『中世ヨーロッパの武術』!!

 今回は凄い本の紹介です。その名も『中世ヨーロッパの武術』です。


中世ヨーロッパの武術

中世ヨーロッパの武術


 中世ヨーロッパの戦闘技術とは重たい武器を力任せに振りまわすというイメージを持っていました。しかし、人の生死に直結する戦闘という行為に対して技を磨かないということがあるでしょう? 『否っ!』と著者は謳います。自分も本書を読んで納得しました。


 逆に何故そんな中世の戦闘技術は粗野というイメージが産まれたのか? 著者は19世紀イギリスのヴィクトリア時代からそれは発すると指摘しています。この時代、中世への関心が高まりこの時代の分析が進みましたが、その際あるバイアスがかかっていたということです。そのバイアスとは「時代とともにすべてのことが洗練され発展する」という思想です。それならば、当時のフェンシングに対して中世の戦闘技術は当然野蛮な粗野なものであってしかるべしという捉え方がされたとのこと。凄く説得力があります。


 後、身体の使い方の技術の伝承というものが極めて困難ということがあると思います。文字で表すのは難しく、絵画にしてもほんの上辺しか伝わらない。そして、基礎的な動きの常識が失われると、もうチンプンカンプンみたいな。


 昔観たB級アクション映画で印象深いシーンがありました。題名もどんな話だったかも忘れていますが、そのシーンだけは心に残っています。バスケ選手みたいに長身なアフリカ系アメリカ人のラスボスが日本刀を使ったのです。その殺陣がまったくもって『なってねぇ!』。腰を下ろしても背が高すぎて様にならず、摺り足もしない。おまけに刀をサーベルみたいに片手で振りまわすわ。あぁ、何やこれって感じでした。


 この違和感は日本刀を扱う身体動作のデフォルトがインプットされているからです。そして、これは時代劇とか剣道のイメージによって構成されたものです。しかし、武術研究家の甲野善紀氏は日本人の身体動作は明治時代に断絶があると指摘します。従来はなんば歩きに代表される身体をひねらない動作が基本でしたが、それが西洋式に変更。根本のパーツが変更されて多くの精緻な技術が失われたとされています。


 まあ、単純に考えて江戸時代と現在ではライフスタイルがまったく違います。身体を動かす量が圧倒的に減ったということもありますが、そもそも着物を着て畳の上で日常的に生活している人なんて極々わずか。つまり、武術の基本パーツであったであろう「着物を着崩さない身体の動かし方」とか「畳の上での腰の下ろし方」とか、昔なら普通に会得したことも現代人は持ち得ていないということになります。それらの身体操作の常識がない状態で古武術に触れてもちんぷんかんぷんということですね。


 で、本題に戻りまして中世ヨーロッパの武術。体つきも違う、西洋式の身体操作の常識もあるか疑わしい、そもそも向こうの技術も断絶している。これらをどう紹介するかということです。著者の長田氏は実に丁寧で誠意のある紹介していると思います。


 中世武術を伝える当時の書籍の内容を「できるだけ忠実に」紹介されています。また、これらの書籍には解説図がついていますが、これらをリアルな頭身の癖のないイラストにすべて書きなおされています。当然、イラストも原書の方がよいという意見もあると思いますが、自分は著者の姿勢に賛成です。中世の武術書のイラストを見たことがありますが、当時の絵画技法は癖があって見づらいのですよ。誤謬が産まれるのは承知でも、現在の遠近法のある絵画技法で描きなおしてもらった方が圧倒的に見やすいと思います。


 また、武術うんぬんの考察以外にも、本書は中世チャンバラの上質なポーズ集としても大変有用だと思います。片手剣を構えた戦士を描こうとします。当然、足の位置や腰の高さ、肩の角度を決めなくてはなりません。右足と左足、どちらが前? 膝は伸ばすの? 攻撃し易いように初めは曲げておくの? それとも伸ばした状態で素早く攻撃に転じる技法があるの? こういう疑問は本書でかなり解決するのではないかと思います。


 後、蘊蓄ネタの宝庫であることも嬉しかったです。板金鎧を着てどれだけのダメージを防げるとか、どれだけ動けるかとか。30kg以上もある鎧を着用して身軽な動きはできないというイメージがありますが、それを否定しています。現代の兵士の装備重量が約40kg。さらに板金鎧は荷重のかかり方が全身に分散しています。これで走れないということはないとのこと。完全武装して宙返りするということを現在で実証した人もいるそうです。90年代のリアル志向のTPRGシステムには重装鎧に多くの行動ペナルティを与えるというものが多いですが、実際にはリアルではないのかもしれません。ただ、鎧を着用すると熱が籠るのでスタミナ消費が大変激しいとのこと。超人的な体力の持ち主でも5分間以上は動けないとのことです。まあ、以前のシステムでは重装鎧の防御力の高さは行動ペナルティを与えることでバランスをとってましたが、疲労度の高さを代償にするのがリアルなのかもしれませんね。で、魔法の鎧にはガンダムの胸みたいな排気機能がついているとかw


 それと、ダガーを逆手で持つことが多いのは、主武器の片手剣を左側に吊るしているのが原因だそうです。右側につるしたダガーを抜くのは自然と逆手になってしまうのですね。なるほど。


 後、本書で感心したのは700ページ近くもあるのに値段が2,800円と安いということです。本屋で見た時、5千円以上はすると思いましたし。

 このような素晴らしい本を出していただいた長田氏と新紀元社に感謝! TRPGファンはもちろん、中世やファンタジー世界のイラストや小説などをかこうと思う方々にもお勧めですよ。ぼんやりとしたディティールを埋める手助けになるはずです。