2010-09-06
■本当に大事なことは目に見えないのだとしたら、アニメには本当に大事なことなんて映ってないのか。そうね。

全ての人間は、生まれつき、知ることを欲する。その証拠としては感官知覚[感覚]への愛好があげられる。というのは、感覚は、その効用をぬきにしても、すでに感覚することそれ自らのゆえに愛好されるものだからである。しかし、ことにそのうちで最も愛好されるのは、目によるそれ[すなわち視覚]である。けだし我々は、ただたんに行為しようとしてだけでなく全くなにごとを行為しようともしていない場合にも、見ることを、言わば他の全ての感覚にまさって選び好むものである。その理由は、この見ることが、他のいずれの感覚よりも最もよく我々に物事を認知させ、その種々の差別相を明らかにしてくれるからである。
ぼくはこれまでちょろちょろと「見ること」について考えてきたつもりだが、この文章を引用したことはなかった気がするので、一度、引用しておく。最近、ぼくはアニメや映画をほとんど見ていない。見るということをぼくは忘れてしまいそうになる。
ぼくは特別、この文章に共感しているというわけではない。よくわからない。けれども、なにほどか、ぼくはこの文章を頭の片隅には置き続けてしまっている。この文章の意味については今は問わない。アリストテレス、彼の最も有名な一書、その冒頭にこの文章は置かれていて、そしてこの「見ること」の優位が、後の世に多大なる影響を及ぼしているとしても、まあ、それも今はいい。いや、モロにそれなのだが。「見ること」を考えるとき、ぼくはこの文章から離れられない気がしているのだから。
「見ること」を忘れそうになっているいま、この別段面白くもない文章を思い出すことで、少しでも、何とかならないかと思って引用してみた。ならねえか。
2010-08-29
■谷部の新刊「声ヲタグランプリvol.5」に寄稿していました

遅くなりましたが、声グラvol.5に寄稿していました。ぼんやりしていたら原稿を書く時間がなくて、けいおん!!について何も書けなかった。
確か、ベルクソンが「物質と記憶」のなかで、声に対する身体の反射についてちょっと触れていた気がする。ベルクソンも誰かの影響を受けてそのようなことを書いているのか、発話障害の娘のいたベルクソンが声と身体との関係の先駆者なのか、そんなことは俺は知らないが、そのあたり、しっかり勉強してみたいなーとか思ったりもする。けれども、そんな時間は当面はない。メルロ=ポンティあたりをかじると、なおそのような思いを強くするのだが、大学生でもなければ、そんな勉強は出来ない気がする。大学生の時にはできなかったが。
2010-05-22
2010-04-22
■【東京大学アニメーション研究会主催 キミとエミリと五月祭】告知

私はまるで関係していないのですが、後輩さんが頑張っているようなので告知させてもらいます。
開催概要
日時 : 2010年5月29日(土)
集合 : 11:15
開演 : 12:00
ゲスト : 加藤英美里さん
参加費 : 無料
詳細はhttp://ssa.sakura.ne.jp/sayyou/2010may.htmlで確認してください。
加藤英美里さんはかわいいし、企画責任者さんはいい人だし、ライブもあるし、とても楽しいイベントになると思います。
応募締め切りは2010年5月7日(金)必着らしいです。やべえ、早く応募しないと!