2008-06-05 南淵明宏氏の謝礼感覚
南淵先生と言っても名前ぐらいしか聞いた事が無く、御尊顔は先の参議院選挙で落選された看護協会系議員のHPで一度お見かけしたしただけです。心臓外科医らしいですが、評判を知る医師に言わせると「腕は悪くない」との声があるのは確かです。どれほど悪くないかは小児科医には見当がつかないのですが、南淵先生にかなり批判的な立場の医師の発言ですから「普通に一流」と同程度ないしそれ以上じゃないかと推測しています。
南淵先生は外科医としてだけではなく講演や医療エッセイなどの発表を活発に行なわれています。これは「集中」第1巻3号より、医療エッセイ・説示一物 第1回「謝礼消滅」として書かれたものです。
今、医師の社会は混沌としている。
かつて、大学病院や公立病院、民間病院などのだいたいの役割分担が決まっていた。
あくまで私個人の分析だが、大学病院は斡旋屋であり、重症患者の駆け込み寺。公立病院は何かにつけての調整役、例えばセコイ代議士や地方議員の口利きで患者を受け入れる使命があった。民間病院は今よりずっと資金繰りがよく、安い給料の大学医局員を食わせてやっていた。
ところが最近、民間病院も貧乏になった。あいつぐ診療報酬の改訂で貧乏になり、おしっこウンチの始末も自分できないような大学医局員を雇ってあげる財力がなくなった。だが同時に、大学病院も公立病院も全部崩壊した。
その原因は、「もともと安い給料の勤務医が患者から謝礼をもらえなくなったから」だと思う。この現象がいわゆる医療崩壊の根源だ。
最近もある市立病院で教授が医学博士の学位習得の御礼で30万円もらっていた、と報道された。こういった「お世話になりました」、の気持ちをお金で表す謝礼の制度は医師社会に限ったことでは決してない。文科系の友人の似たような話も知っている。私自身も先日、ネコ神様が動物病院に御入院なされ奉り、元気になられて帰ってこられたので、つい感謝の気持ちをお金で表した。
社会が医者を厳しく見るようになった契機は、ある大学病院での「患者取り違え心臓手術事件」だろう。他にも原因はあるだろうが、勤務医受難を最も端的に表す現象は患者からの謝礼という、公立病院医師ならば本給を超える副収入の消滅が相当に大きいはずだ。税務追訴の及ばないほど昔の話だが、給料は大学病院並みの安さで有名な、某都立有名病院の友人は、「部長ならば1年で家が建つぐらいもらえるよ」などと自慢していた。「給料が振り込まれている銀行口座の通帳など見たことないよ」と言い切る友人もいた。
この習慣の是非は別として、とにかく謝礼が消滅してしまったことで、皆が「こりゃあ、やってられないなぁ」との意識を露わにしたのだ。患者が「謝礼?えっ?なんで?」と感じるご時勢では一事が万事、これまでとは医者に対する姿勢は全く違っていて当然だろう。
現象としての謝礼消滅と「人でなし」「それでも医者か!」「父を返せ!」「人殺し」などと患者側から罵倒される現況は表裏一体でもある。
秩序なき医師社会で、現場の第一線の医師たちはまさに矢玉に倒れている。それを見つめる若手医師、研修医は、もっとましな職種として国会議員や芸能タレントも考えているだろう。
そびえ立つ権力の座におわします御仁たちはご存じなのだろうか。
南淵先生の事をよく御存じない方に少しだけ補充知識としておくと、南淵先生の考え方の根底の一つに医局敵視があります。別に医局を敵視する医師が変ではなく、そういう考え方の医師は今やテンコモリいますが、かなり早い段階からそういう主張をされていた先生です。
エッセイは読んでもらえれば南淵先生の作品としては比較的筋が通って読みやすく、また南淵先生特有の露骨な批判表現は相当抑制されているので良質の方かと感じられます。少し分量がありますが主張を一点に絞れば、
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その原因は、「もともと安い給料の勤務医が患者から謝礼をもらえなくなったから」だと思う。この現象がいわゆる医療崩壊の根源だ。
かなり斬新な視点で驚かされました。いわゆる「謝礼」はかつては横行していました。家族が手術になればそれを待つ家族の話題が「あの先生なら幾らぐらいだろう」となっていた事も実際に見聞きしています。祖母も祖父も晩年はかなり大きな手術を行ない、父が相場を考えていた姿を知っていますし、父もまた2回の大手術を行ない、2回目の時は私が当事者になったので「そんな物は不要」として一銭も払わなくて親族の強い反発を受けたのも実体験です。
謝礼の慣行は時代と共に変わり、また診療科や医療機関により色合いが異なると思っています。小児科の特性なのか、それとも勤務した病院がたまたまそういう気風だったのかは判別できませんが、私はこの手の「謝礼」には残念ながらほとんど無縁でした。あんまり偽善ぶるのは良くありませんから「無かった」とは言いません。記憶として残っているのは、
- 海苔を紙袋に2つ(親御さんが海苔の養殖業)
- お菓子類(私は甘党じゃないので看護師に全部あげました)
- 現金
皆様の関心は現金になるでしょうが、これも記憶に残る限り2回で、1回は救急外来でつい入院させてしまった患者の親からです。「つい」と言うのはその頃、小児科病棟が閑散としてまして、部長から「入院を入れろ」の厳命があり、入院するほどではなかったのですが、親が「是非、是非、是非」と頑張ったためです。子供の治療は至極簡単だったのですが、問題は親の方です。
翌日精神科の先生から「やっと退院させたのに」のクレームが入り、よく聞くと激怒症(てな説明)で大変な患者だったそうです。そのため退院させるのに親から罵声怒声の雨霰を聞かされて散々な目にあいました。それでも、なんとかかんとか丸め込んで、ようやく退院の運びになったのですが、その時に「先生へのお礼」とポケットに突っ込まれたのが「謝礼」です。普段は断るのですが、ここでまた怒らせたらこれまでの段取りがパーになるので、しぶしぶ受け取った次第です。
もう1回は事情で内科病棟を受け持っていた時で、ここに生保のプロが巣食ってまして、この方に退院して頂くのにまたもや悪戦苦闘させられる羽目になりました。ここもまた何とか丸め込んだのですが、1回目と同様です。なんとか漕ぎ着けた話をぶち壊す度胸は無くしぶしぶ受け取った次第です。それ以外は記憶に無いですね。個人的に好きでないので、普段は「給料はもらってます」とか「料金のうちです」でそれ以上のやり取りは記憶にありません。開業してからもお菓子は年に数件ぐらいありますが、それだけです。
あくまでも個人の感覚と勤務した病院の気風と思いますが、
とにかく謝礼が消滅してしまったことで、皆が「こりゃあ、やってられないなぁ」との意識を露わにしたのだ。患者が「謝礼?えっ?なんで?」と感じるご時勢では一事が万事、これまでとは医者に対する姿勢は全く違っていて当然だろう。
私はどうもこの主張に違和感を感じてしまいます。とくに外科系の謝礼は多額であったとの噂を聞いたことはありますが、無くなったことだけで
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「こりゃあ、やってられないなぁ」
そんなに医師のモチベーションは下がったのでしょうか。南淵先生の表現では「皆が」ですから、全員とまで言わなくとも「大部分」はそうだと明言されています。これは「謝礼」が少なかった医師の単なる僻みに過ぎないのでしょうか。もっとも南淵先生の
現象としての謝礼消滅と「人でなし」「それでも医者か!」「父を返せ!」「人殺し」などと患者側から罵倒される現況は表裏一体でもある。
この状況分析は間違ってはいないと思います。ちょっと表現法に問題がありますが、医療に対する感謝の念が薄れ、代価を払ったからにはそれに対する目に見える代償を求める風潮が強くなっているのは、誰しも感じているところです。それでもそこから飛躍させて、謝礼をもらえなくなった事自体で医師のモチベーションが低下したのが医療崩壊の原因に結びつけるのは短絡過ぎるように感じてなりません。
もっとも南淵先生の「謝礼感覚」は紫色氏の裁判で検察側証人に立った時にその一端が示されています。これは裁判の証拠として正式に採用された内容です。
弁9
標目:横浜地裁2004年8月4日判決(判例時報1875号119頁)
作成者:横浜地方裁判所
立証趣旨:南淵が、自分の勤めている病院の医療過誤により死亡した元患者の遺族に協力したため解雇された」と発言したため、この発言が名誉毀損に該当するとして、南淵が勤務していた病院が南淵を訴えた裁判で、横浜地方裁判所が、南淵が退職したのは、病院に無断で他の病院でアルバイトをしたり、ベンツの供与を受けたりしたことが発覚したためであると認定し、南淵の上記発言は真実でなく、真実と信じるについて相当の理由もないとして、名誉毀損の成立を認めたことなど
私とは桁がかなり違う「謝礼感覚」のようなので、南淵先生ならモチベーションは医療崩壊するほど下がるのかもしれません。

ちなみに、以前から謝礼を受け取るのを禁止する病院がありましたが、貰えなかったからと言ってそこの医師たちのモチベーションが下がるわけでもありません。そういえば、徳州会なんかも謝礼は禁止。もらったら解雇でしたよね?
人間ですから頂いたらうれしいですが、頂かなかったからと言って仕事をおろそかにすることはないです。ただし、正直なところ頂いたら多少のモチベーションの向上に繋がるのは事実ですね。それで患者さんの治療に影響が出るのかは微妙なところですが。
そういう訳もあってか、お金をもらったから、もらえなかったから何か変わるわけではなかったですね。
もしかするとお金をもらえなかったからモチベーションが下がる奴を見越した先人の知恵なのかも。
いまは医者に限らず、あらゆる職種で「コンプライアンス(法令遵守)」が叫ばれている時代です。お構いなしなのは官僚くらい(笑)。
そういう意味では、このエッセイ、残念ながら大外しですね。「やっぱり医者って金があるやつを大事にするんだ」と受け取られかねません。
ま、マスコミの大好きな「赤ひげ先生」も金のある患者からたっぷり頂くから、お金のない人もちゃんと診察しますよ、ということなんですがね。
…1万円挟まってるのに気がついたのは1年後でした。
もちろん、社会としてコンプライアンス重視になるのは当然です。このあたり社会の変化を外科学会の重鎮あたりが明確に読み取り、謝礼がだめなのであれば、誰が手術を行ってもすべて料金は同一 という現行保険システムの悪平等性をアピールし、経験・技術によって混合診療の形で手技料を上乗せし、それを給与に反映できるシステムをしっかり構築するべきでした。事故調に賛成してしまうようなレベルの学会ですから、望みはありませんが。
政治家のかたで、退院後、秘書のかたが「先生へお礼のお手紙です」といって、白封筒差し出した。お手紙ならことわる筋ではないので、あずかって後であけたら、5万円と名刺が一枚入ってました。
Seisan様の「20年遅れてる」てのは、同意です。そのころの話。
謝礼はありがたかったですよ。給与は銀行振り込みだったんで、後輩連れて飲みにいったときにおごるお金とか、そのほかナイショのお金とか、年間ヘソクリで20万円くらいは要ったからなあ。
逆に言うと、謝礼総額、年間20万円には達しなかったてことですね、わたしの場合。南淵先生に鼻で笑われそう・・
私も、もと外科でしたが同じです。お金をもらって診療の何かが変わるという感覚は、正直な実感として自分には一切ありません。ちなみに、自分にとってはMRさんも、スライド作成などを含めていろんな頼み事をしてはいけなくなった頃に医者になった世代なので、医局で待たれてやたら話しかけられる、正直ちょっとうっとうしい人たちでしかありません。
やはり一世代前の先生の、ちょっとはずしてしまったエッセイに見えます。まあ、心臓外科は、一生に一度の大手術を請け負うので、以前は他の科に比べても、並外れてたくさんもらってたんでしょうが、それにしてもベンツとかちょっと・・・
>秩序なき医師社会で、現場の第一線の医師たちはまさに矢玉に倒れている。
紫色の顔の友達を助けたい先生に矢玉を撃っておいてどの口で言うか。
「とにかく謝礼が消滅してしまったことで、皆が「こりゃあ、やってられないなぁ」との意識を露わにしたのだ。患者が「謝礼?えっ?なんで?」と感じるご時勢では一事が万事、これまでとは医者に対する姿勢は全く違っていて当然だろう。」
この文ですが、わたしは内科系だからなのか知りませんが、正直嫌悪感でいっぱいになります。
最近患者さんから謝礼が減ったことを実感されているのでしょう。
それで、医師だけではやってられないと、特に最近マスコミによく出現されるのではないでしょうか。
患者さんが退院する時その親が靴下をくれた。
しかも防臭効果つき・・・・・。
そんなに汚かった?くさかった?○○さん
小児科のお礼なんてその程度、お菓子は時々あったけど全部看護婦さんの胃の中へ直行。
外科系と内科系では、感覚がずいぶん違うと思います。
自分が若い頃に、形成外科の手ほどきを受けたというか、5才くらい上の先生は、術前に渡された謝礼は、必ず返す、それこそ、患者の家までわざわざ行ってでも返す、ってひとでしたが、術後の謝礼は、すんなり受け取ってました。
謝礼なんだから、全てが終わって、自分の仕事に対する感謝・評価としてなら、その先生的には問題なかったんでしょう。
職人っぽい話でかっこいいなーと感心した記憶があります。
謝礼の問題より、医者の給料が目減りした影響の方がよほど大きいように思います。
患児から、退院時や外来通院時に、私の似顔等を書いた絵をたくさん貰いました。歓んで貰いましたよ。モチベーションももちろん上がりました。
南●先生は、このような謝礼を貰った経験は無かったのでしょうか?
私も外科なんで正直貰う機会は多かったです。「少しでも医者の一所懸命さが違ってくるかも」という、患者さん側のある種必死な気持ちは日本人的によくわかりますので大変申し訳ないのですが、こっちとしては誰からいくら貰ったかなんて、全く意識してませんでしたねぇ。南淵先生はどうだか知りませんが、私はメス持つともう楽しくて(楽しいなんて言うとBugsy先生に怒られるかな?)無我夢中で、術後管理も割と好きだったor修羅場だったんで、この患者にいくら貰ったなんて事、全然気にしてる余裕がありませんでした。気にしたところでやる事は変わりませんしね。こう言う言い方は一般の人には非難されるかも知れませんが、「自分の“作品”が自分の認めるレベルに達していない」という事の方が我慢ならないですから。当然「貰えないからやる気が出ない」なんて事、あり得ません。
ただし、ほとんどはモノですね。現金の経験はあまりないです。
女性が患者のせいか、正常産では医者はほとんど何もすることがないせいか、
「病棟の皆さんで」とお菓子をもらうことが多いです。
基本的にはお返ししていますが、お菓子なんかは貰っちゃうことが多いかなあ。
ウチの医院は親の代から「謝礼は一切受け取りません」と掲示しています。
それこそ20年前からそうでしたけど。
婦人科では、細かいものをよくもらいました。
「先生のはいているやつ、穴空いてたから。」
と靴下をもらったり(病院の売店のやつでしたが)、
「わたしは食べられないから」
と、ケモ中の方からお菓子を分けていただいたり。
10年以上医者やっていますが、5万円以上の謝礼をもらったことはないです。
産婦人科は主婦が多いせいか、現金感覚はしっかりしています。
謝礼を気にするのは、夫か父親ですね、男。
謝礼の有無で医療が変わることはないですね。
金銭的なことがどうこうより、目の前の症例を「完璧に」何とかすることに精魂傾ける医師がほとんどじゃないですか?
謝礼でモチベーションが変わる、と公言する医者を初めて見ました。
南淵先生は本当にすごい方ですねえ。
また、交通事故の損害の金額について、裁判所が事実上関与し作成している基準でも、医師に対する謝礼の相当とされる額は損害に含まれ、加害者に対し、請求できることになっています(損害賠償額算定基準−いわゆる赤本・青本です)。
(クレーマー患者、マスゴミ、クサレ司法のDQN三連星のジェットストリーム・アタックですな)
そのような状況で、医師に対する感謝とか尊敬とかの気持ちが消失した結果としての謝礼減少ではないでしょうか?
今でも盆暮れにビール券をくださる患者さんが数人いらっしゃいますが、皆さん後期高齢者です^^
律儀なお年よりは大事にしたいですねー。
南淵先生の本日の文章、謝礼の習慣が無くなって嘆かわしい、っていう趣旨ですよね?
自由診療で自分の技術を高額で売って、何が悪い、っていう考え方にちょっと通じるものがある。
基本、保険診療で、あとは任意の謝礼の習慣にゆだねる、っていうのは、完全自由診療化よりも、まだ、赤ひげ的かも。
金銭的報酬額であるといいたいのでしょうかねぇ。一部は理解できますが
東北の人間にゲシェンクの習慣は馴染みません(笑)
それって、患者側の自己申告ですよね?医者から領収書もらってるわけじゃないだろうし(笑。
そのクライアント、ほんとに、そんなに謝礼払ったのかどうか、あやしいですよ。弁護士や判事の同情ひくために、少なくとも水増しはしてると思うな。医者のほうだって、貰っていないっていう証明も出来ないから、水掛け論でしょ?
だいたい、そんな高額の謝礼が、普通にまかり通ってる業界なら、税務署が黙っちゃいないでしょうが。公立病院部長の給与にしては金遣いが荒い、とか、目立ったひとが挙げられるはずだけど、そんな話聞いたことないし(^^;。
絶対、それ、財産隠しですよ(^^;。
motoさまと同意見。
なるほど、医師への高額謝礼という都市伝説が消滅しない理由がわかりましたよ。
その400万円は、支出の事実が本当にあるんでしょうかね。いえ、相続がらみと言うことなので、気になりました。
支払れていない謝礼が帳簿上残っているので、高額謝礼の存在が一部では事実とされ伝説が消えない。
当方の立場で、最も考えられる解釈です。
サラリーマンの妻が、なんかで入院したとして、
「ねえ、あなた。先生にお礼したほうがいいと思うんだけど」
「そうだなあ・・いくらくらいだろ?1万円か?」
「それがねえ、隣のベッドの○さんに聞いたら、△先生には5万円差し上げたっていうのよ」
「そうかあ、仕方ないなあ。少なすぎてかえって失礼になってはいかんからなあ」
かくして、妻は5万円へそくりゲット。もちろん△先生にはわたしません。
皆さま、ぜひ、そうやって捻出したお金で、うちで美容の施術お受けください(笑。
そういえば、うち、目の前の名大病院入院中の患者が、ときどき、こっそりプチ整形しにくるし(^^;。入院してると退屈らしいですね、とくに糖尿病の教育入院とか。
入院直前にやりにくるひともいます。整形の手術前とか。しばらく引篭もれるから、ダウンタイムのある施術にちょうどいい。
妻は、3千円の菓子折を買って、夫といっしょに退院のときに挨拶して渡すわけです。
「お前、5万円じゃなかったのか?」
「ばかねえ、お金のつつみで渡したら、受け取ってもらえないじゃないの。ちゃんと菓子折りの中に封筒でしのばせてあるわよ」
「そうか、お前あたまいいなあ」
鑑定書の件、私の読み込み不足があり御迷惑をおかけしました。正確な情報は当該日のコメントに書き込ませて頂きましたのでご了解よろしくお願いします。
ところで400万ですが、ここ数年の話なら都市伝説の虚構の額の可能性があると私も感じます。なんと言っても謝礼に縁の薄い小児科ですから断言は出来ませんが、そんな白い巨塔的な額が横行しているとは信じがたいところです。巨額謝礼の伝説だけは残ってますし、その伝説の真偽なんて立証しようが無いので、知らない人が狡猾に利用している可能性はあります。
既に指摘がありましたが、高額の謝礼が想定される医師はその道の大家であり、年間100件ぐらいは軽くこなしているはずで、1件400万とすれば4億円です。執刀医の取り分が仮に半分として2億が無税で入り、そういう事が病院で軒並み行なわれていたら、事件にならない訳が無いでしょう。とくに医師はそういう事には極めて脇が甘い人種ですし。すっごく甘く見積もって、もしあっても実額は10分の1以下じゃないかと私は思います。
それとも東京ぐらいに行けば幻の白い巨塔はまだあるのかな〜。。。
昔、皮膚科医だったころ、年下の美人の女医さんがいて、おじいさんの患者に、分厚い白封筒を外来で手渡されました。
女医さん、さぞかしいいものが入ってるに違いないと思って、医局でワクワクして開けたら、中には、長々とした巻物のような毛筆の手紙が・・「このたび、事情で転居することになり、先生の外来に通えなくなりました。先生は、わたしが若い頃、ひそかに慕っていた女学生のあこがれの君に瓜二つで云々・・・」
女医さん、最後まで読まずにゴミ箱にポイ。手紙かわいそうだったな〜(^^;。
子どもとか、かわいい患者なら、愛嬌もいいけど、いい大人になったら、そりゃ、たしかに甲斐性だわね、とくに男は(笑。
別の美人女医さん(皮膚科は、美人女医多い)。
外来で、ある日、花束を渡されました。べつになんてことない、普段の外来。ちょっとした手土産持ってきてくれる患者はときどきいます。
女医さん「まあ、きれいなお花。」
患者すかさず「いえ、先生のほうがもっとお奇麗です!」
2診だったんで、横でわたしも外来やってたんですが、その絶妙のタイミングに息を呑みました。は〜、なるほど。
それにしても、アインコメンに依存してモチベーションが代わる医者がいるとはビックリしました。それほどにザクザク貰っていたのが、一気に無くなったと言いたいんでしょうか。ベンツを貰うくらいですからね。
私は性格的にいわれのない「施し」を受けているような気がして落ち込んでしまいます。末期がん患者の家族から差し出された時は、プレッシャーを感じてしまい「本当に、勘弁してください。」と泣きそうになった事もあり、この先生の気持ちは全くわかりません。
退職間際のころ、わたし病気休暇とって、一年くらい復職して限界感じて辞めたんですが・・
外来で、
患者「先生、こんにちは。今日はご気分いかがですか?」
私「なんとか、まあまああかな。君のほうはどうなの?」
患者「僕は大丈夫ですよ、それより先生はやく良くなってください。これ、おみやげです」
(ヨーグルトを取り出す)「下の売店で買ってきました。先生、お昼食べる時間も無いんでしょ?これなら、ささっと食べられますよ」
次の患者。
患者「先生、元気ですか?」
私「まあ、ぼちぼち、こんなもんかなあ」
患者「今日は、桜餅買って来ました。先生といっしょに食べようと思って。」
(桜餅とお茶取り出し、自分も食べだす。わたしも一つ食べる)
患者「ああ、美味しかった。じゃあ、また今度。先生、はやく元気になってね。お大事に」
私「どうもありがとう・・」
いや、冗談抜きで(^^;。ほんと、こんな感じでした。どっちが患者だかわかりゃしない。
あんまりなんでいい?話1つ。開業してからですが、ウチの患者さんに方言丸出しの素朴なおばあちゃんがおられます。こないだ「お歳暮だ」って言ってちり紙にくるまれた1000円札くれました。昔子供の頃、これとそっくりな形で、祖母からお小遣い貰ったのを思い出しまして、ほんわかジーンってなりました。嬉しかったなぁあれ。
>(誰に謝ってんだか)
それは、もちろん、税務署に(^^;。
外科系は、自分の仕事、自分の技術で患者を治した、って実感ありますからねえ。。内科小児科系は、どちらかというと自然治癒とか、薬が治した、って感覚が強いから、患者のほうも医者のほうも、良くなって喜びこそすれ、多額の謝礼、てのは心理的に馴染まないのかな?
100はすごいな。わたしは二桁貰った記憶もない。なんだか負けたような気がするのは、やはり外科系ならではか?(^^;
あ〜、たしかにこれなら士気上がるかも知れません。
>鑑定書の件、私の読み込み不足があり御迷惑をおかけしました。正確な情報は当該日のコメントに書き込ませて頂きましたのでご了解よろしくお願いします。
了解しました。
謝礼の件、私自身、目の前で見たわけではないし、領収書があるわけではありませんので、皆様のいうとおり、事実でないのかもしれません(あまり、事案の内容には触れられないので)。
ただ、交通事故のケースであれば、謝礼が損害になれば、支払う保険会社の損、相続の場合はその分の金員が遺産でないとなれば敵対する相続人が損になります(弁護士が扱うのは常に争いのある事案なので)。ただ、法廷で医師を証人に呼び出して、というのに、ふさわしくないので(相続の場合は調停ですし)、争う側(本人・弁護士)が医師に聞きに行く等するなどして、争点にしないことにするということもあります(でなければとことん争うか、謝礼と主張する側があきらめるか)。
私の手元の資料で見た限りでは、平成12年頃出された交通事故の判決では、医師に支払った謝礼の内、50万円程度を損害と認める判決等があります(東京地裁平成12.3.31 交民33.2.681等)。
もらって嬉しいもんじゃありません。見てないようでナースは見ています。お菓子は速攻でナースにあげました。
患者さんもわざと人が見ているところで渡すんだもん。
医局に花が送られてきて「花が枯れるときに私の人生も終わります。」って オイラは必死で毎日水をさしました。O.Henryかよ!
うっかり現金をもらったら 退院後も主治医だからなんとかしろって年寄りに付きまとわれました。紹介状も何通も書かされました。それでヤレヤレと思って数ヶ月たったら また自分の外来に舞い戻ってくるんだな これが。手紙を届けたいのでと言われて 秘書がうっかり自宅の住所を教えたら、来るわ来るわ、患者さんの親戚まで電話をかけてきて 病院紹介しろ、いい先生いないかっていうのもありました。
何だか安い金でオヤジに終身指名されたクラブのねーちゃんみたいでしたね。無くなって良かったと思います。
もらって迷惑なものってあるじゃないですか。八丈島から来た患者さんが鮮魚を医局に送っていただいたことがありました。
はっきり言って迷惑でした。独身だったので料理も出来ませんでした。生まれて初めてクサヤを見ました。ありゃどう考えても嫌がらせだったな〜。
もらって士気が上がったことなぞありません。病棟の笑いもんでしたね。無くなってせいせいしています。
手術でもないのに。みんなで料亭みたいなことで派手に飲ませていただきました。
今日は、たいした手術が無いんで、とくにヒマですね。ボトックスとかヒアルロン酸とか、3万5万のお仕事がぼちぼち。考えてみると、20年前、患者さんに謝礼をもらった、あのときの感覚が、そのままいまの美容外科の仕事につながってますね。一件200万300万なんて仕事したことが無いし、想像がつかない。メジャー外科出身の美容外科の先生は、そういう仕事ホイホイと受けますね。それもきっと外科時代の謝礼の感覚からなのかも。
お産で入院していた妊婦さんの、赤ちゃんの心音が夜になって悪くなり、帝王切開せざるをえなくなりました。
今と違って、自分でルンバールかけて執刀して、前だちはベテラン助産婦です。
小児科医もいないので、生まれた赤ちゃんも自分でみなければなりません。
まだ若いご夫婦で、これこれこういう状況なので帝王切開術をします、と説明すると、
若い医師とすぐわかりますから相当に不安な表情でしたが、お願いしますと同意していただきました。
帝王切開自体はスムースに終わり、生まれた赤ちゃんも元気でした。
手術終了後、薄暗い廊下で経過をだんなさんに説明すると、
ありがとうございました、という言葉と、お金を手に押しつけられました。
しわくちゃの千円札が5枚です。
このご夫婦にとっては、きっと大金だったと思います。
その赤ちゃんが子供をもつくらいの昔になりましたが、
謝礼というと、今でも忘れられない思い出です。
>某都立有名病院の友人は、「部長ならば1年で家が建つぐらいもらえるよ」などと自慢していた。「給料が振り込まれている銀行口座の通帳など見たことないよ」と言い切る友人もいた。
本気でこの話を信じちゃったんですね〜、この人。
>とにかく謝礼が消滅してしまったことで、皆が「こりゃあ、やってられないなぁ」との意識を露わにしたのだ。
皆がですか?言ってるご本人がですか?
自分がそうだから他人も同じ金銭感覚だと思ったんじゃなかろうか?
普通考えてみりゃ 勤務医が収入以外に1年で家が建つぐらい金をもらって、家をドカンと建てたら税務署が飛んできます。必ずローンなのか 如何なる収入から捻り出したのか やらかしますよ。凄いですよ〜。親から出してもらっても 相続なのか贈与なのかキチキチに締め上げられますぞ。金の出所には奴らは独特の嗅覚があるもんね。隠し口座なんてイチコロです。
いい年こいた大人が法螺話を真に受けちゃって、もう。
3年くらい、島で勤めてたときがありました。
そんとき、お歳暮のような感じ?なのか、盆と暮れに5千円をティッシュにくるんだのを貰ったり、酒好きなのがばれていたのでビールを貰ったりしていました。(医局の先輩によると、何十年も前の医師招聘以来の習慣だそうです)
また、豊漁だったらお裾分けを診療中に、官舎の冷蔵庫に入れて貰っていたこともあります。「先生!忙しそうだったから、冷蔵庫に鰆入れといたよ!」って。
そう考えれば、現金やもらい物をすることが多かったなあ。
これは地方的なモノもあるのでしょうか?
入院中に話し相手になってくれたことに対する謝礼の方が頻度としては多いでしょうねえ。
おばあさんはお小遣い程度の額をくれることがあります。基本的には丁重に辞退しますが…。
1まんがおおかったです。
10もありますが一回だけです。
子供生まれ1まんづつ、主治医、院長へ看護師へおかし4000えん
ってととこです。
内科のDrから
外科入院のおやがいて
いくらつつむかきかれましたが
1まそといいました。
術前は絶対うけとりませんが!!はははは
1時間ぐらいしゃべって、百万単位ですよねきっと。
学生のころ、もうすぐ死にそうなターミナルの患者さんを受け持って、ひいひい大変な思いをしてたら、家族が、ユニホームのポケットにお金をねじ込んでしまいました。
ケアの最中、突然で、断りきれず、びっくり!!そういうことは、悪だと教育されていたので、罪悪感いっぱい。15年以上も前のことですが、こういう悪いことは自分でもしっかり情景など覚えている。
ごめんなさい!学校の先生!
でも働いてからはお菓子はよく受け取ってました。今はお菓子でも、厳しいかもしれませんね。国公立の病院は特に昔から厳しかったようです。
批判もあるかもしれないですが、敢えて言えば、現在の限界まで安くなっている医療費にも関わらず権利ばかりを主張する家族とは付き合いづらいということの正反対の存在(相手に対する気づかいがある患者家族)という感じが良いのです。お金じゃなくても別に良いのです。お菓子1個でも。
外来で、毎回昼前頃にお弁当持ってきてくれるおばあちゃんがいて、そのうち意識しないようにしていても、そのおばあちゃんが診察室に入ってくると、涎が出てお腹が鳴るので困った。(←もはや完全にパブロフの犬にされてる)
ということで南淵先生の話は当たらずとも遠からずですが、テレビに出まくっている先生で、謝礼にベンツ!?何を言ってもちょっと説得力ないです。
それから手術の腕はともかく、こんな先生に手術はお願いしないだろうなぁ(小生は循環器内科だけど)理由は心外の手術だと、例え術者の腕が良かろうと100人に1人くらいは死にます。患者を亡くした家族が、次の日にテレビをつけてそこに執刀医が出演していたらどう思うでしょうね?手術の腕だけではなく、患者を殺せる(看取れる)能力も必要じゃないですか?だから小生は心外に患者さんを紹介するときこの先生に殺されても幸せだと思えたらお願いしましょうと言います。
医師はみな とりわけ若い医師が謝礼を希望していて
それがなくなったので 志気が失せてしまったのだと主張しているように取られかねないのが問題だと思います。
>給料は大学病院並みの安さで有名な、某都立有名病院の友人は、「部長ならば1年で家が建つぐらいもらえるよ」
家って、いくらくらいで建つのだろう?2千万くらい?20人から100ずつ貰えれば2千だが。。
>公立病院医師ならば本給を超える副収入
公立病院医師の本給ってったら、部長でも1千万台だろうから、やっぱり2千弱くらいかなあ。
話は符合するから、そういう心臓外科医もいたんでしょうね、かっては。会社社長の心臓バイパス手術なんかだったら、そりゃ、〇百万とか、包むんだろうな。
個室で常にめちゃくちゃ美人のお母様と目つきの怖いお方が付き添っておられました。
お父様はちょっとお年でしたが、あくまで物腰は柔らかく、ただ、目つきは鋭かったです。
もちろん、病院でおかしなことは一切されず、こちらの説明にもはっきりとお答えをいただき、3週間ほどで元気に退院されたのですが、その時に「娘の命の恩人だから」(かなり大げさなんですが・・・)と封筒をお出しになられました。こちらとしては「みんなが元気になってくれるのが一番の心の支えですから」必死にお断りさせていただきました。意外とあっさりとお引きになられましたよ。
お見送りに行ったら、ロールスロイスに乗ってお帰りになられました。
さすがに小児科として非常識な額のお礼を受け取るわけには、いかないものなぁ。
もちろんその子は今も元気です。
ちょっと冷や汗が出る経験でした(爆)
某暴力団の組長Aは、とある別の組の出身で、そこの組は、組長Bが年をとって解散したんですが、組長Bは組長Aには顔がききます。昔の子分だからね。
それで、組長Aのとこの子分のシノギにあって困ったひとが、組長Bに泣きついて、すると組長Bは「Aに意見をしに行ってくる」と出かけます。
そうすると、組長Aは組長Bを丁重にもてなし、酒をすすめ、組長Bが本題を切り出すと「おやっさん、小遣い足らんのですか?」と言って、200万持たせて返すんだそうです。組長Bはほろよい加減で機嫌よく帰ってきます。この繰り返し。組長Bの息子から間接的に聞きました。息子いわく「うちの親父に頼んだって駄目だよ。酒飲まされて200万もらって帰ってくるだけだから。」
ですから、あちらの業界の挨拶ってのは、親に200、てことは、Seisan様の状況だと、封筒は100でしょうか?帯封ついてなんとか封筒におさまるし。
まあ、業界によって、挨拶の相場もさまざまなんでしょう。
南淵先生の書き方やらに大きな問題があるのは当然ですが、
逆にいうと確かに今の外科系にはそれだけ魅力がないともおもいます。
激務、リスク、他科と変わらない報酬・・・。
我々の同級生100名弱でも、研修がはじまる前の現時点でさえ外科系志望はほんとに数人しかいません。
先に書いておられる先生もいらっしゃいますが、個人的謝礼という方法は良くないにせよ、
特に外科の診療報酬形態にはなんらかの工夫が可及的速やかに必要ではないかと思います。
ほんとうに「良くない」ことなのだろうか?
謝礼の有無で、医業の内容や質に差が出てはいけないが。
たとえば、先に書いたように、退院後や手術後ならOK、とかっていうふうにするとか。
本当は科によって医師の給与が変わるのが合理的なのだが、それが出来ない以上、外科からの医師逃散を食い止めるためには、容認すべきでは?
>学生 さん
安心して下さい。外科は新人が入ってこない形で衰弱しておりますが、内科はソルジャーが減る形で衰退しており、内科→外科へおくるルートが細ることで外科崩壊が多少ゆるめられ内科崩壊の方が先に来ると思います。内科崩壊ってのは統計に表れないからねぇ。
>moto 殿
制度上なんとかするなら「手技技術料は各自設定OK、ただし事前設定しておくこと、患者ごとにぶれないこと」でいいんでね? 最後の項目はちょっと議論があるかも試練。
謝礼とは何かになります。人によって考えは異なるでしょうが、規定の料金以上のサービスを受けたと感じた形と考えます。だから同じ治療で同じ結果となっても、同じ謝礼になると限らないのが原則となります。あくまでも主観ですからね。だから形も様々で、キャッシュもありますが、御礼の手紙であったり、感謝の言葉であっても良いわけです。
外科存亡の話になると複雑になりますが、必ず規定料金以上の仕事をしている(これも現在の診療報酬体系に無理があるのですが)として必ず一定の謝礼を要求する形態は、二重料金の謗りを受けかねないと考えます。「必ず」でないとの反論はあるとは思いますが、かつての謝礼全盛時代には患者は暗黙の相場を聞きだすのに奔走しています。その反動が現在の謝礼禁止につながっていると考えています。
中間と言う落としどころが折衷案として現実的なんでしょうが、チップの慣習が無い日本では、どちらかの極端に常に振れてしまうような気がしています。
患者や家族の気持ちを受け止める必要もあるし、「汚い金」では無いでしょう。
チャッカリもらって、スッパリ忘れる。これに尽きるよ。と、我が先輩。
変に意識しても手元が狂うし、プロとしてくだらない金銭にモチベーション左右されるようじゃいけない。
チャッカリ、スッパリ、そして良い手術をして、みんなハッピー。