2006-10-19 奈良事件に誤診はあるか
医療は人間がするものです。エコーやCTやMRIなどの新しい医療機器が開発普及したり、他の検査も種々のものが手軽に行える時代になっていますが、それでも最後は人間がする仕事です。患者の訴えを聞き、容態を診察し、その上で何の病気なのか、もしくはどんな事が起こっているのかをまず推定、判断するのは人間です。また検査結果を分析解釈するのも人間です。まだまだ機械でこれが出来る日が来るのは遠い先です。非常に人間臭い仕事だと私は思っています。
病気を診断治療する時に与えられる情報は必ずしも十分ではありません。例えてみれば全部そろっていないジクソーパズルを、完成図無しで組み立てるような作業です。全部そろっていないジクソーパズルでも長い時間をかければ組み上げる事は可能でしょうが、医療ではこれを短時間で行なう必要があります。短時間で行なうために医者は、完成図になるかもしれない元絵をひたすら覚えこみます。ジクソーパズルの断片を記憶している元絵と照らし合わせて完成図を推定するのです。そういう作業が医療の一つの側面と思ってもらっても構わないかと思います。
元絵の数は膨大です。覚えるだけでなく、断片から元絵を即座に想起する訓練も必要です。元絵も全く違ったタイプの絵ばかりではなく、非常に良く似た絵もたくさんあります。似ていても絵が違えば診断も治療も異なることがあります。医療の進歩とは新しい絵を見つけ出す事もありますし、似た絵を的確迅速に区別する方法の開発も含まれるかと思っています。
似た絵の区別の為に類似する絵のグループ分けを行ないます。このグループ分けの基準は大雑把に言えば治療法の違いで為されていると言えば良いかと思います。同じグループの病気であれば、かなりの段階まで行なわれる治療が近いという分け方と考えて頂ければ良いかと思います。なぜこんなグループ分けを行なう必要があるかですが、すべては治療のためです。病気は待ってくれません。場合によっては秒単位で治療方針を決め実行する必要があるのです。秒単位とは大袈裟と思われるかもしれませんが、しがないうちのような外来診療でもそんな作業が連日行なわれています。
確定診断もそうですが、グループ分けでさえ簡単ではありません。グループ同士でも非常に見た目が似たものがあり、この区別が症状が乏しい段階では判断がつかないことがあるからです。お恥ずかしいお話ですが、最初の診察でAグループと考えていた病気が、数日後に再診すればBグループと判明する事はしばしばあります。そのため常に医者は診断に絶対の確信をもてないときには、他の可能性への配慮を怠らないように診療に従事しているといえます。
医者にとって難しいのはたとえばAとBの二つの可能性があった時、どちらかを選ばなければならないです。「どっちか区別がつかないから治療できない」とは言えないのです。こういう事態は診断だけではありません。治療法の選択もそうです。ある病気の治療法が一つしかなく、それさえ選べば治るというものなら苦労はないのですが、同じ病気であっても症状により複数の選択枝の中からどれかを選び決定しなければならないのです。
うちのような小児科診療所レベルであるなら、結果として正しくない診断、治療法を一時的に選んでも、「効かなかった」時点で方向転換し軌道修正すれば大事になりません。ところが本当の緊急事態であるなら、医師は重大な決断を常に迫られる事になります。うちレベルでは選択が結果的に正しくなくとも、もう一度やり直せる時間があります。ところが事態によっては、一度選んだ選択は二度と引き返せない事がほとんどで、なおかつそれは生死に直結します。
ある病態である選択枝を選び患者が不幸な転帰を取ったとき、医者が考える誤診の基準は、選択枝を選んだ時点の情報で、その治療を選んだ妥当性、また他の選択枝を選ばなかった妥当性、さらには選択枝を選んで治療行い、それに効果が得られなかったときに、違う選択枝を選びなおす余地があったかどうかを問題にします。
たとえば最初の時点でAとBと言う治療の選択枝があり、医学常識としてAを選ぶのが妥当であると考えられるのに、わざわざ可能性の低いBを選んだ場合がまず挙げられます。続いて最初の時点でAを選んだのは妥当な判断であるが、その後の治療経過から、ある時点でAは治療として正しくないと判断し、Bに選択を変える余裕やチャンスがあったにも関わらずAに固執した場合も挙げてよいと思います。
ここで結果的に正解が可能性の低いBであり、経過の途中でBに変えるチャンスのないものに対しては医師は誤診と考えません。これは医学の限界であり、この結果としての判断ミスを誤診として咎めるのなら医療は成り立ちません。その代わり、その症例でAでなく少数派のBを選ぶべき判断基準がどこかにないか必死で研究します。そうしないと今後に同じ事態に直面した時、医者は必ずAを選び、なおかつAを選んだ事で患者を助けられない事が繰り返されるからです。これが医学の進歩です。
このブログを読まれる諸先生方の中には異議のある方もおられるかもしれませんが、私はそう考えています。こういう視線で今回の奈良の事件を分析したいと思います。これは私もよく読ませていただいているphysican先生のブログからです。ネタの大元はm3.com発のようで現時点ではもっとも真相に近いと考えられている経緯です。信憑性は現時点では確証をもてませんが、個人的には信じても良い内容です。
患者さんは予定日超過で入院し、入院当日からPGE2の内服で分娩誘発されていて、当日の午後に服薬を終了、自然に経過観察していたところ、準夜帯から自然陣発したとのこ とです。ところが、午前0時頃に突然意識消失のような症状が出現したため、産科当直医が院内の内科当直医に診察を依頼し、内科医の診察を受けました。
内科医が対光反射や一部の神経学的所見を診たところ、意識レベルが低い(痛み刺激には反応あり)ものの他の異常所見が無く、また陣痛発作時には産婦が声を上げて痛がるなど したため、産科医と内科医で「陣痛発作に伴う失神だろう」と判断したとのことです。この際に「内科医がCT検査を行うことを主張したが産科医が拒んだ」などと報道されてい ますが、両者の間でそんな押し問答のようなやりとりはなかったようです。その時点では血圧は正常で、子宮口も4cm程度開大していたため分娩経過を診ることになり、産科医 は当直室に戻ったとのことです。
しかし、その約1時間半後に痙攣発作が生じ、この時点では血圧が180前後まで上昇していたため、産科医が子癇発作と判断し、マグネゾールを静注して奈良医大病院に搬送を 依頼ました。ところが、奈良医大の産科病棟が陣痛待機室のベッドまで入院患者が溢れるほど満床であったため受け入れることができず、また、容易に搬送先が見つかりませんでした。
大淀病院の産科医の先生はいつでも搬送できるよう、今か今かと「受け入れ先が見つかった」との連絡を待ちわびていたらしく、CT検査ももちろん考えたようですが、( 今、患者を動かして再発作を起こしたら母児ともに危険かもしれない)(CT検査に行っている間に搬送先が見つかったと連絡が来るかもしれない)など考えて躊躇されたようです。
苛立つ家族に囲まれ、産科医自身も大阪の高次医療機関に数件電話するなどしたようですが、全て断られたとの事でした。最終的に搬送先が見つかったのは、搬送を申し入れ てから二時間余り過ぎた後でした。
聞けば聞くほど悲しい内容です。報道では、かなり産科医を悪辣に糾弾しておりますが、このような経過では同情を禁じ得ません。一番の問題は、受け入れるベッドの絶対数が奈良県では不足していることにあるように思います。刑事事件へと進展しそうな気配ですが、このような例が刑事訴追されることを、我々は容認してはいけないと思います。
経過を要約します。
- 妊婦は予定日超過の為に入院した。
- 予定日が超過しているために産科医は陣痛促進剤の投与が必要と判断した。
- 夜になり陣痛が発生したが、午前0時ごろ意識消失発作のような症状が起こった。
- 産科医は当直の内科にも依頼し二人で診察を行なった。
- 二人で診察した結果、「陣痛の痛みによる失神であろう」と診断した。
- 分娩経過を見ていたところ、その1時間30分後に痙攣発作が起こった。
- 産科医は血圧が180mmHgまであった事から、子癇発作と診断し、その治療を行ないながら高次病院への搬送を行なおうとした。
- 以後は昨日のエントリーをご参照ください。
この経過の中で最初のポイントは午前0時の意識消失発作の様なものでしょう。この時点で産科医が取った行動は、当直の内科医にも診察を依頼し、二人で慎重に「陣痛の痛みによる失神」の可能性が高いと判断しています。この時に病院内にいた医師はおそらくこの二人だけでしょうから、その時点で最高の診断行為を行なったものであり、この判断はこの時点では妥当であると考えます。
その後は助産師が随時分娩進行状況をチェックしていたはずであり、午前0時時点で4cm、初産婦でなおかつ32歳の年齢を考えれば、まだまだ分娩は先と考えるのが普通です。報道によればこの時間産科医は、分娩と翌日の診療に備え仮眠を取っています。この行為もまたごくごく当たり前の行為です。
強いてを言えば午前零時の時点で「意識レベルが低い(痛み刺激には反応あり)」をどう判断するかだけです。これだけの情報で産婦の脳出血を疑い、被爆の可能性を冒して頭部CTを取る必然性があったかになります。これも憶測ですが、産科医と内科医だけではCTを動かせるかどうかが疑問です。私もよう動かしません。そうなると真夜中に放射線技師を呼び出す必要があります。そもそも時間外に放射線技師が飛んでくるオンコール体制があったかどうかも分かりません。
もう少し言えば、次の痙攣発作があったのが約1時間30分後です。放射線技師を呼んだとしても、真夜中の事ですから、5分や10分で来ることは難しいだろうと思います。起こされて、着替えて、顔を洗って、おもむろに出かけますから、どう考えても30分以上かかります。場合によっては1時間かかってもおかしくありません。またCTという機械はスイッチ一つですぐ起動ではありません。変わっていなければ30分程度は必要だったはずです。結局呼んでも痙攣発作に間に合ったかどうかのレベルのお話になります。
次のポイントは痙攣発作が起こった時点の産科医の判断です。ほぼ即座に子癇発作と考え、治療を開始するとともに高次救急への搬送を決断しています。子癇発作といっても私如きでは医学部教育のレベルに過ぎないのですが、これだけで非常に危険な状態であるのだけは分かります。母子ともに危険な状態で、即座に分娩(帝王切開にほとんどなるらしい)を目指しながら、母体の治療に全力を挙げなければならないものだそうです。
この時間帯でのこの病院の産科医は一人、子癇発作を起こしてる産婦の帝王切開なんてリスクの高いことはとても一人ではできません。搬送の決断の妥当性は言うまでもありません。この病院で出来ることの限界を超えているのは明らかです。限界を超えているからこそ素早く搬送の決断を行なったと言えます。
この産科医の判断に誤診はありません。言葉に語弊があるかもしれませんが、この病院で出来ることのすべてを正しい判断で行なっています。結果的に産婦を死に至らしめた、脳出血も、これだけが単独に起こったのか、子癇発作に伴って合併したのかは今となっては分からないかもしれませんが、私の乏しい知見では子癇発作の痙攣は特徴的なものであると聞いています。練達の産科医であるなら、子癇発作の診断は信を置いても良いかと考えます。
physician先生の情報が真相であるなら、痛ましいことですが、この産婦の死は脳出血が起こった時点で不可避に近かった事になります。最良の結果でも脳出血の影響により重い後遺症が残っていたと考えられます。むしろこれだけ最悪の状況であるのに、子供だけでも無事助かったのは奇跡に近いかと思います。
これだけの事をして刑事罰として起訴されるのなら、もはや医療が日本で成立しなくなると考えるのは私だけでしょうか。寒気がして鳥肌を立てている産科医が無数にいるはずです。他科医も似たようなものですし、もちろん私もそうです。それでももっと怖い事に、これが先例となって、こういう事件がもっと続出する素地が確実に出来上がっています。
医療をどうしたいのかもっと真剣に考えて欲しいと思います。これはこの悲劇に残された家族の願いでもあるからです。
- http://d.hatena.ne.jp/reservoir/20061019
- 奈良事件
- http://d.hatena.ne.jp/masaco21/20061019
- 主治医にミスなし
- http://d.hatena.ne.jp/miccoK/20061019
- http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20061019
- 奈良の妊婦が19病院で搬送受入出来ず
- http://d.hatena.ne.jp/harux/20061020
- http://d.hatena.ne.jp/taron/20061020
- 「マスコミは国民の判断を誤らせるな」
- http://d.hatena.ne.jp/antonian/20061020
- 18病院が受け入れ拒否…出産…死亡
- http://d.hatena.ne.jp/gamma_ut/20061021
- http://d.hatena.ne.jp/hanikyo/20061021
- 奈良の事件を考える
- http://d.hatena.ne.jp/arisugawajuri/20070628
- http://d.hatena.ne.jp/sci98/20070630

この件に関して県警が刑事罰を想定して捜査を行うようですが、私としては正気の沙汰とは思えません。受け入れを断った病院にも捜査を開始するとか何とか情報が錯綜しているようですが、これに到っては「お気を確かに」としか言いようがありません。
産科医療が壊滅するのは明らかですが、それとは別に私としてはこちらのblogに先日まで書かれておりました記事と関連して、今後は成人(特に高齢者)の救急搬送受け入れ不能に伴う搬送途中の死亡が数多く発生することだろうと予想します。確実にそういう世の中になると思います。療養型病床の削減は既定路線ですが、在宅への転換など現実に可能なわけもなく、退院を拒む患者が療養型病床にあふれ、そのため急性期病院からの退院が滞ります。これは確実です。すると、本当に急性期治療が必要な患者さんを受け入れる余裕がなくなります。一般の方はよくわからないかもしれませんが、ベッドがない状態で重症患者を受け入れることは不可能です。かくして受け入れ病院を求めて救急車が夜間ひたすら走り回る(もしくは今回のように搬送先が決まらず1−2次病院で待機し続ける)ことが常態になるでしょう。里心を出して受け入れたものの結果が悪ければ訴訟になりますし、一刻を争う気管内挿管が必要な患者さんに処置をしようとしても挿管困難でうまくいかなければ(一定の確率でそういう人はいます)訴訟になり、「一か八かでやっては困る」といわれるという状況が、崩壊を加速しています。
これはイギリス型といっていいのではないでしょうか。ただ超richな人向けの高齢者医療(と特養の中間みたいなもの)はSコムやOリックスが狙っていると思いますので、そういう部分はアメリカ型になるのでしょうか。
もうおしまいだと思いますが、思った以上の急速な崩壊の速度に驚いています。
昨日の書き込みについて、”投げやりな姿勢に疑問を感じます”、と批判されましたが、まさにその通りです。医療現場にいるものだけが分かる、今まで感じた事の無い、この無力感。嫌とか不安とか言ったものではなく、無力感です。
今度の事件は過去の全ての医療事件を超絶するものです。成り行き次第では、後に医療のターニングポイントとして、公衆衛生の教科書に記される事となるでしょう。そうならない事を祈ってやみません。
勤務医はやる気が命、やる気さえあればどんな苦難も乗り越えられますが、そのやる気が。当院の医師も科を問わず何人も同様の事を言っています。何とか無事に解決してもらって、国には医療体制を充実していただきたいです。
>I11さま
横レスですが、私も日本の医師ですので、お答えしたいと存じます。
I11さまは、日本の今の医療の状況がどのようなことになっているかご存知でしょうか。恐らく、身近に重病の方がいたり、近親者が死亡したりした経験がおありでなければなかなか詳しく知る機会がないと思われます。
日本の保険医療は現在大変な危機の状態にあります。それに対して医師は何をしてきたのかというご質問ですが、日本の医師は「診療行為」で手が一杯なのです。若いころは寝食を忘れて(忘れさせられて)死ぬ気で技量を磨きますし、中堅になれば若手の指導を患者様の診療をしながら続けております。開業すれば、事業主としての責任も発生して雇用している人々の問題の解決にも時間を割く必要が出てきます。
I11さまには反感を買われるかもしれませんが、医療行政(医師の配置や医療費の分配)は医師の直接の仕事ではありません。医師の本分は患者様を診察し、診断し、加療し、時には入院していただき入院加療し、なるべく早く原因を突き止めて改善すべく加療し、退院していただき、外来でフォローアップすることです。これで医師の持っている時間は一杯一杯です。医療行政は医師の仕事ではないのです。医師の配置も医療報酬も全て厚生労働省に細かく既定されており、医師にはそれに従う以外に枠組みを変える力がございません。救急病院の配置も、ベッド数の配置目標も、医師が決めることは不可能なのです。それは行政の仕事です。
「その日」が来ることは自明のことでありましたが、それを阻止することまで医師の仕事なのでしょうか?私はそうは思いません。というかそこまで求められても対応はできかねます。日常的に医療機関に殺到してくる患者様の診療で手が一杯なのです。責任は行政にあることを改めて強調しておきたいと思います。ただ、行政は世論を反映します。今後は一般の方々が、今の状況を何とか改善しろと「行政に」圧力をかけていただきたいと希望します。医師会は圧力団体と一般の方は思っておられるかも知れませんが、医師会はもう圧力をかけられるだけの力がありません。もし力があるのなら、なぜ先進国の中でGDP比で最低ラインの医療費がさらに削減されることが了承されるのですか。
また、医師は完全に手をこまねいていたわけではありません。マスコミの暴力的かつ無知な報道の洪水の中で医療の情報が歪められることに心を痛める医師は数多くおります。日々の診療に手一杯で従事しながらも、たとえばこのblogのように、医療の問題点を考え、分析し、ネットの世界で発信している医師が他にも数多くおります。これだけでもやりすぎなほど十分だと思います。開業医としての仕事もしている個人にこれ以上求めるのは限界だと思いますが、いかがでしょうか。
ともあれ、一般の方(と思われる)が、日本の医療についても、内情などわかるはずもなく、マスコミの偏向した情報に、知らないうちに先入観を持たされてしまうのは仕方のないことだと思います。もしお時間がありましたら、私が以前書きました、このblogでのコメントを参考にしていただければ幸いです。2006-08-11 「小市民と訴訟リスク」のなかにあります。
他所のエントリですが、医療関係者の気持ちをよくあらわしていますので、紹介します。
http://d.hatena.ne.jp/chirin2/20060829#p3
>止める事ができたのに止めなかったのだとすれば
この一節が秀逸です。予測できる=止められると飛躍し、できないなら医師の資質を疑うなんて、完璧超人が主人公のドラマの見すぎではないでしょうか?
現実の問題に対して目を反らしすぎでしょ。苦悩してる医師の方々を一方的に責める冷酷さに驚きを隠せません。
いかなる意見にも先に丁寧に返事することが、炎上を避ける方法だと思いまして記させていただきました。掲示板上では基本的に書かれたコメントがすべてであり、それが一人歩きしていくものだと思います。コメントを見て「そうだそうだ!」と燃え上がる一般の方もいるかもしれませんし。連鎖を止めて、荒れを防がなければなりません。ここでは。
朝起きてみたら、すごい書き込みがありますね。日々診療に追われている現場医師(勤務医も開業医も)には医療行政に触れる機会がほとんど無く、その複雑怪奇(わざとか、と思う事もあります)な制度など、断片的に理解しているに過ぎません。せいぜい院内説明会で聞く程度でしょう。
そのなかで、医療制度だけでなく様々な制度・問題点を、全体像を頭上で再構築されたうえで、ここまで詳しく、分かりやすく、読みやすく、しかも無償ボランティアで書かれているYosyanさんは、すごいというか、私には到底できない段違いのレベルです。医療への貢献度は十分すぎるぐらいと思います。
初めてこのブログを見たときは、「開業医のはずが無い、そんな時間があるはず無い、医者がここまで法や制度に詳しいはずがない、どこかの新聞社の第2サイトか?」と思っていたぐらいですから(マスコミには、記事にはできないような事を、本HPとは別のHPを作って書いている所もあります)。
今日はどうモチベーションを保とうかな。私がしっかりしないと部下たちはすぐ感じ取ってしまいますからね(他人の気持ちを推し量るのも医師の大事な仕事なので当たり前ですが)。括弧の多い、見苦しい文章ですみませんでした。yamada様、了解しました。全く私に悪意のあるような書き込みに思えませんでしたので、多分そうかなと思っていました。
このニュースを初めてニュースを聞いた時、こめかみの強い痛み・けいれん・いびきというキーワードが出てきましたので、
「実は脳出血だったって話じゃないだろうな」と思ったところ、その通りでしたので、非常にびっくりしました。
誤診は無かったとの御意見ですが、
記者会見では次のような回答が、病院側から成されています(以下毎日新聞より抜粋)
>記者)内科医は脳の異状の可能性を指摘していた。その根拠は。また、それでもCT(コンピューター断層撮影)を撮らなかった理由は
>病院)けいれん、いびき、瞳孔が開く状況があり、内科医は頭に何か異状が起こっていると思ったようだ。
>一方(主治医の)産科医は、頭の中に出血があると血圧が高くなるのに当時は安定しており、子癇発作を疑い、動かすことの悪影響を考えて撮影しなかった。
>結果的には脳内出血だった。子癇と疑ったことに判断ミスがあった
意識消失、痙攣、急ないびき、とくれば、内科医が言うように脳の病気である可能性を強く想定すべきである、ということは
少しでも救急講習等を受けている人間であれば常識じゃないかと思っていましたが、その点に付いてはどうお考えでしょうか。
既に報じられている通り、カルテにはこめかみに強い痛みを感じていたとも記載されていました。
病院側の発表にあるような、痙攣・いびきという症状はそもそも無かった、という話なんでしょうか。
もしそうなら、不幸な診断違い(あえてミスとはいいません)であったとも出来るでしょうが、
上記のようなシグナルを見落としていたのであれば、誤診ではないとするにはいささか苦しいのではないかと思います。
新聞記事は後からつまみ食いして(悪意を持って)再構成したものですので、Yosyan先生のこのエントリーをもう一度良く読んでみて下さい。
ソースは出所不明の便所の落書きですが、信頼性は高そうです。
脳内出血を疑わなかったってことはないんじゃないですか?
ただ,脳内出血と確定させることよりも,CTを撮る事のデメリットをとっただけだと思います。
脳内出血の可能性を疑いCTへ移動。でも実際は子癇で,CT室へ移動中に再発作。連続勤務で朦朧としていたいくつかミスしつつも,緊急帝王切開でなんとか出産。
しかし脳性麻痺を起こしていて・・・以下略(CT撮影による影響ででも裁判所的にはいいのかしら)
なんてのも頭をよぎったのでは?
子癇発作中に、脳出血が起こる事が結構あるそうです。また、子癇と妊娠中の「純粋な脳出血」の起こる頻度には100倍の差があり、まず可能性の高く危険な方の対処を普通は優先します。子癇ではCTですら致命的となる事があるそうです。
しかし、後で振り返ると非常に軽率な治療で幸運が重なっただけではないかという思いが私の中に湧いてきました。その後行われた医局会でもそういった意見が出ました。微量とはいえ胎児が居る状態でのCT検査のリスクをどう抑えるのか?頭部以外にプロテクターを3枚重ねで覆い対応しました。AVMとした根拠が希薄ではないか?造影検査(CTや血管造影)が必須だが状況的に行えなかった。AVMとして手術する適応が在ったのか?Spetzler分類Iと手術適応があり、かつ危険性の低いAVMであった事は幸いであった。等々の議論が続きました。
今回の奈良の症例の詳細は不明ですが、ハイリスクであった事は間違いなと思います。我々の症例では脳外科医4名、産婦人科医3名、麻酔科医2名、小児科医3名、放射線技師1名、手術室看護士5名の人員を必要とし、NICU, ICUにベッドが必要とも成りました。これだけの人員と時間(脳外科手術だけで5時間)を費して、何とか可能だったと思います。「もし脳外科が私一人だったら?」「麻酔科医が居なかったら?」「再出血を起こしたら?」とか薄氷を踏む状況だった事は確かです。ただ、幸運だった意外にもその場に居た全ての物がそのリスクを理解し、恐れおののきながらも最大限の努力をした結果だと思います。結果論で批判をするのは愚の骨頂だとは思いますが、奈良の症例の結果にはやりきれない点が多いのも事実です。(長文失礼しました。)
地方の町立病院と大学病院の医療資源を同一の視点で、評価するのは、無理があるのではないでしょうか?
とても残念な結果になって、医療従事者は複雑な気持ちで今回の行方を見守っていると思いますが、私は、大淀病院の1人の産科医が責められるケースであるとは思いません。
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からまいりましたが、冒頭の「元内科医 2006/10/19 17:00」さまのコメントに、戦慄を覚えました。予想はすべて現実になっています。