2009-04-07
■[economics]経済学者って……

先日荻上チキさんと話していて投げかけられた質問は,
「経済学者って何であんなに偉そうなんですか?」
というもの.あぁぁぁぁもう自分も含めて思い当たる節が多すぎる.その時は茶飲み話だったんでたいした話はしませんでしたが,実際どうなんだろ.
僕の仮説は経済学帝国主義みたいな意識.経済学帝国主義って言うのは,ざっくり言うと「進んだ理論的的基礎と分析・実証手法をもつ経済学」を「他の社会科学に注入しなければならない」っていう意識です.経済学の啓蒙やメディアでの発言をする経済学者はこの意識が高いからこそ啓蒙やメディアで発言するわけです.僕自身もこの意識がないと言ったらウソになる……得に日本では経済学の適用範囲が狭く限定されすぎていると日々感じます.んで,多くの人は布教のノウハウがないから外から見てると「偉そうで押しつけがましい」ということになるんじゃないかしら.
そしてもっと悪いのは,経済学帝国主義と文明化の使命wに執心しすぎるがあまり,経済学の基礎を忘れてしまっていることが少なくないことです.
例えば,ほとんどすべての規制は経済厚生を低下させる(これは全く正しい).ここで経済学者は「だから規制は悪い」と主張することになるわけですが,実はこれにはずいぶん省略が含まれている.
経済学者の話は
- 規制Xは○○兆円の経済的損失
- まぁ普通そこまで損してでも必要な規制ではないよね
- だから規制は悪い
の省略形にすぎないわけ.
ここで気付かれると思いますが,第2段目って単なる憶測だよね.
経済学が言えるのは「規制は経済厚生を低下させる」または計量的な評価も入れて「規制Xは○○兆円の経済的損失を生んでいる」という所までの話です.ここで「○○兆円損してでも必要な規制だ」という主張に対しては経済学の中で反論することは出来ない*1はずでしょう*2.
にもかかわらず,結論部分だけで「損してでも必要な規制だ」に反論しようとあがくとどうしても「偉そう」な印象になってしまうのかな.これに反省してこれからは厚生損失までで話を止めて「それから先は多数決にお任せします」という論理構成をするように心がけたいと思います.
もっとも偉そうなことを言う傾向がある人が経済学者になるorを名乗る傾向があるだけだという身も蓋もない説もすてがたいですが……




最近日本でもMBAが普及しているのは良いことですが、二昔近く前に私が行ったアメリカの某校では、まず最初にミクロ経済学を徹底的に仕込まれました(マクロはその後です)。そのことには本当に感謝しています。
「仕事に使うツール(ポーターの5フォースでも何でもいいのですが)の理解度」とは、ツールの数理的な理解力と言い換えて大丈夫でしょうか。
それとも、ツールのそもそもの「考え方」に対する理解と言い換えた方がいいでしょうか。
4c channel customer competitors company
4p product price place promotion
とか。
どちらも、提言はするが、実際に実務を行うのは別の人になります。
そのため、口ではいろいろ言うが、泥臭い実務はやりたがらない様に見えてしまいます。
それが、えらそうな感じにつながってしまうのかも知れません。
コンサルタントから、事業家になってしまったDeNAの南場さんや、経済学者を辞めてグラミン銀行を立ち上げたユヌスさんなどは、
その点あまり偉そうでない感じを受けます。
両名とも口を出すだけに限界を感じてリスクを取って事業を立ち上げたを語っています。
エンジニアには、「言いだしっぺの法則」があって、提言だけして実装しない人は、あまり相手にされませんから。
ほかの文系だとわりと悩むところなんだけど、経済学の人はけっこう無邪気に理論の共有化・一般化するような気がしますね。
ほかの文系は、かなり持って回ったり、表現を変えたりして搦め手から行きますが、経済学だとその辺がけっこう直接的なので、その辺りの無邪気さにイラっと来るんじゃないでしょうか。人間の行動に関わることですから。
私は後者の文脈で申し上げたつもりです。
実務や現場の知識は当然ながら大切ですが、その背後にあるロジックを理解することはもっと大切で、それがないと専門バカになるリスクが高まります。
ポーターは僕が初めてわかった経営学の本です.大学院に入ったときは経済学で産業組織論が専門だったそうなので背後のロジックが経済屋と共有されているんですよね.
個人的にはマクロは「経済学」だけど,ミクロは「社会科学の基礎」だと思います(ってこういうのが帝国主義っぽい^^).
>hogeさん
あぁ.確かにその通り.でもそれは学者・評論家がなぜえらそうなのかで「経済学者」独自の特徴でもないのかなと思ったりもします.
>halさん
>無邪気に理論の共有化・一般化
それどころか理論の共有化と一般化が出来ないなら理論ではないと思えてしまったりします.
飯田さんご本人が思い当たる節があるなら何とも言いようが無いのですが、随分不当だなあと思います。
個人的には「経済学者」が社会学者、哲学者、政治学者、経営学者、法学者でも当てはまる気がします。
・・・援護しようと思ったら、つまるところ「学者は大体偉そう」という結論になってしまいました。
申し訳ないっす。
これらの、経済学自体に疑似科学疑惑が存在する中で他分野に口を出せば自分の学問をしっかりさせろという反応が返って当然だと考えます。
とは?気になります。もし差支えなければ教えていただけないでしょうか。
とは?気になります。もし差支えなければ教えていただけないでしょうか。
ttp://open-waseda.jp/gakubu/syllabus/list.php?key=26&file=1
著作ではかなり好戦的・攻撃的で(若○部先生よりも)怖い人だと思っていたのですがお笑い芸人みたいな感じの人で気さくに話しかけてくる方でした。
活字で呼んだ印象と実際に接した時の印象は異なるかと思います。
こっちの方が気になったり。
いったいなんだろう?
自分(たち)は進んだ理論的的基礎と分析・実証手法をもっている、
と思えば経済学者であろうがなかろうが、その分エラそうになる気はしますが…
経済学以外の社会科学者は経済学者より自分たちの道具を信頼してなくて、その分謙虚?
後はポランニ的な話もできそうな気がします。
歴史的に経済学で扱いやすい範囲が広がってきた、とか。
貨幣経済も公汎な市場も未発達な世界で
経済学者がエラそうにふるまえるか?というと疑問です。
それともやっぱり、アダム・スミスはエラそうだ
(経済学自体の質も違いますが)とか言われてたんですかねw
両手ぶらり戦法をとれるほどじゃないので……もちろん人によって一番やばいと感じている部分は違いますが,徐々に僕が思うこれに意識的な研究も出てきているようなw
>お笑い芸人みたいな感じの人で気さくに
「お笑い芸人一般」みたいな感じではなくて「ある特定のお笑い芸人」みたいな感じですよねw もともとI田先生は偉そうな所が全然無い感じの人ですよ〜.
>実はひとつあるけどここでは割愛
あ.これはパレート改善ではないという話です.(そんな規制俺には得はないという人にとって)私的所有権の侵害なのは間違いないじゃないのと反論することは可能.実はこれはその後の話にも関連してて,この所有の概念がないと経済学でぜんぜん扱えない状況になるでしょう(貨幣や市場がないとマクロは何も出来なくなるけど,ミクロの中には返って元気になる人がいそうだw).
その規制が、その人にとって得かどうか、判断するのは、やはりその人自身になります?
例えば、規制を作る過程で、それまでその規制が自分にとって得はないと考えていた人、すべてが、周りの(徳がある派の)人から啓蒙?説得?されて、やっぱりその規制は自分にとって得があると、その考え方が180度変わってしまったりとか。
また、そんな規制俺には得はないという人が、一人もいない規制があったりとか、するんでしょうか。
A)現状->分析->モデル化
は盛んに行われる。
一方、そのモデルを使っての
B)モデル->制度設計->運用->再設計
を行える経済学者は少ない(盛んに行われていたら教えてほしい)。
一方、エンジニアは、
制度設計->[運用->再設計]
に良くかかわる。
私自身、
[運用->再設計]
の繰り返しはエンジニアを本物のエンジニアにすると思っている。
実際の運用を通した試行錯誤から、本当に多くのことを学べる。
その過程は、エンジニアは謙虚になる。
なぜならば、自分自身が当初考えた設計は、運用で修正を余儀なくされるからだ。
飯田さんが、経済学の知見から他の分野の状況に歯噛みする様に、
エンジニアからみて、経済学は、
[運用->再設計]
のディシプリンがすごく足りていないのではないかと感じる。
確かに、日銀に対して、若い経済学者が利率いじらせてくれとはいえないだろう。
その意味で、ディシプリンが不足しがちなのは分かる。
ただ、ディシプリンが足りていないと嘆いても悲しいので面白い実例を紹介する。
Real Economist Studies Virtual Economy in EVE Online
http://io9.com/5057849/real-economist-studies-virtual-economy-in-eve-online
EveOnlineとネットワークゲームがある。そのゲーム内ではユーザが作ったアイテムが、ゲーム内の市場を通して売られる。それは一種の社会的な活動である。
CCP(EveOnlineの開発運営会社)は、その市場の分析と改良のため、「実際の」経済学者を雇った。
つまりこの経済学者は、仮想世界とは言え、現実の市場に対して[運用->再設計]にコミットできる。
記事中では、adviceにとどまっているようですが。
ただ、仮想世界にコミットすることで、比較的小集団に対して、制度的な実験を行うことはできると思います。
(最悪自分で作るという手もある->ニコニコ動画とかね:)
まとめると、言いたかったことは以下の二つ。
1)[設計->運用->再設計]は、人を鍛えます(その過程で、謙虚さも学びます)。
2)現実の世界で、設計にかかわれないとしたら仮想世界にコミットメントしてみてはどうだろう。
若い経済学者は小集団に対しては、制度設計を良くやっていて単に私がそれを知らないだけならすいません。
パレート改善でないならダメという反論にはなかなか再反論できないという話です(わかりにくくてすみません).
>hogeさん
これは御節ごもっともでしょう.マクロについては各国中銀でようやく経済学ベースの政策立案が行われはじめたという感じがします.
仮想世界でというのはかなり面白そう.キャピトルヒル子守組合の話みたいですね.
>マクロについては各国中銀でようやく経済学ベースの政策立案が行われはじめたという感じがします.
これまでは、各国中銀は経済学ベースで政策立案をしていなかった、つまり、ということは、いままでは、「勘と経験」でお金を刷ったり、金利を上げ下げしていた。
という理解でよろしいのでしょうか。
[設計->運用->再設計]というと、実務をされている人(政策担当者)が行い、一方で、経済学者は、その[設計->運用->再設計]を常にフォローして、より良いモデルを作るというのが、学者と実務屋の役割分担という気がこれまでしていました。
その文脈では、その役割分担はもういらいない、というか、そんなものがあるから、(経済)学者には謙虚じゃない人が悲しいことに多く、そのために、(経済)学者は嫌われ、良いモデルがあっても、実務で「運用」されず、悲惨な結果を生んでいる。
という理解でよろしいのでしょうか。
【ニューヨーク=山本正実】「私たちは、日本に謝らなければならない」――。2008年の
ノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマン米プリンストン大教授は13日、外国人記者団との
質疑応答で、1990〜2000年代にデフレ不況に陥った日本政府や日本銀行の対応の遅さを
批判していたことを謝罪した。
教授は、「日本の対応が遅く、根本的な解決を避けていると、西欧の識者は批判してきたが、
似たような境遇に直面すると、私たちも同じ政策をとっている」と指摘。「上昇する米失業率を見ると、
失われた10年を経験した日本より悪化している」と述べ、経済危機を克服するのは予想以上に
難しいとの見方を示した。
クルーグマン教授は、日本のデフレ不況時に、日銀に徹底的な金融緩和を促す論陣を張るなど、
日本批判の急先鋒(せんぽう)に立っていた。
(2009年4月14日11時55分読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20090414-OYT1T00439.htm
は間違いでしょう。
くどく説明すれば、その発言はKurgmanが、日本と同じような政策しかできない米国を批判するために、米国政府向けて行った発言です。
したがって、Krugmanが、日銀、日本政府に謝っているいると受け取るのは大きな誤解です。
これには、大きな二つの問題が隠れている。
ひとつめは、新聞記者ともあろうものが、Krugmanの本意の読み違えの誘発をするような表題を付けたこと。
ふたつめは、内容を見れば、明らかにその意図は読み取れるにもかかわらず、その意図を読み間違える読者の読解力の低さ。
というか、後者は常に自分に言い聞かせていることでもあるが。
内容はおおむね賛成ですが、マルクス派は100年はずしつづけているが新自由主義やケインズ派は20年くらいに1度くらいはあたると言ったり、飯田先生はどうもマルクスおよびマルクス派に否定的ですね。
マルクス派って言ってもいろいろあるんですよ。
例えば飯田先生の出身の東大のマルクス経済学・宇野派は予測というもの自体に相当慎重で、いついつまでに革命が起こる等の予測などしていないし、経済学ではそんなことは出来ないという立場です。
もっとも僕がマル経に超否定的なのは確かでして,なぜ否定的なのかについては6月末(か7月はじめ)の本に結構書きましたが,「使えるようにする」工夫がかの学会内で主流になってこなかった点が致命的だと思います.
どうして戦後最大のマイナス成長の下で企業経営者を前にして、自分勝手な説をとうとうと話した後で、質問は5分だけ。
しかも回答は技術的なことなので、説明しても解らないから無理とか。
ばかにするのもほどほどにせーよ、と言いたい。