アゴラで『グローバリゼーション・パラドクス』が紹介されました。

アゴラで池田信夫氏による書評が掲載されました。
世界経済のトリレンマ - 『グローバリゼーション・パラドクス』

アゴラのような読者の多いサイトで紹介されるとは大変ありがたいです。

しかし、池田信夫氏が自身のTwitter

これは「TPP反対派のバイブル」らしいが、TPPにはふれてないし農業保護にも反対。反対派は英語読めないんじゃないか。

とつぶやいているのには正直驚いた。誰がそんなことを言っているのだろう・・・反響が高いという意味ではありがたいが、この本は別にTPP反対派のために書かれたものではない。

おそらく共訳者である柴山氏がTPPに反対していることからそういう風に考える人もいるのだろうが、柴山氏と私がこの本を翻訳したのはそのような狭い了見ではありません。そのことは、本のあとがきで柴山氏自身が書かれています。

最後に翻訳の経緯について記しておきたい。私は、以前からグローバリゼーションを巡る日本の論壇が、「賛成派」と「反対派」にくっきりと色分けされてしまうことに不満を感じていた。昨今はTPPを巡る論争が盛んだが、ここでも「開国か鎖国か」といったずさんな二分論が少なからず登場する。だが、グローバリゼーションの現実には、賛成か反対かという単純な図式で捉えきれない複雑さがあるのではないか。世界経済の未来についても、このままグローバル化が順調に進んでいくというシナリオ以外に、もっと多様なシナリオがあり得るはずだ。そんなことを考えていたとき、たまたま本屋で出会ったのが『グローバリゼーション・パラドクス』の原著であった。
(『グローバリゼーション・パラドクス』訳者あとがきより)

実物の書籍の中の「訳者あとがき」に書かれているが、私は国際経済学を専門にしていることもありTPP交渉参加に関しては「賛成」の立場だ。私が柴山氏とこの本を翻訳する時に話をしたのは、TPPに賛成か反対かなどという目先のことではなく、世界経済のグローバル化を大きな視点で考えた本書の内容は、今後の世界経済の趨勢を見る上で大いに役に立つものであり、日本の読者もぜひ読むべきだということであった。
実際、TPP交渉参加の話が出てきてからは、書店に行っても目に付くのは「TPPはアメリカの陰謀だ」とか「TPPに参加すると日本は破滅する」といった、バカらしくて読む気にもならない多数のTPP反対派の本と「TPPは日本の経済成長政策の切り札だ」とか「TPPで日本は繁栄する」といった過剰なまでのTPP賛成派の少数の本であり、世界経済の在り方を学術的見地からしっかりと理解しようといった良書はほとんど見かけることがなくなってしまったと私は思っていたところだった。
だからこそ、柴山氏からこの本の翻訳の話が来たときに二つ返事で協力することにしたのだ。

もちろん、TPP反対派のような自由貿易を敵視する人びとから見れば、ロドリックの「各国が国内事情に応じた政策を採れるようにグローバリゼーションには制約を加えるべきだ」という議論は魅力的であろう。
しかし、自由貿易推進派にとってこの本は読む価値がない本かと言えばそうではない。ロドリックが批判しているのは「グローバリゼーションがもたらす社会的影響や利害対立を考えず、ただひたすらに国家間の貿易や投資に関する取引コストを撤廃することを目的とする貿易原理主義市場原理主義者」であり、国益に適う自由貿易の在り方を慎重に考えながら進めるグローバリゼーションについてはロドリックは決して反対しないであろう。実際彼は貿易や金融のグローバリゼーションについては行き過ぎだと批判する一方で、労働のグローバリゼーションについては、メリットの方がデメリットよりも大きいと賛意を示している(ただし、"ある程度の"グローバリゼーションだが)。

長くなったが、要はこの本はTPP反対派のためだけに書かれたものではなく、グローバリゼーションが進展するということは一体どういうことなのか、そして健全なグローバリゼーションとはいったい何なのかということを知りたい人のための本だということです。

今日はこの辺で

(追加)

単純な自由貿易主義を「資本主義1.0」、ブレトン・ウッズ体制を「資本主義2.0」とし、それを21世紀にふさわしい「資本主義3.0」に変えようという主張も、中身が曖昧だ。具体的な提言としては、国際資本移動の規制は強めるべきで労働移動の規制は弱めるべきだという常識論ぐらいしかない。

という、池田氏の見解はその通りでしょう。ロドリックは断定的に一つの大きな物語で複雑な世の中を単純化原理主義的な解決法を提示するような学者を批判しており、経済学者が政策を考える際には、時代やその国固有の事情に配慮した政策を考えようとする姿勢が必要だと考えています*1。なので、彼の議論はどこか曖昧であるし、ズバッとした解決法を提示してくれるわけでもありません。しかし、僕は世の中はそんなものだと思うし、そのような世の中の複雑性をきちんと示していることにこの本の価値はあるのではないかと考えています。

*1:ロドリックは本書の中で前者の考え方の経済学者を「ハリネズミ」、後者の考え方の経済学者を「狐」と呼び、自身は「狐」の経済学者であるとし「ハリネズミ」経済学者を批判しています