新小児科医のつぶやき

2007-05-05 意識は進む

奈良の事件はとりあえず一段落です。それでもお蔭で個人情報保護法がどんなものか、そこでブロガーはどんな位置付けになるのかよく勉強させてもらいました。ブロガーも個人情報保護法では報道機関にも位置づけられますし、著述業にも位置付けられます。公序良俗に反しない限り、言論の自由の下、自分の考え、主張を他の報道機関や評論家、ジャーナリストと同様に発信できる事が確認できたのは大きな収穫です。

医師はたしかに個人情報はもちろんですが、それよりも重い医療情報の秘匿が義務づけられています。ただしこれは自分が業務で知り得た事であり、ネットでブロガーやコメンターとして書いている限り、ネット上の情報は自由に利用、引用が可能であり、それについての分析論評は誰にも縛られ無いと言う事です。この告訴報道はネット医師の言論の封殺ではないかの声が一部にあり、私も漠然と不安を抱いていましたが、結論としては今までと何も変わらないことが再確認できました。

そういう訳で今日のお題です。もう1ヶ月ほど前からエントリーへの反応に非常に違和感を抱いています。簡単に言うと非常に反応が渋くなっているのです。もちろんエントリーに出来不出来はありますし、あくまでも私が興味関心を抱いたものを書くのがブログですから、私が「おもしろい」と感じた話を読む人間が必ずしも「おもしろい」と感じない事を差し引いてもです。

これについては当初、私の意識感覚がネット医師の大勢からずれたのではないかと考え、私なりにあれこれと話題を散らして方向性を探りましたが、どうもこれといったものがつかめず、どうも違う様だの結論としました。これだけ探しても無いのなら、これは私がずれたのではなく、ネット医師の意識が拡散して一点に集まるような状態でなくなったと考えたのです。

意識拡散説でしばらく自分を納得させていましたが、どうしても違和感がそれでも残ります。拡散とは散らばる事ですが、どうも面として拡散しているのではなく、線として拡散していると考えた方が正しいのではないかと言う事です。意識は確かにある程度分散していますが、これは医療危機に問題意識を持ち始めてからの単なる時間差であり、誰もがほぼ同じ思考を経て意識段階を進ませているだけだと言う考えです。さらにこの意識段階の進み方は遅れて参加したものほど早く、去年の福島事件から問題意識を持っていた者が進んだ時より数倍の速度のような気がします。

意識段階のステップのモデルには末期癌患者の古典的な死への受容の五段階説がマッチしているような気がします。現実には必ずしもこうならないケースが無数にありますが、今日は末期癌患者の話ではなくネット医師の意識段階のお話ですから、段階説への医学的論議はご容赦ください。これを医療危機に問題意識を持った医師の意識段階にあてはめて考えれば、

段階
末期癌の段階説
医療崩壊への意識
第一段階
否認
医療崩壊の存在自体の否定
第二段階
怒り
トンデモ医療訴訟やお手盛り医療改革への怒り
第三段階
取引
こうすれば医療崩壊を防げるの提案の摸索
第四段階
抑鬱
何をしても無駄だのあきらめ
第五段階
受容
生温かく滅びを見つめる涅槃の境地

初期の崩壊論議は第一段階論者と第二段階論者が主役でした。第一段階は当初より少数派ではありましたが、それでも去年の今頃にはまだまだ第一段階の精神論者が結構幅を利かせていました。やがて第二段階論者と第三段階論者が主役を占めていた時代が長く続き、奈良事件の頃が一つのピークであったように思います。それが去年の終わり頃から第四段階論者が勢力を増し、最近では第四段階すら越えた第五段階が勢力を急速に増していると考えます。

この過程は当初からネットの議論に参加した者は一年かけて段階を登っていますが、後から参加するほどステップアップが早いと感じます。もちろん問題意識をもつ人間の参加は、医師以外も含めて時間とともに加速度的に増えていますから、現時点でも第一段階から第五段階まで幅広く意識の分散は見られますが、大勢は第四段階ではないかと思っています。

第四段階となると少々の出来事には反応しなくなります。加古川クラスの事件ではもう驚かない感性です。カルテ流出告訴報道でも「もう勝手にしろ」です。何を言っても無駄、何をしてももうどうにもならない抑鬱気分ですから、第二段階や第三段階の人間がいくら騒いでも「今さら何を」と冷ややかに見つめている状態と考えています。2月ぐらいに焼野原待望論についての議論がありましたが、意識が第四段階に至ると待望論とかなんとかではなく、太陽が西に沈むのと同じぐらいの常識であり、常識であるからそれについての議論さえ虚しい心境と考えます。

つまり熱くなる時期がネット医師世論では急速に終わりつつあると見ます。第五段階にまで行けば、冷ややかなりにまた反応が出るのでしょうが、第四段階が反応では最悪で、笛を吹いても躍らないどころか、聞こうともしなくなっていると思います。あくまでもこれは私の見方ですから異論はタンマリあるでしょうが、そう考えると最近のエントリーへの反応の変化がよく理解できますし説明もつきます。ここまで意識が変わったかと一種の感慨があります。

そう考えた上でどうしたら良いのか私は悩んでいます。迷っていると言っても良いかもしれません。前にも同じように悩んだ時に、それでも基本はメディア・リテラリシーだと考え直しましたが、今回もそれでよいのでしょうか。他にもっと違う道があるのでしょうか。また第五段階を越えた第六段階があるのでしょうか。

しばらく試行錯誤が続きそうです。

座位座位 2007/05/05 13:08
エントリの反応に関してですが、例えば昨日のエントリ等は、大傑作だと思いました。ところが、内容として完結型のものであるために、第一段階 圧倒され、第二段階 納得させられ、第三段階 共感にひたり、第四段階 異論もなく、 第五段階 虚脱してボーッとする、という五段階を経験しました。起承転結が完結しており、コメントを挟む余地もありませんでした。その意味では、エントリ内に異論を呼ぶ内容や、物足りない消極的な内容、誤解や曲解や暴論などがあった方が、盛り上がるのかも知れないなどと、勝手なことを考えていました。ほぼ毎日更新というYosyanさんのブログには、目を通すことが日課になっている人も多いのではないでしょうか。
 確かにあまりに酷い厚労省の医師政策、日医の追従ぶり、相変わらずのトンデモ医療紛争、訴訟、判決の量産に、麻痺している自分というものがありますね。第四段階の抑鬱状況ではありますが、我々医療者の側に導火線の炎が近付いてきており、お互いどうすべきか不思議な睨み合いをしているような感じです。

indigo_harpindigo_harp 2007/05/05 13:28 Yosyan先生
はじめまして。いつも閲覧しております。普通の一般人です。。。
一般人のわたくしがお邪魔してよいのかどうか分かりませんが…。

この一年、わたくしも医療の崩壊を憂慮しておりました。結構な数の医療訴訟関連の判例等を読んでまいりまして、Yosyan先生のコメントでもいろいろと勉強させていただきました。法律もよく知らず、現在進行形で治療をしている私が医療訴訟について考えたときになんとも言えない葛藤を経験しまして、強烈に気分が沈んだことがあります。最近私は、このまま崩壊が亢進すれば、いつか医師と患者、医療と国民が真に敵対するのではないかと心配しています。そのような道筋にのらず、冷静な分析を続けておられるYosyan 先生はじめ、諸先生方のコメントに敬意を表したいと思います。

…あの、上手くいえないのですがこれからも、楽しみにしております…

Med_LawMed_Law 2007/05/05 13:31
私も涅槃で待つ境地です(苦笑)
但し、医師カルテを掲載しながら、医師カルテを漏出された犯人を捜している読売新聞に、『犯人はお前じゃ!!!』と言ってやろうとは思います

情報力の違いはあっても、読売自らが”自己に不利な情報の提供”という自供をしているのだから、丁重に批判してあげるのが宜しかろうと思ってます

マスゴミの汚れ方は尋常ではない。レベルの低さには呆れ返るばかり。。。

BugsyBugsy 2007/05/05 13:52
結局官僚、マスコミを含んだ非医療者の国民にとっては自分や自分の家族が病気にならない限り 医療の崩壊には日常生活のうえで関知しえません。たとえば官僚の家族が自宅介護されてみるまで在宅介護の苦しみはわからないでしょうね。
いざ関わったときに怒りが爆発するわけです。しばらくたつと忘却してしまいます。なじった相手方の医師がその後の人生でどうなろうが知ったこっちゃないわけです。患者の立場で意見を開陳されても、個人的な経験を吐露しているに限ってしまいます。限られた相手の共感しか得られず 当然大きな世論にはなりえないのです。大きな世論とはマスコミが介在し喚起することになりがちです。無論この中にはプロ市民の扇動も含まれます。
ちょうど一年前にオイラが本ブログを拝見した当初 普段体験する自分の個人的な憤りではなかったことに驚きました。今は第4段階ですかね。何を申しても国策として医療費削減が国是のままです。
一方受益者である国民はといえば第二段階の怒りか 自分の周辺にだけ医療資源を集めようとする第3段階の取引状態でしょうか。医療費削減という国是が受益者たる患者たちを最終的に苦しめているんだということに気づいてもらわないと改善の方向に向かわないなという「諦念」を感じています。患者側が何をしても無駄だという抑うつ状態にまで進むのは当分時間がかかるのでしょうか?そういえば読売新聞が医療の現場について手のひらを返したように報道しています。後になって自分たちは早くから警鐘を鳴らしていたなんて言い訳しそうです。第二次大戦のあと反戦的な報道は大戦前から行っていたが 国家の言論統制のもとで潰えたのだとしきりに言っていたそうですよ。

YosyanYosyan 2007/05/05 14:51 読める方は読めるんですが、日によっては下書きがあります。下書きもいつもは非公開なんですが、昨日は鬱屈が溜まって公開にしています。小さなSNS内の公開ですから本音を爆発させようと思ったら、あ〜ら不思議、書き進めるうちに自制が入ってしまい、今日のエントリーに書いたらもっと自制が効いてしまいした。性格なのか文体のためなのかは分析不能です。

読売ネタは画像が手に入ったらもう一回だけやるつもりです。記事内容に責任回避の伏線である伝聞体が狡猾に使われているとはお弟子様のご指摘の通りですが、それも含めて確信犯と言うか共犯であることは間違いないだろうからです。

そうそう私の段階ですが、相当前から第四段階の手前で踏ん張って、今でも小指一つで引っかかっているつもりですが、ひょっとすると自覚の無いまま第五段階に踏み込んでいるのかもしれません。

HekichinHekichin 2007/05/05 15:42 僕は3段階と4段階の間ですね。最近は「何とかしてほしい」という家族にハッキリものを言うようになりました。90歳以上の嚥下障害をどうにかしてほしい...ってお前、寿命というのを知らないのか?だいたい、90歳で経管栄養(胃ろう)をしてほしいって紹介先の先生に俺からは言えないよ。それに入院2か月、医療費は100万円以上。俺のおさめた健康保険料70万が2か月で費やされるんだぞ〜って内容をやさしく言いなおして説明しています。これがこの文章通り説明するようになったら、第5段階ですかね。

tera2005tera2005 2007/05/05 15:43 私は地位は恵まれていましたが、約15年前に勤務医としての将来に見切りを付け「メシさえ食えれば良い」スタイルで開業<逃散と言えます>の道を選びました。医療費が抑制される限り将来に希望は持てないと考え続けていましたので、医療以外のことに力を注ぎ7〜8年後には収益の50%は医療外収入になっていましたが、3〜4年前から再度方向転換し、今は2/3は医療外収入です。感情としては7〜8年前から「国民が医療費低減を望んでいるのならその結果を早めに見せるのも良いだろう、なまじっか医療側が抵抗し、低い医療費でも国民の健康が守れると幻想を抱かせるよりは崩壊が早い方が良い」と考えていました。途中の方向転換の時、医師でありながら医療の将来を信じていないと言う現実に、感情のコントロールがうまくできず悩んだ時期<抑鬱ですね>もありましたが、今は安定<医療が崩壊しても職員を含めた生活基盤はできたと思うので受容と言えます>しています。

BugsyBugsy 2007/05/05 16:32
オイラは先ほど申しましたように何やっても一介の勤務医じゃダメかな、皆さんのご意見拝聴してもどうも抜本的な解決法は行政が動かなくちゃと鬱状態が主体です。厚生労働省はというと 僻地医療義務化とか在宅医療にシフトをはかっていますが、おそらく医療費の削減は困難でしょう。現場の感覚とすれば現実味に乏しいのです。一方大学医学部といえば文部科学省の管轄ですが、今も大学の評価基準の主体はアカデミックな業績です。いやむしろ先鋭化してきました。従って以前以上に、僻地へ赴任しようというモチベーションが損なわれています。総合医という位置づけも曖昧であれば 僻地医療、総合医の資格取得が医師個人の人生に損であると感じさせるところに実現性を危ぶんでいます。
早く国民が気づけばよいのですが、直接国政に物申すのではなく医師にダイレクトにぶつかってきます。自分の医療権以外はいきおい知らん振りです。受診のアクセスの悪さもあれば、思い通りの医療が受けられない(スパゲッティ症候群や嫌だが、医者はすぐにかけつけろなど)鬱憤が徐々に医療側に対する言葉や力を使った暴力へと転じているようです。自分の職場でも随分耳にするようになりました。10年以上前に英国で医療機関での患者側からの暴力沙汰を噂として聞くことが多かったのですが、焼け野原状態になる前に日本もそうなるんでしょうかね。しかもこういった事態はずっと続きそうです。国民側があきらめの境地になるまでに どれだけの医師がぶんなぐられるんでしょう。日本では医師が患者を刑事事件で訴えるなんて寡聞にして存じ上げません。刺傷事件ぐらいかな、言葉での誣告を訴えたなんてありましたっけ?従って患者側は云いたい放題、胸倉つかみ放題になっています。なにも播磨地方のお土地柄だけじゃないんです。関東地方でもいくらでも水面下での暴力沙汰は多いです。人間は相手がなんにも反論しないとわかると途端に傘にかかってきます。医師といってもなめられちゃ御終いなのです。医師側からのstrike backはどうすればよいのか個人的には模索中です。

抜本的な解決策は見えてこない、自分は早く涅槃の境地に行きたい、なるべく厄介な患者とのいざこざから離れていたいという連中が大半じゃないでしょうか。

YosyanYosyan 2007/05/05 17:30 Bugsy様

私が時に抑鬱気分になるのは、崩壊の構図とその再生ないし救済手段を考える時です。医療は様々な愚策により危機に陥っています。その事に一番気がつかないないしは知らない振りをしているのが国および厚生労働省です。

しかし医療の枠組みは自由診療にでも走らない限り、国と厚生労働省がすべてを決定します。そうなると国と厚生労働省を動かす力が必要です。その力は政治にあります。政治を動かすには民意が必要です。民意とは単純には世論の事になります。

世論とは国民の多数派のことです。多数派とはもちろん医師でなく、医療的に見れば患者及び患者予備軍です。現状なら患者予備軍である、ほとんど医療を必要としない人々が動かなければ世論は動きません。

動かすためには啓蒙活動が必要です。啓蒙活動として一人の医師が出来ることは、たかだかネットの片隅で情報を発信するぐらいが精一杯です。それしか手段がなくとも出来ることをするのが医師です。だからその目的に一年以上努力はしたつもりです。私だけではなくネットで情報を発信しているの医師の多く吾その事を願って小さな努力を積み重ねていると考えています。

成果はゼロとは言いません。しかし現実は非常に厳しいものがあります。ネット世論ですら第一段階レベルの方々が圧倒的に多数派のような気がします。この流れが変わるためには後何年必要なんでしょうか、果たしてそんな日が来るのでしょうか。それを考え始めるとひたすら心が沈んでいくのです。

BugsyまだまだBugsyまだまだ 2007/05/05 18:23
Yosyan様 休日なんでちょっと長いのですが。
本ブログを日常的に読んでらっしゃる医師は多いと思います。オイラもいつかお叱りを受けましたが 感情的に医療問題をあげつらっても共感を得ることは少ないのです。その点で自分は問題を深く考察する冷静さ、明晰さといった面で足りないと思います。そういう点で本ブログには感謝し、得がたい場所であります。
医師は日常の業務に追われるにあたって 自分が直面した医療の問題が果たして自分個人の特異的な事象なのか むしろ医療制度の構造的欠陥に由来するのか思いが及ばないのです。現場で討論も出来ずに悶々とする医師は多いのです。よその医局、よその病院のことは思い及ばないのですよ。そういう意味で本ブログで色んな問題を討論し、問題意識を共有することで おっしゃるような啓蒙が可能ではないでしょうか。
悩んでいるのは自分一人ではないと救われる思いがする医師もいれば、存外医師側の感覚を知る機会を得た患者側もあると思います。
患者さん側のご意見も聞きたいですねえ。自分も遠い昔、体を厭わず頑張っていました。ともすれば忘れがちですが、たとえ罵倒されても患者さんの率直なご意見も拝聴し、真摯に受け止めますよ。
ブログのやりとりで つい あ、だめだ。そりゃ無理だなんて言ってばかりじゃ解決にならないのは重々承知しています。ただ不思議ですね、白衣を袖に通した瞬間から体が勝手に動きやがる。結局働いてしまうんですね。やはり問題の先送りかもしれません。
しかしご主人様におかれましては 今後も色んな問題提議していただければ幸いに存じます。

子持ちししゃも子持ちししゃも 2007/05/05 21:43 最近はコメントしておりませんでしたが、もちろん先生のブログは毎日昼にエントリーを拝見し、寝る前に皆様のコメントを拝読しております。私も第4段階ですね。774氏が最近コメントされないのが残念ですが彼は第5段階に上られたのでしょう。私も今後は分娩室には立ち入らない覚悟を決めております。淡々と妊娠と分娩の危険性、患者側の自己管理の必要性と自己責任について説いております。Yosyan先生のブログは、崩壊までの貴重な記録です。是非応援しておりますので、今後も問題提起や分析をお願いいたします。

rijinrijin 2007/05/05 22:49 Yosyan先生、こんにちは。

 毎日楽しみにさせていただいております。

 最近思うのですが、以前は情に任せた言動で失敗することが多かったのですが、齢のせいか、理詰めでシクジルことが増えてきました。

 人は基本的に情で動くものです。理詰めでの説得は時に無力です。

 医者の欠点は、文章を書いているうちに怒りを失い、冷静さを取り戻し、人は情でこそ動くのだということを忘れてしまうことです。その点、これほどの悪評をものともせず、煽情的記述に終始するマスコミは、むしろ物事の本質を良く捉えて書くことをしていると言うべきでしょう。

 現状の問題は、煽情的記述が事実をあまりにも軽視している点にあります。ゲッペルスを持ち出すまでもなく、人は見たくない真実より、信じたいウソを信じるものではありますが、明らかに事実に反した煽情は、事実に基づく批判によって根拠を失います。

 批判の価値はそこにこそありますが、現状を変えるためには如何にして人を動かすか、情に訴えるかを工夫する必要があるのではないかと思います。

 批判の力と建設の力は異なるものでしょう。

ばあばばあば 2007/05/05 22:55 この5段階って、喪の仕事だって最初は思ったんですけど、「死ぬ瞬間」に出てくるやつですね。私の場合は4段階と5段階を行ったり来たりで定まってませんです。だもんで、書きたいこと たんとあるのに、書けないでいます。
福祉業界にも黒々とした深淵がありまして、覗き込むと焦燥感と諦観しか私には見えないんですけど、見ると落ち込むので現在は存在を視野に入れるだけにしてます。それで仕事ができるのは、勤務状況・環境がまだしもマシだからなんでしょうね。
色々な意味で覚悟を決めるためには情報が必要だと思います。患者側としては。

ばあばばあば 2007/05/05 23:03 連投ですみません。昨年2月から医療崩壊を追いかけていまして、最近リチャード・フッカーがなぜに「マッシュ」を書いたのかがある程度理解できるようになりました。朝鮮戦争時の野戦病院での医師たちの羽目の外しっぷりを描いたものですけど、描かずにいられなかったんですね。なんせトリアージの連続だったのですから。

t_f(ROM専門)t_f(ROM専門) 2007/05/05 23:09 例の大淀町の個人情報保護条例の件について、bewaadさんからコメントをいただきました。
http://bewaad.com/2007/05/04/101/#comment-3231
やはり、(もし何らかの違法行為があったとして)大淀町の個人情報保護条例の罰則が適用になるようです。

GreenTourismGreenTourism 2007/05/05 23:13 2chの「僻地医療の自爆」スレを、アドバイスしてくださった方に従い最初に立てさせて貰った者です。精神保健指定医の俺の立場から言えば、この5段階が正しく経過してゆくには、そこそこの自我機能の強さが必要です。統合失調例や躁鬱、あるいはもっと病理水準が相対的に高い人格障害圏などでは、もっとより早期の退行した防衛機制が前面に立ち、より破壊的かつ病的反応を呈することもしばしばありますよ。
この経過は集団の場合でも同じです。果たして日本国家の、あるいは特定の地域の住民の持っている集団心理が、ここに挙げられた五段階のように、正しく適切に「死」を受け入れられるか、それははなはだ疑問です。より直裁に言えば、もっと単純に退行して、投影などが生じ、卑しい形での責任転嫁などが生じてくるかもしれません。その際に病的な転移の対象になるのは、ごく身近で目線に入りやすい具体的な人物でしょう。退行下には抽象的に物を考える力を失うモノですからね。こうして病的な退行を生じ、テキトーな攻撃対象を求める心性が選び取る破壊の対象、それが「医者」となることは容易に想像できます。
退行に基づく無用な攻撃を避ける方法はただひとつしかありません、それは死に行く者の眼前から姿を消すことです。俺は精神科医として、やはり「逃散」をお勧めしますね。

ばあばばあば 2007/05/05 23:24 GreenTourismさんのお話は、とても納得できるものです。この5段階を個人が正しくたどるためには、時として伴走者というか、綱渡りのときのバランス棒というか、そういったものが必要となることが結構あります。プライベートで私自身、一人の人の伴走者として7年目に突入してますもん。ほぼ綱を渡り終えそうな段階になりましたです。
うん、やっぱり、情報を出し続けることが大切ですねぇ。

uchitamauchitama 2007/05/05 23:56 Yosyan先生。いつも勉強させていただいております。
医療崩壊や僻地の医師過疎化の原因を議論することなく進められる厚労省のトンデモ政策にはあきれるばかりです。何故議論しないのか?それは低社会保障費(超低医療費)にしても地方切捨て、弱者切捨て、勝ち組負け組みの格差拡大なども小泉―安倍政権の基本路線だから、誰も口に出して言えないのでしょう。そこでトンデモ医療訴訟や開業医をスケープゴートにすることによって国民の不満のガス抜きをしているというように思えるのです。
それにしても経済諮問会議の八代委員って何でしょう?低賃金の労働者を如何に作るかということだけに血眼になっているように思えるのですが?

NaikaiNaikai 2007/05/06 01:29 Yosyan先生、いつも勉強しております。先生の発想はロスの「死の受容」からヒントを得た面白い発想ですが、いささか危険性を含んでいます。医療崩壊をあたかも「崩壊の受容」という形で「容認」しているように思えるからです。これはかつて全共闘運動を組織化して潰れるのを分かっていながら、「自己否定」を「美意識」のように考えた「滅びの美学」的発想です。医療崩壊は生理的な死の過程のような中で起こったのではなく、人為的、はっきり言えば政治家、官僚の大失策の結果であって、これも誰も予期できなかった点で医療者も「途方に暮れている」状態と考えるべきです。低医療費政策について言わしていただければ、財政構造改革の一環の中で小泉前総理が推し進めたことで、医療者も無抵抗でした・・・予期できなかった事態になって怒っても時間は元に戻らないのです。ある種のニヒリズムは理解できます。しかし「滅びの美学」やニヒリズムからは何ら生産的な建設的な医療崩壊の再建は出来ないのです。Yosyan先生は鋭い批判力と分析力がおありで尊敬申し上げています。しかし「再建、再生」のシナリオを医療者が提示しないといけないと思います。これは医療経済の統計データから出発すべきと考えます。国家財政は医療者のためにだけにあるのではなく一般国民全体の中で議論すべきことと考えるからです。よく医師会は「医療に経済を合わせるのであって、経済に医療を合わせることは間違っている」という逆さまの発想を持っています。医療者向けのリップサービスかもしれませんが、いささかアホすぎると先生はお思いになりませんか?これは医師会綱領の「医者は営利を求めてはいけない」という精神と矛盾するように思えるのです。財政再建の行き過ぎた医療への切り込み(政治家)と行き過ぎた医療への切り込み(裁判官)が医療崩壊を導いたと考えます。政治家、裁判官の痛烈な批判を医療者全体がし続けることと、特にアホ厚生労働省官僚の医療政策にいちいち検証して反論しなくては医療崩壊の「美学」なる無力感を醸成し、ニート、フリーターと負けず劣らずのニヒリズムを生み出すのです。先生は優れた医療政策分析家です。分析のみならず再生プログラムも発信していただければ、より合理的、理性的議論ができ、決して「反対、反対、けしからん!!」的感情論からは建設的アイディアは生まれないのです。小生の感じではきっと揺れ戻し、修正がなされると思います。その時のためのGood Ideaを用意して欲しいと考えます。

guarneriguarneri 2007/05/06 04:47 今年になってからずっとROMしておりました歯科開業医です。市立病院などに勤務してた時期もありましたが、増えてくるいろいろな意味の負担に怖さを感じ退職、1年ちょっとまえに開業しました。当初は自分の至らなさを悔やみ自己否定に苦しんでいた時期もありましたが、このブログを読んで、進行しつつある社会の病理について、本当にたくさんの示唆をいただき、気が楽になりました。思い返せばそこそこベストの選択ができてたなと安心した面もあり、今後どのように対応していけばいいのかと悩みが増えた面もありますが、早くに現状を知ることができ、とても感謝しています。多少状況が諸先生方とは違うとはいえ、歯科医師も同じような社会の風当たりの中に居り、お話に参加させていただければと思います。
 歯科医師が比較的恵まれているのは
1. 混合診療が事実上普及しており経営的には存続がまだ十分可能。
2. 十分気をつけて診察していれば、命に関わる結果を招くことがほとんど無い。
3. 有病者の歯科治療など、無理だと思ったときに紹介する先の歯科口腔外科はまだあり、紹介もとの医院が苦労することは無い。
4.診療報酬は下がり続けるでしょうが、たぶん在宅診療も、24時間対応も強制的に近い政策がおこなわれることが無い。
といったあたりでしょうか。
 歯科でも不当な要求を感じさせる患者さんの割合は増える傾向があり、生きにくい世の中に怒りをため込んでいる人が多くなっているんだなぁという印象を受けます。そのような方に啓蒙も考えていましたが、なかなか話がかみ合わないことも多く、時間をかけても成果は今ひとつに感じます。現状でおこなっている対応としては自分の限界を(自惚れ分を差し引いて、余裕をもってちいさめに)患者さんにお話しし、限界を超える要求をもつ患者さんには適切な医療機関を紹介するか、ご自分の足で自分に合った医療機関を探していただくといった感じです。その結果自分に合う医療機関に出会えた患者さんはハッピーですし、高い要求が必要であれば患者さん自身が努力して医療機関を探すことで解決できます。どこでも受け入れられなければ要求が不当な物であることを患者さん自身が肌で感じることができ、下手な啓蒙よりもずっと効果があります。(むろん、他で地雷を踏む先生が出る可能性がありますが)
 最適な医療を提供するのが医療機関の義務・・・患者さんはそう期待しているけどそんな義務本当にあるのか?と考えるとややこしいので、最適な医療機関を探す権利を患者さんにできるだけ早い段階で、最大限提供するのが現実的な防衛医療かなぁと思っています。公立の病院でしたら上位機関の立場上難しいかもしれませんが、私立の病院・診療所でしたら経営さえ成り立てばそういった姿勢をとることができないでしょうか?
 ある程度選択可能な施設の概要と連絡方法、交通手段を記載したリストを用意しておき、
・初診時の疾患に関して生じる不利益は医療機関としては責任を負えるものではなく、新たに生じた疾患に関しても年齢とともに疾患が増えるのは自然なことであり、医原性でなければ医療機関が責任を負える物ではない。
・施設、人的資源に限りがあり、的確な診断を早期に確定するには限界がある。治療方法にも制限があるうえ、診断が出るまでは治療できないこともある。診断の結果他医療機関での継続治療が必要と考えられる場合転院していただく必要がある。
・進行性の疾患であれば診断・治療・転院の経過にともない来院時よりも状態が悪化する可能性はすくなくないが、その場合も責任は負いかねる。
・検査、診断、治療、転送等経過を見て、他の病院に移るのは患者さんの自由、自分の足で転院先を探すのも自由。患者さんには医療機関の対応がまどろっこしければ転送先を自分で探す権利がある。
以上の了承を前提に受診申込書を書いていただくのも有りじゃないでしょうか?納得できなければ医療機関リストを提示して、患者さん自身で他の病院を選んでいただく権利がありますし、患者さん自身で転送先を探せば納得していただけることがほとんどではないかと思います。病院の診療科現象などで選択肢が限られてしまうのは医療機関の責任ではなく、地域の患者さんが直接行政にうったえるべきことです。転送先のマッチングの面で当初弊害はでるでしょうが、きっと転院先を探すビジネスが発生することでお金を出せば解決できるようになるでしょう。医療法その他関連法規上、妥当じゃないかもしれませんが、少なくとも受診申込書に書くこと、掲示することは違法じゃないんじゃないのかな?違法であっても罰則規定がなければ問題ありませんし、訴訟抑止力にはなるでしょう。マスコミ・裁判相手に医院側が必要と考えるのであれば個人情報を公表することに同意前提でなければ診察はしても治療は見合わせることにしておいていいかもしれません。
 加古川事件でも、そもそも命を落とす一番の原因は患者さんが心筋梗塞になったことであって、それは医療機関の責任ではないという考え方は暴挙でしょうか?その主張の方が裁判官も納得しやすいでしょう。スケールが小さすぎて比較にならないかもしれませんが、虫歯や歯周病が原因で歯が喪失しても歯科医師の責任とは考える人いません。医療機関は症状を改善するサービスを提供するところであって、治療結果を保証する所では無いという立場はとれないのでしょうか?やりきれなさの根源はこのあたりにあるように思います。
 医療機関のほとんどは事業という組織(システム)です。医療品質としての適合性だけではなく、事業であるからには継続性、採算性、実現性はシステムとして最低限必要です。要求レベルが上がって、採算性・実現性にとぼしくなり、スタッフの負担で継続性が確保できなければシステムとして持続できないのが当然で、撤退は当たり前の話です。対応が遅れればほかによけい迷惑がかかるからです。日本の医療システムの存続は、個々の医療機関の事業の存続が前提ですから、医師としての責任感以前の現実的な問題です。
 私を含め、医療関係者自身、生活して生き延びていきたいですし、あわよくば自分の医院、所属医療機関も健全に存続して欲しい、できるなら患者さんをはじめ地域に喜ばれる医療を提供し続けたいものです。どうも行政には逆の順番で考えさせられ、ややこしくなります。生存要求が満たされる前に自己実現要求が起きるはずがありません。
 どうしても医療の行く末を憂えてしまいますが、焼け野原の後まで自分たちの属する事業というシステムが存続できるメソッドを考えていきたいです。医療の需要が間違いなくある以上、市場原理を利用してでも生き残る道はあるはずです。その先にしか、安定した日本の医療システムの構築ができないように思うのです。
 歯科医師のため、いろいろな面で理解が足りず発言している部分があるかもしれません。長文コメント失礼しました。

雪の夜道雪の夜道 2007/05/06 05:38 乗り遅れ感がありますが、失礼します。

 当方そろそろ知命の歳が近く、いわゆる爺医です。若い医師の方のいうお前らが悪い世代の最後の方でしょうか、世代の定義がよくわかりませんのでずれていたら失礼します。しかしみんながへたれ医師ではなかったと思います。へたれていなかった軍曹もおりました。

 昨年の大野事件以来、Yosyanさまのブログをはじめとして、さまざまな医療系ブログやモトケンさまのところなども訪問して、少しずつですが見えてきました。政府の強いる社会主義体制下で仕事をしている医師。今後はさらに自由主義経済を持ち込まれようとしています。新社会主義体制下(わけのわからない総合科医の名の下での奴隷)での新自由主義医療というのでしょうか。患者は常に、社会主義経済下で自由主義医療を求めてきたし、今後も変わりそうにありません。彼ら(両者)の中では赤ひげとやらがいまだに跳梁跋扈し、時にコトーに姿を変えたりしています。しかし考えに違いがある以上、両者に捻れ現象が起こらないはずがないです。

 私は今は関西に住んで勤務医をしておりますが、1995年はサリン地帯におりましたので、阪神大震災は実感が薄い部分があります。しかし最近、医療崩壊は地震と同じであると考えるに至りました。皆さん仰るとおり、医療現場、指揮系統は軍隊と似ていますが、医療崩壊は地震と似ています。プレート現象や断層のずれによって地震は必ず起こります。既定路線と皆さんが仰っているのはこの感覚かなと思います。もし確実に予測できたら、阪神大震災や能登沖地震の被害は少なかったでしょうか?必ずしもそうとは限らなかったと考えます。それは、たとえ地震学者が時期、地域、被害を高い確度で予測でき、啓発しても、それを信じない、信じたくない、全く他人事のように思う、のが人の常だからです。東海大地震も本当に備えている人はどれくらいいるのでしょうか?

 今私にできることは、さまざまな情報から医療崩壊の時期、形、程度などを高い確度で予測できるように勉強し、できる範囲で、身近なところで啓発することです。さて、私はYosyan分類のどのステージになるのでしょうか。

774氏774氏 2007/05/06 07:40
 なんか、召喚の術を聞いたような。書かないというより、書けませんでした。親戚家族が順番に下痢症(ウイルス性?)にかかっていって、ちょうどGWが私の番でした。嘔気があまり出なかっただけ大分ましでした。私は昔から週末や連休は絶対病気になるんですよ。普段はりつめていますから、どっと疲れが出るのかな。2chも未読がたまっています。

 私は4月以後は第5段階に逝ってしまっていると思いますが、第4段階とはだいぶ格差があると思います。3月までの私は綺麗に3=>4段階でしたね。でもそこから第5段階にはなかなか逝けません。私の他にも第5段階に逝けた先生と共通するのは、ストレス性抑鬱神経症で一度ぶっ倒れて、悟りをひらいた経験がある先生が多いことでしょうか。

 のぢぎく県は全国区となった「重口撃機」を搭載した戦闘空母「にしわき」と「かいばら」が7月を待たずして撃沈し、そのサテライトである近隣の基幹病院が誘爆をむかえそうなぐらいです。そうなると、限界を超えている神戸〜姫路も無事ではすみません。現に、この前話題となった市加古のように限界を超えている病院もあるわけで(あの判決は・・・まあ、判決全文が入ってからにしておきます、喧嘩になりますからね・・・裏話もまだ書けまへん)。私なんか2つの戦闘空母と多数の三段空母撃沈(病棟が3階ある病院が多いんですよ)の影響をもろに受けるのですが、なぜかワクワクです。ワクちゃんがんがれ、プロシミンに負けるな!(詳しくは、「播磨だな」参照。あっちでのペンネームは「戦艦播磨」です。ただいま、改修中のためドック入りです)

 なお、5段階に突入すると、まともな患者さんには返って優しくなったと思いますよ。逆にDQNは何の躊躇もなく放置ですし、荒い言葉を吐かれたら「脅迫」「威力営業妨害」ですぐ警察呼んでます(警察からの依頼でもあります。本来、警察官と医師は仲良しなんですが)。医師の栄養源って「感謝の気持ちで接してもらう事」ですし。これは医師に限らず、人の命を預かっている職種に共通か。それをもてあそぶ強制労働省は3・・・う、また来た、では失礼を。

脳外科見習い脳外科見習い 2007/05/06 11:06 こんにちは。
自分は今第何段階に入るかちょっとわかりませんが、
頭の悪いマスコミや患者サイド行政を批判しても、
医療崩壊を止めることはできないとの考えに至っています。
今日本医療でおきている事象は世界を覆う市場原理主義に医療分野を明け渡そうというプロセスにおける激烈な副作用とも思えます。
日本が市場原理主義の道を突き進む限り
市場原理主義にかわるあらたなパラダイムが誕生しない限り、
根本的解決は難しいように思えます。
かといって闘いから逃げようとは思いませんが。

ドロッポ小児科ドロッポ小児科 2007/05/06 11:37 私も774先生と同じく第5段階、受容の境地に至っております。
しかしながら、受容によって医療崩壊を嘆くのではなく今こそ真っ当なビジネスモデルを構築していく契機だと認識するようになりました。
つまり小児科医としての自由診療への移行です。
もともと根拠もなく決定権も無い2年ごとに変わる値段づけに真面目につきあうこと自体がおかしいのです。
自分の食い扶持を国の配給に頼って省みないのは、とても危ういと思っています。
まだどこまで出来るかわかりませんが、医療崩壊だからこそHMOみないなものに牛耳られる前に、やれることをやろうかと思っています。

774氏774氏 2007/05/06 14:31
 「4」 -> 「5」 に昇華したい先生方へ

 4の段階の先生方は、諦めと絶望が入っているわけです。しかし、今起きているのは医療崩壊でもなんでもなく、日本改造計画の極一部に過ぎないということが分かれば、何も悲観したり、絶望する必要はなかったと気づくわけです。そうなると次の予想が当たるか否か、半分ゲーム感覚です。

 「全国総合開発計画」が数次にわたって行われ、国土の均衡の取れた発展というのが、今までの政治家・官僚・地方自治体の役目であったのですが、無駄に消えるお金や汚職多発など、このままでは日本が持たない事がはっきりした以上、「全国総合開発計画」を止め、高度成長期のように再び都市や工業地帯に人口を集めているだけです。「新自由主義」とか「M&A対策の為替政策」とかの難しいことを考えずとも、学生のころ社会科の教科書で習った「全国総合開発計画」を止めただけ、簡単に言えばこういう事です。

 地方交付税の減額をはじめとする、いわゆる三位一体改革や大都市中心部の超高層マンションや介護施設付きマンションの大量建築を見ても明らかです。いわゆる都心回帰現象です(東京だけではありません)。つまり、政府は地方を発展させるのを止めたんです。それが部分的に出ているのが、医療崩壊であり、シャッター商店街であるわけです。最終的には夕張のような財政破綻自治体が続出するでしょう。投資も無しに僻地医療の再生なんてありえません。
(ただし超高層マンションの上の階は止めといた方が・・・地震で電気も水も止まったとき、水運びが超大変だったそうで -> ポートアイランド。また地方でも大型小売店の出店規制が再び強化されています)

 そうなると、医療崩壊は個人の医師には何の責任も無く、どうする事もできないしその義務もないし、ただ距離を置いてその流れを見守るだけです。流れが分かっていれば、次に打ち出してくる政策を考えて楽しむ。それが「悟り」です。

 分かんないのが司法。ただし、一見無茶な判決に見えても、裏を探ると面白いこともあるのが司法。なるほど、そんなに合理的な判決だったのかと膝を打つこともありますので、それを調べる過程をゲームを解くように考えるのも、逮捕や民事訴訟とJBM判決に従って、病院首脳部の命令や患者家族の要望をことごとく拒否するのも、それもまた一興。

 24時間365日心が休まることも無く、違法な強制労働にも理不尽な罵声にも地雷に引っかかった医師仲間がいても耐え、目の前の患者さんの為にひたすら我慢を重ね、それでいて倒れたら無能とか鬱とか罵られ、普通だったら定年退職後も働かされ、最後は家庭を顧みなかったと、年金分割でポイと捨てられる人生なんて、なんの面白みも無いですからね。これに気づけば、ついに「5」に昇華です。

 無給オンコールなんて違法もいいところ、関係ない。さあ、酒だ、酒だ。どうしても来て貰いたかったら迎えに来い。タクシー? 自腹で払えというんだから、そんな金ねーよで終了。電話も切ってしまえ。それで首切られるのも一興。そして首脳陣を刑事告発するのも、また一興。

YosyanYosyan 2007/05/06 14:42 774氏様

最近ご無沙汰で少しさみしい思いをしていました。経済理論は私如きではロクな事は言えませんが、

 >地震で電気も水も止まったとき、水運びが超大変だったそうで

これは言えます。エレベーターは停電も動きませんが、電気が来ても点検が済むまで停まっていました。地震の時は10階に住んでいましたが、ポリタンを2個運び上げただけでも青息吐息の状態になりました。あれ重いんですよ。

もちろん水以外の物資もすべて階段での運搬ですし、通勤も階段です。クルマで親戚から水やその他の物資を調達しましたが、部屋にすべて運び込むのに1週間ほどかかったものです。もっと高層なら考えただけでもゾッとします。

そういうわけでもないのですが、今住んでいるのは地面に建っている2階建ての借家です。

僻地の産科医僻地の産科医 2007/05/06 15:25 >774氏さま!
>無給オンコールなんて違法もいいところ、関係ない。
>さあ、酒だ、酒だ。どうしても来て貰いたかったら迎えに来い。タクシー?
>自腹で払えというんだから、そんな金ねーよ

かっこいいです!!先生。私もそうしたいですo(^-^)o ..。*♡
以前、酒の席でお酒を勧められたので、
「ありがとう〜、そうね。警察につかまるのも一興ですよね!!
 つかまったら速やかに、新聞社と役所と雑誌社にみずから反省の手記を書いて、己を恥じ
 辞表書くね!辞められて嬉しい〜」と本気で言ったら、次回から誰にもすすめられなくなりました。
酒飲みなので、残念です。私も第4〜5段階ですけれど、こつこつ頑張ります。
Yosyan先生の情熱は、本当です。一読者としてこっそり応援しています。

LPL-CLPL-C 2007/05/06 16:01 管理人さまも「医学的論議はご容赦ください」と書かれているとおり、問題のある仮説にすぎない?ものに対し「この5段階が”正しく”経過してゆくには」などと価値判断込みの表現を用いたりするのはいかがなものかと思ったり思わなかったり。みなさんにおかれましては。

雪の夜道雪の夜道 2007/05/06 16:57 >774氏様
私も市場原理至上主義から起きる現象の一つである、不可避な医療崩壊の行く末を考える知的ゲーム。不可避ではあるが不可知ではないゲーム。そう考えるようになりました。キブンは良いです。

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