不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

2011昭和音楽大学オペラ公演

14時〜 テアトロ・ジーリオ・ショウワ

  1. ヴェルディ:歌劇《ファルスタッフ

 高い外来オペラに行くには金がない上に、福島第一原発事故後の日本においては配役変更リスクが許容限度を超えて高くなってしまったように思います。その代わりと言っては何ですが昭和音楽大学の公演に行って参りました。ソリストは学生さんではなく、教員+卒業生。現役学生は合唱団や管弦楽を担当している模様で、ここら辺はひょっとして藝大オペラと逆? それとも藝大オペラもソリストは教員+卒業生だったのかしら。
 さて本日のファルスタッフ・三浦克次は恐らく本日最高齢のベテランですが、何と前日土曜日の公演組のファルスタッフが体調不良で出演取り止めとなり、そちらも急遽歌ったらしい。金曜日のゲネプロでも歌ったというから、三連チャンでありさぞや大変だったと思われる。現に、今日の公演では特に第一幕と第二幕で声に精彩を欠き、それを歌い口と演技でカバーするといった感じでありました。高音時や長く声を伸ばす時は残念な感じではありましたが、まあしょうがないし、熱演しているのは伝わって来たのでこれ以上云々は致しません。第三幕ではやや調子が戻り、前半はしっかり魅せてくれたし、後半は登場人物総出の場においても随一の存在感を醸し出しておりました。大したものであります。他のキャストは若手でしたが、「ファルスタッフの声の不調」がはっきり目立ってしまうぐらい粒が揃っており、声楽的には大満足。演技も皆さん達者で、日本のオペラ界の未来は明るいと思いました。個人的にはアリーチェとフォードが双璧でしたでしょうか。
 松下京介指揮下のオケは、機能的には申し分なくさすが音大と思いましたが、さすがにちょっとした所での歌い回し――凄く漠然とした言い方になりますが、オケそのものが伸び伸びと歌う感じ――には硬さが見られました。指揮者本人は実にしっかりと全体をまとめ上げていた上に、「振り過ぎる」タイプではないと思われたので、これは恐らくオケの地力が出てしまったし指揮者としてもどうしようもなかったというところでしょう。個人的には、音によって場の空気を変えるべき箇所でも、雰囲気が全然変わってないのが散見されたのは残念。というか、《ファルスタッフ》って序曲がないから、最初の一音から「劇空間」の空気を醸成しないといけないのね。これは荷が重かった模様、でも皆さん手は抜いていなかった。学部生主体だったし、ここは未来に期待しておきましょう。
 ゼフィレッリの片腕たるガンディーニの演出は新奇な解釈を加えない真っ当なもの。第一幕でクイックリー夫人だけがナンネッタとフェントンの関係に気付いて背中押していたのが味わい深かったぐらいか。ただ、第一幕第二場以降は、舞台前方(幕が下りる線のちょっと後ろぐらい)に水を張り、登場人物がそれを一々飛び越えて舞台最前方に出たり入ったりしてたので、踏み外さないかハラハラいたしました。第二幕最後では、ここにファルスタッフが落ちて本当にびしょ濡れになっていたな。そして全体的には、人物の動かし方が非常にめまぐるしいものでしたが、《ファルスタッフ》はアンサンブル・オペラであるとの印象を更に補強する結果につながっており、決して奇手ではないと思います。最後のフーガで、ファルスタッフによる小声での独白で、全員にクスクス笑わせていたのは、フーガ全体の印象を変えてこれはこれで面白かった。なおカーテンコールではガンディーニ本人が登場してました。他の歌劇場や音楽祭との共同制作とはクレジットされていませんでしたが、ひょっとしてこの演出、昭和音楽大学のオリジナル? ならばすげえ豪華だと思いますよ。
 というわけで、4,500円というお値段からするとコストパフォーマンスの極めて高い公演となりました。私は大変に満足いたしました。一つ思ったのは、やはりこのオペラはヴェルディの最高傑作であるということ。悲劇を散々書いて来た巨匠が、功成り名を遂げて最後に書いたのが、清濁併せ呑んで人間を完全肯定する喜劇であったというのは意味深であります。フーガなんて、本当に涙ものだからなあ。あそこには、「物語」「言葉」「音楽」を組み合わせてこそ到達できる何かが溢れている。