新小児科医のつぶやき

2018-02-16 リンドウ先輩:あとがき

この作品は『天使と女神』のスピンオフ作品となっています。『天使と女神』がラブロマンスだったのですが、同じような路線では次回作の構想がさっぱり浮かばず、路線転換を図っています。

青春野球ドラマなんてこの世に掃いて捨てるほどあるのですが、マンガやアニメ、実写ならともかく小説にすると案外書きにくいところがあります。サッカーなんかもそうですが、テキスト・ベースでは試合のシーンの迫力の描写が難しいと言うのがあるからです。

そのためって訳じゃないですが、話の力点は試合の前後の人間模様をいかに描くかが重要になってきます。そのためにフォア・シーズンズの四人にはあれこれ働いて頂きました。ただですが、四人も立てたために冬月はなんとかなりましたが、残りの三人のキャラが立てきれず、少々心残りの部分になっています。

今回のテーマの一つに破格のスーパーマンである水橋に、いかにリアリティを持たせるかがありました。手法的にはある程度確立してまして、まず周囲との接点を丹念に描くのがまず重要です。次のポイントはスーパーマンにも人間としての弱みがあることです。そのために水橋のスタミナ問題を配しています。

これは個人的な好みの問題もありますが、普通人が時にスーパー能力を発揮して難局を解決するより、スーパーマンが普通人に近いところがある方が妙に親近感を覚えるというのがあると思っています。とは言うものの、理屈はそうであっても書いてみると大変なのはよくわかりました。

ほんじゃ、スーパーエース水橋を出さない話にする手もありましたが、今度はたかが五月から練習したぐらいで県予選の決勝までヘッポコ野球部が進出させるのに無理が出てきます。ヘッポコ野球部だって少しは上達するでしょうが、やはり奇跡の快進撃を起すにはジョーカーが必要だったぐらいです。


ヒロインの竜胆薫は作品構想で最初に思いついたキャラです。一行も書いていない時点で『天下無敵の竜胆薫』ってフレーズが出来上がり、このフレーズに相応しい活躍をヒロインにどうやってさせようかをあれこれ考えたのが、この作品だったとしても良い気がします。

最初はあれこれ校内の問題をバリバリ解決するような話も考えていました。学園ものによくある、ヒロインを中心とするグループがあれこれ活躍するストーリーです。これもある程度まで構想を練ったのですが、次々起こる問題を考え出すのが大変で、なおかつそんな総花式のエピソードをまとめて大団円に持っていくのがさらに大変で挫折しています。

そこで難問に体当たりして、力業でも強行突破するキャラに変更しました。決して天下無敵ではありませんし、出来ない事は出来ないのですが、何とかしてしまう役どころです。どちらかといわなくても健気なキャラですが、弱々しくて健気ではなく、元気いっぱいで健気ってところでしょうか。

でも好きなキャラでした。もうちょっと周辺人物を配置したかったのですが、猛練習で連日ヘロヘロって設定にしないと県予選に間に合わないし、他の部員に恋模様を出そうとすると他のヒロインも出さないといけません。そういうのも書きだしてはいたのですが、どうにも話が冗長になるというか、ストーリー展開のリズムの乗りが悪くなってすべてカットにしています。

最大の問題は私自身の歳でして、今の高校生活の感覚がイマイチつかめません。だったら高校時代の設定なんか書くなと言われそうですが、それはそれ『書きたかった』に尽きます。細部を書くとボロが出るので誤魔化しています。

でも毎度ですが、書いていて楽しかったのが最大の収穫です。やはり趣味ですから、楽しくなくっちゃね。

BugsyBugsy 2018/02/18 21:44 何度も読み直しましたが あなたが小説で何を言いたいのかさっぱりわかりません。

いえ これは私の最高の褒め言葉です。
理解を拒む小説は読者の想像力を掻き立てます。考えても考えなくても途中から そして最後から読んでも印象が違う小説は また読んでしまいます。
最初から作者の意図が判りやい小説が危ういのは 陳腐化して飽きられて二度と読まれないからです。読まれなければ 掌中の珠というべき可愛い子供の小説は命が終わってしまいます。

先生の文章は いつの時代の話か判りません。実にすばらしい。昔から人間の営みは変わりません、大昔の古典文学が今でも読まれるのは人間のやってることは一緒だから共鳴できるんです。ですからトロイ戦争を日本人が日本語でやっても違和感はありません。人間の生活が変わらない限り 先生の小説は将来も読まれるでしょう。

自分はオペラが好きです。知らない言語でやるから 理解しようと役者の表情や舞台装置に目を凝らします。字幕が出た途端興味は半減します。
わからない以上これからも同じオペラを見続けます。

YosyanYosyan 2018/02/19 21:40 Bugsy様

買い被り過ぎです。単に面白い話を書き綴っただけで、何かを世間に訴えようなんて代物を書いた訳じゃありません。ストーリーはシンプルで、熱血野球少女がヘッポコ野球部を甲子園に連れて行こうとするドタバタ話に過ぎません。深遠なテーマを書いたものではありません。

もっとも小説は作者がどんな目的や意図を込めようが、読者がどう思うかは自由です。作者の思惑を越えるのは読者の特権です。ある小説から「こう感じなければならない」は、高校まで試験で散々たったのでもう懲り懲りです。

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2018-02-15 リンドウ先輩:龍すし

    「カズ君、こっちもあるんだ」
    「こりゃ、凄い。栄光のメンバーのアルバムやん。じゃ、ひょっとすると」
    「お目当てはこっちでしょ」

私はパラパラとアルバムをめくるとお目当ての写真を探し出してあげました。

    「こりゃ、目が潰れるな」
    「大げさな」
    「いや、真剣にや。だってリンドウ先輩が真ん中で、左右がシオとコトリちゃんの夢のスリーショットやんか」

準々決勝では写真係をするって逃げ回ってたんだけど、リンドウ先輩は写真部の顧問の先生どころか、校長先生から、後援会長、はたまた私の実家まで根回ししてチア・リーダーやらされました。

    「サイズ合わせが・・・」

これで逃げようにも、実家まで手が回っていたもので、バッチリサイズのコスチュームが出来上がってました。既に準々決勝から動員されていたコトリちゃんには、

    「逃げようと思っても無駄。相手を誰だと思ってるのよ」

たしかに、相手は天下無敵のリンドウ先輩でした。でもね、結果としてやって良かったと思います。すっごく恥しいと思ったけど、試合が始まったら恥しいもなにもなくなっちゃいましたもの。それぐらい準決勝も決勝も感動ものだったし、ひたすら熱狂してた。

    「シオには悪いけど、三人並んでもリンドウ先輩、抜けてる気がする」
    「ううん、全然悪くないわよ。私とコトリちゃんが左右に並んでも段違いだったのよ。二人がリンドウ先輩の引き立て役にしか感じなかったもの」
    「ボクもあの時に見てたけど、実際そうやったし、みんなもそう言ってた」

リンドウ先輩はもともと可愛い人でしたが、三年に進級された頃から可愛さに輝きが加わって行った気がします。その輝きは県予選が進むにつれてドンドン増していかれ、とくに決勝の時には目を瞠るほど綺麗になられていました。前日の準決勝の時にも一緒にチア・リーダーをやっているのですが、コトリちゃんと、

    「あの人、ホントにリンドウ先輩よね」
    「そのはずなんだけど、どうにも自信がなくて・・・」
    「私もそうなのよ」
    「昨日に較べても別人としか思えない」

それはもう眩いばかりとしか言いようがありませんでした。私もコトリちゃんも入学してから、ずっと追っかけをされていて大変だったのですが、決勝の日からリンドウ先輩が御卒業されるまでは追っかけが殆どいなくなっちゃいました。私もコトリちゃんもラクになって嬉しかったのですがリンドウ先輩は大変でした。

そりゃもう、リンドウ先輩が校内を歩かれるだけで、加賀百万石の大名行列じゃないかってぐらいの追っかけが付いて回る騒ぎになったのです。もう数えきれないぐらいのリンドウ先輩のグッズが売り出され、飛ぶように売れるというか、奪い合い状態だったのも覚えてます。

    「ボクはシオを女神様と思てるし、シオより美人なんて世の中にそうそういないと思てるけど、リンドウ先輩だけはシオより綺麗だった」
    「私なんかじゃ、到底かなわないぐらい綺麗だったもの。私もあの頃のリンドウ先輩より綺麗で素敵な人を未だに見たことないよ。辛うじて近いのは最後に会った時のユッキーぐらいかな」
    「元気な頃のユッキーでも、まだ及ばない気がする。やっぱり水橋先輩とお付き合いされてから変わられたんかな」
    「とにかく、誰も文句の付けようのないスーパーカップルだったものね」

なにせ決勝進出の立役者のスーパーヒーローであり、ため息が出るほど格好良くて爽やかな水橋先輩と、並ぶ者のいないトップいやスーパーアイドルのリンドウ先輩です。お二人が並ばれて歩かれるだけでうっとり見惚れてしまったものです。まさしく絵に描いたような美男美女の夢のようなカップルでした。

    「ところでカズ君、水橋先輩、あれからどうされたの」
    「どうもこうもないやんか。プロ行きはったやんか」

ドラフト一位だったかな。新人賞も、最多勝も取ってました。

    「それは知ってるけど、四年ぐらいでやめちゃったやんか。どっか故障でも起したの」
    「シオ、知らんかったんか。引退したんは怪我のせいやないで。今は鮨屋やってはる」
    「へぇ、知らんかった。なんていうお店」
    「龍すし」
    「えっ、ひょっとしてあの有名な龍すし?」
    「そうや。グルメ雑誌にもよく出てくるし、ミシュランでも星三個やったんちゃうかな」
    「行ってみようか」

まあ超有名店にして、人気店ですから、無理だと思いながら電話してみました。ただ、こういう店は案外当日の方がキャンセルが入って空いてたりするものです。

    「・・・予約というか今日行けますか」
    「申し訳ありません、本日は貸し切りになっております」

あの龍すしを土曜日に貸切にする客がいるのに驚きました。ただなんですが電話の声の主にどこかで聞き覚えがあります。水橋先輩が鮨屋をやられていて店の名前が『龍すし』なら、もしかして、もしかして・・・

    「あのう、失礼ですが、もしかして竜胆薫さんではありませんか」

向こうもなにか感づいたようで、

    「ええ、そうですが・・・ひょっとしたら加納志織さん」

その後に電話の向こうでなにかやり取りがあって、

    「加納やったらOKだって。何人で来るの」
    「二人ですけど」
    「もう一人は・・・」

カズ君だと言ったら、しばらく考えてから、

    「思い出した! ユッキー・カズ坊のカズ坊やんか。もちろんOKだよ」

貸切はどうなってるんだと聞こうとしたら、来てのお楽しみにしときって。とにもかくにも水橋先輩だけではなくリンドウ先輩まで会えるとなって、ワクワクしながら龍すしにお邪魔しました。

    「いらっしゃいませ」

出迎えてくれたのは着物姿も凛々しいリンドウ先輩です。本当にお綺麗で、お変わりないというより、高校の時よりさらに魅力的になられています。

    「加納も相変わらず別嬪さんやな。そうや、後ろの男連中紹介しとくわ。だいぶ変わってもて、見る影もない奴もおるからな」

後ろの方から

    「リンドウ、それはないやろ」
    「そこのハゲが何いうんや」
    「なにを、このデブが」

こんな声も聞こえましたが、既に集まってる人達を紹介されて目が点になりました。春川さん、夏海さん、秋葉さん、冬月さん、古城君に、竜胆監督までいます。他にも乾君に、里見君もです。そしてね、リンドウ先輩が、

    「今日はね、あの時の野球部の連中が久しぶりに集まる日だったの。大丸君と、手塚君は仕事でどうしても来れなかったけど、結構集まってくれて嬉しいの。その上に女神の加納がサプライズゲストに入ってくれて最高よ。ついでみたいで悪いけどカズ坊もね」

栄光のメンバーに囲まれて照れくさいやら、恥しいやら、緊張するやらで、もう大変。隣のカズ君の顔も緊張でガチガチってところです。それぞれの近況報告みたいなものもあったのですが、話題はどうしてもあの夏の激闘になります。私もカズ君も聞いたことがないような裏話がポンポン出てきて時間も経つのを忘れていきます。そんななかで、

    「水橋先輩は極楽大附属のエースとプロでも対決されましたよね」
    「交流戦の時やったかな」

そしたら夏海先輩が、

    「あん時のインタビューが傑作やった」

水橋先輩はスタンドに叩き込んでいます。水橋先輩の十打席連続敬遠は高校野球、いや野球の伝説の一つになっているのですが、試合後のインタビューで極楽大附属の元エースは、

    『十一個目の敬遠を続けとけば良かった』

このインタビューもプロ野球の名シーンの一つになっているそうです。あの時に勝負してくれていたら勝っていたしれないの悔しい思いが、どうしたって胸にこみ上げてきます。


私たちのことも聞かれましたが、カズ君が袋叩きになって冷やかされてました。まあ結果的に私とコトリちゃんを天秤にかけて、私を婚約者に選んでますからね。それはもう殺されそうな勢いで乾君なんて、

    「山本、なんでお前はそんな美味しい目にあうんや。女神様と天使に惚れられるほどの男にはオレには絶対見えんぞ。加納、お前は騙されてるんだ。目を覚ませ、悔い改めるんだ。今からでも遅くない。山本の正体は悪魔や、オレが追っ払ってやる! エックソーシザマズ ティー オミニス イムンドゥスム スピリトゥス オムニ サタニカ ポテンティス, オムニ インクルゥシィオ・・・」

里見君も

    「女神様がなんで山本なんかに。そのうえ天使を振ってやと。絶対エエ死に方せんぞ。いいや、この店から生きて出られるとは思うなよ。オレが呪ってやる、祟ってやる。エコエコ・アザラク エコエコ・ザメラク エコエコ・ケルノノス エコエコ・アラディーア・・・」

ユッキーの話もしたのですが、あの氷姫がカズ君のプロポーズを受けて可愛いユッキーに変貌した話に大変驚かれ、

    「山本、お前、女神様と天使だけでは飽き足らず、氷姫まで手を出していたのか! ・・・にしても、あの氷姫がユッキー様ならともかく、可愛いユッキーになったのは、オレには想像するのさえ難しいんやが・・・」

そんなユッキーがカズ君との束の間の幸せな時間の後に病気で亡くなったと聞いて、みんな泣いてくれました。リンドウ先輩なんてワンワン泣きながら、

    「氷姫もやっと幸せをつかんだのに、どうして、どうしてそうなっちゃうのよ・・・」

私たちのことはともかく、私が知りたいのは水橋先輩の引退理由と、なぜ今は鮨屋なんだってことです。そしたら今までカウンターの向こうで、料理を出す方にどちらかと言えば専念していた水橋先輩がにこやかに笑いながら、

    「あれはな、カオルの親父さんが、弟子入りに、なかなかウンと言うてくれへんかったからやねん」

リンドウ先輩が補足してくれましたが、水橋先輩はリンドウ先輩の実家の鮨屋を継ぐと言ったらしいのです。そりゃ、周囲は大反対。プロに入ればいくらでも稼げるのは誰の目にも明らかだったからです。ただリンドウ先輩の親父さんが弟子入りを断った理由は違ってまして、

    『師匠より上手な弟子など取れない』

こういって四年間待って欲しいといったそうです。四年間で何をしたかというと、あの歳から血の滲むような修業をやったそうです。水橋先輩は時間待ちの間に生活費を稼ぎにプロに行ったとか。おいおい、どこか話がおかしいやんか。

    「オトンもあれで名人って呼ばれる腕はあったんよ。四年間、頑張った末にユウジの弟子入りを認めたんやけど、弟子入りを認めた翌日には抜かれてた」

師匠も師匠やけど、弟子も弟子ってところです。それで暖簾分けしてもらって、この店作ったんだって。資金はプロ四年間で十分すぎるほど・・・そりゃ稼いでるわよ。四年間で百勝してて、プロ野球界の至宝とまで呼ばれてたんだから。あのまま続けていたら、どれだけの記録を打ち立てたことか、メジャーだって行ってたかもしれません。

ちにみに今は水橋裕司でなくて、竜胆裕司。水橋先輩は男の跡継ぎがいなかったリンドウ先輩の実家の店をなんとかしたいと思ってそうしたようです。ただリンドウ先輩の親父さんも頑固で、店は譲らないというか、水橋先輩と並んで鮨を握るのは死んでも嫌だと頑張った結果が今だそうです。

そんな『いきさつ』って聞いても、どう答えたらわからない状況です。なんとなくわかったのは、水橋先輩がリンドウ先輩を本当に大切にされていることです。もう御結婚されて長いはずですが、まるで新婚、下手すると初々しい恋人同士にさえ見えます。ちょっと気になって

    「今でも助っ人稼業をやられることはあるのですか」
    「あるよたまに。でもね、今はボランティアだよ」

リンドウ先輩の話によると水橋先輩は他人に頼られる時にのみ燃えるそうです。一番というか、ほとんど興味がないのが『自分のため』。依頼者が本当に困っていて、他の誰にも頼れなかった時に助っ人として立ち上がるって感じでしょうか。

高額な成功報酬を請求していたのも、依頼者の真剣さを計る物差しだったようです。本当に困っているのなら払えるはずだって。追加請求も依頼者の真剣度が下がったと感じたら容赦なくぐらいでしょうか。それも払えないのなら、たいして困ってないぐらいと見なしていたようです。

    「だからね、最終的にはカネじゃないのよ。準備に惜しみなく費用を注ぎ込むから赤字になってた依頼もわりとあったのよ」

これも伝説になっている野球部への成功報酬の話をお聞きすると、水橋先輩が話に加わられて、

    「カオルからの依頼は格別やってん。話自体は加納が聞いたんでウソやないけど、オレはな、あの時に一生気持ちを燃やし続けられる相手を見つけたんや」
    「もう、ユウジったら」

リンドウ先輩がポッと頬を赤く染められていました。だから鮨屋なのかもしれません。リンドウ先輩を一番喜ばせるものが家業の鮨屋をなんとかさせる事と思い込んだら、プロ野球の高額報酬なんて水橋先輩にとって、どうでも良いことだったのでしょう。そんなことを感じていたら秋葉先輩が、

    「水橋がもしリンドウを不幸にしよったら、野球部総出で〆てやるつもりだったんやけど、見せられるのはコレばっかりで、目のやり場に困るんや」

そしたらリンドウ先輩が、

    「野球部で〆るって? ユウジはそりゃ強いのよ。間違いなく全員返り討ちね」

そしたら夏海先輩が、

    「たしかに勝てへんわ。喧嘩でも、野球でも、なんでもな。あっというまに覚えて、あんだけ上手になるんじゃ勝負にならんわいな」

そうやってみんなで大笑いしてました。そこからはさらに盛り上がっていって、フォア・シーズンズの四人が突然バンドを組んで歌いだすんです。なんで鮨屋にギターや、キーボード、さらにドラムまであるのよってところです。

水橋先輩もギターを弾いて歌い出しました。話には何度も聞いたことがあるのですが、水橋先輩は本当になんでも出来ます。それも一流のプロの腕です。そしたら冬月先輩が私の傍に来て、

    「加納さん、お久しぶり。ますます売れっ子みたいだね」
    「冬月先輩こそ」

冬月先輩は夏の予選が終わった後にピアノに専念され、芸大を経て今はプロのピアニストです。マスコミが付けているフレーズは、

    『ピアノの貴公子、天才冬月進』

私は前に仕事で御一緒させてもらった事があります。相変わらずダンディでジェントルマンで、仕事の時にもあれこれ気をつかってもらいました。もちろん売れっ子で有名人で、こんな鮨屋でキーボードを余興で弾いてることが知られただけで、ちょっとした事件としてマスコミ・ネタにされてしまうかもしれません。

    「本当に水橋が鮨屋をやってくれて助かった。ピアノなんかやられてたら、ボクなんてピアニストとして食べて行けたかどうかわからないもの」

いくらなんでも思いましたが、

    「水橋先輩、ピアノも弾けるんですか」
    「もちろんさ。水橋、ちょっとピアノ弾いてくれないか」
    「よっしゃ」

もうなんで鮨屋にピアノが出てくるかなんて、もう気にしない事にします。そりゃ、見事な弾き語りで『ア・ソング・フォー・ユー』歌われました。いつ水橋先輩がピアノを覚えられたかですが、県大会終了後に冬月先輩が音楽室でピアノの弾いてる時に水橋先輩が来られて、

    『冬月、ちょっとピアノ見せてもらってエエか』
    『良いけど、また仕事かい』
    『いや、カオルの誕生日に・・・』

その日に冬月先輩のピアノを見て覚えてしまったそうです。

    「えっ、本当にたったそれだけですか?」
    「水橋にとっては十分なのさ。そんなのは何度も見てるんだ」

それでも冬月先輩に較べるのはさすがに無理があると思って、

    「でも冬月先輩に較べたら・・・」
    「今だけならボクの方が上だけど、水橋が仕事で請け負ったら三日で抜かれる。ゴメン、ちょっと言い過ぎた、半日もあれば余裕で置き去りにされる」

春川先輩は実家の工務店を継いでおられ、この店の工事も請け負われたそうです。その時の話をあれこれして頂いたのですが、

    「ところがなぁ、水橋の奴、全部自分でやりたがるんで困ってもたんよ。そりゃ、何やらしてもうちの職人より上手いから文句も言いにくくて」

リンドウ先輩が笑いながら、この店も一人で作りかねない勢いだったけど、内装だけで我慢してもらってるって。このハイセンスな内装を水橋先輩が一人で作り上げられたと聞いて絶句してしまいました。

    「それとなリンドウが値引き交渉するんだよ」
    「やだ春川君、ちょっと友達価格でサービスしてって言っただけじゃない」
    「オレはリンドウ相手に交渉するってのが、どんなものかを骨の髄まで経験させられたわ。あれこそが天下無敵だわ。うちの営業担当は泣いてたし、持ってこられた契約内容見て目剥いたもの」
    「春川君相手だから、そんなに無理言ってる気はなかったんだけど」

そうそう古城君と竜胆監督に、

    「惜しかったですね」

竜胆監督は古城君が三年になるまで監督を続けられたのですが、夏は結局ベスト8止まり。

    「やっぱり極楽大附属も、SSU附属も強かったわ」

古城君も

    「二年の時がSSU附属、三年の時は極楽大附属にやられちゃいました」

クジ運としか言いようがないのですが準々決勝で当たってしまい、どちらも惜敗。春はどうだったかですが、、

    「一年の時は県大会まで進んだけど一回戦でまたもや極楽大附属に、二年の時は第三代表で近畿大会まで進んだけど一回戦で大阪の・・・」
    「二十一世紀枠もアカンかったし」

チーム力は決勝に行った時より上かもしれなかったそうですが、乾君や里見君も来てちょっとしたボヤキ大会みたいになってしまいました。なにか竜胆監督と古城君、乾君、里見君には心残りがあったようです。、

    「まあ、ついて来れへんかったもんな」
    「そうですね、監督。やっぱり、リンドウさんと大丸先輩がいないと無理があったかもしれません」
    「それでも、あのチームに水橋がいたらなぁ」
    「ええ、水橋さんがいたら言うまでもないですが、リンドウさんがいるだけでも絶対だったのに。せめて大丸先輩がいただけでも勝てたかもしれないと思います」

あの決勝に進んだ年の練習は野球部でも伝説になっているそうです。しかしあれ以降は、あそこまでの練習を続けることは無理だったみたいで、あの練習を知っている古城君、乾君、里見君、手塚君、扇君、須藤君たちはかなり歯痒かったみたいです。

    「あの時の練習はホンマに辛かったけど、ボクらは幸せやったかもしれへん」
    「そうですね。大丸先輩みたいな名キャプテンと、偉大なGMのリンドウさんがおられたのですから」
    「今から思えば、あのお二人が同時におられた偶然があの練習を可能にしたんやと思う。それが二人ともおられなくなってしまったもんな」
    「そして二度と現れなかった」

こんな練習では極楽大附属や、SSU附属に勝てない、ましてや水橋先輩抜きで勝とうとするのは甘すぎるみたいな感じでしょうか。それでも明文館高校野球部の黄金時代を作ったのは間違いありません。たった三年間でしたが、甲子園への夢を抱かせてくれた時代でした。でも監督も古城君も甲子園に行きたかったろうな。私も見たかった。


そのうちに秋葉先輩が何かの話で盛り上がってきて、

    「・・・見たい」

そしたら春川先輩も、古城君も

    「見たい、見たい、ぜひ見たい」

こんな話が急に盛上がり、いったい何を見たいかと戸惑ってると水橋先輩が、

    「カオル、みんなああ言うてるで」
    「わかった、まかしとき」

そういって奥に入られました。冬月先輩がピアノで急にコンバット・マーチを奏で出し、皆様がわっと盛り上がったところに、

    「は〜い」

もう腰が抜けるとはこのことで、リンドウ先輩が、あのチア・リーダー姿に着替えられてボンボンもって踊って出て来られたんです。全然スタイルがお変わりになっていないのにも感心したんですが、当然のように引っ張り出されて一緒にボンボンもって踊らされちゃいました。そうやってると里見君が

    「五番サード夏海君」

そうアナウンス風に呼ぶと、夏海先輩がバッターボックスに入る仕草をするんですが、

    「あかん、また三振や」

そうやって、さも無念そうに天を仰ぐ仕草をして大爆笑。秋葉先輩も、乾君も、冬月先輩も、春川先輩も、古城君も次々にコールされて続いていきます。それぞれにパフォーマンスをやられて、最後に水橋先輩もコールされて、

    「あちゃ、また敬遠や」

こう言ってバカ受け。でも改めてこうやって知っても、あの決勝まで進んだメンバーの素晴らしさに感動しています。とくにスーパーエースの水橋先輩と、天下無敵のリンドウ先輩の桁外れさに。こんな人々が集まってあの夏に私たち全員を熱狂させてたんだと。

そうそう記念写真を撮ろうという話になってカズ君が撮ってくれたのですが、撮れた写真を水橋先輩が面白がって、

    「こうやるんか」

私は茫然。なんと、あの光の写真をあっさり撮ってしまったのです。カズ君もあんぐりしてました。冬月先輩が仰る通り、水橋先輩が鮨屋で良かったとつくづく思いました。同業者ならエライ目にあいます。

本当に熱かった時代の空気を胸いっぱいに吸わせて頂いて、本当に爽やかな気持ちにさせて頂きました。またこの栄光のメンバーと会うことはあるのでしょうか。そうそう別れ際にリンドウ先輩が、

    「次、やる時もおいでよ。その時は小島も呼んで、チア・リーダーのそろい踏みやるで。コスチューム残ってるやろ」

リンドウ先輩が『やる』と言ったら必ずやらされそうです。でも、相当シェープアップしないと入る気がしませんが、許してくれないだろうなぁ・・・コトリちゃんも間違いなく引っ張り出されるよね。でも、まあいっか、頑張ってダイエットとシェープアップに励んでおこう。


カズ君との帰り道、二人の想いは同じ、二人は同じ時間にいる。あの時間の中に二人はいる。あの日が鮮やかに甦る。あの熱い熱い夏の日の激闘の記憶が甦る。あの時、私は確かにいたんだ。スタンドで一緒に戦ったんだ。球場を震わす大歓声が聞こえてくる。魂を震わすあの大歓声の中に二人はいる。

    「カズ君、あの試合ってホントにあったんだよね」
    「間違いなくあった。リンドウ先輩が作り上げた奇跡の時間が・・・」

BugsyBugsy 2018/02/17 16:21 Yosyan様は随分前に「大学病院はとりわけ開業医を下に見る。」とおっしゃいました。あの時は理由がわかりませんでしたが 最近いくつか気付いたのでお話します。

医師会に出ると国会議員がうやうやしくお辞儀をします。私は初めてで驚きましたが 医師会の皆さんは実に大したもんですね。教育研修病院を依頼されたので大学病院に赴きますと院長室に招かれて丁寧に応接してもらえます。雲の上の人だと思っていたので いささか舞い上がりました。しかしよく考えると同じ医師会の会員同士で対等です。そこでは主任教授といえども診療部長でしかなく権限は無いので呼ぼうともしません。教授と言うのはなった瞬間から退官後の生活が不安で頭一杯です。退官まで時間が限られているので約束は意味がありません。大学は普通就職の斡旋はせず 自分が頭を下げて院長になれるほど甘くはありません。いまさら銀行は融資してくれないので開業はできません。自宅から通えて自分のプライドを満たす病院なんて競争が激しいので教授戦以上に困難でまずありません。結局我々が動くしかないので院長になったとたん急に頭を下げてきます。それでも教授になって嬉しかったのは終身職なので学会の仲間と一生付き合えるからです。なったらとたんに舞い込む仕事のランクが上がりました。それを割り振るから感謝されています。少なくともジャーナルのエディターは教授じゃないと具合が悪いです。先日学会に行きましたが 私が急に教授から追い出されて悲惨な思いをしていると噂があったようです。友人は皆目をそらしました。挨拶がてら病院グループの共同経営をしているがtenua trackなのでこれからもよろしくと申すと今度は下を向いてそそくさと立ち去りました。彼らも本当はわかっているんです。悲惨な思いをする男が笑いながら学会に来るわけ無いですよ。
世間では大学病院とは院長になるための修行場所で他人に仕えている限り半人前と見ます。だから患者が頭を下げるのは そんな半人前ではなく最先端の医療器械です。人間は相手から独立した人格を認められて幸せになれます。だから大学の医者は不幸です。確かに大学よりも格下の病院がありますが それは派遣病院です。頭を下げて医師を派遣を受けている限り仕方がありません。自分にも医師不足といった現実はありますが、人数に応じた医療にしているので頭を下げる必要はありません。それにそろそろ教授が皆年下になっているので頭を下げるのはバカらしいです。教授は院長になれないと元教授なんて肩書きは誰にも通じないから名刺にそう書かないのです。院長にならない限り次の財団理事長といった名誉職は回ってきません。皆焦っています。急に僻地医療に目覚めたとか悠々自適の生活なんて嘘っぱちです。惨めだから同門会にも来られないのです。
大学病院と開業医は対等で医局は格下隠したと見るのは間違って無いと思います。開業して飽きたから大学病院に戻りたいという医師がいないのは良い証拠です。大学病院は教育研究期間であり比較すること自体ナンセンスです。それでも格下と見るのは 友人が助手になって開業して自分が講師になったらちょっと嬉しいからです。肝心の相手は院長で上のランクだからどうでも良いのです。
医師会のメンバーは皆死ぬまで院長です。お互いに対等で上品なので快適です。しかし勤務医は所詮使い捨てでかっこ悪いから会員でも出てきません。医師の最高のランクでいられるから他人を悪く言う必要はないので皆さん人格が円満です。決して収入が多いから余裕があるのではありません。自分も知らないうちに丸くなったそうで 雰囲気がガラッと変わったと周りから驚かれています。

YosyanYosyan 2018/02/17 19:19 Bugsy様

「格」の問題をそういう風に考えた事はありませんでした。私も院長ですが、オーナー開業医ですから自動的に付いてるだけで、それ以上の意味合いを意識した事はありません。出務をすれば鄭重に扱われますが、あれだって院長だからと言うより、ゲストだからじゃないかと思ってます。

医師会の医師同士が紳士的なのは、オーナー同士の会で命令関係が無いからの気がしてます。医師会活動ってやりたくなければ、やらなくても良いのです。やらなきゃ、医師会出世双六に参加できませんが、あんな

YosyanYosyan 2018/02/17 19:21 切れちゃいましたにで続きです。

・・・ものに興味のない人には痛くも痒くもありません。

YosyanYosyan 2018/02/17 19:43 まあ、私には勤務医の序列というか席次感覚がわかりません。教授言うても一度しか会ってませんし、医局人事も1回だけ。2回目の前に辞めちゃいましたし、そもそも大学病院勤務経験がありません。以後は引く抜かれ先の病院で1人医長、その後はオーナー開業医:。とにかく助手より講師が上だったっけ的な知識なもんで。

同期医師と仕事をした事さえ稀で、話をしたのさえ、ほとんど記憶にありません。Bugsy様には怒られるでしょうが、開業指向バリバリでしたから、学会も興味なくて、いつも留守番。つうか途中から決めうちの留守番。当時からデータ整理は好きでしたから、私が管理しているデータがどうしても必要と言うか、発表したい人がいた時のみのペーパー。

無事開業医が軌道に乗れて良かったです。

BugsyBugsy 2018/02/18 22:06 Yosyanさま

早くから成りたいポストが分かっていたあなたは自分よりも数倍幸福です。
自分は還暦をこえるまで何になりたいか分かってなかったので何をやっても不満だけでした。今の地位についてまるで不満がなく居心地が良いので ああ自分は普通のお医者で院長さんに成りたかったのだと悟った次第です。
思えば高級官僚は色んな部署に回されるから行政を大所高所から判断できます。院長はすべての部署に目を凝らして初めて自分の医療を敷衍できます。以前はあなたのコメントは分からないことがあったのですが やっと理解できるようになりました。実にありがたいことです。

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2018-02-14 リンドウ先輩:追い出し会

ボクは古城明。今日は夏の予選も終ってから二週間後ですが、三年生の追い出し会になっています。これも一悶着あって、水橋さん、春川さん、夏海さん、秋葉さん、冬月さんの五人は県予選の決勝の翌日に退部届を出されたのです。自分たちは単なる助っ人に過ぎないから仕事が終わればいる必要ないって。これにリンドウさんまで、

    「ウチも単なる助っ人やし、仕事が済んだから辞める」

そういって退部届を出されました。そりゃ大騒ぎになりました。誰もあの六人を単なる助っ人なんて思ってる人は野球部にはいないからです。いや学校中にいないはずです。あの六人がいてくれたからこそ決勝にまで駒を進めることが出来たのです。あの六人は野球部が続く限り、いや明文館高校がある限り永遠に語り継がれる栄光のメンバーなのです。

後援会長も顔を真っ青にして説得に当たっていました。もちろん校長もです。実はって程の話ではないのですが、決勝まで進んだので最終的に結構な額の寄付が集まったそうなんです。甲子園に行けなかったのでかなり残っちゃったのですが、決勝進出の記録を残すために記念碑を作る計画が進んでいたのです。

記念碑の案を見せてもらいましたが、決勝のスコアと先発ラインナップ、控え選手、監督の名前、さらにGMのリンドウさんも刻まれるとなってました。リンドウさんについては一部というかPTA会長から異論が出たそうですが、校長先生は、

    「戦ったのは選手たちだが、今年の野球部を作り上げたのは竜胆君だ。誰よりもそれを私は知っている。その名を刻まない記念碑だったら作る意味がない。私は竜胆君単独の記念碑があっても良いぐらいに考えてる」

そこまで言い切ってリンドウさんの名前も入ることになっています。ボクもリンドウさんの名前が入らない記念碑は意味がないのは校長と同じ意見です。その肝心の六人が県予選終了後に中途退部されたら非常に都合が悪いというところです。

ボクらは記念碑云々だけではなく、一緒にあの県予選を戦い抜いた仲間として野球部としてキチンと送り出したいと強く願いました。こんな形で中途退部されるのは残念と言うか、許されない気持ちで一杯でした。大丸先輩や、監督まで説得に出馬されて今日は晴れて全員出席してくれています。もちろん退部届も撤回してもらいました。そのために新チーム発足が先になり、追い出し会が後になっています。

そうそうウチの部員も増えてます。これは夏の予選を戦いながらボクも不思議だったのですが、あれだけ大活躍してたのに、いっこうに新たな入部者が現われなかったことです。そんなに野球って人気なくなってるのかと思ったりもしてたのですが、実は予選が済むまで監督がシャットアウトしてたんです。なぜかって聞いたら、

    「そこまで手が回らんかった」

あの激闘の中で新入部員の相手をする余裕がなかったとしています。たぶんそれだけでなく、認めれば自動的に八人までがベンチ入りになりますが、五月から頑張ってきてるメンバーのチームーワークを乱したくなかったからだと思っています。新入部員を見ていると、ボクでも顔見知りの中学時代に鳴らしたのが少なからずいます。他人のことは言えないですが、野球は中学で終りで高校は勉強に専念するって言ってましたし、ボクが野球部に入ったのを聞いて、

    「気でも狂ったのか」

こう言われたものです。まあ四月の野球部の状態ではそう言われても何も言い返せませんでしたけどね。そんな新入部員の練習を横目で見ていたのですが、えらい緩いというか、ノンビリというか、ラクそうなのです。乾キャプテンと

    「甘やかしすぎちゃうんかな」

てな話をしていたのですが、ボクの中学時代からの知り合いの新入部員の薄田が半泣きになりながら、

    「おい古城、竜胆監督の練習って文字通り地獄やな。こんなん、どうやったら耐えられたんや」

乾キャプテンとボクは首を傾げながら、

    「春からやってきたのは、軽く四倍以上ありましたよ。強化合宿の時は二十倍どころの甘いものじゃなかったし」
    「そうだったよなぁ、古城。監督が就任初日にやらせた練習でも二倍ぐらいはあったもんな。練習済んだらみんなゾンビみたいだったし」
    「キャプテンはなんど成仏されましたっけ」
    「古城だって・・・」

薄田は目をシロクロさせてましたが、その時にやっとわかったんです。監督が魔術師と言われる理由と、大丸前キャプテンをあれだけ高く評価していた理由が。監督はたった三か月足らずで甲子園を目指すせるチームを本気で作ろうとし、それが可能になる練習をさせていたのです。それも水橋さんはともかく、あの寄せ集めのメンバーでやろうとしていたのです。

そんなものをやろうとすれば、当然のように生地獄なんて生易しすぎる練習になったのですが、大丸先輩があまりにも先頭切ってバリバリやるものですから『あれぐらいは、できるんだ』となぜか思い込まされてしまったから頑張れたんだと。大丸先輩は竜胆魔術の重要なタネだったんです。


追い出し会のグランドでの最後のプログラムは紅白戦でした。普通はノックが多いのですが、

    「最後ぐらいは竜胆マジック抜きで楽しもう」

これだって旧チーム、とくに四月頃を知ってるボクや乾キャプテンたちは、紅白戦が出来ると言うだけで目がウルウルしたぐらいです。だって四月には七人しかいなかったわけですし、県予選を戦ったのも十二人しかいなかったからです。乾さんなんてたった四人の時代も知っているのです。

ただ水橋さんは審判やってました。あのピッチングがもう一度見たかったのですが、ピッチングにしろ、バッティングにしろ水橋さんが入ると両軍の戦力があまりにも不公平になるってことで、審判を押し付けられたみたいです。この水橋さんに初めて会ったのは丸久工業との練習試合の時です。無死一・三塁で春川さんがボクのリリーフに立たれ、無死満塁となった時にベンチに下がるボクに、

    「古城、よく頑張った。後は安心しろ」

こう仰られたのです。無死満塁でのリリーフですからどうなるかと思っていたら、目が覚めるような快投を見せてくれました。水橋さんはボクにとってのピッチャーの理想像です。味方がどれだけエラーをしても、どんなに打線の援護がなくとも嫌な顔一つせず、いつもニコニコとみんなを励まされていたのです。水橋さんみたいな球を投げられなくとも、ピッチャーとして、いや人としてああなりたいと生涯の目標にしています。

紅軍の先発は春川さん。春川さんにもお世話になりました。春川さんは肘を痛めてらっしゃって投手として投げたのは丸久工業戦の敬遠だけでしたが、ボクには本当にあれこれ投手としてのアドバイスを頂きました。とくに肘の使い方。口癖のように、

    「投げ方が似てるから気になるんや。同じように痛めさせたら申し訳ないからな」

白軍の投手は秋葉さん。中学の時は控えの投手でもあったそうです。秋葉さんは、

    「中学の時のリュウやったらかなわへんかったけど、今やったらオレが勝つで」

春川さんもやり返して

    「ヒロシに負けるようなら大丸定食おごったるわ」

秋葉さんのキャッチャー姿を見れないのは少し残念でしたが、本当に素晴らしいキャッチャーでした。水橋さんが凄すぎて影に隠れがちですが、秋葉さんもあのザル守備で崩れそうになる守備陣を必死で支えてくれました。秋葉さんがいなければ水橋さんの負担はもっと重くなっていたと思います。

夏海さんの力強いサード、冬月さんの華麗なショートをもう一度見れて幸せです。もちろん大丸さんのセカンドもです。五月や六月頃の大丸さんを良く知っていますから、これだけで涙ものです。もうどんな強豪校のセカンドにも負けない名セカンドです。

みんな楽しそうに紅白戦を楽しんでいましたが、きっと間違いなく準決勝・決勝のあの激闘を頭に甦られていたと思います。ボクだってそうです。あの大歓声と、一投一打にすべてを燃焼させたあの時がフラッシュバックして仕方ありませんでした。


監督の隣には、笑顔で声援を送られるリンドウさんがおられます。本当に眩しいぐらい輝いて見えます。監督は大丸前キャプテンを使って猛練習のマジックをボクらに施しましたが、リンドウさんはもっと凄い魔法を使ってボクらを決勝まで導いたと思っています。

魔術師さえ手玉に取ったのがリンドウさんに間違いありません。ボクらが集まれたのは全部リンドウさんの手腕です。そうそう、あの強化合宿の時のことも一生忘れられそうにありません。あれは竜胆魔術の猛練習を重ねていたボクたちでも地獄でした。いつも、

    「本当の地獄って、こんなんやろか」
    「アホ抜かせ、ここ耐えられたら、本当の地獄なんかぬるま湯みたいなもんやろ」
    「ぬるま湯? 天国に感じるんちゃうか」

そういって愚痴り合っていたぐらいだからです。でもそんな練習に耐え抜けたのはリンドウさんがいたからです。野球部全員がリンドウさんを甲子園に連れて行ってあげたいと暴走したから最後までやり遂げられたのです。

不世出の大GMにして、これから野球部がたとえ百年続こうとも、いやそんなもんじゃありません。明文館高校が百年続いても二度と並ぶ者が現われない、永遠のスーパーアイドルこそが天下無敵のリンドウ先輩です。あんな素敵な人のために戦えて本当に幸せでした。


最後に挨拶に立ったのは大丸先輩でした、

    「オレたちは竜胆薫さんを甲子園に連れて行けなかった。だがお前らは必ず行ける。その時にはリンドウさんをスタンドに呼ぶって約束してくれ」

ボクはたちは『絶対に呼ぶ』って絶叫していました。栄光のメンバーがついに届かなかった甲子園には必ずこのボクが連れて行きます。そして一緒にOB戦やりましょう。そんな日が来るのを楽しみに待っています。

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2018-02-13 リンドウ先輩:慰労パーティ

ここは慰労パーティ会場。勝ってれば大祝勝会の予定だったけど、負けたんで竜胆監督がささやかにやろうって。そうしていたらお好み焼き屋の大将が特大ブタ玉を三十枚ぐらい持ってきてくれて、

    「エエ試合やった、感動した。でも、あの敬遠は男のすることか・・・」

そこまで言ったところで悔し泣きになってしまった。それだけでなく、強化合宿の時にお世話になった宿の女将さんまで豪勢なオードブルをゴッソリ持ってきてくれて、

    「ホンマに頑張りはった。せめてもの感激の印。それにしても、あの敬遠はちょっとあかんよね・・・」

そこからはすすり泣きになってしまい、顔を伏せてしまっていた。校長もピザを二十枚ぐらい差し入れにもってきてくれたのだが、

    「私はね、高校スポーツは、ああなっちゃいかんと・・・」

長くなりそうな予感がしたんだが、立ち尽くしたままハラハラ涙を流して、それ以上は絶句してしまい何も話せなくなってしまった。他にもあれこれと差し入れがあって、それなりに豪華なパーティになってる。ただ、どうしたってみんな水橋の敬遠の話になるし、悔し涙が出るのはわかる。

とにかく水橋は結局準決勝から二試合連続の十連続敬遠になったから、球場内の雰囲気はとにかく異様だった。一回が三者凡退の後に、二回の水橋の無死走者なしの第一打席で、敬遠策が取られた時のどよめきというか怒号から凄かった。これは打席を重ねるごとにヒートアップした。もう極楽大附属は球場全体を敵に回してた。大げさにいえば日本中を敵に回している感じさえした。今日の全国の夕方のトップニュースになってるぐらいだ。明日もこの話題で沸騰しそうな気がする。

もう球場全体の応援はうちの方に一辺倒になっていた。極楽大附属の応援席でさえブラバンの音だけで、声は回を追うごとに小さくなっていた。途中で席を立つ者も少なくなかった。いくら母校でもそうなる気持ちはわからないでもない。

うちの応援席もリンドウがいくら頑張って押さえて回っても、あれぐらいは荒れるだろう。校長なんて教頭と一緒になって、スタンドの一番前の金網にしがみついて顔を真っ赤にして怒鳴ってたから。試合終了時に二人で乱入しかねない勢いだったのを顧問の先生や後援会長たちが必死になって止めてたぐらいだった。ボクだって偉そうなことは言えない。応援席にいたら、ああなっていたかもしれない。これもかなりの問題行為だが、

    「敬遠大好き極楽大、恥とも思わん極楽大、水橋一人に、勝てない極楽大」

これを『花さかじいさん』のメロディーに乗せてやるんだが、水橋の第四打席の時には球場中が大合唱状態だった。この後に水橋の敬遠が終わるまで延々と、

    「卑怯者、卑怯者、卑怯者」

このシュプレヒコールが球場を震わせるように続いてた。マナーとして残念とは思うが、あれをどうにかするのは、あの空気の中では誰にだって無理だ。一方で極楽大附属のエースは味方応援団さえからも、相当野次られながらだったから完全にヒールって役どころにされていた。正直なところ同情した。あれでよく投げられたものだ。プロからも狙われてるらしいがきっと大成すると思う。


向こうで泣き顔の夏海が土下座しそうな勢いで水橋に謝ってる。水橋敬遠策を破るには夏海のバットがカギだったんだが、SSU附属戦も、極楽大附属戦もヒットどころか打点すら出なかった。とくに決勝の極楽大附属戦では全部三振だったんだ。責任感の強い夏海にしたら、たまらなかったと思う。

夏海は外角は強いが内角がやや苦手なんだ。SSU附属戦はそこを上手く突かれて封じ込められてた。極楽大附属も同様の戦術を取って来たけど、夏海も対抗策を取っていた。夏海は内角が苦手だったので普段はバッター・ボックスではやや下がって構えるんだが、極楽大附属戦では思いっきりかぶって構えてた。かぶると言っても半端なものじゃなく、ホームベースに文字通り覆いかぶさるような構えで、内角に少しでも深く入ればデッドボールてな感じだ。いや、ストライクでも当たるぐらい被ってた。

決勝で唯一のチャンスは、この試合でたった一本だけだった安打を古城が放った時。二死からだったが、古城は三番だったから四番の水橋が敬遠で自動的に一・二塁になる。あの打席の夏海の闘志はベンチのボクにもヒシヒシと伝わるぐらいだった。さらに大きく被さっていた。一球目も、二球目も、

    「ドスン」

極楽大附属のエースも見上げた男だった。ホームベースに覆いかぶさる夏海をものともせず内角ギリギリに投げてきたんだ。あれはそう投げられるものじゃない。逃げる気なんて毛頭ない夏海の体に直撃したが、

    「ストライク」

場内はそりゃ騒然だったが、コースはストライクだったから判定はそのまま。あの物凄い球の直撃を喰らった夏海は痛いはずだが、

    「うぉお」

と球場内に響き渡るような気合を入れていた。そこからファールを五本粘ってフルカウントまで持ち込み、そこからさらにファウルで八本粘ったんだ。二球も直撃喰らっていたがますますホームベースに被さり、もしボールならぶち当たる気マンマンなのは誰の目にもわかった。それでも極楽大附属のエースはさらに一枚上手だったと認めざるを得ない。粘りに粘った夏海を最後は三振に切って取ってしまった。最後はまた夏海直撃だった。もう球場全体が異様すぎる状態になっていた。

ボクもSSU附属戦の二番手投手はまだ打てたけど、極楽大附属戦ではノーヒットだから、夏海のことを責める気には到底なれない。とにかく決勝は三振十七個で攻撃に関しては話にならなかった。

それにしても夏海にストライクとはいえ、あの異様な雰囲気の中でも容赦なくぶつけてくる極楽大附属エースの精神力は敵ながら天晴れと感心した。あれこそエースの中のエースだ。きっと水橋と直接対決したかったんだろうな。監督の指示はああいうチームだから絶対と思うが、内心はどれだけ無念だったかと察するに余りがある。ボクだって勝敗抜きで見たかった。


さっきから大丸キャプテンが泣きながらリンドウに謝ってる。みんなにも謝ってる。キャプテンの自分が、みんなをもっと、もっと引っ張っていたら甲子園に行けたはずだったのにと。後一歩が足りなかったのはすべてキャプテンの責任だって。

でも違うよ。キャプテンがどれだけ引っ張ったかは、みんなは認めてるんだ。認めてるどころか驚嘆して尊敬してるんだ。あの竜胆駿介の猛烈スパルタ・シゴキにキャプテンが率先して頑張ったから、みんなここまで来れたんだ。キャプテン抜きじゃ絶対に無理だった。

リンドウが言ってたが、うちの野球部は足りないものだらけだって。リンドウは本当によくその穴を埋めてくれたと思う。でも最後まで埋めきれなかったものが時間だ。水橋は四連戦四連投になったから、ああなるのは仕方ないと思うけど、他の野手も疲労は限界だった。ボクもそうだった。

それこそ鍛錬を重ねてスタミナを養う時間がなかったんだ、これは魔術師竜胆駿介をもってしても、たった三ヶ月ぐらいじゃどうしようもなかったってところだ。一年、いやせめて半年、いやいやもう三か月あっただけでも結果は変わったかもしれない。

でも、これは間違ってもリンドウのせいじゃない。いかにリンドウだって時間まで作れないよ。こんなチームで決勝まで行けて、あの極楽大附属相手に九回まで頑張ったなんて今でも信じられないよ。野球をやれて本当に良かった。

    「お〜い、ススム。なんか考え事か」
    「いや、よく頑張ったなって」
    「うん。なんかあの地区大会の借りを返した気分がする」
    「リュウもそう感じるか」

これもリンドウに感謝だ。ボクたち四人はあの中学の地区大会に忘れ物をしてたんだ。それを取りに帰らしてくれるチャンスをリンドウがくれたと思ってる。それも最高の形で取りに帰れた気がしてる。結果は同じ敗戦だが、意味がまったく違う。四人があの夏の決勝に忘れてきたものは完全燃焼だったんだ。燃やしきれてなかったものがずっと残っていたんだよ。それを全部、真っ白な灰になるまで燃やし尽くした気分だ。

    「冬月もお疲れさん。ところで夏海をなんとかしてくれよ。あない泣かれたら往生するわ」

文字通りのスーパーエース水橋裕司。たぶんこんな男とは二度と会うことはないと思ってる。ボクのことを天才肌っていうのはいるけど、水橋は天才なんてレベルじゃない。化物そのものだ。それも努力する化物だ。ロック研の時に見えてしまったんだけど、水橋はたしかに見たらなんでも出来る異才をもってる。そりゃ、ダイスケがギターを弾くのをじっと見ていて、いきなり弾きだしたのには仰天させられたもの。ドラムもそうだった。ただ仕事を引き受けた時にはかなり入念に練習してた。そりゃ、猛烈に覚えるのが早いから凡人からしたら短時間だけど、何度も、何度も、納得するまで練習した末に仕事に取りかかっていた。

依頼料がバカ高いと言われていたが、やった事もないことを必ず成功させるなんて、考えただけで無謀な話だよ。それと仕事に必要なものは惜しみなく買うんだよ。野球部に百万だしたのもそうだよ。たしかに中古を売ったカネもあったけど半分以上は水橋の自前だ。ボクが予選で勝つために合宿費用が必要と相談したら、なんの迷いもなく百万をそろえてみせたんだ。

    「わかった水橋。ダイスケをなんとかする」
    「悪いな」
    「それぐらい気にするな」

悔し泣きする夏海を宥めながら、監督のことも考えてた。監督の練習は厳しいんだが、丸久工業との練習試合を境に明らかに変わったんだ。合宿の時なんて、いつもにこやかな監督の顔が、練習中は笑みすら浮かばなかったほどだった。水橋がいれば誰だって甲子園を夢見るよ。ボクもそうだった。だから、悔しかっただろうな。あれだけのスーパーエースがいたのに甲子園に行けなかったなんて。

後出しジャンケンみたいなものだけど、うちが甲子園にいけなかった理由はそれこそ色々あるよ。その中でも台風が来て予備日が潰れて、決勝まで四連戦になったのは本当に痛かった。あれで水橋の休養日がゼロになったから。いくら水橋でも三連投目、四連投目になると明らかに球威が落ちざるを得なくなっていた。

これに連動するがSSU附属と極楽大附属が七回戦目、八回戦目の連戦になったこと。これは日程通りで中一日挟みながらでもあまりにも厳しすぎる相手だった。せめて連戦でも五回戦目・六回戦目ならひょっとしたら結果は変わっていたかもしれない。そこに予定通りの休養日があれば勝って甲子園に行けてた可能性さえある。そんなことを今さら考えてもしかたないけど。

    「監督。夏でやめられるんですか」
    「そのつもりやってんけど、やっぱり悔しくてな」
    「じゃ、続けられるのですか」
    「まあな、古城で夢を見ようかなってな」

竜胆駿介なら必ずうちの野球部を甲子園に連れて行ってくれると思う。古城も一級品の素材だからな。古城、頑張れよ、お前が投げる時には竜胆駿介が時間をかけて鍛え上げた超一流のバックで投げられるんだよ。ボクたちみたいな、にわか仕立てのボロクズのようなお荷物バックじゃないんだから。

    「ススム、あかんかったな」
    「今日はしかたないよ」
    「でも今日の水橋凄かった」
    「ヒロシもそう感じたか」

とにかく今日の水橋は怖かった。怖いというか、魂の投球ってああいうものだと初めてわかった。水橋の背中を見てるだけで鳥肌が立ったもの。それはボクだけじゃなくナイン全員がそう感じていたはずだ。それぐらいの気迫がピッチャーズ・マウンドからフィールドいや球場全体に放たれていた。

    「ヒロシ、受けててどうだった」
    「今まで一番球威がなかったけど、一番熱かった。ミットが燃え上がるんじゃないかと思ったもの」

水橋は疲れ切った体をそうやって鼓舞してたんだ。それも自分だけではなくナイン全員をだ。ボクも引っ張られた。あれだけ疲労困憊のヨタヨタのチームが、とにもかくにも九回までゼロ対ゼロで持ちこめたのは水橋の魂が引っ張ったからだろう。それでも勝てなかったのは純粋にボクらの力不足だ。もちろん水橋を除くナインの力不足だ。

    「冬月君、お疲れ様」
    「リンドウさんこそ、甲子園に連れて行ってやれなくて悪かった」
    「いやだ冬月君まで、もうイイのよ」

前に秋葉にリンドウには恋愛感情はないと言ったが訂正しておかないと。春から較べても格段に綺麗になったと思う。これなら十分に恋愛対象に出来る。十分じゃもう失礼だ、間違いなく野球部、いや学校のスーパーアイドルだよ。もっとも水橋と競う気はないけどね。でも心の中で言っておく

    「ボクは竜胆薫を愛してます」

本当に良い仲間たちだった。とくにリンドウ、本当に感謝している。この野球部は誰がなんて言おうとリンドウが作ったものだし、決勝まで進めたのもリンドウのお蔭だ。今はなにもしてあげられる事はないけど、もし将来にリンドウが困ったことがあったら、必ず助けに行ってあげる。たぶんボクだけじゃなく全員がそう思ってる。とりあえず水橋と幸せになれよ。リンドウに相応しいのは水橋しかいない。そのことも全員が認めてる。

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2018-02-12 リンドウ先輩:決勝

相手は極楽大附属、ウチが進学の時に狙とった学校や。ここがうちの野球部の最後の関門になるとは皮肉なもんや。

一塁側のうちの応援スタンドは超が付くほどの満員。こんなこと二度とないかもしれへんもんな。それでも明石球場じゃ一万二千人収容と言っても内野スタンドは四千三百人ぐらいやし、うちの応援席が半分として二千人ぐらいしか入らへんからチト狭い。そやから甲子園に行ったら、アルプス席六千をパンパンにしたるねん。今日だって外野席にもいっぱい入ってるからそれぐらい余裕やで。この天下無敵の竜胆薫が一席だって残すものか。甲子園の内野席から外野席、通路まで黄色で埋め尽くしたるねん。

さあ試合開始や。ユウジが笑ってる。あのスマイルでみんなを元気づけてる。ウチに取ってもユウジは今日から幼馴染のユウジやない、ファースト・キスを捧げた愛しのユウジや。頑張ってユウジ、ウチを甲子園に連れてって。もう仕事やないんやで、ウチのために本気出してくれてるユウジや。

試合は否応なしの投手戦になってる。まあウチの貧打線が極楽大附属のエースを打てるはずもないし。それにしても三振ばっかりで前にもあんまり飛ばへんやん。ユウジの方は立ち上がりこそいつも通りやったけど、さすがに四連投の疲れの色は隠しきれへん。

準決勝の時より苦労してるのがスタンドからでもわかるもん。でもな、でもな、今日のユウジは今までと違うのよ。ウチから見てもはっきりわかる。あのユウジが燃えてるのよ。それも殺気立つぐらいの気迫で燃え上がってる。ウチもユウジの助っ人稼業を何回も見てるけど、あんだけガチなユウジを見るのは初めてかもしんない。

ユウジの気迫はうちのザル守備さえ締め上げてる。ここまでのザル守備がウソのようにユウジを盛り立ててくれてる。

    「カキーン」

さすがは冬月君、あれを止めるんだ。大丸君の動きもウソみたいに俊敏やん。ダブルプレイだよ。それも余裕やないの。

    「カキーン」

三塁キャンバス抜けちゃいそう。いや夏海君がもう回り込んでる。そこから踏ん張って、

    「アウト」

もうザルじゃない、鉄壁の内野やん。でもユウジは相変わらず苦しそう。またヒット打たれてる。連打されてる。

    「カキーン」

センターの乾君が猛然と突っ込んでくるけど、抜かれたらオシマイやん。滑り込んで、捕った、捕った、えっ、そこから素早く二塁に送球、飛び出してたランナーが刺されてこれもダブルプレイ。どうなってるの、うちのザル。ユウジが笑ってる。物凄い顔で笑顔を作ってる。乾君に心の底から感謝してる。

    「カキーン、カキーン」

さすがは極楽大附属の超重量打線。フラフラのユウジから次々に快音飛ばしやがる。でも何よこれ、みんな、なんとかしちゃうじゃない、ファインプレイの連続やんか。今日の守備だったらどんな強豪校の守備にだって負けないよ。お願いだからユウジを盛り立ててやって。今日だけはお願い、ホントにおねがい。なんとか守ってあげて。


でもねぇ、今日もユウジは打たせてくれないの。極楽大附属もユウジ敬遠策を取ってるのよ。夏海君も闘志を燃やしてるのはわかるけど、やっぱり打てないの。極楽大附属のエースはプロからも狙われてるぐらいやからね。そのうえ、昨日は投げてないし。選手層の違いは言いたくないけど歴然やわ。うちにもう一人投げられるのがいて、SSU附属戦でユウジを温存できてたら、極楽大附属のエースより、もっと、もっと凄いピッチング出来たのに悔しい。

それでも、ユウジは踏ん張ってる。ウチのために踏ん張ってる。ウチを甲子園に連れていくためにひたすら踏ん張ってくれてる。もう少しで甲子園やん。お願いだからユウジのために誰か点を取ってあげて。お願い、誰かお願い、誰か打って。


七回になるとユウジの疲れは誰からもわかるようになってる。コントロールも怪しくなってる気がする。だってユウジがあんなにボール球を投げるのを初めて見た。あっ、あのユウジが暴投するなんて。握力も落ちて来てるんだ。球威だって目に見えて落ちてるのよ。なんとか笑おうとしているユウジの顔が強張ってるやんか。

七回の一死満塁、八回の無死一・二塁をユウジは気力を振り絞って切り抜けたけど、うちの打線は凡退を繰り返すだけ。九回裏になると、あのユウジがついにフォア・ボールを出してもただけでなく、ついにうちの持病のエラーも出た。内野がマウンドに集まってるけど、ユウジはなんとか笑おうとしてる。でも、笑えてないんよ。

ついにユウジも限界、イイヤとっくの昔に限界超えてる。限界超えてるけど、ウチのため、チームのために死力を振り絞ってるんや。もうウチに出来るのはこれだけや、お願いだからユウジの魂に届いて・・・

    「ユウジ、愛してる。ウチとみんなを甲子園に連れて行って」

でも一死一・三塁、打者は四番。高校通算五十本の強打者で、こいつもプロ注目。あんな神経質にロージンバックを触るユウジを初めて見た気がする。

    「カキーン」

大飛球がライトに伸びる、伸びる、伸びる。古城君が懸命にバックしてる。でもあの位置じゃ、たとえ捕っても犠牲フライ確実やん。でも古城君、キャッチしてから物凄いバックホームやん。間に合ってお願いだから、みんなの夢が、甲子園の夢が、本塁上で土埃が上がる、

    「セーフ」

ウチと野球部の夏はこの瞬間に終わってもた。ここまで来たのに甲子園は行けんかった。すっごく悔しいけど、それでもウチは満足や。みんな本当によくやってくれたわ。とくにユウジには感謝の言葉もあらへん。スタンドの前に十二人が整列して泣いてた。みんな泣いてた。ユウジですら泣いてた。大丸キャプテンが絶叫してくれた。

    「リンドウごめん。甲子園に連れて行けへんかった」

いいんよ、謝らんでも。甲子園には行けへんかったけど、エエ夢ありがとう。みんなありがとう。

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