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2007-01-29

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国家の品格 (新潮新書)

国家の品格 (新潮新書)

 本書については,amazon書評でも指摘されていましたが,多くの学生からもその「ダメな議論性」について感想をうけていました.というわけで……気にはなっていはいたんですが,精神衛生に良くないと思い避けていました*1.しかし,今回もまたいまさらなのに読んでしまいました……『国家の品格』.あぁなんちゅうか……売れるはこりゃ.こういうの読む度にいろんな意味で激しくおちる.『他人を見下す……』といいこれといい,購入のきっかけはブックオフで200円だったからという単純なモノです.恨むぞブックオフ(←激しく逆恨み)

 本書は基本的に拙著『ダメな議論』がいうところの「コールドリード型言説」のみから構成されています.はじめに出てくるのが「論理ばかりではいけない」「論理では判断できないことがある」という全くごもっともな主張です.これを【ストック・スピール】として用いた上で,日本人ならば確かに否定しがたい情緒的な側面の重要性を強調します.ここまでいけば,たいていの人には「この筆者はなかなかよいな」というラポールが形成されていることでしょう.

 そして,このような「いい感じ」のなかに「実は何も言っていない提言」「すごく極端な政策提言」が忍び込ませてあるのです.すばらしい構成力といって良いでしょう.物書きたるものぜひ見習わねばなりません.無根拠,誤った証拠でここまで多くの人を説得し……そして何より200万部売れているんですから.


 「はじめに」からとばしてくれます.「論理の力」を疑ったきっかけは英国の大学という超特殊な空間*2での経験だそうです【逸話に依拠した議論】.喜怒哀楽は生まれてすぐに誰もが持つ感情で,懐かしさやもののあわれは教育によって培われるもので,さらには日本独自のものだそうです【定義不能な用語の使用】.そして,日本人はダメになったからマネーゲームに走ったそうです【早くもおなかいっぱいw】.若者いかんぞ本の著者はたいていホリエモンが嫌いですが……TV局が営利企業であるという点についてはどう考えているんでしょうね.

 第1章は欧米とか資本主義がいかにダメかについての説明です.著者が好きっぽい英国も欧米なんですがまぁそれはおいときましょう.第一次大戦後のパリ講話会議で日本が「人種平等法案」を本気で提出した*3という話が出てきますが,確かに本気だったでしょう.帝国主義レースで遅れてる側が“仕切り直しさせて”って言うのは当然ですから*4.ましてやそれが大東亜戦争への伏線になるというのはなんともかんとも……です. デリバティブの残高が大きいからだめだというのも根拠のある話ではありません.古典的なデリバティブである保険産業の拡大は危険なのでしょうか?筆者があげる「問題点」の多くは会計制度の不備の問題にすぎません.

 第2章はゲーデル不完全性定理が出てきます.筆者が不完全性定理を誤解していることはありえない*5わけですが,問題はその使い方です.これは【難解で不安定】というより【比喩のみに依拠した議論】と考えた方が上手にはじける話でしょう.筆者は「論理的に正しいか否かを証明できないモノがある」という話の比喩として不完全性定理を使いますが,同じ比喩で「直感的に正しいもの(例えば筆者が論理なんて無しに正しいモンは正しいと思っているモノ)でも正しいかどうかはわからない」という話の比喩として使っても良いんじゃないかな.

 同章には「会津藩什の掟」というのが出ています.「でも会津藩だめだったじゃん」という【単純な事実による否定】はともかくとして「一.年長者の言うことに背くな」「五.弱いものをいじめてはなりませぬ」は簡単に矛盾が出てきます.「正しい」ことを示すのは難しくても「間違っている」ことをみつけるのはそんなに難しくないんです.論理が長いと確度が下がるという話はその通りなんだけど,だからこそデータを見るべきだというポジティブな法に思考が行かないのは不満.

 第3章は真のエリートの必要性について【"真の"だってさ♪】.真のエリートがいるイギリスやフランスでは賄賂や不正はほとんどないそうです【単純な検索ですぐ否定できる……資本主義の悪魔が登場する前から収賄はどこの国でも一般的】.ついでに武士道の見本とも言うべき武士道世界のスーパーエリート松平定信賄賂の受け取りに割と寛容だったそうです*6

 第4章は日本の四季とか文化とかいろいろほめてます.僕の家は祖母が華道・琴の師範,母は書家,父の趣味は造園と俳句*7……んで僕も書道をずいぶんやりましたからすからまぁこうほめられるとうれしいんですが(すっかり術中にはまってるし^^),その結果「愛国心」ではなく「祖国愛」が大切だという話に落ちつきます.これは言葉遊びにすぎません.

 第5章もあいかわらず日本をほめています.独創性や言語教育についてはまぁ頷ける部分もあるんですが,結局は何が重要か……というところでは総合判断力に結論(?)が落ちつきます.当然「総合判断」の定義はありません.けっきょく「総合的=なんかいいかんじ」程度の意味しかない.そして「なんかいいかんじ」なものが必要なのは当然のことです. そして脈絡はよくわからないまま(たぶん氏の美的感覚に照らして美しいから)田園が日本人情緒を生むので農業は保護というどうしょうもない提言が行われます.現在の日本の田園風景*8は戦後の産物です.日本人情緒がなくなった戦後に成立したものが日本人情緒の揺りかごというのはほとんど理解不能な思考法でしょう.食糧安保に意味がないのは拙著で繰り返し指摘しているのでおいときましょう.関係ないですが「環境保護のために農業保護を」という主張についても同様に「雑木林にしたらいいんでは?」と思ってしまいます.

 第6章はまとめです.


 本書を読んで残念というか予想外で安心したのは,有害な提言よりも検証不能で無内容な提言の方が中心になっていることです.その意味では,本書単独では有害指定図書と言うほどではないでしょう.ただし,本書の言うような情緒的な物が支配的な「空気」となりと,無茶で危険な提言はいくらでも出てきそうなので要注意図書ではあるかもしれません.


 長々と文句を書きましたが,実は『国家の品格』は私たち,とくに25-35歳の若者にとって重要なことを教えてくれます.『他人を見下す若者達』からも学ぶべきことは多いのですが,『国家の品格』の方がより根本的な「方針」を教えてくれると思います.


 われわれは『国家の品格』から何を学ぶべきか……近日中にまとめたいと思います.

*1:びっくりされるかもしれませんが,本当に先日はじめて読みました.まるで「当て書き」したかのようにダメな議論なのでほんとうにびっくりなのです.

*2:大学はいい意味でも悪い意味でも浮世離れしてますから.

*3:だから日本は偉いという論理になるみたい.

*4:米国の対中「門戸開放」提案を想起せよ

*5:一方,僕が誤解している可能性はありありです.

*6:『伊達家文書』など.これは非常に意外かもしれません.松平定信と言えば田沼の収賄の徹底的な批判者ですから.しかし,田沼意次賄賂を好んだというのはかなり怪しい説です.証拠も定信派閥に近い松浦静山の日記などですし,かの有名な「まいない鳥」の絵が田沼意次を指す物でないのはちょっと注意深く見ればわかります……これは是非自分で見てください.ヒントは家紋です.ちなみに,田沼失脚の大きな理由は意知の全国課税政策への封建領主の抵抗なのではないかと私は考えています.

*7:といっても山頭火ファンだからちょっと異端だけど.

*8:整然とした水田がひろがっているようなかんじ

BaatarismBaatarism 2007/01/30 09:46 すでにはてブで突っ込まれてますが、松平定信は白川藩主ですよ。
僕はあの人が体現している朱子学的思想は、シバキ主義の源流の一つではないかと思っています。社会の綱紀粛正のために不況とミクロへの介入(=統制)を歓迎する姿勢なんてそっくりでしょう。w

通りすがり通りすがり 2007/01/30 21:27 「*5」っすけど、数学基礎論っては、周辺分野の専門家でも微妙に誤解してたりする厄介なジャンルっすよ? http://www.shayashi.jp/HistorySociology/HistoryOfFOM/myth.html

なぬなぬ 2007/01/30 22:29 専門家でも微妙に誤解していることが多いのは…。
自分が過去の論文で証明した定理について、詳細を忘れて微妙な誤解をしていたりとか

とおりすがり2とおりすがり2 2007/01/31 01:09 門戸開放(通牒)は1900年ですから前では?

Yasuyuki-IidaYasuyuki-Iida 2007/01/31 04:31 ふぎゃ.間違いが多くてはじかしい……というわけで訂正しました.

NeanNean 2007/01/31 19:31 ついでに失礼しますぅ。《無根拠,謝った証拠でここまで多くの人を説得し……そして何より200万部売れているんですから.》中、「謝った証拠」は「誤った証拠」ではないか、と。

揚げ足、失礼致しました。

Yasuyuki-IidaYasuyuki-Iida 2007/01/31 20:27 すかさず修正.それにしてもこのエントリ以降とんでもないアクセス数なのでびびり中.

Yumin-IYumin-I 2007/01/31 20:36 機会があってですねぇ、この人の生講演をですねぇ、2回ほど聞いたんですねぇ。文末にですねぇ、ひたすら「ですねぇ」を付けるのがですねぇ、非常に気になったんですねぇ。

数学事情(続き)数学事情(続き) 2007/01/31 20:59 A:よく分かってない奴が口を出すな!
B:確かによく分かってないのかもしれんけど、
それ書いたの、俺だし。こんな著者で申し訳ない

小僧小僧 2007/01/31 22:27 キーワードを見れば分かりますが、この方は新田次郎氏のご子息としても有名です。

Yasuyuki-IidaYasuyuki-Iida 2007/02/01 01:14 >Neanさん
さんきゅ〜です.
>遊民さん
実力主義批判や年上を敬え論っていうのはですねぇ.基本的に自分の特権的な地位の不可侵性を強めるための方便にすぎないと思いますですねぇ.

数学事情さんの話はネタがわかんない(泣)

関雅弘関雅弘 2007/02/02 19:50 ゲーデル「不完全性定理」(岩波文庫、解説林晋)のp88注によると「ましてや、ゲーデルの定理から何らかの思想や人文・社会学的理論の妥当性を<証明>することはできない」とあります。数学者全員がゲーデルの不完全性定理を理解していると考えるのは、経済学者全員が労働価値説を理解していると思うようなものです。

U.KU.K 2007/02/02 21:31 飯田さん、はじめましてU.Kと申します。
藤原正彦氏の著作に「世にも美しい数学入門」という作家の小川洋子との対談本があるんですが(たしかちくまプリマー新書というレーベルから出てるはず)、その中の不完全性定理の解説はほぼ間違っていたと記憶しています。
でも藤原氏って一応専門は整数論なんですが、彼の論文がどんな内容か気になってネットで検索しても論文そのものも読めないし、内容を解説したサイトも無いんですよね・・・

Yasuyuki-IidaYasuyuki-Iida 2007/02/02 21:39 うわ.数学者だし……っていうのは買いかぶりみたいですね.ちなみに僕も労働価値説はわかりません(レオンチェフ型生産関数のことじゃないの〜とうそぶいてみる^^).それにしてもゲーデルを持ち出す人って「あんたの理屈が100%ただしいわけじゃない→故に自分が正しい」説だと思うんですよね.

関雅弘関雅弘 2007/02/05 12:35 整数論と、ゲーデルが出てくる数論はまるっきり別の分野なので、藤原正彦がゲーデルを理解していなくても自身の学問分野には影響ありません。
それにしてもゲーデルを持ち出して自己の意見を述べる人は、「無矛盾な公理的集合論は自己そのものの無矛盾性を証明することはできない」第2不完全性定理の方はどう考えているのでしょうか。

関雅弘関雅弘 2007/02/05 12:42 ちょっと訂正。
ゲーデルの出てくる数論→ゲーデルの出てくる数学基礎論、です。詳しくは、ゲーデル「不完全性定理」(岩波文庫、解説林晋)を読んでください。この本が出た時には、ゲーデルの論文を文庫で読めるのか、と感動したものです。

数学事情数学事情 2007/02/05 13:20 岩波:数学辞典(07年3月刊)
http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/nenmatu06/top5.html

無矛盾な形式体系は、「自己そのものの無矛盾性を主張していると解釈できる命題の一つ」を証明することができない
(フェファーマンの注意)

鳥 2007/02/05 20:00 第2不完全性定理は、”Tは無矛盾”という命題が、T で証明できないという定理ですから、”Tは無矛盾”という命題を T の中で、”どう形式化するか”という問題が関わってくるのです。(中略)それで、この形式化の方法を変にやったりしますと、PA で PA の無矛盾性が簡単に証明できます。(中略)それで、これを避ける方法は、Godel なども考えておりますが、結局は、第2不完全性定理というのは、”Tが無矛盾”という命題を自然に形式化したときに成り立つ、と考えるのが一番です。そして、この自然に、という条件は、結局は形式化できないと考えるべきなのです。なぜなら、形式化されるものは、非形式的なので、それが形式化されるまで、形式的に語ることができないからです。つまり、この”いかに形式化するか”という問題は、丁度、物理や経済学などで、自然現象や経済現象を、なるべく忠実に数学的に定式化するために、”いかに微分方程式を立てるか”というのと同じことなのです。
(中略)形式化というのは、一種の実験科学なのだという感覚を持っていましたので、私は、そこをそれ以上形式的に探求しても無駄だと信じておりました。また、この問題を私は Kreisel を読んだ知っておりましたので、何を前原先生が困っておられるか理解できず、また、有名な前原先生が、そういうをご存知ないのが不思議で仕様がなかったものです。(中略)前原先生は、私と違い、これをあくまで数学の問題として解決できないものかとこだわっておられたようです。
http://www.shayashi.jp/HistorySociology/HistoryOfFOM/Books/books.html

Yasuyuki-IidaYasuyuki-Iida 2007/02/06 02:09 ものすごく大げさなことを言うと,僕が前著でネガティブ・リスト方式を採用したのは整合的に「正しい理論」をみつけるのは難しい,不可能かもしれない(少なくとも僕の能力では不可能だ)からです.その意味で,拙著はゲーデル以降の論理学の新しい方向性をうわやめtgyふじこlp

古代古代 2007/02/06 12:45 ダメな議論と不完全性定理。黒木さん、どうしてるかな?
http://d.hatena.ne.jp/Yasuyuki-Iida/20061103#c1162976141

Yasuyuki-IidaYasuyuki-Iida 2007/02/06 14:23 まじめなレスをしてみると,『ダメな議論』は心理的バイアスを重視している部分が多いので数学者とは相性が良くない部分があるかもしれないですね.

たしかにたしかに 2007/02/06 19:02 心理的バイアスと論理学の両方に強い人って、あんまりいなさそう…