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2018-01-06 Sat

甥っ子が承認欲求のおばけになっていく

 甥っ子の兄弟(小4と小3)というか弟の方が、「子供だから」というレベルではないくらいに身勝手というか欲望のコントロールができていなくて心配になってしまう。去年のゴールデンウィークに会ったときよりこの前の年末の方がひどくなっていて、姉(母親)も悩んでるっぽいし。

 自分の願望を実現しようとする時に、他人を気持ちよくする(他人にとってのメリットを勘案する)ことで実現しようとする方法と、他人を虐げる(他人にとってのデメリットを突きつける)ことで実現しようとする方法があるとすると、兄の方は前者で、弟の方は後者の戦略を採用しているように見える。後者の方法は、たとえば「○○してくれないと泣き止まない、うるさくする」とか、「○○してくれないといじわるする」とか、あるいは明らかにフェアでない自分だけが有利な選択肢を提示するとか。

 後者のやり方だと、当然その利害関係者は反発することになる。そんなのはずるいじゃないか、相手の迷惑も考えようよ、となってしまってその願望が実現されない。「お前が悪い」と言われてしまう。それで怒ってますます強硬に要求するし、でも実現しないしで悪循環になっていく。


 特にゲームがひどくて、「あと10分で終わり」とか「このプレイが終わったら終わり」とか約束しても、それを守らなくて逆ギレしてしまう。それで母親に無理やり剥がされると30分とか1時間とか本当に大声で泣いたりしている。以前それで児童虐待の疑いで近所の人から通報されて家に保護の人が来たこともあって姉も参っている。

 そういう形でしか他人と自己の欲求を調和させる方法を知らないのは本当に気の毒だ。デール・カーネギーの『人を動かす』を読めばいいのかもしれないけどまだ理解できない。もう少し大きくなれば苦しみの構造を説明して、理屈で理解してもらうこともできるかもしれないけど、まだそれは難しいのかもしれないと思うと、わけもわからず苦しみ続けるのは本当につらい。


 ゲームをしている間、甥っ子の弟は「クズ」とか「バカ」とかずっと言ってる。僕や兄が何かキャラを選んだりすると「は? そいつマジでカスいし」とけなしたりする。一方で自分がプレイしている時は「こいつマジ神やし」と言っている。Youtubeとかのゲームプレイ動画もよく見ているみたいなのでそういう影響もあるのかもしれないけど、他者を貶めながら相対的に自分を肯定している。

 姉が紅白見たいからテレビでSwitchやるのやめてと言うと怒って抵抗するし、その後テレビから外して本体だけでSwitchをやっていて音がうるさいから小さくしようとすると抵抗するし、でも「2階でやったら? そしたら音も小さくしなくてもいいし、テレビでもやれるし」と言っても頑なにみんなのいるリビングからは出ていかないし、紅白を見ている間も「こいつマジ神やし」と大きなひとり言を言っている。ゲームをしていると画面を見てもらいたがってくる。

 自分がやってる遊びを親に見てほしい、親にもすごい、面白いと言って認めてほしいという感覚は、自分が子供の頃にもあったことをはっきり覚えているのでよくわかる。ただ子供だった頃の自分や甥っ子の兄の場合は、親が関心を示してくれなければあきらめたり、親の関心の側に合わせたりしている。甥っ子の弟の場合はあきらめずにずっと続く。


 甥っ子の兄の方はサッカーをしていて、少年クラブチーム?に入っていてなんか選手とかに選ばれたりしてるらしい。弟ももともと一緒にサッカーをしていたけど、色々あってやめてしまった。父親(離婚して別に暮らしている)はスポーツに熱心で、兄のサッカーの練習に付き合ったりプロの試合を見せに連れていったりしている。練習をさぼったりするとめちゃくちゃ怒るらしい。弟の方はパパのことが大嫌いで全く会ってないし、電話にも全く出ないという。

 兄の方は体育もできるらしいし、そういったところで他人からの評価を受けて自尊心をきちんと構築できているのかもしれない。


 テレビゲームって、細かく課題が設定されて、それを達成すればランクやレベルが上がるとかポイントが貯まるとかアイテムがもらえるとかきちんと褒めてくれる。課題の難しさもちょっとずつ上がっていって、強いアイテムが手に入ったり自分の操作が上達したりして前はできなかったことができるようになる。ちゃんと褒めてくれるし、達成感があるし、怒られたりもしない。自尊心を満たしてくれるシステムになっている。

 身近な存在(兄)と比べて相対的に自尊心の確立が難しい状況に置かれた中で、甥っ子の弟がそれをテレビゲームに求めるというのはよくわかる気もする。


 年末にSwitchARMSを甥っ子の兄弟と3人でやって、格闘ゲームを3人でやればどうしてもどこかのタイミングで2人が1人を攻撃する場面が出てくる。そうすると弟の方は「はあーっ? 僕ばっかりやんか!」とただちに大声で怒り出す。実際には「僕ばっかり」ということはないけど、本人にはそう見えてしまうのかもしれない。(単純に2人から攻撃されると全く身動きとれなくなるのでフラストレーションが溜まるという気持ちはわかるけど、それは甥っ子の兄にしても僕にしても同じことなのだ。)

 「自分ばかりが攻撃されている」「自分だけが認められていない」という感覚が実生活上でもずっと張り付いているから、こういう場面でも吹き出してしまうのかもしれない。

 まして認めてもらえるエリアがゲームしかなかったのに、そのゲームの中で否定されるのはかなり耐えがたいものがあるのかもしれない。


 甥っ子の兄もゲームは好きだしやりたがるけど、とにかく僕と一緒に遊ぶのが楽しいといった態度全開でくるし、「今はやんないよ」と言えば「えー」と言いながら自分もあっさりやめて他の遊びに誘ってくる。どっか用事があって一緒に行くか聞くと兄の方は「行く」と言うし、弟の方は本人にメリットがある場合でなければ「行かない」と言う。これは僕に対してだけではなくて他の人に対してもそうだ。

 それだから、どうしたってお兄ちゃんの方がかわいいってみんな思ってしまう。明らかに自分のことを「手段」や「道具」としてしか見ない人を好きになるのは難しい。


 ゲームをしていても弟の方は「ゆうくん(僕)クソやし」「下手くそ」と言ってくる。さすがに小学生が相手だと、完全に対等な相手だとは思えないせいもあって、それでこちらが怒ったりふてくされたりすることはないけど、やっぱり気分がいいとは言い難い。ただ気分が悪いということ以上に、これは本人の方がしんどいだろうなという気の毒さの方が上回ってくるので怒るという気になれない。怒りはしないけど、「相手が嫌な気分になるから言うのは良くない、全員が楽しく遊べるように努めるべきだ」とは言ってる。

 あとは弟の要求がアンフェアならどういう点でアンフェアなのか理屈で説明するし(兄は何分やったから弟も何分しかダメでしょとか)、兄の方が悪い時ははっきりそう言って片方を優遇しないように扱うし(ただ弟の方が無理筋の要求が多いので自然と弟の要望を却下する場合の方が多くなる)、ゲームとかで上手ければ「上手いね」と言うしよく知ってるなと思えば「よく知ってるね」と言うし面白いことを言えば「面白い」と言って細かく褒めるくらいしかない。別にそれは弟に限った話ではなくて兄も同じだけど。


 でも大人でも甥っ子の弟のことを「ムカつく」と思う人はいるだろうし、それでますます否定されて弟の自尊心が満たされない。

 周りが認めてくれない→俺を認めろと言う→周りが嫌がってますます評価されない、という悪循環に陥っていく。大人でもこういう悪循環に陥っている人はいる。「自分は正当に評価されていない」と文句を言い続けたり、「親が悪いから自分はしょうがない」と大人でもずっと言い続ける人もいるし、それは本人として抜け出せないからすごくつらい。

 周りが褒めてくれる→やる気が出て実力を上げるようさらに努力する→周りがさらに認めてくれる、という好循環で実態を伴いながら自尊心の基盤をしっかり強固にできればいいんだけど。


 他人に自分を認めてほしければ自分が他人を認めるしかない。他人に褒めてもらいたければ自分が他人を褒めるしかない。「自分以外の人間も自分と同様に感情や思考を持っている」という揺るがしがたい制約から来る、「他者を手段としてのみではなく目的としても扱え」というテーゼが厳然と存在する。

 誰でもどうしたって自尊心を満足させないと生きていけない。自分は生きる価値があると自分で信じられなければ生きていけない。でも自分で自分を信じさせるのは難しいから他人に認めてもらわないといけない。そのためには自分が他人を認めないといけない。

 この原則を理解しているかどうかで生きやすさがまるで変わってくる。そこが捉えられずにあの悪循環に陥って苦しんでいる人を間近に見るのは、それが子供でも大人でもつらい。そばで見ていて抜け出してほしいと願わずにはいられなくなる。

 甥っ子の弟の最近の口癖が「この世界はどうなってるんだ! 僕がどこにもいない!」で、年末年始に姉の家にいた間も2回聞いた。ドラマチック過ぎて冗談っぽいし、何かの動画かアニメから覚えたのかもしれないけど、彼にとっては結構実感のこもった言葉なのかもしれない。


 一方でお兄ちゃんの方は自分の要求を通そうみたいなところがあまりになくて、誕生日プレゼントでさえ「別にいい」と言ったりするから心配になる。「いいのいいの」とか言うから、それだと弟とバランスが取れないからダメって言って買ったけど。弟が無理やり自分の好き勝手を通そうとして周りから否定されている姿を見て反動でそうなっているのかもしれない。それはそれでちょっと心配な気持ちにもなる。

 でも心配したってしょうがないって気もする。直接他人を変えることなんてできない以上、僕ができるのはもう、ちゃんと二人とも平等に扱うし筋を通すことと、なんかの具体的な場面で「相手に満足してもらうことが結局得なんだ」って実感してもらうように機会を見つけるくらいしかない。機会や糸口や考える道具を渡すことはできてもそれ以上は例え子供でも越権行為という気もするし。3, 4年で中学生になるんだなあと思うと、どんな風になるんだろうと思ったりする。赤ちゃんの時から見てるとやっぱ、とにかく苦しみの少ない幸福な人生であってほしいとは思うよ。

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