救急医療の基礎知識 その2

様々な面から現在の医療を圧迫している救急医療の事を書こうと思い、まず沿革を調べてみようと思ったのが昨日でした。古い話なのでサラッと流そうとしたのが間違いで、通行人様から詳細な情報を頂き勉強不足に赤面するばかりです。通行人様から頂いたコメントを全部再掲したいぐらいですが少々長いので要約します。

  1. 救急隊は火事での負傷者を搬送するために消防署に作られていったのが大元らしいです。加えて言うなら台風、地震などの自然災害でも消防署は出動しますから、そのときに発生する「災害による事故等」の傷病者も当然搬送する必要があります。つまり消防隊が出動してそこに発生している傷病者を搬送するために作られたのが救急隊であるという事です。


  2. 「災害による事故等」の傷病者を搬送するために作られた救急隊ですが、それ以外の急病人でも要請があれば出動していたようです。「災害による事故等」に較べると急病人の搬送件数は多く、そのために整備拡充の必要に迫られたのですが、1963年当時の消防法では急病人搬送に対する業務が規定されていなかったのです。消防法に規定されていないので整備拡充のための予算措置が取れず、そのために作られたのが消防法第2条9項および第42条であり、さらにこの条項が設けられたために搬送先の整備として救急病院等を定める省令が出されたと解釈するのが妥当なようです。


  3. 救急病院等を定める省令が出された背景の一つとしては、当時急増しつつあった交通事故への対策もあった事は十分考えられる事です。当時から数千人規模に膨れあがり、さらに増加傾向を示し、「交通戦争」として社会問題化しつつあった交通事故への対策の一環としても、救急病院の整備が必要とされても不思議ありません。
通行人様から頂いたコメントの質に較べると粗い要約ですが、この程度の理解でもそれほど的外れではないと考えます。どうも1963年以前にも救急隊は活動していたが、その活動の法令的な裏付けは確かではなかったようです。無かったようですが実質として現在の位置づけに近い急病人の搬送が日常業務として確実に存在し、その業務を法的に正式に認め、整備拡充に向かったのが1963年の消防法改正、1964年の救急病院等を定める省令となったと考えて無理は無さそうです。

救急隊の活動についてはこの当時からタクシー代わりの濫用が問題視されていたようなのが国会答弁でも見られ、今も昔も変わらない問題であるのがよく分かりますし、「適切な利用」を何度も強調しているところなどは今年の国会での答弁であると言われても何の違和感もありません。私も通行人様のコメントを読んで何回か日付を確認したぐらいです。

1963年、1964年の法律改正によって正式に急病人の搬送が救急業務として認められたのですが、搬送先の救急病院の整備がどうだったかに話題を移したいと思います。移すと言ってもこれまた昔の話で分からない事だらけなんですが、昨日も書いた救急病院になるための条件を再掲したと思います。

  1. 救急医療について相当の知識及び経験を有する医師が常時診療に従事していること。
  2. エツクス線装置、心電計、輸血及び輸液のための設備その他救急医療を行うために必要な施設及び設備を有すること。
  3. 救急隊による傷病者の搬送に容易な場所に所在し、かつ、傷病者の搬入に適した構造設備を有すること。
  4. 救急医療を要する傷病者のための専用病床又は当該傷病者のために優先的に使用される病床を有すること。
当時は当たり前ですが医師の数は格段に少ない時代です。おおよそ現在の半分以下の10万人程度であったはずです。もちろん病院の数も少なかったはずで、救急病院の整備と言っても右から左にどうにかなる時代ではなかったかと思います。全国的に整備する法令ですから、欲張ったものを布告しても整備できるはずも無い事情があったはずで、救急病院に立候補するための条件は必要最低限のものしか求めなかったと考えられます。

四つの条件のうち

1.は奈良救急事件でピックアップされ去年大騒ぎになりましたが、法令が施行された当時はあくまでも努力目標であったと考えます。当時(現在ですら)では救急担当医師の確保は容易でなく、ましてや「相当の知識及び経験を有する医師が常時診療」なんて事は充足している医療機関はあったかどうかも疑問です。

2.は当時の医療水準を考えればそんなものだろうと考えます。もちろん当時の事を経験しているわけではありませんが、1970年代前半の医療であっても、もちろんCTはまだ、エコーもまだ、レスピレーターは微妙ですが鉄の肺から陽圧式の呼吸管理器が登場するかしないかの時代で、それこそ最先端の医療技術であったろうと考えます。今の病院では常識といってよい、中央配管による酸素や吸引の配管も、ようやく普及しつつある時代であって、研修医の頃に勤務した病院でも、全病床の半分程度にしか無かった記憶があります。

3.は当時の病院は自動車普及以前に作られたところが多く、救急車が容易に近づけないところが少なくなかったので、それに対する改善要望だと考えます。

4.も半分ぐらいは理想論とも考えます。現在であってもこの条件を完全に満たしている救急病院がどれほどあるか疑わしいんじゃないかと考えます。

簡単に条件読み解けば、救急病院になるには医師が存在し、救急車が搬入しやすい構造であれば「OK」だったと考えて良さそうです。それ以上のものを求めたら救急病院になれる病院はほとんど存在しなかったことの裏返しの証拠のような気がします。当時の貧弱な医療体制の現実にあわせたものと言っても良いと考えます。またこの程度のレベルであっても広範囲に救急病院網を整備するほうが急務であったとも考えて良さそうです。

では現在の救急病院に課せられている条件は当時と較べてどう変わったかです。省令は上の通りですが、この第1条に「都道府県知事が、医療法 (昭和二十三年法律第二百五号)第三十条の三第一項 に規定する医療計画の内容」とあり、都道府県知事が医療計画として救急医療の内容の細部を指示する権限があると解釈して良さそうです。これも昨日コメント寄せていただいた東京都民様からのコメントの再掲になるのですが、

平成17年4月1日
東京都福祉保健局

休日・全夜間診療事業における指定二次救急医療機関の留意事項

1 診療の原則
内科系、小児科及び外科系の救急患者に対し、初療及び入院・手術等の専門的な医療を、休日の昼間及び毎日の夜間に提供し、必ず診療することを基本とする。
※ 初期救急患者にも対応する。
※ 直接自力で来院した救急患者や、受診や搬送の電話連絡のあった患者も同様とする。

2 診療時間
(1)休日の昼間 午前9時から午後5暗までの8時間
(2)毎日の夜間 午後5時から翌日の午前9時までの16時間
※ 医師の交代時間を明確にし、朝夕の医師の交代時間等、診療時間に空白時間を生じさせないこと。

3 診療科目
次のうちで、指定された診療科目とする。
(1)3科(内科系、小児科及び外科系)
(2)2科(内科系及び外科系)
(3)単科(特定科目)
※ 指定された診療科目については、必ず診療することを基本とする。
※ 指定された診療科目に係わらず、可能な限り救急治療を行うこと。
※ 当直医が専門科以外の診療を行う場合については、専門医ではないが診療を行う旨を、院内表示及び患者に説明するなどして、トラブルの発生防止に努めること。
※ 専門的医療を要する場合は、救急治療の後、対応可能な専門医療機関等に引き継ぐこと。

4 病床の確保
指定された病床を、毎日午後5時現在で確保し、救急患者の入院に備えること。
※ 院内の後方病床や協力医療機関の後方病床の確保に努めること。
※ 相当の事由がなく診察しなかった場合や、病床が確保されなかったことが確認された場合の委託料は、原則として支払わないものとする。

5 医療スタッフの確保
必要な医師、看護師、検査技師(常駐が望ましいが、オンコール体制でも可。)等を配置し、救急患者の受入れに備えること。

6 診療情報の適正入力と連絡体制の確保
(1)正確でリアルタイムな情報の入力を行うこと。
※ 消防機関は、病院端末装置から入力された診療情報を基に、症状に適応した直近の医療機関を選定し、原則として消防機関の指令センターまたは救急隊から搬送する旨の連絡を行う。
なお、この診療情報は、消防機関の病院案内として都民に提供される。
※ 診療可能科の入力における、指定診療科目と当直医の専門科並びに対応可能科との関係は次のとおりとなる。
〔例〕2科指定で整形外科医が当直の場合
内科○ 外科○ 整形外科○ その他の対応可能科○
※ 東京都救急医療情報センター(東京消防庁所管)の病院端末装置により、「病院現況情報」の「救急空病床数」を適正に入力すること。
(2)消防機関からの搬送連絡については、医師等が直接連絡を受けるなど、迅速に回答するための連絡体制を確保すること。

7 診療及び入院不能時の対応
次のような場合は、直ちに病院端末装置に入力すること。
(1)確保した救急病床が満床になり入院・加療ができなくなったとき
(2)重症患者等への診療・手術等のため新たな患者の診療が不能になったとき
(3)入院や診療が可能となったとき
※ 救急病床が満床となっても、応急的な処置を依頼することがある。

診療不能や入院不能が常態化しているときは、調査を行います。
=============================(この行二重下線)

8 処置困難時等の対応
診療の結果、処置困難または高度専門処置を要するため、救命救急センターまたは、特殊救急医療事業参画医療施設等での対応が必要な場合は、直ちに所轄の消防機関に要請し、病状管理を図った上で転送すること。
※ 緊急性の低い容態の安定している患者の転院には、「東京民間救急コールセンター」等を利用し民間患者等搬送事業者による転院搬送を行うなど、救急車の適正利用に配慮すること。

9 職員への周知徹底
本事業の内容について、医師、看護師、事務等の職員に周知徹底すること。
※ やむを得ず受診依頼に応じられないときは、患者に対し十分に説明し理解を得る努力をすること。

10 東京都指定二次救急医療機関の指定
(1)指定期間は、年度初日(4月1日)から年度末日(翌年3月31日)までの1年間であり、知事が毎年度ごとに指定する。
(2)知事は、東京都指定二次救急医療機関が、診療体制の確保、病床確保、診療の実施等について著しく適正を欠き、本診療事業の目的を達成することが困難と認める場合は、年度途中であっても指定を保留又は取消すことができる。

11報告書の提出
(1)所定の実績報告書を、毎翌月の15日までに地区医師会に提出すること。
(2)報告書は、本事業の次年度参画施設を選定する際の判断要素として使用する場合もあることから、正確に記入すること。
12 その他
患者や家族等から苦情等があった場合は、医療機関として誠意のある対応をすること。
※ 東京都福祉保健局に苦情等があった場合には、事実確認のための調査等を求めることもある。

結構細々と留意事項なるものを書いてあるのですが、読んだ素直な感想として「きついな」と言うところです。気になったところをピックアップすると

  1. 内科系、小児科及び外科系の救急患者に対し、初療及び入院・手術等の専門的な医療を、休日の昼間及び毎日の夜間に提供し、必ず診療することを基本とする。
  2. 指定された診療科目に係わらず、可能な限り救急治療を行うこと。
  3. 相当の事由がなく診察しなかった場合や、病床が確保されなかったことが確認された場合の委託料は、原則として支払わないものとする。
先ほど「きついな」としましたが、これはやっている方からすると相当な負担です。救急の担当診療科と言うのが書かれていますが、そこでの選択は、

次のうちで、指定された診療科目とする。
(1)3科(内科系、小児科及び外科系)
(2)2科(内科系及び外科系)
(3)単科(特定科目)

となっています。内科系といってもその範囲は広大です。外科系もまたこれまた広大です。内科系、外科系の中でも専門は細分化されており、細分化された専門分野の一つ一つを習熟するのも容易ではありません。断ったらダメという原則を執拗に強調していますから、十全に行なうには十分な体制が必要であると普通は考えます。

そこで診療体制についての言及がどうなっているかが気になるのですが、

5 医療スタッフの確保
必要な医師、看護師、検査技師(常駐が望ましいが、オンコール体制でも可。)等を配置し、救急患者の受入れに備えること。

他の規定がかなり具体的な点まで言及されているのに対し、スタッフについては「必要な」で終わりです。どうにも非常に曖昧な表現になっており、実際にも内科系、外科系の救急業務に関し、内科系一人、外科系一人の当直医だけで対応している医療機関は多々あります。内科系全般を扱える医師、外科系全般を扱える医師、さらに全般に扱えた上に「救急医療について相当の知識及び経験を有する医師」が希少な存在なのは医師なら誰でも知っています。

それとこの留意事項のうち何回も脅しのように書かれている「委託料」ですが、これも東京都民様からのコメントで

休日・全夜間診療(一般) 3 ,098百万円
診療・入院 215施設 590床

しゃれ頭様が計算してくださいましたが、単純計算で1日4万円だそうです。求められる医療の質と量、それに対する診療体制のギャップを考えると「ありがたい」とはなかなか口にしにくい金額のような気がします。

1964年に救急病院の整備が法令化されています。当初は質より数に重点を置いて整備されたような気がします。その点については当時の医療情勢からやむを得なかったかもしれません。ところが時代の変化とともに救急医療に求められる質と量が暴騰したにもかかわらず、救急病院の質と量の向上が誠に遅々たる物になっていると考えます。それでも医療に求められる質と量に対する、受け手である医療体制の質と量のギャップは近年まで噴出していませんでした。

それが近年になり大問題化した話はできれば明日にしたいと考えています。