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2008-03-16 新連載開始特大号

 日曜日は連載小説の日。

 というわけで、さっそく今日から始まる新連載をどうぞ。

[]義忠『彼女の戰い』第0〜2回:まえがき 15:49 義忠『彼女の戰い』第0〜2回:まえがきを含むブックマーク

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 はい、そんなわけで今週から、ごくごく一部で「幻の傑作」扱いしていただいておりますエヴァSS『彼女の戰い』をお送りいたします。

 ……いや、某2ちゃんねるでこの作品の名前が出たとき、「あれは『幻の』付きでいいんじゃね?」的なレスが付いてたという、ですね(爆)。

 

 本作品は元々、10年前のエヴァ・ブームの中で書かれた作品で、初出は今は亡きNifty内のエヴァ関連の創作フォーラムでのことでした。

 そこでは今をときめく本田透氏とか、そこで発表された作品をオリジナル作品としてリライトして『福音の少年―魔法使いの弟子 (徳間デュアル文庫)』シリーズとして発表されている加地尚武さんとかが活躍されていました。

 玉石混合ではありましたが文才のある方も少なくなかったので、今は別のペンネームで活躍されている方も少なくないかと思います。

 で、その後、前にも書きましたが1998年の年末の冬コミオフセット版を刊行し、在庫が尽きた頃に当時やっていた自分のHPHTML版を公開。それもプロバイダの廃業に伴って閉鎖されてしまい、以来、公開はしていません。

 その意味で「幻の」扱いがふさわしい作品でもありました。

 ……いや、もったいぶらずにさっさと読めるようにしとけってだけの話ではありますが(汗)。

 中には噂を聞きつけてWEB魚拓から無理やり回収して読まれたという猛者もいらっしゃるとのことで、本当に頭が下がります。

 まぁ、「今更、エヴァSSでもないしなぁ」と思っていたんですが、新しい劇場版も公開されたことですし、せっかくなのでこちらで連載させてもらうことにしました。

 ……新作に本当にアスカ出るのかちょっと怪しいので、復活するタイミングとしてよかったのかどうか判りませんが(はは)。

 

 ちなみにお話の内容ですが、オフセット版に掲載したあらすじでは、こんな風な文章を書いています。

 度重なる敗戦に傷つくアスカ。挫折と苦渋の日々の中、ヒカリとともに訪れたケンスケの口から、彼女は第14使徒のジオフロント強襲からシンジの所在が不明であることを知る。ケンスケとともにその謎を探るべくMAGIへの侵入を試みるアスカ達。だがそれは、NERVの裏面と彼女自身の過去を巡る深い闇との邂逅を意味していた──TV本編の第拾九話および第弐拾話をアスカの視点から描いたバックストーリー!

 初回はスペシャルとしてアバンタイトル扱いの第0回から第2回までを一挙公開します。

 いや、ま、第1回まではプロローグみたいなものですから。

 

 さて、創作秘話だの当時の思い出だのという辺りはおいおいやってゆくとして、まずは本編をお楽しみください。

[]義忠『彼女の戰い』第0回 15:49 義忠『彼女の戰い』第0回を含むブックマーク

epigram

 しかし、わたしは幸(さいわい)を望んだのに、災(わざわい)が来た。

 光を待っていたのに、闇が来た。

 わたしの胸は沸き返り、静まろうとしない。

 苦しみの日々がわたしに襲いかかっている。

       ――旧約聖書 ヨブ記三〇・二六〜二七

ADVANCED TITLE

 雨。

 黒い雨

 火災によって生じた煤(すす)を大量に含んだ黒い雨が、薄闇のジオフロントに降り注ぐ。

 気温が設定値を越えたため、天蓋に設置されたスプリンクラーが作動し始めたのだ。もっとも、ファーストの使用したN2爆雷をはじめとして、この限定された球状空間内にぶちまけられた膨大な量の熱エネルギーを吸収した所為か、水温は熱湯に近かった。

 その雨の中、両腕と頭部を喪(うしな)った弐号機が地面に膝をつき、塑像(そぞう)のようにたたずんでいる。その背面装甲板の上で、アタシは開放状態にあるエントリープラグのハッチに手を掛けて立ち、うっすらと立ちこめるもや越しに周囲の惨状を眺めていた。

 森は燃え、目に見える施設はことごとく半壊か全壊。破壊し尽くされ、黒く焦げた兵器の群れ。天井から落下してきたビルの残骸のような物もあった。

 すべて使徒との戦闘の結果だ。

 屈辱という言葉すら生ぬるい想いに、臓腑が熱を帯び、重くその存在を主張する。

 勝てなかった。

 NERV自慢の特殊装甲システムをすべてぶち抜いてジオフロントへの侵入を果たした使徒に、誰も勝てなかった。

 いや。

 他の誰がどうしようと、そんなことはどうでもいい。

 アタシが勝てなかった!

 アタシはまた勝てなかった!

 しかも、使徒は両腕と頭部を喪(うしな)って完全に沈黙した弐号機の横を、悠然と通り過ぎていったのだ。

 とどめすら刺さずに!

 その必要すらないとばかりに!!

 結局、アタシは奴の足留めすらろくにできなかった。アタシの必死の猛攻なぞ歯牙にもかけられなかった。あっさりと蹴散らされた。

 何の役にも立たなかった。何の――

 悔しかった。己の無力さが赦(ゆる)せなかった。

 アタシは唇を噛みしめ、顔を伏せた。そのままだと涙がこぼれてしまうから。

 それだけはイヤだった。こんな場所で泣いて、自己憐憫の感情に逃げ込もうとする弱さだけは、絶対に自分に赦すわけにはいかなかった。それが今のアタシに残された、せめてものプライドだった。

 雨。

 黒い雨

 その滴がアタシの赤い髪を濡らし、プラグスーツを伝う。薄く黒い痕跡を残しながら、弐号機の巨大な傷口から流れる青い体液と混ざり合って、大地に吸い込まれてゆく。

 そのとき、不意に低く野太い獣の咆吼がジオフロントに響きわたった。聴く者の腹腔を揺さぶり、その魂を闇の奥へと引きずりこまんとするかのような、荒々しく邪悪さにみちた雄叫び。

 アタシは視線をそちらへ転じた。

 半壊した金色のピラミッドを思わせる本部施設の足下に広がる森の向こう、水蒸気に煙けぶるジオフロントの薄闇を背景に、巨大な人型のシルエットが浮かんでいる。

 シルエットが頚(くび)を巡らせ、白く輝く両眼がこちらを睨む。

 アタシはハッチに掛けた掌(て)に、一瞬、力を込めた。

 EVA初号機。誰にも斃(たお)せなかった最強の使徒は、いつの間にか出戻っていたシンジを乗せたあの初号機によって斃(たお)された――いや。正確には「喰われた」というべきか。

 初号機が再び地面に顔を伏せる。咀嚼音らしきものが聴こえる。使徒の肉でも喰らっているのか?

 ――化け物……っ!

 恐怖とおぞましさを必死でねじ伏せ、アタシは初号機のシルエットを睨みつけた。

 初号機――そしてシンジ。

 またしても勝利は、あの邪悪な獣とこれといって特徴のない少年のものなのか。

 胸の奥で、何かがきしりと小さくきしんだ。

 獣が再び咆吼をあげる。

 雨。

 そして、黒い雨

                                            >>>>to be Next Issue!

[]義忠『彼女の戰い』第1回 15:50 義忠『彼女の戰い』第1回を含むブックマーク

Scene 01

「ママぁーっ!」

 泣いている。なんで泣いているんだろ、アタシ。

「ママぁーっ!」

 もう泣かないってきめたのに。なんでアタシ泣いているんだろ。

「どこにいるのママーっ!」

 ああそうだ。アタシはママを探していたんだ。

 ママ。優しいママ。あったかいママ。

 どこにいるの、ママ。

 アタシをひとりにしないで。ひとりぼっちはイヤなの。

 ひとりぼっちは寂しくて、悲しくて、泣きたくなるから。

 泣いちゃダメ。泣くのはつらいもの。

 胸がどんどん苦しくなって、圧しつぶされそうになるもの。

 アタシは泣くのをこらえようと、いつも一緒にいるおサルのぬいぐるみを強く胸元に抱き締めた。

 ――ママはお仕事が忙しくてなかなかアスカちゃんのことをかまってあげられないけど、代わりにこのぬいぐるみサンのことをママだと思って大事にしてね……。

 まだ元気だった頃、そう言ってママが買ってくれたぬいぐるみ。その子と一緒に、アタシは雪に覆われた冬枯れの森の中をとぼとぼと歩いていた。

 南ドイツ。フランス国境に程近い黒い森(シュヴァルツヴァルト)の小さな村、ザンクト・ブラジーン。タマネギ型の塔(ツヴィーベルトウルム)を持つ教会で知られるこの村の外れにある、パパの職場の友人のものというコテージで夏休みを過ごすため、アタシ達一家はこの地に訪れていた。

セカンドインパクト以来、一年中、真冬のヨーロッパで<夏休み>とはね」

 ベルリンにあるウチのリビングで今度の旅行の予定を披露したとき、パパは皮肉な口調でそう呟いていたのだけれど。

 パパはいつもそう。いつも何かを見下しているような、そんな冷たい言い方しかしない。

 ママが入院したときもそうだった。実験中の事故が理由で病院に運ばれたと学校の授業中に聞かされたアタシが、担任の先生に連れられて駆けつけたとき、ママの病室の前でパパは白衣を着た女医と冷たい笑みを浮かべて談笑していた。ガラス窓の向こうのママの姿を眺めながら!

 ママの具合はあれから少しだけだけど良くなり、やがて一時退院が許された。今度のシュヴァルツヴァルト行きは、そんなママの療養のために計画されたものだった。身体(からだ)よりも精神(こころ)を病んだママには、このシュヴァルツヴァルトの森で自然に触れるのが一番いいのだとパパは言った。

 けれどコテージに着いたママは、暖炉の前に座り込んだまま動こうとはしなかった。手に持った小さな人形へアタシの名を語りかけ、楽しげに優しく微笑みながら、そこから一歩も動こうとはしなかった。

 ――ちがうわ、ママ! アタシはここよ! アスカはアタシなのよ!

 ――お願い、ママ! アタシを見て! ここにいるアタシを見て!

 何度叫んでもママは振り向いてはくれなかった。どれほど必死に叫んでも、見向きもされなかった。

 それなのに人形を取り上げようとしたら凄い力で振り払われた。そして激しい憎しみのこもった目でアタシを睨み、大事そうに人形を胸元に抱き締めるのだ。

 そう。

 まるで愛する我が子を護(まも)る母親のように……。

「ダメじゃないか、アスカ」呆然とするアタシの肩をそっと抱き、パパは言った。

「ママの病気は、興奮すると身体に障るんだ。前にもそう話したろ?」

 けれど穏やかな口調でそう告げるパパの顔には、いつもの冷たい微笑が浮かんでいた。

 ――何で!? どうして……!?

 その答はひとつでしかない。絶望的で、残酷で、だけど単純なそのひとつでしかないことを、その瞬間、アタシは悟った。

 ぱぱハままヲ愛シテナンカイナイ――

 アタシはコテージを飛び出した。それ以上、その現実に居たたまれなかったから。

 そして、気がついたら森の冥(くら)い木立の中をさまよっていた。

「あっ!」

 膝近くまでつもった雪に足を取られ、あっけなく転倒した。冷たい雪のかたまりに、頭から突っ込む。頬に触れる雪。痛いくらい冷たい。顔をあげ、立ち上がろうとする。けれどバランスを崩し、今度は背中からひっくり返ってしまう。雪とは言っても、根雪が凍結して滑りやすくなっていたのだ。

 雪の上に仰向けになった格好のアタシの視界は、天まで届かんばかりに伸びる太い木々の幹と、その隙間から見えるひどく狭められた鉛色の曇空へ向けられた。薄暮へと向かいつつあるその空から、ゆっくりと小さな雪のかけらが舞い落ちてくる。

 そのひとつが頬に触れたとき、ついにアタシは感情の昂(たかぶ)りをこらえきれなくなった。

 アタシは泣いた。声を上げて泣いた。全身全霊をかけ、肺の中の空気をすべて吐き出しかねない勢いでアタシは泣いた。

 だけど誰も助けになんかきてはくれなかった。

 ただ冷たい空気を喉から肺へと流し込んだだけだった。

 気管が鋭い痛みを発し、激しく咳こんだ。ひとしきりその場でのたうち廻りながら咳の発作をやりすごすと、凍える躯(からだ)と心に鞭打って立ち上がる。

 援(たす)けなんかこない。ママはもうアタシのママじゃない。今ではあの人形のママになってしまった。パパはいつものように冷たく笑うだけ。死にたくなければ歩き続けるしかない。

 ゆるやかな風が森を吹き渡る。雪に濡れた着衣を通して体温が奪われ、寒さが容赦なく躯(からだ)に染み込む。折れ曲がる枝の上に雪をまとう枯れた木々の群は、おとぎ話に出てくる悪魔のようで薄気味悪かった。周囲から聴こえてくる梢(こずえ)の囁きは、パパの嗤い声に聴こえた。

 体力と気力が目に見えて削り取られてゆくのが自分でも判った。

 やがてくるぶしまで埋まる雪に足を取られ、すぐそばの木の幹に手をついた。

 ――だめ。もう、歩けない……。

 膝から力が抜けた。そのまま、木の根本にへたりこむ。

 瞼(まぶた)がひどく重い。本能的にその誘惑の危うさに気づいてはいたけれど、あらがえなかった。

 ――もう、いい。もう、疲れた……。

 冷えきった躯(からだ)に残るわずかなぬくもりを守ろうと、ぬいぐるみと一緒に膝を抱きかかえる。濡れそぼったぬいぐるの冷たさに、痛みすら感じた。けれど、どうしても放り出す気にはなれなかった。この子を見捨てることは、自分自身を見捨てることと同じように思えた。

 やがて冷たい闇が急速に意識を呑み込んでゆく。どこかへと落下してゆくような奇妙な浮遊感。このまま楽になってしまえるなら、それはそれで悪くないように思えた。

 そんな微睡(まどろみ)の中で、不意にその「声」は聞こえた。

 ……カ……

 すぐにも消えてしまいそうな、微(かす)かな声。

 気の所為? それとも、幻聴だろうか?

 ……ア……スカ……

 ――あたしの、名前……?

 アタシはうすく瞼をあけた。

 ……アスカ……

 まぶしい。肌にもぬくもりを覚えた。雲の切れ間から、陽の光でも差し込んでいるのか?

 ――アスカ……

 間違いない、誰かがアタシを呼んでいる!

 顔を挙げる。背後に人の気配。

 けれどアタシは振り向くのを躊躇(ためら)った。裏切られるのが怯かった。期待はいつだって裏切りの同義語だった。そこにいて欲しいと願う人物は、いつだってそこにいてはくれないのだ!

 だけど……あぁ、だけど、もし――!?

アスカ!」

 耳に届く一際確かなその声!

 こらえきれなくなったアタシは、ついに振り向いた。

 あふれんばかりの光を背に、柔らかなラインの大きなシルエットがアタシを迎え入れるように両手を広げている。

 逆光の中で、彼女シルエツトが優しく微笑んでいることに、何故かアタシは気づいていた。

「……ママ……」

 

 主を褒め称えよ(ハレルヤ)!

                                            >>>>to be Next Issue!

[]義忠『彼女の戰い』第2回 15:50 義忠『彼女の戰い』第2回を含むブックマーク

Scene 02

 それは、深い海の底から浮かび上がるような感覚に似ていた。

 白濁した闇。どこまでも続くかに思えたその世界を抜けた先に、その「影(シルエット)」がいた。

「――マっ……!?」

 その瞬間、彼女(シルエット)の正体に気づき、慌ててあげかけた声を呑み込む。

 赤い瞳。青い髪。額には白い包帯が巻かれ、肩のパーツがセパレートされてノースリーブ状になった白いプラグスーツの両袖から伸びる腕にも包帯が巻かれていた。

 優等生(ファースト)。

 感情の読めない、いつもの無表情な顔がアタシを覗き込んでいた。

 胸の中で呪詛の呻き。一瞬とはいえ、よりにもよってこんな女とママを取り間違えるだなんて……!

「くっ……!」

 不意に頭蓋骨がまるごときしむような痛みに襲われ、現実の呻き声をあげる。

 頭痛? なんで頭が――!?

 困惑。混沌――フラッシュ・バックするイメージ。

 意識が焦点(フォーカス)を結びかけたとき、ひんやりとした冷たい感触を額に感じた。

 優等生(ファースト)の手――?

 ――ダメよ、アスカちゃん。熱があるんだからちゃんと寝てなくちゃ……。

 再び意識にまぎれこむ幼い頃の記憶。風邪で熱を帯びた額にやさしく触れるママの手。無条件のやすらぎを保証する記憶のコード――そのまま何もかもゆだねてしまいたいという衝動の存在に気づき、吐気にも似た嫌悪感を覚えた。

「さわらないでよ!」

 アタシはファーストの手を乱暴に振り払い、ベッドから身を起こす。

 ベッド?

 周囲に視線を向ける。カーキー色のテント布の張られた金属の支柱。天井には取り外しの簡単なユニット型の蛍光パネル。床には厚手のカーペット。その上にアタシのいる折り畳み式のベッドとファーストの座るパイプ椅子がそっけなく置かれている。

 野戦用テントの中?

 あぁ、そうだ。弐号機で出撃したアタシは、シンジとの会話に気を取られた隙を突かれ、参号機を乗っ取った使徒に――

 再び頭痛。今度は夢の中でみた映像がフラッシュした。

 あふれるようなまばゆい光の世界。アタシの全存在を受け入れてくれるかのように両手を広げたママの――

 違う!

 あれはママじゃない!!

 ママのはずがない。あの時、アタシは地元の森林保護官に助けられたのであって、ママなんかであるはずがない。いくら冷淡なあの男とはいえ、あの状態のママをコテージから出すはずがない。第一、救出されたときのアタシは、完全に意識を喪(うしな)っていたのだ。

 どこかで記憶の錯誤が生じていた。あの夢を見るときはいつもそうだ。現実の記憶と願望が摺り代えられている。願望――現実じゃない。目が醒めるとその事実を思い出す。そして傷ついている自分に気づき、二重の衝撃に打ちのめされるのだ。いまだにママの影にすがろうとしているのか、アタシは……?

 そこまでの展開もいつもと同じ。

 でも、なんであんな夢を見てしまったのだろう。もうずっと、あんな夢、見ないでいたのに……?

 苦い思いに沈むアタシの耳元で、抑揚に欠ける声がした。

「大丈夫?」

 ファースト。なぜか無性に神経が苛立った。

「うるさい!」反射的にアタシは叫んでいた。

「あんたなんかに心配してもらわなくったって、大丈夫よ!」

「…………」

 無言。アタシの拒絶を前にしてもファーストに動じた様子はなく、じっとこちらを見ている。

 本当に何とも思っていないのか。あるいはヒステリックなアタシの反応を哀れんでいるのか――ダメだ。なんの根拠があるわけでもないのに、なぜそんな風にネガティブな方向にばかり思考が流れてゆくのだろう?

 この女を前にするといつもそうだ。普段は無表情で無反応なくせに、ときおり妙に人間くさい言動を示す。それどころか不意に他人の精神(こころ)の核心に踏み込むような真似さえする。まるで何もかも見透かされてしまっているようで、落ち着かなくなる。

 今だってそうだ。ママの出てきた夢を見た直後、アタシの中のママのイメージとシンクロするような真似をする。勿論、そんなの全部偶然でしかない。こっちの勝手な思い込みに過ぎないってのは判っている。けど、この女がやると偶然が偶然に感じられないのだ。まるで知らぬ間にこちらの精神(こころ)の聖域(サンクチュアリ)を冒されているようで、どうにも薄気味悪い。

 だから苦手なのよ、この女……。

 アタシは胸で小さく呟くと、軽く頭を振ってファーストの存在を意識から排除した。いま考えなくてはならないのは、もっと別のこと。ファーストのことなんかじゃない。勿論、ママのことでもない。

 アタシはもう一度、ここまでの状況を思い出そうとした。

 モニターいっぱいに広がる参号機の黒い貌(かお)。獲物を見つけた歓(よろこ)びを抑えきれないかのように顎部ジョイントが開き、その双眸に血のような真っ赤な輝きが宿る――

 その瞬間、我に還(かえ)った。

「ちょっと!」ファーストの腕を掴み、叫んだ。

「参号機は――鈴原はどうなったの? それにシンジは? なんでアイツ、ここにいないのよ!?」

 ファーストは静かに首を横に振った。

「アンタ、何も知らされてないの……?」

 小さな顎が頷く。こんな時までこの女は無表情だった。どうして平気でいられるのか。コイツ、シンジのことが好きだったんじゃないの……?

 再び苛立ちかける神経を無理矢理ねじ伏せ、プラグスーツの左手首に目をやって時刻表示機能を呼び出す。意識を失ってから五時間は経っていた。おかしい。使徒との戦闘がどうなったにせよ――負けていれば、世界がこうして無事なわけがない――とっくに本部に収容されてていいはずだ。

 何があった? それにここはどこ?

 アタシはベッドから足を下ろした。ファーストに訊ねるという発想はなかった。自分の目で確かめなくては。

 立ち上がろうとして、不意にたちくらみに襲われた。

 バランスを崩しかけ、支えられる――ファーストに。

「独りで立てるわよ!」

 ファーストの腕を乱暴に振り払い、アタシはテントの出入口に向かう。

 ドア代わりの分厚いテント布をはねのけると、地面の上に横たわるライトアップされた巨体の存在に気づいた。それが零号機の機体の一部であることを理解するのに少し時間がかかった。見慣れないアングルからの視点で、頭がついてゆかなかったのだ。

 既にとっぷりと陽は暮れ、投光器用の発電機の発する小さな唸り声ばかりが耳につく。

 周囲を見廻したが灯火らしきものは見当たらなかった。おそらく戦場となった強羅(ごうら)山中からほとんど移動していないのだろう。

 機体の回収作業がまだ行われていない――何故?

 戦闘終了後にEVAの機体を現場に放置しておくなどという事態は、本来あり得ない。持ち去られる心配こそ皆無かも知れないが、国連の最高機密であることは間違いないのだ。それに一部の生体部品は一〇時間程度の時間で急速に機能が低下する。EVAはメンテナンス・フリーなどという都合のいい言葉とは、到底無縁の存在だった。

 誰かに話を聞こうと思ったが、ほとんど人影もない。ライフルを肩に背負った保安部員らしき人間が数人、ちらほらと立っているにすぎない。だが、彼等に事情を訊こうという気にもなれなかった。

 EVAという世界を滅ぼしかねないテクノロジーを扱いながら、生え抜きの職員ばかりでなく、世界各地の国家機関や企業などから出向やヘッド・ハンティングされた人材などで構成されるNERVでは、どこにスパイが潜んでいるか知れたものではない。そのため、NKO――知る必要のある者だけが知ればよい(ニーズ・トウ・ノウ・オンリー)――と呼ばれる情報管理思想が必要以上に徹底されている。この場を警備している保安部員レベルの機密接近資格(セキュリテイ・クリアランス)では、アタシ達チルドレンへの接触すら許可されていないはずだ。

 しかし、何かが起こっているのは間違いない――それも、よっぽどの異常事態が。

 だけど、いったい何が……?

 疑問符が再び頭の中をぐるぐると旋回を始めかける。

 その時、急に零号機の周囲を遠巻きにするように設置されているテントから、作業要員達がわらわらと飛び出してきた。回収作業が開始されるのだろうか?

 上空からは垂直離着陸(VTOL)機の甲高いエンジン音が近づいてきた。だが、聴こえてくる排気音は一機分だけ。NERVの保有するVTOL機で単独でEVAを輸送できるだけの能力を持った機体は存在しない。本部からの連絡機、あるいはアタシとファーストの回収のために先に派遣されてきた機体なのかもしれない。

 アタシ達のいる医療テント前のスペースから、急遽、作業用の重機類が取り除かれ、VTOL機の着陸用地(ランディング・スペース)が確保される。

 やがて上空に到達したVTOL機は、ゆっくりと降下を始めた。着陸用に地面に向けられたジェット・エンジンから放出される高熱をはらんだダウン・フォースがやや離れた場所にあるここまで届き、テントの布がばたばたと音を立てる。

 その熱風に乱れそうになる髪を抑えながら目を細めてVTOL機を見ていると、まだ着陸前だというのに搭乗ハッチが開かれ、そこから左腕を包帯で吊ったミサトが顔を出して何かを叫んでいた。出撃前の状況説明(ブリーフィング)では、出張先の松代で事故に捲き込まれたと聞いていたのだが、無事だったのか。だが、エンジン音がうるさくて何を言っているのかよく聞こえない。

 それがミサトにも伝わったらしい。もどかしげに身を乗り出そうとして、無傷の右手で掴んでいたハッチ内のサイドバーから手を滑らし、危うくバランスを崩しかける。

「ミサト、あぶ――っ!」

 とっさに声を上げそうになったそこへ、誰かが機内から手を伸ばしてミサトの躯(からだ)をしっかりと背後から抱き寄せた。

 ほっとしたアタシはすぐにその人物が誰なのか気づき、思わず沸き起こった安堵と歓喜の感情にまかせてその名を口にしかけた。

「加持サ――」

 その瞬間、ハンマーで頭を殴りつけられたような衝撃に襲われた。

 なぜ加持サンがミサトと一緒にいるのだ?

 ミサトは松代にいた。参号機の起動実験のために。そして事故に捲き込まれた。

 だが、加持サンは第三新東京市にいたのだ。明後日まで続くミサトの出張期間の間は、ミサトに代わってアタシとシンジの保護者としてウチに泊まる予定だったのだ。松代に行く予定があったなどという話は聞いていない。

 その二人が、なぜこうして一緒の機体に乗ってアタシの目の前にいるのか?

 それはつまり、事故の一報を受けた加持サンが慌ててミサトのいる松代まで飛んでいったということに他ならない――アタシ達が使徒と闘っている間に。

 頭の中が真っ白になる。VTOL機のエンジン音がやけにうるさい。

 だが、目だけはミサトと加持サンの姿から逸らすことができなかった。

 加持サンに背後から支えられながら、再びミサトが何かを叫んでいる。

 でも、やっぱりエンジン音がうるさい。

 加持サンは心配そうな表情でミサトの方を見ている。

 アタシの方はちらりとも見ようとしない。

 アスカはまだ子供だからな。

 うるさい。エンジンの音が本当にうるさい。

 なんでこんなにうるさいんだろう?

 ミサトが叫んでる。

 ラベンダーの香り。

 子供のするものじゃないわ。

 彼女の寝相の悪さ……直ってる?

 うるさい! ウルサイ! うるさい!! ウルサイ!!

 耳を塞(ふさ)いで叫びたかった。

 ――誰か、助けて……!

 胸の奥で、何かがきしりと小さくきしんだ。

                                            >>>>to be Next Issue!