狂気の沙汰

3/7付時事通信より、

医師が交代勤務制なら加点=救命センターの評価法見直し−厚労省

 全国で妊婦が病院をたらい回しにされる問題が相次いでいるのを受け、厚生労働省は、全国に200カ所余りある救命救急センターの評価方法を見直すことを決めた。新たな評価では、救命センターに勤務する医師が夜間や休日に当直勤務制ではなく交代勤務制なら点数を加える。7日開かれた「救急医療の今後のあり方に関する検討会」で了承された。

 救命センターの評価は1999年度に開始。これまで、救急医療に携わる医師数や、重症患者の受け入れ状況などを、各施設からの報告に基づき点数化し、厚労省が3段階で評価してきたが、直近2年の2006年度と07年度はすべての施設で「A」評価だった。

 しかし、07年8月、奈良県で救急搬送された妊婦が病院をたらい回しにされ、救急車が事故を起こし死産した問題が発覚。これをきっかけに、全国各地で同様の問題を抱えていることが表面化し、評価方法が現状に合わない内容であることが露呈した。このため、厚労省が見直しを検討していた。

まず「救命センターの評価」なるものですが補助金の支給額に直結し、

  • 充実段階A : 補助基準額の100%を交付
  • 充実段階B : 補助基準額の 90%を交付
  • 充実段階C : 補助基準額の 80%を交付
こういう風に使われます。

施設充実度の調査方法ですが、これは基本的に採点評価で行なわれており、

  • 充実段階A:19点以上
  • 充実段階B:12点以上18点以下
  • 充実段階C:11点以下
ちなみに満点はtadano-ry様が勘定してくれましたが「36点」です。

それでもって評価の実績なんですが、

年度 充実段階A評価(%)
H.11 60.6
H.12 76.8
H.13 92.4
H.14 97.5
H.15 96.4
H.16 95.9
H.17 97.7
H.18 100
H.19 100


記事にある通り、

直近2年の2006年度と07年度はすべての施設で「A」評価だった。

この全部「A評価」の救命救急センターの実態は2/4付のAsahi.comの記事から抜粋すると、

  • 日鋼記念病院が医師の相次ぐ退職でセンター休止
  • 麻酔科医が辞め、一般内科・外科の受け入れが不可」(兵庫県立姫路循環器病センター)
  • 「常勤医が退職した整形外科が休診中で、交通事故の負傷者が受け入れられない」(愛媛県新居浜病院)
  • 関西医科大付属滝井病院(大阪府守口市)では、心臓血管外科医3人がすべて他施設に移り、大動脈瘤(りゅう)破裂の処置が困難になっている
  • 16施設で一部の診療科や疾患について受け入れ不能となっていた
  • 緊急事態に対処し、危機的な症状を食い止める救急科専門医がゼロになったセンターも13カ所あった
それでも全施設が「A評価」です。「A評価」になるカラクリについては救命救急センター施設充実段階を御参照ください。救命医や麻酔科医、心臓血管外科医がいない程度の事では「A評価」は揺るぎもしない事がよくお分かり頂けるかと思います。そういう価値ある「A評価」に対し、

評価方法が現状に合わない内容であることが露呈した。

厚労省の現状把握能力の余りの高さに驚倒してしまいそうになります。それでも何とか現状を把握した厚労省の対策が、

新たな評価では、救命センターに勤務する医師が夜間や休日に当直勤務制ではなく交代勤務制なら点数を加える。

読んだ瞬間3秒ぐらい茫然自失となりました。この記事はどう読んでも厚労省発表のベタ記事なので、報道発表をそのまま鵜呑みして書かれたと考えて間違いありませんが、「救急医療の今後のあり方に関する検討会」は正気の人間の集まりかどうか深い疑問を呈さざるを得ません。今日は3/8ですし、発表されたのは3/7ですから、4/1のための記事でないのは間違いありません。

ごく平然と書いてある

    当直勤務制ではなく交代勤務制なら点数を加える
これはどう読んでも救命センターの勤務が当直勤務制でも「OK」としており、24時間体制の救命センターの夜間や休日の診療が当直勤務体制で行なわれているのを公式是認しています。

当直制勤務と交代制勤務は根底から違います。当直制勤務は正規の労働時間にカウントされず、給与も下手すると通常勤務の1/3程度にされます。施設によって差はあるでしょうが、たとえ月に10回当直して160時間働こうが、これは残業時間にもどこにもカウントされない幻の勤務時間になります。

その代わり労働内容は著しく制限されております。当たり前の事でそんなお手当で正規の労働時間と同じ仕事量をさせられたのでは奴隷労働に近くなります。ましてや救命センターのお話です。また同じ話かと思われる方が多数おられると思いますが、何回出しても良いと思いますのでまた引用しますが、労働基準法の宿日直規定をさらに医師に当てはめて通達されたのが平成14年3月19日付基発第0319007号「医療機関における 休日及び夜間勤務の適正化について」 であり、関連部分を抜粋しておくと、

  1. 通常の勤務時間の拘束から完全に開放された後のものであること。即ち通常の勤務時間終了後もなお、通常の勤務態様が継続している間は、勤務から開放されたとはいえないから、その間は時間外労働として取り扱わなければならないこと。
  2. 夜間に従事する業務は、一般の宿直業務以外には、病室の定時巡回、異常患者の医師への報告あるいは少数の要注意患者の定時検脈、検温等特殊の措置を要しない軽度の、又は短時間の業務に限ること。従って下記(5)に掲げるような昼間と同態様の業務は含まれないこと。
  3. 夜間に充分睡眠がとりうること。
  4. 上記以外に一般の宿直の許可の際の条件を充たしていること。
  5. 上記によって宿直の許可が与えられた場合、宿直中に、突発的な事故による応急患者の診療又は入院、急患の死亡、出産等があり、あるいは医師が看護師等に予め命じた処置を行わしめる等昼間と同態様の労働に従事することが稀にあっても、一般的にみて睡眠が充分にとりうるものである限り宿直の許可を取り消すことなく、その時間について法第33条又は36条第一項による時間外労働の手続きをとらしめ、法第37条の割増賃金を支払わしめる取扱いをすること。従って、宿直のために泊り込む医師、看護師等の数を宿直する際に担当する患者数との関係あるいは当該病院等に夜間来院する急病患者の発生率との関係等からみて、上記の如き昼間と同態様の労働に従事することが常態であるようなものについては、宿直の許可を与える限りではない。例えば大病院等において行われる二交代制、三交代制等による夜間勤務者の如きは少人数を以て上記勤務のすべてを受け持つものであるから宿直の許可を与えることはできないものである。
  6. 小規模の病院、診療所等においては、医師、看護師等、そこに住み込んでいる場合があるが、この場合にはこれを宿直として取り扱う必要はないこと。但し、この場合であっても上記(5)に掲げるような業務に従事するときは、法第33条又は法第36条第一項による時間外労働の手続が必要であり、従って第37条の割増賃金を支払わなければならないことはいうまでもない。
  7. 病院における医師、看護師のように、賃金額が著しい差のある職種の者が、それぞれ責任度又は職務内容に異にする宿日直を行う場合においては、1回の宿日直手当の最低額は宿日直につくことの予定されているすべての医師ごと又は看護師ごとにそれぞれ計算した一人一日平均額の3分の1とすること。

あえてここから取り上げれば当直勤務とは、

    特殊の措置を要しない軽度の、又は短時間の業務に限ること。
こんな当直制勤務で救命センターの医師が働く事を「救急医療の今後のあり方に関する検討会」は許容している事になります。もちろん厚労省もそれを正式に承認する方針です。私の知る限り救命センターは激務です。重傷患者が運び込まれ修羅場のような状態で業務を行なうところです。そんな救命センターの夜間休日業務が「特殊の措置を要しない軽度の、又は短時間の業務に限ること」であるのを正式に認めているのです。

当たり前ですが、救命センターの勤務体制が当直制では到底成り立ちません。成り立たないどころか、労働基準法の当直規定に違反し、さらにそれを医師の業務に当てはめた通達にも余裕で違反しています。当直勤務制から交代勤務制になった事を評価するのではなく、当直勤務制で運用している救命センターを摘発し、交代勤務制への改善勧告、改善命令を下すのが労働省でもある厚労省の業務のはずです。

「当直勤務制ではなく交代勤務制なら点数を加える」なんて戯言を何回も会議を開いて討議した連中の知性・見識と言うか、正気かどうかも真剣に疑います。もちろん舞台回しを行なった「結論ありき」の厚労官僚もです。