新小児科医のつぶやき

2006-11-08 救急の黄昏

昨日のネットで話題になった判決です。既にかなり論議されていますが、私も触れてみます。昨日のコメント欄にも情報が寄せられていますので、そこから適宜引用させて頂きます。まず判決文は

http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/5DC0E6DAEC784F5649256DD70029B153.pdf

にあります。慣れてないものにとってはとっても読みづらいのですが、頑張って読んでみます。

判決文なのでAとかBとかありますが、ある程度我慢して読んでください。事件の概要を判決文から追っていきます。

Fは,平成5年10月8日午後4時23分ころ,Jを助手席に乗せた乗用車を運転中,奈良県五條市a町b番地先路上(県道c線)で,民家のブロック塀に衝突する交通事故を起こした。乗用車は,前バンパー,ボンネット,左右前フェンダー凹損等の状態であり,前部が大破し,ハンドル等の作動実験は不能であった。現場にスリップ痕が認められないことから,通常走行する程度の速度で衝突したものと考えられ,また,Fはシートベルトを装着しておらず,乗用車にはエアバッグ装置もなかった。

事件の発生は交通事故、それも自損事故のようです。

まもなく救急隊が交通事故現場に到着したが,救急隊員の判断によると,意識状態は,3−3−9度方式で,Jが機檻押奮仞辰靴討い襪,見当識障害あり),Fが掘檻押併彪磴燃仞辰擦此ぞし手足を動かしたり,顔をしかめる状態)であり,Jは,胸痛を訴えながらも,自力で救急車に乗車したが,Fは,救急隊員により救急車に収容され,気道を確保されて,本件病院に搬送された。

運転手であったFはシートベルトをしていなかったためか、ハンドルで胸部を強打したと考えます。同乗者のJがシートベルトをしていたかどうかは分かりませんが、運転手であったFより軽症であった様子を窺わせます。

本件病院は,院長ほか33名(定数)の医師を擁し,2次救急病院に指定されている。奈良県内には,高度救命の3次救急病院として,橿原市所在のKと奈良市所在のLがあり,本件病院から救急車で,前者は30分程度,後者は1時間以上要する距離にある。

本件病院が事故現場に近かったようで、事故時の救急車の判断として遠方の三次救急よりもこの二次救急病院を選択したと考えます。次の記述は当時の病院の能力について語られています。

本件病院は,平成5年10月当時,医師2名(外科系,内科系各1名),看護婦(現・看護師)2名等で当直業務をしていたが,時間外にも,外科医,麻酔科医,看護婦等に連絡し,30分程度の準備時間をかければ手術をすることができる態勢を整えていた。なお,同日の当直は,外科系医師が被控訴人E,内科系が小児科の医師であった。

被控訴人Eは,当時,本件病院の脳神経外科部長であり,日本外科学会認定医及び日本脳神経外科学会専門医の認定を受けていた。また,M医師は,本件病院の副院長で,日本外科学会及び日本消化器外科学会の認定医であり,消化器外科を専門としていた。

なお,本件病院には,救急専門医(救急認定医と救急指導医)はいない。

事故発生が午後4時23分ですから、病院到着時は後の記述にあるように午後4時47分。事件発生時の当直は外科系が脳神経外科医、内科系が小児科医となっています。主に治療に当たったのは脳神経外科部長であり、肩書きは部長であり、外科学会認定医であり、脳神経外科専門医である事からベテランと考えられます。

この後、到着後の患者の症状と処置が書かれています。

FとJは,同日午後4時47分ころ,本件病院に搬送された。被控訴人Eが両名の診察に当たり,救急隊員からブロック塀に自動車でぶつかって受傷しているとの報告を受けた。

Jは,意識清明で,Fの正確な名前もJが答えたが,胸部痛をしきりに訴えており,胸郭の動きが異常であり,胸部損傷が窺われた。他方,Fは,不穏状態であり,意味不明の発語があり,両手足を活発に動かしており,呼びかけに対しては辛うじて名字が言えるという状態で,意識状態は3−3−9度方式で30R(痛み刺激を加えつつ呼びかけを繰り返すと辛うじて開眼する不穏状態)と判断された。

Jについては,来院時の血圧が180/90mmHgで,容体は安定しており,被控訴人Eは,まず肋骨骨折,肺挫傷,血胸等の有無の確認のため,胸部X線検査を実施したが,その検査途中に,呼吸困難を訴え,呼吸不全,循環不全,意識障害が出現した。このため,被控訴人Eは,当時手術室で他の患者の手術の麻酔管理をしていた脳神経外科のN医師に応援を依頼し,ともに救命措置を講じたが,血圧維持は困難で,措置中に現像ができた胸部X線写真で肋骨骨折,肺挫傷等の重篤な異常が認められたので,Kに転送することにし,午後6時頃,救急車にN医師と看護婦が同乗し,心肺蘇生を続けながら,Kまで搬送した。Kには午後6時30分頃到着し,直ちに蘇生術が試みられたが,外傷性心破裂のため午後6時40分頃死亡した。

FとJが混乱しそうになるのですが、Fが運転手でJが同乗者です。事故発生時から運転手であったFの方が重傷であるようで、同乗者であったJは歩いて救急車に乗ったぐらい見た目の症状は軽そうだったのは判決文には書かれています。ところが比較的軽症そうに思えた同乗者のJは、胸部痛のチェックのための胸部X線撮影中に容体が急変し、胸部X-pから肋骨骨折、肺挫傷などが認められ、午後6時ごろ三次救急病院である橿原市のK病院に搬送されたが、外傷性心破裂のため午後6時40分頃死亡となっています。

受傷時に比較的軽症と思われた同乗者Jが容体急変で死亡した後、残されたのは運転手Fとなります。運転手Fは引き続いてこの病院で検査治療が進められています。

Fについては,被控訴人Eは,まず頭部の視診,触診をして項部硬直の有無,眼位,瞳孔等の確認をし,振り子状の眼振を認めた。次に,胸部の所見をとり,頬からあごにかけて及び左鎖骨部から頸肋部にかけて打撲の跡を認めた。呼吸様式,胸部聴診に問題はなかった。腹部の聴診と視診では,明らかな腹部膨満や筋性防御の所見はなく,腸雑音の消失,亢進はなかった。また,四肢の動態に異常な点は認めなかった。

この頃のFのバイタルサインは,体温は不明,血圧は158/26mmHg周辺で推移していた。なお,Fの勤務先の定期健康診断(平成4年10月6日実施)における血圧は,108/78mmHgであった。

被控訴人Eは,その後,Fが頭部を受傷しており意識障害があることから,頭部CT検査を実施することとし,M医師の応援を求めた。FはCT室に搬送され,頭部CT検査が実施されたが,CT室において,採血も行われた。頭部CT検査が終了したのは,午後5時9分であった。

被控訴人Eは,頭部CT検査に引き続き,頭部,胸部,腹部の単純X線撮影を実施することにし,Fは,一般X線撮影室に搬送され,午後5時22分から28分にかけて,頭部,胸部,腹部の単純X線撮影がされた。

なお,FのX線撮影が開始される前に,Jの容体が急変したため,被控訴人Eは,Jの蘇生措置に当たっており,FのX線写真等を検討したのは,午後5時30分をかなり過ぎていた。

被控訴人Eは,Fの頭部CT及び各X線写真に異常な所見がないことを確認し,また,午後5時12分に算定された抹梢血液検査結果(乙1の37頁)では貧血を認めず,全診療経過を通して血尿の所見もなかった。また,午後6時15分頃から30分頃にかけて,被控訴人Eの下に血液生化学検査の結果報告書(乙1の36頁)が届けられたが,CPKの値は197mU/ml とかなり高かった(正常値は10〜130mU/ml)。

被控訴人Eは,特に緊急な措置を要する異常はないものと認め,Fを入院させたうえ,経過観察とすることが相当と判断した。また,M医師も,午後6時頃,病室でFを診察したが,腹部は触診で軟,筋性防御等の所見はなく,貧血を認めず,X線写真と総合すると,経過観察とするのが相当と判断し,被控訴人Eにその旨伝えた。

このため,被控訴人Eは,Fを経過観察にすることにし,看護婦に,病名を頭部外傷況拭ぅ丱ぅ織襯汽ぅ鵤柑間(最低4時間ごとに血圧等の測定や観察をするという意味)などと記した脳神経外科入院時指示表(乙1の38頁)を作成し,看護婦に交付した。Fは,午後6時30分頃,一般病室への入院措置がとられ,意識障害は継続していたが,呼吸は安定しており,点滴が開始された。被控訴人Eは,本件病院に駆けつけていた控訴人AにFの病状を説明し,同控訴人は,その説明を聞いた後,帰宅した。

受診時重傷そうに思われた運転手Fですが、CT、X線、採血検査、その他診察所見をあわせてもその時点では致命的で緊急を要する症状が無かった事を窺わせます。そのため入院経過観察の判断を当直の脳外科部長は下しています。これが午後6時30分頃のようです。しかしその30分後に容体は急変します。

ところが,同日午後7時頃,Fの容体は急変し,看護婦から血圧測定ができないとの連絡があり,被控訴人Eらにおいて,血液ガス分析のための採血を行ったが,その途中で,突然呼吸停止となり,胸骨圧迫式(体外式)心マッサージ,気管内挿管等の蘇生術を施行したが,効果がなかった。また,ポータブルX線検査を実施したが,明らかな異常を認めず,さらに,外傷性急性心タンポナーデであれば,心嚢穿刺によって劇的に状態を改善できると考え,超音波ガイドを使用せずに,左胸骨弓の剣状突起の起始部から6僂泙農刺する方法を試みたが,うまくいかず,心嚢で液体を得ることはできなかった。なお,被控訴人Eは,研修医の時の救急救命センターでの研修を除けば,これまで心嚢穿刺をしたことがなかった。

Fは,同日午後8時7分死亡した。被控訴人Eの死亡診断は,胸部打撲を原因とする心破裂の疑いであった。

上記認定事実を前提として,まず,Fの死因につき検討するに,G鑑定が述べるとおり,Fの死因は外傷性急性心タンポナーデによるものと認めることができる。

この経過から考えられる事は、搬送時の検査では顕在化していなかった外傷性心タンポナーゼが入院30分後に現れたと解釈するのが妥当かと考えます。また容体急変時の症状悪化はどう読んでも急転直下の症状悪化で、その悪化ぶりは蘇生術が「効果がなかった」と記載されています。ここで脳神経外科医は外傷性の心タンポナーゼの可能性を考え、「いちかばちか」のブラインドの心嚢穿刺を行なっています。しかし不幸な事にうまくいかず、午後8時7分に死亡しています。

でもってこの経過の中で当直の脳神経外科部長の何が悪かったかを判決文は指摘しています。長くて煩雑なので、主要と思われるところを抜粋してみます。その他についてはどうか原文をご参照ください。

そして,証拠(G鑑定)によると,Jにみられたように心破裂による外傷性急性心タンポナーデは,出血速度が早いため,現場即死あるいは受傷後短時間で発症するが,Fのように,受傷後2時間半頃に症状が出るのは,心破裂は極めて稀で,ほとんどの原因は心挫傷であること,心挫傷の場合は,心嚢穿刺又は心嚢を切開して貯留した血液の一部を出すことで症状を改善することができ,心臓の手術は必要ではないこと,血液を吸引除去あるいは手術的に心嚢を開放(心嚢切開又は開窓術)していれば,救命できた可能性が極めて高いこと,Fは受傷から容体が急変するまでの約2時間半は循環動態も安定していたので,この間に重度外傷患者の診療に精通する施設に搬送していれば,ほぼ確実に救命できたことが認められる。

以上からすると,被控訴人Eとしては,遅くとも経過観察措置を講じた時点で,速やかに胸部超音波検査を実施する必要があり,それをしていれば,心嚢内の出血に気づき,直ちに心嚢穿刺により血液を吸引除去し,あるいは手術的に心嚢を開放(心嚢切開又は開窓術)し,仮に本件病院で心嚢切開又は開窓術を実施できないのであれば,3次救急病院に搬送することによって,救命することができたということができ,被控訴人Eの過失・注意義務違反を認めることができる。

なにが責任かと言えば、胸部超音波検査を怠ったために心タンポナーゼを見逃した責任という事のようです。この判決文でも指摘しているように外傷後2時間30分も経過してからの心タンポナーゼは極めて稀です。極めて稀ですが、これを想定して胸部超音波検査を頻回に行っていないのは犯罪的行為と断定しています。

しかし二次救急病院でそこまでの検査が確実に行ない得るかの問題があります。心エコーは誰でも彼でも手軽に出来、簡単に心挫傷からの心タンポナーゼの徴候を見つけられるのでしょうか。超音波検査は侵襲が少ない検査ですが、一面で熟練性を要する検査であり、超音波検査が出来ると言っても、腹部エコーができる者が必ずしも心エコーも得意なわけではなく、心エコーができる者が腹部エコーもOKと言うわけではありません。

さらにある程度規模以上の病院となると、通常業務で超音波検査を扱うのは検査技師となっている事が多く、医者と言うだけで誰もが習熟している検査ではありません。また小児科医であるため断言は出来ませんが、外傷性の心挫傷の徴候なんかを熟知している者がそんなに多いと思いにくいものがあります。

その点についても判決文は言及しています。

我が国では年間約2千万人の救急患者が全国の病院を受診するのに対し,日本救急医学会によって認定された救急認定医は2千人程度(平成5年当時)にすぎず,救急認定医が全ての救急患者を診療することは現実には不可能であること,救急専門医(救急認定医と救急指導医)は,首都圏や阪神圏の大都市部,それも救命救急センターを中心とする3次救急医療施設に偏在しているのが実情であること,したがって,大都市圏以外の地方の救急医療は,救急専門医ではない外科や脳外科などの各診療科医師の手によって支えられているのが,我が国の救急医療の現実であること,本件病院が2次救急医療機関として,救急専門医ではない各診療科医師による救急医療体制をとっていたのは,全国的に共通の事情によるものであること,一般的に,脳神経外科医は,研修医の時を除けば,心嚢穿刺に熟達できる機会はほとんどなく,胸腹部の超音波検査を日常的にすることもないこと,被控訴人Eは,胸腹部の超音波検査が必要と判断した時には,放射線科あるいは内科に検査を依頼しており,自ら超音波検査の結果を読影することはなかったこと,当日,被控訴人Eとともに当直に当たっていた小児科の医師も,日常的に超音波検査をすることはなく,単独で超音波検査をすることは困難であったことが認められる。

 そうだとすると,被控訴人Eとしては,自らの知識と経験に基づき,Eにつき最善の措置を講じたということができるのであって,注意義務を脳神経外科医に一般に求められる医療水準であると考えると,被控訴人Eに過失や注意義務違反を認めることはできないことになる。G鑑定やH鑑定も,被控訴人Eの医療内容につき,2次救急医療機関として期待される当時の医療水準を満たしていた,あるいは脳神経外科の専門医にこれ以上望んでも無理であったとする。

「わかってるやん」と感心したのですが、つづく文章でひっくり返りました。

しかしながら,救急医療機関は,「救急医療について相当の知識及び経験を有する医師が常時診療に従事していること」などが要件とされ,その要件を満たす医療機関を救急病院等として,都道府県知事が認定することになっており(救急病院等を定める省令1条1項),また,その医師は,「救急蘇生法,呼吸循環管理,意識障害の鑑別,救急手術要否の判断,緊急検査データの評価,救急医療品の使用等についての相当の知識及び経験を有すること」が求められている(昭和62年1月14日厚生省通知)のであるから,担当医の具体的な専門科目によって注意義務の内容,程度が異なると解するのは相当ではなく,本件においては2次救急医療機関の医師として,救急医療に求められる医療水準の注意義務を負うと解すべきである。

 そうすると,2次救急医療機関における医師としては,本件においては,上記のとおり,Fに対し胸部超音波検査を実施し,心嚢内出血との診断をした上で,必要な措置を講じるべきであったということができ(自ら必要な検査や措置を講じることができない場合には,直ちにそれが可能な医師に連絡を取って援助を求める,あるいは3次救急病院に転送することが必要であった。),被控訴人Eの過失や注意義務違反を認めることができる。

これによると救急医療機関の医師には、

  • 救急医療について相当の知識及び経験を有する医師が常時診療に従事していること(救急病院等を定める省令1条1項)
  • 救急蘇生法,呼吸循環管理,意識障害の鑑別,救急手術要否の判断,緊急検査データの評価,救急医療品の使用等についての相当の知識及び経験を有すること(昭和62年1月14日厚生省通知)

これが満たされる事が必要であり、

    担当医の具体的な専門科目によって注意義務の内容,程度が異なると解するのは相当ではなく,本件においては2次救急医療機関の医師として,救急医療に求められる医療水準の注意義務を負うと解すべきである。

え〜と、え〜と、そうなれば医師は救急医療機関の当番医になった途端、通常の専門領域の医者ではなく、救急医療の専門医としての能力が求められると解釈できます。解釈できるというより、そうでなければならないと規定されています。この事件であっても、救急病院以外の病院で脳神経外科部長が担当したのであれば「これ以上望んでも無理」と判決文では語られています。救急病院であるから心タンポナーゼの見逃しは注意義務違反と明言しています。

これの意味するところは大きいと思います。上記した判決文の中に、救急認定医は平成5年当時で全国で2000人程度しかおらず、なおかつ首都圏、阪神圏の三次救急病院に偏在しているとされています。救急医が足らない現状であるから、この病院の担当医が救急専門医でない事は「全国的な事情」とある程度理解しています。それでも担当したからには救急専門医と同等の能力、責任を負うのが当然であるとしています。そうなると救急病院の担当医は救急専門医であろうが無かろうが、救急専門医と同等の能力が必須条件とされ、救急専門医が救える可能性のあるものを今回の事件のように救えなかったならば、これは犯罪的行為であるとなります。

全国の中小の救急病院がどれほどあるか手許に資料がありませんが、この事例を踏まえて救急専門医をそろえたくとも、まずそれは物理的に不可能です。また救急専門医以外の医師も、救急専門医と同等の能力が無いと断罪されるのであれば、今後どれ程の医師が従来のように救急病院に従事してくれるかは言うまでも無いと考えます。

そういう中小の救急病院がこの判決を受けて救急から撤退すればどうなるか。救急専門医をそろえている数少ない病院にすべて殺到する事になります。地方では救急を受ける病院は消滅し、都市部では殺到する患者に救急病院は機能不全になる可能性が生じます。

考えすぎでしょうか。

暇人28号暇人28号 2006/11/08 12:46 私もバカらしくなって救急医療を辞めた口ですが、こんな風潮になっているのであれば皆で救急医療をボイコットするしかないですね。

774774 2006/11/08 12:56
 もう、僻地は救急指定病院を止めるか、当直医が自由に急患・救急車を断れるようにしないと、バイトも含めて医者のきては無いでしょう。そうすると逆に僻地病院の存在価値が問われることになります。つまり、お金も制度も含めて、僻地医療は崩壊以外の選択肢はありません。あとは、受けたときのリスクと断ったときのリスクのどちらをとるかですね。

?? 2006/11/08 15:03 すみません、「昨日のネットで」ということですが、
どこでしょう?ちょっと検索しても分からなかったんですが。

774774 2006/11/08 15:20 ? 様

 ここのブログの昨日の私の書き込み以後です。ただし、某巨大掲示板の【注意一秒】救急車・急患の断り方2【怪我一生】スレでは9/12に同じ書き込みがあり(No.755)、しばらくの間もり上がっていました。以後、ずっと危機感を持っていたのですが・・・ここのブログを見るようになったのもその頃からです。

ハーフドロッポハーフドロッポ 2006/11/08 15:51

774様の仰るとおり、この半年ほど医師招聘を成功させるための鍵は「救急返上」と「当直業務の適正化」になってます。医師不足に悩む民間病院もこの2点がクリアーされると急に求職者が現れます。しがらみで救急指定を返上できない小規模公立病院は寂れていくばかりです。
この1年で医療焼け野原の様子がだいぶ具体的に見えてきましたね。

774774 2006/11/08 17:01
 太平洋戦争中、日米両国とも航空機の機数は最後までなんとか確保できたものの、パイロット不足に悩まされました。アメリカは航空戦が終わった後、まだ危険があるにもかかわらず潜水艦や駆逐艦をパイロット救出に派遣するなど、パイロット救出に全力を尽くしました。そのため機体に落書きするなど、怖いにもかかわらず精神的には余裕がありました。日本は、墜落・遭難して助けてもらえるなど考えるパイロットはなく、使い捨て同然でした。それどころか敵地に不時着して捕虜になり、捕虜交換で帰ってくると「捕虜になるくらいなら何故死ななかった!」と罵倒されたり、軍法会議にかけられ、次の任務は絶対に生還の見込みの無い(=死)ものでした。アメリカ軍パイロットは味方に帰ると、日本軍の状況を詳しく聞かれ、休養のあと以前と同じように働けました。それどころか、それだけ真剣に戦っている証拠であると逆に評価は上がりました。

 また、アメリカのパイロットは2−3日に一回の出撃ですが、日本のパイロットは毎日片道1000Kmを往復しなければなりませんでした。

 なお飛行機の生産は、アメリカも徴兵で熟練工が不足したので、オートメーション化を進め、返って生産数の向上、機体の質の均一化、故障率の低下、メンテナンス性が向上しました(性能ではなく、故障しない&数を揃えることが最優先とされました)。日本は熟練工の不足を気合で補おうと、全く工業訓練を受けていない女子に飛行機を作らせ(工業学校卒の男子は前線に”兵隊”として取られるから、女子を採用)、生産量の減少、故障の多さ、機体間の品質の差、メンテナンスのしにくさに悩まされました。なお、陸海軍から工場に監督官が派遣され、”何の権限も無いどころか、法律で禁止されている”にもかかわらず、気に入らない技師をさっさと徴兵して最前線に放り出したのでした。そして”法律で禁止されている”にもかかわらず、工場長にいろんな要求を出し、ほとんどの工員がやる気を失っていきました。零戦の設計で有名な、堀越技師が、零戦の後継機を作っているときに海軍の要求とは違った機体特性となり、海軍の軍人が堀越技師をぶん殴り、堀越技師がやる気をなくして?開発が間に合わなかったのは有名な話です。

 あなたならどちらの国のパイロットになりたいですか? またどちらの国の飛行機工場で働きたいですか?

 日本のこの体質は戦後も全く変わっていませんね。医療業界はまさにこの状態です。以前、”医療業界を立て直すには何よりも良い制度が必要”、”官僚って実はあまり賢くない”、など書き込みましたが、こういう歴史がありますもので。今の医療業界には、”絶望”しかないのでしょうか。

元田舎医元田舎医 2006/11/08 17:53
>>774さん
あ、う、過去ログを漁ると確かに出てますね。
見事に読み流してました。(=9/12の一連のレスには私は参加してません)
ガイシュツだろうとは思ってましたがたった2ヶ月前だったとは。
お恥ずかしい。○| ̄|_ ○丁乙 OTL orz on ...

退役内科医退役内科医 2006/11/08 18:44 >774さん
付け加えると、アメリカのパイロットは半年毎のローテーションが終わると後方で教官に任ぜられる者も多く、戦訓を新人に伝えることが出来ました。 一方、日本では後方部隊の教官任務は待遇悪く人気が無く、大戦末期には新人搭乗員に充分な教育を施こすことが出来なくなりましたね。
いま、各地の医局から中堅層の逃散が続いています。着艦すら満足に出来ない未熟な搭乗員(=研修医)をどれだけ数を揃えても、マリアナの七面鳥狩りに合うのが落ちでしょうね。

774774 2006/11/08 19:36
 マリアナの七面鳥狩り・・・そういえば相手には新兵器”VT信管”(Variable timing fuseとか、Team V 説など、色々ありますが)
が配備され始めたようですね。別名、新制度弁護士とも言いますが。今まで弁護士を頼もうと思うと莫大な金が必要でしたが、弁護士大量生産のため、ものすごく単価が下がるかもという。以前ここのブログに書かれていたように、未熟な搭乗員(=研修医)が、彼らに対抗できるとはとても思いません。バックアップするはずの中堅は既に大量逃散していますし。

 けど、マリアナで負けた真の理由は、VT信管ではなく(127mm両用砲の命中率がちょっと上がった程度といわれていますし)、アウトレンジ攻撃してくる日本航空隊をレーダーで早期に発見し、F6Fを早期に邀撃に向かわせた事でした。我々医師も医学の勉強だけでなく、世の中の情勢や法律など、医学とは関係ない分野でも、速やかに情報を収集し、分析し、実行に移す事が求められますね。それにしても激変の1年でした。部下たちには”最近、先生が論文読んでるところを見た事がないですよ。いつも法律の本とか医療情勢のネットばかりですね”と揶揄されています。

 最近気になるのは、”病院機能評価機構”関連です。あれのお墨付きを貰ったところで、書類第一主義になって、中身は退化する可能性があります。三洋やソニーが没落したのは、トップが悪いとか技術者軽視とか言われていますが、真の原因はISOを遵守しすぎて、書類さえそろっていれば良いという社内風潮だといわれています。最近、入院時に書く書類とか、カルテへの捺印だとか、どうでもいいような事がやたら増えて困っています。不毛な会議も大すぎですし。

YUNYUNYUNYUN 2006/11/08 21:30 > 胸部超音波検査を頻回に行っていないのは犯罪的行為と断定しています。
この部分は判決書の「被控訴人Eの過失・注意義務違反を認めることができる。」を指しての解説と思われますが、
本件は民事の損害賠償請求訴訟であって、業務上過失致死罪等の刑事裁判ではありませんから、
民事上過失があると認定されたことをもって、「犯罪的行為と断定された」という評価の仕方は不当です。
「的」という文言を入れてあるから、「(刑法上の)犯罪行為と断定」と書いたのとは違う、と言われるかもしれませんが、
医師の間に誤解を招き、徒らに不安感を醸成することにもなりかねず、少なくとも不用意な表現であると考えます。

あるいは、「この判決を読む医師たちは、刑事罰を受けたに等しく感じる」とのご主張があるやもしれませんが、それは法律上は根拠のない、誤った認識ですから、
そのような誤解を拡散するような記事を書くことは、社会的に広く認知されたブログとしては、いかがなものか。

医師の皆さんが、裁判官に対し、事実関係を医学的に正しく評価し、医療現場の実情を十分踏まえた、妥当な結論を出してもらいたいと求められるのは当然のことです。
であれば、医師の皆様には、判決の述べている内容を<法的に>正しく読み取っていただきたい。
意味を理解せず感情的に反発を述べることは、裁判批判として意味をなさないし、今後の制度改善にも何ら役に立たない行為です。

元田舎医元田舎医 2006/11/08 22:07
>>YUNYUNさん
おっしゃる通りで、法律家の方からすると痛い表現なのでしょうね。

ただ極論してしまうと、一般臨床医にとって、この判決が刑事なのか民事なのかは、もうどちらでもよくなって来ているように思われます。
少なくとも民事では裁判の当事者となり、敗訴した。
それでもうお腹いっぱいです。

もちろん同様の件で業務上過失致死傷の罪に問われる事態が起こったら、その瞬間に日本の救急医療は消滅するでしょう。
それぐらい私たち医者にとって切実な判例なのです。

岡山の内科医岡山の内科医 2006/11/08 22:33 YUNYUNさんへ
>胸部超音波検査を頻回に行っていないのは犯罪的行為と断定しています。
この部分は判決書の「被控訴人Eの過失・注意義務違反を認めることができる。」を指しての解説と思われますが、本件は民事の損害賠償請求訴訟であって、業務上過失致死罪等の刑事裁判ではありませんから、民事上過失があると認定されたことをもって、「犯罪的行為と断定された」という評価の仕方は不当です。

確かに言葉を大事にされる法律家の方の反応としてはごもっともと思いますが、前線の臨床医からすると、本件での診察医の対応は、鑑定医の意見と同様に、現在の医療の供給体制からすると妥当な水準のものとしか思えません。そもそも、心タンポナーデという結果が分かった上での、「心エコー」の必要性であり、後出しジャンケンの典型に思えます。この件で、医療の素人に「被控訴人Eの過失・注意義務違反を認めることができる。」などと、鑑定を無視して不当に釣り上げた「医療水準」を押し付けられた方は「たまったもんじゃない」と思うのは至極まっとうなことだと思います。この件について、同僚の医師、看護師に感想を求めたところ、反応は一様に「救急のなり手がいなくなる」でした。

chaimdchaimd 2006/11/08 23:13
 モトケンさんのブログでも建設的にご意見されているYUNYUNさんのご意見ですから、医療者としては素直に耳を傾けるべきなのでしょう。たしかにこの件で実際に刑事罰が下ったわけではなさそうです。

 とはいえ、一医師として、実現不可能な医療水準への要求には応えることはできません。善良な(?)一市民として、グレーゾーンなら何でもやって良いなどという倫理観も持ち合わせておりません。最善を尽くしても業務上過失致死で逮捕起訴される恐れがあると知りながら、救急医療を続けることはできません。犯罪ではなくても、このケースについては、やはり犯罪「的」と司法が判断したとの印象を受けます。救急専門医にあらずば、救急病院にて救急医療に携わるべからず。

taishotaisho 2006/11/08 23:14 >YUNYUNさん
 自分も同様の疑問を抱きましたが、コメントしませんでした。Yosyan先生は、私たち文系法律屋がやるこの手の言い回しに既に十分慣れておられるはずです。にもかかわらず、あえて「犯罪的行為」という刺激的な文言を使われたと解します。

 既にご存知とは思いますが、近年司法の場においても国民世論というものを非常に重視する傾向が強まっています。その一環として、「民事と刑事で結論が違うのはおかしいではないか!」というものがあります。我々にしてみれば、民事の「過失」と刑事の「過失」は法概念として全く違うものですから、結論が違っても当たり前やんかとしか思いませんが、どーもそうではないようです(マスコミの論調から)。

 裁判というものに接する機会が少ない人間にとっては、訴えられるというだけで大変大きなショックを受けることが一般に指摘されています。私らにしてみれば、遺族に救済の必要性が高かったから、県立病院の方に責任を持っていくためにこーゆー判決構成をしたんだろーなーと思うだけですが、判決を受けとめる医師サイドにしてみると、「では判例に基づいた医療を徹底してやるしかないやん。身を守る為やし」ということになるようです。

 つまり、当事者のことしか考えていない一言一句にすぎない判決文が、一般的な社会的法規範として一人歩きし始めているわけです。その規範に照らし、かつ民事と刑事の「過失」概念は同一であるべきだという社会の風潮を考え合わせると、「犯罪的行為」とこの裁判例は断罪したという風に医療サイドでは受け止めていると。それを表現する為に、「犯罪的行為」という表現を使っていると考えます。

 この裁判例では、医師本人は負けていませんが、通常以上の判断能力を有すると推測される(医師ですからね)元田舎医先生ですら、「裁判の当事者となり、敗訴した」という言い回しになっています。

 医師が患者に医学上の用語を振り回して、病状の説明を行ったとしたら、私らの目からみれば、「必要とされる説明義務を怠った」という事実認定になることでしょう。僕らも、相手は医師であって、法学分野では素人同然なわけですから、そこは噛み砕くなり、補足する形で説明をいれるべきところであって、いたずらに筆者を論難する材料とされるのはいかがかと思うところです。いかがでしょうか。

元内科医元内科医 2006/11/08 23:23 >YUNYUNさま

正確に言えば「犯罪的行為」ではなく、「救急医療を提供することになった時点で、そこにいる医師のレベルは心エコー(ゆっくり進行する『外傷性心タンポナーデは診察も非常に難しいと思います』)を行って原因を突き止めさらに心嚢穿刺も完遂できる医師であることが最低限必要なレベルであることが必要である。そうでなければ高等裁判所で民事訴訟の判決で有責とされた判例がある。」とすることが適切でしょうか。

私からすれば、恐怖の量は異なっても、受け取る恐怖に変わりはありません。

私は過去、三次救急専門の施設で医師をしていました。飛び降り自殺した若い女性が搬送されましたが、外傷もなく、元気で話もできました。ただ、精神科の薬を過量内服されており、意識状態がいまひとつのため入院し経過観察していました。入院後4時間程度たってから血圧が低くなり、尿量が少なくなりました。エコー上心嚢水がたまっているようでしたので、心嚢穿刺を行いました(これらに気付き、診断し、試行できたのはひとえに循環器専門医・心臓外科医・救急医学専門医のそろったその地域で最高に恵まれた医療環境であったからにすぎません。治療したのはもちろん私などではなく上級医です)。それでも血圧が改善せず、心嚢からの出血も止まらなかったため、緊急開胸術が行われました。ほんの少しだけ心臓に穴が開いており、そこを縫合して手術は終了し、無事退院されました。

このような例は非常な幸運が重ならない限り難しいものです。当時の施設でさえ、最高のマンパワーがあっても4時間はわからなかったのです。ましてやこの判例では、2人も一度に収容しています。見かけ上軽症だったのでしょう、はるかにマンパワーの見劣りする二次救急の施設に運ばれています(二次救急の中でも恵まれていない方かもしれません)。これで気付いて助けろ、そのレベルに達していないので民事訴訟で敗訴というのであれば、当直をやるひとはだれもいません。

今後とも、「民事訴訟で敗訴した判例」としてこの判例を医師仲間に広く知らしめる必要があると思います。私はそうします。それは事実だからです。司法の方々は、弁論主義に基づいて行われた判決であり、高裁には判決の内容について法的責任はないと考えておられるのだと思います。しかし、こうしたあまりに非常識な判例を製造した社会的責任はあると私は思います。「裁判官を納得させられなかった方の責任」というのは司法の常識ではあるかもしれませんが、何を言ってもよいということとは違うと思います。

高等裁判所で判決が出たことは事実です。
それを広く知らしめることは重要です。
明日はわが身であることをまだ知らない仲間に注意を喚起することがいけませんか。

元田舎医元田舎医 2006/11/08 23:49
>>taishoさん
フォローありがとうございます。
件の文章は
「裁判の当事者となり、医療側が敗訴した」
と書くべきところでした。
若干、故意が含まれますが、申し訳ありませんでした。

いずれにせよ、担当医に「過失や注意義務違反を認めることができる」わけですので、例の事案が県立病院でなく、個人病院で起こり、しかも担当医が院長であったならば間違いなく担当医本人が「敗訴」していたと考えられます。

元田舎医元田舎医 2006/11/09 00:02
あー、つまり、少なくとも私にとっては医事関係訴訟で医療側が負けた場合、支払うのが開設者か直接の担当医かなんてあんまり興味がない、ということです。
個人で医賠責に加入している限り、金銭的な問題はさほどありませんので。

問題はそこではないのです。

bn2islanderbn2islander 2006/11/09 00:09 某所にも書きましたが、この判決が間違っているのであれば、「裁判所は時と場合によって、法律を無視した判決をだすべきだ」と言う事になると思います。言い換えれば、現実と法が乖離している場合、法律を無視して現実を優先する事を裁判所に求めている事になるかと思います。「救急病院等を定める省令1条1項」が存在している以上、裁判所はこれに基づいて判決を出すしかないと思いますが、いかがでしょうか。

cobonzucobonzu 2006/11/09 00:13 > YUNYUN さん
たしかに Yosyan さんの用いた「犯罪的行為と断定された」という表記は、法律素人を刺激する扇情的表現であり、法的に不適切なものであるのでしょう。

もしかして、YUNYUN さんは「まだ刑事罰が科せられると決まったわけではないから安心して救急業務に励んでくれ」とおっしゃりたいのですか?

bn2islanderbn2islander 2006/11/09 00:19 この判決が間違っていると言うのであれば、「救急病院等を定める省令1条1項」が間違っている、もしくは現実と乖離している事になりますので、厚労省は即刻この省令を改正する必要があるでしょう。また、例えば救急医学会が中心となり、声明文をマスコミに流すなり、省令の改正を求めるなり、法案の作成作業を行う事が必要でしょう。日本医師会が政治に働きかけると言うのも一つの手だと思います。

元内科医元内科医 2006/11/09 00:25
>bri2islander さま
結構だと思いますよ。それならそれで。ただ、その判断に従って救急の対応をする医師がいなくなるのも自然の流れですよね。

法改正を行うのが筋だというご趣旨でしょうか。たしかにそれはそうかもしれません。でも、それには時間がかかりますよね。明日の当直に間に合うように法改正はできないですよね?医師は明日の生活がかかっているのです。辞職するのがもっともスピーディーだと思います。まともな話ができるのはまず落ち着いてから、そのためには現場から去って時間をつくって余裕ができてこそ、と思います。

法を遵守することでしたら、既に労働基準法という法があります。こちらの遵守しなされっぷりも問題ですけどまあそれは別の話として。でもその犠牲の上になりたっていたことを忘れないでくださいね。今後誰もいなくなるので昔話にしかならないと思いますが。

bn2islanderbn2islander 2006/11/09 00:32 >元内科医さん
>ただ、その判断に従って救急の対応をする医師がいなくなるのも
>自然の流れですよね

別に自然の流れを否定しているわけではないですよ。省令の問題なのに、判決を問題視している方が多いと思って書き込んだだけの話です。医療崩壊の話と絡めたつもりはなかったのですが、こちらの書き方が不適切でしたね。

岡山の内科医岡山の内科医 2006/11/09 00:33 元内科医さんに基本的に賛成です。
いつ実現するかも分からない「省令と現実の乖離が埋まる日」が来るまで、地雷原をずっと歩けるような人間は、どこかネジが抜けているとしか思えません。

元田舎医元田舎医 2006/11/09 00:33
>>bn2islanderさん
「救急病院等を定める省令1条1項」とは
>救急医療について相当の知識及び経験を有する医師が常時診療に従事していること。
なわけですが、どうとでも解釈できます。
私にしてみれば「被控訴人E」医師は、これまで日本の一般的な2次救急医療の現場で求められてきた水準の「救急医療について相当の知識及び経験」を十二分に有していると考えます。
私などは、はるかその足下にも及びません。
ましてや、判決で求められている外傷診療が常に的確に行える自信など全くありません。

にもかかわらず、2次救急(ちょっとだけ3次も)での外来診療を行っておりました。
おそらく大多数の例では私ですらいないよりも、いた方がマシだったはずです。
でも、そんなことは言ってられなくなったなぁ、としみじみこの判決を見て思うのです。

zawzaw 2006/11/09 00:49  外科医です。省令を無視しろ、ということを医師の側から言っているわけではないと思います。すでに発言があったようですが「救急医療について相当の知識及び経験を有する医師が常時診療に従事していること」の「相当の」の部分を、この判決では、「完璧な」くらいに解釈しているのではないか、という違和感です。我々の感覚とすれば、意識状態や外傷の程度をある程度判断し、応急処置の上、必要とあらば搬送できるという能力を「相当」と考えています。結果としての不幸な転帰に対し、「この検査が不足していた」というのは言い出せば切りが無く、今回の心エコーや心嚢穿刺という行為に関しても、その判断ができなかったのは已むを得ないのではないかと思います。判決文でも「注意義務を脳神経外科医に一般に求められる医療水準であると考えると,被控訴人Eに過失や注意義務違反を認めることはできないことになる」と認めています。この医療水準を「相当」と解釈しているわけです。
 法律には全くの素人ですので、この解釈が間違っているということであれば何も言えませんが。多くの医師が、この判例で求める当直医の「相当」の知識及び経験は、神の領域だという印象を受けているのです。

元内科医元内科医 2006/11/09 00:53
>bri2islanderさん
元田舎医さんもおっしゃっておられますが、「救急病院等を定める省令1条1項」に問題があるのに筋違いだ、という指摘も適切ではないと思います。この省令の解釈が、「外傷性心タンポナーデを疑い・心エコーを施行し・速やかに心嚢穿刺を行い(ここが最も素敵)・うまくいかなければ高次に搬送することが期待されそれができてないのが過失」とまで解釈しているのが問題なのです。勝手な拡大解釈ですよ。もはや法律の問題ではありません。二次救急の施設のレベルを強烈に引き上げているのです。神以外当直できません。法律の改正だけで問題が解決するわけではありません。また、心エコーはあてれば誰でも判断できるものではなく、施行者の技量に大きく依存する検査手技であるし、疾患を「疑う」ことも、何もわかっていないプロスペクティブな視点に立てば、非常に難しい『アテもん』であると考えるべきです。確かに受けた外力に比べて、外傷が軽微であるとき、内臓損傷を考えろということは救急医学のミソでもあります。脾臓破裂などは結構あります。ただ、心タンポナーデは急速に進めば急激にショックになり判断しやすいですが、緩やかな場合はわかりにくいものです。

いいでしょうか。今まで「ボランティア」に近い状態で診療していたのですよ。そういう状況下でも(どういう背景があるのか知れませんが)こういう判決を高裁が出せばその一字一句字面どおりに私たちは解釈します。「ああ、こういうふうに拡大解釈するんだ」と。それは法改正でどうなるものでもないと思います。

元田舎医元田舎医 2006/11/09 01:18
確かに、ATLS系の初期外傷診療プロトコールが日本で広まってきたのは、ついこの2〜3年の話ですね。
事件は「平成5年」に起きています。
その時点で、FASTエコーをした上で素早く心嚢穿刺が出来る脳神経外科医が日本に何人いたんでしょうか。

それに、心嚢穿刺/開窓ドレナージに成功したところで「助かることもある」レベルでしょうに。

taishotaisho 2006/11/09 01:47 >「救急病院等を定める省令1条1項」が存在している以上、裁判所はこれに基づいて判決を出すしかないと思いますが、いかがでしょうか
 誠に失礼ながら、「法律」と「省令」の違いについて、今一度十分な検討をなされることをお勧めします。今回は省令を判断の材料にしただけです。行政府が発令する命令に司法府が拘束される義務はないです。

>元田舎医先生
 お怒りはよく理解できます。常軌を逸した判決だと自分は思います。「患者=弱者」の決め付けと「人が死ぬ=誰かのミスがあったからだ=医師が完全な治療を施せば人は死ぬことはない」という驚くべきロジックを最近裁判例でも検察官の意見陳述でも頻繁に見かけます。

 奈良県の顧問弁護士が間抜けだったとか、大阪高裁の判事が微妙な人だったとかも考えられないでもないんですけれども、そういったことで安心できるような話ではないのも間違いないわけでして。

 この傾向が続くと、サラ金金山に続く第二の金山として医療訴訟が頻発しそうですね。それはろくでもないことであることは間違いないんですけど・・。

ForsterstrasseForsterstrasse 2006/11/09 01:55 医療も法律もド素人なのでROMしておりましたが、この判決には絶句しました。「全てを理解した上で断罪している」ところが衝撃的であり、この判決の新規性ですね。

管理人様、良いものを読ませて頂きました。これでは医師の皆様が裸足で逃げ出しても仕方ないと納得しました。日本の救急医療は崩壊する、そう覚悟を決めるしかないと納得しました。「そう心配しなさんな、日本の平均寿命が20年短くなったとして、それがどうした?その位では世界の終わりは来ないんだよ」「命長ければ恥多し。これは我々のご先祖様の英知だったよね?」と思うことにします。

私は医療崩壊の根本原因の一つは少子高齢化、人口減少だと理解しています。少子高齢化する社会で自然に任せれば医療要員は増え医療費も激増する。人口減少する社会で、乏しくなる若者を、そして生産力をそのように使うのは正しいことなのか。そう考える人々が社会的に力を持った結果、現在の事態が起きていると理解しております。人口減少すると何が起きるんだろう?分からん、でも俺の想像を絶する事態が次々と起きるはずだ、と昔酔っぱらった頭で考えたことがありますが、医療崩壊が最初の一つとなるようです。負け戦では小さな判断ミスが全面的な戦線崩壊に繋がりますが、それですね。

すいません、現場で奮闘しておられる皆様には屁のつっかいにもならない感傷的コメントをつけさせて頂きました。ド素人にも衝撃が大きかったと言うことでお許し下さい。

bn2islanderbn2islander 2006/11/09 02:19 >zawさん
「相当」をgoo辞書で引くと、「物事の程度や状態が釣り合っているさま。ふさわしいさま」か「物事の程度が普通よりかなり上であるさま」であるだろうと思います。高裁は、後者の意味で解釈したのではないかと考えますが、いかがでしょうか。

bn2islanderbn2islander 2006/11/09 02:32 >taishoさん
「救急病院等を定める省令」の場合、救急法で委任を受けているので、法律同様の扱いではないかと思うのですが。

TOMTOM 2006/11/09 02:47 Yosyan先生、並びに皆様初めまして。東京で開業医をしているTOMと申します
医療問題に限らず、近頃の判決や弁護士の“言い分”には狂ってるんじゃないかと(私的には)思うことが多いのですが、本例なんかはその極めつけですね。こりゃもう是非初コメントを、と思っていたら、凄い勢いでレスが付いて元内科医様やtaisho様に言いたいことを全部言われてしまいました。
初登場の上エントリの主題とはずれて申し訳ないのですが、いつも疑問に思うことがあります。本件の脳外科医先生に「賠償責任のある過失があった」と認定されるのが司法たるものの判断なのだとしたら、冤罪判決を出した判事,上級審で破棄・差し戻しされるような判決を出した判事は『間違った判決を出したこと』を、当然個人として刑事・民事双方で責任追及されて然るべきだと思うのですが、今までそういう事はあったのでしょうか。また、民事で敗訴した側の弁護士は、「お前の弁護方針が悪いから負けた」「もっと有能な弁護士を紹介せすお前なんかが受任したから負けた」と、クライアントから賠償を請求され、そして命じられた事はないのでしょうか。そういう事が頻発しているのが今の医療界です。
いつかこのブログにもあった話題とかぶりますが、私は司法というものは(弁護士も含めて)社会の規範を守るor作る仕事で、現任事件の当事者利害だけを考える存在であってはならないと思っています。十把一絡げで乱暴な言い方とは承知していますが、法律職の方々は本当に現状を「社会的正義である」と思って日々の仕事をなさっていらっしゃるのでしょうか。

あと
>bn2islander様
法律の条文でなく現状を追認する形の判決なんて、掃いて捨てるほどありますよ。古くは尊属殺事件(実の娘が父親に強姦され続けていたやつです),自衛隊『違憲』事案(騒音問題に自衛隊の違憲/合憲を絡めて提訴したやつ)から、最近恒例の「一票の重み」判決など、枚挙に暇がありません。

兼業主婦兼業主婦 2006/11/09 05:31 医師Eに過失はあるが公権力の行使であるため個人の責任はとわれないという判決なのですよね。当該医師が救急医療について相当の知識及び経験を有していなかったと仮定しても、「病院が相当の知識及び経験を有していない医師に当直をさせていたこと」でもなく、「都道府県知事が省令の要件を満たしている病院かどうかきちんと調査もせずに救急病院に指定したこと」でもなく、「当該医師が相当の能力を持っていなかったこと」が過失とされているのがとても不合理に感じられます。法曹の知識がないためでしょうか?

元田舎医元田舎医 2006/11/09 07:10
>>taishoさん
いえいえ、「怒って」なんかいませんよ。
「怒ってとことん争おう」とかそういう感情は遥か昔に過ぎ去りました。
事情を説明はしますが、説得するほどの気力はもう持ち合わせていません。

774774 2006/11/09 07:43
 いつの間にかすごいことになっていますが、もうすぐ「附帯私訴」が復活するそうですね。刑事裁判の量刑で、民事の損害賠償額を決めると理解していますが、そうなると、医療裁判は、ほとんどが刑事裁判から始まるのかな。そうなると精神的に耐えられる医師がどれほどいるか。法律にはシロートなので詳しいことは分かりませんが。

taishotaisho 2006/11/09 08:00 >bn2islanderさん
 いやいや、多くの省令は、内部規則でもなければ、法律ないし政令の委任により作られるんです。貴殿のおっしゃるごとく、省令があれば省令に沿って判決を書くのが裁判官の任務であるとするなら、近い例では、内閣府令を違法と断じた「消費者金融過払い事件最高裁判所判決」などはありえなかったわけですよ。
 省令は行政庁サイドの考え方なり主張なりを補強する一つの材料に過ぎませんです。

>兼業主婦さん
 民事訴訟ですから、訴えられた人に責任があるかないかだけを念頭に置いた文章なんです。「病院が相当の知識及び経験を有していない医師に当直をさせていたこと」は一応過失として認定はされているんです。この判決文だと。当該医師が相当の能力を有しており、いや、有しているかどうかって多分関係ないんだよな、ぶっちゃけた話、この病人が生きていれば過失はなかったし、死んだからどっかしらに過失は認定できるはずだという理屈の中にその病院サイドの過失も含まれているわけです。

 これ、公権力の行使であるという理由で、医師の個人的な賠償責任は認めていませんので。重大な過失があれば、国家賠償法だのなんだので奈良県庁に医師に対する求償権が発生しますけど、んなもん行使する度胸は奈良県庁にはないでしょう。

>TOMさん
 私は税金の仕事をしていますが、最近税理士に対する賠償訴訟と財務大臣に対する懲戒請求が多発していまして、件数はウナギ上りにもほどがあるという感じになっています。特に東京では、重加算税がついたら、税理士から取り返しましょう的な宣伝をやっている法律事務所がありまして、税理士団体からの講演要請が殺到しています。
 3月15日近くになると手が震えます。忙しくて忙しくて熱病的な多忙の中で、本当に計算を間違った事はなかっただろうかと自問します。毎日夜中の2時3時まで作業を続けるわけで、集中力はどんどん落ちていきます。私ごときの経験は、医師の皆さんの日々の業務と比べられるはずもありませんが、確定申告の期限ぎりぎりになって膨大な資料を持ち込むお客様が年々増えているように感じられています。

すいませんでしゃばりまして以後控えます@たいしょう

774774 2006/11/09 08:10
 うちの医療圏のある病院は入院患者がかなり減っているのが問題になっているそうで、原因を調べたところ、時間外救急から直入となる患者が激減している、その原因はメジャー科が減りマイナー科一人当直が倍に増えて、救急車を断りまくっているかららしい。
 某巨大掲示板でも、救急車を断った数を自慢しているスレもあるし、実はもう日本の救急医療は終了間際です。いままでは、医師の労基法上の権利や人権を無視されてこき使われても(当直医が救急をする義務はない)、医師のモチベーションで持っていた救急ですが、法律専門家がなんと言おうとも、現場は言葉尻でなく現実を肌で理解し、救急に対するモチベーションは大幅低下した年でした。
 正直、病院は医師がいないと収入源がないわけですが、ハーフドロッポ 様がおっしゃる通り、今後は給与や勤務時間よりも「うちは救急病院ではありません」というのが医師集めの最大の売りになるだろうな。

元田舎医元田舎医 2006/11/09 09:29
>>taishoさん
税理士さんでしたか。
内部事情の説明ありがとうございます。
なんだか、特殊技術・知識を持っている職能集団はどこもやり切れない風潮に晒されてますね。
プチ文革やプチ・ポルポトのようです。

お体を壊しませんように。

774774 2006/11/09 09:36
 医師法19条の応召義務は罰則が無いと思っていましたが、医師法第7条で「医師としての品位を損するような行為があったとき」として、義務違反が反復するような場合は医師免許の取り消しまたは停止が命じられる場合もあるそうですね。救急は受けても地獄(訴訟、刑事罰)、断っても地獄(刑罰、又は医師免許消滅)です。

元田舎医 様
 公認会計士も試験が難しいわりに薄給で責任が重く(自殺者もいますし)、なり手が減っているそうです。文系の3大資格はどれも非常に厳しい現実だそうです。

勤務医勤務医 2006/11/09 20:30 Yosyan様 774様
お話にあったように 都内にある我々の病院では昨年度まで救急車の応需率が昨年まで75%前後だったのが 今年度になり30%前後 夜間に限れば15%を切ったそうです。この秋からはもっと低下したそうです。病院幹部から改善するよう文書で通達がありました。派遣先や二次救急でのバイト当直でも急激に落ち込んだと色んな病院の事務から苦情が殺到しています。一度は言い争いになり突き上げも何度となくあったものの おとなしく当直に出かけてるかに見えた中堅医師たちも内実はこれだったのですね。病床も遣り繰りがきついと以前から婦長もぼやいてますが、今に始まった話じゃないのです。毎晩病棟で急変が起こってるわけでもなければ 毎晩病院全体で満床というわけでもないのです。今年になり医師たちの救急医療を忌避する傾向 この一言につきます。
一方でいったん救急を引き受けたにせよ 病院内のたらいまわしも目だってきました。腰を打ってできた擦過傷でも骨盤損傷を考え 腹部外科に受診依頼、またごく軽度な眼球打撲でも脳挫傷を疑い脳神経外科に 深夜併診を強要してくるとか従来では考えもしなかった事例が頻発し、医師同士でお互いに責任とリスクを押し付けあってます。医療としてのモラルも低下してきたなと ここ数ヶ月痛感されます。救急医療という点で 私の属してる東京の医療圏はすでに終わってますね。
責任も取らないのに 救急車をすべて応需してほしいという事務方、一方で自宅にいる私や教授も主治医に名を連ねて共同責任を取るんだったら 救急車を引き受けようと迫る医師たち。人間関係もそろそろターミナルステージなんです。

都内大学勤務医都内大学勤務医 2006/11/09 21:08 YUNYUNさま:
> 医師の皆さんが、裁判官に対し、事実関係を医学的に正しく評価し、医療現場の実情を十分踏まえた、妥当な結論を出してもらいたいと求められるのは当然のことです。
> であれば、医師の皆様には、判決の述べている内容を<法的に>正しく読み取っていただきたい。
> 意味を理解せず感情的に反発を述べることは、裁判批判として意味をなさないし、今後の制度改善にも何ら役に立たない行為です。』 (2006/11/08 21:30)

なんというか、法律に関わる人々の身勝手さがにじみでてくるコメントと
しか言いようがないですね。

判決文というのは、法律の素人である原告(民事裁判の場合)や被告、あ
るいは一般人に対する文書ですよね。であれば、法律の素人でも誤解がな
く読めるように書くのが当然な訳です。「法的に正しい理解」などという
概念を持ち出してくること自体が不当なんです。

医師で医療関係の訴訟に興味がある人なら常識ですが、医療を巡る裁判で
同意書が「医療の素人である患者にも容易にわかるように記述されていな
いから」として説明義務が不十分とされた判例は無数にあります。

つまり、法律関係者は医療の同意書や説明文書は素人でも容易に誤解なく
理解できることを求めています。一方で、法律関係者が素人向けに書く文
書の典型である判決文で素人が誤解すると「素人が悪い」「きちんと法律
を勉強してから解釈しろ」と主張する。ダブルスタンダードもいいところ
です。卑怯としか言いようがないですね。

774774 2006/11/10 00:23 勤務医様

 隣の病院の心配しているどころではなくなってきました。うちの病院は事務や看護婦が勝手に救急車を受けるのですが(救急車や直来は断ってはいけない事になっていますので、結局全例見ないといけないのです。僻地公立にありがちな状況ですね)、マイナー科の怒りがピークにきていて、中には”俺は救急車を受けた覚えはない。俺は絶対診ないから、受けた看護婦が最後まで責任を持て、だめと言うなら帰る”といって本当に当直中に帰ったことがあったらしいです。2人当直体制なので何とかなりましたが。来期はメジャー科人数減は分かりきっているうえ、マイナー全科撤退のうわさが現実味を帯びてきました。といいながら私も分かりませんが、そうなるとうちの病院は医師不足で崩壊します(まだ首脳陣には言っていません)。

 あと、院内たらいまわしですが、これは私も人のことは言えません。以前だったら転倒して顔に外傷を負った患者がきたら、処置して終わりでしたが、今は必ず脳外科に夜間画像検査を依頼しています。とにかく最近は「これは多分、大丈夫だろう」は禁忌となっております。いつ訴えられるかわからないので、「魔法のCT」だけはほぼ全例撮っています。こればかりは仕方がないんじゃないでしょうか。とにかくものすごい勢いで防衛治療に傾いているのが当院です。

YUNYUNYUNYUN 2006/11/10 04:02 本件判例が民事裁判であって刑事裁判ではないと指摘した私のコメントに対して、多数のご意見をいただきました。

> 相手は医師であって、法学分野では素人同然なわけですから、そこは噛み砕くなり、補足する形で説明をいれるべきところであって、いたずらに筆者を論難する材料とされるのはいかがかと思うところです(taishoさま)

私としては、記事の趣旨自体に反対するつもりは毛頭なく、むしろ、近時の裁判例が医療現場に及ぼす影響を憂慮し対策を提案する立場から、本件判例の解説がブログの読み手に正確に理解されることを願って、法的に不正確な表現についての注意を促したつもりでしたが、言葉が足りなかったようです。
私の真意を誤解or曲解されていると思われるご意見を多々受けましたので、敷衍して説明させていただきます。

> 自分も同様の疑問を抱きましたが、コメントしませんでした。あえて「犯罪的行為」という刺激的な文言を使われたと解します。(taishoさま)

文章としての正確性を犠牲にして扇情的な表現に走るやり方には、私は反対です。それでは、販売部数増加や視聴率高騰を狙って、医師に過失のない医療事故についてまで「医療過誤、ミス」等とセンセーショナルな表現で煽るマスコミと変わりません。
このブログは多くの医師及び非医師の皆さまに読まれていることと思いますが、それはここに来れば正しい情報を得られるとの期待に基づいているからであって、デマゴーグ(流言飛語)はこのブログの価値を貶めるものです。

つまり、私が言いたいのは、判例を論評する以上は、法的に正確な理解に基づいて正しい解説してもらいたいということです。
医師としては、民事であれ刑事であれ、訴訟に引っ張り出されるのはかなわない、という感想は理解できますし、そういう感情を持つこと自体を不当だとは申しません。しかし、同じ恐怖を感じるからといって、法的に民事訴訟と刑事訴訟が同一になるわけではないのです。
喩え話で申せば、胃潰瘍の患者さんから、「私の病気は胃ガンと同じようなものですか?」と尋ねられたら、医師として「その通りです。胃ガンと思いたければ、胃ガンと思っておいて結構です。」と答えるでしょうか。どちらも危険な病気であることに変わりはないにせよ、違うものは違うと説明するのが医師としての誠実な態度ではありませんか?
また、事件当事者の名誉の問題もあります。
民事訴訟で敗訴しただけなのに、患者から「センセー、裁判で<有罪>判決を受けたんだってね」と言われたら、「俺は前科者とちゃうわい!」と言い返したくなりませんか。

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> 今後とも、「民事訴訟で敗訴した判例」としてこの判例を医師仲間に広く知らしめる必要があると思います。明日はわが身であることをまだ知らない仲間に注意を喚起することがいけませんか。(元内科医さま)

私も、知らしめるべきであると思います。その説明の仕方は、おっしゃるように、「民事訴訟で敗訴した例」と、正確に、お願いします。

> もしかして、YUNYUN さんは「まだ刑事罰が科せられると決まったわけではないから安心して救急業務に励んでくれ」とおっしゃりたいのですか?(cobonzuさま)

いいえ。残念ながら、現状では刑事訴追される危険が皆無とは言えません。
この状態で、危険を承知で留まってくれとは、お願いできる筋でないものと、認識しております。
なお、刑事訴追に関しては、裁判になる(起訴される)以前に、捜査の手が入ること自体が大きな圧迫となりますから、裁判所ではなく捜査機関に対してモノ申す必要があると思います。
このように、民事と刑事とでは法的効果が違い、対策も異なるものですから、両者を一緒にはできません。

> 判決文というのは、法律の素人である原告(民事裁判の場合)や被告、あ
るいは一般人に対する文書ですよね。であれば、法律の素人でも誤解がな
く読めるように書くのが当然な訳です。「法的に正しい理解」などという
概念を持ち出してくること自体が不当なんです。(都内大学勤務医さま)

法律の素人にとっては、本件判決文を読んでも民事であるか刑事であるかは判別できない、という趣旨でしょうか?
確かに、ブログ記事の引用部分だけでは、読み取り困難であろうと思います。(そういう意味でも、記事の書き方はミスリードを誘うのではないかと危惧します。)
しかし、本件判決の原文に当たっていただければ(URLは記事中に表示)、判決文の末尾に「大阪高等裁判所 第5民事部」とありますので、本件が民事裁判例であることが判ります。

> 法律関係者が素人向けに書く文書の典型である判決文で素人が誤解すると「素人が悪い」「きちんと法律を勉強してから解釈しろ」と主張する。ダブルスタンダードもいいところです。卑怯としか言いようがないですね。(都内大学勤務医さま)

「あなたの書き方は法的には不正確な表現で、正しくはこうですよ」と指摘して説明することがいけない、とおっしゃるのは全く理解できません。
現状の司法制度を批判し改革を求めるならば、法的に正しい理解に基づいた正論を主張するほうが、世の中に受け容れられて、改革が成功する確率が高くなるだろうと思いますが。
法律の専門家でない人に対して、今まで知らなかったということを非難することはできませんし、私はそんなことは申していません。
ただ、間違いは間違いであるとして(いや、意図的にフレームアップを狙ったのかもしれませんが)、正確な表現に改めていただきたいだけです。
自分は別に改革を求めていないから指摘してもらわなくていい、たとえ間違っていようと、他人からとやかく言われたくない、ということであれば、
コメント欄付きのブログを立てる意味はないでしょう。
医師の皆さんは、この場で、新聞記事や裁判例を引用して、ここが医学的におかしい不当であるということを盛んに論じ合っておられるではありませんか。医学的な問題は良くて、法的な問題を論じることは不当だというのは、ダブルスタンダードであると思います。
法律家の文章はわからないと文句を言い、では説明しようとすると、聞きたくないと言われるのでは矛盾しており、どう対処したらよいのか分かりません。

774774 2006/11/10 07:40 YUNYUN 様

 都内大学勤務医 様の言いたかったことは、医師には患者説明で初めから患者が100%理解できる言葉、口調で、複回数説明して、文書で渡して、はじめて説明義務を果たした、一部でも患者が理解できていないと”自己申告”でもすれば、説明義務違反として罰せられるのに対して、法曹界の人は相変わらず難解な法律用語を”初めから”分かりやすく説明しようとせず、相手に法律用語を勉強しなさいというのは、自己勝手という事じゃないでしょうか。同じ語句でも、一般で使われる意味と法曹界の意味で違う場合もありますし。それは医学用語でも同じですが、医師は最初から患者に理解できる言葉で話すよう訓練し、努力していますが、それでも説明義務違反に問われるわけですから、法曹界の人もそれを自覚してください。

裁判員制度が始まったら、大混乱間違いないですね。

mackeymackey 2006/11/12 13:02 判決文読みましたが、皆さん読み違えをされているような気がして、書き込みいたします。
判決文では、対応した主治医には「被控訴人E個人は、不法行為責任を負わない。」と書かれ、「被控訴人、奈良県は債務不履行責任を免れない。」のであって、救急専門医をこの病院におかなかった奈良県の対応を非難した判決と考えるべきではありませんか? 私の読み違えであったらごめんなさい。

ichihiroichihiro 2006/11/12 13:37 mackeyさんへ
>「本件病院での救急医療行為は公権力の行使に当たると解するのが相当であって」〜不法行為責任を負わない
とあります。「公権力の行使」だから不法行為責任を負わないのであって、「非控訴人Eの過失や注意義務違反は認めることができる」と認定しています。G鑑定、H鑑定が「当時の医療水準を満たしていた」と述べているのに、神様の領域まで医療水準を引き上げ、主治医の過失、注意義務違反を認定しているのです。判決文の異常さには開いた口が塞がりません。

間抜け弁護士間抜け弁護士 2006/11/15 02:24 うちの弁護士に教えられて目を通した。福島事件から様子が少し変わったが,20年も前から他人事ではないのだから,戦っている仲間の裁判に注意して必要な支援を惜しむなと説いてきた(医事紛争と医療裁判,医療行為と刑法など)。批判は必要なことだが,発言を見ると肝心の仲間の裁判の中身を正しく理解する難しさが分かる。忙しいためだろうが,調べて被告弁護士の説明を聞こうともしていないのはお粗末。その程度で被告の応訴活動を評価できるはずはない。
記録が手元にないので不正確な部分もあるが,コメントしておく
この交通事故は嫁の運転で死んだのは姑。道路から飛び出し道と直角のブロック塀に正面から激突。あまりにも異常で道ずれ心中も疑われた。生きていれば姑が被害者の交通事故で処罰されている。裁判では健康保険法の自殺,犯罪,有責患者の診療制限も持ち出していた。無理筋だが,全体的評価では無視できないはず。アメリカの屋根から落ちた泥棒の賠償請求に似た部分もあるが,大幅な過失相殺があってもいい。遺族は姑の自賠責賠償は受けているはず しかし,高裁は取り上げなかった。
自傷は犯罪にならないし,死ねば姑の加害責任も問えない。警察が事件にならないと検視しかしていなかったのは残念であった。
一審で勝ったのは札幌の救急医学教授の鑑定で田舎病院の体制はやむをえないし,正しく診断するのは無理としたため。一審裁判官はいい感覚の人,ただし,未完成のメモのような異様な鑑定書だったが,X線で原告協力医と同様に腹部損傷と判断していた。鑑定を出すのに3年ほどかかったが,遅延損害金の3年分は鑑定人の責任 裁判所と鑑定料でおお揉めした
高裁で負けたのは高裁で相手が依頼した救急医学教授の鑑定から 全身打撲なので札幌鑑定人の見解もあり,それに尽きるかも問題であったが,奈良だけでなく,数人の救急専門医が取り組む大阪にも乏しい充実したセンターなら助かったという現実離れしたもの 進行中の奈良の大淀病院事件は,周産期救急システムのお粗末さを教えている。別件では当直医の輸液の中身が悪くて死亡させたという鑑定をしたあとで,自分もこんな症例は経験したことがないと証言したこともある。

やたらに高みから見下げる人もいる。さすがにエコーの技師がいたかと鑑定書で聞いていたが,救急指定基準の実態を一番よく知っている救急医学の教授がこれではナンセンス 
担当医は大学から救急患者を送られたこともある有能な脳外科医。心嚢穿刺の経験は乏しいが,急変時のことである。穿刺方法が間違っていたとも,心タンポであったと言える根拠もない。解剖されていないので確かなことは言えないが,その可能性もあると言うのがEBMの常識
搬入から急変までの時間も問題にされているが,頭部打撲も予断を許さず,外表や胸部X線で異常がなかったことに加えて,姑の急変の蘇生や大学との連絡・送り出しに手をとられたことからすれば,転送して急変までに姑を送った大学に送ることはできない。
高裁鑑定でがっくりした脳外科医は気を取り直して調べて,東京の大学救急センターで安易な穿刺を戒めた文献も見つけて提出した。
その後,エホバの証人の心タンポの別件でも東北の循環器内科教授が心嚢穿刺で助かると鑑定で主張したが,証人尋問では出血が止まらず手術した例があることを認めた例もある。これほどの防御をしても間抜けかな。
今の裁判で十分な立証をすれば必ず正しい判決が出ると思うのは幻想 さすがに主治医には責任を負わせられないので,公権力論を持ち出したが,無理筋もいいところで,普通の債務不履行論で医師とともに負かす例が普通だ。しかし,事実把握や医学評価を誤った判決は最高裁にもゴロゴロ 刑事事件は検察官が問題で福島事件も間違えたのは検事 それに乗る裁判官もいる。もちろん,いい検事も裁判官もいる。しかし,福島事件では院内の検討会が軽率なミスをしていた。
この事件もそうだが,鑑定人が悪いことがとても多い。ただ,鑑定ミスは世界的 権威者のSIDS誤証言で大騒ぎしたイギリスではNHSが専門家証人を選ぶ案が動き出している。
問題の深刻さ理解し,医療の現状や限界を正直に示しながら,批判を自らにも向け,足元を正して,粘り強く戦いを地道に続けることが必要だろう。僕たちもそれを続けているのだ。
アメリカが先輩の医療崩壊も前から指摘しているが,全体としては正しい皆さんのコーラスがダウンブローのように利くことを願っている。

YUNYUNYUNYUN 2006/11/15 18:37 「間抜け弁護士」さま
情報提供ありがとうございます。これほど詳細なお話は、弁護士向けの研修でも聞けません。勉強になりました。
ただし、ここの読者(医師が多い)にとっては少々難解かと存じます。
簡単にまとめますと、
・敗訴の主要因は高裁における鑑定人意見。救急医学教授でありながら、現実離れした「充実したセンターなら助かる」という見解を述べ、またそれを現場を知らない裁判官が鵜呑みにした。被告医療側は文献等出して対抗したが、認められず。
・本件では司法解剖の手続きが取られず検視のみのため、正確な死因は不明確であり、穿刺方法が間違っていたとも,心タンポであったと言える根拠もない。
・鑑定人が悪いと裁判官、検察官は間違えてしまう。医療側は足元を正して、粘り強く戦いを地道に続けることが必要である。

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> これほどの防御をしても間抜けかな
11月10日の私のコメント中にある「被告側がそう説得しきれなかったという点が、敗因であるとしか言いようがありません」との表現が、お気に障ったかと存じます。
被告の訴訟活動に対する批判のように聞こえましたら、申し訳ありません。
私としては、いかに訴訟当事者が尽くそうとも、「結果として」裁判官が認めてくれなかったらどうしようもない、判決が出た以上は争いようがないという裁判における制度上の制約を説明するという意図でした。
決して、被告代理人の活動が劣っているというようなつもりはありません。

>> または、説明していても、裁判官は杞憂であるとして重く受け止めなかったのだろうと思います。
>> そのことを指して、「説得できなかった」と言っているのです。

裁判官が「いくら言っても分かってくれない」人種であるということは、私も弁護士の端くれとして、日々の仕事を通じて痛感しておるところです。
しかしながら、私たちには裁判官のクビをすげ替える権限はない以上、弁護士としては自らの職能でもってできること、すなわち訴訟戦術を磨きレベルアップして次回の戦いに臨むという以外はないと思います。
並行して、医師の皆様は裁判の鑑定人に適任者を送る、裁判所は裁判官の研修を行って正しい判断力を付けるというように、各関係者がそれぞれの立場で医療訴訟を良くする努力をしてくださるようお願いしたいです。

falcon171falcon171 2006/11/16 08:28 11/10のコメント欄に投稿したのですが、入りませんでした。
そのままにしておこうかと思ったのですが、YUNYUN様のコメントを見たので、こちらに再度出します。Yosyan様、おとなしくしますのでもう少しだけ場をお借りさせてください。

YUNYUN様 お返事ありがとうございます。
まず
>ここは「公知」とは言いません。
失礼しました。書いていて自分でも少し??と思っていたところです。
いや、やはり法曹の方は言葉に厳しいなあ と感じ入ってしまいます。でも悪い
気は全然しませんので。なんだか映画などの典型的まじめな法律家見てるようで。

2行目以下の
>どんな訴訟も敗訴した側にとっては(中略)
>本件の裁判官は何にも解っていない、に10000点。
まではよくわかりました。

でも
>批判を言うのは自由、でも法的効果は争えない」ということの意味
が解りますか?
とおっしゃっているのは私には意味不明です。下の行へのつながりもわかりませ
ん。お教え頂ければ幸いです。

言葉に出して相手して頂くと、混沌としていた頭の中での考えが
凝結してきて少しうきうきしております。
でここからは、YUNYUN様の文章で思いついた事書きます。

>それが客観的にもトンデモかどうかは、結局、法律家の多数がどう評価するかにかかっています。医療においていくつかの考え得る治療方法のうち、ある方法を選択したことの当否は、医師の多数がどう評価するかであると言われることと、同様と思ってください。
その通りですよね。完璧に賛成します。でも現実にはこうならないから、医師は
司法に罵声を浴びせることになってしまうんでしょうね。

ある問題事例の医療が妥当かどうかを、医師の多数がどう評価するかで決する。
(判例が妥当かを法律家の多数が支持するかどうかを決めるようにです。そして、ここで終われば医師サイドは文句を言わないし、現実問題として妥当な評価方法はこれしかないとしか医師には思えない)
ところが、患者サイドがこれで納得できないとき いわく、
「医師はかばい合う(法曹の判決批判が裁判官に向かわない)」
「医師の間ではこれで普通ですと患者サイドの疑問を無視する(法曹の多数派が
賛成しているからトンデモ判決ではないんです)」
「医者は沢山死ぬ人見てるでしょうが、私にはたった一人の子供なんです、患者
の心がわかっていない(法曹の人はいろんな判例見てるでしょうが、医師にとっ
て民事判例一つでも重いんです)」
(書いててそっくりですね)

日本の法律では、争いを裁判に持ち込む権利を保障しているので

法廷に持ち込まれて、あら不思議、判決の時は
「医療の話なのに、医師の多数派が妥当と思っても、法律家の多数が妥当と思わなければアウト」「医療の話なのに、医師の多数派が妥当でないと思っても、法律家の多数が妥当と思えばセーフ」
しかも、医師の多数派と判決(法曹の多数派)の意見の食い違いは、裁判官を説得しきれない被告(医師)の責任であり、裁判官の責任とはしない(民事のルール)。負けたのは自業自得。

整理すれば以上でしょう。

おばあちゃんの遺言でけんかは人の土俵でやるなと教えられていたのになあ(冗談です)。自分の土俵(医療)では大丈夫と思っていたものを、むりやり人の土俵に(裁判)ひっぱりだされて、しかも土俵の形が違うと文句付けたら、文句を言うなといわれたような。

医師と法曹が違うのは、法曹の人が当事者となったトラブルとなっても、どこまで行っても法曹の土俵なので土俵違いには悩まされないと言うことでしょうか。

心が決まりました。YUNYUNさんが言っておられた
>では、どこをどう改善して欲しいかということを、具体的におっしゃっていただきたいと思います。
には、「医師の行った医療の当否を医師の多数がどう評価するか」だけで決めれる体制を作って欲しいです」とお答えします。
そんなに厚かましいお願いでしょうか?法曹の人には保証されているんですよね。
やはり、立ちふさがるのは、憲法と医師不信でしょうか、「空気」支配の日本では。
太平洋戦争開戦前の知米派(「戦ったら負けますよ」「この非国民」)や、インパール派遣軍(「兵站無いから攻めたら全滅ですよ」「足りんから戦が出来ん? 気迫で圧倒するんじゃ 食料、弾薬は敵の遺棄したものを使え」)の気持ちがわかります。
焼け野原になって「空気」が変わることを希望するしかないんでしょうか。

以上が入れることに失敗したコメントです。これはすぐ上のYUNYUN様のコメントに対する意見はまったく入っておりません。

>私たちには裁判官のクビをすげ替える権限はない以上、弁護士としては自らの職能でもってできること、すなわち訴訟戦術を磨きレベルアップして次回の戦いに臨むという以外はないと思います。
ここが、法曹以外の人には分かりにくい感覚だろうと思います。別に、裁判官の首すげ替えろと、医師言ってるわけではないです。また出てしまった判決をここで議論したからと言ってひっくり返せるわけではないのも承知しています。でも、この場に法曹の人がコメントしてくれて、「法曹の方でもあれは「トンデモ」だとする意見が多いですよ」と言われれば医師も安心するし、また「言えば解る法曹の人多いんだ」と励みになると思うんですけれどね。そして、場外の「あれはトンデモ判決」派の法曹人を増やせば、いやな言い方ですが法曹の「空気」が変わって「トンデモ判決」に対する抑止力になるんじゃないかと思って意見述べているのですが。
「判決内容に対する批判はいくらしても、判決くつがえらないから無駄、わからんちんの裁判官はほっておいて、どう弁護すればそんな裁判官でも有無を言わせずこちらサイドの判決下させるかの戦術検討が大事」と言うのが法曹界の感覚なんでしょうか。


>並行して、医師の皆様は裁判の鑑定人に適任者を送る
これが法曹人にもまして医師サイドの責任として重大なこと賛成いたします。

ありがとうございました。

文系人間文系人間 2006/11/16 22:02 シートベルトをしていなかったことは裁判では勘案されていないんですね。非装着の時点で、死亡者は”道路交通法違反”なのに。シートベルト非装着で事故を起こし、結果死亡しているわけですから、裁判では非装着と怪我の程度の因果関係にまで踏み込んだ上で、治療の適否を出さないといけないのではないかと思います。シートベルト着用の有無による死亡率は警察庁でも出しているはず。http://www.npa.go.jp/koutsuu/kikaku70/20061113.pdf
どう考えても、救急医の処置以前の問題だと思います。

YUNYUNYUNYUN 2006/11/16 22:51 falcon171様 できるだけ、ご質問に答えます。

> >批判を言うのは自由、でも法的効果は争えない」ということの意味
が解りますか?
> とおっしゃっているのは私には意味不明です。

うーん、当初より次第に理解が近づいてきたように感じるのですが、

> >私たちには裁判官のクビをすげ替える権限はない以上、弁護士としては自らの職能でもってできること、すなわち訴訟戦術を磨きレベルアップして次回の戦いに臨むという以外はないと思います。
> ここが、法曹以外の人には分かりにくい感覚だろうと思います。

ここに食い違いがありますね。

> 「判決内容に対する批判はいくらしても、判決くつがえらないから無駄、わからんちんの裁判官はほっておいて、どう弁護すればそんな裁判官でも有無を言わせずこちらサイドの判決下させるかの戦術検討が大事」と言うのが法曹界の感覚なんでしょうか。

そういう意味ではなくて、おかしな裁判に対する批判は、当然するとして。
敗訴原因を裁判官の資質にのみ帰して、「今回は裁判官の当たりが悪かった、マトモな裁判官ならこっちが勝っていたはず。次回は別の裁判官に当たるといいな」と言っているだけでは、専門職として無責任だというのが、弁護士の普通の感覚です。次回も同じ裁判官や、似た考え方の裁判官に当たらないという保障はどこにもない。
(念のために申しますが、これは記事の裁判の被告代理人弁護士が、そういう態度だと言っているのではありません。かれはおそらく敗因を詳細に分析して、それを乗り越える方法を編み出そうと呻吟していることでしょう。そういうことは、あまり人前では語らないものです。)
さらに言えば根底には、裁判を決める権限を裁判官に独占されているからこそ、弁護士としては自分にできる工夫をして、かくあるべしと思う方向に判決を導きたい、という意識があるようにも思います。

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> この場に法曹の人がコメントしてくれて、「法曹の方でもあれは「トンデモ」だとする意見が多いですよ」と言われれば医師も安心するし、また「言えば解る法曹の人多いんだ」と励みになると思うんですけれどね。

私としても、そうしたいのは山々ですが・・・ 
先に述べたように、今のところ、法曹の中ではこれがトンデモ判決と思う人と、思わない人が、よくて半々というところでしょう。徐々に理解者が増えているということを、励みにしていただくしかありません。

自分の今までの仕事を振り返って、依頼者に対しその時々で真実を全てありのままに説明しなかったことが一度もないとは言えませんが、この場合は、嘘は害のほうが大きいと判断します。
真実でない気休めを聞いて一時的に心が慰められるとしても、
正しい現状認識がなければ、自分の身を守ることができず、将来より大きな不幸に遭遇するかもしれません。

もし1年前に相談を受けたなら、私は「あれは民事裁判で、刑事と違う。敗訴しても前科者になるわけじゃなし、お金を払うのは病院だ。病院もああいうケースで医師は本当は悪くないと解っている。不幸な患者に遭遇した時は、慈善事業だと思って諦めなさい」くらい言ったかもしれません。
しかし福島事件以来、ヘタな情けを掛けることで刑事訴追という強烈なしっぺ返しをくらうという前例が出来てしまい、その危険がいまだ去っていないと思われるので、「安心せよ」とは言えない状況です。
民事刑事を問わず、何かあったら、弁護士に相談を。(医療の実情を理解し、かつ腕の良い弁護士にご相談ください。)

> 医師と法曹が違うのは、法曹の人が当事者となったトラブルとなっても、どこまで行っても法曹の土俵なので土俵違いには悩まされないと言うことでしょうか。

それはそうですね。
私事ですが、訴えられかけたことがあります。
濫訴の類でこちらに分のある話だったので、「受けて立ったるわい」と強気で訴状が来るのを待っておりましたところ、相手方は書類を整えることができずに結局、取り下げました。
でも、本式に争われた時には、腕の良い弁護士を頼みます。

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> 場外の「あれはトンデモ判決」派の法曹人を増やせば、いやな言い方ですが法曹の「空気」が変わって「トンデモ判決」に対する抑止力になるんじゃないかと思って意見述べているのですが。

法曹の間に理解者を増やすべしという方法論自体は正当であると思います。私も微力ながら、その方向で努力しております。
しかし、「民事も刑事も関係ねー」「犯罪者呼ばわりされてやってられっか!!」という言葉では、法曹の理解を得るのは到底無理です。
法曹の心に訴える表現というものがありますので。モトケンブログのほうに書いていた一般論のまとめは、法曹の受け容れやすいロジックを組み立てたものです。

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> 医師の行った医療の当否を「医師の多数がどう評価するか」だけで決めれる体制を作って欲しいです

キャッチコピーは「医療訴訟を医師の手に取り戻せ!」
「医師だけ」というのは難しいでしょうが、要は、医療の当否の判断については医師の意見を尊重せよということですね。
医療訴訟に、医師の意見を上手く取り入れるしくみを作ることは、現実にも模索されています。
裁判のしくみとして、裁判官は医師の鑑定意見を無視するわけにはいかないはずですが、
鑑定自体が現実から乖離した空論を並べた誤った鑑定であったり、裁判官に医学的なセンスがないため鑑定内容を正しく評価できなかったりして、判断を誤ってしまう場合があることが指摘されています。
こうした誤判を防ぎ、正しい医学的見解に基づいて判断できる体制を作ることは、裁判の公正さを担保することにもなりますから、法曹としても反対する話ではありません。

モトケンブログで出されたアイディア
・事件に相応しい鑑定人を医師の団体のほうで推薦する
・複数の医師にディスカッションさせて評価させる

こういうことの実現可能性があるかについて問題となる点は、
法曹、特に原告患者の立場では、医師の判断を求めることについては、かばい合いにならないかが、一番心配なのです。その心配を払拭できるだけの、きちんとした人材を医師サイドで用意して、必要に応じて供給できるかどうか。
医師サイドで相当に努力していただかなければならないことでしょう。日常業務をこなしながら、裁判にも定期的に協力するということは、大変です。
例えば、弁護士会では、裁判所の調停委員や各種ADR(裁判外紛争解決機関)の審査員に人を出しています。個々の弁護士が自分の日常業務と並行して、それらの活動を行うことは、はっきり言ってしんどいのですが(経済的にも自分の仕事をするほうが儲かる)、司法制度を維持する責任として、やっているのです。
医師の皆さんは、そのような責任を引き受ける覚悟と根性ありや?

falcon171falcon171 2006/11/18 20:49 YUNYUN様 丁寧にお答えいただきありがとうございました。今後ともご教示よろしくお願いします。

>医師サイドで相当に努力していただかなければならないことでしょう。
文書(鑑定書)を書けと言われると、たじろいでしまいますね。
でも、医療水準を探ると言うことだから、ホントに普通の臨床医を10人集めて、症例として出して、そのディスカッションをよこで法曹の人に訊いてもらって3時間ていうのなら協力しますけれど。(時間が短すぎる? 逆に言って、3時間医師が話し合って状況が飲み込めない、その医療が妥当かどうか決着つかないというのは、「難しい症例」なんだから、それだけでも「無過失」と判定すべきだと私は思います。「普通の医師がその場の状況で普通にやるべきだ」と言うことで医療水準決まるのに(大学病院などの要求レベルは違うという話もありますが)、医師同士でも何日も話し合わないと結論できないことを医療水準だと言ってはいかんでしょう。)

前の「公知(じゃないけど)A+判例」→推測Bの話はホントは、こんな推測認められんわいという「正統派? 多数派? 法曹」の人に論争に加わっていただければ盛りあがったんですけれど、少し残念。

元田舎医元田舎医 2006/11/18 21:58
>>falcon171さん
>ホントに普通の臨床医を10人集めて、症例として出して、そのディスカッションをよこで法曹の人に訊いてもらって3時間ていうのなら協力しますけれど。

同意です。
裁判員制度よろしく、「当該地域の当該学会員を3〜10人無作為抽出」する「医事鑑定員制度(仮称)」でいいと思います。
他に
・学会には医事鑑定員の選出を義務づける
・選ばれた医事鑑定員には適当な日当と、学会認定専門医の更新単位数単位ぐらいを渡す
・議事録兼鑑定書は事務方が作成(←これ重要。医者は書き物嫌いが多い)
などの条件をみたすように制度を作れば、おそらく現行の鑑定制度よりもはるかに迅速に、かつ現実に即した鑑定が(たぶん安上がりに)出来上がってくるはずです。

とか言いながら自分は今、どこの医学会にも所属してなかったり...

YUNYUNYUNYUN 2006/11/19 02:32 falcon171さま、元田舎医さま
ディスカッション方式でもよいと思います。
裁判である以上、きちんとした記録を残さなければならないので、最低限、議事の要録が必要です。結論部分として「本件では医師Yに〜という過失が認められる」等まとめる。

> ・議事録兼鑑定書は事務方が作成(←これ重要。医者は書き物嫌いが多い)
「事務方」とは鑑定員となる医師以外、という趣旨だと思いますが、ある程度の医学知識がなければ難しいのではないでしょうか。
だとすると、裁判所書記官にははっきり言って無理です。誤った記録が作られでもしたら、何のための鑑定会議か分かりません。
学会の事務員(弁護士会のように専従の職員を雇っているのでしょうか?)にパートタイムで来てもらうのはどうでしょう。