2006-10-20 まだチャンスはあるのだろうか
たくさんのコメント、TBありがとうございます。コメントに対していちいちご返答させて頂きたいのはヤマヤマですが、これだけ来ると対処が難しく、ある程度まとめてになる失礼をお許しください。
正直、一昨日のエントリーへの反応は驚きました。エントリーにも書きましたが、頻発する医療訴訟の判決、判決に至らなくとも訴訟を起こされた報道を読むたびに医者は縮み上がっています。誤解して欲しくないのですが、明らかな医者のミスに対する断罪は気にもしていません。「そんなものはオレはしない」と医者なら誰も考えています。人間という不確実性に溢れた対象に行なうという医療という仕事は、それぐらいの自信が無いと到底出来る仕事ではないからです。ところが状況を当てはめて、自分でもおそらく同じ診断の元に同じ治療をする可能性があるものにはひたすら恐怖します。
医療での診断や治療法の選択は、絶対の正解はほとんどの場合は無く、高い確率でこちらの方が可能性があるという判断から行なわれます。確率は高いだけですから、低い方の可能性が出現した時には治療効果が現れないことになります。それでも病気の重症度が軽い時や、病状の進行がゆっくりしている時には、効果が無い時点で最初の診断や治療方針が正しくないと判断ができ、新たな診断や治療法でやり直せます。この程度の事は医療では日常茶飯事です。
ところが重症でその時点の判断が生死を決する場合もあります。この時の診断や治療法の選択も可能性が高い方を選択します。これは医者でなくともあらゆる職業でそうかと考えます。わざわざ可能性の低い方を選択する理由がないからです。そこで可能性の低い事がもし起こったら、これはもう医学の及ぶところではないと考えます。医学の限界を超えた不幸な事故と考えています。
ところが昨今の風潮は可能性の低い事が起こる事を予期しなかった事を痛烈に批判します。これは医者にとって想像を絶する負担となっています。ごく稀に起こるが、十分な準備をしておけば予防可能であると判断されればすべてミスだと断定されます。このごく稀に起こる事態へのすべての準備は、読むだけなら美しい言葉です。何と言っても医療は人の生死に関わる職業ですから、ごく稀であっても準備をしないのは怠慢であるというのは正論であるのは広い意味で認めます。
医師は「それをせよ」と言われればします。医師の最大にして唯一の目的は患者の病気を治すこと、また患者の生命を救うことです。そのためにはあらゆる努力を惜しみません。出来る範囲の事は最大限の努力を重ねて既にしています。それでも想定できるすべての事態にはなっていません。それはなぜでしょう。
すべての事態に想定した準備は膨大なスタッフ、莫大な設備を要します。当然それには膨大な費用がかかります。これが出来るだけの費用が与えられるなら、医者なんて専門馬鹿ですから、ひたすらその実現に邁進します。そういう人種が医者です。ところがそんな費用は無いのです。せいぜい確率の低い事態の中で比較的高いものに対する準備が精一杯です。
またその準備が空振りに終わったときには、これは経営の面から強い牽制が行なわれます。医療費の無駄遣いであるという批判です。世間では医療費は削減するものであり、増やすなんて事は極悪の所業であるとの認識が行き渡っています。そうなれば医者は不測の事態への準備をギリギリまで削る事に腐心せざるを得ない事になります。
かくして医者には二つの矛盾した要求が突きつけられることになります。
- 医療費を削減するために不測の事態への準備を出来る限り最小にする事。
- もし不測の事態が起こったときに万全の準備が出来なかった事への責任を取る事。
この二つの絶対的な要求の前に、医者は神である事を要求されます。絶対に診断も治療も間違わない事です。その患者の病気の診断に無謬である事が必要であり、治療には水も漏らさぬ完璧性を要求されると言う事です。これが出来ないものは断罪されるという明白な現実です。
それでもなんとかこの要求に応えようと医者は健気に努力してきたと思います。ところが現実に断罪される事象を次々と目の当たりにさせられると、医者の心は重圧と疲弊に耐えかねて折れます。
- 無理な可能性のあるものには手を出さない。
結果責任を厳しく追及されたものの起こるべくして起こった反応です。実はこういう精神は医師としては恥ずべきものだとこれまでは考えられてきました。99.9%無理であっても、0.1%の望みに最大限の希望を託して努力するのが医療だと信じてきました。それが医師の使命であり、医師が医師たる所以と固く信じ込んでいたのです。
この高邁な使命感が医療を支えていたと思います。この士気の高さが激務と呼ばれようが、労働基準法の枠外の奴隷と呼ばれようが現場を支えてきた原動力だと思います。またこの士気が育まれたのは医学教育から現場にまで一貫して流れる気風です。この士気が音を立てて崩れているのが現在の医療状況です。
医師はこの状況変化を敏感に感じています。この変化が医療崩壊を招くと予感し、状況改善を粘り強く働きかけています。この働きかけは残念ながら誰の目にも止まらない程度のものでしかありません。「なんで黙っていたんだ」の批判もあるようですが、なにも黙ってはいません。いくら訴えようとも誰も聞いてくれなかったのです。団体レベルなら日医や学会も繰り返し要求していますし、有志レベルでは周産期医療の崩壊をくいとめる会などの団体が活動しています。個人レベルでは私も含めてブログなどで出来うる限り訴えています。
それでもほとんどの人が無関心です。無関心は言い過ぎかもしれませんが、少なくとも一般の方々が最大の情報源にされているマスコミは無関心です。無関心の上に医療側からすれば事実をかなり歪曲して報じています。歪曲かどうか、どこに真実があるかの検証はまた別の問題になりますが、今回の奈良事件でも報じよう一つで印象は全く異なったものになります。たとえば、
- 子癇発作から脳出血を起こした妊婦に緊急治療が必要となったが、これの治療が可能である病院が夜間でもあり、なかなか見つからず、受け入れ病院を見つけ出すのに2時間以上かかった。救急体制の速やかな整備が求められる。
この程度の内容を主としていれば、医療現場の厳しさ、今求められているものが浮き彫りになり、体制整備のためにどうしたらよいかを考えるきっかけになるかと思いますし、現場で苦労している医者として望ましい医療体制について積極的に発言していけます。ところがほとんどの場合、貧弱な医療体制については片手間に触れる程度で、主として誰が犯人であるかの報道に終始し、疑わしいとマスコミが決め付けた人物には嵐のようなバッシングを浴びせます。マスコミ挙げてのバッシング中にいくら医療サイドから声を上げても誰も聞こうともしませんし、マスコミも完全無視の姿勢です。
良きにつけ悪しきにつけ、マスコミが報じない運動は「無かった」ものとして判断される風潮が蔓延しています。マスコミが報じない程度の運動は、運動したうちに入らないと判断される方が多いようです。そうなればマスコミが意図的に情報操作することにより、あらゆる不都合な運動は無かったものになります。それはおかしいのではないでしょうか。
そういう風潮の中で私も含めて医療関係者は暗澹たる思いを浮かべています。それでも今回の事件に関するエントリーの反応に、少しだけ希望が見られました。私のエントリーはお読みになられたとおり、マスコミ報道とは別の視線で書いたものです。それに関して理解してくれる人が決して少なくない事が分かったからです。
うちのブログを初めて読まれた方はご存じないと思いますが、とくに福島事件以来、医療問題、医療危機について出来る範囲で種々の考察を行ってきました。そこで導き出された結論は、
- 医療危機→逃散→医療崩壊→焼野原
この路線は今や防ぎようが無いというものです。医療は医師が決め構築できるものではありません。国が定め医師が従事するものです。医師はこの医療危機について出来るだけのチャンネルを用い改善を訴えてきました。ところが成果はゼロに近く、ゼロどころか医療関係者の思いとは逆の施策が次々と打ち出されています。
では誰が医療の流れを変えれるか。医療は国が決めるものですから、国民の多数が望まないと変えられません。いくら医療者が悲憤慷慨しても変わらない事だけは証明されています。この事件もマスコミ報道は個人犯罪として事件を矮小化させようと何故か必死です。本当は個人ではなく体制の問題であるのは、少しでも考えてもらえれば分かることです。
それを分かってくれる人が今回の事件でおられる事が分かり、少しだけでも希望がでました。この流れが大きなものになってくれる事を私は祈ります。崩壊や焼野原を口にしている医師も心の底からそれを望んでいるわけではありません。そこまで行かないと誰も気がついてくれない絶望感から口にしているのです。
医療は必要なものです。不要と考えている人は少ないかと思います。どんな医療が望ましいのか、望ましい医療を実現するにはどうしたらよいかを考えて欲しいとひたすら願っています。
- http://d.hatena.ne.jp/natsuki821/20061020
- http://d.hatena.ne.jp/supportista/20061020
- http://d.hatena.ne.jp/taron/20061020
- http://d.hatena.ne.jp/inumash/20061020
- マスコミ報道と祈り
- 勝手にコピペ@奈良の妊婦死亡
- http://d.hatena.ne.jp/munyuu/20061020
- http://d.hatena.ne.jp/noctifer/20061020
- http://d.hatena.ne.jp/C-me/20061020
- http://d.hatena.ne.jp/antonian/20061020
- http://d.hatena.ne.jp/k-i-t/20061021
- 18病院が受け入れ拒否…出産…死亡
- http://d.hatena.ne.jp/gamma_ut/20061021
- http://d.hatena.ne.jp/Dryad/20061021
- http://d.hatena.ne.jp/V301SH/20061021
- 奈良妊婦死亡事件
- http://d.hatena.ne.jp/marmoo/20061022
- http://d.hatena.ne.jp/naoya2k/20061024
- 奈良の事件情報に関する個人的なまとめと感想
- http://d.hatena.ne.jp/arisugawajuri/20070628

当夜の当直は外科系は整形外科医、内科系は内科医、産婦人科は奈良医大から派遣の当直医。
患者さんは午前0時に頭痛を訴えて失神、ただ痛みに対する反応(顔をしかめる)はあった。産婦人科当直医は念のため内科当直医に対診を依頼、内科医は「陣痛による失神でし ょう、経過を見ましょう」ということになった。しかしその後強直性の痙攣発作が出現し、血圧も収縮期が200mmHgになったので、子癇発作と判断、マグネゾールを投与し ながら産婦人科部長に連絡した。部長は午前1時37分、連絡してから約15分程で病院に到着。以後二人で治療にあたったが、状態が改善みられないため、午前1時50分、母 体搬送の決断を下し、奈良医大へ電話連絡を始めた。
午前2時、瞳孔散大を認めるも痛覚反応あり。血圧は148/70と安定してきた。この時点で頭部CTも考慮したが、放射線技師は当直していないし、CT室が分娩室よりかな り離れたところにあること、患者の移動の刺激による子癇の重積発作を恐れ、それよりも早く高次医療機関をさがして搬送するほうがよいと判断、電話をかけ続けたが、なかなか 搬送先がみつからない。
午前2時30分、産婦人科部長が家族に状況を説明、そのあいだにも大淀病院の当直医や奈良医大の当直医は大阪府をふくめて心当たりの病院に受け入れ依頼の電話をかけつづけ た。家族はここで「ベビーはあきらめるので、なんとか母体をたすけてほしい。ICUだけがある病院でもいい」と言ったので、NICUを持たない病院にまで搬送先の候補をひ ろげ、電話連絡をとろうとした。家族も消防署の知り合いを通じ、大阪府下の心当たりの病院に連絡をとって、受け入れを依頼した。この頃には産科病棟婦長(助産師)も来院、 手伝いはじめてくれた。大淀病院看護師OGで患者さんの親戚も来院し、多くの人が集まり始めた。けれども受け入れてくれる施設が見つからない。担当医は当直室(仮眠室)か ら絶望的な気分になりながら電話をかけ続けたし、大学の当直医は大学の救命救急部門にまで交渉に行ったが子癇は産婦人科の担当で、我々は対処できないと言うことで受け入れ 拒否された。午前4時30分、呼吸困難となり、内科医が挿管したが、その後自発呼吸ももどり、サチュレーションは98%と回復した。その後すぐに国立循環器病センターが受 け入れOKと連絡してきたので、直ちに救急車で搬送した。患者さんは循セン到着後CT検査等で脳内出血と診断され、直ちに帝王切開術と開頭術をうけたが、生児は得られたも のの脳出血部位が深く、結局意識が戻らないまま術後8日目の8月16日死亡された。
仮眠する暇などあったと思いますか。
地獄のような深夜の分娩室や当直室の雰囲気がひしひしと感じられますね
Totoro 様
「悪者の医者が、また自己弁護のため、真実を伝えるマスコミに裁判を起こした」と袋叩きに合うだけでしょう。もう、どこのブログも掲示板も、諦め感が強い書き込みが多くなっています。今日は、士気の低下という形で、現場にまで影響が出ていました。そして当直をめぐり不穏な動きもあります。
私はお年寄りの外来時間外の診察を依頼されることがよくあります。
入院が必要な方でも病院が全館満床で他の病院に電話で交渉し、断わられることが最近ずいぶん増えてきました。どこも重症で入院が必要な患者さんの受け入れを躊躇されているようです。そう感じるようになったのは今年になってからです。
今回この事件で感じることは転送先に送るまで すべて最初に診察した医師の責任になってしまうことです。自分も5−6回断られ急に悪化しないか冷や汗が吹き出たことが何回もあります。その時の患者さんの家族の冷ややかな顔が忘れられません。
今回の事例と合致してはいませんが、救急センターの医師でない限り、重症の患者さんを受け入れるのは嫌だな できるだけ避けたいという雰囲気になりつつあります。
http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__2603285/detail
ワイドショー的な記事のつくりで(不正確な情報から専門家の意見を聞き、報道する側にとって都合のよい情報のみ集めている)、医師を悪者にしたてあげようとする意図をびしびしと感じるのは私だけでしょうか?
こちらはまだマシですが、この記事もネット上のソースからかけ離れている情報を元に話が展開されていますね。
livedoor ニュース - 時のことば『産科医療の闇』
http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__2602625/detail
医師の仲間内の庇い合いのほうが怖いよ
報道されなければ見ない聞かないという姿勢のほうが怖いよ
何とか気力を振り絞って、仕事を終えて帰ってきた(部下たちはまだ残っている)。人間、気力がなくなると疲れがドッと出ますね、もう年なのでしょうか。
もう医者辞めて転職しようかなっと冗談気味に家族に話すと、「医者が訴訟される確率は、交通事故にあう確率の1万分の1だ。保険にも入っているだろう。なにを心配しているんだ。刑事訴訟なんて、真面目にしていて故意じゃなければ関係ない」と、父親(元保険会社)。
もういちど都会に出ようかな。そうすると残された部下たちが心配だけど、医局ローテーターだから行き先には困らないだろう。もちろん当科は消滅してしまうのだけど。関西で夕方放送されたという、この事件の「特集」の詳細をネットで見ると、更に脱力感が。
やはり当直をめぐる不穏な動きは確かで、3科の1人医長(以前勉強会に来られていた方とは別人)が、院長・事務長を相手に2時間も交渉して、病院側の結論は来月の医局会までに出し、結論次第では撤退と言っておられました。当地域の夜間休日救急医療は、急速に崩壊の危機をむかえています。
当院では、医師の逃散を防ぐ唯一の策は、救急指定病院の看板を下げる事以外に無い状態ですが、そうすると田舎での病院の存在意義自体が問われる事になります。
やはり、最初に直感したとおり、医療体制における過去最大級の大事件でした。
非常に残念です。
昨今のマスコミの医師叩きにより、危険のある患者には手を出さないという方向になりつつあったんですが。
患者を受けないでも訴えられるかもしれないんですね。
これは、医師を辞めるしかないんでしょうかね。
医者同士の不祥事のかばい合いは立派な実績がありますからね。
セレブだの勝ち組だのとマスコミに医者が持ち上げられて以来、妙な勘違い医者が増えたような気がする。
http://swedenhouse-oita.cocolog-nifty.com/pediatrics/2006/10/ct_a2ce.htmlです。
774さんのお父様の
>医者が訴訟される確率は、交通事故にあう確率の1万分の1だ。
はダウトですね。
ここ数年の医事関係訴訟の新受件数は年間1000件前後です。
日本の医師免許保持者は27万人ですから、単純計算すれば確率として0.37%=270人に1人となります。
なお、産婦人科領域での平成17年度の新受件数は118、産婦人科医師数はおよそ12000人→確率1%=産婦人科医100人が1年診療すれば1人は被告になる。
・この父親の母(確か74,5歳?くらい)、つまりご主人の祖母は、65歳までずっとこの大淀病院に務めていた看護師であった
・その祖母は病院で患者に付き添っていた際、患者の様子(こめかみに痛みを訴えた後に失神、その後の経過)を見てナースステーションに駆け込み「患者の様子では脳内出血の疑いがあるのでその処置をしてほしい、CTをとってほしい」と強く訴えたのに、医師2人はなごやかにお茶を飲みながら「子癇やってよ子癇」などと笑いながら受け流して応対
といったことがあった、その時点(1時間後くらい?)で元看護師である祖母の意見をなぜ考えてみてくれなかったのか……といったような話でした。
患者側にも元ではあるけれど医療関係者ではあり、まったくの素人が事情がわからず言っているわけではなさそうです。
まあ、現役引退しているから正確な数字は知らないんでしょう。勢いで言っただけかもしれません。
けど、本質的な問題は、訴訟の数とか確率の問題ではないんですよね。理不尽さ、これに尽きます。ま、これで親とも生まれ故郷ともお別れする決心はつきました。都市部に引越し、しばらくは今の病院へ通勤です。
その番組をネットで教えてもらって愕然としているのですが、マスコミの凋落も極まれりという内容だったようですね。本当に調べて報道しているのかなあ。
本当に祖母が元ベテランナースなら、妊娠中毒症の嫁に家事・炊事をさせるわけないでしょう。
>>774さん
>けど、本質的な問題は、訴訟の数とか確率の問題ではないんですよね。理不尽さ、これに尽きます。
同意します。
私も心が折れて臨床からも離れてしまった人間です。
もっとも訴訟は大きな原因の一つに過ぎませんが。
医療の現場にあるような緊急かつ重大な仕事はITの現場では殆どありません。片方が40%でもう一方が60%の成功確立なら両方やれと言われます。結果を出せなければだめだと言われます。私には、そうした業界の考え方が他の業界でも真であると思い込んでいる人が少なくないことが問題と思えます。医療の現場の考え方にパラダイムシフトできない全ての人にYosyanさんのブログを紹介したいくらいです。
IT業界も医療と同じく、私は社会インフラ業と認識しています。そしてITもちょっとした事で人一人どころか地域全体が危機にさらされる緊急事態が何度も起こっています。医療現場でも電子化が進んでいますが、システムが支障なく動く事の重要性が、やっと従業員がわかってきた程度です。機械が止まってしまってからでは遅いことに。私はシステム保守の重要性を何度も指摘し、やっと保守費用の増額や保守常駐員の確保が実現しました。次はセキュリティーを上げる事が目標です。医療従事者の守秘義務はみんな知っているのに、何故かその実現はPCが絡むと非常に困難なのです。警察官がWinnyで情報流出という事件がまた起こりましたが、意識付けは難しいです。コツがあったらご教授下さい。
今度の事件はIT業でいうと「契約価格を絞りに絞られて赤字契約となった挙句、契約外の無償サポートを深夜に強制されて、それがクリティカルで、確率的に設定ミスの可能性が濃厚だけど、めったに無いけどハードウェアの故障、もしくは両方の障害か判断しかね、機械を動かすと致命的なと思われたため設定を変更してみるも、1時間ほどしてハードウェアの故障の疑いが確信され、かといってここで直すのはもちろん、機械の検査も無理と判断し、緊急修理をお願いしようにもそんな時間帯に対応できる人も機材も無いと関連会社からも、他社からも断られまくり、数時間システムが止まったままで、やっと遠い本社が受けてくれたものの、死人が出たため警察が入ってきて、マスコミに一方的にさらられて、断った支社にも警察が入って刑事罰を科すか検討している。深夜にサポートさせられた保守員は、本社長や支社長に責任を押し付けられ逮捕寸前」といった状況でしょうか。
未だに真相が明らかになっていないため、「契約外無償サポート」が正しいか分かりません。医師用掲示板を見ていると主治医は非番であったようですが、まだ分かりません。
一つだけいえるのは、成り行き次第では救急指定病院が激減する事です。指定病院を続けるところは勤務医の来てが無く病院自体が消滅します。地域全部の病院がそうなる事もありえます。それが、Yosyanさんが書かれている医療崩壊、焼け野原ということです。日本のように現場に刑事罰、アメリカのように懲罰的巨額賠償金を科され、原因を作ったトップ(院長・事務長だけでなく厚労省を含む)の責任が問われないなら、サラリーマンである勤務医がそんな現場を逃げ出すのは当然のことです。以前、774は投げやりだとここのブログで書かれましたが(名前は「名無し」さんとなっていますが、自由に名前をつけられる以上、「以前の名無し」さんと、「今日の名無しさん」が別人である可能性もありますし、前者に対しても批判・避難するつもりは全くありません。むしろ自分の心の変化を理解できなかったのが、書き込みを見て、分かりました。言語が事象より優先するという典型例でした)、今、全国の勤務医がそのような気分となっており、日本から救急指定病院がなくなる可能性すらあるのです。
マスコミの恣意的捏造報道、訂正のない誤報も立派に実績がたくさんありますが何か?
分かりやすく適切な表現は説得力がありますね。
周囲の人間にも宣伝して、医療現場が現在音を立てて崩壊中であることを広めたいと思っております。
「焼け野原になったのは医者の無責任さが原因だ」
とか言うんだろうねぇ・・・
後は、商売になる部分しか残りませんよ…と。
焼け野原の行く末に、自立・自律した市民が政府に頼らず主体的に構築された理想的な市民社会が開ける…んでしょかねww。
生まれる前から、お金・地位・身分などがないと、いろんな意味で孤独死しそうな気がしてきました。
ま、その孤独死しそうな人たちが、「純ちゃん、平蔵ちゃん、がんばってぇぇ〜〜」ってやったんですよね。社会システムが何たるかを理解しないまま。南無阿弥陀仏。。