*1ソウルの朝

7時過ぎに目が覚める。ふだんの土曜日は10時過ぎまで寝ているのが常なのだが、旅先では早起きになる。セーターを着込んで散歩に出かける。思ったほど寒くない。摂氏10度近くあるようだ。目抜き通りの太平路に出る。北には、北漢山を背景に景福宮の光化門が見える。その手前にいかつい鎧姿で立っているのは、李舜臣像だろう。高架道路を撤去して川の流れを再現したという清渓川路に沿って歩いていく。南大門路と鐘路の交差点に建っている普信閣に行く。1396年に建造され、1413年にこの場所に移設されたという鐘楼である。二層の堂々たる建物だ。ただし、何度か戦災や火災で焼失し、建替えられているらしく、現在の建物がいつの時代のものかは、説明板には書かれていなかった。

普信閣のはす向かいには、巨大宇宙船を戴いたような近未来的な高層ビルが建っている。呆れたことに、国税庁の庁舎らしい。ソウル市民は、よく納税意欲を阻喪しないものだ。南大門路を下って、ロッテ百貨店の前で乙支路を右折し、ソウル特別市庁の前まで行く。石造りの重厚な建物だ。市庁前の広場の向かいには、徳寿宮の大漢門が建ち、太平路の南の端には、南大門が見えた。太平路を北上してホテルに戻る。

8:30に同行者とロビーで落ち合い、朝食に出かける。裏道を茶洞の街まで歩いていくと、小さな粥屋が開いていたので、入ることにする。写真のメニューから海鮮粥を選ぶ。魚介類が豊富に入った粥は、朝食にぴったりだった。

徳寿宮

仕事は午後からなので、午前中は、同行者と市内観光をすることにする。まず、徳寿宮に行く。1611年から正宮や別宮として使われてきたようだが、ほとんどの建物は20世紀になってから再建されたものだ。どうもソウルの歴史的建造物は、例外なく火災に遭っているようだ。同行者曰く、「冬にオンドルを焚くせいじゃないですかね。」なるほど、これだけ乾燥した空気の中、木造建築物の床下で火を焚けば、失火の危険は高いに違いない。

宗廟(世界遺産)

続いて、市廳駅から地下鉄2号線に乗り、2駅先の鐘路3街駅まで行く。目的地は、宗廟。朝鮮王朝代々の王様とお妃様の位牌を祭ってある霊廟である。世界遺産に指定されている韓国の国宝だ。緑の多い敷地内は、霊廟だけあって、静謐な雰囲気が漂っている。正殿は、位牌を祭ってある太室が横に19室並び、韓国で最も長い建造物なのだそうだ。朱色の柱が立ち並ぶ様は壮観だ。超広角レンズを使わないと、正面から全景を撮影するのは無理だろう。位牌を収容し切れなくなって増設したという永寧殿も、16室が並び、これも十分立派な建物だ。なお、これらの霊廟は、1592年の文禄の役(壬申倭乱)で焼失し*1、1608年に再建されたという。

裏門から出ると、そのまま北隣の昌慶宮に入る。去年訪れた世界遺産の昌徳宮と隣接している。ここも王宮の一つで、多くの建物が1834年の再建だが、正殿の明政殿は、1616年以来焼失を免れ、朝鮮王宮の中で最も古い建物だということだ。松の木に囲まれた木造建築の数々は、日本の建築文化に通ずるものを感じさせた。これで、ソウルの主要な王宮はあらかた見たことになる。正面の弘化門から出て、タクシーを拾う。

*1:ソウルの宮殿のほとんどは、文禄の役で焼失したという。秀吉軍が焼き払ったのかと肩身の狭い思いをしたのだが、帰国後調べてみると、秀吉軍が入城した際、ソウルは火の海だったという。退却する朝鮮軍または朝鮮民衆が火を放ったようだ。確かに、看板の説明文を写真で再確認してみると、いずれも「壬申倭乱で焼失」とは書いてあるが、「倭軍が放火」とは書かれていない。とは言え、誤解を招く表記は避けてもらいたいものだ。

Nソウルタワー

次の目的地は、ソウル中心街の南に聳える標高243mの南山に立つNソウルタワーである。頂上直下でタクシーを降りる。頂上には、高さ236mのテレビ塔、Nソウルタワーが屹立している。展望台入場料7,000ウォン(約700円)を払って、標高360mに位置する展望にエレベータで登る。ガラス張りの展望台からは、ソウル市街が一望の下だった。北は北漢山の麓の青瓦台景福宮から、南はゆるやかに蛇行する漢江の向こうに広がる江南地区まで、360度の景観だ。北東の山々は、北朝鮮との国境地帯だろう。

絶景をしばし楽しんだ後、1階下に下りると、「スカイ化粧室」と称するトイレがあった。ガラス窓の前に小便器が並んでいる。ソウル中心街に向かって用を足すのは爽快ではあったが、青瓦台や宗廟に対して不敬ではなかろうか、と余計な心配をしたのであった。

エレベータで地上に降り、ロープウェイ*1で下山する。盤浦路を下って南大門市場まで歩き、昼食にする。去年も入った大衆食堂で味噌チゲを食べる。ぐらぐら沸騰状態で出てきたチゲは、猫舌の私には、熱いやら辛いやらで大変だった。食後、南大門の前から太平路をホテルまで戻り、荷物をピックアップする。ホテルの前からタクシーに乗って仕事先に向かう。

*1:韓国ではケーブルカーと呼ぶようだ。

帰国の途へ

夕方、仕事が終わり、タクシーで金浦国際空港へ向かう。途中、漢江の彼方の山に日が沈んでいった。こちらでは、ユーラシア大陸に日が沈んでいくわけで、日本とは違った感興がある。運転手が英語を解してくれたおかげで、今年は国内線ターミナルで降ろされることもなく、無事、国際線ターミナルに到着。すぐにチェックインできた。アシアナ航空のラウンジで、ビールを飲みながら、備え付けのPCでネット巡回をする。一通り見終わったところで、履歴を消して席を立つ。保安検査場も出国審査場も列はなく、スムーズだった。出国検査場を出たところにある免税品店で家族や職場への土産を買う。妻子には、きれいな栞と「冬のソナタ」チョコレートを買った。

またもJA708A

買い物もすんだところで、昨日到着した38番ゲートに行く。駐機していたのは、昨日と同じJA708Aである。往復とも同じ機材に乗ることになった。19:45頃、羽田行きNH1294便の搭乗開始。座席は2A。昨日と同様、Fクラスのシートでラッキーこの上ない。驚いたことに、隣席は、私が新入社員だったときの人事室長だった人だ。7月の上海出張に続く椿事である。一体、どうなっているのだ。この方は、たぶん私のことを覚えていないだろうと判断し、他人モードを維持することにした。

20:13定刻より2分早くスポットアウト。日本と同様、マーシャラら地上作業員が手を振って見送ってくれる。20:25、32Rから離陸。漢江を渡り、江華島の上を左旋回する。金浦から北朝鮮領は、目と鼻の先である。その後も上昇を続け、20:44には早くも朝鮮半島を抜けて日本海に入った。20:48にFL410に到達。水平飛行に移る。食事サービス開始。帰途もサンドイッチを中心とした弁当ボックスだ。しかし、赤ワインを飲みながら食べる機内食は、私にとってはご馳走だ。食後、座席をフラットにして寝る。

21時半頃目が覚めて、起きてみると、駿河湾に入るところだった。かなり雲が出ており、地上の灯りは途切れがちだった。22:01羽田空港34Rに着陸。沖合いの駐機スポットに「先得ジェット」がいた*1。22:08定刻よりも7分早く45番ゲートにスポットイン。Fクラス並みなので、逸早く降機でき、入国審査場も待たされなかった。同行者と落ち合って、ターミナル連絡バスに乗り、第1ターミナルへ移動。京浜急行に乗る。蒲田で同行者と別れ、今年は乗り過ごすこともなく、京急川崎で下車する。南武線に乗り継いで自宅に帰り着いたのは23時半頃だった。さすがに疲れた。

*1:相武紗季が出迎えてくれたような気がして、おじさんの妄想は尽きないのであった。