いまだに落ち着きのない三十路(アラフォー)

2008-06-12

もっと当たり前すぎて教えてもらえなかった研究のこと.

tiharaさんから言及をいただいて,卒研当時の記憶がブワッと蘇って来たので,興味の話とは少し離れて書く.

 テーマを発展させるためには、間違いや勘違いを犯すのが近道であり、間違いを犯すためにはねばり強く「時間をかけて」問題にとり組まなければならない。実は、教員の与えるテーマというのは、そのままでは面白くも何ともないが、高い確率で「個性的に間違う」ことのできるものなのである。

当たり前すぎて教えてもらえない研究のこと。- IHARA Note

間違ってるなんて,怖くて言えません.

言及されたエントリでの教官セリフは「精度低いね.改善できないの?とりあえず動くものつくろうよ」で,二言めは疑問系であるが,主観的には「問いかけ」ではなく「非難」だった.「間違いました」「上手くいきませんでした」なんて言おうものなら機嫌を悪くされる,という状況だった.(もちろんこれは思い込みである.これが思い込みでなかったら「研究室とのミスマッチ」ではなく「単にダメ教官の所に配属された」だけの話である.)

 もし、「間違っている」にもかかわらず、テーマが発展しそうにないとしたら、それは「ありふれた間違い」だからである。どのようなテーマでも、最初の数ヶ月は、誰でも同じ間違いをする。初心者の間違いなど、類型化されている。けれども、一所懸命になればなるほど、間違いが類型を外れていき、「個性的な間違い」となる。テーマを発展させるためには作業量が必要なのである。

この必要な作業量がどれくらいかということだが、抽象的な言葉で言えば、「もうこれ以上改良の余地はないはずなのにどこがおかしいのだろう」と五回ほど途方に暮れるくらいである。それくらいの作業をこなすと、「個性的な間違い」が出る。私が修士のときには修士一年の二月まで、ずっとうまくいかない日々を送っていた。とにかく、研究というのは最初は「先が見えない」。そして、「時間がかかる」。

 なお、類型的な間違いなのか「個性的な間違い」なのかは、教員に聞けばすぐに分かる。類型的な間違いは教員の頭の中にデータベース化されているが、「個性的な間違い」はデータベース化されていないからである。

当たり前すぎて教えてもらえない研究のこと。-IHARA Note

後出しで格好悪いが,上手くいかない状況を繰り返して「問題の設定からして間違っているのではないか?」という疑問は「2ヶ月くらいで」持った.持ったが,怖くて言い出せなかったのだ.それでつまらなさに拍車がかかったのだ.テーマは「動画クラスタリング」だったが,冬休み近くまで行き詰まっていたのは「クラスタリング」ではなく「動画」・・・どころか「画像」の部分だった.もう少し具体的に書くと,テーマは「専用の技術なしに(つまり素人が市販のビデオカメラで)撮影したスポーツの試合動画クラスタリングする」で,例えばサッカー動画を,「フリーキック」とか「オーバーラップ」「カウンター攻撃」といった感じに動画を分ける事になる.「撮影しているカメラ選手(やボール)までの距離が未知」「そもそも一度に全員は(場合によってはボールも)映らない」「素人撮影だから画面が不安定」といった動画から選手ボールの位置を推定する,それだけで立派な研究が成立しそうな話である.ここで行き詰っているのに「(それはさっさと終わらせて)とりあえず(本題のクラスタリングが)動くものつくろうよ」と言われていたのだ.

さらに言えば,行き詰まりはあまりにも「類型的な間違い」で,人の輪郭を取りだす処理として「横方向に走査して色が変化する所を検出」といったことをやろうとして上手くいかなかったのだが,これは教科書レベルの話である.それを報告しているのに特にコメントはなかった.教官は「機械学習」や「データマイニング」の専門家だが「画像処理」の専門家ではなかった.

クラスタリングが本題なら,その手前でつまづくような画像を使うべきではないのでは」ということには卒研生だって気づく.研究の展開計画には違いないが,それは発展としてやる事だ.しかし「この画像では情報を取り出すのが難しいので別の画像にするべきでは」とは言い出せないまま時間が過ぎていった.もし言えていたら,RoboCup サッカーシミュレーションあたりが絶好の材料として使えたかもしれない.というかRoboCupの方では散々扱われているテーマなのではないか?で,卒論の時期が迫って,肝心のクラスタリングについてやっている時間がなくなり,教官に渡された先輩の論文を読んでそのやり方をほぼそのまま実装する事になった.「問いは(現実離れした広さを扱っていて)適当,手法は(先行研究劣化コピーなので)穴だらけで,結論は(すでに拡散しすぎているので)応用がさっぱり期待できない」卒論の出来上がり.

当たり前すぎて教えられななかったこと

またしても恨み言が長くなって,脇道にそれた.タイトルに挙げた事について.

では、学術的に面白いテーマというのはどのようなものなのか。そのことを説明する前に、題名に掲げた「当たり前すぎて教えてもらえないこと」を書こうと思う。

研究は難しい』

 これである。学生はそんなことは知っていると思うかもしれないが、どのような方向性の難しさなのかは知らないと思う。

当たり前すぎて教えてもらえない研究のこと。-IHARA Note

これとセットで知っておくべき,「当たり前すぎて教えてもらえなかった」事は

研究は間違えて良い,むしろ間違いを堂々と述べよ』

『答えは誰も知らない,当然指導教官も知らない.だから教官が間違えている事もある』

研究は難しいということ以上に「そんなのに気づかないはお前だけだ」と言われそうで怖い(だから「教えてもらえなかった」事とした).今の気分はこんな感じ.

       / \  /\ キリッ
.     / (ー)  (ー)\
    /   ⌒(__人__)⌒ \   <『研究は間違えて良い』
    |      |r┬-|    |   『答えは誰も知らない,教官が間違えている事もある』 

     \     `ー'´   /
           ___
       /      \
      /ノ  \   u. \ !?
    / (●)  (●)    \ 
    |   (__人__)    u.   | クスクス>
     \ u.` ⌒´      /
    ノ           \
  /´               ヽ
         ____
<クスクス   /       \!??
      /  u   ノ  \
    /      u (●)  \
    |         (__人__)|
     \    u   .` ⌒/
    ノ           \
  /´               ヽ

ネットでも大学でも散々言われるだろうこの事も,体で理解するには結構時間がかかるかもしれない.特に指導教官威圧的に見えたら「間違えまい」とする気持ちが働くかもしれない.

私たちの研究室では、後に入ってきた学生たちに過去の失敗者の名前をすべて実名で伝える事にしています。この実名で報告することのメリットは、大きく三つあります。第一に聞くものによりリアルで強烈なインパクトを与える事ができる。第二に興味を覚えたものがより詳しい内容を知りたいとき、失敗者本人に直接聞く事ができる。そして第三にみんな実名を出す事で、失敗とは隠すものではないという文化を作る事ができる事です。

失敗学のすすめ (講談社文庫)

失敗学のすすめ (講談社文庫)

これは事故を防止するために失敗例を継承する目的で行っている事のようだが,研究において身につけることが求められる文化でもあると思う.実名公開まではさすがに躊躇するが.この一連エントリは,「研究室をM1でやめてしまった例」を失敗として「失敗学」の真似事をしようというもの,そして失敗をさらけ出す事でいやな思い出を何とか笑い話にしてしまおうというものである.

tiharatihara 2008/06/13 00:14 ども、こんばんは。返答ありがとうございます。

> 『答えは誰も知らない,当然指導教官も知らない.だから教官が間違えている事もある』

これはとても重要ですよね。しかも、実践しづらい。私の所属していた研究室の先生ではないのですが、雑談をしていたら「学生がもっと僕(その先生)に反論してきてくれると嬉しいんだよね」と言っていました。

> 動画から選手やボールの位置を推定する,

私がYAOsanの同級生だったら、こんな提案をしていたかもと思います。「選手やボールの位置推定は多分できない。画面を縦横にいくつかずつ区切って、区画内の平均色を特徴量にしよう。とにかく、意味のありそうな頑健な入力があれば、そこそこクラスタリングは動くはず」。もしかしたら、そんな提案もあったかもしれませんが、とにかく横に困っている同級生がいたら、なんらかのサポートをしたと思います。

昔のことを思い出すのはもしかしたら嫌かもしれませんが、同級生たち(や先輩たち)の支援などはあったのかなかったのかということがまず気になります。

それから、同級生たちも教員に反論できなかったのかということも気になります。研究室に五人くらい学部生がいれば、一人くらいは反論とはいかないまでも突っ込んだ質問くらいはできてもいいかなと思うので。それができないような雰囲気だったら、かなり嫌な研究室だなと思います。

長くなりましたが、この問題はYAOsanとは反対の立場として気になっているのです。私は幸せな研究室生活を送ったし、先輩たちも幸せそうだったけど、なぜか後輩たちは(年度にもよるけど)幸せそうに見えない。これはなぜだろう、と思っているのです。

YAOsanYAOsan 2008/06/14 00:29 tiharaさん,コメントありがとうございます.

>私がYAOsanの同級生だったら、こんな提案をしていたかもと思います。

卒論にした際には,苦労して座標を細かく推定したのに「推定した位置が信頼できない(誤差が大きい)から」という理由で,6×4程度の粗い区画に戻して使っていました.いかにも骨折り損でしたが,たった今まで『どうやって位置を求めるか』という難しい問題設定に囚われていたのだな,と思います.エントリに書いたわずかな情報でそれを打ち破るような提案が出て来たということに驚いています.
エントリでは『間違いを述べよ』としましたが,間違いというのは解がある事を暗に期待してしまうので,『これができない,ここが分からないと遠慮なく言ってよい』という表現の方がふさわしいかなと思います.分野や大学によって違うかもしれませんが,卒論くらいでは「これをやりました,これができました」に力が入って,できない事は「今後の課題」とでも適当に書いておけば良いという傾向があるでしょうか.実はすごくもったいない事なんだなと思いました.

>それから、同級生たちも教員に反論できなかったのかということも気になります。研究室に五人くらい学部生がいれば、一人くらいは反論とはいかないまでも突っ込んだ質問くらいはできてもいいかなと思うので。

同級生はそれぞれ別のテーマ(動画クラスタリングの一部ではなく,まったく別の問題)をやっていましたので,「座標が取れない」という報告は聞いても画像選びの問題まではピンと来なかったのではないかなと思います.それを除いても,僕を含めて皆,質問するという習慣をあまり重視されなかったかな,と思います.
改めて思い返しての想像ですが,立ち上がって10年しない若い研究室だったので,チームとして研究室を動かす事に慣れていなかったのかもしれません.
また,他のテーマでは,「加工済みの大量のデータ」を扱っていて,そのテーマを選んだ同級生は学部の内に論文投稿の話もあった様子でしたので,おそらくそちらが教官自身の専門だったと思います.それに対して僕の選んだテーマだけが「まずは生データを加工してから」という「浮いた」感じでした.僕のいくつか上の学生が「これをやりたい」と持ち込んだテーマを(画像処理の問題をうっかり見過ごして)始めてしまったのではないかと,今考えるとそんな気がします.

スパム対策のためのダミーです。もし見えても何も入力しないでください
ゲスト


画像認証