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鈴木さんちの球日記

2017-02-20 走れ小心者

2本立て



1本目



少々前のこと。少し嫌なことがあった。


とあるA級さんと5先のセットマッチを2回やった。


「事前練習をせずにすぐ本番!」ってのを試していた私。A級らしさは微塵もなくあっさり2回負けた。


いきなりの対戦ではこんなものだという開き直り半分、冴えない球を撞いた情けなさと負けた悔しさ半分。


そんな時に相手から声をかけられた。


「くれる?」


何をあげれば良いのかと聞き返したら、そのセットマッチは賭け球だったらしい。5先0.5Kだったらしいのだ。


事前には一言も言われていない。「5先でやりましょう」としか言われていなかったのだ。




私がA級になったばかりの頃だったか、こんなことがあった。


「5先で」と始めた1回のセットマッチ。勝ったら相手が0.5Kを差し出した。


賭け球だという話は全く出ていなかったので、私はスポーツなのだと思っていた。


そう言うと相手は「何も言わずに始めたら5先は0.5Kです」という。引っ込めるつもりはないらしい。


その出来事から学んだことは、何も言わずに始めた場合の「いつも通り」は店によりけり、人によりけり違うらしいということ。


他の店に行けば常識は違う。


また、賭け球派が多い店でもスポーツ推奨派はいるし、逆もまた然りで個人差がある。


「何も言われなかったので」では後でトラブルになる可能性がある。


「○○だと思った」では駄目で「××かもしれない」という態度でいろとは、自動車教習所で習うことだ。


自分の先入観を当てはめようとせず、事前の交渉はしっかりすべし。


過去にそう学んだはずだったのだけれど。


近年はJPA中心に球を撞いており「賭け球なんてやったことも見たこともない」という人たちに囲まれて過ごしてきたせいか、すっかり忘れていた。賭け球をやるにせよ、しっかり相手の方から事前交渉があった。


今回のような例はかなり久しぶりだったのだ。


言い訳をすると、その相手とは過去に何度か相撞き経験がありスポーツ派だったような覚えがあったのだ。


そんな朧な記憶と「相手から何も言われなかった」ということもあって、スポーツだと思い込んでしまったのである。


賭け球だと分かっていたとしても結果が変わったとは思わない。けれどもう少し違うやりようがあっただろうと思うと、釈然としない気持ちが残るのである。



結論。事前の交渉はちゃんとしましょう。




その出来事からの連想で思ったことがある。



私は今回の出来事で、相手から言われるまでお支払いをしなかった。何故なら賭け球だと思っていなかったから。


賭け球だと分かっていて負けた時は、すぐに払うようにしている。払い忘れてしまってはいけないからだ。


逆に、払い忘れられたことは何度かある。そういう時に私は言い出せないのだ。なので今も忘れられたまま。


たまに、払い忘れたくせして次に顔を会わせた時に「この間はお支払いしちゃったから、リベンジ!」とか言い出す人がいる。


悪気はないのだと思う。ただのボケなのだ。


内心で私はツッコむ。しかし言い出せないのである。



そんな小心者の自分がいるので、自分と同じような人も多いだろうと、自分が負けた場合はすぐにお支払いをする。忘れてしまった時に、相手が言い出せないかもしれないから。



今回のように賭け球だと思っていなかった時。はたまた両替が必要だとかで、対戦終了後にすぐお支払いが出来ず、うっかり忘れてしまった時。


そんな時に相手から催促の言葉がかかる。


(そう考えると、もしかしたら私が気付いていないだけで、払い忘れてかつ相手が言い出せずに、お支払いしていないことはあるのかもしれない)



それを聞いて、言い出せる人を羨ましく思うのである。




賭け球の話からは離れるが、こんなことがあった。


店のテーブルが全て埋まり、次の客もすぐに来そうな状態の時。


一人練習をしていたプレイヤーが店員から相撞きの提案をされるも反発したのである。自分は一人練習がしたいのだと。


最終的には新たに団体客が来たことで渋々テーブルを空けていたが、よくあの状況で反発し、かつ意に介さず淡々と練習を続けられるものだと私は驚いた。


あの図太さが羨ましい。あの図太さがあれば、私はこんな風にブログでボヤく人生を歩まずに済んだかもしれない。



また、Mさんとはこんな話になった。


初級者を相手にして、明らかに相手が嫌がっているそぶりを見せた時にセーフティーを続けられるか。3ファール狙いに行けるかどうか。


私もMさんもNOなのである。


YESの人は「そんなのは勝ちに拘る姿勢として当たり前」「出来ない方が舐めている」と思うのかもしれない。


しかし、我々のような人種からすると、YESの人のことをメンタル強者として崇める気持ち8割。2割は敬遠する気持ちがある。


「気遣いのプロ」「空気を読む達人」とか言われることがある私。



良く言っていただけてありがたいく、それが美徳だという気持ちも2割はある。しかし8割は小心なだけ。


人から嫌われない程度に自己主張が出来る方が、人生はよっぽど豊かになると思うのだ。







2本目



球撞きにしても、その他日常生活全般そうですが、歳を取ったり腕前が上がったりしたことによって初めて理解出来ることってのはたくさんあります。


昔は理解出来なかったこと、馬鹿にさえしていたこと。それが今は理解出来たり、自分自身が同じになっていたり。


学んだことは「経験したことがない事柄に関しては口を出さない」ですね。




さて。昔は馬鹿にしていたけれど今なら分かるぞってのが「ルーティン」です。


けっして球を撞く際のルーティンの話ではなく、生活のルーティン。


守らなきゃいけないルーティンではなく、自分でいくらでも自由に決められるのに、毎日毎日、毎回毎回同じ手順を繰り返している人を見て「融通が利かない」「オッサンくさい」と昔は思っていたんです。


しかしオッサンになった今。あー、ルーティンっていいわー。


昨年末あたりからの、何もこれと言った用事がない平日の生活サイクルが


起きる→出社→退社→数時間の自由時間→家で仕事する→ランニングする→寝る



このパターンがかなりハマってて、すんごい楽なんです。効率良いし、寝つきが良いし、体調も良いし。


同じような時間に眠くなってきて、同じ時間に自然と目が覚める。楽。



ちなみに、複数の作業を抱えている時、1つ1つを順々にやらないと効率が悪いっていう方もいると思いますが、私は飛び飛びの思考なものですから、同時進行の方が効率が良いです。


会社にいる時にも、仕事しながら下書きしていたネタをアップしていたりしますからねw(やるべきことをこなしていれば、私用に時間を費やしていても怒られません)


ほぼ1日中仕事をしているとも言えるし、1日中集中していないとも言えるし、なんとも言えない私の1日です。


毎日毎日同じことをやっていると、この間ネット記事をリンクしましたけど「決断」に迫られる回数が減って、脳みそが疲れませんし(あれ?載せましたっけ?下書きしたまんまかも)


体も最適化されるから疲れないし。



凄く楽〜〜〜


難点はと言えば、分かりやすいですが、ルーティンな毎日が楽過ぎて抜け出せないことです。


他のことをやるのが億劫になってくる。



平日夜のハウスに出るのも、なんだか億劫に。。。。「帰って仕事しなきゃー」とか思っている自分がいる。特に先を急ぐ仕事があるわけではなくても、ルーティンに乗っかった方が楽っていう。


いっつも同じ球屋に同じような時間に行って同じようなメンツで球撞いて、、、、っていうデジャブかのような毎日を過ごす人たちを見て「飽きないんかね?」とは度々思っていましたが、きっと楽なんだろうなぁ。


とりあえず、ランニングの時間を寝る前から起床後にしようと思っていて、そのために就寝時刻&起床時刻を1時間前倒ししようとしているのですが、思い立ってから1か月ほど経ちましたが、未だ行動に起こせず。ルーティン怖い。。。



さて。球撞きのルーティンの話です。


私、ショットのルーティンはあると思います。あんまり意識していないですが、あります。


いま思ったのは、練習のルーティン。


球を始める前にこれをやって、撞き始めにはこれをやって、次にこれをやって、、、


みたいなルーティンもあった方が良いんでしょうかね?



あたかも気にしているかのような書き方ですが、全く興味がありませんwwww


コメント不要!


あれっ!球撞きの話は一瞬で終わっちゃった!

MoMo 2017/02/21 12:21 鈴木さん、はめられましたね。
多分そいつは負けてたら払っていないと思いますよ。
勝ったら賭けてた事にして負けたらスポーツ(奴等の言う)にする腹でしょう。
クズの中の大クズですね(笑)

miwamiwa 2017/02/21 12:58 >鈴木さん
僕はギャンブルで育ったので、いつも賭け金とハンデ交渉から始める癖が身についているため事前交渉を忘れませんが(スポーツでというお願い自体はウェルカムですし、相手があまり賭け玉が好きでなさそうならこちらからスポーツでやろうということも多々あります。その話をきちんと終わらせてから始める癖があるということです)スポーツと賭け玉をどっちもよくやる人は忘れがちなので特に要注意なんだと思います。

>Moさん
僕が玉を始めた玉屋では、ビギナーの頃は100円で5-9を一緒にやろうと誘われ、うまくなってこちらが勝つようになると支払われるのはいつのまにか50円になっている、熱くなってる人は投げ捨てるようにお金を払う(麻雀の点棒でもそんな人いますよね)みたいなのがちらほら、というのがよくある光景でした。みんなそうやって育てられてきたため、50円で払われるようになると「お前も認められたな」みたいな。そしていずれは誘ってもやってもらえなくなる、という。(一番上手だった僕の師匠はそのようなことはなく、セットマッチも5-9もこちらのいう額でずっとやってくれましたが)でも不思議とみんな仲が良く、負けぶんを払った後はご飯をたらふくご馳走してもらって何なら女の子がいる店まで連れてってくれて。こちらがさらにうまくなった後も、もう勝てないからお前とはやらねーよ!みたいになるんだけど、飯は一緒に食べに行く、みたいな。勝ち負けでギスギスしていることもよく見ましたけど、いわゆる性格が悪い人とか許してはいけない行為は店がきちんと説教したり排除したりしていたから、楽しさは保たれていましたね。昔を懐かしむわけではないけれど、それはそれでいい時代でした。

miwamiwa 2017/02/21 13:07 ただし、僕ら世代はマナーはかなり厳しく躾けられましたが(目上の人ばかりでしたからね、例えば負けぶんに関して言えば、金がないときは待ってはもらえるけど、もし負けて熱くなって投げて渡そうもんならボコボコにされてたでしょうね)、最近始める人たちはあまりそんな厳しくする感じではない気がしますね。不思議ですが。

kkkk 2017/02/21 14:34 鈴木さん、悪い相手にあたりましたね
自分なら絶対に払わないですね、賭けの話も持ち出してないのに払えって追い剝ぎじゃないのですからね、お金はトラブルの元ですよね
自分ルール持ち出すやつはだいっきらいですね、さも当たり前のように言ってくる人なんて、人と人は対話があって成立するものですしね

初級者とはCクラスですかね?セーフティーや3ファールを狙うかどうか
場面とあとはその人の性格(雰囲気?)あとはどれぐらいビリヤードに真剣かでやるやらないか決めてますね
場面はトーナメントならやる可能性はありますね、平場ならその人の雰囲気、楽しくやりたそうな人なら絶対やりませんね
平場でやるとしたら、とても真剣に上手くなりたいと思ってやってるCクラスな方ならむしろちゃんとやりますね、真剣にやってる人に手抜くのがあまり嫌なので持てる力を全力でやります

MoMo 2017/02/21 20:23 「そもそも論」
賭け玉というのは賭博、犯罪である。
しかしビリヤードに賭け玉は付き物であるのも否めない。
しかし初めから賭け玉ありきは無いだろう。
初めから賭け玉ありきの人は頭がおかしい人である(ごめんなさいね)
そんな頭のおかしい人がのさばるビリヤード業界は腐っている。
賭け玉をしないことを「スポーツ」と呼ぶ頭のおかしい人達に最近嫌悪感を感じます。
賭け玉をしなくてもビリヤードは楽しいはず。
最近自分の周りでも脱賭け玉に目覚めた人が増えています。
ビリヤードの本質は賭けではないはず。
抜け出せる人は抜けようよ、と思う今日この頃(笑)

miwamiwa 2017/02/21 21:45 そもそも、ビリヤード自体は「ゲーム」ですから、本質的にはギャンブルではありません。それにお金をかけようという発想は世界中どこにでもあって(良いか悪いかはとりあえず別として)、そうしている人たちも一定の割合でいて、そのこと自体はまあ確かに犯罪ですが日本の世間一般で行われているレベルではほとんど咎められるものではない状況で、といったところだと思っています。
麻雀と同様に、望まなくともそういう環境しかなかった(それしか知らなかった)ので賭け玉で玉を覚えましたが、僕は乗せても乗せなくても玉が好きなので普通につきます。ただ、ギャンブルなら何でも良くて麻雀でもカードでもビリヤードでも、みたいなところがスタートだった人に上手な人が多かったのも事実なので(多分、日本人って本質的にギャンブル好きな民族ですよね)、色々な人と対戦して吸収しようとすると結果賭け玉になることが圧倒的に多かったのは確かに事実です。僕自身はビリヤードの本質は賭けではないという意見は冒頭のごとく個人の意見として納得できますが、少なくとも現状ではそれを万人に押し付けるのも無理がありますし、僕は賭けた方が楽しい人とも賭けないほうが楽しい人とも遊べているので、結果良かったのではないかなあと個人的には思っています。
ビリヤードを今後どういう方向にしていったら良い方向に行くのか、これは難しい疑問ですよね。じゃあビリヤードをよくするとはどういうことなのか、例えばオリンピック種目にするとか純粋なスポーツの色を強めるのか、競技人口を増やすことなのか、例えばゴルフのように海外も含め試合で勝った賞金とスポンサー料などで生活するプレイヤーがもっと生まれるような環境にして行くことなのか、じゃあ試合で勝ったら賞金が出るということは相手のプレイヤーよりも良いプレイをした結果お金がもらえるという点で本質的にギャンブルと何が違うのか、はたまたイギリスのダーツや日本の競馬競輪などのように完全な公認のギャンブルにして行くのか、、、
酒でも飲みながら、色々な人の意見を聞いて話をしてみたい話題です。