遊藍:馬法使い RSSフィード

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  • 2011-08-04

    [][]学校教育

    義務教育、学校教育について、上との関連からちょっと。


    例えば、社会人になってPDCAというサイクルをならって、いいことを教わったと得意になっている人は、それは小学校レベルの理科で学べた科学の手法の一変形だと、ずっと前に学べたはずのことだと反省すべきなんだと思う。

    こういう人に限って、学校教育を馬鹿にしたりする(自分も学校教育が素晴らしいとはこれっぽっちも思ってはいないけど)


    学校で何を学ぶかは、自分次第。学校が提供してくれるのは学ぶ機会。

    義務教育というのも、親が子供に学ぶ機会を与える義務であって、子供が勉強する義務じゃない。


    だから、何を教えるか、どう教えるかという議論は大いに結構で、それはそれで大事なことだけど、その環境を与えられる側がそれを欲しなければ学校は意味が無くて当然。

    例えば親が、学校で教わったことなんて何も役に立たなかったと思っていて、そう子供に教えていたら、その子供はまた学校から何も受け取ることなくまた子供にそう教えるかもしれない。

    こういう態度のほうが、例えば学ぶことは大事で学校はいいところと教わりつつ学校に行きながら仕事をしている子供よりもよほど、本来の意味での義務教育の放棄だと思う。


    教育する義務があるのは学校・教師だけではなくて、親から周囲の大人も含めて、つまり子供を持つ日本という国家社会全体である。

    学校・教師にも一定の責任があるのは勿論だけど、親やその他の家族がその責任を丸投げしていいことにはならない。

    義務教育に対して間違った知識が横行しているように思う。

    学校教育の改善も常に大事だけど、社会の大人たちみんなが教育の義務に対してすこし考えなおさないといけないのではなかろうか。

    小学生の父です。小学生の父です。 2011/08/07 15:14 こんにちは。

    はじめまして。

    小学生の子を持つ、通りすがりの者です。


    わが子に、PDCAサイクルの思考方法を授けようとして、

    “こどもにおしえるPDCA”などを検索中に、

    拝見いたしました。


    文頭から結びまで、おっしゃられる通りだと、

    同感しながら、拝見しました。


    小学校の理科の一変形で

    PDCAサイクルを連想させれば良いのですね。

    ご教示。誠に、ありがとうございました。



    さて、追伸でございます。

    超高速パイロットの教育も

    かなり高等なものと、うかがいますが、

    ルーチンにない非常事態ともなると、

    理論を的確に積み重ねる思考力より、

    経験や知識が無くとも難なく瞬時に、

    理にかなった答えを叩き出してくる勘を持つ、

    天才が勝るようですね。(馬術は?)

    しかし、理論的な積み重ねの思考を飛ばす勘なんてものは、

    理論的に評価しにくいようです。


    小学校の理科の最中に、

    PDCAサイクルの手法がひらめく子供は、天才でしょう。

    秀才なら、PDCAサイクルを知った時に、

    過去からさかのぼって、一変形も説き出すでしょう。

    凡人は、いちいち説かれるまで気がつかないでしょう。

    愚か者は、いちいち説かれても気がつけないでしょう。



    不幸なことは、子供は秀才か凡人で、

    義務教育を卒業した親は凡人、

    親の他に義務教育を果たす者が愚か者の場合。


    もっとも不幸なことは、

    教育を受ける秀才が、愚か者ばかりに囲まれることでしょう。


    最悪は、このブログや世の一部から、

    間違った知識が横行と説かれていても、

    修正されるPDCAサイクルの実践が、

    なされていかない現実が存在することです。

    理由はともあれ、結果は総じて愚か者である。


    PDCAはサイクルであると習ったなら、

    私は正しいと信じて疑わず新たなサイクルを試み聞き入れない、

    博学者や浅学者なども、手に負えないほど愚かの一変形と知る。


    教育や政治。

    親や国民の本音には、どうせ説いても無駄かもしれません。

    というPDCAサイクル放棄や破壊も見えます。


    即効として、

    金の卵を育てるべく、いろいろな諸事情の中をご苦労様でしたが、

    PからDの後、ここからは、先生の書いて字の如く、

    師の如く先に生まれ持った徳でもって功績を忘れ仇を許し、

    謙虚になって、CしてAして新たなサイクルの師:先生となって

    次のサイクルへ移行するべきなんだと思う。


    それができるから、字の如く師という先生であり、

    それがとても素晴らしい行業だから、

    即時に親や子供は、師として尊敬します。


    恒久的なこととして、

    親もその親も、子供より先に生まれる代々。

    家庭の師:先生であります。


    素晴らしい先生を尊敬しない、尊敬に値しない先生が存在するならば、

    義務教育を成立させるための道徳教育や家庭のあり方から、反省すべきなんだと思う。


    このように、素晴らしいブログだと、同感いたしました。

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