新小児科医のつぶやき

2017-11-20 第3部後日談編:氷の女帝

木村先生は自分の事をクール&ビューティと仰られてますが、私たちの中では氷の女帝と呼んでいます。あれは木村先生が赴任された頃のお話になります。当時の部長先生は腕もイマイチいやイマサンぐらいの上に、男尊女卑のセクハラ野郎でした。私たちも嫌がっていました。そのセクハラ部長の常套手段が診療中にイジメ倒して、弱ったところを押し倒すです。何人もの女医さんが被害に遭った話を聞いています。もちろん看護師もです。

セクハラ部長は木村先生にも目を付けたようです。いつか起るんじゃないかと心配していたら案の定、ある日の回診中にネチネチとセクハラ部長のイジメが始まりました。私たちは『ああ、またか』と思ったものです。ところが木村先生は違いました。セクハラ部長の指摘を悉くペチャンコしちゃったのです。それも徹底的に容赦なく顔色一つ変えずにです。完全に言い負かされたセクハラ部長は顔を真っ赤にしながら

    「木村先生の言う通りで良い」

これだけでも私たちは『やった』と声に出さない歓呼の声を挙げたのですが、実はこれは序奏に過ぎなかったことを思い知らされるのでした。回診がセクハラ部長の患者の番になったときに、木村先生は患者の前でセクハラ部長の治療方針を根こそぎ否定しちゃったんです。そりゃ物凄かった。居づらくなったセクハラ部長は

    「この先の話はカンファレンスで・・・」

こうやって何度も逃げようとしたのですが、逃げようとするセクハラ部長の前に立ち塞がり、

    「これはカンファレンス・レベルのお話ではありませんし、研修医レベルでさえありません。当然ですが患者にも聞いてもらう必要があります」

こう言い切って聞く耳を持たず、傷口に塩なんて生易しいものじゃなく、まるで剣山でハバネロを傷口にすり込むように延々とセクハラ部長を粉砕しちゃったのです。ああいうのを氷のように冷やかにっていうのでしょうか。最後の方はセクハラ部長に同情したくなるほど辛辣なものでした。とにかくあの目は怖かった、あの目でにらまれたら誰もどうしようもないと思いました。プライドをずたずたにされたセクハラ部長は一週間もしなういうちに病院に来なくなり、やがてどこかに異動しちゃいました。ノイローゼになったって噂もあります。

それ以来、木村先生は氷の女帝と呼ばれ畏怖される存在になっています。正直なところ、おられるだけで怖い部分は確かにありますが、だからと言って、誰にでも無暗に厳しい訳ではありません。もちろん能力もないのに威張りたがるタイプとか、女医だから女性だからといって舐めてかかるような人間への対応は震え上がるようなものがありますが、一方でそうでない人への対応は少し違います。

あれは私が木村先生の患者を受け持っていた時のことです。患者の容体の判断で私は大きなミスを犯しました。そのために患者の容体が急変し、かけつけた木村先生が大車輪で処置してくれなければ大変な事になっていたと思います。そりゃ、氷の女帝の患者に判断ミスを犯して悪化させたのですから、私も剣山にハバネロを覚悟して木村先生に謝りに行ったのですが、

    「あれは、私の判断が甘かった。あなたのせいではない」

けっこうウルサ型の家族の患者でしたが、私のことをおくびにも出さずに事態を収拾してしまったのです。一生懸命頑張っている人には、意外といっては失礼ですが優しい一面もあります。ですから氷の女帝として畏怖はされていますが、本当は心の優しい人じゃないかって、私たちは思っています。

木村先生がいかに優秀なのかの例はいくらでも挙げられるのですが、今は部長に昇進されています。あの若さで部長ですからいかに優秀かわかってもらえるかと思います。まあこの辺はセクハラ部長の後任もイマイチがなぜか続き、悉く血祭りに挙げられてしまったのもあります。素直に女帝の能力を認めれば良いものを、なぜか凌ごうとされて争われ、最後は剣山にハバネロで轟沈されています。そのために誰も怖がって女帝の上に立つ医師がいなくなってしまったからだとも言われています。

ですから若いから、女だから女医だからと馬鹿にする者は誰一人いません。院長先生も一目置いているどころじゃないのがわかります。そりゃ下手にチョッカイ出したら剣山にハバネロが待っているからです。院内では院長より余程怖れられています。



そんな木村先生の様子があの患者が来てから妙というか変なのです。たまたま私の同期が一緒だったので聞けたのですが、救急車からの一報で患者の名前を聞いた時からおかしかったそうです。どんな重症患者が来ても顔色一つ変えることがない氷の女帝が、どうみても動揺しているようにしか見えなかったそうです。氷の女帝が動揺するぐらいですから余程の重症患者が来ると覚悟していたそうですが、救急車からストレッチャーで運び出された患者の顔を見て、木村先生の顔色が明らかに変わったそうです。たしかに重傷だったのですが、そこからが凄かったそうです。いつもの倍以上の速度で次々に指示が飛び、鬼の形相で治療に当たったそうです。

私が見たのはICUに移ってからですが、あれも一生忘れられない光景になりそうです。木村先生は外来も、他の受持ち患者もすべて他の先生に任せて、あの患者だけの治療に専念されました。そんな事は普通はできないのですが、そこは氷の女帝の意向ですから誰も逆らえませんでした。というか、逆らえないオーラというか、あの形相を見てなにか言える人がいたとは思えません。

ああいうのを鬼気迫るっていうのでしょうか。氷の女帝でなくまさに治療の鬼と化してました。それも泊まり込みってレベルじゃありません。文字通りベッドサイドに付きっきりで看護師にさえ手を触れさせない感じです。処置の無い時には、ずっと患者の手を握って何かを呟いていたようでした。それを患者が意識を取り戻すまで一週間、本当に不眠不休でやっておられました。私たちは患者も心配でしたが、睡眠も取らず食事もロクロク取られない木村先生を真剣に心配してました。

木村先生が何を呟かれていたかですが、断片的に耳にしたのは、

    「コンチクショウ、せっかく会えたのに・・・」
    「この私がなにがあっても死なせるもんか・・・」
    「私の命と引き換えにしてもいいから、お願い・・・」

本当にそう言っておられたのか、声が小さすぎてよく聞き取れなかったのですが、たぶんそんな感じだったと思います。ただ容体は予断が許さない状態が続き、木村先生の力でも危なくなっていました。その時に先生が絶叫されたのです。

    「カズ坊、ウチの目の前でくたばったらタダじゃおかへんからな」

あの叫びの効果は信じられなかった。だってそのたびに落ちていた心拍数が奇跡のように回復し、ようやく峠を越えたのでした。


ここまででも相当驚かされましたが、ここからはさらに信じられない事が起こります。木村先生はあの患者の主治医ですから話もされます。ところが、これがなんと掛け合い漫才なのです。最初に聞いた看護師は、目の前で一体何が起こっているのかわからなくなったそうです。私も実際に聞くまでは信じられませんでした。あの氷の女帝が掛け合い漫才をやるなんて誰が想像できるでしょうか。それも超ハイ・テンションのしゃべくり漫才です。最初は気が狂ったんじゃないかとまでささやかれたものです。ただ漫才をやるのはあの患者の前だけで、それ以外は氷の女帝のままです。

あの患者も患者で、全部アドリブのはずなのにキッチリ切り返されます。まるで長年連れ添った夫婦漫才みたいにホントに息が合っていて感心させられます。今じゃ病院の名物で私たちも楽しみにしています。私はてっきり木村先生の恋人だと思っていました。漫才で会話する恋人ってのも変ですが、氷の女帝があれだけ変わられるのですから他は考えられなかったからです。

    「先生の恋人ですか?」

こう聞いてみたのですが、

    「アイツが? 冗談は顔だけにしてくれる。あんなダッサイ、ブッサイクな男を誰が恋人なんかに選ぶかいな。そんな奴がいたら拝んでみたいもんや。単なる高校の同級生だよ」

でもそういう話し方も声も顔もどう見たって氷の女帝ではありません。二人の関係はちょっとした謎ですが、やはり木村先生の大事な人だと思っています。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20171120

2017-11-19 第3部後日談編:ある日の木村先生

    「木村先生、指示お願いします」

しかしビックリしたなぁ。まさかこんなところでカズ坊に再会するなんて。かなり危なかったけどもう大丈夫のはずや。だいたいやなぁ、医者がスクーターなんか乗ったらあかんやん。今度みっちり説教したろ。ふふ、今やったら言いたい放題やからな。でも本当に助かって良かった。もしあのまま意識を取り戻さなかったら、どうしようかと思た。ホンマにカズ坊のゴキブリ並みの生命力に感謝やわ。それでもあれは拙かった。心拍が落ちかけた時に

    「カズ坊、ウチの目の前でくたばったらタダじゃおかへんからな」

思わず叫んでもた。叫んだって効果はないのに思わず出てしもたんよ。付いてた看護師が固まってたもんな。クール&ビューティの木村先生のイメージが台無しやん。それでもエエか、カズ坊助かったやんから。あれはウチの声が天国、いやアイツやったら地獄に落ちかけたんを呼び戻したと思とこ。絶対そうや、このユッキー様の声の力は絶大やからな。

    「すみません木村先生、指示お願いします」

いかんいかん、カズ坊が入院してからどうも調子狂てる。しっかしカズ坊は昔のままやな。成長つうもんがアイツにはないんか。アイツが昔のままやから、ウチもユッキー様に戻ってまうやん。あいつが意識を取り戻し時に、クール&ビューティの木村先生で対応しようと思てたのに開口一番

    「なんでユッキーがこんなとこにおるんや。また席替え一緒か」

あれで全部狂てもた。事故後の記憶の混乱なんやけど、一遍に昔に戻ってもたやん。全部カズ坊が悪い、あのまま地獄に落としときゃ良かった。でもでも、本当に良かった、カズ坊が助かって。後は任しとき、ウチが腕によりをかけて元通りにしたる、そう完全に寸分違わんカズ坊に戻したる。後遺症なんか一グラムだって残すもんか。

    「あのう何度も済みません、木村先生、指示ください」

やっぱり地獄に落としときゃ良かったかな。それでも後半年ぐらいはカズ坊はウチと付き合ってもらうわよ。みっちりとね、昔のようにね。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20171119

2017-11-18 第3部後日談編:事故

    「ドッカーン」

人生が終わる時には走馬灯のようにその一生が一瞬に見えるっていうけど、まさにそんな感じ。ふっとばされて着地するまでの間に全部見えた気がする。もっとも落ちてからは意識不明になって忘れちゃったけど。後から聞いた話だと、横から飛び出してきたクルマにスクーターごと吹っ飛ばされたみたい。つまりは交通事故。結構な重傷で一週間ぐらいは目を覚まさなかったようです。まるでミイラ男のように包帯でグルグル巻きにされてICUに入院中。

    「まだ生きとるか」

この人が主治医。重症者にえらい口の利きようなんですが、私も

    「オマエの腕が悪いから痛くてしょうがないわ、ホンマに治しとんかいな」
    「そんだけ憎まれ口を叩けるんやったら順調やな。山本センセイ」
    「マジメにやってや、木村センセイ」

その後に二人で口をそろえるように

    「だから『センセイ』はやめろって」

目覚めた時に驚いたのですが主治医は木村先生こと木村由紀恵。奇しくも高校の同窓生。医者になったとは聞いてましたが、珍妙なところで再会です。たまたま担ぎ込まれた病院に勤務しており、これもたまたま当番医だったのでそのまま主治医になったようです。悪口を叩きあっていますが、腕はたしかのようで経過は順調です。専門が違うので『たぶん』ですが、

    「で、どうなん」
    「とりあえず動けるようになるまで三か月」
    「けっこうかかるな」
    「そこからリハビリ三か月」
    「ほんじゃ、半年か」
    「運が良ければな」

運が悪けりゃどうなるんだって聞いたら、

    「そんなもん一生寝たきりに決まってるやんか。ウンコとションベン垂れ流しで一生終るんや。ハハハハ、ざまぁ見ろ」

たく聞くんやなかった。

    「まあ、お前は悪運の塊みたいな奴やから、ひょっとしたら寝たきりにならへんかもしれんで」
    「後遺症は?」
    「ウチが主治医やで、運命と思って絶望に浸っとれ」

横で看護師が笑いをこらえるのに必死なのが見えます。そう、毎度毎度この漫才をやってるわけです。まあ、口が悪いのは昔からですが、私にとっては高校時代に戻ったみたいで楽しい時間です。こんな時間でもないと、やってられないぐらい体が辛いのは本音です。こういう時にユッキーが主治医であったのを神に感謝しないといけません。

そうそうユッキーとはアイツを高校時代に呼んでいた時のもの。私は『カズ坊』と呼ばれてました。二年と三年が一緒だったかな。年に何度か席替えがあるのですが、なぜかいつも隣か前後が続き、『お前らおかしいんちゃうか』ってからかわれた事もあります。まあ、どう見たって恋人同士には見えませんでしたから、それ以上の話にはなりませんでしたが。

    「今日はもう寝ときや」
    「おっ、優しいやん」
    「こんな楽しいオモチャが死んじまったらツマランからな」
    「それはお手柔らかに」

彼女は白衣を翻しながら颯爽と去っていきました。ユッキーの性格は相変わらずなのは相変わらずなのですが、さすがに歳月が経っています。こういう状況だからそう見るのかもしれませんが、あのユッキーが色っぽくなってる気がします。あかん、相当弱ってるわ。

さてユッキーも行っちゃったし寝るか。どうでもエエことですが、私の両親は大学在学中に相次いで亡くなってます。祖父母はもっと早かった。さらにさらに、私も一人っ子なのですが、両親も一人っ子同士の結婚。いわゆる叔父叔母はいません。さらに祖父母の兄弟になる大伯父とか大伯母は、葬式で見たことがあるような気もしますが、亡父母とあんまり仲が良くなかったようで疎遠もエエとこです。つうか今でも生きてるのかなぁ。

それでも、それなりに遺産は残してくれたので、大学でも生活には困りませんでしたが、とにかく頼れる親戚ってのがいません。法事とかがラクチンと思っていましたが、自分自身がこういう状態になると正直困ります。事故処理の方は勤め先の事務が上手くやってくれたみたいですが、それ以外の身の回りの事に往生します。仕方がないのでユッキーに頼んだら、

    「ウチは忙しいんや。お前のお世話係なんてやる間なんか一秒もあるかい」

てな切り返しを喰らいましたが、なにやら手を回してくれてなんとかなってるようです。もうちょっと口が良くなれば、一人ぐらい男も振り向いてくれるだろうに。アカン、もう起きてられへん。とにかくもうちょっと回復しないとユッキーと話すだけでも大変すぎる。とにかく先は長い。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20171118

2017-11-17 第3部後日談編:みいちゃんの10年

    「あれが失敗になるとは、人生はわかんないものね」

あの時は正しい選択だと確信していたの。エリートで、将来有望で、実家はお金持ちで、そのうえ優しくて、ハンサムで。そりゃ和雄君も優しかったけど、もっと大人の包容力があったと思ったの。力強く抱きしめられた時に『私はこの人を待っていた』と思ったのよね。だから和雄君を無理やり切っちゃったの。あんまり縋り付いて来るもんだから最後は

    「アンタなんて単なる遊び相手の一人なんだからツケ上がるんじゃないよ。勘違いして恋人面されるのはもうウンザリなのよ。アンタは私の結婚まで邪魔するストーカーなの。死ぬまで二度とそのブサイクな顔を私に見せないで、ヘドが出るから」

ちょっとキツかったなぁ。さすがにこれでお別れにしたなんて友達には言えないから、『山本君は優柔不断だから・・・』ってことにしといた。それでもこれで正解と思ってたわ。とにかくにもこの人と結ばれるのが私の運命だって。和雄君には悪いと思ったけど、まだ若かったから新しい彼女を見つければ、そのうち忘れてくれるって。とにかくこの人に夢中だったの。そのためには和雄君がいたら邪魔だったの。

無事結婚できたんだけど、そこからは地獄だった。東京の豪邸で姑と同居になったんだけど、とにかく厳しい人だった。どこかの旧家の出身だったと聞いたことがあるけど『家風』ってのを徹底的に叩き込まれる毎日だったわ。箸の上げ下ろしなんて初級レベルで、今思い出してもウンザリするぐらい。もちろん噂に聞いていた姑の嫁イジメってのもとりあえずフルコース。

じゃ、旦那が庇ってくれるかというとマザコンだったんだ。これが判った時は自分の選択を天を見上げて後悔したわ。コチコチって程じゃなかったのが救いだったけど、最後は姑の味方になるんだよ。それでもすぐに離婚にならなかったのは、旦那の海外異動があったから。つまりは姑から離れられたんだ。その時は、これでなんとかなるって思ったの。それで、しばらくは良かったんだけど、次に起こった問題は子どもが出来なかったの。これは姑からも旦那からも結構責められた。『この家を潰す気か』って。そんなこと言われても出来ないものは仕方がないし、どうしようもないやん。

日本に帰った後もラッキーなことに東京の本社勤務じゃなくて、大阪支社だったんだけど、旦那が女を作り始めたの。ある時にバレて責めたてたら、『お前が跡継ぎを生まないからだ』って平然と言われちゃった。外に女を作るのは東京本社勤務になって姑と同居となってからも同じで、さすがに姑に訴えたら『子無し嫁が何を言う』と冷たく言われただけ。離婚して当然の状態だったんだけど、なぜかしなかったのよね。どうも最初に○○家の嫁って叩き込まれた洗脳があったみたい。

転機が訪れたのは姑の死。まあ、それでも旦那は夜な夜な愛人宅を泊り歩いて、殆ど帰って来ないのは同じだったけど、姑という重石が無くなったんで時間が出来たんだ。旦那が帰って来ない専業主婦だから朝から晩までとにかく時間があったんだ。この時間が洗脳を解かしてくれたみたい。


そんな時に思い出したのが和雄君。結局、私の恋愛歴って旦那と和雄君の二人しかいないからね。和雄君は善人だったけどパッとしなかったの。パッとどころか、はっきり言わなくてもダサイ奴で最初は嫌で嫌で仕方がなかったのよ。何度も手ひどく追っ払ったつもりだったけど、それでもニコニコ近づこうとするの。本当に鬱陶しかった。私には坂元君ぐらいじゃないとね。でもね坂元君はシオリちゃんにさらわれちゃったんだ。あれは本当に悔しかった。

坂元君の代わりじゃないよ、だいたい比較するのがそもそも大間違いだからね。ただちょっと失恋気分だったのと、和雄君があまりにも熱心だったから出来心で条件出してみたんだ。

    「医者になれるなら、考えてやっても良いよ」

そしたら本気で医学部目指しやがんの。でも、その点だけちょっと評価して付き合ってはやったんだ。もちろん手も握らせるつもりもなかったよ。その先は医学部合格したら考えてやるって。まあ、あの成績じゃ絶対無理と高を括っていたんだけどね。

ところが現役は無理だったけど、一浪して合格したのは本当にビックリした。その時に少し考え直したの。やっぱり医者ってイイやん。ダサイのを埋め合わせるぐらいの価値があるんじゃないかって。やっぱりさぁ、医学生の彼氏がいれば自慢できるしさ、見せさえしなければみんなは羨ましがるだろうって。そうやってOK出してやったら和雄君、飛び上って喜んでた。そりゃ、高校の時から夢中だったから当然と思うけど。そこからは私をまるでお姫様の様に扱ってくれたの。悪い気はしなかったよ。うん、正直に言うと気分良かった。

でもね、私が卒業しても和雄君はまだ三年やん。卒業までまだ三年もかかって、そこから一人前になるまで長いのよね。そこまで待つのは気が重いのが本音だったの。そこに今の旦那が現れたわけよ。考えるまでもなかったわ、あんなダサイのを待つより、そっちを選ぶのが当然じゃない。誰だってそうするに決まってるやん。

でも旦那との結婚は失敗になっちゃったから、和雄君のことを考え直しても良い気になったの。十年経ったから和雄君も一人前の医者になってるやん。それに和雄君なら、あの頃のように私をお姫様扱いして大事にしてくれるに違いないって。別れの時の言葉はちょっと酷かったけど、あれぐらいなら和雄君ならきっと許してくれるはずだよ。だってさぁ、この私の方からわざわざ頼んであげるんだから、和雄君だって大喜びするに決まってるの。

でもさぁ、さすがに気にはなったんだぁ。でも会うのをOKしてくれたから心配はなくなっちゃった。だって会うというのは『根に持っていない』って事しかあり得ないもの。実際に会っても、あの時のことなんて話題にすらならかったわ。たぶんだけど、そもそもあの時の事なんて、和雄君にとっては大したものじゃなかったと思うの。よく考えなくと、この私に怒りを向けるはずがないもんね。むしろ話題に出して、機嫌を損ねることの方を怖がったんじゃないかしら。

ただちょっと意外だったのは即答でOKしてくれなかったこと。絶対に小躍りして喜ぶはずだと思っていたのにガッカリしちゃった。でもね、すぐ理由はわかったの。まだ離婚してないから、今の時点でOKしたら私の不貞になるのを心配したんだって。離婚調停に不利にならないようにOKしなかったんだわ。

だからね、絶対に和雄君はOKするよ。他の返事は和雄君には存在しないわ。和雄君はねぇ、私しか見れないの。それを知ってるから。なんかコトリちゃんと婚約まで行ってたみたいだけど振ってるでしょう。あれはね、私以外の女じゃダメってことなのよ。和雄君が愛せるのは私だけってこと。

そうそう、不妊症は笑ったけど旦那が種無しだったから。あんだけ愛人を作っても子どもが出来なかったので検査したらわかったの。私? 私は問題なしよ。さすがに私が不妊症だったらちょっとだけ格好悪いやん。それでも和雄君なら気にもしないと思うけど、まあ不妊症じゃない方が良いもんね。

もちろん和雄君も幸せになれるよ。だってこの私と結婚だから天にぐらい昇って当然でしょ。なぜか旦那が渋ってるから長引いているけど、この離婚調停が終わったら早く返事をもらおう。もらうまでもなくOKなのはわかってるけどね。

あの旦那のせいで十年間無駄にしたけど、その分を和雄君に早く埋めてもらわなくっちゃ。そうしてもらわないと私の人生台無しじゃない。和雄君はね、もともと私の物なの。私を幸せにするためだけに生まれて来てるの。その役目をやらしてあげるんだから感謝してもらわなくっちゃ。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20171117

2017-11-16 第3部後日談編:コトリの部屋にて〜コトリの休日

コトリの部屋にて

あぁ、今日も忙しかった。ここのところ出張やら、休日出勤やら、研修会やらでゆっくりできませんでした。やっと明日はまともな休日、ちょっと気分転換したいなぁ。こういう時に山本君がいたら、あっちこっち連れて行ってくれるのに。本当に私と終っちゃったのかなぁ。

それにしてもシオリちゃんの話には圧倒されちゃった。私って山本君のことをなんにも知らなかったんだって。優しくて歴史好きでも十分だったけど、すっごい恋愛遍歴もってたんだ。みいちゃんだってそうだし、あのシオリちゃんもだよ。私はみいちゃんより、シオリちゃんが山本君を好きで付き合ってたって話の方が百倍ビックリしたもん。シオリちゃんって高校のダントツのトップアイドルやん。

たしかに私のことを天使と呼んでた男子もいたけど、シオリちゃんになると女神様だもんね。顔は言うまでもないけど、スタイルも抜群で女の私でも見惚れそうになるぐらいだもん。女優さんでもあそこまでの美人はいないんじゃないかなぁ。山本君も好きだったんだろうな。でもなんで二年も一緒に住んでなかなか手を出さへんかったんやろ。好みじゃなかったのかな。いや、そんなはずはないと思う。シオリちゃんの美しさは好みの問題なんて超越してるもん。山本君のわかんないところやな。

もっと気になったのはシオリちゃんが今でも山本君を好きだってこと。それだけは間違いなく言えるわ。あれって好きなんてもんじゃないね。心の底から惚れてるって感じよ。みいちゃんもそうだけど、なんで山本君にあそこまで入れ込めるんだろう。そりゃ、他人のことは言えないかもしれないけど、そこまでイイ男なのかな。でもみいちゃんはともかく、シオリちゃんまでだから、きっと私のまだ知らない魅力があるのかもしれないね。

そういえばカズ君だったっけ。いいなぁ、私もそう呼ぼう。だってプロポーズまで受けているのに未だに山本君はないもんね。シオリちゃんに悪いけど私もカズ君と呼ぶことにする。だって私は正式の婚約者だもん。その婚約者やけど。本当にまだ婚約者なのかなぁ。でもこの指輪は夢じゃないし、どうみても本気過ぎる指輪だもん。シオリちゃんに見せたらビックリしてたもんね。私だってもらった時は指輪の値打ちどころじゃなかったけど、後でちょっと調べて驚いたもん。完全に特注で間違いないよ。いくらしたんだろう。

それにしてもシオリちゃんはなんとかするって言ってくれたけど、あれから連絡ないなぁ。シオリちゃんも忙しそうだし。また外国への撮影旅行でも行ってるかもしれないね。まさか焼け木杭に火が付いたとか。それでも仕方がないかもしれない。山本君じゃなかった、カズ君の話をする時の目はゾクッとするほど輝いてた。いやメラメラと燃えてたもん。

私、これからどうしたらイイんだろう。なんとなく、みいちゃんだけには渡したくないわ。シオリちゃんならどうだろ。私がシオリちゃんほどカズ君を思っているかどうかと言われると自信なくなっちゃうの。そりゃカズ君はイイ人よ。それだけは間違いないわ。優しいし、親切だし、私のことを大切にしてくれてたのはわかってる。職業だって医者だから親にだって堂々と紹介できるやん。結婚相手として玉の輿って言う人もいるけど、実際そうかもしれないと思うもん。

でもね、カズ君に、みいちゃんどころか、シオリちゃんみたいなライバルがいるとはまさか思わなかった。なんとなく私よりシオリちゃんの方がイイ気がするの。振られて何年も、何年もしても待ち続け、あれだけ想い続けるなんて私には想像できないもん。こればっかりは二年も一緒に暮らしたシオリちゃんだからわかる事がきっとあるんだろうなぁ。それだったら、私も結婚して一緒に住めばわかるんだろうか。そうだったら、やっぱり渡したくないなぁ。知ってみたいもん。

もう寝よう。ここのところ、時間があると同じ事を考えてる気がする。明日はせっかくのお休みなのに、やっぱりカズ君のいない休日はつまらない。


コトリの休日

天気も良いし、家に籠っていても仕方がないからちょっとお出かけ。ただ選んでしまったのは鉢伏山。ここはカズ君と最初にハイキングに行った山。今日はあの時の服装と全く同じ、ハイキングに行くなら山ガールスタイルをばっちり決めようと張り切ってそろえたっけ。カズ君が目を丸くしていたのを覚えてる。

カズ君はと言うとダランとしたジーパンにブカブカのシャツ。カズ君はホントにオシャレのセンスがないの。あの日の服装もよくよくパーツを見ると決して安物じゃないの。私より高いもんじゃないかと思うぐらいだけど、トータルしたら、どうしたらこうなるかわからないぐらいダサイの。逆の意味で天才かもしれない。付き合ってからだいぶアドバイスしてマシになったけど、どう頑張っても最後のところが映えないのよね。たぶん体にピッタリした服が好きでないのが原因だと思うんだけど、どうしても嫌がっちゃうの。嫌がるもんだからそこが締まらないのじゃないかと思ってる。

じゃスタイルはどうかというと、案外なのよね。そりゃ、さすがに細マッチョとは間違ってもよう言わへんけど、腹は締まってるし基本的に筋肉質なんだ。あんだけピッタリした服を嫌がるから体もブヨブヨかと思ってたら、見てみたら意外だったのを覚えてる。

体力もあるんだ。私もマラソンやってるから自信があったんだけど、やっぱり平地と山道はちょっと勝手が違ったの。使う筋肉が違うからと思うんやけど、カズ君さっさと登っちゃうんだ。ついてくのに途中から必死になったのを覚えてる。ちょっと休もうって言ったら、そこからカズ君たら急にこまめに休憩とるようになったんだ。それも息を切らしながらよ。でもカズ君が本当は苦しくなかったのはすぐにわかったの。だって汗かいてないんだもん。なのにさ、

    「いやぁ、コトリちゃんにエエとこ見せようと思って無理したらへばっちゃった」

そんなとこまで気をつかっちゃうんだ。カズ君はいつもそうだった。どんな時でも先回りして気を使って、私が喜んでくれそうなサプライズをしてくれるんだ。でもそうじゃないかっていうと

    「タマタマだよ」

ウソばっかり。これは悪いと思ったけど、カズ君の部屋に行った時に、こっそりカズ君のパソコンを覗いたことがあるの。そこで私のフォルダーを見つけちゃったの。そこにはね、私を喜ばせる計画がいっぱい書いてあったの。今ままでのもあったし、これからのもあったわ。時間がなかったのでチラッと見ただけだけどビックリした。でも大事にしてくれるってこういうことかと思ってジーンときちゃった。

ふう、やっと山頂。あの時はここから展望台でランチにしたっけ。それから旗振山の方に行ったんだけど、その前に私がリフトに乗りたかったって言ったら、後日にキッチリまた連れてってくれたよね。私があれしたい、これしたいって言ったら、なんとかしてくれたよね。それも全部だよ、全部。してくれなかった事を思い出せないもん。

今日はリフトも展望台も行かない。あそこはカズ君とだけしかもう行きたくないし、行ったら思い出に押し潰されそうになるもん。なのに私はなんで鉢伏山に登ってるのかなぁ。もう下りよう。下り道は義経道。人通りが少ないなぁ。あん時もこんなに少なかったっけ。あん時はカズ君がいたから全然気にならなかったのに今日は凄い気になるよ。こんなに寂しい道じゃなかったはずなのに、カズ君と歩いた時にはあんなにワクワクしたのに。

やっと安徳宮。傍らに皇女和宮の銅像があるんだけど、何気なく由来をカズ君に聞いた時にこれもビックリ仰天させられたのを覚えてる。だってさ、あの時は一の谷合戦の話のために登ったんだよ。それなのにこの像を誰がいつ頃作らせて、誰が作者で、全部で五体あって、その行方がそれぞれどうなってって、サラサラ出てくるんだよ。まるで誰でも知ってる話みたいにさ。なのに、

    「タマタマ調べたことがあるから」

そんなことはないのは後でよくわかったもん。どこに行って、何を聞いても、いつもサラサラと出てくるんだよ。あん時に思ったんだ、これはハイキングじゃなくてフィールドワークだって。そう、カズ君が教授で私が学生って感じ。私も社内では歴女で通ってたけど、カズ君の歴史知識はレベルが違ったわ。カズ君の話についていくのに必死だった。でも楽しかった。歴史の本当の楽しみ方を手取り、足取り教えてくれたもん。おかげで社内の歴女仲間の会話が急に幼稚に思えちゃったの、歴史好きのおじさん連中もね。あんな時間を永遠にカズ君と楽しめると思ったのに。

さすがにお腹も減ったから”toothtooth”でお茶にしようっと。レスカでケーキセット。やだ、あの時と同じ注文しちゃった。でも今日は一人。どうして一人なの、どうしてカズ君はいないの。今日だってヒョットしたらカズ君が来てるかと思ったんだよ。さすがにバーで会うのは気まず過ぎるから、この太陽の下で『偶然』会えないかと思っちゃったの。でも来てるわけないよね。

でもやっとシオリちゃんがカズ君の事を、あんなに想い続けている理由が少しだけわかった気がする。カズ君のあの気づかいを同じ屋根の下で二年間も受け続けたら誰だって好きになるよ。抱きたいはずなのに二年も我慢して待ってくれたら誰でも感動するよ。カズ君が優柔不断だって、そりゃそうかもしれないけど、あそこまでいくと格が違うよ。

やっぱり私、何があっても取り戻したい。みいちゃんにも、シオリちゃんにも譲らない。だってだって私は、カズ君に選んでもらった唯一人の婚約者だもん。ちょっとファイトが湧いてきた気がする。またあの時間をカズ君と過ごすんだ。あの時間を誰にも渡したくない。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20171116