リアル系ファンタジー世界『ハーンワールド』

 遅ればせながら、明けましておめでとうございます。


 年始には何か目標立てられましたか? 自分は立てました。目標だけは色々たても、まあなかなか実現できてないものですが。

 しかし、趣味の方面で今年こそは実現しそうなものがあります。それは、「本格的ファンタジーTRPGGMをする」です。ファンタジーは、TRPGでも小説でも一番好きなジャンルです。ファンタジー系のTRPGをよくプレイしますが、自分が関わると基本的にギャグチックになってしまいます。ただ、たまに「本格的ファンタジーTRPG」をやりたいという思いが強くなるわけです。SFで言えば「ハードSF」っぽいのをしようという感じでしょうか。

 ただ、基本的にええかげんな人間に関わらず、この「本格的ファンタジーTRPG」については深いこだわりがありまして、ハードルがかなり高くなっております。自分の中では「本格的ファンタジーTRPG」は、「詩情あふれる幻想文学的ファンタジー」と「リアル系ファンタジー」の2系統があります。今回、目標にしているのは後者です。


 で、自分にとっての「リアル系ファンタジーTRPG」とは、どういうのかって話ですね。重要なポイントが2点あります。


 一般的なヒロイック・ファンタジーの舞台といえば、中世ヨーロッパの英雄譚などを基礎にしていますが、それ以外の要素がすごく入っていますね。そして、時代要素も結構バラバラ。ゴブリンの隣に、エジプトのミイラや、蝶ネクタイをしめたヴァンパイアがいたりするわけです。さらに、クトゥルフ系っぽいモンスターやら、超能力なども入ってくる。武器やクラスについても言うに及ばず、古今東西の結構なものがごちゃまぜ状態なわけです。


 まあ、これは神話やら実在した武器やらがTRPGの長い歴史の中で再定義されているわけです。例えば、ローグとかシーフとか史実じゃどうだったかとかじゃないくて、ゲーム運営におけるイメージと機能がだいたい確立されていますよね。また、ゲームによってこれらに触れた世代が、ゲームを作る側に育っていくことによってどんどん史実から離れていき、ゲームタームとしての色々な設定が付加されてくる。


 これはこれで好きなのですが、“SF”だなという感覚なのですよ。例えばです、日本の妖怪退治ものを考えてみましょう。これが、平安時代の鎧を身に包んだ武士、三国志風の中華武将、ブルー・スリーのような拳法家、短筒を持った幕末志士たちが、富士山の麓でバリ島風の極彩色の妖怪を退治するものだったら? なんの冗談だよって感じなのです。いや、そういう世界観でちゃんと設定があるよって場合は、それは本格派の和風ファンタジーではなく、和風ファンタジーっぽいSFだよねって自分は思うわけですよ。


 西洋ファンタジーだからといって、北欧神話ギリシャ神話もごちゃまぜにするのではなく、本格派ならイメージソースは1つに絞ってよって思いがあるのです。


 神話やモンスターなどでなく、その他のクラスとか武器とかもそうで、史実ではどうだったかというこだわりがあります。例えば、ブロードソード(幅広剣)という武器があります。これはロングソード(長剣)と区別されていますが、ひどく大雑把にいえばレイピアなどの細身の剣が主流になった時代のロングソードの名称でしょうか。武器単体で意味があるのではなく、その時代背景とセットなんですよね。例えばレイピアなら、それを扱う身体操作術から、TPO、社会情勢まで考えないとなとかです。もっと言えば、現代人の感覚で武器と言えば殺傷能力のみで考えがちですが、実はそうじゃない。そもそも、武器の意味合い、“戦い”の概念は、文化や時代によって様々です。何故そういう武器があって、どのように扱われていたかというのは、文化の文脈でとらえる物だと思うわけです。例えば、武士の魂と言われる刀です。江戸時代に剣術が盛んだったのは、刀の殺傷能力が高いからだったのではなく、文化だったという話です。戦国時代には甲冑を着た武士たちが刀で斬り合っていたわけではなく、メインは槍でした。江戸時代に槍術じゃなくて剣術が盛んだったのは、武家社会に剣術の方がマッチしたからということです。ここら辺もこだわりたいポイントなんですよ。


 ここら辺の整合性を高めて、引っ掛かりを感じなくして欲しいというのが1つ目のポイント。美味しそうな設定をごちゃまぜにするのではなく、その根っ子の部分もちゃんとしていると感じさせるようなものがいいですね。




 これ以外に自分が本格的ファンタジーに求めることは、“中世”であることです。いや、普通ファンタジーは王国とか中世をモチーフにしているのは自分も承知しています。ここで言いたいのは、中世ならではの風俗、価値観をちゃんと出して欲しいということなのです。


 背景世界を現代以外にするなら、当然その登場人物は現代人ではないはずなのですが、そうでないことが往々にしてあります。映画やドラマなどで考えてみると判りやすいですね。例えば、ハリウッド映画では、舞台が古代ローマであろうと、戦国時代の日本であろうと、主人公のメンタリティはアメリカ人であり、自由万歳みないな感じになります。例えば、時代劇。江戸時代を舞台にしているのだけど、内容的にはトレンディドラマやホームドラマだったりします。江戸時代の家族の概念、自由恋愛の概念など、現代日本とは明らかに異なったものなので、本当はトレンディドラマなんて成り立たないはずなのですが。しかし、これはエンターテイメント的には正しいと思います。観客が共感できないものを取り扱ってもしようがない。当時は当たり前でも現代人の感覚ではおかしいことは否定するか、無視するってのが定石ですね。TRPGもこうなっているのが基本です。例えば、ほとんどのファンタジーTRPGにおいて貨幣経済は当たり前であって、一般的なアイテムに価格がない、または場所場所によって価格がバラバラなんてことは基本ないです。


 ただ、あまり度が過ぎるとわざわざ異世界を扱う意味がなくなり、単なるコスプレになってしまう。異世界というのは、現代の日本人の価値観と異なるから価値があるのですね。我々が当然と思うことが当然ではないって点が重要です。昔の人々は我々とは全く異なる価値観の世界に生きていたのは事実です。そして、それらの世界は現代と同じように矛盾に満ち、そして同様に価値があるものです。違うから否定や無視じゃなくて、理解しようとしてみたいわけです。


 つまり時代劇的なものではなく、歴史小説的なものを目指したいわけです。登場人物は現代人的なメンタリティではなく、その時代の価値観を持っているもの。漫画で言えば『ヴィンランド・サガ』のような感じです(この漫画、名作です。お勧め)。


 市場経済にどっぷりつかっている我々ですが、そんなものがなくて当然の世界ってどんなものだったか想像してみたいと思うわけです。大量生産品ではなく全部手作り。機械などなく基本人力。化学繊維もステンレスもない世界。そういうプラチック臭のしない世界を憧れるわけです。




 では、これらを満たす世界観を持つ既存システムは? TRPGの王道『ダンジョンズ&ドラゴンズ』は? これこそ、プラッチク臭のする“SF”的ファンタジーですね。これはこれで大好きなのですが、自分の中では“本物”のファンタジーとは違うのですね。『ウォーハンマーRPG』はどうか? 泥臭いという点ではストライクです。ただ、全体的にオールド・ワールドは中世というより近代に近いのですね。あと、混沌やトロールスレイヤーなどのパンク成分が混じっていますね(これはこれで大好物です)。ちょっとずれているのですね。


 後、個人的に好みとしてファンタジー世界に銃器は入れて欲しくないのですね。要は板金鎧や銃器が発明できるまで技術レベルが上がった時代は、中世風ファンタジーの世界にそぐわないかなという考えです。どういうことかと言うと、板金鎧が発明されるまでの技術力を持つためには、都市化、つまり近代化が進まないといけない。そこまで進んだら中世じゃないよねって感覚です。せいぜい13世紀あたりまでくらい、鎧は鎖帷子あたりまでってのが自分の好みです。


 じゃあ、そこまで史実にこだわるなら16世紀ヨーロッパを扱った『混沌の渦』でいいやんって話もあります。しかし、架空世界であるってことにも自分としてすごくこだわりがあるのですね。リアリティのある架空世界を作るためには、史実を消化して再構築しないといけないですね。その行為に、その過程に、その結果に、すごく魅力を感じるわけですよ。



 じゃあ自分で作ってみれば、という話があります。はい、多くのTRPGファンと同じくチャレンジしてみました。そして、おそらく多くのTRPGファンと同じく挫折しました、はい。


 『言うは易し行なうは難し』ですね。そりゃ、参考文献を何冊か読んで、漠然としたイメージを固めました。しかし、それ以上にはなかなかならない。


 まあ、コンセプトとして、世界全体を創造するのは手間なので、一地方、孤島や半島など孤立した地域に限定する。その地は流刑地とし、原住民の野蛮人と流刑された文明人とが共存および対立をしていることにする、などですね。

 しかしですね、整合性のあるものにしようとすると色々なことが気になってしょうがない。狩猟民族が生活できるためにどれだけの面積が必要? 都市が成り立つためには、どれだけの一次産業が必要? 孤島としても、他の文化圏からの影響からまのがれることはできない。他の文明圏の伝播力ってどの程度? 流刑地ということは自然環境が過酷なはず。環境とそこに住む人々の民族性というものは密接な関連性があるはず。それはどんなもの? 例えば日本の環境では、砂漠に住む人々のような民族性は生まれない。しかし、環境と民族性に関連性があると言っても、環境とは一定ではない。エジプトも昔は肥沃な土地であった。また、民族の移動というものも必ずありえる。


 はい、無理です。無理無理です。無理ゲーです。こんなことすべてに整合性をつけて、創造できるような奴はいませんって感じですね。





 しかしです。世界は広いのですね。あるのですよ。ありえないレベルまで作り込まれた世界設定が。

 汎用世界設定の『ハーンワールド』がそれです。本システムは知名度が低いと思います。ヘックスマップが付いてくるってことで、最初自分もSLG的な何かかなとか勘違いしていました。実際はイングランドをモデルにしたハーン島という孤島を舞台にした本格派ファンタジーです。時代設定も中世ど真ん中になります。翻訳チームでお世話になっている岡和田さんにそのことを聞いて、購入してみた訳です。


ハーンワールド

ハーンワールド


 で、読んでみてですねしょっぱなから度肝を抜かれたわけです。『ハーンワールド』の舞台は先ほども言った通り、ハーンという孤島です。しかしですね、いきなり惑星ケスィラの世界地図が載っているわけです。それも、地球儀にそのまま張れる形の図法で描かれたやつが。その後に「北天図」、「南天図」、「植生分布地図」、「卓越風向図」、「主要海流図」、「地殻構造と火山帯」、「産物分布地図」などが続くわけです。


 尋常じゃない。なさすぎる!


 今まで『ファンタズム アドベンチャー』とか『マイトレイヤー』とか赤道半径が決められている局地的に細かい背景設定は目にしたことがあります。ただ、『ハーンワールド』はそれらとは決定的に異なります。前者は何となく決めたとしか思えないのです。しかし、ハーンのレベルのものは何となくでは作れない。また、これらにははっきりとした意図を感じます。つまり、これはハーンという孤島の設定の整合性を高めるために、他の文化圏からの影響を設定する必要があった。そのために、すべての文化圏(その風土と産物)を創造し、その文化圏からの伝達度合いの鍵を握る海運に必要な“風”と“潮”、そして“星座”を設定した……としか考えられません。理屈は判ります。でも実際にやりますか? はっきり言ってクレイジーです。もうこれだけでお腹一杯です。


 凄いクオリティです。むろん、“中世”部分もすごくぬかりがないです。超能力があったり、超古代文明とかSF的要素も確かにあります。しかし、それ以上に“中世”部分の濃度が半端ない。「人間一人が生活するためには耕作地2エーカーと休耕地2エーカーの合計4エーカーが必要になる」とか「現実の中世社会においては物々交換が一般的であり、貨幣はあまり利用されていなかった。しかし、我々デザイナーはキャラクターたちが貨幣によって収入を得、それを用いて売買ができるようにこの点を修正した」とかの記述が一杯あります。何を念頭に置いてデザインしているか明白ですね。




 『ハーン』はカナダ人の故N・ロビン・クロスビー氏が30年あまりかけて作り込んだものです。そりゃ、これだけのものを作るのに何十年もかかるはずです。


 ロビン氏は、図書館に通って専門書を読み漁ったはずです。それらは史学だけでなく、たいへん幅広い分野、地理学や海洋学言語学も含まれていたはずです。わからないことは学者に手紙を出したかもしれません。ヴァイキングのロングシップが現代に復元されたと聞けば、喜び勇んで資料を集めたかもしれません。そして、航海時の1人あたりの居住空間はどれくらいとか細かいところを調べようとしたかもしれません。カナダの方なので、樫の木材になめし皮を張って簡易の盾を作って、実際に斧やハンマーで叩いてみて、その強度を調べたのかもしれません。これらは憶測ですが、そんなに外していないと思います。そういう人間じゃなければ、こういうものは作れないと思うわけです。


 ロビン氏が心血を注いで作り上げた『ハーンワールド』。ここまで、完成度が高ければそれだけ商品価値も高くなるかというと、残念ながらそうでないとは思います。ハーン島の夏至における夜空の星の並びが決まっていても、それがどれだけプレイに役立つかというと、ちょっと疑問なのですね。決まっていたら確かにすごい。でも、ないならないでGMが勝手に決めればいいって話ですね。


 なぜ、ロビン氏はここまで精緻な世界を追求しのでしょう? 当然“作りたかったから”に違いないと思います。これは商品以前にロビン氏の作品なのです。例えこの世にTRPGがなかったとしても、ロビン氏は汎用ファンタジー小説の舞台とかで別のハーンを作ったに違いないと確信しています。



 ともかく途方もない作品です。『Truth In Fantasy』が好きな方なら、購入してみる価値は充分あると思います。また、TRPGマニアならば一読してみて絶対損はないはずです。リアル系ファンタジーに興味のない方でも、架空世界の創造に関心があるのなら何か得るものがあるかもしれません。




 『ハーンワールド』は汎用世界設定なのですが、『ハーンマスター』という専用システムもあります。自分はシステムも世界設定という考えを持っています。そういう点で『ハーンマスター』は『ハーンワールド』に相応しいものです。リアル系志向だけど『ロールマスター』よりも煩雑ではなく、そして何よりPCの肉体もリアルです。他のシステムのようにPCは漫画的な存在、自動車並みのモンスターに踏みつけられても口から血を吐いても次のシーンではピンピンしているとかそういう存在ではないのです。血を流し、骨は砕け、そしてそれらの傷はなかなか治らない。そういう壊れ物の肉体を扱う稀有なシステム。次回はこれを紹介したいと思います。