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2010-02-14 連載小説最終回

 先週ここで書いたコンセプト・ノートですが、一応、編集サイドに提出。某クローズドな場所にて関係者向けに公開されました。

 今後はこれをベースに設定やプロットを更に煮詰めてゆくことになります。

 

 一応、GWに一日30枚ペースで執筆する予定なんですが……しかし、これ本当に原稿用紙300枚くらいで収まるかな(^_^A。

 まぁ、最終締め切りは6月だというので、最悪それまでに脱稿すればいいんですけど。

 次はロケハンと資料集めかぁ……。

 

 で、今週で『棺のクロエ1.5 0〔lav〕』も最終回です。

 使えそうな隠し玉もないので、来週から夏くらいまでは新作の準備状況の報告中心になりそうですね。

[]義忠『棺のクロエ1.5 0〔lav〕』第13〜15回:まえがき 14:59 義忠『棺のクロエ1.5 0〔lav〕』第13〜15回:まえがきを含むブックマーク

 

 連載最終回。

 

「恋愛小説」を書いているつもりだったんですが、何だか辻説法みたいな話になってきてしまいました……orz

 それでも、ラストは頑張ってイチャラブ的な展開にしてみましたが、いかがでしょうか。

 ……まぁ、この後、『花嫁強奪』で書いたように、この二人は悲劇的な別れを迎えることになるんですが。

 

 このお話を書く以前から、物語における「ハッピーエンド」って、別に「王子様とお姫様は幸せに暮らしました。めでたし、めでたし」じゃなくてもいいんじゃないか、と思っていました。

 人生って長く生きてればいろいろあるし、最後に悲劇で終わったからと言って、それまでの過程での喜びや幸福に意味がなかったかというとそんなことはないと思うし。

 いや、でも『ハチクロ』の落ちは、つくづく酷い話だよなと感じましたけども(でも好き)。

 そんなわけで、このお話は二人が結ばれたもっとも幸せな瞬間で物語が閉じられます。

 だから「ハッピーエンド」です。

 文句は言わせません。

 

 とはいえ、「フェリア王女の物語」としては、まだ終わった感じはしません。

 なので、もう1作くらい書くことになりそうです。

 そもそも『花嫁強奪』のあの描写ではカオ皇子が「本当に死んだのか」ははっきりしませんし……。

 いやぁ、こんな物騒なキャリア積んだ男が、そう簡単に死ぬかというと──さて、どうなのでしょうね(ニヤリ)。

 

 しばらく別の作品にかかりきりになる予定なので、フェリア王女の続きの物語に取り組むのはまだまだ先になりそうですが、のんびり気長にお待ちいただけると幸いです。

 

 では、また次回作で。

[]義忠『棺のクロエ1.5 0〔lav〕』第13回 14:59 義忠『棺のクロエ1.5 0〔lav〕』第13回を含むブックマーク

0-13

 

 違う! 違う! 違う!

 そんなことはない。絶対に、そんなことはない──そう言ってやりたいのに、そう言って叫びたいのに、咽が張り付いて声が出ない。暗闇が肩にのしかかって押し潰されそうだ。

 その重圧を何とか跳ね退けて、フェリアは別の問いを口にした。

「……チャオ殿下は、何でそんなことを?」

皇族と貴族の生存闘争(サバイバル)のためです。

 三〇年前の宮廷革命、いや、それ以前から、軍と皇室は血で血を洗う凄惨な抗争を歴史の裏側で繰り返してきた。互いに動きを止めれば、即座に足元をすくわれ、喉笛に噛み付かれる。そんな関係を続けてきてるんです」

「だからって──!」

「さっきも言ったでしょう。辺境領経営は軍の利権構造の大きな柱だ、と。特に〈同盟〉との戦争が激化して以来、よりいっそうの鉱工業生産の増強を求められるようになっている。各地の少数民族自治区で、地元住民を低コストの労働力として酷使し、地下資源やエネルギー資源の採掘が行われている。

 加えて若い男子は徴兵され、西方辺境領での〈同盟〉との戦争や他の自治区へ治安維持の兵力として送り込まれている。若年労働力を奪われた少数民族の村落共同体が、急速に痩(やせ)衰え、荒廃してゆくことを承知でね。

 軍は各地の自治区から、人と資源を凄まじい勢いで収奪し、それを対外戦争という博打に突っ込んで、〈帝国〉国内に対して『祖国防衛』の担い手という揺るぎない地位を手にする──それを、中原(ハートランド)での権勢の源泉としているんです」

「………………」

 カオは内政面から見た対〈同盟〉戦争の意味──あるいは、軍にとっての「戦争」という事業のビジネスモデルを、驚くほど鮮やかに指摘してのけた。

 しかし、そうであるなら──

「軍と対抗する勢力は、軍の辺境経営の妨害をして、その経営を破綻させてやれば……」

「そう。廻り廻って、中原(ハートランド)での軍の権勢を弱める事ができる」

 カオは頷いた。

「そんな馬鹿な! 貴方の国は外国と戦争をしているんですよ!」

「〈帝国〉(このくに)に外交なるものは存在しない。すべては内政にとっていかなる意味を持つのか、その一点においてでのみ評価される──皇族や貴族達の世界観なんてそんなものです。

 戦争だって、軍が勝手に始めたことだと思ってる。彼等は自分達には関係ない話だと思ってるんです」

「だとしても、自分の国の治安を自分達で乱すだなんて」

「彼等は辺境領を『自分の国』だとは思っていない。中原(ハートランド)以外は所詮、化外の地だ。そこに生きる人々が死のうが生きようが、知ったことではない。

 それが彼等の──いや、軍も含めて、この国の中央で権力を握っている連中の国家観です。

 だから、軍が経営に失敗して領土を手放しても、中原(ハートランド)での権勢を握ってから取り戻せばいいくらいにしか考えてない。

 少なくとも、私が会った中央の皇族や貴族はひとり残らずそうだった──勿論、チャオ殿下も含めてね」

「チャオ殿下は、このまま本気で辺境領を混乱に陥れるつもりなの?」

「本気ですよ」カオは頷いた。

「と、同時に、本気なんかであるものですか。

 何度も繰り返しますが、辺境領経営は軍の利権構造の柱だ。そこに本気で手を突っ込めば、相手も本気にならざる得ない。

 だから、私達に叛乱を指(し)嗾(そう)された部族は、皆、あらかじめ蜂起が失敗するように仕組まれていた。最初の一撃で軍の神経を逆撫でした後は、集落ごと軍に嬲(なぶり)殺しにされるよう、慎重に調整されていた。決して本気の武装蜂起で軍や行政機関に大打撃を与えることのないよう、調整され、制御されていた。

 幾度かの蜂起と弾圧を経て、やがて地元住民がそれとなく不服従(サボタージュ)を行い、週にひとりづつ、軍人が物陰から襲われて殺される──そんな風に、軍の統治コストがじんわりと上昇して、中央の軍官僚達の神経を徐々に苛立たせるような状況へ持ち込めれば、それがベストだと教えられました。

 重要なのは、こちらが好きな時、好きな場所で火を付けて、火の勢いを自在にコントロールできるとアピールすること。

 そう。彼等の最終的な目的は、軍を取引(ディール)の場に引き摺りだすことであって、軍と正面切って殴り合うことではないのです」

「………………」

 つまりはすべて、中原(ハートランド)でのくだらない権力闘争のため。

 そんなもののために、辺境領に住まう無辜の少数民族達の人生を弄(もてあそ)び、踏みにじってきたというのか。

 フェリアは言い知れない怒りを覚え、目が眩(くら)みそうになった。

「そして、貴女がこうしてここにいるということは、おそらくその取引(ディール)がいよいよ大詰めを迎えたということなのでしょう」

「……どういう意味ですか?」

「貴方と私の婚約は、チャオ殿下の仕掛けるこの取引(ディール)に、第三のプレイヤーとして〈王国〉を捲き込むことを意味しています。おそらく辺境領での私の動きが軍に捕捉されつつあることを察して、新らしいプレイヤーを捲き込むことで場を荒らしにかかったんですよ。それでゲームのルールが微妙に変わりますから、その混乱の中で主導権(イニシアティブ)を掴んで取引(ディール)の流れをこちらの都合のいい方向に引っ張り込む──チャオ殿下らしいやり口だ。

〈王国〉がどこまでこの取引(ディール)の本当の意味を理解して参加してきたのかは知りません。

〈王国〉は本来、軍の進める戦争事業で利益を得ている立場である以上、軍寄りのプレイヤーであるはずだ。しかし、チャオ殿下により近いシートに貴女方は腰掛けてしまった。〈王国〉王室と〈帝国〉皇室には一〇〇年来の交流があるから、その線で単純に捲き込まれただけかもしれない。あるいは、貴女方もこの取引(ディール)で軍から何らかの譲歩や利権を得るために、あえて危なっかしい配置のシートに座ったのか。

 だが、いずれにせよ、辺境領経営だけでなく、軍の戦争事業の重要なパートナーである〈王国〉に対しても影響力を発揮できることを、私達の婚約でチャオ殿下は示すことができた。

 だから、軍は少し本気になったんです」

「少し……?」

「ええ、そうです」カオは頷いて続けた。

「まず、この地で活動している私を『事故』に見せかけて襲い、即座に『保護』を名目に拘束した。これによって、辺境領でチャオ殿下が僕にやらせている活動を、軍当局が掌握していることを示した。

 次いで〈王国〉に対しても、貴女を拉致同然にここへ連れてくることで身柄を押さえ、軍の本気度を示した。

 その上で、おそらく私達がここにいる間に〈帝都〉では軍とチャオ殿下、そして〈王国〉の三者で直接相対しての取引(ディール)が行われているはずです。勿論、チャオ殿下の手持ちのカードも、私だけではありません。多くの辺境領に張り巡らされた組織のネットワークの全体像までは、軍も把握しきれていないに違いない。

 対して軍の側も、チャオ殿下の知らないカードを切ってくるかもしれない。互いの力を示して、落とし所を探る──元より取引(ディール)とはそういうものです。

 それでどんな結論が出るのかは、僕には想像もつかない。

 チャオ殿下が望みのものを得ることができるのか、逆に軍にその動きを封じ込められてしまうのか。そこで〈王国〉がどんな立ち位置を取ることになるのか。

 私達の婚約関係をどうするのかもそこで話し合われるでしょう──勿論、政治的な落とし所のひとつとしてね。

 何であれ、辺境の人々にとってはどうでもいい話です。それで彼等の生活が楽になるわけではない。それどころか、チャオ殿下の影響を排除した軍は、これまで以上に苛斂誅求を重ね、収奪を加速させるかもしれない。戦争もまだまだ続きそうですからね」

「………………」

 

 翳(かげ)のある笑みを浮かべるカオを、フェリアは痛ましい想いで見た。

 それだけでも、〈帝国〉国内の軍と皇族の抗争劇に駒のひとつとして振り廻されてきたことに、この若者がどれほど深く傷ついてきたのかが伝わってくる。

 だが、ひとつ、どうしても訊かねばならない問いがあった。そのために、彼女はこの辺境の闇の底までやってきたのだ。

 小さく息を吸ってからフェリアは訊ねた。

「……貴方は、どうされるんです?」

「どう? 先ほども言ったように、僕は貴女の婚約者にふさわしくない。チャオ殿下と軍の取引(ディール)の結果はどうあれ、僕は──」

「逃げるんですか?」

「逃げる?」

 険しい表情でこちらを睨むカオの視線に、フェリアの方こそ逃げ出したくなる。それでも踏み留まってフェリアは言葉を重ねた。

「貴方が置かれた状況は判りました。酷いお話だと思います。許し難いお話だとも思います。正直、聞いているだけで、憤りを禁じえません。

 でも、ここまでのお話で、貴方自身がどうしたいのかを、まったく仰られていません」

「だから、僕は──」

「私の婚約者として、ふさわしくない──それは伺いました。

 ですが、ふさわしいかふさわしくないかなんて、一体、誰が決めるんです?」

「……ここまでの話で、何を聞いていたんですか?」カオは苛立つように告げた。

「僕は秘密工作員として、この辺境で不安定化工作(ディスタビライズ・オペレーション)に従事してきた。たとえ自分自身では直接手を汚していないとしても、数え切れないほどの人々の生活を踏みにじって、多くの人々を死に追いやってきた。こんな僕が、貴方の婚約者としてふさわしいわけがない」

「だから! ふさわしくないって、決めつけてるのは貴方自身じゃないですか! 私は何も言ってない!」

「それが何だっていうんです?」

「そんなの、貴方が汚れた自分を直視できないってだけじゃないですか。だから、逃げるなって言ってるんです!」

 カオの瞳を真っ向から見据え、必死の想いでフェリアは叫ぶ。

 一瞬、カオの死んだような瞳に動揺の色が走る。

 フェリアは畳みかけるように続けた。

「私は第5研究室での普段の貴方が、あの穏やかな日々を過ごす貴方が、ウソ偽りの存在だったとは思いません。

 それに貴方は自分のしてきたことにそんなに苦しんでるじゃないですか。

 貴方はあの研究室で私に、辺境に住む少数民族の人々の生活が、本当はどんなに豊かなものなのかを話してくれましたよね。彼等の文化や歴史、伝承──それらは文明化された私達自身の暮らしにとっても、大切なものだって。私達が日々の暮らしの中で見落としてしまったものを取り戻すために、彼等の生活から学ばねばならないものは少なくないのだと。

 それはウソではないのでしょう? だから、貴方はそんなに苦しんでいるのでしょう?

 そうやって苦しむ心のある人が、価値のない人間だなんて私は認めません。

 カオ殿下、貴方は本当は何がしたかったんですか?

 それを話してください。

 私は、そのためにここまで来たんです」

「僕は……」カオは苦しそうに表情を歪めた。

「僕は、ただ自分がどこからきたのかを確かめたかっただけだ。

 父親への拝謁も許されず、母も幼い頃に亡くして、僕に遺されていたのはこの身に流れる血だけだった。

 だから、最初は母の郷里の少数民族居留地に行って……だけど、そこでの生活の厳しさに驚いた僕は、せめて中央と辺境領の懸け橋になれればと、教授に話したら、チャオ殿下に会わせてやると──」

 そうやって、チャオ殿下の組織に引き摺りこまれたのだ。フェリアは本気で吐き気を堪えがたくなりつつあった。どこまで人の善意や純真さを踏みにじれば気が済むのだ。

「ならば、そこへ戻ればいいわ。そこからやりなおしましょう。もう一度、はじめから」

「できない」カオは泣きそうな表情で首を振った。

「もう戻れない。皆、死んでしまった。皆、殺されてしまった。母の郷里の集落は、最初に標的にされた。僕に後戻りさせないために、奴らが最初に標的にして、軍に襲わせて焼き尽くされた──」

「………………」

 そこまでやるのか。そこまでして、この若者を支配したかったのか。こうやって罪悪感で魂の奥底までがんじ搦(がら)めにして、チャオ殿下とその一党はこの若者をいいように利用してきたのだ。

 フェリアは激しい怒りに背中を押されるように、一歩、足を踏み出した。

「違う! 貴方はいつだって戻れるし、戻らなきゃいけない。あんな奴らの言いなりになって、あんな奴らの思い通りになって、それでいいの?」

 その気迫に、カオがわずかに後ずさる。フェリアはなお一歩踏み込み、そしてその掌を取って言った。

「貴方は生きてるじゃない。貴方は生きて、こうして苦しんでいるじゃない。ここにこうして生きている貴方がいるのなら、そこから始めることはできるはずよ」

「君は判っていない! 軍や国家を巡る権力闘争(パワー・ゲーム)に、個人が抗(あらが)ってどうなるものじゃない!」

「だからってこうして流されて、自分の気持ちにウソを吐いて、傷ついたり、傷つけられたりをこのまま延々と繰り返して……それでいいわけがないじゃないですか!」

「他に選択肢なんかない」

「いいえ、あります」

 カオの両掌を掴んで、フェリアはまっすぐに見つめて告げた。

「私が、貴方の選択肢になります」

 

>>>>to be Continued Next Issue!

[]義忠『棺のクロエ1.5 0〔lav〕』第14回 14:59 義忠『棺のクロエ1.5 0〔lav〕』第14回を含むブックマーク

0-14

 

「……何を言ってるんです? 貴女と結婚して、〈王国〉の力を背景にチャオ殿下や軍と対抗しろとでも? バカバカしい! そんなもの、あいつらにとっては何の意味も──」

「違います!」

 フェリアはカオの両腕を掴んだ。

「どうして判って下さらないんですか? 私の実家がどこかなんか、どうでもいいじゃないですか。目の前にいる私を見てください。私がここにいるのに、どうしてちゃんと見てくれないんですか?」

「貴女は……何を……?」

 当惑の色を隠さず、カオが訊ねる。

 だが、フェリアはそこに微かな突破口を見つけていた。

 見てくれた。やっと自分を見てくれた。これまでのカオは、自分を取り捲く絶望的な状況を、自分で口に出して確認してきただけだ。口に出して、フェリアに語り聞かせ、その表情に浮かぶ衝撃と絶望を確かめて、自身の絶望の強度を揺るぎないものとして確かめているだけだ。

 そして結局、そこに逃げ込んでいるのだ──何故なら、そこはとても居心地のいい空間だから。絶望に浸ってしまえば、もう努力することも、あがくことも不要になるから。あらゆる苦痛から解放され、緩慢な破滅をぼんやりと眺めていればいい。すべてを放棄してしまえば、これ以上、自我が傷つけられることもない。

 カオがこの悪夢のような世界の仕組みを語るとき、フェリアはその絶望に浸る者が放つ特有の腐臭のようなものを嗅ぎ取っていた。己を責めているようでいて、己をこの地獄に追い込んだ者たちと同化し、一緒に世界を嘲笑するかのようだった。

 そうして、何も知らないフェリアが、明かされる真実のひとつひとつを前に驚愕し、ショックを受け、憤る様をどこかで愉しんでいるかのようだった。

 それを責めるつもりはない。

 そうでなくては、カオは自分の置かれたこの状況に耐えられなかったのだろう。話を聞いているフェリアの方でさえ、叫びを上げて逃げ出したくなるのだ。この圧倒的な質量の闇と狂気に真っ向から抗っていたら、カオの精神はとっくに圧壊し、欠片も残さず霧散していたろう。絶望や諦観とともにこの狂気の世界を受け入れていたから、彼は今日まで生き延びてこれたのだ。むしろこの程度の精神の歪みで済んでいること自体、賞讃に値する。

 と同時に、こうやって人の悪意や狂気は伝播してゆくのだ、とも悟った。

 断ち切らねば、とフェリアは決意した。ここですべてを断ち切らねば、この青年は永遠にこの闇の底でたった独りで放浪し続けるだろう。

 そんなのは、嫌だった。カオ自身がそれを認めようと、自分(フェリア)自身が受け入れられなかった。この若者が苦しみを呑み込み、絶望を嚥下するたびに、諦観の吐息を吐き出すたびに、フェリアの胸は引き裂かれるように痛みを発し、握り潰されるかのよう苦しくなった。それを跳ね退けんとする意志を、傲慢(エゴ)と呼びたければ呼べばいい。たとえそれが独りよがりな傲慢(エゴ)であっても、目の前のこの男(ひと)を救いだすまでは一歩も退く気はなかった。

 フェリアはカオに言った。

「私は本当の貴方を知っています。あの研究室で過ごす貴方が、どうやって笑うのか、どうやって話すのか、どれほど優しいのか──貴方の存在がどれほど私を穏やかな気持ちにさせて、どれほど幸せな気持ちにさせてくれるのかを、私はいくらでも話すことができます。

 貴方が自分の本来在(あ)るべき姿を見失ってしまったというなら、私の瞳を見てください。そこには必ず本当の貴方が映っています。世界を覆うこの暗闇がどれほど深くても、私は貴方の姿をずっと見詰め続けています──私が貴方が選ぶべき選択肢を示してみせます」

 そう言い切ったフェリアへ、カオは苦しげに表情を歪めた。

「やめろ」喘ぐようにカオは告げた。

「やめてくれ……僕を、許さないでくれ」

「カオ皇子……?」

 自分を覗き込もうとするフェリアの視線を、カオは首を振って避けようとした。

「僕は許されるべきじゃない。殺された人々が、犠牲になった人々が、どんな想いで死んでいったか。遺された人々がどんな想いで今も生きているのか、それを想えば、僕には許されることも、安らぐことも本当は許されなかったんだ。

 それなのに、貴女の前では僕は少し気を許しすぎた……」

 苦くごちるカオに、だがフェリアはあえて容赦なく指摘した。

「……貴方の自分を『許さない』というのは、罪悪感を言い訳にそうやってその場にうずくまることなんですか?」

「………………!?」

「よもや、そうやって自分で自分を責めて、自分の心を傷つけて、その傷の痛みを対価として差し出してるから、自分の罪が少しでも軽くなるだなんて思ってやしませんよね? それを邪魔されたくないから、『自分を許すな』と言い出したんじゃないですよね?」

「な、フェリア王女……貴女は──っ!」

 ほとんど恐怖に近い表情でカオはフェリアを見詰めて、絶句する。

「でもそれは──」フェリアは臆することなく、告げた。

「罪とも許しとも何にも関係ない。ただの貴方の自己欺瞞(ゴマカシ)だわ」

 

「フェリア王女」カオは憎悪すら篭った視線で睨みつけた。

「貴女に何が判るっていうんですか?」

「判りません」フェリアはきっぱりと言い放った。

「貴方がそうやって心を閉ざしている間は、貴方が本当はどうしたいのかなんて、私からは何も判りません。

 だけど、思うんです。

 貴方が自分の犯した罪を許せないと思うのなら、なおのこと『人間』であることをやめるべきではないって。貴方は『人間』として、泣いたり、笑ったり、怒ったり、日々の暮らしの中で自分の中の素朴な感情と向き合いながら、罪と向き合うべきなのじゃないかって。

 自分の奪ったものの価値も判らない人に、判ろうとしない人に、罪を口にする権利があるとは思えません」

「………………」

 呆然とフェリアを見詰めていたカオは、苦しげに表情を歪めた。

「フェリア王女、貴女はご自分がどれほど残酷なことを私に求めているのか、自覚していますか?」

「たぶん、きっと」フェリアは頷いた。

「私に、苦しみのたうち廻りながら、普通の『人間』として生きろ、と」

「ええ」フェリアはもう一度、頷いた。

「私が支えます」

「それは結局、貴女の我儘(エゴ)だ」

「知ってます。それでも、私は貴方を失いたくない。こんな闇の底で、貴方を見失いたくない。

 それ以上に、貴方がこれ以上、苦しむ姿を見たくないんです」

「ならば、目を閉じて、耳を塞ぎ、どこか遠くまで逃げて、そのまま私の存在など忘れ去ってしまえばいい」

 冷たく切り捨てられたカオの言葉が、ナイフで抉り込むように胸に差し込まれる。

「それができるなら、こんな場所まで来たりなんかしません」それでも踏み留まって、フェリアは告げた。

「私の中に、もうとっくに貴方がいるんです。どんなにきつく目を閉じていても、どんなに強く耳を塞いでも、どんなに遠い空の下からだって、貴方がこうして苦しんでいることを想えば、私自身の心も引き裂かれるように苦しいんです。

 その苦しみを忘れられるなら、逃げだすことができるなら、とっくにそうしています。

 でも、できない。

 できなかったから、私はここに来ました──貴方を救って、私自身を救うために」

「……そういう身勝手窮まりない理屈を、よく口にできますね」

「はい。でも、身勝手なのは貴方も一緒です、カオ殿下」

「僕が?」

「ええ」フェリアは頷いた。

「自分がたった独りで生きているようなつもりでいるから、自分独りで罪を背負いこんで苦しめばいいだなんて、身勝手なことを考えられるんです。

 さっきも言いましたよね? 私の中にだって、貴方はいるんです。貴方が苦しむことに居たたまれない想いを抱き、貴方が傷つくことに悲しみを感じる人間が、貴方のそばにいるんです。どうして判って下さらないんですか?」

「僕が頼んだわけじゃない」

 その言い訳めいたカオの言葉に、フェリアはかっとなって叫んだ。

「頼まれて誰かを愛するようになる人間が、この世にいるわけないじゃないですか!」

 フェリアは叩きつけるように言った。

「『生きる』って、そういうことなんじゃないんですか? 望むと望まざるとに関わらず、自分の人生に誰かを捲き込んでしまう。現に、私はこうして貴方の人生に捲き込まれてしまった。だから、私の人生にも貴方を捲き込みます。貴方に幸せになって欲しいと願います。私自身が幸せになるために、貴方に幸せになってもらわねば困ります。

 それを我儘(エゴ)だというのなら、きっとそうなのでしょう。

 でも、私は間違っているとは思いません。私が大切に思っている人に、幸せになって欲しいと願う我儘(エゴ)をぶつけることが、間違ってるだなんて、私は決して思いません」

 カオは呻くように言った。

「滅茶苦茶だ」

「はい」

「どこまで自分勝手なんですか」

「ええ」

「……おまけに、何だか私が責任を取らねばならない、と責められているようにも聞こえますが」

「そのとおりですから」

「………………」

 あっけにとられるようにフェリアを見たカオは、やがて深い溜息とともに口を開いた。

「貴女は本当に自分勝手で我儘で、滅茶苦茶で突拍子もない、とんでもないお転婆姫だ。だけど──」

 カオは小さく苦笑して言った。

「だけど、確かにほんの少しだけ救われた」

「カオ皇子……?」

「たとえそれが錯覚にすぎなかったとしても、救われてもいいのかもって思えた。まだ僕にもできることがあるのかもって。今は、それでいいことにしよう。だから、フェリア王女──」

 不意にカオはフェリアを抱きしめて言った。

「……ありがとう……」

「………………!」

 迂闊にも向こうから抱きしめられるという展開を予期していなかった。一瞬で頭の中が真っ白になる。心臓の音が頭に鳴り響き、世界中に聞こえてしまいそうだ。

「……あっ、カ、カオ皇子……!」

 真っ赤な顔で慌てて声を掛けかけ、自分を抱くカオの肩が小刻みに震えていることに気付いた。

 と同時に、自分が何をすべきかがすぐに判った。

 フェリアは黙ってカオの背中に腕を廻し、自分からも強く抱きしめる。

 カオの身体から震えが消えてゆくのが判る。凍えるように強張っていた全身が、緩やかに解きほぐされてゆくのが判る。それが自分がこうして抱きしめている結果だという強い感覚に、誇らしい気持ちでゆっくりと胸が高鳴ってゆく。

 確かな暖もりがそこにあって、鼓動さえ聞こえるようで。

 この暖もりがそこにあるというだけで、勇気が沸き起こってくる。

 それも自分独りだけでなく、こうして抱きしめているその相手にもその勇気を与えることができるのだと、その事実がたまらなく嬉しい。

 たとえ世界がどれほど凍てついた闇の底にあっても、たぶんこの暖もりを見失わなければ、自分もカオもきっと大丈夫なのだと、今はそう思える。

 その時、カオの肩越しに、そこに広がる夜空の存在に気付いた。

「あ…………!」

 それは満天を覆う、降るような星の海だった。

帝都〉や〈王都〉のような都市の灯火で薄汚れた夜空では、決してありえない数の星々が、そこには広がっていた。しかもひとつひとつの星の光が、はっきりとその存在を主張するかのように強く輝いている。大きな星も、小さな星も、自分はここにいるのだと強く叫ぶように。

 手を伸ばせば届くような存在感で、星々が夜空を圧し包んでいる──その光景にただただ圧倒される。

 だがその感覚は、先程まで圧し潰されそうに感じていた、世界を覆う暗闇の重量感とはまったく異なっていた。

「カオ皇子──」フェリアはカオの耳元で囁いた。

「空を見てください。凄い星空ですよ」

「え…………?」

 カオがフェリアを抱いたまま、空を見上げ、息を呑んだ。

「本当だ……そうか、今夜は月がないからそれで──」

「カオ皇子」フェリアは言った。

「たぶん私達は、きっとときどきこうやって空を見上げるべきなんだわ」

「フェリア王女……?」

「世界がどんな凍てついた闇に覆われていても、見上げればこうして手が届きそう場所で星が輝いてるんですもの」

 カオは首を振った。

「手を伸ばしたって届きませんよ。あの星々は本当は何百光年、何千光年の彼方に存在してるんです」

「でも、光は届いたわ!」フェリアは力強く言った。

「何百、何千光年の暗闇を貫いて、あの星々は私達の元に光を届けてくれた。なら、私達の光もきっとそこに届きます」

 自信に満ちた態度で頷くフェリアに、カオは小さく口許を綻ばせた。

「貴女という人は、どこまで──いや、だからこそ、貴女はここにいるのでしたね。

 いいでしょう。今は潔く負けを認めます。貴女に救われた自分が、どうも確かにいるみたいだ」

「良かった」

 ほっと胸を撫で下ろした瞬間、張り詰めた気が急に緩んだせいか、いきなり両の瞳からぽろぽろと大粒の涙がこぼれだす。

「ど、どうしたんです……?」

「何でもありません。大丈夫。ちょっとほっとしたら、気が緩んで──あぁっ!」

 急に泣きだしたかと思ったら、唐突に大声を出したフェリアに、カオが思わずたじろぐ。

「こ、今度は何ですか?」

「私、ちゃんと聞いてません!」

「な、何を……?」

「私たちの婚約をどうするのか、です」フェリアはまっすぐにカオを見て言った。

「私の気持ちはお伝えしました。皇子のお気持ちを聞かせてください」

「いや、ですから僕は──」

 口を開きかけたカオが、涙目で必死な表情でこちらを睨むフェリアの姿に言葉を詰まらせる。

 しばらく何度も口を開きかけては閉じるのを繰り返し──やがて、何かを断念するように深い溜息をついた。

「判りました。貴女にはかないません。ついさっき、それを思い知らされたばかりですしね」

「……そんな、しょうがないからする、みたいな言い方しないでください」

「あ……いや、失礼。決して、そんなつもりでは」ちいさく咳ばらいして、カオは告げた。

「ではフェリア王女、改めて貴女に婚約の申し出を──」

「ダメです」

「え?」

 驚くカオの前に、フェリアは左手を差し出して命じた。

「今度はちゃんとしてください」

 自分でも耳まで真っ赤になっているのが判る。恥ずかしくてカオの方を見れないので、視線はよそを向いている。やはり女の側からこんなことを求めるのは、はしたないと思われるだろうか。でも、物事には、やはり譲れない一線というものがあるのだ。

 くすりと笑われたかのように微かに空気が動くのを感じ、心拍数が跳ね上がる。

 と、その左掌をそっと手に取り、カオが口づけする。

「これでよろしいですか、フェリア王女?」

 フェリアのよく知る穏やかな微笑みでカオは告げた。

「改めて、婚約を申し出をします。受けていただけますか?」

「ええ、慎んでお受けします」

 たぶん自分はまた泣きそうな顔をしているのだろうなと思いながら、フェリアは何度も頷いてみせた。

 

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[]義忠『棺のクロエ1.5 0〔lav〕』第14回 14:59 義忠『棺のクロエ1.5 0〔lav〕』第14回を含むブックマーク

0-15

 

 その夜、私たちは星空の下で、いつまでも語り合い、時に肌を重ねて暖もりを確かめあった。

 夜が明ければ現実が襲い掛かってくる。

 私たちのささやかな誓いも、大きな世界のうねりの下では、荒れ狂う濁流に浮かぶ木の葉ほどの役にも立ちはしない。きっともみくちゃにされ、私たちの意志も踏みにじられてしまうだろう。

 けれど、そんなことは百も承知で、これからの私たちはこの夜の誓いを立てた。

 それはこの誓いが、重ねた肌の暖もりの記憶が、互いの鼓動の大きさが、私たちを支えてくれると信じたからだ。

 世界がどれほど深い闇に覆われていようと、どれほど凍てついた冷たい霧に覆われていようと、この誓いがあれば私たちはうまくやってゆける。

 時に道に迷い、時に暗闇の深さに、その重みに耐え切れず、膝を屈することがあっても、この夜の想い出がある限り、私たちは何度でも立ち上がることができる。

 満天の星空の下で、数千光年の闇を貫いて降り注ぐ星々の光の下で誓い合った私たちなら、きっと。

 そう信じて、私たちはその夜を過ごした。

 やがて明けるその夜の終わりを、待ちながら。

 

〈fin〉

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