新小児科医のつぶやき

2018-01-18 リンドウ先輩:忘れ物

    「お前ら三人、正気か。ブランクが二年以上もあるんだぞ。それに夏の予選まで二か月ぐらいしかなんいだぞ」
    「わかってるよリュウ、それでもボクらは野球をやる」
    「あのヘッポコ野球部だぞ。オレらが入学してから勝ったことがないんだぞ」
    「正確には十年連続初戦敗退、五年連続コールド負けだ」

三人から相談があると言われて聞かされたのが野球部入部。気でも狂ったとしか思えんわ。

    「お前らが野球をやるのは勝手やけど、あのヘッポコ野球部には監督もいないんだぞ」
    「監督は経験者の頭数と、ピッチャーがそろえば来る。ピッチャーは一年の古城と言うんだが、ヒロシが見てもなかなか良さそうだ」
    「誰が監督になるというんや。近所の野球好きのオッサンか」
    「竜胆駿介だ」
    「えっ、竜胆駿介って、まさか、あの魔術師・・・」
    「そうだ。無名だった晴嵐学園を三年で全国制覇に導き、あのおんぼろチームの光成産業を都市対抗で大暴れさせた名監督だ」

野球を知っている者として竜胆駿介の名は、それぐらい有名で憧れになるんだよ。その名前を聞いただけで体のどこかが疼いてしまうのを止めようがなくなるんだ。そりゃ、夏海だけではなくて秋葉も、さらにあの冬月でさえそうなったのがよくわかる。

    「でも竜胆駿介は随分前に野球から離れたと聞いてるぞ」
    「竜胆駿介はリンドウさんの叔父さんで、今は酒屋をやられてる。これをリンドウさんが野球部のために死に物狂いで口説き落としてくれた。もっともリンドウさんは、竜胆駿介がどれほどの監督だったかは知らなかったようだが」

リンドウがオレたちを執拗に勧誘していた理由は、魔術師竜胆駿介を引っ張り出すためのものだったんだ。リンドウも監督の名前を出してくれれば良かったのにと思ったけど、名前を伏せる条件と、リンドウ自身が竜胆駿介を何者かを知らなかったんじゃ仕方がないか。

さらに冬月はリンドウの夢を話した。あの野球部を甲子園に連れて行くこと。どう考えたって無謀の極みだが、竜胆駿介が監督になるのなら夢とは言い切れなくなる。今年は無理でも三年もあれば確実に連れて行くと思う。それぐらいの手腕が竜胆駿介にはあり、だから魔術師と呼ばれてるんだ。

    「竜胆駿介か。リンドウも凄い大物を引っ張り出してくれたものだ。そういう事なら、お前らの気持ちは良くわかる。野球をやってる奴で、その名前を聞いて心が動かへん奴はいないだろ。でもオレは無理だ。この肘じゃ野球は無理だ」
    「リュウ、お前は野球をやるべきだ」
    「だから無理だって」
    「ピッチャー以外にもポジションはある」
    「だけど・・・」

冬月がオレの目を見てる。

    「リュウ、ボクたちが野球をやめたのはお前に同情したからではないよ」
    「なにを言ってるんだ」
    「あの夏の地区大会で決勝で断念したんだ」
    「どういうことだ」
    「あんな化物相手じゃ野球で食えないってことだ」

あのピッチャーはたしかに化物だった。

    「あの時に野球は断念したけど、ボクらはあの試合に忘れ物をしてるんだ。リュウよ、一緒に取りに行こう」
    「忘れ物?」
    「そうだ忘れ物をしている」

あの夏の記憶がよみがえってくる。あの時の忘れ物、それは一つしかない。ずっと心の奥底に燻りつづけている忘れ物。忘れようとしても忘れられないもの。それはオレだけじゃないのか。

    「ススムも忘れ物をしていたのか」
    「そうだ。もう取りに行けないと思っていたが、今なら行ける」
    「ダイスケも、ヒロシもか」
    「ラストチャンスやと思ってるで」
    「オレも一緒でエエんか」
    「一緒じゃなきゃ意味がない」

オレは涙が溢れるのを止めようがなくなった。

    「オレは、オレは、野球がやりたかったんだよ。この肘さえなんとかなれば、うちのヘッポコ野球部でもやりたかったんだ。いやこの肘でもやりたかったんだ、でも無理やりやめたんだ・・・」

あかん泣き声になってもてる。

    「お前らはオレが野球を出来ないのに同情して、バンドに付き合ってくれてたとずっと思ってた。それはそれでありがたかったんだ。オレも野球をあきらめようと努力してた。でもリンドウに誘われただけでオレは動揺してしまったんだ」

みんなはじっと聞いてくれてる。

    「本当なら野球ができるお前ら、とくにダイスケやヒロシにあれだけ付き合ってもらってるのに、オレだけ今さら野球なんて口に出来なかったんだ。そんな事を・・・」
    「悪ない、悪ない、オレはドラム叩くよりミット叩く方が好きやから」
    「オレもそうや、ギターよりやっぱりバットや」
    「それにバンドは春の文化祭でキッチリやるし」

みんな、ありがとう。オレがみんなと一緒に野球ができる日がまた来るなんて、それもあの忘れ物を一緒に取りに行けるなんて夢じゃないだろうか、

    「ダイスケよ、甲子園か」
    「たぶん無理やろけどリュウ、ちょっと夢を見てもエエかもしれん」
    「夏までやしな」
    「でもブランク大きいで」
    「竜胆監督やったらなんとかするんちゃうか」
    「どんなマジック見せてくれるんやろか」
    「なんかワクワクしてきた」
    「竜胆マジックをまさかこんな学校で味わえるなんて夢とちゃうやろか」

リンドウは知ってやったわけじゃないみたいだけど、心の底から感謝したい。野球をする者に最高のプレゼントを贈ってくれた。それもこんな無名の学校のヘッポコ野球部にだ。これで心が動かなければウソだ。信じられないことが起こり、野球のフォア・シーズンズはついに復活したんだ。

    「しかしダイスケやヒロシはともかく、ススムがまた野球をやるのは意外だったな」
    「ボクは音楽と同じぐらい野球を愛してる。愛してる野球でやり残したものを出来るチャンスが訪れれば当然やるさ」

冬月は相も変わらずクールな表情で、

    「野球の話はこれで終わり。文化祭のステージの演出の話をやろう」

オレと、秋葉と、夏海は口をそろえて

    「オマエ、なんでそんなに切り替え早いねん」
    「そうか」

冬月はさっきの話なんてなかったかのように、バンドの話をまとめていきました。冬月は昔からそうなんだ。オレや秋葉、さらにあの沈着冷静そうに見える夏海でさえ、すぐにのめり込んで燃えるタイプなんやけど、冬月はどこか醒めてる感じがあるんよ。

でもそうかといえば、今回みたいな事をサラッとやるんだよな。夏海は責任感が強くて、みんなのまとめ役だけど、冬月は冷静な名参謀ってところ。でも冬月の血が冷たくないのはオレが一番良く知ってる。ひょっとしたら一番熱いかもしれないとも思ってる。

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2018-01-17 リンドウ先輩:冬月の家にて

    「あれ、リュウの奴は来てないのか」
    「あえて呼ばなかった」

今日は冬月が是非相談したいことがあるからと、冬月の家に集まったんだ。そうそうオレは夏海大輔、バンドのリーダーでボーカル兼ギター担当してる。中学の時は野球部のキャプテン。

    「ボクは野球やろうと思ってる」
    「なにを言い出すんだススム」

おれは冬月の言葉に驚いた。冬月は天才肌のプレーヤーでピアノを選ぶか野球を選ぶか悩んでた。チームの強化のためにオレは必死で口説き落としたんだ。高校になりキーボードを担当してもらってるが、冬月は野球より音楽の方が好きだと思ってた。

    「リンドウさんに誘われたからか」
    「そうだ」
    「今さらだぞ」
    「そうだ、今さらでもだ」

冬月はいつもクールで感情を表情に出さないタイプ。表情だけでは真意が読み取りにくいのだが。秋葉も不審そうに、

    「オマエ、リンドウさんが好きなのか」
    「いや、悪いがタイプではない」
    「じゃ、なぜ」

冬月の意図は読めない。

    「前に決めたやんか。文化祭のステージが終わったらフォア・シーズンズは解散して受験勉強に専念しようって」
    「そうだよススム、お前も賛成したやないか」

冬月は少し間を置いてからおもむろに話しはじめた。

    「バンド名決める時のことを覚えてるか」

あの時は、いろいろ考えた。やっぱり名前は大事ってところ。あれこれ意見が出たんだけど、春川がフォア・シーズンズにするって猛烈に頑張ったんだ。バンド名として軟らかすぎるってみんな反対したけど、春川が『どうしてもって』いうから渋々同意したぐらいだった。

    「あのときにリュウがフォア・シーズンズに、なぜこだわったか考えた事があるか」
    「そりゃ、オレたちの栄光の時代だからじゃないか」
    「その通りだ。でもそれだけじゃないと思う」
    「他に何があるんだよ」

冬月は静かに話しを続けた、

    「あの夏、ボクたちはそれぞれに故障を抱えていた。そのために十分な力を発揮できなかった。そのために地区大会で敗退せざるを得なかった」
    「それはもう済んだ話だよ」
    「そう済んだ話だ。でもあの時に一番責任を感じていたのはリュウだ。リュウは自分さえ故障しなければ全国ぐらいは行けたと思ってる」
    「リュウを責める気なんてあらへんよ。故障はお互い様だし」
    「そうだお互い様だった」
    「それ以上、なにがあるって言うんだ、ススム」

冬月はなにを言いたいんだろう。

    「あの時の故障はそれぞれ重傷ではあったが、ボクら三人は時間さえかければ治るものだった。しかしリュウは違う。リュウの肘は完全には元には戻らない」

オレも秋葉も黙り込んでしまった。

    「ボクたち四人はあの夏で野球を断念したが、実は理由が違う。リュウは元に戻らない肘が理由だが、ダイスケ、ヒロシ、お前らはそうじゃないだろう」

胸に苦いものが込み上げてくる。故障も原因の一つなんだが、あの地区大会の決勝の三番手投手の球に、自分の才能の限界を思い知らされた部分が大きいんだ。あんな化物がこれからの競争相手の世界では野球じゃとても食っていけないと痛感したんだ。

    「リュウはホントは野球をしたいんだよ。だからフォア・シーズンズなんだ。したくても出来ない自分をせめてなぐさめるために、バンド名としてフォア・シーズンズを残したんだ」

そうだったかもしれない。

    「リュウも懸命に野球を忘れようとしたんだろうが、リンドウさんが現われてしまったんだよ。リュウは、やりたくて仕方がない野球に誘われて、できない自分にいらだってるんだ」

そういえばリンドウの勧誘攻勢が始まってから春川のイライラはひどいからな。春川は『リンドウのせいだ』と言ってるが、あれはリンドウの持ってくる野球の臭いのせいなんだ。まあ、あれだけ猛烈な勧誘攻勢を受ければオレだってぐらつく部分はあるぐらいだしな。

    「もう一つあるんだ。リュウはオレたち三人がリュウに付き合って野球を断念したと思い込んでるんだ」
    「そんな」
    「ボクはそう見えてしかたがない」

だからって、今さら野球じゃ

    「ボクはリュウをもう一度グランドに呼び戻したい」
    「でもリュウはやらないんじゃないか。あの肘じゃ、悪いがもうピッチャーは無理だ」
    「だからボクは野球をやる」

冬月の言いたいことがボンヤリとわかってきたけど、それだったら春川と冬月がやれば良いだけの話で、オレや秋葉は必ずしも必要ないじゃなかい。

    「なぜ四人ともなんだ」
    「リュウが野球を再開するには、リュウが付き合って野球をやめていると考えてるボクらが野球をやる必要がある」
    「リュウへの義理立てか」
    「違う、ボクは野球がやりたい」

冬月の言葉は省略が多すぎてわかりにくい時があるから困る。ストレートに聞いてみるか、

    「どうもわかりにくいんだが、何が言いたいんだ」
    「ボクはあの夏の決勝に忘れ物をしてるのを思い出した。あれをどうしても取りに行きたくなった」

オレと秋葉はじっとあの試合を思い出していました。

    「そういうことか」
    「そうだ」

冬月の話がやっとわかった気がする。

    「それならオレだって」
    「オレもだよ」

冬月は最後に

    「あれはボクたち四人が一緒に取りに行かなきゃならないんだ」
    「だからリュウを引っ張り込む必要があるんだ」
    「わかってくれて、ありがとう」

冬月の家からの帰りに秋葉と話していたんだが、

    「ダイスケ。ススムも水臭いと思わへんか。あんなクドクド言わんでも、ストレートに『一緒に野球をやろう』で良かったんちゃうか」
    「それで即答で野球やったか」
    「どういうことや」
    「たぶん、あ〜や、こ〜や、渋ったんちゃうやろか」
    「言われてみれば」
    「ススムのやり方やんか」
    「そういうことか」

秋葉は上手いこと乗せられたんかと笑とったが、オレはちょっと違うことを考えてた。冬月のやる気は本物や。なにがなんでも野球に誘い込む気だったんじゃないかと。そりゃ、あんな話を聞かせられたら、あの冬月でもそうなっても不思議ないと思うわ。それにしてもリンドウには感謝せなあかん。冬月の言う通り、あの夏の決勝にオレたちが置き去りにしてしまったものを、間違いなく取りに行かせてくれるはずや。そのために春川は欠かしたらアカンねん。

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2018-01-16 リンドウ先輩:突破口はどこ

フォア・シーズンズ説得も一筋縄には行きそうにないんやけど、一番手強そうなのが冬月君。残りの三人はゴリゴリ押しまくればなんとかなりそうというか、どっかで火が着いてくれそうな感触もあるんだけど、冬月君はどうもタイプが違うのよ。

    「冬月君、一緒に野球やろうよ」
    「どうして野球なのかい」
    「もちろん、甲子園を目指すのよ」
    「ボクも春のステージが目標だからお互いに夢をかなえよう」

春川君みたいに邪険にはされないんだけど、どう頑張って迫ろうとしても綺麗に野球と一線を引いている感じなのよね。

    「野球好きだったんでしょう」
    「嫌いじゃなかった」
    「だったら一緒にやろうよ」
    「悪いけど、野球より音楽の方をずっと愛してるんだ」

これもフォア・シーズンズを説得しているうちに知ったんだけど。冬月君のピアノはかなりどころじゃないぐらい本格的だったみたい。もちろん野球も出来たからやってたけど、どうも冬月君はもともと野球より音楽の方が好きだったみたいって言ってた。

    「でも野球もあんだけやってたじゃない」
    「人生は可能性を試してみないとね」
    「野球はダメだったの」
    「音楽を選ぶべきと判断したんだよ」

とにかく表情が変わらないのよね。もちろん無愛想とは無表情とは程遠いんだけど、心の動きを相手に読み取らせてくれない感じ。交渉とか、説得で相手の表情を読むのは得意なんだけど冬月君は手強い。

    「野球でやり残したことはないの」
    「二年の時に全国大会にも行けたし、県選抜でアメリカ遠征にまで行けたのだから、十分満足してるよ」

それで音楽より興味の順位が低かった野球は満足していると言われると、次の言葉が畳みかけにくいのよね。

    「でも三年は地区大会で終ってしまったのは悔しくないの」
    「あれも今となっては、良い思い出さ」

冬月君は『貴公子』って呼ばれてるぐらい、ダンディで、ジェントルマンなのよね。フォア・シーズンズの他の三人、とくに秋葉君なんて今からキャッチャーミット構えたって似合いそうだけど、冬月君は、そもそも本当に野球をやっていたのと聞きたいほど匂いが違うの。

こうやって説得すればするほど、悔しいけど冬月君が野球をやっていたのが間違いで、ピアノを弾くのが本来の道の気がしてしまうのよね。どう見たってそっちの方が似合ってるもの。ウチから見たって、今から汗と泥にまみれて甲子園が似合うタイプとは思えないのよ。

ここであきらめたらウチの女が廃ると言いたいけど、残り三人の説得に全力を傾けた方が良い気もしてる。冬月君がダメでも後の三人が入ってくれれば、駿介叔父の九人条件を一人越える十人になるし。でもなんとかならないかなぁ。冬月君だって野球に対する心の琴線がどこかに残ってるはずなのよね。でもこれだけ、あれこれ説得材料を並べても、かすってる気さえしないのよ、ホンマ。

残念で仕方がないけど、ホントに野球への興味は完全に失くしちゃったのかもしれないと最近は思い始めてるの。もうちょっと頑張るつもりはあるけど、希望は他の三人を説得できたときに、ついて来てくれないかぐらいかな。でも、そんなキャラに冬月君はまったくって言うほど見えないのよね。

ただね、一つだけ可能性はありそうな気はしてるの。駿介叔父の監督就任は決定するまで伏せといてくれって言われたんだけど、話の流れでつい口が滑っちゃったの。

    「監督だってくるんだよ」
    「良かったね、やっぱり野球部には監督がいなくちゃね」

そこから社会人野球で活躍していたとかの話には冬月君は無反応だったんだけど、

    「ウチの叔父さんなの」
    「御親戚かい?」
    「そうよ、親父の一番下の弟。今は酒屋さんだけど」
    「じゃあ、苗字も同じ?」
    「そうよ、駿介叔父さんていうの。渋られて、渋られて。それと、これは内緒にしてほしいんだけど監督就任まで名前は伏せといてくれって言われるし、就任のための条件まで付けられちゃって・・・」
    「それは大変だったね」

この時だけ冬月君の表情がほんの一瞬だけ動いた気がするの。微妙過ぎるんだけど、ウチにはそんな気がする。後は流されちゃったんだけど、どうして冬月君は駿介叔父さんの名前を知ってたのかなぁ。駿介叔父さんが野球やってたのは知ってるし、どこかで監督やコーチをやってたぐらいまでも知ってるけど、具体的にどこのチームでどんな活躍してたかは、ほとんど話してくれないの。ウチはとにかく監督の経験者みたいだから白羽の矢を立てただけ。

だってさ、本当に出来る監督だったら酒屋なんてやってないでしょ。そうそう、監督やコーチやってたのも随分前のお話だもんね。その点では不安もあるけど他に頼める人がいないもんね。まあ、冬月君が駿介叔父さんを知ってるのは酒屋の方かもね。そっちだったらわかるのよ、市内というかこの近辺では結構有名だからね。なんとなく、酒屋の店主が監督するって話に興味を持っただけの気がする。

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2018-01-15 リンドウ先輩:フォア・シーズンズ

オレの名前は春川流。流は『りゅう』って読むんだ。小学校からの野球少年で、中学でも一年からベンチ入りしてた。ポジションはピッチャーで二年の時にはエースナンバーを付けてた。野球部でオレの学年は黄金世代と呼ばれてて、キャッチャーに小学校からバッテリーを組んでいた強肩の秋葉浩、サードには強打の夏海大輔、ショートには軽業師と呼ばれた冬月進がいた。夏海と冬月が組んだ三遊間の守備は鉄壁と呼ばれたもんだ。

二年の時には県大会を突破し全国まで進んだんだ。全国では二回戦で敗れたが、三年になれば全国制覇も夢じゃないと思ってたよ。オレら四人は苗字に春夏秋冬が付いてるので『フォア・シーズンズ』とも呼ばれることがあるけど、これは二年の時に付いたものなんだ。

二年の時に県選抜が結成された時に四人も選ばれ、アメリカ遠征が行われた。この時に四人とも大活躍したんだけど、その時のアメリカの歓迎会で、

    「名前の漢字にはそれぞれ意味があるのですよね」

県選抜が行くぐらいだから、友好協会が世話役やったし、それなりに日本を知ってる人が司会してたんで、こんな質問が出たぐらいかな。いうても中二やからたいした英語も出来なかったんやけど、苗字を英語でいうことになったんや。単純やけど、

    「スプリング・リバー」
    「サマー・シー」
    「オータム・リーブス」
    「ウインター・ムーン」

これが妙に受けて、

    「オー! イッツ・フォア・シーズンズ」

てな感想になり、取材に来ていた現地のメディアに取り上げられて見出し記事になり、その記事が地元のローカル紙でも報道されて定着したぐらいのお話。この時の笑い話として、県選抜のメンバーに岡本ってのいたんだけど、

    「ヒル・ブック」

こうやらかして、『本はブックとちゃうやろ』って突っ込んだのを覚えてる。でも岡本をなんて訳すんだと言われて詰まったのも確かやけどな。

さて新チームが結成された時にオレは引き続きエース、夏海は主将に選ばれた。オレらの目標は当然だが全国制覇だった。そのために猛練習が行われ、実力も確実についた実感はあったよ。練習試合でも連戦連勝だった。またチームとしての目標は全国制覇だったが、オレら四人の目標はプロを目指すことで、そのステップとして全国制覇した実績をもって野球強豪校に入る事もあったんだ。

しかし話は青春ドラマのようには行かなかった。秋葉は練習試合のクロスプレーで膝を痛め、夏海は肩に違和感を感じ始め、冬月は腰の痛みを訴え始めていた。痛み止めを使いながら練習は続けていたが、三人とも良くなるどころか段々に悪くなってた。それでもエースのオレが健在であれば県予選ぐらいは突破できたはずなんだが、オレの肘も地区大会の準決勝ぐらいから痛み始めてしまったんだ。

四人とも爆弾を抱えながら地区大会決勝に臨んだんだが、相手のピッチャーはなかなかの好投手だった。投手戦の様相となったが、オレの肘は回を追うごとに痛みが増し球威が目に見えて落ちていくのが自分でも良くわかった。先につかまったのは悔しいけどオレの方で五回に三点を失ってしまったんだ。ただ相手の投手も疲れからか球威が落ち始め、七回に同点、八回表には夏海のホームランが飛び出してついに逆転。

このままってところだったんだが、八回裏になるとオレが投げるのも辛い状態になり二点を失って再びリードを許す苦しい展開。残す攻撃は九回表のみ。土壇場まで追い込まれたけど、相手のエースもかなりヘバっていたから、まだチャンスは十分あると考えてた。

そしたら相手のエースが出て来ないんだ。後で聞いたら肩の痛みでついに投げられなくなったそうだ。オレも厳しい状態だったが、相手も大変だったようだ。だからリリーフが登板したんだけど緊張からか乱調で、フォア・ボールとデッド・ボールであっと言う間に無死満塁。打順は三番秋葉、四番夏海、五番オレの願ってもない逆転のチャンスを迎えたんだよ。バッターボックスに向かった秋葉を見送りながら夏海と、

    「ヒロシでひっくり返せるかな」
    「いやヒロシとダイスケの連続押し出しで逆転かも」

なんて話をしていたのを覚えてる。そうしたら相手は三番手のピッチャーを送り込んできた。まあだいたいどこのチームでも三番手となるとかなり質が落ちるんだけど、そいつの投球練習を見て三人で笑ってた。

    「なんじゃ、アイツ、ホンマにピッチャーかいな」

どう見たって、投球をしているというより、ノンビリとキャッチボールをしているようにしか見えなかったんだ。そういえばブルペンで投球練習すらやってなかったから、急遽登板になったとしか考えられなかった。相手も二番手投手がストライクも入らない状態だったから変えざるを得なかったんだろうが、あれじゃ代える意味があったんだろうかってところ。秋葉が

    「オレで決めてくるわ」

こう言ってバッターボックスに向かっていったのをよく覚えてる。プレイ再開になってから、オレたちは信じられないものを目にすることになるんだ。その三番手ピッチャーはキャッチボールのようなノンビリしたホームから凄まじいスピードボールを投げ込んで来たんだ。秋葉も、夏海も、オレもバットにかすりもしなかった。三者連続三球三振でゲームセット。オレたちフォア・シーズンズの中学野球は終ってしまったんだ。最後のバッターとなったオレは茫然と立ち尽くしていた。

四人の怪我は思った以上に深刻だった。痛いのを無理したので相当悪化させてたらしい。医者は二度と野球は出来ないまでは言わなかったが、少なくとも卒業までは練習すら禁止にした。オレたち四人はガックリきて野球はこの時点で断念することにしたんだ。プロも夢見てたんだが、こんな体じゃ到底無理ってところ。

四人とも勉強は出来ていた。というのも狙っていたのがシステム科学大学(SSU)附属だったからだ。ここは野球も強いが進学にも強いところだったからだ。今からでもSSU附属進学も可能だったが、もう野球との未練を断ち切るために県立の進学校である明文館に進むことにした。野球部からも勧誘されたが断った。で、オレたち四人は中学まで野球一色で出来なかったことをやろうと言う話になったんだ。

夏海が言いだしたんだが、アイツはあれでって言えば怒るだろうがギターが弾けるし、結構歌も上手い。冬月のピアノは野球と変わらんぐらい上手いし、オレも兄貴がギター好きだったから少しは弾けた。あとは秋葉にドラムをやってもらえればバンドが組めるってプランだ。

秋葉の親父さんは若いころにバンドやってた時期があったみたいで、家にドラムセットが残っているのを知ってたんだ。秋葉の親父さんに頼んだら今でも使えるし、快く貸してくれることになった。秋葉はかなり嫌がったけどなんとか説き伏せて、ついでに秋葉の親父さんに手ほどき頼んどいた。あのオヤッさん『まかしとき』って嬉しそうやった。横で秋葉がベソかきそうになってたのは笑ったけどね。

みんな久しぶりだし、とくに秋葉は初心者だったから時間はかかったけど、三か月もすればそれなりに形になってきた。そこで軽音楽部に入部してグループ名をフォア・シーズンズとして活動を始めたんだ。現在の構成は夏海がギターとボーカル担当、オレがベース、ドラムが秋葉で、キーボードが冬月。ずっとこのメンバーで活動してて、校内ではかなりの有名人気バンド。目標はもちろん春の文化祭でのステージだ。

練習にも熱が入っているところなんだが、一人ウルサイのが最近絡んでくるんだよ。野球部のマネージャーのリンドウなんだ。リンドウはただのマネージャーじゃなくてGMと言ってるけれど、目的は野球部への勧誘。これが、もう堪忍してくれなんだよ。

    「・・・春川君、文化祭が終わったら野球部手伝ってよ。お願い」
    「野球はもうやらないの」
    「でも凄いピッチャーだったんでしょ」
    「もう忘れたよ」
    「じゃあ、思い出して」
    「バンドの練習あるからこれぐらいにしてくれないか」
    「じゃあ聴いてる」

こんな調子で毎日毎日だよ。バンドの練習中もちょっと一休みになれば、待ってましたとばかりに野球部勧誘を始めるんだよ。もちろんオレだけでなくて他の三人にもだよ。オレは鬱陶しくてたまらないから、

    「もう、出てってくれ」

こう何度も言ったけど、それこそ蛙の面にションベン状態でニコニコしながら野球部への勧誘を懲りもせずに続けるんだよ。オレはもうイライラしてバンドの練習さえ気が散って困ってる。

リンドウの勧誘だけど、放課後だけじゃないんだ。休み時間や、昼休みも追っかけまわされるんだ。それこそ昼飯食ってる間も隣に座り込んでやり続けるんだよ。クラスが違うと言っても気にもしやがらないんだ。なんか最近ではリンドウが絶対来ない授業中の方がホッとするぐらいで、休み時間にリンドウが来なければ、

    「助かった」

こう感じるぐらいなんだ。もちろん、オレのところに来てないということは、他の三人が被害を受けているってことだけど。他の三人にリンドウを追っ払う相談もしたんだけど、気の良いというか、女に甘いというか、

    「まあ、そこまで言わんでも・・・」

とにかくオレは野球なんて忘れたよ、オレたちは筋金入りのロックンローラーなんだよ。オレが愛するのはこのベースギターで、命を懸けるのは春のステージだ。

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2018-01-14 リンドウ先輩:部員募集

部員募集は予想通り大苦戦。進学校だから部活動はどこも低調で、体育会系なんてさらに低調なんだけど、一つだけ活発なところがあるんだ。それはサッカー部。世間も野球人気よりサッカー人気の方が上回ってるなんて抜かしやがるから、悔しいったらありゃしない。ウチに言わせればあんな球蹴りのどこがおもしろいのやら。

ボヤいてもしょうがないけど、サッカー部は強いんだよな。とくに二年に坂元って優秀なMFがいて、強豪校にも良い試合をやるんだよ。そういえば新人戦で強豪に勝ってたもんな。だからわざわざうちの高校にサッカーをやるために入ってくるのがいるぐらい。

この坂元がなかなかのイケメンで追っかけグループまで出来てやがるんだ。さらにだよ、その追っかけグループに二年の写真部の加納志織がいるんだよね。そうあの女神様だよ。だから女神の加納志織の追っかけもそっちについて行くし、サッカー部にも加納に見てもらいたいから入るってミーハーもいる始末なんだ。それも結構いるんだよね。

なんてったって、加納が被写体としても坂元を追っかけてるもんだから、部活動としての加納がサッカー部の練習に良くいるんだよね。試合なんかもそう。まあそれでなんか賞まで取ってるんだから文句も言いにくいんだけど。加納はサッカー部の顔みたいな感じになってるんだ。

そんなんもあってサッカー部は大勢力で大人気で予算もグランドも、サッカー部が大きく使っていて野球部なんて端っこでやってる始末なんだ。まあ四人しかいないんじゃ、さすがのウチも文句を言えないってところなんだけど、ホント悔しい。

で部員募集なんだけど、ウチも頑張って勧誘したんだけど、なんとか無理やり強引に引きずり込んだのが二人。とりあえず野球経験者なのが救いだけど、これ以上はどうにもならんかった。でもこれじゃ部員がまだ六人だよ。駿介叔父さんの条件に全然足りないの。後は入りたがらない奴を引っ張り込むしかないのよね。まあ、引っ張り込んだ二人も、入りたがっていたとはとっても言いにくいけど、それはこの際だから目を瞑っとく。

それでもね、耳よりの情報を聞きこんだんだ。今年の一年になかなかのピッチャーがいるそうなんだ。新入部員から聞いたんだが県大会まで進んだエース。名前は古城明っていうんだそうだが、こいつをなんとか引っ張り込みたい、いや引っ張り込んでやるんだ。たぶんそいつなら駿介叔父さんのピッチャーの条件を満たすと思うんだよね。

ただ高校に入ったら野球はやめて勉強に専念するとか言ってるらしいのよね。うちの学校そういう奴多いんだよ。だから引っ張り込むにも作戦が必要ってところなんだ。ウチの魅力でなんとかしたいんだけど、これも悔しいけど女神の加納みたいにはいかないんだよ。ウチだってブスじゃないつもりだけど、ウチが精一杯営業スマイルで頑張っても、加納が顔出していたサッカー部に地引網のようにさらわれちゃったからね。

しっかしサッカー部も汚いよな。タダでも人気があるのに加納まで使いやがって。加納は写真部だよ。それなのにサッカー部の勧誘にまで顔出しやがるんだ。そういえば加納がいるお蔭で廃部寸前だった写真部が今じゃ文化会一の大勢力だもんな。悔しいけど加納がいるだけで男が幾らでも集まるんだよ。

でも女の魅力で騙すのは作戦としてありだ。サッカー部だって写真部の加納を使ってるんだから、野球部だって外部の女を使って悪い理由はないってところ。内部で調達できへんのは結果が示してるし。さすがに加納はサッカー部の顔で定着してるから使えないとして、他は誰になるかだけど、うんと、うんと、とりあえず三年にはいないな。それぐらい加納は女のウチから見ても抜けてるからな。

二年なら・・・小島か! 陸上部のハイ・ジャンパーの小島知江なら加納に対抗できるかもしれん。そうだよな加納が女神なら、小島は天使のコトリだからな。加納とはタイプが違うけど人気は匹敵するもんがある。まあ陸上部だから加納みたいに野球部の常設の顔にするのは無理やけど、古城を引っ張り込むぐらいは協力してもらおう。小島だって同じグランドで顔を合わしてるんだから知らない仲じゃないし、

    「お〜い、小島」
    「なんですかリンドウ先輩」
    「ちょっと頼みがあるんやけど・・・」

小島は詐欺みたいだからとかなり嫌がったけど、なんとか無理やり説き伏せて協力を取り付けた。そいで古城のところに行って入部勧誘やったんだ。あれやこれやと嫌がる小島になんとか言わせたのは、

    「一緒にがんばろう」

これだけだったけど、さすがは天使の小島の威力は抜群で手もなく引っかかってくれた。男はやっぱりこの手に弱い。なんでウチやったらあかんのかは、悔しいけど考えんことにしとく。さて古城よ、悪いけどサインしたからにはこのウチが逃がさんからな。騙したのは悪いと思ってるけど、アンタの世話はウチがちゃんとしたる。ウチでも女やから、天使の小島よりちょっと、いやだいぶ落ちるけど我慢してくれ。とりあえず世話するだけやったら誰にも負けへんからな。

よっしゃ、これで七人。しかもピッチャー付。ちょっと条件に足らんけど、駿介叔父のところに交渉に行ってきた。駿介叔父はピッチャーが確保できた点を評価してくれた。なんだかんだと言ってもウチに甘いし、根が野球バカだし。

人数の点は引き続き努力して必ず確保すると粘りに粘り、とにもかくにも練習を一度見に来てくれることになったんだ。見に来れば必ず駿介叔父は引き受けてくれるはず。いいや見に来たら必ず『うん』と言わせたる。そうなるとGMとしてウチの次の仕事はフォア・シーズンズの説得。そりゃ、この四人を引っ張り込めたら一挙に部員は十一人になるし、駿介叔父の条件の経験者の頭数も増える。ファイトが湧いてきたぞ。

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