新小児科医のつぶやき

2017-12-18 第3部後日談編:天使は気づいた・・・

すぐに転がりもうと思ったんだけど、実際にやるとなるとちょっと無理かなぁ。シオリちゃんは身の回りの物だけで出来たけど、コトリも同じってわけにはいかないやん。どうしたってプチ引っ越しぐらいの荷物の量になってしまうもの。

カズ君の家は行ったことがあるんだ。2LDKでコトリも一緒に暮らすだけの広さはあるはずなんだけど、とにかく物が多くて。いや物と言うより本の量が多いんだ。もちろん医学書もあるんだけど、歴史関係とかの本がそれこそテンコモリ山積みされてるんだ。

婚約時代にもこの問題の話はしてて、結婚したらもっと広い新居を探さないと、どうしようもないってところなの。コトリも歴女だから歴史関係の本は興味があるし、読みたいんだけど、家のあれだけのスペースを占拠されると大変ってところなんだ。

そんなところにコトリの荷物を詰め込んだら、荷物と荷物の間で暮らす羽目になっちゃうもの。それはさすがに避けたいよね。そうなると本をどうにかしないといけないけど、転がり込むために急いで新居を用意してくれっていうのも変やん。

思いつくのはトランクルームでも借りて本を減らすとか、コトリの部屋に本を移すとかだけど、そうなってくるとカズ君の協力がないと無理なのよね。それにさぁ、そうなってくると本以外の荷物も整理することになるけど、これもカズ君の協力がいるのよね。

転がり込んでからコトリが荷物整理をやってもイイんだけど、いくら婚約者でも見られたら恥しい物ってあるやん。逆の立場だったら必死になって自分で整理するもの。結局のところ突然転がり込んでカズ君を驚かすのは難しいってところかな。

転がり込みは、カズ君に協力してもらって計画的にしないとしょうがないのよね。そこら辺まで考えてカズ君に相談したら、

    「ちょっと待ってくれ」

最初は荷物の整理に時間がかかると思っていたんだけど、ちょっと違うみたいなの。その時に重大な事に気づいたの。


コトリとカズ君とシオリちゃんの関係はユッキーの予言通りに進んでる。ここで気になるのはユッキーが見えたものがすべて確実な未来なのか、不確定要素があるものなのかなの。ユッキーが残した言葉は多くないから微妙だけど、ユッキーでもある程度から先は揺れ動いてた気がする。

それと予言の進行は自然かというと、そうでないのはもうわかるわ。コトリもシオリちゃんも抜け駆けを競ってた。でもどうしたって進めなかったのは間違いない。つまりユッキーの予言はそれを成就させるために何かの力が働いているとしか思えないわ。

何かの力の正体もわかってる。カズ君の心の中に住むユッキー以外に考えられないの。ユッキーは自分の次のカズ君の恋の成就のために影響を及ぼしているに違いない。ここでポイントは決して次の彼女が出来るのを邪魔をしようとしているわけでないこと。むしろ応援してるよ。

カズ君の入院からユッキーの死までの間にユッキーが会ったのはシオリちゃんだけ。コトリは会ってないのよね。これは仕方がないと思うけど、ユッキーはシオリちゃんがカズ君にベタ惚れなのをわかったと思うの。

シオリちゃんのお見舞いの時の大号泣事件はカズ君に聞いた時は笑い転げちゃったけど、あれを見れば誰だってシオリちゃんの想いはわかるやん。だからユッキーはシオリちゃんに最初は託そうと思った気がするんだ。

そりゃ悔しいけどシオリちゃんは誰が見てもイイ女だよ。コトリだってその点は素直に認めるよ。そんなイイ女がカズ君にベタ惚れだったら一件落着みたいな感じかな。ましてやユッキーはコトリがプロポーズまで受けている話を知らなかったはずだから。

でもシオリちゃんを通して私が見えた気がするの。いや見えたのよ。それだけでなくカズ君がコトリに想いを残していることも。なんとなくユッキーは迷った気がするの。女神もイイけど、天使だって悪くないぐらいかな。そこが、

    『あれっ、そっか、なるほど、そういうことか。たしかにどっちがイイかなぁ』

あの時点の勝負ならシオリちゃんに間違いなく勝っていた。ただカズ君がユッキーの傷を癒すにはどうしたって時間が必要だったんだ。この時間ばかりは待つしかないし、この時間の癒し手は悔しいけどコトリよりシオリちゃんの方が適任だったと認めざるを得ないわ。コトリがカズ君に再会するのに二年もかかったけど、それ以前に会っていてもどうしようもなかったかもしれないし、下手すりゃ、焦ったコトリがカズ君の傷を大きくしたかもしれない。

二年ぶりの再会の時でも、まだまだカズ君の心の傷は大きかったから、もっと早く会っていたら、コトリもみいちゃんのように脱落していたかもしれない。あそこまで会えなかったのは、ユッキーがカズ君の気持ちを汲んで、コトリが会っても大丈夫な時点を見計らっていた気が今はする。

このカズ君の回復を待つ時間に起こる事もユッキーは見えていたと思うの。シオリちゃんがカズ君との距離を着々と詰めること。なんかずっとシオリちゃんが先行していて、コトリが必死で追いかけてると思ってたけど、そうじゃなくてコトリがシオリちゃんに追いかけられてたんだ。

そこさえ見えてれば

    『シオリもそれじゃ辛いかもね。でも必ずしもそうなるとは限らないみたいだし』

ここの解釈はカズ君の癒しにシオリちゃんがあれだけ尽くしたのに、選ばれるのがコトリだから『シオリもそれじゃ辛いかもね』で間違いない。これに続く『必ずしもそうなるとは限らないみたい』は必ず起こる事ではなく、コトリがなんらかの理由でカズ君をつかみそこなった時にのみ起こるオプションみたいなものだったに違いない。

あの夜はまさに『シオリもそれじゃ辛いかもね』を実現させるためにコトリに与えられた特別の夜だったんだ。カズ君は三択で迷っていたと思うの。コトリかシオリちゃんか、どちらも選ばないか。いや、それさえ違う気もする。どちらも選ばないか、コトリを選ぶかの二択だったんだ。それでも迷いに迷いながら

    「コトリちゃんを選びたい」

そこまで心を決めたんだと思う。あの時に言葉にするほどコトリに心は傾いたのは確かだけど、それでもカズ君の中には迷いがたくさん残ってたので、ユッキーはコトリに注意を与えた気がするの。それがあの言葉、

    「大事な日」

有頂天になって舞い上がっていたコトリはこの言葉の意味を軽く見たのよ。それだけでなく、その後のカズ君の言葉も聞ける状態になってなかったの。もう勝ったと安心しきっていたので、日を改めて婚約再開のセレモニー的な事をするぐらいとしか考えてなかったの。

思い浮かべていたのはカズ君の誕生日とか、コトリの誕生日。笑われるかもしれないけど、プロポーズを受けた日とか、初めて結ばれた日なんかさえ思い浮かべていたぐらい。でも、こんなのもの一つしかないじゃないの。ユッキーの命日に決まってるのに今頃気づいたの。

『大事な日』の意味は、その日までにコトリが完全にカズ君の心を得ていたら、カズ君は心の中でコトリを選んだことをユッキーに報告して終わるだけの日。でもコトリはそう出来なくて、迷いをタップリ残したカズ君のままで、その日を迎えさせようとしている。そのためにユッキーの

    『必ずしもそうなるとは限らない』

こちらに運命の歯車を回してしまったんだ。ではどうしたら良かったんだろう。コトリに思いつくのはまず、あの夜にどんな手を使ってでもホテルにでも誘いこみ、押し倒してでもカズ君に抱いてもらうことぐらいかな。でもあの有頂天状態の大狂乱でそれが出来なかった。

そのチャンスは既に去ってしまったので、残されるのは今からでもカズ君の家に転がり込み抱いてもらうこと。でもこれも無理そう。今夜も電話をかけてみたけど留守なんだ。スマホで連絡取ろうとしても返事はないし。

たぶん、そういう強引で打算的なやり方はカズ君も好きでないし、ユッキーも好むとは思えない。カズ君はいくらイイ女でも抱く時でなかったら絶対に抱かない人なんだ。あの夜なら可能だったけど、今からやるのは手遅れみたい。

あの夜に逆上状態になったのは必ずしも失敗だったとは思っていないの。あれがあの日にカズ君の心をコトリに大きく傾かせたはずだから。でもその後の有頂天状態はユッキーが与えてくれたチャンスをすべて潰してしまった。

でもあれは避けられる運命であったかというと自信がないわ。むしろ避けられなかったとしか思えないの。もう少し冷静になれた可能性は・・・これ以上は済んでしまったことを考えてもどうしようもないね。

運命の歯車が最後にどこに向かうのかも今ははっきりわかる。ユッキーの命日を境にあの夜のカズ君の言葉は白紙になり、カズ君が最後の選択をする。そう最後の運命の手番はカズ君に委ねられたってこと。

どうなるんだろう。心の天秤の傾きが残っていたらコトリかもしれない。だが、もうシオリちゃんでもおかしくない。シオリちゃんはユッキーが最初にカズ君を託そうとしたんだから。一つだけ言えるのは、カズ君が誰も選ばないようにするのをユッキーは必ず食い止めるだろうこと。

もうここまで来たらコトリは運命を受け入れる。たとえカズ君がシオリちゃんを選んでも祝福しよう。それが惚れた女よ。シオリちゃんもそうだし、ユッキーもそうだったんだ。コトリも天使の誇りにかけてそうする。そうできる女だけがカズ君の相手になれるんだ、きっと。

今日やっと二人に並べた気がする。でもさぁ、惚れるってこんなに悲しくて、寂しくて、切ないものなの。こんな思いを二人は何年も、何年も抱え続けてきたんだ。やっと本当のところがわかったよ。でも、コトリもイイ女になったよね。

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2017-12-17 第3部後日談編:天使のアタック

カズ君と会うんだけど、今日はなにか違うことが起こりそうな気がする。どこかいつもと違うんだぁ。今日がもしその日なら与えられたチャンスの夜かもしれない。

    「カランカラン」

このカウベルの音を何回聞いたかしら、今日こそこれをウェディング・ベルにしたいよ。

    「ゴメン、待った」

あれこれと当り障りのない話がいつも通り続くんだけど、今日が特別の夜かどうかのテストをしてみるよ、

    「シオリちゃんのこと、どう思ってるの」
    「うん、シオか」

あっ、言えた。それもなんの抵抗もなく、やっぱり今日は違う。

    「好きなの」
    「そりゃ、嫌いじゃない。小学校からの幼馴染やからね」

ここも気を付けないと、いつもスルスル逃げられてしまうもん。

    「知ってるよ。シオリちゃんがカズ君の事を好きなのを」
    「そやなぁ、あんな昔の事を引きずっているのが可哀想やな」

ちょっと引っかかりができた。うれしい。

    「じゃあ、カズ君には恋愛感情はないの」
    「今日は際どい質問が多いな。はっきり言うとある。あれだけイイ女だよ、男なら誰でもあるよ」

やばい今日も逃げられそう。ここで頑張らないと、でも言えるかな

    「コトリとシオリちゃんならどっちがイイ」

ちょっと芸がないけど、今日はちゃんと言えた。

    「コトリはね、あの日のプロポーズはまだ続いていると思ってるの。たとえユッキーとのことがあってもね。だからまた再開して欲しいの」

やった、やったよ、これがついに言えた。もう間違いない、今夜こそコトリのための夜よ。また言えなくなったら困るから言っちゃえ。

    「お願い。コトリを選んで」

もうちょっと飾りたかったけど、それでも言えた。

    「天使様からのお願いは断り切れへんなぁ。きっと世の中の男で断れる奴はいないんじゃないかなぁ」
    「じゃ、コトリを選んでくれる」

『うん』と言って、お願いだから『うん』と言って、それですべてが決まるのよ。お願いだから、コトリのお願いならなんでもかなえてくれたやん。お願い、シオリちゃんに負けたくないの。いやカズ君がどうしても欲しいの。

    「コトリちゃんの事は好きだった。本当に好きだった。こんな冴えない男に天使のコトリちゃんだよ。そんな夢のようなことがあるなんて信じられなかったんだ」

だったら『うん』よね、他に返事は無いじゃない。また続きを二人でしようよ。それが正解よ。あそこまで進んでたんだから、コトリのところに戻って続きをやるのがカズ君が取るべき道なのよ。だからお願い『うん』って言って、コトリを選んで。

    「ここで告白されたことも、あのプロポーズを受けてくれた日も忘れないと思うよ。そりゃ、あれこそ天にも昇る気持ちだったもん」

うん? どうも『うん』にもっていく流れじゃない気がする。どうして、どうしてなの。それが運命とか。嫌だ、嫌だ、絶対に退き下がるもんか、なにがあっても退き下がってたまるもんか。もしここで取り逃がしたら、永遠にチャンスが回って来ないんだ。頑張れコトリ。

    「コトリは絶対にカズ君の事を幸せにしてみせる。必ず約束するから」

カズ君が次の言葉をどうするか悩んでる。どうして悩むの、どうしてコトリじゃダメなの、

    「ボクはもてなかったから、女性に迫られた経験がないんや。あるのは不器用に追っかけることだけ」

それはね、それはね、世間の並の女にカズ君を見ることができなかたから。コトリには見えてるの、見えてるからお願いしてるの。カズ君が見えるのは飛び切りのイイ女だけなのよ。菩薩か女神か天使クラスでないと見えないの。どうかコトリにして、カズ君、お願い。

    「カズ君こそが世界一イイ男よ」
    「ははは、シオの奴ばらしたな。あれはシオの誤解だよ。つうか妙な環境で生じてしまった思い込みだけ」

違うの、違うの、コトリだって今は本当にそう思ってるの、心の底から思ってるのよ。コトリは世界一イイ男のカズ君がどうしても欲しいの。

    「カズ君の強いところも好きなの。コトリを助けてくれたやん」
    「ああ、あれか。ありゃ、相手が弱すぎただけのお話だよ。それに今はトレーニングやってないから弱くなってるよ。あの時みたいなのを期待されたら困るわ」
    「そんなことないもん」

もうちょっと、もうひと押しのところなのに、どうしても押し切れない。なんか押し返されてる気がする。なんとかしなくちゃ、出来るものなら、いっそこのまま体ごと押し倒してでもコトリのものにしたい。いや絶対そうするんだ、負けるなコトリ、

    「どうして、どうしてコトリじゃダメなの」
    「ボクの恋愛遍歴なんて笑うほどのものしかないけど、数少ない経験であっても女を見る目は少しは出来た気がするんだ」
    「コトリじゃカズ君には不足なの」
    「そんなはずがあるわけないやん」

どうやっても押し切れないのよ。何かがつっかえてる。やっぱりシオリちゃん。それともユッキーへのこだわり、それとも両方。でもここであきらめたら一生後悔する。ここがコトリの人生の正念場よ、ここを乗り越えないとカズ君は永遠に手に入らないの。行くんだコトリ、

    「コトリちゃんはボクには余りにも贅沢すぎる女性だよ」
    「そんなことはないよ。お願いコトリを幸せにして、もちろんコトリもそうする。あのプロポーズを受けた気持ちは変わってないのよ。今だって婚約者でしょ」

どうしたら、なにを言ったら、なにをしたら、このもうちょっとを押し切れるの。コトリと結婚したいぐらい好きだったやん。婚約指輪も大事に大事にしてるよ。コトリにあげられものなら、なんでもあげる。だからコトリを選んで。絶対に幸せにするから。

    「悪いと思ったけど、ずっとシオとコトリちゃんを較べていたんだ。あれだけ真っ直ぐに想われたら、考えざるを得ないやん。でも女神も天使も、もったいなさ過ぎてしょうがないんだ。どちらかを選ぶこと自体が罪の気がするんや」
    「そんなことないわ。シオリちゃんと較べられているのも知ってるけど、そんなの全然気にならないの。どうかコトリを選んで欲しいの。お願い。コトリの一生のお願い。あの婚約の続きを二人でやろうよ、歴史の話をまたやろうよ、一緒にお出かけしようよ、二人の夜を過ごそうよ。あの時間をコトリと過ごさせて、またコトリって呼んで、呼んで欲しいのよ」

じっと何かを考えている様子。後は何を言ったら良いのか頭が回らなくなってる自分が情けない。ここまで来たら開き直るんだ。もう次はないんだよ、お上品なんて捨てちゃうんだ。恥しいなんて思うなコトリ、どんな手を使っても喰らいつくんだ。

    「コトリはね、カズ君とのあの旅行で変わっちゃたの。もうカズ君じゃないとダメなの。もうカズ君以外に可愛がってもらえない女になっちゃってるのよ。あの時のようにお願いだから可愛がって、もっとコトリに教えて、もっともっと知りたいの。そしてコトリも、もっと知って欲しいの。だからお願い」

まだ照れてるぞコトリ、本当に欲しいんなら体ごとぶつかるんだ。もうそれしか残ってないんだ、行くんだコトリ、それ行けコトリ、本心をさらけだすんだ、もっとストレートに、もっと大胆に、自分の心のすべてをさらけだすんだ。

    「カズ君のして欲しいことならなんでもするし、カズ君の欲しいものなら何でもあげる」

まだまだ上品ぶってるぞコトリ、もうキレちゃえ、キレろコトリ。ここでキレなきゃ女じゃないぞ。ここでためらったら一生後悔するだけ。コトリの欲しいものはなんだ。手に入れるためになんでもするんだろ。コトリのすべてを投げ出して素っ裸になってでも突撃するんだ。

    『プチン』

コトリの中で何かが切れた気がする。もう失うものなんてないわ、コトリのすべてをぶつける。天使のもてる力のすべてをぶつける。なにがあっても、どんなことをしてでも絶対に捕まえる、逃がしたりなんかするもんか。

    「口先だけって笑ってるんでしょう」
    「そんな事ないって」
    「ここで裸になれっていうなら喜んでなるわ。ウソだと思うなら試しに言ってみて」
    「ちょっと、コトリちゃん、なに言うてるんや」
    「お願い、言ってみて、裸になれって」
    「ちょっと落ち着いて。コトリちゃんを疑ったりするはずないやんか」

天使だろうコトリ。天使の最後の切り札を出すんだ。今出さなきゃ意味がないんだ。最終兵器で勝負するんだ。すべてを投げ打って最後の勝負を挑むんだ。なんでもするんだろうコトリ、そうじゃなかったのかコトリ、言葉だけじゃ無理なんだ、体で心を示せ、それしかないんだ、突っ込めコトリ、これで決めるんだ。

    「じゃ、コトリがウソついてない証拠に裸になる」

脱ぐんだ、早く脱ぐんだ。素っ裸になってコトリの心を見せるんだ。脱ぎさえすればカズ君はコトリのものになるんだ。コトリの頭の中は完全に逆上状態。

    「なんでそんな話になるんや。アカンて、コトリちゃん、そんなんしたらアカンて、待ちいな、アカンて、落ち着いて・・・」

カズ君は必死になって止めてる。なんで止めるの、コトリの裸はそんなに見たくないの。ここで脱がなきゃ最終兵器にならないやん。もうコトリの頭の中はムチャクチャ。

    「コトリちゃん、よくわかったから。落ち着いて返事を聞いてくれる」
    「うん?」

『返事』の一言に頭からバケツ一杯の冷水を浴びたようになり、ようやく我に返りました。急にさっきまでの狂乱状態が恥しくなっちゃた。あんな姿を見せちゃったらNOしかないやん。ああダメだったかと心の中には絶望しかありません。

なんでやっちゃったんだろうって。でもせずにいられないぐらいカズ君が欲しくて、欲しくて仕方がない気持ちだけはわかって。それだけでも感じてくれたら、もうコトリは満足だわ。まるで死刑宣告を聞く前のように次の言葉を待ちました。すべては終わったんだのあきらめとともに。

    「ボクはコトリちゃんを選びたい」

    『ドッカーン』

コトリの頭の中は大花火大会、打ち上げ花火の乱れ打ち。狂喜乱舞の大有頂天状態。舞い上がって、舞い上がって、宙に浮いて銀河系まで飛んでいく。

    「わぁ〜い、やったぁ、やったぁ、やったぁ、やったぁ」

えっと、えっと、私は誰だったっけ、そうだ、そうだ私はコトリだ。なに喜んでんだっけ、えぇ、もうわかんない。わかんないじゃないよね、えっと、えっと、えっと、なんだっけ、なんだっけ、そうだコトリがついに選ばれたんだ。

    『ドッカーン』

花火が上がる上がる、数えきれない花火が次々と。コトリが選ばれたら、なにかするつもりだったような、なんだっけ、なんだっけ・・・逆上状態よりさらにムチャクチャになって、訳の分からない方向にひたすら大暴走。

    『ドッカーン』

冷静に、冷静に、冷静になって思い出すんだ。えっと、えっと、そうだ、そうだ思い出した! コトリは裸になるんだった。そうだった、そうだった、早く脱がなきゃ、早く素っ裸にならなきゃ。なんで忘れてたんだ。そうしなきゃ、そうしなきゃ、

    「コトリちゃん、ダメだって、そんなことしたらアカンて・・・」

なんかカズ君が止めてる。なんで止めるの、どうして止めるの。選ばれたら脱ぐって約束したやん。コトリはカズ君の願いはなんでもかなえるんだ。裸になるぐらい喜んでどこでも出来るって証明しないとまた捨てられちゃう。早く脱いでしまわないと。

    「落ち着いてお願い、だからやめてって、お願いだから・・・」

カズ君なに言ってるの。コトリはカズ君のために『なんでもする』って約束したから選ばれたのよ。それが口先だけじゃないのを証明しなきゃいけないのよ。そこからすべてが始まるの。だから脱ぐの、脱いで裸を見てもらわないと行けないのよ。なにがあってもコトリは必ず脱いでみせる。

    『ドッカーン』

全部脱いで、素っ裸になって、カズ君の胸に飛びこんで、お姫様抱っこでベッドに運んでもらって、可愛がってもらうだけなのに、どうしてカズ君は止めようとするのよ。脱がなきゃ、素っ裸にならなきゃ、コトリはウソつきにされて捨てられちゃう、もう捨てられちゃうの嫌だ・・・

そこにマスターが来て

    「ちょっと暑いですか? とりあえず、おヒヤお持ちしました。冷たいオシボリもどうぞ」

マスターの声を聞いてようやく我に返りました。そうだここはバーだった。もう耳まで真っ赤っ赤。大急ぎで化粧室に駆けこんで乱れた服を整えました。どんだけ恥しかったか。息を整えて、化粧室から出てカズ君の隣に戻りましたが、今度は顔も上げられません。それでもなんとか落ち着いて、ようやくさっきの話のつづき、

    「それでやけど、ちょっとだけ待って欲しい」
    「えっ、待つの。いつまで?」
    「大事な日があるんだ」
    「じゃ、その日には」
    「うん・・・」

まだ大有頂天状態は収まってなくて、カズ君の『うん』を聞いてまたもや花火大会。さすがに裸になるの狂乱状態は、それこそ死に物狂いで頑張って自制したけど、後は何を聞いても頭の中は花火大会。この後も話はしたはずですが、とにかく何を聞いてもすぐに花火大会。こんな頭じゃなにも覚えてません。とにかく大変な状態で思い出すのも恥しい。


ルンルンの帰り道。やったぁ、ついに押し切ったんだ。ついに女神のシオリちゃんに勝ったんだ。カウベルがウェディング・ベルに聞こえたもん。長かった、でもこれでやっとカズ君とあの日の続きが出来るんだ。シオリちゃんは結婚式を撮ってくれるかなぁ。さすがに無理かもね。そこはちょっと残念だけど、やっとカズ君は戻って来てくれたから他は目を瞑れるよ。

そうだ、イイこと思いついた。カズ君の家に飛び込んじゃおうっと。婚約者だもん、遠慮すことなんて何もないやん。そうよ、あの時もそうしておけばこんな回り道なんかしなくて良かったんだ。もう誰にも渡さないよ。ガッチリつかまえちゃうんだ。

あの日々が帰ってくるんだ。お出かけして、歴史の話をいっぱいして、美味しいものを食べて、そうそう三杯目のチェリー・ブロッサムも乾杯しなくちゃ。前と違うのは、それから別れ別れじゃなくて一緒に家に帰るの。家に帰ったら思いっきり可愛がってもらって二人の朝を迎えるの。

そしてね、そしてね、カズ君を世界一の幸せ者にしてあげるの。ユッキーの時よりも百倍も、千倍も幸せにしてあげるんだ。必ずそうさせてみせる。それがシオリちゃんにも、亡くなったユッキーのためにも最大の恩返しよ。もちろん私を選んでくれたカズ君のためにも。そのためにも早く親にも紹介して、式の準備も進めなきゃ。

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2017-12-16 第3部後日談編:女神と天使の夜

コトリがカズ君と再会してかなり経つけど、相変わらず肝心なことが話せない状態が続いてるの。シオリちゃんも会ってるみたいだけど、たぶん同じだと思うのよね。この話せなくしてるのはカズ君だとずっと思ってたけど、どうも違う気がしてるの。カズ君はユッキーに会ってから、『なんとなくわかってしまう』感覚はあるって言ってたけど、人の頭の中までコントロール出来ないって言ってたもん。

そりゃそうよね。カズ君の勘は良くなったのはコトリも認めるけど、人の心をコントロールできたら化け物じゃない。でもね、一人だけそれに近いことが出来たのがユッキーなのよね。シオリちゃんから聞いた話だけでコトリは良く知らいけど、病院の人もそうだったと言ってるらしいから、ウソじゃないと思うよ。人間は死ぬ間際になると、不思議なことが起こる事があるって話はコトリも聞いたことがあるからね。

ユッキーは死んじゃったけど、ユッキーはカズ君の心の中に生きている気がするの。なんかオカルトみたいな話になっちゃうけど、もしそうなら言わせていないのはユッキーと考えて良い気がするの。そうでも考えないと不自然すぎるのよね。シオリちゃんから聞いたユッキーの予言を聞く限り、ユッキーはカズ君に次の恋人と幸せになって欲しいしか受け取れないもん。だからまだ言えないのは、カズ君の心の回復を見ているユッキーが、

    「まだ早いよ」

こう言ってる気がコトリにはするのよ。でもね、でもね、逆に考えれば話せる日が来たときは、思いのたけを思いっきりぶつけても良い日のはずなの。そうなのよ、ユッキーがコントロールしているのなら、話す許可を与えた女はカズ君に相応しいって認めてるわけなんだから。

    「カランカラン」

おっと、女神のお出ましだよ。今日は久しぶりに会いたいって。シオリちゃんもカズ君を狙っているのはもうバレバレなんだけど、今日は何の用事かな。

    「コトリちゃん、婚約復活は出来た?」

ありゃ、いきなりキツイなぁ。婚約解消を『ウン』と言わされてから、どうやったってこの話を口に出せないのよね。でもこの話を持ちだしたってことは、今日がシオリちゃんの勝利宣言の日じゃないのだけはわかるよね。ちょっとお返ししてやろうっと

    「シオリちゃんこそ告白できた?」
    「ダメだよ」

やっぱりね。ほんじゃ、ついでに追い討ちも、

    「やっぱり昔話に花咲かせてるの」
    「まあね、幼馴染だからね」
    「じゃあ、同棲時代も」
    「もちろんよ」

あちゃ、抱いてもらった後の同棲時代も解禁になってるんだ。まあ、コトリも前に会った時に旅行の時の話で盛り上がったから、同じようなもんか。こりゃ、カズ君に話せる日がいよいよ近づいてる感じがするの。でもね、前から思ってるんだけどなんで二人なんだろ。シオリちゃんに聞いてみようかな。

    「コトリは思うんだけど、あのユッキーの予言、なんで二人なんだろうね」
    「私も理由は知らないわ」
    「一人でもイイんじゃない」
    「コトリちゃんはそう思うの」
    「シオリちゃんはそう思わないの」
    「でも、こうなってるから仕方ないんじゃない」

そりゃそうなんだけど、話せる日に選ばれるのは一人なのよね。だって三人が集まっての修羅場をユッキーがさせると思えないもの。良くわかんないな。

    「でもさぁ、仮に一人にするならコトリじゃない」
    「どうして」
    「だって、コトリは婚約者よ」
    「その婚約はユッキーとの心の結婚で解消してるでしょ」
    「結婚と言っても、気持ちだけのものじゃない」
    「こういうものに気持ち以上のものってあるかしら」

ありゃ、鮮やかに切り返されちゃった。

    「それをいうなら、私はユッキーにカズ君を頼むと託されてるのよ。私一人でいいのじゃないかしら」
    「ユッキーの予言は一人じゃないはずよ」
    「でもその一人は私。コトリちゃんかどうかはわからない」
    「シオリちゃんがどう言おうと、もう一人は間違いなくコトリだよ」

ユッキーの予言というか、シオリちゃんのお見舞いの時に見えていたものもよくわかんないのよね。シオリちゃんがウソついてなければ、ユッキーはあきらかにシオリちゃんを買ってるもん。まあ、シオリちゃんなら普通は文句は出ないと思うけど。ここにコトリが加わると話が複雑になるのよね。

シオリちゃんの女神の呼び名は、もちろん綺麗だからだけど、単に綺麗だけだからじゃないの。女神と恋の勝負を争える女はいないって意味もあるのよね。女神が降臨すれば、頭を垂れて退き下がらざるを得ないって感じかな。でもね、そんな女神でも退き下がらすことの出来ない女はいるのよね。

ユッキーもそうだったし、言ったら悪いけどコトリもそうなの。コトリの天使の呼び名もダテじゃないってことなの。その証拠に、コトリがカズ君のプロポーズを受けた時に、シオリちゃんはアドバイス役でなにも出来なったんだもん。まあ、今ならどっちが選ばれても不思議ないって感じかな。

そこはわかるんだけど、なんでこんなややこしい状況設定にユッキーはしたんだろうってところ。どっちか一人でイイ気がするのよね。開き直れば、どっちがカズ君を手に入れても変わりはない気がするんだもん。幸せになるって意味でね。

うんと、うんと、難しいなぁ。シオリちゃんはこういう複雑そうな状況を読み解くのが割と得意なんだけど、コトリは苦手だなぁ。

    「ところでコトリちゃん。二人になってるのは意味があると思うよ」

シオリちゃんが解いてくれたらラクチンだ。

    「私が先に見えてて、それからコトリちゃんが見えてたから・・・」
    「それで」
    「ゴメン、なんか勘違いしてたみたい」

シオリちゃん、なにか気づいたみたい。聞きたい、聞きたい、

    「勘違いでもイイから教えてよ」
    「いや、話すようなもんじゃないよ」
    「シオリちゃんの意地悪」
    「そんなことより・・・」

ありゃ、これは余程のことだよきっと。無理に話を逸らしにかかってるけど、シオリちゃんの目が笑ってないもん。なんだろ、なんだろ、気になる、気になる。でもこれ以上は聞いても教えてくれないな。

    「今日は楽しかったわ。また会えれば嬉しいわ」

そうやって、シオリちゃん帰っちゃった。う〜ん、しょうがないから自分で考えてみようかな。コトリとシオリちゃんの間にある大問題は、どちらが先に話せる日に当たるかよね。どう考えたって先に当たる方が絶対有利だもん。ヒントになるようなものは、えっと、えっと、やっぱりユッキーの予言の、

    『シオリもそれじゃ辛いかもね』

これだけど、これはやっぱりコトリが先だからシオリちゃんが辛いじゃないかな。そうだよ、きっと。やったぁ、後は話せる日にコトリが頑張れば勝っちゃうんだ。でもねぇ、それだったら最初からコトリだけでイイ気がするんだけど、なんでシオリちゃんもいるんだろ。

シオリちゃんは自分が先で、コトリが後って言いかけて口をつぐんじゃったけど、それに何か意味があるのかな。まあいいや、話せる日がコトリに先に回ってくるってわかっただけで十分じゃない。その時に必ずカズ君を落としてみせるもん。


コトリちゃんの天使の呼び名は、可愛すぎる顔に、これ以上ないほどマッチしたキュートなスタイルから付けられてるのよね。これは今もホント変わっていないわ。それだけじゃなくて、どんな男だって一目で魅了させてしまう可憐さがあるのよ。天使に匹敵する可憐さがあったのは可愛いユッキーぐらいじゃないかしら。とにかく私が持っていない魅力をすべて持ってるのが天使なのよね。

今夜は言える日が近い感じがしてるから敵情視察のつもりだったけど、天使の『なぜ二人』の言葉から、嫌なことに気づいてしまったの。コトリちゃんは聞きたがっていたけど、さすがに言えなかったわ。話したからって、何が変わる訳じゃないと思うけど、合ってるかどうかもわからないし、言うのは辛すぎたの。

ユッキーが私を買ってくれていたのは間違いけど、あれだけ買ってくれてたのに私だけじゃ満足できなかったと思い始めてるの。そうなんだよね、私だけでイイのならわざわざ天使を引っ張り出して来る必要ないんだよ。わざわざ天使を引っ張り出してきた理由があったはずよ。

天使でもカズ君を幸せに出来るわ。私も負けていないつもりだけど、その点での優劣での争いじゃないのだけはわかるの。そうなると、私が先にいて、天使が後から出て来たのは、天使が持っていて、私が持ってないカードがあるとしか思えないの。

ユッキーが望んでいるのはカズ君の幸せ。具体的には新しい恋人と幸せになってくれること。その点では天使も女神も申し分ないと思うけど、もう一つ条件があるわ。それは、少しでも早くじゃないかと思ってるの。だからこそ言える日は重要で、その日はカズ君の心の中にあるユッキーが『もう、いけるよ』と判断した日になるんだ。

言える日が来ても私はそのカードを手にしていないとしか思えないのよ。ユッキーは最後のカードを私がいつ手にするか見えにくかったんじゃないかと思うの。そのカードが何かがわからないけど、これが無い限り私はアタック出来ないんだ。下手すると永遠に手に入らない可能性すらあるから天使が必要だったと思ってるの。だから二人なのよ。

ずっと同じリングの上に天使と女神がいると思ってたけど、私はまだリングに登り切れてなかったんだよ。そのカードを手に入れてやっと互角の勝負になるぐらいかな。

でもどうやったら手に出来るんだろ。いつ手に入るんだろう。このままじゃ、天使が先攻になるじゃない。これは辛いし、怖いわ。この勝負は先攻が絶対有利なんだよ。そもそも後攻なんて成立する余地がほとんどないもの。

私は天使を甘く見てないの。天使の実力は一番よく知ってる。正直言って怖い。天使は自分の手番に死力を尽くすはずだし、天使の全力アタックにNOと言える男なんて、そもそもいないとしか思えないのよね。これはカズ君だって同じだよ。カズ君はプロポーズまでしてるんだから。

そうなのよね、カズ君が天使にNOって答えて私が選ばれてオシマイになるとは思えないもの。そんな状況から私にチャンスが生まれるのは天使がYESを勝ち取った時になにかのミスを犯してくれる時だけ。でも、あの天使がそんなミスを犯してくれるかなのよね。まさに、絶体絶命。そうなると私の希望はユッキーの

    『でも必ずしもそうなるとは限らないみたいだし』

これは天使がミスを犯す可能性があるって意味かもしれないけど、どう考えても必ずそうなると言っていない気がするのよね。それに少々のミスを犯してくれても、私が最後のカードを手に入れない限りチャンスはなさそうな気がするわ。

今までも天使に対して辛い状況はあったけど、天使のアタックを指をくわえて見るだけ、天使がアタックにミスを犯してくれるのを待つだけ、そのうえ最後のカードがいつ手に入るかどうかがわからないって・・・これが私が『辛い』状況ってユッキーは予言したのかもしれないわ。ここまで追い込まれるなんて、予想もしてなかった。

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2017-12-15 第3部後日談編:ある夜の昔話

カズ君と飲んでるんだけど、ちょっとカズ君の様子が変。変と言うより何かを言いたそうで、何度か口に出しかけては話題を逸らしてるの。こういう時のカズ君は本当に大事な話の時もあるけど、人を引っ掛ける時もあるから要注意。でも、ためらい方がちょっと気になるの。もしかして、大事な話の方? 大事な話だったら、もしかして、もしかして、今夜は特別な夜になるのかしら。

    「・・・シオにウソついとった事があるねん。棺桶まで持っていく気やったけど、もう白状してしまいたいから聞いてくれる」
    「カズ君がウソって珍しいね」

なんだろう。

    「シオのことずっと好きやったんや」

えっ、いきなりそこから、やっぱり特別な夜なの。

    「いつから?」
    「いつからか、わからんぐらい前から」
    「まさか小学校から?」
    「そうなんや」

知らなかった。でも初恋話が出るのなら今夜は期待しても、

    「まあ最初は幼な恋みたいなもんやけど、正真正銘のボクの初恋がシオやねん」
    「それは光栄ね」
    「でもな、シオは綺麗になりすぎて近づけんようになってもてん」
    「そんなぁ」
    「だから初恋の人から女神様に格上げして、関係ない人と思おうとしてたんや」
    「そうだったんだ」
    「でもいくら頑張っても出来へんかってん。だから転がり込んできた時には絶対モノにする気やってん」

これは特別の夜と感じが違うような。でもこれはこれで面白そう。

    「じゃあ、すぐに抱けば良かったのに」
    「その気マンマンやってんけど、シオを襲ったら、シオに逃げられるのが怖かってん。逃げられんように抱くには、シオに『好き』って言わせなアカンと思てもてん。後はシオにどうやって言わせるかだけ毎日考えとってん」

うふふふ、無理しちゃって。

    「ただそうしてたら、シオは男嫌いというか男性不信になってるのに気づいてしもたんよ。あんときゃ、天を見上げたわ。そこからせんとアカンのかと。でも結果的には襲わんかったから、あの同居時代が始まったと思てる」
    「だから抱かなかったの?」
    「そうやねん、ホンマに辛かった。毎日生殺しみたいなもんやった。そりゃ、口説くことさえ出来へんかったからな。それやったら、シオは確実に逃げてた。シオに逃げられるのと一緒に暮らす楽しさを天秤にかけて、一緒に暮らせる方を取ったんや」

それは、そうだったかもしれない。抱かれる覚悟だけはあったけど、本当にそうなってたら逃げ出していたかも。口説かれたって嫌悪感しかなかったから、やっぱり逃げ出してかも。それぐらいあの頃は男にはコリゴリ状態だったから。

    「でもさぁ、私が専業主婦になって奥さんになるって言った時にNOって言ったやん」
    「あれか。あれはな、聞いたとたんに押し倒そうと思てん」
    「押し倒してくれたら、そのまま抱かれてたよ」
    「シオは忘れてもたみたいやな。あの時は生理やったんや」

そうだった、そうだった、思いだした。

    「それだけやないねん。ここまで待ったんやから全部やりたかってん」
    「全部って?」
    「キチンと交際申し込んで、デートを重ねて、キスして、結ばれるって過程をフルコースでシオとするのが長年の夢やってん。笑うなら、笑ったらエエよ。ついでにいうなら、そこからプロポーズして結婚まで全部だよ。そんなステップをシオと一緒に踏んでいくのが夢やってん」
    「えっ、そこまであの時に全部考えてたの」
    「だからあん時にはシオが生理で助かったと思たぐらいやった。押し倒して抱いてスタートしてしもたら、始まりが生々しすぎて思い出にするには良くないやん。まあ、シオが奥さんになりたいまで言ってしまってるから、全部ステップ踏めないけどな。結婚まで進むにしても、そこまでの楽しい思い出が一つでも多い方がエエやんか。笑ってもエエよ、抱くにしても、もうちょっと感動的なシチュエーションで初めて抱きたかったんよ。気分は初夜みたいな感じかな」

そんなこと考えてたんだ。でも笑ったりしないよ。でもさぁ、そういうのが好きなのは男より女のはずだけど、まだまだ当時の私は荒んでたんだねぇ。生理が終わったら即抱かれるぐらいしか頭になかったわ。

    「じゃあ、そうすりゃ良かったのに、なんであんだけ怒って、写真で自立するように言ったのよ」
    「あれか、今でも悔しいわ。あれはな、ついシオの心を試してしもたんや。シオが奥さんになりたいって言った口調は軽かったやん」

あの頃は仕事をする気力もなくなっていて、カズ君との同居生活に安定というか安穏としてた時期だった。なんかその状態が続いて欲しくて、そうなるためには奥さんになって専業主婦になるのも悪くないって、ふらふらって思って口に出した感じだったのよね。たしかにプロポーズって感じの重々しさはなかったわ。

    「だから念押ししたかってん。だから期待した答えは逆やってん。もう写真なんてどうでもエエって返事になると思って疑ってもなかったんや。アホなことしたもんや」

人の心ってわかんないもんねぇ。二人でまったく別の事を考えていたなんて。私は落ち込んでいるのを叱咤激励してくれたと思って奮起するキッカケになったけど、カズ君の方はそうじゃなかったんだ。ちょっとビックリした。ホント人生って、ちょっとしたことでこんなに変わるんだ。でも結果的に私にとって良かったかも。

    「それからのシオは奥さんになる話なんかすっかり忘れてしもて、写真に熱中してもたやん」
    「そう・・・そうだったわね」
    「ボクもあんなこと言ってもたから、シオが写真に熱中するのを喜ぶフリせにゃあかんやん。ほとんど手の中に入っていたシオがスルリと逃げてもたんや。それまで以上に悶々とした夜を過ごしたわ。なんであの時に素直に抱く段取りに持ち込まへんかったんかって」

そうだったんだ。私は喜んでもらってると思ってた。

    「でも口説くチャンスも、抱くチャンスも毎日あったやん」
    「そやねんけど、ボクは余計なテクニックを見つけてもたんや」
    「あのテクニック」
    「そうなんや、シオはあのテクニックをものにしようと、朝から晩までその話しかせえへんかったやんか」

グサァ、たしかにそうだった。カメラマンの直感であのテクニックを身に付ければ食っていけると思ったんだ。だから朝から晩まで、なんとかモノにしようと懸命だった。

    「二か月ぐらいしてチャンスと思たんや。なかなかシオがテクニックをモノに出来ずに、あきらめかけてたから、やっと奥さんになる話に戻ってくれるんやないかと」
    「でも、あの時に撮ってみせてくれたやん」
    「そうなんや。あれも悔やんでるわ。シオがあんなに苦労してるから、どんだけ難しいんかと思って試してみたら、ちょっとしたコツぐらいのもんやんか」

グサァ、グサァ。あれのどこがちょっとしたコツなのよ。

    「こんなもんやったら、すぐに覚えられるはずやと思ったんや。シオはプロやからな。これさえ覚えてもらったら、奥さんの話が戻ってくるはずやと」

理論だけで無理と思ってたのものが、実際に撮れるとわかって、消えかけていた闘志が再び燃え上がったのを覚えてる。でも、撮れなかったんだ。だから唯一テクニックが使えるカズ君からコツをなんとか聞きだそうと、時間さえあれば質問責めにして、ひたすら撮ることだけに熱中してた。他の事は何一つ頭になかったぐらい集中してた。

    「ところがやな。いつまで経ってもシオはテクニックをモノに出来へんのや」

グサァ、グサァ、グサァ。あのときはホントに悔しかった。

    「ええい、もう襲たれとシオのところまで行ったら、寝言まで写真の事やったからな。写真にシオ盗られた思ってショボンとしてしもた」
    「抱いたら良かったのに」
    「だ、か、ら、シオは初恋の大切な人だって。その大切な人の邪魔をどうしても出来へんかったんよ。だから待とうと思たんや、あのテクニックを覚えるまで。そうしたら奥さんになってくれる話が、無理なく蒸し返されるって期待してたんよ」

ゴメン、たぶんその頃にはすっかり忘れてた気がする。

    「ボクの心づもりでは待つと言っても、三日もあれば余裕やと思ってたんや。ところが一週間たっても、一か月たってもアカンかって、延々半年ぐらいかかってもたやん。ホンマあの頃は、あんな簡単なもんプロやのになんですぐに覚えられへんのかって、不思議で不思議でしょうがなかったわ」

グサァ、グサァ、グサァ、グサァ。そう言われるとプロとして面目ないけど、あのテクニックの難度は超弩級どころじゃないのよ。むしろカズ君がヒョイヒョイと出来てしまった事の方が驚異なのよ。なんでスマホで撮れるのよ、なんでスマホで自撮棒でも撮れるのよ。これがどんだけ信じられない神業か。これはいくら言っても理解してくれなかったけど。

    「延々と待たされるのはホンマに辛かった。好きで、好きでたまらない初恋の人が、奥さんになりたいとまで言ってくれて、寝息さえ聞こえるところに毎晩寝てるんやで。ありゃ、拷問みたいなもんやった」

ゴメン、あの時は色恋やなくて写真だったの。テクニックをモノにすることだったの。

    「そのうえやで、同居してるもんやから、シオの下着は嫌でも目に入るやんか」

雨が続いたら部屋の中に乾してたもんねぇ。

    「シオも最初こそ緊張しとったけど、慣れてきたらえらい格好になるんや。パジャマでも興奮ものやのに、下着だけとか、バスタオル一枚とか。そんな格好でウロウロされたらたまらんかった。あれでよく鼻血が出えへんか不思議なぐらいやってん。それが写真に熱中しはじめたら、さらにエスカレートしたやんか」

ああ、そうだった。あんまりカズ君が襲ってこないから、普通に家にいる感覚に殆どなってたんだ。これがテクニックを覚えるのに熱中していた時は、ヒントが頭に浮かんだと思ったら、下着のままだろうが、バスタオル一枚であろうが、納得するまで試していたもんね。それぐらい必死だったんだ。一応『見たらアカン』とは言ったけど、そりゃ、どうしたって目に入るよね。

    「下着も相当やったけど、バスタオル一枚の時は強烈やった。動き回ってるうちに落ちた事あったやんか」
    「見たんだ」
    「見たわいな。見たかったんや、シオの裸をどうしても見たかってん」
    「感想は?」
    「見なかったら良かった」
    「そんなに魅力なかったの」
    「逆や。血が昇りすぎて、えらいことになってもたし、ずっと頭の中から消えんようになってもて大変やった」

あれだけ私の体に興味がなさそうな態度だったのに、本心はこうだったんだ。人って本当に外から見ただけではわからないものね。

    「見たの一回だけ?」
    「言わすな、何回も見たわ。見たら大変なことになるのは頭でわかってても、あんなもん我慢なんかできるか。それとな、盗み見したんは良くなかったもしれんが、素っ裸でカメラもって部屋に入ってきたこともあったやないか。どんな顔したらエエかわからんかったわ」

お風呂に入ってる時にあれこれ思いつくことが多くて、思い立ったらすぐ試してたの。そう出来るようにカメラにビニール巻いてたぐらいだった。濡れたまま浴室から出てきて撮るんだけど、欲しい光のためなら、そのまま歩き回ってた。試してダメだったら、また風呂に戻るんだけど、集中しすぎてなんにも気にしてなかったのよねぇ。お風呂あがったら、カズ君がなんで床を拭いてたのかわかんないぐらい。バスタオルぐらい巻いてたと思ってたけど、してなかった時もあったみたい。そりゃ、素っ裸の女がカメラ構えて部屋に入ってきたらビックリするよね。

    「でもさぁ、でもさぁ、抱いたってテクニックを覚えるのにそんなに支障ないやん」
    「そうかもしれんけど、せっかく憧れの初恋の人を初めて抱くんやで。抱かれながら写真の事を考えられたら悲しすぎるやんか。下手すりゃ、抱いてる途中にヒントが浮かんだら中断させられそうやったもん」

う〜ん、たしかに。言いたいことはなんとなくわかるわ。あの頃は御飯食べてても、洗濯してても、掃除してても、なにしてても、ヒントが思い浮かんだら、すべてほっぽり出してカメラだったわ。そういえば、買い物途中から突然とんで帰ったこともあったからね。近所のお好み焼き屋さんで、お昼を食べてる最中に突然走って帰った時は、さすがのカズ君もあきれてた。

    「それでな、やっとテクニックものにできたやん。この時をひたすら待っとってん。でも、シオは奥さんになる話はすっかり忘れてたんや」

あんだけ苦労したテクニックがモノになった時には完全に忘れ果ててた。ゴメン。

    「だからプレゼントをもらった時にはためらわずに抱いたよ。あれ以上の我慢なんてもう無理やった」

私も抱いてもらえて嬉しかったけど、その裏側でここまで我慢してたんだ。だから、あんだけ素直にプレゼントを受け取ったんだわ。私はちょっと意外な感じがしたけど、こんだけ待たされたら、誰だって受け取るわよねぇ。

    「でもなぁ、抱けたんはホンマに嬉しかったけど。やっぱり後悔したんや」
    「なにを?」
    「だから、愛しい、愛しい、大切な初恋の人をいきなり抱いてしまったこと」
    「抱いたら、なにが拙かったの」
    「だって大事な大事な初恋の愛しいシオのために、ずっとやりたかった恋人からのステップをみんな出来てないやん」

そういうことか。まあ、見ようによっては直前まで友達だったのが、いきなりベッドインだもんね。そんなに恋人のステップを私とやりたかったんだ。だったら、あの時のプレゼントを体じゃなくて交際を申し込むぐらいにしておけば、カズ君の夢をかなえてあげられたかもしれないわ。でもさぁ、普通は交際より体の方が喜ばないかなぁ。この辺はケース・バイ・ケースもあるかもね。

うん!、うん!!、うん!!! ちょっと待って、ちょっと待って、これは、まさか、いやそうよ。この話の流れだったら、次に出てくるのはあの話とか・・・やだやだ、でもここまで来たら他に行くとこないやん。それだけは、それだけは、お願いだから、その話だけは・・・

    「だから、抱いたんが先になってもたけど、なんとか修正しようと思たんや」

やっぱりあの話だよ。本当にお願い、その話だけは、お願いだから堪忍して、言わないで。どこかに逃げ場をさがさないと、逃げ道はどこかにないの、キャア、なんにも思いつかないよ。でもこのままじゃ、言われちゃう、どうしたら良いの、なんとかならないの、ああもうダメだ・・・

    「ところがやな、シオはそっちよりヒマさえあればだったやんか。それはそれで嬉しかったけど、あれじゃ、ちょっとムードが・・・デートどころか買い物に行く時間さえ惜しがったし、やっと増えかけていた仕事も生理の日以外は可能な限りキャンセルしてたやんか」

集中砲火でドカドカッとグサァ。もう耳まで真っ赤になりそう。結ばれてから同居から同棲に変わったんだけど、夢中で求めちゃったのよ。それこそ狂ったように求め続けたの。朝起きてから、夜寝るまで、いや寝ても眠りにつくまで求めたの。それをほとんど毎日。今から思えば、カズ君大変だったと思うけど、そんなことを気にする余裕さえなかったの。

だって仕方ないじゃない。あんなもの経験させられたら、どんな女だって狂うわよ。恥しいけど私だってあんなに素晴らしいなら、なんでもっと早く抱かれなかったかって後悔してたんだから。そのうえやん、一緒に暮らせるタイムリミットが迫ってたやん。あの時ほど時間が惜しいと思ったことはなかったのよ。

それにしても、この話はこれぐらいでお願いだから堪忍して。カズ君優しいから許してくれるよね、私のことイジメたりしないよね。小学校からの幼馴染だよね。大事な初恋の人って言うてくれたよね。『愛しいシオ』ってあれだけ言うてくれたよね。ここまでだったら、ちょっと恥しいけど若かったんだから、ああいう状況になれば誰だって多かれ少なかれなってしまう程度の話と思うから。お願いだから追い討ちはやめて、トドメを刺すのは許して、カズ君お願い、まさかしないよね、お願いだから、どうかお願い、

    「まだ若かったし、男だし、愛しい初恋のシオだから、抱くこと自体は、何回抱いても夢のようだった・・・」

頼むからここで終って、この次は許して。お願い、もうなんでもするから。この次だけは、この次だけは私のために許して、言ったらダメ、ダメだって、

    「ここは悪いけど本当のこと言うな。ウソつくのは良くないからな。今日は白状するって決めてるから」

わぁ〜ん、死刑宣告みたいなもんじゃない。こういう場合はウソついてもかまわないから、ウソついて、見栄張って、格好つけて、ホントにお願い、一生のお願い、言われなくても反省してます。だから言葉にしないで、それだけは言わないで、これからはなんでも言うこと聞くから、お淑やかな女になるって約束するから、言わないで、お願い、絶対ダメだから、

    「さすがに、いかに愛しのシオでも限界がある事を思い知らされたわ。あのまま続けられたら本気でアカンと思た。シオと別れるのはホント辛くて、悲しかったけど、これで生き延びれたのは本音やった。シオを抱くのにあんだけ待たされたけど、これがもし後一か月でも早かったら、どうなっていたことかと」

グリグリ、グリグリと深々とグサァ。もう完全に顔は真っ赤っ赤。あれはさすがに暴走しすぎだったと深く反省してる。そりゃ、あんなもの続けたら寿命縮めると言われてもしかたがないもの。思いだすのも恥しい。そういえば、カズ君が私の生理中は妙にホッとした表情してたの思い出した。どうしてかは、あの時はわかんなかったけど、やっと訪れた休養日だったんだ。私の方はというと・・・ううぅ、生理中の我慢が辛くて辛くて、終わった途端に怒涛の・・・

    「あの時はホントにゴメンナサイ」
    「気にせんといて。ちょっと言い過ぎたかもしれへんけど、シオに隠し事は良くないし、お互い若かったからな」

気にするし、言い過ぎやし、隠してといて欲しかった。それに、ここまで言ったらフォローになってないって。

    「とりあえずあんな状態やったやんか」

『あんな状態』を説明するのに、あそこまで言わんでもイイやんか。

    「これじゃ、これじゃと思ってるうちに引っ越しになってもたんや。あれは今から思い返しても痛恨の大失敗やった」

あれ? さっき生き延びてホッとしたって言ってたやん。

    「なにか失敗したの」
    「結局、抱いただけで奥さんになる話は二度と出て来んかったやんか」

そういうことか、やっと言いたいことがわかった。ちゃんとしたプロポーズをロマンチックな雰囲気の中でやりたかったんだ。だから、あれだけデートに行きたがってんだ。本当にゴメン。私は既にそんなところを遥かに越えて、ルンルンの新婚気分で奥さんのつもりマンマンだったの。でもカズ君は、いきなり恋人になった私を抱いちゃったから、次のステップはキチンとやりたくて仕方なかったんだね。それを初恋の私とやるのが長年の夢だったから。

同棲期間のタイムリミットがあったから、私はその間に一回でも多く抱いてもらう方に熱中しちゃったから『あんな状態』になっちゃったけど、カズ君はその間になんとか恋人から婚約状態にしたかったんだ。正式でなくても、気持ちの上での格上げみたいな感じかな。それで、たぶんだけど、プロポーズ出来なかったのが重くなりすぎて、私がプロポーズを受ける気がないって方に受け取ってしまったんじゃないかな。

    「だからシオの引っ越しトラック見送る時に、どんだけ泣いたか。あれだけ抱いたのに、ついに言わせてもらえなかったと」
    「そんなことないって、抱いてもらったからカズ君の物になってるやん。だから、もうそれは言わなくてもわかってるかなぁって思って」
    「でも引っ越しして三か月もせえへんうちに、新しい彼氏が出来たっていうたやんか」

トドメのグサァ。だからあれは・・・そこは置いとくとして、やっぱりそうだったんだ。でもさぁ、あんだけやってたんだから、言い方悪いけど、私は完全にカズ君の女になってるって思ってたのよ。普通はそうでしょ。それこそ五回や十回どころの話じゃないんだし、求めたのはひたすら私なんだよ。あれでまだ疑われてるなんて夢にも思ってなかったの。


あの二年間は心を通じ合っていたと思ってたのよ。でも、実はこんだけすれ違ってたんだ。そのほとんどがカメラマンとしての私には都合の良いように転んで、抱きたいカズ君には裏目に転んだぐらいってところかな。でも私も全部良かったかというと、抱かれて二人の関係は完璧だと思ってたのに、体だけで心は微妙にすれ違っていたんだ。

一番のすれ違いは、私が奥さんになりたいって言った事の受け取りよう。私はあの日限りで、ゴメン、済んでしまったことにしてたけど、カズ君はずっと待ってくれてたんだ。そこをちゃんとしたくてしょうがなかったんだね。ああ、聞きたい、今でもそうかって。ひょっとして、カズ君がこんな話をするってことは特別の夜かも、

    「・・・・・・」

うわ〜ん。やっぱり言葉にならないよ。まだ聞きたくないんだ。じゃ、これなら聞けるかな。

    「なんで、こんな話を」
    「シェリー・バーで飲んだ夜、覚えてる」
    「うん、覚えてる」
    「あんときに、チョットどころか、いっぱい飾って言うてもてん。あれが心に重くて、重くて」
    「でも結果的にはそんなに間違いとも、言えないんじゃないかなぁ」
    「いや、だいぶどころか、かなりウソで塗り固めとった。それが心苦しかってん」

今夜はとにかくグサァと来る話だったけど、それでも『愛しい初恋のシオ』って何度も言ってくれてホント嬉しかった。そんなに思ってくれてたんだ。あの時にも言いたかったんだろうなぁ。そういう甘い言葉を積み重ねて、ロマンチックについに結ばれるのがカズ君の夢みたいだったもの。私だってそうしてもらった方が嬉しいに決まってるよ。そりゃ、女だもん。

でも、そんな時間にあの時は出来なかったのが悔しいな。どう思い返しても、いきなり結ばれた後は、ひたすらアレじゃロマンチックじゃなくて生々しすぎるものね。でもさぁ、でもさぁ、こんな話を聞かされちゃったら、お持ち帰りして欲しいなぁ。ほとんど口説かれてるのと一緒やないの。

    「・・・・・・」

ダメか。ここから先には話を進ませてくれないのよね。今夜もしょうがないか。でもね、男は初恋の人をいつまでも忘れないっていうじゃない。カズ君も同じみたいだけど、その初恋の相手が私なのは今はひたすら嬉しい。たとえこれから結ばれなくても、ずっと大切に想ってくれることだけはわかったから。それにしても、あの時の『奥さんにして』が、今言えたらなぁ。

    「・・・・・・」

やっぱりダメか。いつになったら言えるんだろう。でもそんなに遠い日でない感じだけはするの。今日の話はトドメを刺されるぐらい恥しかったけど、ここまで踏み込んだ話は今までなかったから。

この言える日は間違いなく特別の夜になる。私にとっても、コトリちゃんにとっても勝負の夜に。どちらにその特別の夜が先に訪れるかは、運命の大きな分かれ目になりそう。どっちに訪れるんだろう。私であって欲しい。その時には奥さんにして欲しいを言いたいなぁ。あの時の続きをちゃんとやるためにも、カズ君の長年の夢をかなえるためにも。

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2017-12-14 第3部後日談編:男は悩む

あの夜のコトリちゃんは緊張してたな。まあ二年ぶりやから無理もないか。でもちょうど良かった、あそこで婚約の話を蒸し返されたら、どう対応したら良いかわからんかったからな。なんとか伝えたいことだけは話せたからヨシとしとこう。あの後も会ったけど、婚約復活というか、あのプロポーズの話はなぜか触れてくれへんから助かってる。シオもそうやもんな。だから会えるってのは確かやけど。

それでも気持ちだけはわかってもた。このなんとなくわかってしまう感覚も便利なようで案外辛いわ。昔のように鈍感な恋愛音痴ならかえって気楽やったかもしれへんわ。

でも参ったなぁ、まだ無理なんや。永遠に無理でないのはたぶんそうやけど、まだだいぶ時間がかかるんや。シオにしてもコトリちゃんにしてもいくら想われても対応できへん。事故のダメージはユッキーのお蔭で回復したけど、そのユッキーを失った心の傷はまだまだ大きいんや。

シオやコトリちゃんに会うのはホントは良くないと思てんねん。だってボクにはユッキーがいるやん。ユッキーだけを想って一生過ごすのが一番エエはずなんや。ユッキーこそボクに与えられた女やってん、ユッキーも自分に与えられた男と思とったはずや。完全無欠の組み合わせやんか。ちょっと組み合わされるのが遅かったけど、それはそれやんか。

でもな、そのユッキーが夢の中でも、心の中でも『会え、会え』としか言ってるようにしかなぜか感じへんねん。これはボクの勝手な思い込みなんかなぁ。だんだんやけど、自分の考えとユッキーの考えの区別がつかんようになってる気がするんねんよ。

それと正直なとこ白状すると、シオやコトリちゃんと会うと楽しいねん。そら、あの二人に会って嬉しくない、楽しくない男なんておらへんやろ。もちろん例外は除くけど。女神と天使のアダ名はダテやないのよホンマ。

一時よりマシになったけど、ユッキーのことを思うと、どうしようもない悲しさとか寂しさで落ち込んで、気が狂いそうになる時があるねん。そんな時に二人に会うと、ホントに癒されるんや。そんな時の相手は嫌やと思うねんけど、二人は気にもせずに付き合ってくれて、話し相手になってくれるんや。ユッキーが亡くなってから、二人に何度助けてもらったことか。

それでいて友達の一線は絶対崩さへんのよ。もし崩してくれたら話は簡単で、まだ無理やから最悪それでサヨナラでもかまへんねん。シオやコトリちゃんと会えなくなるのは寂しいけど、こんな状態でそんな事を考えられへんし、やろうものならグシャグシャになるのは目に見えてるんや。まだまだ心は不安定すぎるんや。

でもなんか笑うよなぁ。菩薩様と女神様と天使様って宗教戦争かいな。菩薩は仏教で、天使はキリスト教でエエと思うけど、女神はどこやろ。やっぱりギリシャ神話やな。シオに仏教系とかヒンズー教系の女神は合わんもんな。

宗派はともかく、そんな中から菩薩だけでなくて、もう一人選ぶなんて罰当たりもエエとこやん。それこそ寿命縮めてまいそうやんか。そう祟りが起こりそうな。この場合は祟りやなくて神罰とか、天罰ってなところかな。ユッキーからの仏罰はとりあえずなさそうな気配やけど。ユッキーだけは間違ってもそんなことはせえへん。でもユッキー様ならするかも、氷姫なら極寒地獄で氷漬けの刑とか。寒いのは苦手やなぁ。

にしてもボクのどこがそんなにエエのか、自分でも全然わからへん。そりゃ、医者だからぐらいは価値があるかもしれんけど、他は風采の上がらない男やで。自分で自分を貶すのは嫌やけど、女神と天使に競われる価値があるかといわれたろゼロやん。

それでもシオはまだエエわいな。あん時の二年間を恩に感じてるって理由があるからな。それを恋愛感情に転換するのは方向違いやと思うけど、そうなってしまってるのはとりあえずしょうがないやろ。

コトリちゃんはようわからへん。たしかにプロポーズしたんは間違いないけど、もう会わなくなって二年やったんやで。その間に籍こそ入れてへんものの、心の中で事実上の結婚をユッキーとしてるんや。普通ならそれで終わりやんか。ボクにこだわる理由が皆目見当つかへん。

なんか女神も天使も選ばない方が身のための気がしてきた。下手に選んだだけでも、どっちかから天罰なり、神罰くらいそうやもん。死んでも困るけど、前の事故入院クラスをくらったら今度はユッキーもおらへんから、それこそ生き残っても一生寝たきりでウンコとションベン垂れ流しになりそうやんか。

じゃあ、どっちも選ばんかったらどうなるかやけど、あれだけ盛り上がってるというか、燃え上がっている二人を無難に鎮火させる方法なんて思いもつかへん。それこそ二人から天罰と神罰のダブルパンチくらいそうやん。こっちやったら間違いなく即死やな。

こういう困った時にはユッキー様が颯爽と登場して助けてくれたんやなぁ。まあ色恋事はあかんかったと思うけど。ホンマにユッキーだけで十分すぎたのに、なんであんなに早く死ななあかんのや。生き返ってこいユッキー、もっと二人で楽しく暮らしたかったよ。

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