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やしお このページをアンテナに追加 RSSフィード

2015-01-05 Mon

さみしくて浮気する正当性

「さみしかったから浮気した」みたいな話。今まで(ふーんそういうものか)とあまり深く考えたことがなかった。でも急に(そういうことか!)と腑に落ちた。

「だって、寂しかったんだもん」はまるで被害者のような言い分だから、浮気された側は「おれの方が被害者なのに何言ってるんだふざけるな!」となるけれど、加害者側の実感としては本当に自分が被害者なのだ。


 差し伸べた手を払われるというのは非常に大きな屈辱だ。ハイタッチを無視される場面を思い浮かべればよくわかる。「寂しかった」はこれが積み重なった状態だ。「今度の休みどこそこ行こうよ」「今夜しようよ」といった手の差し伸べに対して、「その日予定あるから」「今日は疲れてるから」の一言ですげなく断るというのが例えばそれだ。ここで「いやあ、自分が好きで誘っただけのことだから、別に断られたってね」と思えるかというとなかなか難しい。「なんでこっちばっかり相手に好意を見せなきゃいけないんだ」となる。

 感覚的には、自分のポイントを相手に渡して、自分-1 vs 相手+1みたいな感覚だ。これがどんどん一方的に溜まっていって、自分-20 vs 相手+20みたいになるともう耐えられなくなってくる。そしてついに、バランスを取りたい、対等に戻したい、ゲット・イーブンする、ということになる。例えば「もう金輪際こっちから誘わない」という決意を通して自分0 vs 相手0にリセットする。あるいは浮気をして自分+20 vs 相手+20にする、というような。(どの程度のポイント差まで耐えられるか、あるいは時間減衰定数がどの程度か、という個人差はもちろんあるけれど。)


 ここで問題なのは、「相手+20」というポイントはあくまで「自分」側の視点による見かけ上のもので、「相手」側にとって実態を伴うものではないということだ。手を払うことに鈍感な「相手」の認識としてはずっと自分0 vs 相手0のままなのだ。だから、「相手」側の見かけとしては、浮気をした相手+20 vs 自分0(というかマイナスいくらか)になって、自分は浮気された一方的な被害者だという意識しか持つことがない。

 そうやって見てみれば、「俺が仕事をがんばってる間に浮気なんてどうゆうことだ!」「でも、さみしかったんだもん!」みたいな状況を自然に成立させることができる。これ浮気した側も、そこまで意識した上でしてるわけではなかったりするから、「なんで浮気したんだ!」と言われて(えっなんでだろ)(この人のこと好きだと思ってるのになんでだろ)と思って「さみしかったから」としか表現できないのかなと思うと、かなしくなる。


 それから恐ろしいのは、「もう金輪際こっちから誘わない」という決意をしているときだ。これって、ざまあみろ! という気分で一旦0vs0でイーブンになっても、「ほんとは誘いたいけど誘うのを我慢している」「なのにあいつは平気な顔してる」という状態なのでどんどこ自分側ポイントがマイナスに落ち込んでいく。「相手」側から見ると「別に自分も誘ってないけど、相手も誘ってこないから、これで落ち着いてる状態」と思えるけど、水面下でポイント差が広がっているという。放っておくとポイント差に耐えられなくなって、浮気するとか遊びまくるかしてゲット・イーブンが訪れるか、そもそも関係を構築するのをやめて(「vs」を勘定するのをやめて)離婚とか家庭内別居とか。

 ちなみにこの、相手からすると何もしてないのに勝手にポイント差が開いて苦しくなっていく状況下で、助かろうともがくほど事態が悪くなっていく、って現象がストーカーなんだと思う(前に書いたこれを思い出した「ストーカーへ続く道を、入り口で引き返す」http://d.hatena.ne.jp/Yashio/20140618/1403110998)。



 これはもう、差し伸べられた手を払えば相手に屈辱を与える、という事実に鈍感な方が悪い。そこを無視して関係を維持できると曖昧に信じる怠惰が悪い。むざんな料理を目の前にして「ちゃんと道具も食材も用意したのに!」「俺は何も悪いことをしていないのに!」と怒ったって、たんに調理する技術がなかった自分が悪いだけだ。

 相手の手を払うときは細心の注意を払わなければいけない。「今度の土曜日カラオケ行こうよ」と言われて「おー、久しぶりに歌いたいな。でも歯医者行かなきゃいけないからその次の土曜は?」くらいでないとイーブンは果たせない。手を差し伸べてくれたことを本当に嬉しく思っている、でもその手を取れないのは私のせいでももちろんあなたのせいでもない、あなたが手を差し伸べてくれたのだから今度は私が手を差し伸べよう、とここまでやってようやく、自分0 vs 相手0を保てる。

 そんな面倒なことしなくても、阿吽の呼吸で伝わるのがほんとの人間関係でしょ! と言われそうな気もするが、それはたぶん日本が受信側負担で成立する社会システムだからだと思う。(このへんは「世間力試論」http://d.hatena.ne.jp/Yashio/20140317/1395059844で以前書いた。)「真意が伝わらなかった」という弁解の紋切り型があるのはまさにそれだと思う。真意なんて関係ない、必要なのは自分の表現したもの(言動)だけだ、という認識がそもそもなくて、そしてなくてもそれなりに上手くいくけれど「伝わるはずだ」を信用し過ぎるとそのうち事故が起こる。


 ほんとに(誘ってくれてうれしいな)、(でもその日は用事があるんだよな)、(また今度行きたいな)と思ってても、「その日は予定あるから」の一言では範囲が広大すぎて(実際は予定がないけど行きたくないし誘ってほしくもない)という可能性まで含んでしまう。言葉を効率的に重ねて範囲を狭めないと「真意」は伝わらない。たぶん付き合いたてで、不都合な別の可能性を排除したいという恐れが強いうちは、丁寧にこの作業をするんだけど、付き合いが長くなって安心してくると(もともとが受信側の解釈に委ねるシステムなので)疎かになっちゃうんだよね。


 別にこれは恋人・夫婦・異性にかぎらず、同性でも友人でも親子でも上司-部下でも取引先でも変わらないんだよなと思って、相手が好意で差し出した手を払うときは、意識だけでは不十分で、技術的な配慮が必ず必要になるってこと、気をつけてないと危ないな。