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やしお このページをアンテナに追加 RSSフィード

2016-07-11 Mon

言われたことをやるだけの方がいいという

 このまえ職場の宴会で、22歳の後輩が「僕は言われたことをやる方がはっきりいって好きなんです」って言ってたのを後で思い出してたら、中学のときのソフトテニス部のことを思い出してかなしくなった。


 中学校に上がるっていうの、すごくわくわくしたんだよ。なんかこう、それまで私服だったのが学生服になるし、勉強もレベルアップするし、部活っていうのも始まるし、なんか漠然と一段解大人になるって感じがあった。それで部活のことも楽しみにしてて父親なんかとも相談して結局、ソフトテニス部に入ることにした。「部活」って言葉の雰囲気だけでもなんかかっこいい感じがした。

 でも結局1年生の夏休みのあとに辞めてしまった。下手くそ過ぎてあまりにも苦痛だったから。最初はよかった。ラケットの持ち方とか素振りとかはできる。ラケットの上でボールをぽんぽんリフティング(?)するのもできた。でもだんだん壁打ちが始まって、ラリーが始まって、サーブ練習が始まって、なんかみんなよりも下手くそだってことに気づいた。個人練習で下手くそなのもそれなりにつらかったけれど、ダブルスの練習試合とかで下手くそなのはもう耐えられなかった。申し訳なさもあった。

 それで、(そうか、自分は運動神経ないんだ)と思ってがっかりしてやめた。誰だって「お前なんか無能」と思わされる地点に居続けるのは自尊心が耐えられない。両親とも「自分で決めたんだからやり遂げろ!」じゃなくて「嫌ならやめれば?」タイプだったのが救いだった。

 あのころ、「ああ、ラケットの上でボールリフティング(?)するやつだけ、みんなで部活でやれればいいのに」と思ったんだったってことを、急に思い出した。後輩が言った「言われたことだけやるのがいい」っていうのは、これと似てるんじゃないかと思って、すっかり忘れていた(思い出さないようにしていた)ことを思い出したんだった。


 もし、もっと体が自由にコントロールできて、しかもどんどん上達してるって実感があれば、ソフトテニスの部活も楽しめたんだろうなって思う。でもそのためには、まず体の動かし方の基礎の基礎から一歩ずつ習得して、その後でラケットの使い方、ボールのコントロールの仕方、と順番に、丁寧にステップを踏んで上っていく必要があった。みんなはもう「体の動かし方の基礎」ができていたから、そこは飛ばしてラケットの使い方からのスタートでOKだったんだけど、僕はそこができてなかったから、文法知らないのに英作文をこなすみたいなことになって破綻したんだ。

 今の自分だとそれがわかるけど、当時の自分はただ(ああ、僕は運動神経が悪いんだ)と思ってかなしんでいただけだった。


 今の自分は職場で、自分で自分の仕事をコントロールできているっていう実感があって、それはとても大きなよろこびがある。たぶんそれと同じように、自分で自分の肉体をコントロールできているって実感にはすごいよろこびがあるんだろうと思ってる。きっとそれは、ほとんど生理的なと呼べるくらいな快楽だろうと思う。(もちろん単純作業をこなしているとき特有のよろこびもあって、テトリスとかマインスイーパみたいな、でもそれと対立しない形で自己決定権の実感のよろこびはある。)

 でも、この先にそういうよろこびがあるっていうことを知らないし、そこへ向かうためには一歩ずつ技術を積み重ねていけばいいってことも知らなければ、もうただひたすら「僕は運動神経が悪いんだ」とか、「僕は言われたことだけやるのが好きなんだ」と思っているしかない。

 あの頃の自分が「リフティング(?)だけやっていたい」と思っていたのと、今の彼が「言われたことだけやっていたい」と思っているのはどちらも、自分が上手くやれる範囲だけに限定することで自尊心を満たすためなんじゃないかと思って。


 それで宴会で、彼が「僕は言われたことをやる方がいい」って言うのを聞いたときに、(ちがう。まだこのよろこびを知らないだけだ!)と思ったんだった。

 でも思っただけでそれを言わなかったのは、「あなたはまだ知らないからわからないでしょうけどね」っていう言い方はズルいと思ったからだった。大人が子供に向かって「大人になればわかるよ」とか、女性が男性に向かって「子供を自分で産んだことがないからわからないんだ」とか、老人が若者に「あの頃の時代は」とか言うのはやっぱりズルい。そんなふうに壁の向こうへ逃げ込むくらいなら、どうやったら伝わるのかを考えた方がずっと建設的なはずだ。

 あの頃の僕にとって、体の動かし方の基礎的な技術を一つ一つ習得する必要があったみたいに、仕事だって自由にやるには技術の積み重ねが必要になる。他人への振り方・説明の仕方や、広さ方向・深さ方向への把握の仕方、筋論と実態を両方満足させるという認識、等々……。そのとき同時に「あ、自分はちゃんとできるんだな」って実感を持って自信を積み重ねられる環境整備も必要になる。

 そういうわけで、どういう技術の集積によって仕事上の自由が得られるのか整理してまとめておきたいと思った。実はその後輩には直接どうこうできる立ち位置に今の自分はいなくて難しいんだけど、もしいつか新人教育を担当するとかグループリーダーになるとかそんなことがあったときに、対象になる誰かをあのよろこびの地点にまで連れていけるようにしておきたいと思って。行ってみたあとで、やっぱり言われたことだけやってる方が自分には性に合ってるなあ、ってことになればまたそれはそれでいいけど、せめて一度は体験できるように環境整備だけはしたいなと思って。

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