者の自助努力が必要な作品であることは間違いないが、円城塔は自分が何を書いているか完璧にわかっている(これ重要)。そのような小説を、読者の力の及ぶ限り読解することは、読書の愉悦の一つでもあるはずだ。おすすめです。

*1:ただし、作品世界内において至高の存在というわけではない。