新小児科医のつぶやき

2018-05-22 女神伝説第1部:運命の日

ミサキはコトリ部長とシノブ部長に一緒に行くとは宣言しましたが、最後の最後まで置き去りにされるんじゃないかと心配でした。でもちゃんと迎えに来てくれました。ミサキはマルコからもらった二つの宝物のネックレスと指輪をつけて、

    「マルコ、ミサキを守って」

こう祈りました。タクシーで向かったのですがコトリ部長は、

    「ミサキちゃん、とりあえずシオリちゃんの大ファンってことにしといたからね」

なんのことかと一瞬思いましたが、山本先生にも加納さんにも人としては初対面なんです。初対面なのにいきなり家まで上がり込むのならなにか理由がいるってところです。途中で文房具屋に寄って色紙とサインペンまで購入しました。ここでちょっと気になる事を、

    「山本先生ってどんな方ですか」
    「そうねぇ、優しい人だよ。でも優しいだけじゃないのよ、強い人でもあるの。格闘技やらしてもムチャクチャ強いんだけど、そういう意味じゃなくて心が強い人。それでいてすっごくピュア。傷つきやすい人でもあるの」
    「前から気になっていたのですが、どうして三人の女神に愛されたのですか」
    「ああ、そのこと。それはコトリにもわからない。なにか理由があるのか、タマタマなのかもわかんないわ。でも、カズ君こそ世界一イイ男と今でも思ってる」

そうだった。コトリ部長はかつて加納さんと山本先生を激しく争ったんだった。今だって会えば心が痛むはずなのに、それでも会いに行こうとされてる。どうにもさっきから体の震えが止まりません。ふと見るとコトリ部長の手もかすかに震えています。シノブ部長は一言も話しません。

みんなこれから起る事に様々な暗い予感を抱えているのがよくわかります。ミサキもマルコからもらった指輪を固く握りしめています。そうそうマルコのお見舞いにも行ったのですが、単なる寝不足と低血糖だったみたいで元気になってました。指輪のことを聞いたら、

    「あれは守りの指輪って呼ばれてる。ひい爺さんもエレギオンの金銀細工師だったのだけど、たぶんひい爺さんにのみ伝えられたものだと思ってる。必ずミサキを守ってくれるよ」

今はその言葉を信じるしかありません。ふと窓の外を見ると快晴ってぐらいのお天気で、公園で遊ぶ子どもの姿が見えます。楽しそうなんですが、なにか自分は別次元の世界に向かっているような気がしています。いつの日かマルコとの子どもと、ああやって公園で遊ぶ日は来るのでしょうか。しばらく走るうちに立派を越えて超豪華なマンションの前に到着しました。インターフォンから連絡をコトリ部長が取られると自動ドアが開き、エレベーターに向かいます。

    「最上階なんですか」
    「そうよ、最上階は一部屋しかないの」
    「ふぇぇぇ、さすがお医者さんだ」
    「違うわよ、いくらカズ君がお医者さんでも無理。これはシオリちゃんが買ったようなものよ」

そうだった、加納さんは人気ナンバーワンのフォトグラファーなんだ。一億や二億ぐらいはたいした金額じゃないのかもしれない。やがてエレベーターは最上階に着き扉が開くとそこはホールになっていました。ついに首座の女神の家に着いてしまったのです。なんか喉が渇いてしかたありません。

    「ミサキちゃん、最後のチャンスよ。今なら戻れるよ。このままエレベーターで下りたらイイだけだから」
    「いえ、わたしは行きます」

コトリ部長はミサキを見つめて、

    「さあ、笑って。別にヤーさんの事務所に殴り込みに行くわけじゃないんだから」

なんかそれぐらい怖い気もしないではありませんが、コトリ部長はドアホンをついに鳴らされました。

    「コトリです」
    「いらっしゃい、今、開けます」

あの声は加納さんのはずです。初めて聞きましたが、とくに緊張している様子はありませんでした。そりゃ、そうか。主女神が宿ってるとはいえ、なんにもしらないですからね。ドアが開くと広くて大きな玄関になってます。そこに加納さんが立っておられたのですが、それこそ驚かされました。美人だ、美人だとテレビでも週刊誌でも話題になられていますが、世の中にこれほど綺麗な人が本当に存在するんだと見惚れてしまいました。

    「コトリちゃん、久しぶり、よく来てくれたわ。あのバーの時が最後だったかしら」
    「そうだよシオリちゃん、結婚式は行けなくてゴメン」
    「イイのよ。今日、コトリちゃんが来てくれただけで十分よ。会いたかった」
    「コトリもよ」

加納さんは本当に嬉しそうです。

    「シノブちゃんも久しぶり、会えて嬉しいわ。あの時の素敵な彼氏と結婚したんですって。おめでとう」
    「ありがとうございます」

今日初めてシノブ部長の声を聞いた気がします。

    「こちらが香坂岬さんね」
    「初めまして。厚かましいと思いましたが、是非一度お目にかかりたくて、小島部長に無理やりお願いしました。後でサインをもらって良いですか」
    「ミサキちゃんって呼んでもイイのかな。大歓迎よ、ゆっくりしてって下さいね。サインなんてお恥ずかしいけど、私ので良ければもらって帰って下さいね」

その時に奥の方から、

    「お〜い、シオ、いつまでも玄関に立たせたままにするのは失礼だぞ。早く上がってもらい」
    「あらやだ、失礼しました。どうぞ、どうぞ、お上がりください」

加納さんってフォトグラファーですから、もっとシャキッとした感じの対応をされると予想してたのですが、それこそ優美そのものです。リビングに案内されるとそれこそ二十畳ぐらいは余裕である広さです。そこには山本先生が立って出迎えてくれたのですが、

    「さあ、さあ、まず座って、座って。さっき、あんなこと言うてもたから、ここで立ったまま挨拶やらかしたら、シオに睨まれる」
    「そんなこと言いませんよ〜だ。お茶を淹れますね」

大きなガラス窓からレースのカーテン越しに入って来る光が部屋を照らしています。

    「カズ君、開業したんだって」
    「そやねん。シオも忙しいやんか、ボクも勤務医やってたから、しょっちゅう病院から呼び出しがあってな・・・」

そんな話をしている時に加納さんが紅茶をもってリビングに現れ、

    「私もね、カズ君と結婚してビックリさせられたの。だって、やっと帰ってきたと思ったら、呼び出しでしょ。それが毎晩のようにあるのよね。ホントあ・・・」
    「シオ、今日は優雅な夫人役をやるんだから、下ネタはアカン」
    「あははは、そうでした。やはり二人の時間が欲しいから、開業してもらったのよ」
    「その『よ』はやめて〜な。ただでも、シオが趣味で飼ってるペットみたいに言われてるんやから」

なんとなく山本先生のお人柄がわかってきました。緊張したミサキたちをリラックスさせるために、わざと笑いを取ろうとしているされてるみたいです。それにしても、ホントに仲の良さそうな御夫婦で、見ただけであんな御夫婦になりたいと感じさせます。ちょうどシノブ部長の御夫婦を見た時と同じような感触を持ちます。

そこから山本先生は『飼われてる』ネタで笑わせてくれましたが、ミサキの見る限り加納さんは常に山本先生を立てられます。その姿が本当に自然で嫌みがないのです。ずっと固い表情であったシノブ部長まで笑っています。ここでコトリ部長が、

    「カズ君、どこまで台本書いてたの」
    「ばれてたか、もうちょっとで終りや」

これも聞いてみると、山本先生はこういう時に笑いを取るためにわざわざ台本書いて練習までするそうです。そうこうしていると、加納さんが、

    「ミサキちゃん、これ早いけどお土産。こんなもので悪いけど、良かったら持って帰ってね」

見てみると、美しい風景写真に加納さんのサインが入っており『香坂岬さん江』とまで副えられていました。お礼を言ったのですが、

    「大ファンとまで呼ばれたら、これぐらいはね」

そうやってウインクしてくれました。もうそれだけで大ファンになりました。ホントにホノボノした雰囲気で家に入る前のガチガチの緊張感が解きほぐされるようです。このまま、帰れたらどんなに嬉しいかと思った瞬間にコトリ部長が立ち上がられました。

    「シオリちゃん、ちょっとゴメン」

そう言った瞬間に加納さんはソファに崩れ込みました。コトリ部長がやったのかと思ったら、

    「知恵の女神、あなたがやるとキツすぎるのよ」

可愛い女の人の声がします。コトリ部長も驚いたみたいで声の方に振り返ります。そこには意識を失くした山本先生がソファに崩れ込んでいるのが見えます。

    「ユッキー、卒業以来ね」
    「うふふふ、そうね、四百年ぶりぐらいかしら、知恵の女神」

ミサキもシノブ部長もソファから立ち上がれない感じです。

    「四百年か。結構長かった気がする。ところで、首座の女神がイイ、ユッキーがイイ。私はコトリと呼んでほしいけど」
    「じゃあ、ユッキーにして下さる」
    「イイよ」

やはりコトリ部長はどうしても首座の女神に会いたかったんだ。でも、こうやって首座の女神が出て来たからには、行くところまで行くことになる。マルコお願い、ミサキを守って。

    「コトリ、まさか五人の女神がこの部屋にそろうなんて、ちょっとビックリしちゃった」
    「コトリもそうよ。もう永遠にそろうことはないと思ってた」
    「でも、そろっちゃったね」

コトリ部長は、首座の女神の言葉を噛みしめながら、

    「ユッキーに聞きたいことがあって来たの」
    「あら、知恵の女神のコトリが知らないことでもあるのかしら」
    「うん、だいぶ忘れちゃってね」
    「そうなんだ」

コトリ部長は少しためらいを見せながら、

    「イタリアに行ってきた」
    「あれまあ、何年ぶり」
    「あれ以来」

コトリ部長やシノブ部長、さらにミサキも含めて、あれだけイタリア語が話せた理由がやっとわかりました。もともと喋ってたんです。大学の授業の時に学んだけど、イタリア語って十三世紀ぐらい殆ど変わってないらしくて、四百年前でも十七世紀初めだから、思い出しさえすれば話せるようになるのです。

    シラクーサも行ったの」
    「行ったよ」
    「あそこも」
    「だいぶ変わってた」
    「そりゃそうでしょうねぇ」

コトリ部長は意を決したように、

    「どういう理由だったの」
    「思い出さない方がイイよ。コトリだって頑張って知恵を絞ったんだし、それを認めたのはわたしなんだから」
    「でも知りたい。あのね、イタリア、とくにシラクサ行って、だいぶ思い出しちゃったの」
    「コトリはそのために行ったんでしょ。わざわざ静かなる女神や輝く女神まで連れて」
    「バレてた」
    「だって、わたしは首座の女神」

なんの理由だろう。

    「とにかく大きすぎたのよね」
    「そういうこと、ブレが大きくてお世話するのが大変だった」
    「だから分散しようってコトリが言ったのよね」
    「ユッキーだってそうしようって言ったじゃない」
    「まあ、そうだけど」

どうしてこの二人はこんなにわかりにくい話し方をするの。

    「でもまだ十分じゃなかった。だからコトリがまた知恵を絞ったのよね」
    「あれで良かったと思ってるよ。当時はね」
    「だけどわたしは最後まで反対した。やっぱりあれは良くなかった気がする」
    「ユッキー、どうしてもあなたとは相性良くないね」
    「そうねぇ、昔から意見が合わないのよね」

どうにも話し合いの雲行きは怪しそうです。

    「結局は払った犠牲に見合うメリットの考え方かな」
    「そういうけど、結局わたしが殆どやる羽目になったじゃないの。コトリは上手いこと逃げちゃうから」
    「それは言い過ぎよ、希望したのはユッキーじゃない」
    「希望じゃなくて、最初はで交互にする話だったはずなのに、蓋を開けてみたら首座で固定じゃない」
    「だってわたしの方が弱いもん」
    「五分だったのをさらに二人作って、わざとわたしより弱くなっといて」
    「ユッキーの方が合ってるんだもの。だからずっと委員長」

なぜかコトリ部長の言葉に首座の女神が妙に受けています。それはともかく、シノブ部長とミサキはコトリ部長が力を分け与えて誕生したみたい。だから、あれだけ気が合うのかもしれない。

    「もう念のための部分は外してイイと思うの」
    「なんだ、全部思い出してるじゃない。それなら話が早いわ」
    「もうコトリの分はいらない気がする」
    「それは、やってみないとわからないし、それより、またコトリはわたしに全部押し付けて逃げる気」

首座の女神の口調にかすかな憤りを感じます。

    「ユッキー、怒らないで聞いてね。ユッキーもコトリも、もう解放されてもイイ気がしてるの。日本に来た頃は『いつの日にか』ってのもあったけど、もう四百年よ」
    「でもそうなれば、わたしもコトリも消えるかもよ。もちろんそこのお二人もだけど」
    「ずっと思ってたんだけど、いなくても良くない。これだけやってると、寄生虫みたいな気がしてしまうの」
    「そうね、あの時にもそう感じ始めたから、日本に来た時に記憶を封印しちゃったのよね」
    「それ考えるとユッキーは、とっくにコトリの封印取れちゃってるのに続けてるのはエライと思うわ。コトリなんて剥がれた途端にイヤになった」

なんか話がトンデモない方向に進んでいるのだけはわかります。

    「ユッキーも疲れてるんじゃない」
    「どうして?」
    「放しちゃったじゃない。あれだけ後生大事に抱え込んでいたのに」
    「まあね、ちょっと前に教祖様やってたの知ってる」
    「それ、聞いた。ユッキーらしいと思った」
    「でも、同じだった。コトリがいて欲しかった。いれば変わっていたかもしれなかったと思ってる」
    「無理よ、相性悪いもん。一緒にやっても同じだよ。経験済みだからね」
    「確かに」

首座の女神がなにか考え込んでる気がします。

    「コトリと相性悪いのはイヤってほど経験済みだけど、やっぱりコトリのアドバイスは必要ね。四百年ぶりに聞いて耳が痛いわ。白状するわ、離れてみたかったのよ」
    「やっぱり、そうだったんだ。でも離れてやったら、どうなるかも知ってたんでしょ」
    「もちろん承知の上でやったよ。でも、そりゃ、楽しかった。キッチリ百日だったのは笑ったけど」
    「じゃあ、シオリちゃんにはいつ?」
    「お見舞いに来た時」

今度はコトリ部長が考え込んでいます。

    「見えてたの?」
    「ゴメン、見えてなかった」
    「でもシオリちゃんに渡したんでしょ」
    「あんなに上手に馴染むとは予想外だったのよ。それもあれだけ穏やかに」
    「ユッキーも人が悪い。失敗するのを期待してたの」
    「失敗するかもしれない保険のためにコトリを選んでしまったの。見えてたら選ぶわけないわ」
    「いつわかったの」
    「かなり最後の方であわてた。この件は知らずにやったとはいえ、コトリに謝るわ。でもね、知らずに見たら本当にイイ女だったのよ。だから選んだ」
    「ありがとう。でも、そうしないとね」

どうもこれはコトリ部長と加納さんのラブ・バトルに関連するお話のようです。

    「わかったわ、コトリのはもう外すわ」
    「カギは」
    「わたしが持ってる」

コトリ部長が『うっ』と言った後に、

    「他の二人の分は」
    「取り込んだ時に外してる」
    「重荷は二人でイイよね」
    「そうね、解けないように二人がかりでやっときましょう」

ミサキもシノブ部長も『うっ』。頭を殴られたような衝撃です。

    「ユッキーはどうするの」
    「もうちょっと考えてからにする」
    「それでイイの」
    「だって男の体だもの」
    「どう、住み心地は」
    「だいぶ慣れたけど、変な感じ。だってレズやってるみたいなものでしょ」
    「そっか、そうなるよね」
    「次はやっぱり女にする」

なんか上手く話が収まりそうなんですが、

    「カズ君、好きだね」
    「そりゃ、そうよ。カズ坊は氷姫であるわたしを愛してくれた人だもの」
    「ユッキーのそういうところ変わらないね」
    「ありがとう」

どうも聞いてる限り首座の女神とコトリ部長はそんなに相性が悪そうには見えないのですが、

    「ところでユッキー、もしコトリがあのまま主女神を起してたらどうした」
    「コトリでもその時は容赦しなかった」
    「大怖い、ユッキーとは争いたくないよ。どうしたって勝てないもの」
    「それはこっちのセリフよ。そりゃ、あの時みたいに女神を取り込む手はあるけど、あれって本当にコトリ相手にやると大変で、思い出すのもゾッとするわ。コトリに較べれば眠れる主女神なんて可愛いものだったけど」

コトリ部長は苦笑いしながら、

    「というかさぁ、ユッキーがいつまでも出てくれないから、困ってたの。あのままじゃ、カズ君の漫才だけ聞かされて帰る事になっちゃうじゃない」
    「それで、帰ってくれるのも期待してたんだけどなぁ。ところでコトリ、次はいつ会えるかな」
    「四百年より短いと思うよ。それよりいつまでそうしてるつもり。そりゃ、そうしてくれたら助かるけど、それじゃユッキーが余りにもじゃない」
    「イイのよコトリ。カズ君が生きているうちはわたしがそうする。コトリと違ってわたしはゼロじゃないから、それなりに楽しめるの」
    「でもユッキー、イイ時代になったと思わない」
    「そうね、女神が自由に恋して幸せになる時代が来るとわね。ではまた会う日まで、そうそう、他のお二人もまたお会いしましょう。今日は知恵の女神とくたびれる会話をしなくちゃならなかったから、ユックリお話できなくてごめんなさいね」

コトリ部長とユッキーの会話がどれぐらい続いていたかはわかりません。とても長かった気もしましたが、ほんの一瞬だった気もします。というか、あれは本当に声を出しての会話だったのでしょうか。

    「何してるんや、シオ」
    「ちょっとめまいが」
    「そりゃ、働き過ぎやで」
    「カズ君に言われたくないわ」

それを機会にミサキたちは帰らせて頂きました。玄関で加納さんは、

    「今日は十分なおもてなしも出来ずに申し訳ありませんでした。これに懲りずに、また遊びに来てくださいね」

玄関の扉がしまった瞬間に、終わったって感じました。たぶんですが無事に出て来れたはずです。本当に無事かどうかを確かめる方法は頭に浮かびませんでしたが、とにかくマルコに一刻も早く会いたい気分でいっぱいです。

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2018-05-21 女神伝説第1部:ミサキとマルコ

    「マルコ、ミサキのことを愛してくれてる」
    「当たり前じゃないか、ミサ〜キはボクの太陽、ボクの女神、ボクの天使、ボクのすべて、地球のすべて、宇宙のすべてだよ」

毎度のことながらマルコの表現は大げさですが、その言葉通りに愛してくれてるのは、もう疑う余地すらありません。

    「ホントにありがとうマルコ、感謝してる」
    「ミサ〜キ、感謝なんていらないよ。ミサ〜キはボクのフィアンセで、もうすぐボクの奥さんになるんだから。ボクがミサ〜キを世界一幸せにしてみせる」

ミサキだって、マルコと離れたくない、ずっと一緒にいたい。マルコにこうやってずっと、ずっと愛されたい。でもミサキは決めたんだ。

    「マルコ、良く聞いて。もしかしたら、もうすぐマルコが愛するミサキじゃなくなるかもしれないの。その時には、その時には、その時には・・・・」

もうダメ、これ以上は話せない。なんとか笑顔で話すつもりだったけど、もう無理。涙が止まらない、涙声になるのを止めようがない。涙一つ見せずに、ミサキに首座の女神に会いに行くのを止めようとしたコトリ部長やシノブ部長の様には到底出来ない。

    「今夜のミサ〜キはおかしいぞ。ミサ〜キがミサ〜キじゃなくるってどういうことなんだ。ミサ〜キは永遠にボクのミサ〜キだ。その時にどうなるって言うんだ」

不意にシノブ部長の言葉が頭に浮かびました。シノブ部長が佐竹課長をどれだけ深く愛されてることか。そんなシノブ部長なのに、もし女神がいなくなれば、佐竹課長の前から消え去るおつもりなのだと。女神でなくなった姿を愛する佐竹課長の前に見せたくないんだと。あの時のシノブ部長は声こそ笑っていましたが、顔には笑顔がありませんでした。

コトリ部長だってそうです。会社を辞められ、誰にも知られないところに行ってしまわれるおつもりです。首座の女神に敗れても報告するって言ってたけど、あれはウソです。そのまま姿を消すつもりなんです。あのコトリ部長のことですから、その準備も万端整えておられるはずです。

そうなった時にお二人の記憶はどうなんるんだろう。全部は消されないと思うけど、エレギオンの女神に関する記憶は再び封印されてしまうと思います。首座の女神が、お二人から女神を取り上げるなら、これはセットのはずです。もちろんミサキもそうなります。

    「どうしたんだミサ〜キ、なにか気に障る事を言ったのなら謝るよ、ミサ〜キには涙は似合わない、笑顔のミサ〜キが大好きなんだ」

そうだせめてマルコには伝えておこう。ミサキの遺言みたいになるかもしれない。

    「マルコはエレギオンの金銀細工師だよね」
    「もちろんだ」
    「マルコはエレギオン王国の貴族の末裔だよね」
    「そうだとも」
    「だったら、今から話すことを覚えておいて欲しいの」

ミサキは知る限りのエレギオンの歴史、五人の女神の話をマルコに語りました。マルコは何一つ口を挟まず黙って聞いてくれました。これを語り終えた後に、

    「マルコ、ミサキは首座の女神に会いに行くわ。会ったら何が起るか予想がつかないの。殺されたりはしないけど、マルコが愛してくれた、女神を宿すミサキでなくなってしまうかもしれないの。でもお世話になったコトリ部長やシノブ部長と一緒に行きたいの。マルコ、何も言わずに行かせて」

マルコは静かにこの言葉を受け止めた後に、

    「ミサ〜キ、ボクの家にも古い古い伝承があるんだ。ひい爺さんが死ぬ前になぜかボクだけに教えてくれたんだが、エレギオンはかつて女神を守りきれず、これを見殺しにしたって。もし再びエレギオンに女神が再来したならば必ず守らなければならないって。どういう意味かと聞いてもひい爺さんも答えてくれなかった。ただ、この言葉はボクが伝えなければならない人が現われない限り、誰にも伝えるなと」

人となった五人の女神は火炙りにされています。おそらく、これを見た者の伝承がマルコの家に残っていた気がします。

    「ミサ〜キ、首座の女神に会うのはいつ」
    「来週の日曜日」
    「それまでに渡したいものがあるのと、たとえ女神を宿さなくなっても必ずボクの下に帰って来るって約束してくれ」

それは出来ないと思いましたが、マルコの気迫に押されてしまい、

    「約束する」

マルコは翌日から工房の自分の部屋に閉じこもり、毎日泊まり込んで何かを作っているようでした。部屋には誰も入る事を許さず、ミサキでさえ入室を禁じられました。マルコの姿を見るのは、部屋の前に置かれた食事を取り込む時と食器を出す時だけでした。

マルコの気迫は部屋にいても工房内全体に伝わり、弟子たちは呼吸一つするのさえ、細心の注意を払うぐらいでした。そんなマルコが部屋から出て来たのは金曜日。髪はボサボサで、無精ひげもボウボウ、頬はこけていましたが、目だけは爛々と輝いていました。

    「ミサ〜キ、左手を出しておくれ」

マルコはミサキの薬指に指輪をはめました。

    「ボクが持つすべての力を使って作った。この指輪は持ち主を守る力があると信じられている。また作った者の想いが発揮されるとも言われている」
    「これをミサキに」
    「前にミサキにエレギオンに伝統技術はないと答えたけど、伝承技術ならあるんだ。これはひい爺さんから、あの言葉と共に伝えられたものだ。これがミサ〜キにボクがやってあげられるすべてだ。必ず帰ってきておくれ」

それだけいうとマルコはその場に崩れ落ち、気を失ってしまいました。救急車で病院に搬送されマルコは救急外来の処置室に運び込まれましたが、待合室で今度は心の底から、

    「必ずマルコのところに帰ってくる」

こう固く固く誓いました。いよいよ明後日です。

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2018-05-20 女神伝説第1部:パーティ

コトリ部長とシノブ部長が、エライ気合で人数を集めた歴女の会は大盛り上がりでした。歴女の会は名前の通り女性だけの会なのですが、今回は特別にゲストとして男性も参加しています。マルコやマルコの工房のお弟子さんも呼ばれていますし、シノブ部長の旦那様の佐竹課長も来られています。さらに高野専務や、綾瀬副社長まで顔を出され最後に、

    「いやぁ、私まで参加して良いのかね」

社長まで来られたのは驚きました。いつもならダラダラと歴史談義をしながらの飲み会なのですが、コトリ部長とシノブ部長は次々と盛り上がる趣向を仕込まれます。仮装あり、カラオケあり、チークダンスあり、ビンゴゲームありです。

そうやってワアワアやっていて、途中で全員の記念写真を撮ろうと言う話になって、店の人がカメラを構えたのですが、急に音楽が流れ出し、カメラマンが踊り出すのです。どうなってるんだと思っていたら、ウエイターの人も踊り出すし、ウエイターからさらに指名された人々がさらに踊り出します。隣に座っていたマルコに、

    「どうなってるの」

こう聞いたら、

    「これは日本の習慣じゃないの」

こう聞き返されてしまいました。カメラマンやウエイターだけでなく、歴女の会のメンバーやマルコのお弟子さん、コトリ部長やシノブ部長まで指名されたら踊りだし、最後の方で十人ぐらいが一斉にマルコを指さし、

    「マルコ!」

指名されたマルコが踊る踊る。これまで指名されて踊っておいた人がマルコの前で踊ったかと思うと、さっと二手に別れてそこに花束を持ったマルコがミサキの方に進んで来ます。

    「ミサ〜キ、ボクと結婚してください」

やられました。公開プロポーズと言うか、二人の婚約の公表みたいなものです。もちろんみんなの前で熱烈キス。その後も、

    「アンコール、アンコール」

もう何度したか覚えていないぐらいです。恥しいやら、照れくさいやら、嬉しいやらでもう大変。マルコの工房のお弟子さんにはイタリア人も多いのですが、とにかくノリが良くて、これが熱狂に油を注いだ感じです。もちろんマルコ自身もノリノリで、この後もお姫様抱っこで場内一周されるわ、そのままキスされるわ、そのキスのアンコールもあるわです。そんな熱狂的な会を四時間ぐらいしてお開きになったのですが、コトリ部長が、

    「マルコ、ミサキちゃん借りるよ」

興奮冷めやらぬ他のメンバーと別れて、バーに連れて行かれました。

    「カランカラン」

バーなんて殆ど来たことが無かったのですが、カウンターに座ったシノブ部長は、

    「ああ、楽しかった。コトリ先輩、これで思い残すことないね」
    「やだシノブちゃん、別に命のやり取りをする訳じゃないんだから」

さっきまでの興奮した顔はすっかりおさまり、ただひたすら静かにグラスを傾けておられます。わたしもフルーツカクテルを頂いていたのですが、どうにもこれだけ会話がないと間が悪い感じがします。そんな時間が三十分も続いたでしょうか、

    「ミサキちゃん、マルコはイイ男でしょう」
    「はい」
    「もう、何回見せつけられたか。独身には目の毒よ」
    「すみません」
    「イイのよ、気にしないで」

そこからまたお二人は黙られました。これだけ話をしないお二人を見るのは初めての気がします。お二人はひたすら物思いに耽っておられようです。やがて、

    「シノブちゃん、やっぱり行くの」
    「行きますよ、コトリ先輩」
    「そっか止めても無駄か・・・」

そこからまた黙り込まれました。そこからポツリと、

    「ミサキちゃんはマルコと必ず幸せになれるわ」
    「ありがとうございます」
    「だから、来ない方がイイと思う」

ああ、あの話だ。そっか、だから、今日の歴女の会だったんだ。あれはお二人のみんなへのお別れのパーティのつもりで行われんだ。

    「そんなに危険なんですか」
    「だから命のやり取りをする訳じゃないって言ったよ」
    「じゃあ、ここまでやらなくとも」
    「そうね、最悪のケースで、天使のコトリがタダのコトリになるぐらいかな。さすがにコトリは無理だよね、歳相応の小島知江になるだけのお話」
    「私だって、タダのシノブちゃんになって、佐竹忍になるぐらいかなぁ」
    「それって・・・」

ミサキにも話が見えました。首座の女神は他の人に宿す女神を取り上げてしまうことが出来たはずです。会いに行って首座の女神と諍いになれば、お二人から女神が去り、タダの人に戻ってしまいます。

    「そうなっても、行かなかったミサキちゃんの女神まで取り上げないと思うよ。ミサキちゃんはこれから女神を楽しまなくっちゃ。コトリはこの歳まで楽しませてもらったから、もうイイよ」
    「私だって、突然もらったようなものだから、突然取り上げられても仕方ないって思ってる。けっこう楽しませてもらったし。だからミサキちゃんは行かない方がイイよ。これからマルコとラブラブをもっと、もっと、しなくっちゃね。そういう時に役に立つ能力だよ」

歴女の会のお二人の異様なほどのハシャギ様と、このバーでの沈黙を考えると、首座の女神と会うリスクをどれほど高く見積もられているか、イヤでも思い知らされます。

    「コトリ部長、いったい何が起るのですか」
    「わかんないよ、わかんないから大変なの」
    「じゃあ、会わなきゃイイじゃないですか」
    「ミサキちゃん、そのことはシノブちゃんと何回も話し合ったけど、コトリはどうしても会いたいの。いや、会わなきゃいけないの。四百年の時を越え、やっと巡り合えたのは訳があるはずよ。コトリも次座の女神として首座の女神のユッキーと会うよ」
    「私もよミサキちゃん。私だって四座の女神だから会いたいの」

どうして、そこまでしないといけないの。

    「心配しなくても、なにがあったかは後で話してあげるから」
    「そうよそうよ、女神がいなくなるだけだから、普通にお話できるし、一緒にご飯だって食べれるし、お酒だって飲めるのよ」
    「その代り、ちょっと老けてても口にしないでね。シノブちゃんはそんなに変わらないと思うけど、コトリはかなり一気に来るかもしれないから」
    「それとね、私もコトリ先輩もちょっとオツムの回りが鈍くなってると思うから、そこはミサキちゃん我慢して聞いてね」

イヤだ、イヤだ、イヤだ。あの格好の良い、颯爽としたコトリ部長が二度と見れなくなるなんて、シノブ部長のあの光輝く姿がこれで見納めになるなんて耐えられない。入社してからこのお二人にどれだけ可愛がってもらったことか、マルコと引き合わせてもらったのもコトリ部長なのに、

    「大好きな、大好きなコトリ部長や、シノブ部長がそうなってしまうのなんて絶対、絶対、絶対、イヤだ。やめましょうよ、もっと三人で楽しく仕事しましょうよ、その仕事だって、もっと、もっと、教えてもらうことは、たくさん残っているのに。お願いですから、行かないで下さい、行かなければ、これからも、ずっとコトリ部長や、シノブ部長とこうやって、こうやって・・・・イヤだぁ、絶対イヤだぁ、お願いだから行かないと言ってください・・・・」

こう言いながら、涙が止まらなくなりました。いえ、もうワンワンとあたりかまわず泣き叫んでいました。

    「そうそうミサキちゃんには保険を掛けといたわ」

保険ってなんなの、

    「マルコよ。今のコトリには見えるの、運命の赤い糸がクッキリと。ミサキちゃんは、放っておいてもマルコと結ばれるはずだったけど、今回の件があったから、ちょっと手を出して早めたの。運命の人と結ばれた女神は、どれだけの効力があるかわからないけど、とにかく守られるのは確かなの。コトリが女神としてミサキちゃんに贈った最後のプレゼントと思ってね」

あれは、会社のためだけではなかったんだ。すべてミサキのために、コトリ部長が仕組んだことだったんだ。

    「そこまでしておいたら、ミサキちゃんは、まずだいじょうぶと思うけど、それでもダメだったらゴメンね。悪いけど怒られてもコトリもシノブちゃんも覚えていないかもしれないけど。あははは、そうなってたらミサキちゃんも一緒だから、怒らないかもね」

せめてシノブ部長だけも思い止まってくれないかと、

    「シノブ部長、佐竹課長はなんて仰られてるんですか」
    「ミツルはね、イイよって。どんなにシノブが変わっても愛してるって。その言葉だけで嬉しかった。でも、私から女神が去ったら、捨てられるかもしれない。ううん、ミツルは誠実で信頼できる人よ。でもね、ミツルが愛しているのは、女神を宿した私であって、タダの人の結崎忍じゃないの。さっきは佐竹忍になるって、言ったけど、それも無理って思ってる。ここまで、子どもが出来なかったのも、この時が来るのを待ってたからかもしれない」
    「どうして、そこまでの犠牲を払わなきゃいけないのです。どうしてなんですか、ミサキにはわかりません。そんな四百年前のことなんて、関係ないじゃありませんか。シノブ部長は佐竹課長を愛していらっしゃらないのですか」
    「ミツルはだ〜いすき。今だって結婚した時と一緒ぐらい好き、いやそれ以上の自信はあるわ。これからだってそうよ、死ぬまで大好きであり続ける自信なら、テンコモリあるわ。でもね、今回は行くと決めたの」

ミサキにはわからない、そこまでこだわる理由が。

    「まったくミサキちゃんは心配症なんだから、ちょっと脅し過ぎたのは謝るけど、ハッピー・エンドになる可能性だって十分にあるのよ。コトリはユッキーの高校時代からのお友達よ。そのコトリの女神を取り上げたりしないかもしれないじゃない。シノブちゃんだってそうよ、あれはカズ君とユッキーからのプレゼントなんだから、取り上げたりしないかもよ」
    「ハッピーエンドになる可能性は?」
    「六四か七三ぐらいかな」
    「六か七がハッピーエンドですか」
    「逆よ、だからミサキちゃんには来てほしくないの」

五分五分以下じゃない、いや、これだって本音はもっとハッピー・エンドになる確率は低いと思ってるに違いない。そうでなきゃ、あれだけのお別れパーティする訳ないじゃないの。

    「ホントに悪いと思ってる。前にこの話を持ちかけてしまったのは反省してる。大失敗だったわ。これはシノブちゃんも同じ。コトリだけ黙って行けば済んでたお話のはずだったのよ。つい、五人の女神がそろう点にこだわちゃったの。シノブちゃんはもう聞いてくれないからあきらめたけど、ミサキちゃんだけでも守りたいのよ」

お二人がミサキを気遣ってくれているのが痛いほどわかります。ミサキは女神である事だけはわかりましたが、お二人に較べるとまだ目が覚めていません。かつての記憶だって取り戻していません。女神としてのミサキにどんな能力があるのさえわかっていません。すべてはこれからなのです。

ミサキは行きさえしなければ、マルコと幸せに暮らし、仕事だって思う存分出来るようになるのです。そう、コトリ部長やシノブ部長のようになれるのです。これって、ミサキの夢が全部叶うことなんです。お二人はミサキにそうなって欲しいと願っておられるのです。

でもイヤなんです。ミサキはコトリ部長やシノブ部長がずっと見ていたいのです。女神を宿したあのお二人を。お二人の決心が変わらないのは良くわかりましたが、自分一人が傍観者であることがどうしても許せません。そんなミサキに出来ることは・・・そうだ、そうだ、コトリ部長だけだったら、いやシノブ部長が一緒でも首座の女神に敵わないかもしれませんが、五人そろうと変わるかもしれない。ミサキがこれだけお世話になったコトリ部長や、シノブ部長にやってあげられることはこれしかない。

    「わたしも行きます」
    「ちょっと待って、ミサキちゃんが行く必要なんてどこにもないよ」
    「いいえ、わたしだって三座の女神です。わたしが行かないと五人そろいません。なにがあっても行きます」

そこからお二人に心を翻すように散々説得されました。コトリ部長は、

    「すべてを知った上で行くの」
    「三座の女神の誇りにかけても行きます」

コトリ部長とシノブ部長は、顔を見合わせてため息をつき、

    「三座の女神は静かなる女神とも呼ばれてるけど、大人しいって意味じゃないの。こうなったらお手上げね。コトリとシノブちゃんで出来るだけ庇ってあげるけど、どうしてものときは覚悟してね」
    「覚悟は出来てます」
    「ただし一つだけ条件を出すわ。マルコの許可を取って来なさい」

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2018-05-19 女神伝説第1部:コトリとシノブ

    「カランカラン」

カウベルが鳴る木製の扉を開けるといつものバーです。

    「コトリ先輩、ホントに良かったのですか」
    「後悔してないよ。あの二人は結ばれる運命にあったんだよ。今のコトリには、はっきり見えてるの」
    「でも・・・」
    「そうね、なかなか上手くいかないものだよね」

シノブはジン・フィズを飲みながら、

    「私の時も見えたのですか」
    「あの時はまだ見えなかったわ。でも、絶対に上手くいく予感があったんだ」

コトリはワイルド・ターキーをロックで飲んでいます。

    「今回は急いだから、ちょっと手を出したけど、ミサキちゃんとマルコは必ず結ばれてたよ。それ以外だったら、マルコはともかくミサキちゃんは幸せどころか不幸せになるって」
    「そうなんですってね。特命課で天使の調査をやった時に、幸せになっていない天使が多くて驚きました」
    「コトリもこれは知らない方が良かったって思うぐらいだもの。女神が宿れば女性としての、これでもかの魅力を与えられるし、人として能力も信じられないぐらい向上するわ。でもその代償もあったってところ」
    「運命の人以外では超不幸せになるのはキツイね」

シノブはマスターを呼んで、

    「次はショートがイイわ。ちょっと酔いたい気分なの。なんにしようかな、思いつかないからマティーニにする」
    「ジンは何にいたしますか」
    ボンベイ・サファイアでお願い」

やがてきたマティーニを口にしてから、

    「コトリ先輩、それだけじゃないんでしょ」
    「そうね、これはまだ確信がないけど、運命の人と結ばれた女神は守られるらしいの」
    「だからミサキちゃんの件は急がれたのですね。でもコトリ先輩はどうなされるのですか」
    「コトリはどうしようもないよ。次座の女神の宿命みたいなものだから」

コトリはマルガリータをオーダーします。シノブは、

    「やはりミサキちゃんも連れて行きますか」
    「う〜ん、シノブちゃんも来ない方が良い気がするんだけど」
    「ここまで来て、置き去りはイヤですよ」
    「守られるといっても、どれぐらい守られるかわからないし」

二人の会話は途切れがちになります。

    「コトリ先輩、ここまで来たら会うのが宿命だと思います」
    「でもユッキーはどう出るかな」
    「そればっかりは、やってみないと」
    「首座の女神は、その気になれば女神を取り上げてしまうことも出来るんだよ。それでもイイのシノブちゃん。このままなら、保証付で佐竹君と幸せな一生を送れるんだよ」

またもや二人の間に沈黙が広がります。

    「私はユッキーさんには夢の中で一度お会いしただけですが、そんな人とは思えませんでした」
    「コトリは可愛くなったユッキーには会ってないからなぁ。高校時代の氷姫だったユッキーはそりゃ、怖かったんだから」
    「でも今は違う」
    「どうだろう」

ここのところ、この問題で同じところを堂々巡りしている二人です。

    「コトリ先輩も会わなければ良いんじゃないですか。会ったとしても、やばそうだったら、眠っている主女神が宿ってる加納さんと、首座の天使を宿した山本先生と話すだけにするとか」
    「ユッキーにはわかるよ、コトリがどんなつもりで会いに来たのかを」
    「じゃあ、やめましょうよ」
    「えへ、女神がいなくなれば結婚できるとか」
    「もう、コトリ先輩ったら」

コトリは、グラスを飲み干し、

    「たぶんね、次座の女神のコトリが首座の女神に会うのは避けられない宿命だと感じてる。そこで、どうなろうともね。ハッピーエンドの可能性だってあるんだし」
    「そろそろミサキちゃんが返事を持ってくると思います」
    「そうだね、やっぱりミサキちゃんは行かない方がイイね」
    「そのためのマルコでしょ」

そこからしばらくは黙り込んでいましたが、コトリがポツリと、

    「また歴女の会したいね」
    「パァッと、やりましょうよ」
    「それもイイかもね」
    「お別れの会みたいなものかな」
    「それじゃ、男も呼んで盛り上がろうか。コトリは女神がいなくなったら会社を辞めるわ。人としてのコトリじゃ今の仕事はできないから」
    「それは私も同じ」

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2018-05-18 女神伝説第1部:恋は突然に

首座の女神のユッキーさんに会いに行く話はとりあえず保留になりましたが、次にコトリ部長がミサキに持ちだしてきた話はわたしを混乱に叩きこみます。コトリ部長は次の缶ビールを開けながら、

    「ところでミサキちゃん、マルコと上手くやってる」
    「はい、なんとか」
    「どう思う」

どうって言われたって困るのですが、

    「職人気質で細かい点にウルサイのは確かですが、仕事を離れれば陽気なイタリア男ってところです」
    「マルコはミサキちゃん褒めてたよ。マルコも日本で仕事を再開するのに不安があったみたいだけど、すべてミサキちゃんが準備してくれたって。あれだけ、やってくれれば、やる気も出るって」
    「マルコ氏がそう思ってくれるのなら、頑張った甲斐がありました」

コトリ部長は何を言いたいのだろう。

    「コトリがカズ君と婚約まで行ってた話を聞いた」
    「はい、シノブ部長から」
    「その時に抱いてもらったんだ。そりゃ、どれだけ良かったことか。シオリちゃんにカズ君を取られちゃったことは、かなり心の整理はついたけど、あれを二度と経験できないのだけは今でも心残りなぐらい」

ありゃ、エライ話だ。まあ、女同士だからイイようなもんだけど、

    「あれだけ良い思いは二度と味わえないと思ってたけど、マルコも凄いの。コトリ、びっくりしただけじゃなくて感動しちゃった」

あらあら、ノロケ。コトリ部長がこんな話をするなんて珍しいけど、

    「マルコは仕事をする時は気難しい面もあるけど、なかなかイイ男よ」

それはミサキも知ってる。

    「で、ミサキちゃんはどう思う」
    「はぁ? どう思うも、こう思うもマルコ氏はコトリ部長の恋人じゃありませんか。わたしはお似合いだと思いますよ」

ここでコトリ部長はニヤッと笑って、

    「マルコはミサキちゃんにお熱よ」
    「そんなぁ、コトリ部長をさしおいて許せません」
    「コトリにマルコはやっぱり無理」
    「歳の差ですか」

コトリ部長は台所に行き、ワインを持ってきました。これをワイングラスに注ぎながら、

    「マルコも頑張ってくれたけど、やっぱり子どもに見えちゃうの。前にも言ったじゃない、コトリも歳取ったって。もう十年、いや五年でもイイから若かったら考えたけど、さすがにね。だから別れちゃった。コトリは他のを探すわ」
    「ホントにイイのですか、コトリ部長」

コトリ部長はワイングラスの中でワインをクルクル回しながら、

    「どうもね、次座の女神はそういう宿命にあるみたい。イイ男なのは見抜けるのよ。シオリちゃんに取られちゃったカズ君もそうだし、シノブちゃんに紹介した佐竹君もそう。もちろんマルコもそうよ。でも最後は結ばれないの」
    「そんなことは・・・」
    「もちろん、あきらめてないわよ。世の中の半分は男だから、きっと見つけてみせるよ。そうそう、話は戻るけどコトリが選んだ男は保証付よ。ミサキちゃんどう思う」

急にそんなこと言われても、

    「これって、コトリ部長が前に仰ってたマルコ氏に掛けようとしている保険ですか」
    「その意味もあるけど、それだけじゃないよ。マルコはコトリが保証できるイイ男よ、ミサキちゃんもそう。結ばれれば必ず幸せになるわ。へへへ、次座の女神は縁結びの神の役割もあったみたいなの。ただし自分を除くみたいな感じかな」
    「相手はイタリア人だし・・・」
    「関係ないでしょ。実はね、あの時の撮影にミサキちゃんはまだ予定に入ってなかったの。ミサキちゃんをイメージモデルにするのは決まってたけど、まだ構想段階でドレスだって出来てなかったから」
    「でもアクセサリーは・・・」
    「マルコがこの話を聞いたら『絶対作る』って言いだしたのよ。コトリは口だけと思ってたら、本当に作っちゃったのよ。それだけじゃないのよ、新郎役は絶対にボクがするって。これはミサキちゃんとの結婚式の予行演習だって」
    「そんなぁ」
    「ミサキちゃん、ネックレスもらったでしょ」
    「えっと、それは・・・」
    「イイのよ。コトリも指輪もらってるから。でもね、コトリがもらった指輪はマルコと知り合ってから作ってもらったもの、ミサキちゃんがもらったネックレスは、これまでマルコが作った最高傑作の一つで、売り物にせず大事に持っていたものなの」

マルコ氏からもらったネックレスが凄いのはミサキにも良くわかります。シンプルそうな金細工だけど、軽やかさの中に気品と優美さが見ただけで漂って来るもの。あれがエレギオンの金銀細工師の最高傑作なんだ。

    「コトリも見せてもらったことがあるけど、あのネックレスは自分の結婚式の時に、生涯愛し抜くと誓った女性に付けてもらうんだって。マルコは本気だよ」

ミサキの頭の中がひたすら混乱しています。マルコ氏はたしかにイイ男です。これだけ一緒に仕事でいるので、良いところ、悪いところは自然に見えてしまいますが、それでも間違いなくイイ男です。これまでは、コトリ部長の恋人と思ってましたから、恋愛対象とは意識したこともありませんでしたが、余裕でOKの男です。

国際結婚となると言葉の問題もありますが、今のミサキはほぼネイティブ並みに話せます。まさか、まさか、コトリ部長はミサキがそこまで話せるようになるために、イタリアに連れて行ったとか。すべてコトリ部長の計画だったとか。ミサキは、ミサキはどうしたら良いのだろう。

    「あははは、ミサキちゃん、迷ってるの。迷ってもイイけど、マルコは迷わせてくれないよ。もうコトリがなにもしなくてもマルコは一直線に来るよ。そりゃ熱烈なんだよ。コトリだって落とされちゃったぐらいだからね。楽しみにしておいたらイイわ」

コトリ部長の予言通り、翌日からマルコ氏から猛烈なアタックを受けることになりました。さすがに工房の中ではなかったですが、そうでなければどこでもお構いなしです。とにかくイタリア語なので、マルコ氏が大きな声で求愛しても、周囲の日本人は何を話しているのかわからないのです。何度も、

    「ここは社内ですから」
    「今、仕事中です」
    「みなさんが聞かれてます」

こう言ってたしなめたのですが、それこそ馬耳東風、蛙の面にションベンって感じで気にもしません。スマホを見ればラインにはマルコ氏から愛の言葉の洪水、郵便受けにはラブレターの束、コトリ部長が前に、

    『コトリはイタリア男の口説かれ方を教えてもらったようなものだけど』

ミサキもフルコースで教えてもらってる状態です。でもね、でもね、悪い気はしないのです。あれだけのことを、あれだけ臆面もなく言われ続けるは恥しい反面、やっぱり女として嬉しいのです。この嬉しいと思った瞬間がミサキの運命を決めたのかもしれません。後は、もう押されまくり状態になってしまいました。自分の心が急速にマルコに傾いて行くのがはっきりわかります。それも、そうなるのが気持ち良いのです。最初の頃にあった抵抗感なんてウソのように流されてしまっています。もうなんの迷いもなく交際はOKしました。

恋人同士になったら、ちょっとは落ち着くかと思ったのですが、今度はプロポーズの大攻勢です。もう朝の挨拶からプロポーズです。仕事中も、デート中も、ベッドの中でもそうです。なんか洗脳されてる気分です。そうそう夜のマルコはコトリ部長が言った通り素晴らしいものでした。ミサキだってウブなネンネだったわけじゃありませんが、それこそアッと言う間に体ごと持っていかれました。ひたすら天国の中を漂よい、最後は天高く飛ばされるって感じです。もう体がトロトロに溶かされてしまう感じです。あんなもの体験させられたら、もう他の男を考えられなくなります。

心も体も余すところなくマルコに夢中にさせられたミサキに選べる選択は、プロポーズを受けることだけでした。受けた時には、どうしてここまでOKしなかったんだろうぐらいしか頭にありませんでした。もうマルコ以外のことを考える余地なんてどこにもなかったのです。

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